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colors 〜original mix〜


                                  古守久万



ざあっ……ひゅぅ……

一陣の風が吹き
わたしは その風の来た方を見つめる

わたしの頬に当たる風は まだ冷たさを残している
しかし 降り注ぐ陽の光は暖かく 
まるでこの時が訪れるのを待っていたかのようだ


ざぁぁぁ……

もう一度 風
すぐ側にある木立が揺れ わたしに存在を示す

一度 二度
揺れる若葉の間から 眩しいまでの輝き
手を翳し見つめれば フラッシュと共に蘇る記憶


まるで映画のフィルムのよう
あれほどの思い出が 本当に一瞬で通過していく
8年という間を埋めるには あの日々は短すぎた

しかし

あの日々は忘れられない
忘れる事などできない
わたしの全ての想いをかなえる事ができた
かけがえのない日々だったから


浅女から帰ってくると 屋敷には戻らず直接ここへ来た
「あの場所で待っている」 とだけ琥珀に伝言を残して

あの人は分かってくれるだろうか?
いえ あの人は鈍いから
きっと今頃屋敷中を探しているのでしょう

困った顔をしているあの人
わたしはその顔を鮮明に思い出す事ができる
それだけじゃない

喜んだ顔
笑った顔
怒った顔

あの人なら すべてをこの瞳に映し出す事も
すべて この瞳に……

少しだけ上を向きたくなって わたしは初めて空を見上げた



見渡す限りの青 僅かな白
わたしを包み込むような空

これほどまでに澄んだ気持ちで空を見上げたのは 初めてだった


この青空を感じながら わたしはあなたの事を想う
あなたと離れてしまっただなんて
ああ なんて――わたしはばかだったのでしょう

じわりと 見つめていた空が滲んでいく
今日流す涙は この空に彩られて青く
そう わたしを青く染める



この空を見つめながら、わたしは考える
ああ
わたしは 一体どんな色だったのでしょう?

撫でる髪 今は漆黒の髪ではあるけれど
そう わたしは きっと 「赤」
それはきっと あの髪のように


あなたを突然ここへ呼び戻した 混乱の赤
あなたに素直になれず困らせた 激情の赤
あなたを遠野家の運命に導いた 混沌の赤
あなたの色に染まる事を恐れた 拒絶の朱
あなたを殺めてしまおうとした 残虐の紅

そして
あなただけに見て貰いたかった 惹目の赤
あなたに強がってただけだった 子供の赤
あなたとの繋がりが欲しかった 約束の赤
あなたと初めて結ばれて流した 純血の赤
あなただけを心の底から愛した 情熱の赤


わたしは そんな赤



琥珀は そう 「オレンジ」

その名前の通りに 瞳には輝くオレンジ
復讐に燃える炎の如く 怒りのオレンジ
心を許した今は 優しく澄んだオレンジ

そして
包み込む暖かさはそう 母親のオレンジ


翡翠は そう 「緑」

その名前の通りに 瞳には輝く翠
落ち着き払い 誰よりも誠実な緑
季節に姿を移らせる 大自然の緑

そして
秘めたる情熱は 光る電気石の緑


そんなふたりは ずっとわたしたちのそばにいた
オレンジと緑は ひとつの黄色に融和して私を支え
いつか四人で楽しく暮らしたい そう思っていたはず



だというのに
今の私は こんなに悲しい色をしている
ぐちゃぐちゃに塗りつぶされた 悲しい色を
渡り鳥の去った後のように
虚しく残る空の色だけが わたしを深く沈ませているのです


ねえ
私に笑顔をください

兄さん

わたしをもう一度 笑わせて 怒らせて
そして 困らせてください

……兄さん

あなたは わたしを優しく包んでくれる
あなたは わたしを綺麗に彩ってくれる

たった たったひとりのひとなのですから……!


少しだけ強まった風 
流される雲の速度は速く
わたしは 足早に移りゆく景色を見上げながら
心の中で そう 叫んでいた



だから

だから わたしはひとりぼっち
兄さんがいないと わたしは孤独なのです
どんなに優しい家族がいても 楽しい仲間がいても
わたしのこころは いつもひとりなのです

浮かんでは 消える笑顔
琥珀 翡翠
そして
蒼香 羽居 瀬尾……

そのひとりひとりが わたしにとっては大事なのに
それよりももっと もっともっと大事なひと
そんなあなたが あなたが
そばにいてくれなくてどうするのですか?

あなたがいなくなって ぽっかりと大きく空いた心のままで
わたしに何ができるというのですか!?

そう思った瞬間 一際大きく景色が歪み
想いに耐えきれなくなった涙が 雫となって落ちていった


震えていた

こんなにも悲しくて
こんなにも愛しくて

あの人を想えば想う程 止められなくなる
手を握り 唇を合わせても 涙は止まらない

こぼれる涙が わたしの頬を 顎を濡らしていく
水面に落ちれば 静かに波紋を広げるであろう雫
その儚さを見つめたら わたしは泣き崩れてしまうだろう


今は 瞳を閉じて空を見上げている
それなのに
わたしの心から溢れ出す思い出が
また 映画のフィルムのように現れては消えていく

その一瞬一瞬を焼き付けた思い出は鮮明に
わたしの心の中で永遠に生き続けるでしょう


だけど それだけでは嫌なのです
使い古されたフィルムは もういらない
これからも永遠に色褪せる事のない思い出
兄さんと……いつまでも一緒にいさせてください!



瞬間

風が ざわりと動いた
まるで舞台の幕が上がるようにして 空気が抜ける


立ち止まった気配は 大きく息を荒げているが
わたしは振り返ろうとはしなかった

そうして すうっと風が止まった瞬間

「秋葉!」

すべての視界が ぱあんと弾けた



……兄さん!!




兄さんの体温を感じながら わたしは想う
あなたと少しでも離れていよう そう考えていたなんて
ああ なんて――わたしはばかだったのでしょう

あなたがいなければ……

兄さんの顔が 涙に滲んでよく見えない
でも わたしは微笑む

あなたに包まれて この青を感じながら……