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 甘い痛みの後で

作:しにを




 目が醒める。
 体の目覚め。
 
 知覚、精神はすぐに働き始める。
 瞼を開ければ、完全精神的に覚醒する。
 だから、ほんの数秒を眼に瞑ったままでいた。
 薄く光の混じる暗闇。
 吸血鬼化仕掛かって闇を闇として認識し得なくなった私には味わうことが少
なくなった闇。
 まあ、そんな事は今はどうでもいい。
 もう少し頭を空っぽに……。

 ああ、でも駄目なようだった。
 あえて頭を働かせないようにとしていたのに、次々と入ってくる。
 様々な思考材料。
 様々な記憶。
 様々な五感から入力される諸々。

 それは全て昨夜の事に繋がっている。
 体の痛み。
 今まで経験したことのない感覚。
 心臓の高鳴り。
 沸騰するような頭の混乱。

 思い出す。
 された事を、受けた事を。
 手を、耳を、腋を、舌を、髪を、足を、耳を、額を。
 首筋を、目尻を、乳房を、背筋を、太股を。
 とりとめなく体のあちこちが思い浮かぶ。
 本当にどれだけ初めての刺激を、感覚を味わっただろう。
 自分でもこんな処がこんなに感じるなんてというお驚きと共に。

 背中に当たるシーツの感触が、薄手のタオルケットの柔らかさが、急に意識
される。
 まるであの時に戻ったように、少しだけ体が鋭敏になっている。
 そして少しだけの違和感は、横たわっているうちに薄れていく。
 それは、今まであったものを再認識したに過ぎないから。
 でも、馴染みのないものもある。 
 後頭部に触れる少し硬いもの。
 体の肩身が触れている、その……。
 急激に意識する。
 改めて気づいてしまい、不思議なほどドキドキしている。

 無理もないかもしれない。 
 そんな触れるほどに近くで、異性と共にひとつのベッドにいた事は無かった。
 そんな二人で眠ってしまうなんて。
 二人とも何も身に付けていない状態で。
 裸のままで。
 志貴とこの私が……。
 それは確かに、私のいつもの明晰さを損なわせるに足る事であった。 

 志貴……。
 志貴の腕枕。
 志貴の胸。
 脚も触れている……。

 志貴の寝息。
 志貴の胸が小さく上下している。
 志貴の匂いがする。

 あまりに志貴を感じすぎるのが怖くて。
 眼を開いた。
 すみやかなる外の認知、覚醒。
 
 視覚を得たことで、志貴に包まれているような感じが薄れる。
 でも、代わりに寝顔が眼に入る。
 私の腕に触れている手が見える。

 起き上がろうとして、ためらう。
 迷った挙句、私は頬を擦り付けた。
 シオンの頬、柔らかいね。
 真っ赤になっている私に、昨夜そう言って手で撫でてくれた。
 そしてのまま、何度目になるかわからないキスをしてくれたんだ。

 頬が熱を持っている。
 ううん、頬だけではない。
 体が、志貴が可愛がってくれたところ全てが熱くなっている。
 あの甘やかな感覚が甦り、ぽっと赤くなっいる。
 不完全な吸血鬼故に、まだ血は熱くなるのだろうか。
 それなら、このままがいいな。
 何を馬鹿な。
 
 ああ、胸が少し痛い。
 精神的な事でなく肉体的に痛みを覚える。
 いっぱい揉まれて、形を変えるほど弄ばれ、尖った乳首の先も指で摘まれ咥
えられ……。
 赤ちゃんみたいにしゃぶられるのが嬉しかった。
 でも悲鳴をあげるほど甘噛みされたりもして。
 そのあとも何度も何度も志貴は胸に手を伸ばして。
 私が息も絶え絶えになった時も、谷間に顔を埋めるようにして。
 でもそうして抱き合っているのが、志貴を感じているのが嬉しくて。
 ……。
 ともかく、それほどの弄られた余韻が鈍い痛みとなって残っている。

 それに、腿の間。
 これは……、少し気持ち悪いかな。
 乾きかけて、でもにちゃりとしていて。
 自分のモノと志貴のモノと。
 体液が混ざって。
 そして体を動かすと中からこぼれそうになる。
 眠っている時にも、知らず垂れていたのだろう。
 ここも、痛みがある。
 胸なんかよりずっと。
 でも最初からあるものと思っているから、そんなには気にならない。
 まだ何かに押し広げられているような感覚も、違和感はまだあるものの慣れ
てきている。
 半覚醒の時には、まだ志貴がいるんだとぼんやりと思っていて、離れている
事にむしろ戸惑ったものだけど……。

 胸や性器だけではなく、志貴に舐められたり、自分の腺液で濡らしたりした
処はいっぱいある。
 きっとその汚れは、まじまじと見れば酷い有り様であろうと思う。
 汚れ?
 そうは呼びたくないけれど。
 少なくとも、他の人には見せられたものではない。
 そうだ、こんな志貴との交わりの残滓を……。
 ……。

 がばっと身を起こす。
 今、何時だろう?
 そろそろ翡翠が主人を起こしにやって来るのではないだろうか?
 志貴とまだ体を触れさせている。
 何より言い訳しようのない格好。
 こんな同衾の場を見られる訳にはいかない。
 
 部屋にある時計が目に入る。
 時の刻みを見て取る。
 平気だ、まだ早い。
 それに今日は学校がお休みの筈だから、いつもより遅いかもしれない。
 起こしにこないのかもしれない。
 今すぐ部屋を出れば、志貴の部屋で一夜を過ごした事に気づかれずに済む。

「うんん……」

 私が起きて体が動いたからか、志貴が小さく声を出した。
 平和そうに見える寝顔。

 昨日、私にあんな事をしたのに。
 昨日、私とあんな事をしたのに。

 私と抱き合っていた処を見つかったら志貴だってまずいだろうに。
 こんな寝顔。
 こんな安らかな寝顔。
 少し秋葉の気持ちがわかる。
 志貴は私たちを自然にいらいらさせる。
 同時にそんな処も愛しく感じさせるけれど。
 まあ、こんな寝顔をすると言う事は、罪人では無いのだろう。

「志貴、戻りますね。
 私の事を可愛がってくれて……、ありがとう。
 志貴に愛されて、私、凄く嬉しかったです」

 本人が起きていたら言えそうもない言葉を口にする。
 聞かれないからこその、真情の吐露。
 卑怯だなと少し思う。
 志貴からは当然ながら何の返答もない。
 少し迷って、志貴の唇を私から奪った。

 ……ふぅ。
 ふふ、されるのとは少し違いますね。
 
 さっと脱いだ服を身につける。
 起き上がり着替えるその動作が、鈍痛を誘う。
 あ、こんなに。
 少し腿を閉じるようにして力を入れる。
 いいでしょう、下着で拭っておけば。
 すぐにお風呂に入って綺麗にしましょう。

 では、志貴も出来れば早く目覚めてくださいね。

 




 翡翠とは階下で出会った。
 既に仕事に入っているのだろう。
 大きな花瓶を手にしている。

「おはようございます、シオンさま」
「おはようございます、翡翠」

 それだけ。
 いつもの朝の挨拶。
 でも、驚くほどドキドキしている。
 無表情に見える瞳が、じっと私を観察しているように見える。
 あるいは問い詰めるようにも。
 そんな筈は無いのに。

 でも息のつまりそうな居心地の悪さを感じ、早々に歩み始めた。
 逃げ去るように。
 翡翠はじっと佇んでいる。
 その視線……、どんな顔をしているのだろう。
 とても振り返ってその眼を見る気にはなれなかった。
 
 そして、次は琥珀。

「あら、お早いのですね、シオンさん。おはようございます」
「はい。おはよう、琥珀」

 お盆と皿と器。
 琥珀もまたぱたぱたと朝の支度をしていた。

「珍しいですね、ここしばらくはお寝坊さんでしたのに」

 ドキリとするような事を言ってくれた。
 でも、笑顔での様子に他意は無い様子だった。
 単なる日常の会話。

「朝御飯になさいますか?
 秋葉さまもさっきお風呂に入られて、これからなんですよ」
「秋葉……。
 と言う事は今はお風呂は空いていますね」
「はい、お入りになりますか?」
「入りたいです。御飯はその後で何か軽いものでも頂きます」

 どうぞと頷き、美味しい朝食を用意しますねと琥珀は言った。
 言うまでも無く、琥珀の作るものはいつも美味しいけど。
 
 前はお風呂を求めると、琥珀や翡翠が世話を焼こうとしてくれた。
 その度に湯浴みの手伝いの申し出を断わってきた。
 今では一人でお風呂に入るものと認知されている。
 そうでなければ、今日に限り一人になる事に執着する事をどう納得させよう
かと苦慮した事だろう。
 そんな事を思いつつお風呂に向かった。 

 広い浴室。
 湯気。
 良い香り。
 秋葉の愛用しているソープの残り香だろうか。

 さっきまで、ここに秋葉がいたんだ。
 その事実は、私を少し落ち着かなくさせる。
 秋葉個人がどうこうと言うよりも、彼女への秘密を意識させるから。

 着直してさほど時間の経っていない服を再び脱ぎ捨てた姿。
 姿見。
 映っている。
 私の頭も、胸も、腰も、手も足も、全て。
 変わっているだろうか。
 昨日までの私と。
 まだ体の純潔を失っていなかった時の私と。
 志貴に抱かれ、貫かれ、男を知った私と。
 未知の痛みと、それ以上の消化しきれぬ快感を体感した私と。

 わからない。
 そんなに変わるものではないだろう。
 でも、その訝しげに私を見つめる私の顔。
 どこか恥ずかしそうな、不安そうな表情は、私には見覚えないものだった。
 
 冷たい水をかぶった。
 一度、二度と。
 ぶるっと震える。
 でも気持ちいい。
 
 それから温めのお湯を出すシャワーを手に取る。
 それほど強くなくお湯が噴き出し、肌に当たっては弾け、滴る。
 これも気持ちいい。
 ボディソープを手にしては体のあちこちに泡立て、そして流していく。
 故国にいた時を思えば、贅沢な水の使い方。

 手を、腕を洗い、胸に移る。
 そっと胸の膨らみを掌で擦る。
 否応なく思い出す。
 志貴の手と指を。
 こんな風に指を食い込ませようとして、そして掌の少し硬いところで先端を
擦って。
 私の手は志貴のものほど大きくも硬くもないから感触は違うけど。
 ああ、少し胸の先が硬くなってきている。
 不思議。
 ここは敏感なところで、敏感だからつんと尖って硬くなって、ちょっとやち
ょっと指で突付いてもびくともしなくなるのに。
 それなのに、それ以上に力を加えられると、もっと敏感に反応する。
 何もしないでいきなり指でぎゅっと摘まれたり、強く吸われたら痛いだけな
のに、突き出してから同じ事をされたら、気持ち良くて自然と甘い声が洩れて
しまう。
 志貴ってこうやって少し引っ張るように転がして、それが……。
 ああ、自分でやってもこんなにぴくんて。
 はぁ。
 ダメ。
 こんな事してては。

 乱暴なくらいに荒々しく胸を清め、次に移る。
 ふくらはぎ、脇腹、肩や首筋。

 そして、左右の腿と、その間。
 指を恐る恐る差し入れる。
 濡れている。
 シャワーを浴びているのだから当然だけど、もちろんそれだけではない。
 ここに来る原因たる性交の跡と、それに新たに分泌されたもの。
 今の自分自身の指による胸への行為で、また性感が刺激されている。
 にちゃりとお湯とは違う感触がある。
 指が潤みに浸る感触。
 その中には、今のものだけでなく、昨夜志貴に注がれたものも混じっている
のだろう。
 立ったままの姿勢から、背中が壁につく。
 僅かに体重が預けられ、足が少し開いていく。
 その動きで、少し疼きのある痛みが起こる。
 志貴に貫かれた部分が、完全には回復していないのだろうか。
 私の体は、常人離れした回復をするのだが。
 実際、裂傷はおおかた完治しているとは思う。
 では、これは何だろう。
 本当の痛みなのか。
 それとも昨日の痛みを記憶している頭が生み出した、幻痛なのだろうか。
 ともあれ、痛みはある。
 曖昧なままでいるのを今は是とした。
 
 こうしているとまざまざと思い出す。
 志貴の指がどんなにここを弄ったのか。
 恥ずかしく広げられて。
 自分でも眼にした事の無い奥まで覗かれて。
 それなのに、恥ずかしくてたまらないのに、中から性的興奮を表す膣液が分
泌され、志貴の指を濡らして。
 でも、止めてと言っても笑顔で聴かない振りをした酷い人だけど、それを見
て優しく庇ってくれた。
 こうなるのは当たり前だから恥ずかしがる事は無いんだよって言って。
 シオンが俺の事を受け入れている徴だから、凄く嬉しいよって、もっと指で
撫でてくれて、それからもっとぐちゅぐちゅになった処に舌を伸ばして……。
 
 こんな処舐めて平気なのかな。
 汚いと思わないのかな。
 最初びっくりして、それから指と全然違う柔らかくてうねうね動く感触に翻
弄されて、もっと感じちゃって……。
 志貴の舌、気持ち良かった。
 それに、私のこぼすのを舐められるのが、嬉しそうに舌で舐め取るのが、こ
んな事考えるのは変かもしれないけど…………嬉しかった。

 それから何度も指と舌でおかしくされて、頭が霞みがかってから志貴の大き
いのを挿入されて。
 息が詰まって、痛くて声を出して。
 優しく頭を撫でられて、何度もキスをされて。
 少しずつ少しずつ、私に大きくと息を吐かせてそれに合わせて。
 ゆっくりとゆっくりと。
 それでやっと全部入って。

 痛みが落ち着くまで、志貴は私を抱き締めて動かないでいてくれた。
 それからはよくわからない。
 動いてくださいと言った気もする。
 多分そう。
 志貴は無理をしなかったし、止めてもいいんだよと何度も優しく言ってくれ
たから。
 
 動かれると痛かった。
 でも志貴を強く感じた。
 それに志貴が気持ち良いと言ってくれるのが嬉しかった。
 志貴が息を荒げ、気持ちよさそうな顔をするのと私も体が熱くなった。
 そして……?
 最後に志貴が私の中にいっぱい注いだのは憶えている。
 私の中で最後まで気持ち良くなってくれたんだってぼんやり考えたのを憶え
ている。
 志貴が私の中いっぱいに広がったのを憶えている。
 忘れない。
 絶対に忘れられる訳が無い。

 でも、それからいろんな形で志貴が繋がったのは、初めての女の子を相手に
している事を考慮すると、酷いのではないかと思う。
 あくまで私の体に気遣いをずっと見せていてくれたけど。
 これがシオンの中に入ったんだよって触らせたりはしたけど、無理に口での
奉仕を求めるような真似はしなかったけれど。
 それでも破瓜の跡を拭ってくれた時に、自分の指についた精液を私に舐めさ
せようとはしましたね、志貴。
 嫌がって拒んだけど。
 そうしたら、ごめんねって言って……、あれは本当は嫌と言うよりそんな事
をするのを志貴に見られるのが、恥ずかしかったんです。
 少し、少しだけ興味はあったんですけど。
 私が自分のものを志貴に舐められた事にある種の喜びを感じたのであれば、
志貴もまたそうなのだろうか?
 それを拒絶した事は、志貴をがっかりさせ、もしかして傷つけただろうか?

 人差し指を浅く膣口に挿入した。
 志貴のモノとは全然比べ物にならないほど小さい。 
 もっと深く……。
 そう、そして……、鉤爪のように内側に曲げる。
 中のどろどろが感じられる。
 そのまま引き抜く。
 はぅ。

 指は濡れている。
 水滴と、愛液と、そして志貴が中でたっぷりと注いだ精液とで。
 顔に近づけまじまじと見つめる。
 卵の白身のようなどろどろ。
 でももっと白く濁っている。
 そして、変な匂い。
 こんなに時間が経っているのに、膣内にずっとあった為か、匂いが強い。
 これが普通なんだろうか。
 それともずっと濃いのだろうか。
 
 ためらう。
 ためらって、そしてそれを唇まで近づけた。
 舌をそっと伸ばす。
 触れた。
 男の体液。
 そんなものに舌を触れさせている。
 誰に強制された訳でもないのに。

 口に含む。
 少しツンと来るような、味というよりも匂い。
 これが志貴の出したもの。
 僅かばかり舌に触れたものを、唾と共に飲み込んだ。
 ……。
 何と言うことは無い。
 そうだ、これの成分は空で言える。
 決して害は無い。
 美味しくはない。
 でも……。
 第二関節までどろりとなった指を口に入れた。
 さっきとは比べ物にならない、濃い青臭さが広がる。
 変。
 だけど、嫌ではない。
 それどころか……。

 はぁ……。
 びくん、と体が動いた。
 膝がかくんと崩れそうになった。
 今の……。
 太股の間、いえ私の谷間からの強烈な刺激。
 
 あ。
 我に返り赤面する。
 志貴の精液を指で絡め取り、しゃぶって。
 その間に、空いた手は意識せずに動いていた。
 膣口を、その周りのびらびらとして陰唇を、弄るとも無く触れていた。
 始めは軽く。
 そして、志貴の精液に夢中になっている間に、指は陰唇と粘膜を、膣穴の内
側を、強く嬲るように刺激を与えていた。
 そのあまりの快感に、私は感じきっていた。
 志貴の、男の精でおかしくなっていたのだろうか。

 体が、熱を帯びている。
 昨日、志貴によって変えられてしまったのだろうか。
 こんなお風呂で自らの性器を弄って。
 感じて、こんなに反応して。
 そしてさらに貪欲に……うんんッ。
 ああ。
 指が止まらない。
 もっと濡れている。
 後から後から、こぼれている。
 そしてさらに奥からつられるようにもっと濃厚なものが。 

 指で少し上を探る。
 この包皮にまもられた陰核。
 軽く、触れる程度に。
 うん……。
 それでも刺激が強い。
 ぴくんて体が動いてしまう。
 こんなに膨らんでいるから、少しでも刺激を強く感じる。
 ここも志貴は可愛がってくれた。
 最初に触れて悲鳴をあげさせて。
 それから加減を見ながらそっと爪の先で撫でるように。
 舌でもちょっと突付かれた。
 慣れると、これを剥いて直接触れたり、指で摘んだりも出来るんだけどね。
 まだシオンには無理だけどね。
 そんな事を言いながら、反応して大きくなる様を喜んでいた。
 少しだけ包皮をずらすようにして陰核を擦った時は、頭が真っ白になって。

 こんな感じ。
 うんんん……、自分でしてもこんな……。
 強い性感の刺激。
 そしてそれに混じるようなこれは……。
 あ、やだ。
 そう言えば目覚めてからまだ。
 こんな格好で、下半身に刺激を与えているから。
 頭の大部分は蕩けていて、残った部分が警告を発する。
 さらに別の部分がここが志貴の寝室ではなくお風呂であると判断する。
 ここであればそれほどの問題にはならない。
 後は恥ずべき事と認知する理性と、ここから動きたくないという感情。
 考えるまでも無い。
 私はこのまま指を。
 え?
 あ、でも、頭が判断力を低下させている。
 でも、こんな。
 それに、やめ。
 あ、こんな……。
 
 ぴしゅ…

「シオンさん?」

 !!!

「ひゃんッッッ」
「わ、わ、どうしましたシオンさん」
「こ、こ、琥珀ですか」
「はい。着替えをお持ちして……。そんな事より何かあったんですか?
 中に入りますね」

 琥珀が中に入る?
 こんな浅ましい真似をしている処を見られる。
 ダメ。
 絶対にダメだ。
 そんなの。
 眼をとろんとさせて呆けた様。
 胸の先をつんと突き出した様。
 秘裂を開け愛液で濡らした様。
 志貴の精液を体に付着した様。
 
 それはまだごまかせるかもしれない。
 でも、こんな排泄行為は言い訳しようが無い。

「な、何でもありません」

 ああ、ダメ、止まらない。
 堪えても体が勝手に。

 ちょろちょろ…ちょぽちょぽちょぽちょぽ……。

 込み上げていた尿意が、狼狽で歯止めを失って。
 立ったまま、女陰を伝い、僅かに色づいた水流が垂れ落ちる。
 こんな、ところを、見られたら……。

「あ、シャワー中ですか。
 うーん、シオンさんの髪など洗うのお手伝いしてみたいのですけど。
 それでは、戻りますね。
 ごゆっくりどうぞ」

 慌ててシャワーを手にして、お湯を強く出した。
 シャーーーッッッ。
 じょろじょろじょろ……。

 ご、誤魔化せた……筈?
 少なくとも琥珀は普通の足取りで去った。
 平気だったろうか。

 ……。
 さすがにもう完全に冷めてしまった。
 怖くて続ける気にはなれない。
 気付かれただろうか、大丈夫だっただろうか。
 頭の中でぐるぐると考えながら、体を清めた。

 心地よい。
 温もったお湯が体を流れる感触。
 でも……。
 志貴の匂いが消えていくのを、少し残念に思う思った。
 これで志貴との事までが、無かった事になるように感じさせて。
 志貴の言ってくれた言葉は、けっして空虚なものではなかったけれども。





 


「おはよう、シオン」
「おはよう、秋葉」

 ナイフとフォークを皿に置き、軽くナプキンで口を拭うと秋葉から朝の挨拶
をしてくれた。
 穏かな笑顔。
 簡単な朝のやり取りだけど、秋葉からの親愛の情を感じる。
 それだけに、心臓がずきりと痛む。
 
 あなたのお兄さんと、昨夜私は同衾したのですよ。

 言える筈のない言葉がむしろ私を責めるように口から洩れそうになる。
 秋葉にだけは言えるわけがない。
 志貴への想いを知っているから。
 家族としてのではなく、女から男に対しての愛情を知っているから。
 あの秋葉がと驚くほどの強い恋慕。

 いや、意外ではないかもしれない。
 恋する女などは、そんなものなのかもしれない。
 達観した言葉や皮肉としてではなく。
 自分を鑑みて、それは当たり前の事実だと今ではそう思う。
 
「兄さんだけど……」
「志貴……?」

 しばし無言でいて、秋葉は話し掛けてきた。
 秋葉は何を言うのだろう?

「優しくしてくれた?
 シオンに合わせてとは言ったけど、時々歯止めがなくなってしまうから」
「いえ、志貴は凄く気遣って、私のこと、こ、こ……?」

 反射的に答え、ぎょっとする。
 あまりに自然な秋葉の言葉であったから。
 誤解しようの無い、問い掛け。
 でも知られている筈が無い。
 もしかして、探りを入れられた?
 どうして秋葉に?

 違う。
 そんな事より、あっさりと答えてしまって、どうしよう。
 どうすれば。
 こんな事を秋葉が……。

 え。
 激怒するのを予想したのに、秋葉はまったく違った表情をしていた。
 笑顔?
 
「よかった。
 兄さんにシオンが泣かされちゃったらどうしようかと思ったけど。
 でも、そんなに優しくしたんだと思うとちょっと羨ましいような、悔しいよ
うな……、うーん、複雑な気分」
「秋葉?」
 
 これほど狼狽した顔を他人に見せたのは、初めてかもしれない。
 なのに対照的に落ち着き払って秋葉はトーストにマーマレードを塗ってみた
りしている。 
 いらいらして私が叫びそうになって、やっと秋葉は顔を上げた。
 真面目な顔をしている。
 秋葉らしい威厳にも似たものを漂わせた顔。
 真剣なんだなと窺わせた。

「シオンもこの家にいる以上は、遠野家の中に入ってもらおうかなって思った
のよ」
「遠野家の?」
「ええ。薄々はシオンも気づいていたのではなくて?」
「何を……?」
「私と兄さんの事。そして、琥珀と翡翠と兄さんの……」
「それは……」

 気づいていなかった訳では無い。
 ただ、確証となるべき事実を得ようとはしなかった。
 友達であり、恩人でもある秋葉達にエーテライトを伸ばして、プライバシー
に触れるあれこれを探る気にはなれなかったから。
 昔の私なら迷う事も無く、呼吸をする様に自然に行っていただろうけど。
 そうして知りたくないものを知った時に、平然としていられる自信は今の私
にはなかった。
 必要とあればともかく、そんな真似はためらわれた。 

 だから、まさか志貴がこの家の女性全てと肉体関係を持っているとは知らな
かったし、知りたくもなかった……、はっきりとは。
 それに私が知る限り、そんな事をしている素振りはまったくなかったから。

「三人とも兄さんと関係を持ってるわ。
 それも一度ではなくて何度も何度も可愛がってもらっているの。
 皆がそれを知っていて、ううん、それどころか同時に兄さんと愛し合う事も
しばしばあるし、それを喜んでもいるわね」

 だから、それを秋葉の口から聴くのは衝撃的だった。

「ずっと、シオンにこんな事知られて軽蔑されるのも嫌だなって、禁欲生活を
していたのだけど……。まあ、時々こそこそと……、あれも楽しかったけど。
 どうかしら、異常だと思う、そんなふしだらな関係を?」
「秋葉はそれで良いのですか?
 志貴の事を愛しているのではないのですか?」

 質問に質問で答えた。
 でも秋葉はそうなるのがわかっていたように平然としている。

「もちろん、私は兄さんの事を愛しているわ。
 でも、琥珀も翡翠も同じ様に兄さんの事を想っているの」

 一端、秋葉は口をつぐんだ。
 間が、少し居心地悪い。
 何を言われるのかが予想できたから。

「それにシオンも兄さんの事……、違うかしら?」

 秋葉のまっすぐな眼。
 私は韜晦する事無く頷いた。

「私も志貴の事を愛しています。
 秋葉には…」

 言葉を遮られた。

「いいのよ。
 別に兄さんを好きになる事を咎めたりはしないわ。
 それどころか、私に遠慮してずっと隠そうとしていたでしょ、シオンは。
 でも、兄さんの事を見つめて、そして兄さんの姿を追う眼でわかったわ
 私だけでなく、琥珀たちもね。
 当然だわ、同じ相手を好きになっているんだから」
「……そうですか」

 隠し通していたと思っていたのに。
 でも対人関係は私の不得手とする処だった。
 それにこの感情を、初めての恋心を、私は持て余していた。
 どうしたらいいいのかわからなかった。

「だからね、兄さんに頼んだの。
 もしもシオンが望むなら、私たちと同じ様にして下さいって」
「秋葉が……?」

 また、驚かせられた。
 あの志貴の言葉は……。

「誤解しないで。
 その気も無い兄さんを焚きつけた訳ではないわ。
 兄さんもシオンの事、気にしていたわ。
 あの鈍感な人なりにね。
 だから試してもらったの」
「試す?」
「シオンを呼んで、シオンの気持ちを訊ねてみてって。
 私たちの事は気にしなくていいし、シオンにも私の事とかは忘れさせてあげ
てって頼んで。
 そしてシオンが……、まあその辺りはシオンの方が良く知っているわよね。
 決して兄さんは演技でなくて、真摯にシオンと話してその……、結ばれた筈」

 秋葉の話は終わった。
 問い掛けるような眼が今度は私を見つめている。
 そして少し心配そうな顔。
 私は黙っていた。
 言うべき言葉ある。だけどあり過ぎてどう答えればよいのか、何を言えばよ
いのか適切な返答を見出せないでいた。

「いいのですか、秋葉?」

 ようやく言葉が出た。
 これでは何に対してのものなのかわからない。
 私の言葉としては論理的に失格だ。
 でも、秋葉は過不足無く受け止めてくれたらしい。

「兄さんが私を選んでくれていたら、そんな真似は許さなかったかしらね。
 私、嫉妬深いし……。
 でも兄さんはそうしなかったし、他の誰か一人を選ぶ事も無かったの。
 まったく優柔不断で悪人で性質が悪いわよね」

 弾劾の表情。
 でもその瞳は和やかに見える。

「皆を同じ様に選んで、愛してくれているのよ、兄さんは。
 それが私たちだけでなく外にも向けられるのが少々気に入らないけど、でも
満足させてくれている。
 だからね、シオン一人を加えることは何でもないみたい。
 私もシオンならいいかなって思うわ。
 もちろん、こんな淫らで不道徳な真似は断わるというなら、無理には勧めな
いけど、シオンが兄さんを求めるなら、一緒に可愛がって貰うのはどう?」
「はい。
 私も……それを望みます」

 ためらいなく、言葉を口にしていた。
 秋葉はよろしいと言わんばかりに重々しく頷いて、ふと視線を私のさらに後
ろに向けた。

「そう言うことですから、兄さん。
 よろしくお願いしますね」
「ああ」

 静かな声。
 まったく気づかなかった。
 それだけ秋葉とのやり取りに全神経が向いていたのか。
 突然の声、その返事の意味に、私は身震いするような嬉しさを感じた。
 でも振り向かなかった。
 振り向けなかった。
 志貴の手がそっと肩に置かれて、それでもまだ私は身動きできなかった。

 秋葉が悪戯っぽくこちらを見ているので、私は下を向いた。
 動転している顔を見られたくなくて。
 真っ赤になった顔を見られたくなくて。

 秋葉と、志貴の視線を感じる。
 だからよけいに落ち着かない。
 すぐには顔を上げられそうもない。
 二人とも、待って下さい。
 気恥ずかしく、でもこの幸せな気分が少し薄れるまで。
 志貴と秋葉に、ちゃんとありがとうと言えるようになるまで。

 あと少しだけ。


   ≪了≫











―――あとがき

 シオンと志貴でのお話というのが、上手く考えつきませんでした。
 で、だったらその初めての直後を書いてみようかな、という主旨で。
 どうやってそういう関係になったのかをぼかしているのがなんとも卑怯な。
 ……結局はシオンの自慰SSですしねえ。

 いつの日にか、志貴×シオンで一本書いてみたいものですけど。

 準表ルートの流れだと遠野家ハーレム状態なのは、ちょっと違和感あるかも
しれませんが、あの二人ともちゃんと……、としてあります。
 一度自分でこーいう枠組みを作っておくと後で便利だし。いやいや。
 他の誰とも結ばれてなくて、なおシオンとのみというのは私には考え難いか
らです。

 現時点で締め切りを100時間オーバーしているので、受け入れてもらえる
かわかりませぬが、お楽しみ頂ければ嬉しいです。


   by しにを(2003/5/3)
 




 
                   

                                      《つづく》