好きな人と

 作:しにを





 さっきから声が洩れそうで、抑えるのに必死だった。
 こちらが主導権を握っているなら良いけど、今は桜が寝そべった俺の上で動いて
いる。
 胸板にこぼれ落ちそうな大きな胸が当たり、桜の動きに従い柔らかく俺の体を擦
っていく。
 少し押し付けられた時の量感。触れるだけの接触でのくすぐったさ。
 指で弄ったわけでもないのに、桜の胸の先は尖っている。それが擦れる感触もは
っきりとわかる。
 これだけでも、油断すれば声が出てしまいそうだった。
 その上、桜の手が俺の胸や肩に触れたり、腕を撫で上げたりしている。
 脇のほうから忍んで来て、横腹あたりを弄られると、くすぐったさもあるけど、
ぞくぞくするような甘美さに震えてしまう。本当に耐え難いほどだった。
 とは言っても、よくよく考えれば、耐える必要などない。
 素直に桜の胸の柔らかさ、乳首のつんと突き出した愛らしさを存分に味わえばい
い。手が体を弄る様に身悶えしても、別段恥ずかしい事なんてない。
 桜の顔をちらりと見れば、俺が唇を噛み締めたりしてるのをちゃんと気付いてる
様子。
 殊更に無理をしても、それほど意味は無い。だけど、まあ、そこがつまらない男
の意地だろう。
 やっぱり、年下の女の子に好きに動かれている状態で、悲鳴じみた声を出してし
まうのは恥ずかしい。
 二人で服の上から体に触れ合ったり、脱がす過程で肌にキスしたりはしていた。
でも、まだ序盤。愛撫らしい愛撫もしていない状態で既に参ってしまった姿を見せ
るのは、やっぱり抵抗があった。
 本当に、つまらない拘りかもしれ……、桜の胸の谷間に二の腕のあたりがはさま
れて、はさまれて。
 桜を見ると、くすくすと笑っているような顔。
 こっちの状態を知っての不意打ちじみた攻撃。
 すべすべで弾力のある乳房に触れるだけでも気持ちよいのに、それが二つも。
 ぎゅっと挟みつつ動くのは、反則じみた快美感だった。
 否応なく、腕ではなくて股間のものが挟まれてしごかれた時の快感を思い起こす。
 
「せんぱぁぃ」
 
 熱い息が耳をくすぐる。
 とろける甘さを含んだ声。
 俺の体を好きにしながら、桜自身も感じている声。
 
「キスして下さい」

 唇が近づく。
 受身の体勢から、首だけを伸ばす。
 桜の愛らしい唇。
 既に俺の体のあちこちに押し当てられていた柔らかさを、唇で味わう。
 少し濡れている。
 桜の甘い吐息が忍び込む。さらに舌が入ってきた。
 迷いなく俺の口蓋をまさぐり、舌を見つけ出す。
 
 くちゅ…ちゅッ……ちぅぅ……ちゅ…くちゅぅ…ちゅ……。

 口の中の小さな動きなのに、脳全体に染み広がるようだった。
 それでどこかが侵食されたのだろうか。
 最初は桜が舌先を潜らせていたのに、いつの間にか俺が桜の舌を吸っていた。
 唇ではさみ、舌で貪り。
 伝い落ちる甘温い唾液を啜りこむ。何度となく喉が動いた。
 夢中になって痛いほどに舌吸いを続けた。
 でも、桜はそのまま俺の好きなようにさせてくれていた。
 絡め取られつつも動く桜の舌先は抗う事無く、むしろ俺に同調するかのように蠢
いていた。
 そんなお返しもあり、息苦しくなっても続ける。続けざるを得ない。
 本当に、心底からこのままずっとこうしていたいと思わせる桜のキス。
 実際、桜が顔を上げてくれなければ、窒息するまで続けていたかもしれない。

「あ、桜…」

 我ながら情けない声。懇願するような色。
 宝物を取り上げられた子供のような。
 実際、桜の唇が離れた時は、狼狽しそうなほどの空虚感があった。

「はい、先輩」

 あやすような声。
 優しい笑み。
 少し悪戯っぽく、けれど聖母のような笑顔。
 再び桜が顔を近づけた。
 接触。
 さっきの蕩けそうなキスとは違う、軽い触れるだけのキス。
 それでも満たされる。

「ああ」

 声も洩れた。
 それを桜が見て、くすりと笑った。

「やっと、声を出してくれましたね」

 間近な桜の顔。
 勝ち誇った様子ではなく、どこかほっとしたようにも見える。

「なんで、そんな我慢したような顔をしてるんですか?」
「何となく」

 桜の問いには、そうとしか言いようがない。

「桜だって、いつも少し我慢したりしてるだろ」
「そうですけど……、わたしは女の子ですから、いいんです」
「変な理屈だな」

 そうですねと答えつつ、桜の顔が近づく。
 キスではない。今度は顔の横に。
 耳元に小さな息の感触。

「それに先輩が無反応だと、やっぱり心配しちゃいますから」

 声が耳から忍び込む。
 それだけでなく、耳に唇がかすめる。
 また、声が洩れてしまった。

「桜」

 照れ隠しのように名前を呼び、体を引き寄せた。
 俺の体の側面に寝そべる桜が再び体の上に載る。
 抱きしめる。
 腕の中の桜の柔らかい体。
 軽く撫でさするようにした背中の滑らかな感触。
 桜の股が接触している。
 桜の胸があたっている。
 桜の腹が密着している。
 こうしてじっとしているだけでさらに高まっていく。
 全身で桜に触れているのだから当然だろう。
 さっきからの愛撫やキスですっかり股間のものは勃起していた。けれどわざとだ
ろうか、桜はそれには少しも触れていなかった。
 僅かに先端がお尻をかすめたりしただけ。
 猛ってはいるものの、何ら直接的な刺激はなくて周りからの快楽が伝わるだけ。
 むずむずとした感じだけがそこには漂っていた。
 それが今は桜の脚の辺りが触れている。
 上から体重がかかり軽く圧迫されている。
 たまらなく気持ちいい。

 桜とは何度も肌を合わせている。
 あの初体験から、本当に数え切れぬほどたくさん。
 お互いに半分理性を失っていた時の、最初の交わり。
 前途に何の明るさも見えず、互いにしか慰めを見出せなかった時の溺れるような
悦楽。
 それが悪かったとは思わない。
 もう少し違った形もありえたかなと思うだけ。流されるようにではなくてと。
 でも、拒めただろうか。多分、俺には無理だ。
 最初が最後の機会。でも一度でも桜を知ったら、桜の体を知ってしまったら、も
はや不可能だ。

 桜が体を動かし始めた。密着したまま、体を前後に。
 桜の手足が、胸や腰が、俺のどこかに触れたまま動いている。
 体中に性感帯があるというのが頷ける。
 どこもかしこも快感を受けている事実。
 こんな事をされてまだ射精していないのが不思議なくらいだった。
 きっと、あまりにあちこちで体が歓喜の声を上げていて、絶頂している暇がない
のだろう。そんな馬鹿な事を考える。
 反り上がったペニスも直接刺激を受けている。
 吸い付くような肌にこすられて、根本から、幹から、くびれから、次々と快感が
生まれている。

 ことさらに桜は技巧的な事をしてはいない。
 喉奥まで肉棒を呑み込み、最後に到るまで吸い上げたり。
 胸を潰れるほど押し付けながら、微妙な動きで背中や腹を刺激してきたり。
 自ら乳房をゆっくりと揉みしだいて、乳首を口に含む真似で理性を失わせたり。
 綺麗な谷間の花弁を見せびらかしながら、俺の指や亀頭の先を嬲ったり。
 そんな事ではなく、ただ肌を触れさせて軽い摩擦を起こしているだけ。
 でもそれだけで充分すぎた。
 桜に、そんな事をされているのだから。

 もしもと考えてみる。
 全身を甘く痺れさせながら、考えてみる。
 これが桜じゃなかったらどうだろうと。
 姿形は似てたとしても桜じゃない。
 それでもこんなに感じさせてくれるのだろうか。
 俺が好きな桜じゃないのに、それでもこんな事をして、今みたいに幸せなんだろ
うか。

 馬鹿な、本当に馬鹿な妄想じみた疑問。
 即座に答えは出る。
 桜だからだ、他の誰でもなく。
 桜以外の桜を抱いても、同じ喜びなんかない。

 うあ、胸がぎゅっと、こう…むぎゅむぎゅと。
 桜も切なそうな表情なんかして。
 何だかすべすべの太股あたりが濡れているし。
 こっちの袋というか睾丸のあたりに何か触れて……。
 太股のずりずりが気持ちいいなあ。触れてるところがあったかい。
 桜だから、こんなに気持ちいいんだよな。
 これが、桜じゃなければ。
 今俺の上にいるこの上なく可愛い女の子は、本当は桜じゃないんだと考えてみれ
ば。
 こんなには、いや全然気持ち良くなんて…………、な…い…、今のぷよんて感触
ッッッ。
 うわ、自信が無くなる。
 なんだ、この胸は。
 つんと突き出した乳首がこんなに可愛くてやらしくて。
 すべすべしたお腹が、こう鈴口に当たったりして、こう。
 桜でなくても…いや、違う。
 これが好きな女の子だから。
 他の誰よりも愛している桜だから。
 いちばん大切な、可愛い人だから。
 だから、こんなに嬉しいんだ。

 跪いて、舌で亀頭から根本まで、それどころか袋やその下まで舐めて貰うのも。
 ねとねとになったペニスを胸に挟み込んで一生懸命しごかれるのも。 
 馬乗りのような形であえて挿入しないで、熱く濡れた谷間で擦り上げられるのも。
 自ら綺麗なピンク色の襞の奥まで開いて見せて、熱い蜜液を舐めるよう無言で誘
惑されるのも。
 ぽたぽた垂れるほど、口づけの最中で唾液を注ぎ込まれるのも。
 二人で何度も絶頂を迎えて、汗だくになりながらも離れずに抱きしめあうのも。

 ただの女の子でなくて桜だから。
 そりゃ、肉体的な快感はあるだろうけど、今の俺が他の誰かとしたって、こんな
には絶対ならない。
 もしも今が桜じゃなくてこんなだとしたら、桜を抱きしめたらもっとずっとずっ
と何倍、いや何十倍にも…。

「先輩?」
「うん、なんだ、桜?」

 少し余計な考えに没頭していただろうか。
 動きを止めた桜が、こちらを見ている。
 微妙な近さ。
 ああ、ちょっと頬を膨らました表情も可愛いなあ。
 怒った桜の顔も何とも言えず可愛い。
 うん? ……って、怒った?
 まずい。

「急に無言になってしまって、心ここにあらずみたいに見えます」
「ええと」
「それは、わたしなんかじゃ物足りないかもしれませんけど」

 とりあえず自虐めいた言葉に慌てて否定を入れる。
 とんでもない話だった。

「馬鹿、そんな事ないぞ」
 
 思わず強めの口調。
 でも、叱責なのに桜は少し安堵の表情になる。
 さらに言葉を続けようとして止めた。

「って、俺が悪いんだよな、こんな時に。ごめん、ちょっと考え事してた」

 天井を向いた状態で頭を下げるというのも変だけど、ともかく謝罪する。
 桜が俺のために頑張ってくれていたのに、ただ享受しているだけでも申し訳ない
のに。
 ぼんやりとしているなんて言語道断だった。
 こちらが謝ると、桜は慌てて首を左右に振って許してくれた。
 
「何を考えていたんですか?」
「うん、もしも桜じゃなくて他の女の子だったら、今なんかよりもっともっと気持
ちいいかな……え、あれ?」

 何か違う。
 凄く違う。
 非常に違う。
 致命的に何か間違えている。
 その証拠に、桜の顔が変わっている。

「もしも……?
 他の女の子だったら……?
 今なんかよりもっともっと……?」

 声は小さいのに、一語一語を噛み締めるようにはっきりと口にしている。
 急に、桜の体が艶めいた柔らかさを失った。
 固い。
 動きや、表情が凍っていた。
 そして触れた肌すらも信じられないほど変質した。

 桜の目。
 怒っているならいい。
 泣き出したのでもいかもしれない。
 それでも何かぶつけてくれたのならまだマシだったのだけど。

「桜?」
「……」
「あの、桜さん、ええと、ごめん」
「……」

 ぽろぽろと涙がこぼれ。
 本気泣き。
 ああ、衛宮士郎の大馬鹿野郎。



 




 結局、宥めるのに三時間ほど。
 誤解を解いて、怒りを静めてもらうのに、三日ほど。
 ちゃんと愛しているんだよと実証するのに、三十回ほど。

 されから、なんだか前より熱心になった桜の姿は良かったのか、悪かったのか。

「先輩、どうしました?」
「桜が気持ち良すぎて、もうもちそうもない」
「え、ダメです。今度はこちらで可愛がって貰うんですから。
 それとも、もう?」
「わかった。じゃあ体上げて」
「はいっ」

 ……まあ、これはこれで。


  了














―――あとがき

 桜さんのお祭りとくれば、これはもう参戦しない訳にはいかないでしょう。
 桜が桜に見えるように描けてればいいのですが。
 というか、桜への愛情疑うようなネタで書く辺りが何とも。

 悲壮感とか抜きで明るい愛欲生活を繰り広げているのが似合うのは、ヒロイン随
一だと思うのですが。
 爛れるようなとかつかない程度に。

 ぷちとついているお祭りですので、10KB以下でまとめるという自分縛りで書
いてみました。(あとがきとかは含まず)
 少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。