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  薄闇

                               秋月 修二



 夢を見るには早すぎて、現を見るには遅すぎる。そんな時間の中をたゆたっ
ている。

「…貴方も、懲りないわね」
「…………」

 秋葉は反応に頓着しない。ただ決められたことに従順に動くだけ。その下腹
部には女性には有り得ざるモノが生え、甚だグロテスクな様相を呈している。
 四条 つかさはその凶々しく滑稽なオブジェを、瞳に涙を湛えて凝視している。
 それは嫌悪ではない。かといって、彼女が男性器を見て喜びに打ち震えるよ
うなことがあるかと言われれば、それもまた否である。
 未知への恐怖。秋葉への畏怖。愚かしい後悔。諸々が綯い交ぜになり、それ
故彼女は涙ぐむ。
 遠野 秋葉に罪は無い。ただ、最初の被害者であり、最初の加害者というだ
けだ。一方、四条 つかさには罪がある。その罪によって、彼女は唯一の加害
者でありながら、唯一の被害者となる。
 結果は巡る。避ける術は無い。
 立場の逆転、それが解決策だ。

「私としてもこういうことはしたくないけれど…これしかないなら私は迷わな
いわ」

 悔いるような響きだが、そこに込められた力は強い。

 事の発端は単純ではあった。四条 つかさが遠野 秋葉に復讐しようとした。
口にすればますます単純である。
 問題なのは、その方法であった。
 彼女はどこで手に入れたのか、魔術書に書かれた呪術を実行した。普通なら
ば成功するはずもないが、不幸なことにそれは成功し、形を成してしなった。
それで遠野 秋葉に男性器が生まれたという訳だ。
 つかさにとって更に運が悪いことに、その呪いは秋葉だけに留まらず女生徒
の大半に降りかかった。それにより、更に事態は混乱してしまう。
 生徒の混乱を収める為に原因を追求していた秋葉だったが、そこで彼女はつ
かさに行き着いた。

 秋葉は魔術書によって解決策を知る。
 方法とは、術者の手によって射精することであった。

 これを読んで、流石の秋葉にも躊躇いが生まれた。彼女には周知のように想
い人がいたし、何より同性と交わるなどという観念は持ち合わせていなかった。
 だが、書物のどこを探そうともそれ以外の解決策は無い。何度読もうと文章
は変わらない。
 ならば、仕方が無い、と秋葉も腹をくくらざるを得なかった。それが事の次
第である。
 つかさは怯えを混じらせて、秋葉を仰ぎ見る。つかさは立ち上がる気力も無
く床にへたり込んでいる。秋葉はそれを至極冷たい瞳で睥睨していた。
 つかさは秋葉を怖いと思う。
 秋葉はつかさを愚かと思う。
 責が誰にあるのかはあまりにも明白。故に、秋葉はいざ始めるという時に躊
躇わなかった。
 スカートとショーツを下ろし、眩いばかりに白い肌を晒す。お嬢様、と呼ば
れるに相応しい美貌が、つかさの意識を眩ませた。
 無駄な贅肉一つ無いスラリとした脚を伸ばす姿は美しいが、上着はそのまま
なので秋葉の現状は滑稽極まりない。しかし、張り詰めすぎた部屋の空気はそ
れすらも飲み込んでしまう。
 つかさが固い唾を飲み込む。それを契機として、秋葉が彼女に近づく。
 お互い、何をどうすれば早く終わるのかを知らない。性行為を知識として知
ってはいても、体験としては知らない。
 彼女等の上下関係ははっきりしているようでいて、実は拮抗していた。

「…貴方がしでかしたことでしょう。早く済ませて」
「そ、そんな…」

 体の震えを抑えきれず、語尾が尻すぼみになる。身勝手なまでの無責任さに、
秋葉の苛立ちが募った。
 鼻を鳴らして、秋葉はつかさの手に自身の男性器を握らせた。何ら刺激を加
えられていないそれは、力無く項垂れているように見える。その見栄えがつか
さと重なって見え、秋葉は自分までもが無様な存在に見えた。
 どす黒い感情が内部で蠢く。

「早く!」

 叱責に、つかさは観念したように手を動かし始めた。皮を被っている先端部
に恐る恐る指を這わせ、爪で軽くめくる。露になった臓物のピンクに、二人と
もがたじろいだ。
 手を止めてはいけない、ということに気付き、つかさが先に立ち直る。指で
つまむようにして、皮を全てめくる。
 秋葉は快楽に対する覚悟を疎かにしていた。だから、ただこれだけの行為で
体に走った感覚に、必要以上に反応してしまった。
 幾分くたびれていた陰茎が次第に膨れ、まるで冗談のように大きさを変えた。

「―――っ」

 息を飲む。飲んだのはどちらか。
 快楽というには刺激はあまりに少ないものだった。
 本当にこの状況が導かれるべくして導かれたものなのか。それは、本来女性
には知り得ないもの。だから、秋葉にとってそれは異常としか映らない。
 張り詰めた陰茎にたじろいでいる暇も無く、つかさが急くように手を添える。
爪ではなく冷たい手の平に包まれ、秋葉が知らず背筋を伸ばす。
 部屋には物音一つ無く、心音が相手に聞かれてはいないかという不安で、口
の中が乾いている。つかさはそう自覚した。
 手に力がこもる。
 上下に摩ることはせず、ただ握る力を変える。刺激によって陰茎が微かに脈
動する。
 男性であるという意味と、女性であるという意味が秋葉の内心で衝突。

「…っふ!」

 殺していた息が漏れた。自分の行動はどうやら正しい、という自覚のもと、
つかさが続ける。緩急のある――と言えば聞こえはいいが、こういう単調に続
けられる快楽は冷静さを崩すには幾分足りない。
 つまり、慣れる。
 物言わず、秋葉は行為を見詰めていた。雰囲気に流されかけてはいたが、自
分がこれを望んで行っている訳ではない、と再認識する。そしてそれに伴い、
つかさも楽な方法を続けていても結果が得られないと知る。
 経験がある訳ではないので、どうしたって手探りにはなる。だが、前に進ま
なければならない。
 親指と人差し指で輪を作り、くびれに宛がう。そこを基点に薄皮を引っ張る
ように根元に向かって一気に手を下ろした。

「うぁ!?」
「え!?」

 不意に上がった声で、つかさが驚く。
 先程までの緩々とした刺激とは差が大きすぎた。快楽を通り越してそれは痛
みであり、秋葉は苦呻を上げる。
 遅まきながら状況を解したつかさに向けられた視線は、冷たい熱を帯びている。
 恐怖で、体が戦慄いた。

「ゆる―――」

 許してください、とでも続くはずだったのであろう。
 だが一切の反論を許さず、かといって何を喋るでもなく、秋葉はつかさをき
っちり三度平手で打った。
 高く頬が鳴る。
 あまりの勢いに、つかさはみっともなく床に転がる。まどろっこしいことは
止めにしたのか、秋葉は彼女の胸に腰を下ろした。
 鋭く細められた瞳に、つかさは涙さえも流せない。

「……いい?」

 形の良い唇が、静かに言葉を紡いでいく。呼吸すら忘れてつかさは聞き入る。

「私は事を荒立てるつもりはないわ。コレさえ消えればそれでいいの。解るわね?」

 背中を丸め、まるで口付けるような距離で、一方的な会話は続く。

「自分がしでかしたことの始末くらい、自分できちんとつけてくれないかしら?」

 暗に痛みのことを責めているのだが、実際のところ自分に与えられている感
覚の正体を掴みかねているにすぎない。痛みは不快なものである、という常識
がこうした口調を作り出している。
 秋葉は気付かない。つかさは気付く。
 陰茎は先程よりも遥かにいきり勃っている。
 秋葉の体は快楽をしっかり受け止めているが、頭はそれを解さない。それに
気付いていても、つかさは叱責を恐れるが故に口に出す真似はしない。
 結論。もう手は使えない。
 つかさとしてはこのまま秋葉が射精して、呪いが消えるのが最善だった。だ
が事ここに至って穏便な進行は望めない。

「…さあ、どうするの?」

 催促が飛ぶ。
 だから観念して口付けた。
 先端から薄く滲む粘液に、つかさが顔を顰める。自分の所為だろう、とまる
で人事のように秋葉は思った。
 相手の表情の為に、柔らかい唇の感触よりも先に不快が募る。

「嫌がってないで、結果を出しなさい」

 冷たすぎる命令。つかさの中の被虐的な部分が、微かにくすぶり始める。
 繋ぎ止めていた思考が乱れる。

 ああ、もう仕方が無いことなのだ。自分の所為なのだ。彼女は怖い。叩かれ
たくはない。痛いのは嫌だ。何でこんなことになってしまったのだろう。これ
ほど美しい彼女にこうして要求されているのだ、他の醜悪な人間よりはいいの
かもしれない。そうにちがいないならばわたしはきっとだいじょうぶだからだ
からあきはさんをちゃんときもちよくさせてあげないとだめなんだ―――云々。

 緊張が頂点に達して、そこまでの圧力の元で、彼女は諦観に至る。
 自分から舌を尖らせて、先端の真中辺りの切れ目じみた部位をなぞる。漏れ
た呼気に満足すら出来ないまま、強く押してみる。ぬるついた感触に、こうい
う食感の食べ物が何か無かっただろうかなどと、胡乱な頭で考える。
 思い出すために、執拗に繰り返す。
 不意に積極性を増したつかさに、男性器が震える。喜びに打ち震えているよ
うに見えなくもない。
 出来るだけ冷静に、と表情を保っていた秋葉だったが、それがあっという間
に崩された。形の良い眦を下げ、唇を薄く広げて、熱のこもった息を吐く。
 流されない。流されてなどやるものか。私には兄さんだけ。
 うわ言のように何度も何度も呟く。
 その呟きこそ、自分が快楽に流されていると暴露しているようなものなのだ
が、そこに頭が回るだけの余裕など疾うに無い。

「はっ、はっ、はっ」

 呼吸は短く鋭く。
 つかさは舌を丸め、血管の辺りに纏わりつかせる。皮膚越しの脈動は現実か
ら遠い気がする。思っていたよりも嫌悪感は無い、ならばもっと出来る。
 頬の内側全てを削ぎ取る勢いで、横から咥えた。
 舌先で弄られていた時とは違い、暖かく湿った感触に陰茎全体が包まれる。

「こん、な―――」

 何が言いたいのか、とつかさが秋葉を見上げる。全体を含んだまま上目遣い
で見詰められる。
 視線が絡んで時間が凍る。
 従順であるということ、その意味。服従という行為がそれをされる側にとっ
て、実際に服従であるかなど解りはしない。
 根元を手で握って、口の中いっぱいに男性器を含む。口腔に隙間がほとんど
無いので、舌が探ったものを手当たり次第に嘗め回す。舌を止めない。
 唇の間から湿った淫猥な音が漏れ出す。同じように聞こえるのに嫌に一つ一
つの音がはっきりと聞こえて、頭がおかしくなりそう。
 今まで必死に耐え忍んでいた秋葉だったが、ここに来てどうしようもなくなった。
気付けば唾液が少し垂れ、セーラー服の襟を濡らしている。
 秋葉がつかさの頭を掴む。
 押し込んだ。
 喉元に熱い憤りをぶつけられて、つかさがくぐもった悲鳴を上げる。
 普通そこに物質が留まることなどない。そこは空気が通るべき場所であって、
塞がれる場所ではない。
 窒息を逃れようとつかさは頭を後ろに引くが、掴まれていてはろくに動けな
い。その後退はむしろ快楽として秋葉に受け取られる。
 単純に押し付けるだけではいけない。そう知って、秋葉は少し腰を前後させる。
 寸単位の前後運動は、呼吸を遮るのには充分過ぎた。鼻で息をしていたつか
さだったが、次第にそれが追い付かなくなって意識が朦朧とし始める。
 つかさは吐き出そうとして唾液を際限無く撒き散らすが、その飛沫ですら、
皮膚に付着してしまえば快楽にすぎない。早く終わらせないと、私は窒息して
死んでしまうのではないか、そんな恐怖に見舞われてより必死になる。逃避行動。
 秋葉は自分の行動の意味を考える。冷静に冷静にと言い聞かせてはいたが、
今の自分はまるでただの低脳な獣だ。いつから私はこんな生き物に成り下がっ
てしまったのか。惨めだ、みっともない。早く終わらせないと、私は行為の前
の私には戻れないのではないか、そんな恐怖に見舞われて必死になる。逃避行動。
 目的と感情が一致した。お互いが急ぐ。

 入れて出して押して引いて進んで戻って動いて止まって絡んで絡まって塞い
で塞がれて舐めて舐められて突いて突かれて吐いて吐かれて噛んで噛まれて気
持ち良くて気持ち悪くて逃げたくてこのままでいたくて続けて垂らして漏らし
て狂いそうで苦しくて流されて留まって出したい出したい出したい。

 出したい。無様。
 出したい。皮肉。
 出したい。恐怖。

 ――――――出た。

 微かに呻いて、秋葉はつかさの口腔にみっともなく粘性の強い白濁を迸らせ
た。口の中で陰茎が蠢いたので覚悟はしていたが、そんなちっぽけな覚悟は一
瞬で消し飛ぶ。
 喉が詰まって咳き込む。汚濁塗れで吐き出されるはずの陰茎は疾うにその姿
を消している。魔術書は正しく機能した。
 終わった。その安堵感。
 自分の境遇が惨めに思えて、両者はそっと瞳を滲ませる。だが、とにもかく
にも全ては終わったのだ。
 秋葉は何一つ言うことなく、つかさに背を向けて脱ぎ散らかしているショー
ツとスカートを身に着けた。
 ようやく解放された。だというのに、口元は精液でべとついており、胸元は
飛び散った白でどろどろに染まっている。
 汚らしい。つかさは赤子のようにしゃくりあげて呟いた。

「……もう、終わり……?」

 早くも部屋から退出しようとしていた秋葉だったが、その言葉に振り向いた。
 彼女は思う。
 そう終わり。もう終わり。
 ―――少なくとも、私に関しては、と。
 そして、精一杯の思い遣りを込めて、最後に彼女は余韻を部屋に響かせる。


「つかささん。貴方の懸念は正しいわ」


 繰り返そう、少なくとも秋葉の男性器は消えた。
 だが、被害は秋葉だけに及んだ訳ではない。
 つかさは茫洋としたままで床に横たわっている。その目には生気がまるで感
じられず、虚ろだ。
 見ていられない。
 目を閉じる。背を向け直す。
 ドアを開く。

 そこには、解放を望む狂気の群れが待ち構えている―――。




                   (了)


 あとがき
 どうも、秋月 修二です。
 ……やっちゃったーい(汗)。もうこれに尽きます。
 堅い文章とエロくないエロを目指してみたのですが、いかがなものだったで
しょうか。
 今回は自分の語彙の少なさを思いきり実感するハメになりました。全然足り
ませんね…。
 しかもまた寸止めかよと責められそう…(涙)。

 凸は自分との戦いだなあ、と思った一時でした。
 お読みいただければ幸いです。それでは。