[an error occurred while processing this directive]


 幸せの時
           神無月 進




「よくお似合いですよ」

琥珀のその言葉に促されるように、秋葉は伏せていた瞳を上げて、自分の前に
ある姿見の鏡に映った自分の姿を見る。

蝉がうるさく鳴っていたあの夏の日。

自分には、この人しかいないんだって思ったあの日から願っていた、そして絶
対に叶わないと思っていた、自分の姿がそこにはあった。

琥珀の手によって、薄く施された化粧は、秋葉の持つ本来の美しさ、凛とした
硬質の美しさを際立たせつつ、それを和らげて可憐さを醸し出していた。

秋葉自慢の艶のある黒髪は、丁寧に梳かれており、純白のヴェールによく映え
ている。

そんな自分の姿に見入ってしまっている秋葉を見て、琥珀は微笑むと

「それでは、私は料理の仕上げをしてまいりますから」

と静かに部屋から出ていった。

一人部屋に残された秋葉は、自分の姿を見つつ物思いに沈んでいった。



志貴が生きていることを知らせる手紙をもらった当初は、浅上での篭城を宣言
した秋葉だったが、その決意は脆くも数日で撤回するはめになってしまった。

一刻でも早く兄に会いたいという思いと、意地との間で揺れ動いている最中、
唐突に琥珀から電話がかかってきたのだ。

「なに、琥珀?」

電話口からの、いつもどおりの明るい琥珀の声に、つい八つ当たり気味に対応
してしまう。

「秋葉様、意地なんか張ってないでそろそろ帰っていらしたらいかがですか?
志貴さんも待っていますよ」

「何度言わせるの!帰らないったら、帰らないわよ」

秋葉の言いように、電話の向こうから、はぁ〜というため息が聞こえてくる。

「そうですか〜、志貴さん、秋葉様が帰ってこられないので、とても寂しいそ
うにされているのですけど。」

「だったら迎えに来ればいいじゃない」という秋葉の言葉よりも先に、琥珀が
一転してことさら明るい声で、

「あっ、そうです。私と翡翠ちゃんで慰めて差し上げましょう。そうしましょ
う。秋葉様よろしいですね?」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

わかっていた、秋葉にはきっと電話の向こうで琥珀が悪魔の角と尻尾は生やし
て、いつもの笑顔でにこにこと笑っているのがわかっていた。

それに誰にでもやさしい兄さんのことだから…と一度浮かんだ想像は雪達磨式
に悪いほうに転がっていく。

だから、これが琥珀の策とわかっていても言わずにはいられなかった。

「わかったわよ。今すぐ帰るから、それまでに兄さんに手を出しら殺すわよ」

前半はふてくされ気味に、後半は若干の殺気を込めて答えた。

結局、荷物は後で送ってもらうことにして、蒼香や羽ピンに冷やかされながら
秋葉は一人で遠野の屋敷に戻ることになった。

二度と会えないかもしれないと思っていた兄の姿を見て、秋葉はその胸の中で
声を上げて泣いてしまった。本当に今思い出しても頬が熱くなる。

そしてあの日、大事な話があるからと呼ばれて、初めて結ばれた離れの座敷。

照れながら小さな箱を志貴が差し出して、それを秋葉が受け取る。

震える手で箱を開けると、輝く指輪があった。

「うれ、うれしいです。兄さん、ありがとうございます。」

箱をそっと大事そうに胸に抱きしめて、涙交じりで喜びを伝えた。

 その指輪は今秋葉の薬指で輝いている。



唐突にコンコンと扉が叩かれ、秋葉は物思いから引き戻された。

「誰ですか?」

「俺だよ。秋葉」

「あっ、兄さんですか、どうぞ開いていますよ」

扉を静かに開けて入ってきた志貴は、立派な新郎の衣装を着ているが、どうに
も着せられているという印象が否めない。

「いや、翡翠も琥珀さんの手伝いでいなくなって、一人だとどうにも落ち着か
なくて…」

 照れくさそうに言う志貴に、「しょうがないですね、兄さんは」と秋葉は軽
く微笑む。

「兄さん?どうしたんですか?」

入り口の近くで、こちらを見てぼうと立っている志貴に訝りながらたずねる。

「ん、いや、ほんとうに綺麗だなと思って…」

「いきなり、何を言うんですか!」

瞬間、秋葉の頬が赤く染まる。そんな秋葉の様子が可愛くて、

「秋葉と結婚できて俺は幸せだよ」

自然とそんな言葉が口をついて出た。

「それは、私の方です。兄さんと結婚できるなんてこうしていても夢のようで、
秋葉はとても幸せです」

その途中で、ふいに秋葉の瞳から涙があふれる。

「あ、あれ、なんだか涙が…」

必死に手の甲で涙をぬぐう秋葉に静かに歩み寄ると志貴は、涙をぬぐうとそっ
と唇を重ねる。

 秋葉もそれに瞳を閉じて答えた。

「それじゃ、みんなが待っているし、行こうか」

「はい、兄さん。」

「あ〜、その兄さんっていうのやめないか、俺たち結婚するんだしさ」

「そ、そうですね…。だったらどう言えば…」

「そ、それは『志貴』とか『あなた』とかいろいろあるだろう」

「え、えっとそれでは、あ、あなた……」

しばし、互いに顔を赤らめて、志貴がコホンと一つせきをして、改めて行こう
かと言った。

それに秋葉は満面の笑顔で答えた。

「はい、あなた」













あとがき

 はじめまして、神無月といいます。拙い文を最後まで読んでいただきありが
とうございます。秋葉の純情SSということで、秋葉と志貴のひたすらに甘い
お話にしてみました。6月ということで、あまりない秋葉の結婚SSを書き始
めてみたものの、何度のたうちまわりそうになったことか…。読んでいただい
た方に気に入っていただけると幸いです。