女の園にて
作:しにを
あー、行って来たぞ。
見つかりそうになって苦労したんだから。
少しはありがたく、ばかすか飲ま……。
うわ、あれだけあったのに。
何だ、おまえら。
幾らなんでも戻るまではもつと思ったのになあ。
次は買出しまかせるからな。
ほれ、ご所望のは無理だったけど、いろいろ。
うん? 文句あるなら自分で買いに行け。
ほい、羽居。
遠野用のは、これ。
うん、一回り大きくなると持ちきれないから。
いや、断じて日本酒だ、あたしは。
しかし、ワイングラスとかならまだしも、ブランデー片手に佇む姿がはまる
って、おまえさん、ドラマの悪役か。
はいはい、かんぱーい。
うん、しみるなぁ……。
しかし、まあ、こうして来てくれるのは嬉しいけどさ……。
嫌味じゃなくてさ。
羽居だって喜んでるし。
ああ、あたしだって、まあ、そうだよ。
で、おまえさんは?
遠野はどうなんだよ。
酔ってるだろ。
おまえ、酔ってるだろ。
いーや、真顔でそんな事言うような玉じゃないね。
遠野秋葉は、そんな事言わない。
えー、ってなんで羽居が文句言うんだよ。
あ、ああ。
そりゃ、おまえにだけは聞こえるのかもしれないけどな、そんなの常人には
わからないよ。
は?
あたしは普通だ。
おまえらと一緒にするな。
ああ、はいはい。
待て、羽居。
いつあたしがそんな事言った?
そんな恥ずかしい事……。
そういうのは何だ、ほら、ええと……、あ、遠野、それ。
電波だろ、羽居。
ふうん、じゃあ、蒼ちゃんはわたし達の事嫌いなんだって。
いや、それは……。
うるさい。
嫌いなら、とうに出て行くなりしてるよ。
顔、赤い?
うさいってば……、ふん。
ああ、あたしの事はどうでもいいだろう。
遠野だ、遠野。
おまえさんがあたし達の所に来るの、大抵理由が一つじゃないか。
何よー、って、なあ、羽居?
ほら、羽居もわかっているぞ。
お兄さん。
お、はもったな、羽居。
あはははははははは。
……いかんな、あたしも少し酔ってきたかな。
ええと、そう、どうせおまえが不機嫌になって家に帰らない訳は、おまえの
兄貴だろ?
ほら、図星だ。
今度は何だ。
遠野を放って他の女とデートでもしたか。
家に連れ込んだか。
それとも、お楽しみの処にばったりと……。
やめろ。
おい、馬鹿。
振り回すなって。
冗談だ、冗談。
あ、でも当たらずともってヤツね。
別に兄貴が誰と付き合おうがいいじゃないか。
それだけもてるんだろ?
女癖が悪くてとかそういう訳でも無いって……、なんだその微妙な顔は。
じゃあ、何よ?
もっと、遠野家の長男としての自覚を?
飛び回っていないでもっと家の事とか、勉学に?
ふーん。
まだ高校生だろ……って、まあ、遠野見たらそうも言えないか。
まあ、飲めよ。
あ、すまないな。
羽居も、ほれ。
じゃあ、また乾杯。
ふん、それで喧嘩して朝飛び出した訳か。
なるほど……。
しかし、その態度、兄貴と言うより、恋人への愚痴だな。
ははは。
え……。
あの、黙るなよ。
悪い? って、その……。
ええと。
確かに、何年も別れていたんじゃ、普通とは違うかもな。
ああ。
ほら、小さい頃の幼馴染と再会したら、凄く格好良くなっていてとかいうパ
ターンの少女漫画とかよくあるじゃないか。
そんなの、読まない?
そう。
羽居は、意外とマニアックだな。
ああ、それはあたしも読んだけど……、半分もわからんぞ。
要するに、久々に家に帰った兄貴は、遠野秋葉には眩しく映ったんだ。
……。
素直に頷かれても。
そんなに、素敵なお兄さんなんだ。
え?
それほどじゃない。
あ、そう……。
でも、私にはいちばん素敵だ……、そうでございますか。
やっぱり酔ってるよな、こいつ。
ああ、そうだな。
明日忘れているようなら、からかう真似は止めておこう。
そうか、そんなに素敵なお兄さんなんだ。
遠野には。
それで、他の女と仲良いと機嫌が悪くなるんだ。
なるほど。
え。
また、兄さんが外に行ってしまうのが怖い?
兄さんが出て行くと言ったら止められない?
だって、おまえが遠野家の当主なんだろう?
それに、兄なんだろう?
なんでそんな寂しそうに笑うんだよ。
おい、それ。
ストレートで飲むなって、おーい。
あーあ。
ええと、水は……。
あ、羽居、飲ませてやれ。
まったく。
気持ち悪い?
そうだろうな。
ああ、少し休ませとこう。
ベッドで寝るか?
動きたくない?
なら、とりあえず横になってろ。
うん、遠野の酒量なら平気だろう。
いろいろ鬱屈しているんだなあ。
わたしだって……?
羽居がか?
どんな悩みか言ってみな。
それならあたしこそ日々悩んで仏門に入りそうだよ。
……あ、嫌な事思い出した。
そうだな、ゆっくり飲もう。
全員酔い倒れるとまずいから、ほどほどにな。
どれ。
へえ、案外器用だな。
けっこうマメにいろいろやってるものな、羽居は。
うん?
久々…、そうだな。
羽居とあたしと遠野か。
時々、不思議だものな。
二人でいるの。
教室で会うし、何だろう。
うん、寂しいと言うのとは違うよな。
まあ、今日みたいな事はあるけど、確かに幸せそうだよな。
そんなに、違うものかな。
うーん、悔しくはないけど。
まあ、あたし達より、その兄さんを選んだのは確かか。
あ、羽居もか。
あたしも見てみたい。
今度、遊びに行ってみようか。
嫌とは言わないだろう。
ははは。
いきなりの方が、楽しそうだ。
でも本当に、あれは家族への愛情とかと次元が違うな。
ああ。
もっとドライな奴だと思っていたけどなあ。
え?
ああ、まあ、羽居が言うような処もあるけど、でも恋する乙女な遠野って想
像もしなかったよ。
いや、意外にこういう女はさ、男が自分の物にならないならいっそ……とか
って、へ、何、羽居?
遠野が何だって?
ひゃああ。
と、遠野。
な、なんだいきなりむくりと起きて。
悪口じゃないぞ。
ああ、おまえの話をちょっと酒の肴にしていただけで……、うんん?
何だか変だな。
おーい、遠野。
とおのあきは。
よしよし。
おい、遠野。
どうした?
気持ち悪いのか?
何、なんだ、寝ぼけているのか。
おい、遠野?
お姉ちゃん誰って……。
あの、その……。
そう、羽居と蒼香だが。
羽居お姉ちゃん?
な、あたしもお姉ちゃん扱いか。
ふざけている訳じゃ……ないな。
一時的な精神退行か、あるいは記憶の混合。
まあ酔っ払って寝惚けているだけだろうけど。
あたし達の事は認知したけど、自分と同学年とは思っていないな。
嬉しそうだな、羽居。
子供好きだからな、おまえさん。
しかし、外観遠野だぞ。
可愛い?
まあ、何と言うか別人だな。
おーい、遠野、いや、秋葉ちゃん。
お、なんだか、本当だな、可愛い。
そうだ、さっきの続きしてみるか。
お兄さんいるよな、ええと……、しき、だったか。
そうそう、しきお兄ちゃん。
さっき、酷い人だって言ったけど、憶えている?
うーん、か。
じゃあ、改めて質問。
他の女の人と遊んで、秋葉ちゃんのこと構わなくて……。
お兄ちゃん酷い人なんだよな?
悩んで、こくりか。
なるほどね。
じゃあ、お兄ちゃんとは別れたら?
そんなお兄ちゃんいらないよな。
縁を切って、そうした…うわ。
ごめん。
嘘、嘘だから。
うん、そう。
ああ、羽居、あたしも悪かったと思っているって。
え、質問変えた方がいいよー、って。
何に……ああ、なるほど。
お兄ちゃんの事、好き?
そうか。
大好きか。
遠野がそんな無防備な笑顔するほどか……。
こっちの胸が痛くなるな。
こんな笑みは。
そんなに、好きなのか。
じゃあ、眠って朝になったらおうち帰ろうな?
うん?
どうした、心配そうな顔して。
ああ、うん、うん。
平気だよ。
怒ってないよ、しきお兄ちゃんは。
秋葉ちゃんがそんなにそんなに大好きなお兄ちゃんなんだろ。
ぐたぐたいつまでも気にして、秋葉ちゃんを嫌いだなんて言わないよ。
ほら、羽居お姉ちゃんもそう言っているだろ。
その代わり、お兄ちゃんにはちゃんと謝るんだぞ。
ごめんなさい、言えるな?
うん?
そうそう。
それなら、何も心配いらないから。
はい、はい。
眠いか。
なら、少し眠ろうな。
うん、おやすみなさい。
……。
やれやれ。
何だよ、その眼は。
あたしだって、子供にはそう邪険にしないよ。
泣かせそうになったし。
……。
うるさい。
ふん、だ。
そうだな。
目を覚ませば、元に戻っているし、多分、憶えていないだろ。
ああ。
いや、片付けるか。
羽居まで幼稚園児になって大声で歌いながら寮中走り回っても困る。
いーや、やりかねない。
うん、もう寝たって?
ああ、本当だ。
こうして寝ていると、遠野なのにな、いつもの。
……。
おやすみ、秋葉ちゃん。
≪FIN≫
―――あとがき。
純情秋葉第三弾です。
浅上の女子寮での三人娘といった感じで、蒼香視点で描いてみました。
どんな風に映るのかなあというのを直接ではなく書いてみたくて。
あんまり秋葉SSに見えないのですが、こんなのもたまには良いでしょう。
何より、この形式は書き易いのです。
描写なし、台詞なし。
一人称とも独白とも脳内描写とも定かならず。
お読み頂きありがとうございます。
by しにを(2003/6/25)
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