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 甲冑少女

 作:しにを





「では、今回の結果は最善を尽くした処置によるものであると、まさかとは思
うが、そう言ってる訳ではあるまいな?」

 黙って報告を聞き終わると、ほとんど優しいと言ってよい口調でその女性は
言葉を口にした。
 両肘をデスクにつき、組まれた手の上に形の良い顎を乗せている。
 そう重要性のない話をリラックスして聞いている様に見える。
 
 対照的に報告を終え直立不動の男は、目に見えて緊張を浮かべている。
 傍から見ればその構図はおかしみを感じさせる。
 まるで、その天井に頭が触れそうなほどの巨躯を誇る屈強な大男が、椅子に
深く腰掛ければデスクから頭の先しか見えなくなる様なその小柄な若い女を恐
れているように見える。

 まるで?
 いや、事実はそうであった。
 戯れに男が隆々たる筋肉が服の上からも窺い知れる腕を一振りすれば、壁に
投げつけたトマトのごとく、目の前の女は紅の肉塊と化すであろうが、立場を
逆としたように畏怖を覚えているのは男の方だった。

 女の目が蛙を見る蛇のそれに変わる。
 口を開く。
 

「自分は無能です、精一杯やりました、そう泣き言を言っているのか。
 たかだか二、三百の死者どもを倒すだけ、巣と化した街の浄化をするだけ、
そんな子供の使い程度の任務一つに多々の時間と費用を費やし、おまけに民間
人の犠牲を出す。
 いやはや、そういう素晴らしき部下に恵まれた上司としてはどうすればいい
のだろうかね。
 敵は逃したが無事帰ってこれて良かったと頭を撫ぜてやれば満足か、うん?
 傍系とは言え、ヴァンパイアキラー、『化け物』ベルモンド一族の血を引い
ていながら恥ずかしくはないのか。先祖の勇名を汚して平然としてられる鋼の
ような心臓の強さを褒め称えれば良いのかな?」

 決して激しい言葉での罵倒ではないが、その言葉に込められた侮蔑の響きは
聞く者の怒りをかきたてる。まるで魔術の如く。
 怯えていたはずの男は露骨に顔色を変えている。
 嘲笑まじりの言葉に微かに男の筋肉が動く。 
 先祖の事について揶揄する事はこの男にとって禁忌であった。
 一瞬にも充たぬ間、固形化するような鬼気、唸りを上げる鋼の刃が迫るが如
き殺気が、女に叩きつけられる。
 しかし、女はそれを微風程にも感じぬ様に平然と受け止める。
 強いて変化を求めれば、口元に笑みが浮かんだ事くらいか。
 男のその怒りは意志の力でかき消される。

「下がってよし。
 次はもう少し能力にあった仕事を考えるとしよう。電話番とかな」

 犬でも払うような手の仕草。
 男は意識しての無表情で一礼し退室した。
 僅かにドアの音が大きく響いた。


              ◇    ◇


 しばらくそのままの姿勢でその女、ナルバレックはじっとしていた。
 冷笑混じりだった表情が消え、どこか疲労を湛えた顔をしている。
のろのろと思い出した様に右手を宙に振って、パチンと指を鳴らす。
 それを合図にした様に部屋全体が揺らぐ。
 ほんの一瞬にも足らぬ間、気をつけていなければ変化を感じられない程度の
微かな揺らぎ。
 それは一種の鍵であった。

 これで廊下のドアとナルバレックの執務室のドアが物理的に断絶した。
 ドアは単なる飾りと化し、ナルバレックが望まぬ限り開く事はなくなった。
 あらゆる者を廃絶する空間、猜疑心溢れた何代か前のご先祖の作り上げた仕
掛けである。
 これで外部から入る事はおろか、覗く事も物音を聞く事も不可能となる。
 


「怖かったあ」

 外からの干渉を完全に遮断すると、ナルバレックは倒れ込む様に、上半身を
デスクに突っ伏した。
 体の強張りが完全に消え去り、脱力している。

「伝統だかなんだか知らないけど、なんでこんな事しなきゃいけないの。
 お花屋さんとかパン屋さんとかなら、あたし、いくらでも頑張るのに……。
 あんな怖い人ばかり相手にして、嫌な事いっぱいして、命令して。
 代々こうやって組織運営していたのだとか言うけど、憎まれて嫌われて。
 今だってわざわざ怒らせる様な事言って、絶対私の事殺そうかって思ってた。
 怖い、怖いよ……」

 普段の冷血にして鉄血なる埋葬機関の長を知る者なら目を疑い偽者と断ずる
であろう、別人の様な声の調子。
 泣きそうな声。
 いや、わずかに嗚咽すら含んでいるだろうか。
 しばし繰言の様にくぐもった言葉が口から吐き続ける。

 やがて無言となった。
 そのまま死んだ様にナルバレックは動かない。
 
 ……。
 どれだけ経っただろうか、突っ伏したナルバレックは低い声を洩らした。
 さっきの嗚咽にも似ているが僅かに違う。
 微かな忍び笑い。

「怖かった。凄く怖かった。あの腕で殴られたら、首を掴まれて握り締められ
たら、四肢を掴まれ引き千切られたら、私の体なんて簡単に破壊される。
 どんなに痛いだろう。苦しむまもなく死ぬんだろうか。それとも断末魔が長
引く様に加減されて、殺してくれと懇願してのたうち回って苦しんでやっと死
を迎えるんだろうか。
 …………ああ、なんて素晴らしい」
 
 顔を上げる。
 僅かに涙の痕が見える顔は、しかし今は愉悦を浮かべていた。
 これまた普段のナルバレックを知る者が見れば違和感を覚えるであろう顔。

 
 教会における異端審問の機関、強力な権限を有し上位の教会にすらその力を
及ぼす埋葬機関の長は、ナルバレックの名を持つ者が代々勤めている。
 その経緯を明確に知る者はほとんどいないが、初代ナルバレック以来の者達
がカトリック教会での悪魔殺し、異端審問の実戦部隊としての成果を上げ続け
ている事実は確かである。
 当代のナルバレックにしても、その組織運営能力と行動実績に対して異論を
挟む者はいない。

 だが、教会内ですら異端視されるセクションでの過酷な職務を、ナルバレッ
ク一族の誰もが心から望んで受け入れている訳ではない。
 個人意志を無視され、嫌々ながらその座に就く者も存在する。
 教会への忠誠、幼年時からの教育、権力への意思、さまざまな要因から望ん
で身を投じた者も、皆が皆、平穏に激務をこなす訳ではない。
 異端狩りの中で傷つき、死ぬ者もいた。
 発狂した者もいた。
 アルコールや薬に逃げた者もいた。
 自ら命を絶った者もいた。
 むしろ平然と埋葬機関の長として君臨する方が稀であるのかもしれない。

 当代のナルバレック、初代と同じく女性であるナルバレックもまた、この座
に就いて歪んだ一人であった。
 彼女は、埋葬機関の長という冷酷にして果断な役割を演じる反動として、別
な自己を生み出していた。
 その血と鉄と死と狂気に満ちた日常に恐怖する自分とは別の、それらに対す
る恐怖ではなく悦びを感じる自己を。
 自己に向けられる嫌悪や憎悪、殺意、肉体に対する攻撃、痛みをむしろ渇望
する様に望み、欲情と共に受け入れる別のナルバレックを。

 先ほどの部下との対話もそうだった。
 自己抑制が効かなくなる寸前まで部下を罵り嘲り、その殺意が実行を伴うの
をわくわくと期待しているナルバレックが、屈強な部下に怯え、その気分を害
する事に悲鳴を上げているナルバレックと同時に存在していた。

 ほとんど固体化した素晴らしい殺気を浴びて、ナルバレックは怯えると同時
に歓喜し、そして欲情していた。
 そのままではどうにかなってしまいそうな程に。
 あえて、身に起こった炎を放置していた。
 すぐには手を出さずに、悲鳴を発する体の希求をむしろ楽しんでいた。 
 
 ようやく体を動かし始める。
 デスクに置かれた木製のペーパーナイフを手にとる。
 しばらく手で弄んで柄を握ると、刃を閉じた太股の間に差し入れる。
 布越しにぎゅっと刃を押し当て、ぐりぐりと力を加える。
 強く力を入れてもさすがに丈夫な生地を突き破ることはなく、もどかしい刺
激のみが秘裂に届く。

「くっ、もっと、もっと……」

 体を丸め、両手でナイフを握り力を込める。

「もっと強く……。刺し貫いて。私の谷間を、お腹を、全部、全部……」

 肉体的な刺激よりも、己の声と行為による高ぶりで、ナルバレックはぶるぶ
ると震える。
 もどかしげにズボンのベルトを緩めかけ、手を止める。
 急に身に何かが起こったかのように。
 柄を握った右手を上げ、ナイフを放り出す。

「駄目だ、駄目だ、駄目だ。執務中に何をしているのだあたしは……」

 頭を振る。
 冷徹な埋葬機関の長の顔に戻っている。
 しかし、一瞬でそれは消える。

「いかんな。最近、見境が無い。
 こんな淫乱な雌犬には罰が必要だな」

 己を叱咤する言葉を吐きながら、その瞳には先ほどに近い愉悦の色が浮かん
でいる。

 引出しを開け、しばし目をさ迷わせる。
 そして二つの道具を取り出した。

 細い鋼のワイヤーと、ビニール線。
 ワイヤーは妙な細工がしてある。線の両端と真中に釣り針のような形状の小
さい鉤がつけられている。
 ビニール線は片方にだけ同じように鉤がつけてある。
 用途の不明なその小道具をナルバレックはうっとりと眺め、笑う。

「これだな。これはなかなかに苦しいぞ。
 あさましい貴様には丁度良い。お似合いだな」

 いつもの部下に接する時のナルバレックの物言いであり態度であったが、今
の罰を与える対象は自分自身である。
 
 視線を落とし自分の姿を見る。
 外での仕事を終えてそのまま着替えていない為、およそ教会の人間らしから
ぬ姿のまま。
 どちらかと言えば軍隊の士官の礼服に近い。
 上着の下はワイシャツにネクタイであったが、端的に作業着とナルバレック
は称していた。 

 その上着を脱ぐとワイシャツのボタンを外す。
 下着はつけていない。
 外観から想像されるよりは大きい胸が露になる。
 既に期待に先端が目に見えて尖っている。
 ナルバレックは己の乳首をつまんでくりくりと動かし刺激を与え、それから
力を込めて潰した。

「くううっ」

 嬉しそうに悲鳴を洩らす。
 放すと今の暴虐には屈せず、また乳首が勃つ。
 酷使を感じさせる僅かに色の沈殿した乳首は、横から見ると針を刺したよう
な穴が開いている。
 無造作に、ナルバレックはその穴に鉤の先端を埋める。
 刺し貫く訳ではないが、穴よりは鉤の方が太い。

 多少歯を噛み締めながら、鉤を通す。そしてもう片方の乳首の穴にも同じ処
置をする。
 両端を乳首に引掛けると、ナルバレックはワイヤーの真中を手にして、ネク
タイの輪の内側を探る。どこか引っかかりがあるのかナルバレックが鉤をはめ
ると、左右の乳首と喉の辺りで底辺の無い三角形が作られた。
 乳首が上に吊り上げられ窮屈そうに見える。
 ナルバレックは痛みが気にならない様子で、ワイシャツのボタンを留める。

 ついでさっきズボンを膝までおろす。白い太股と黒いショーツが露わになる。
先ほどの布地の上からの愛撫でショーツに染みが出来ていた。
 躊躇する事無くそれも途中まで脱いでしまう。
 足を大きく広げ、ナルバレックは秘裂の上に位置する陰核に指を伸ばした。
 そこは既に大きくなり、僅かに包皮から頭を覗かせている。
 無造作に左の小指でその皮を剥く。
 つやつやとした陰核が外気に触れる。
 ビニール線を手に取り、ナルバレックは陰核の根元に触れさせた。

「んんっっっ」

 その感触に僅かに声が洩れる。
 しかしナルバレックはその細いビニール線で手早く根本を数回巻いていく。
 線をきゅっと引っ張ると線を縛り付ける。
 それだけの行為で既にナルバレックは僅かに眉を苦痛に歪ませ、荒い息をこ
ぼす。
 ちょっと腰を上げ、陰核を縛ったビニール線を下に潜らせる。秘裂と後ろの
穴を通り背に回される。
 後ろ手にそれをつかみまっすぐ背骨にそって引っ張り上げる。
 陰核は逆に下へ引っ張られ、支点となる秘裂と肛門に線が食い込んでいく。
 
「ひぎいっ」

 噛み締めた歯からそれでも悲鳴を漏らしつつ、指を引掛けたビニール線の先
端を首の上まで引っ張る。
 片手で、ワイシャツの襟を探る。
 ネクタイの裏にある鋼線の輪にビニール線の鉤を引掛ける。
 
「ひんんっ」
 
 背中を反らす様にして大きく息を吐く。
 切れそうなほど引っ張られた状態からは緩和されたが、それでも皮膚に食い
込むほど力がかかっている。

「凄い。千切れそう。それに食い込んで凄く痛い」

 嬉しげに言う。
 いや嬉しいのであろう。
 その笑み。
 
「胸も痛い」

 体が反っている分、胸が上に引っ張られ、乳首が悲鳴をあげている。
 鉤ががっちりと穴に食い込んでいた。

 どんな体勢を取ろうと、体の敏感な部分に痛みが走る。
 乳首の痛みに体を前に倒せば、陰核が千切れそうになる。
 下半身の痛みに体を反らせれば、鉤爪が両の乳首を苛む。
 背筋をまっすぐにしている事で、なんとか折り合いを保っていられる。

「痛い、痛い、痛い」
 
 脂汗を流しつつ衣服の乱れを直すと、嬉しそうにナルバレックは苦悶の表情
を浮かべる。
 じっとしていても断続的な痛みが体を苛む。
 僅かに身を捩るだけで痛みが体を刺し貫く。
 ああ、素晴らしい。痛い。気持ちいい。痛い。
 うっとりとした表情で我が身に走る痛みを味わう。


 その時、デスクの端に置かれた時計が小さく四回時を刻んだ。
 と同時に、単なる装飾物に過ぎぬドアのノブががちゃりと動く。
 
「えっ?」

 急に冷水を浴びせられた様に陶酔から冷める。
 何故、この結界が……?
 ナルバレックは驚愕の顔でドアが開くのを見つめる。

 十六時……。
 そうだ、予定を入れていた。
 たしか、シエルの報告をその時間に充てていた。
 ナルバレックが望む限りこの部屋はほとんど固有結界として何者をも拒むが、
決められた時、決められた人間に対しては鍵が開けられる。
 例えば、呼びつけた部下に対してとか……。

「ま、まずいわ。幾らなんでもこんな状態でずっとは我慢できない。
 痛みもそうだけど、この快感には耐え切れない」

 外そうにも時間が無い。
 あわてて上着のボタンを留め終えたのと、シエルが入室したのとが、ほぼ同
時であった。

「報告書について補足せよとの命で参りました……、ナルバレック?」

 埋葬機関の第七の席を占める少女がナルバレックの前に立っている。
 できるだけ内心を読み取られぬ様に、シエルは無表情を保っていた。
 事務的に最小限の時間で反りの合わぬ上司との話を始めようとしたシエルで
あったが、ナルバレックの様子に眉をひそめる。
 何か言いかけた処をナルバレックによって機先を制される。

「どうした。戻された経費申請3件と、報告書の朱線部についての口頭説明を
してもらおうか」
「は、はい。では、現地滞在費用の特例についての……」

 気を取り直してシエルは説明し始める。
 どこか妙な雰囲気は既に消えており、いつも通り隙があれば言葉尻を捉えて
厳しく詰問するナルバレックが目の前にいた。

「……なるほど、了承しよう。思ったよりは良くやっているようだな」
「えっ」

 露骨にシエルは警戒心を露わにする。
 対してナルバレックは苦笑に近いものを浮かべる。

「なんだたまに誉めてみれば。それとも何か後ろ暗い処でもあるのかな。あの
真祖の姫君の監視体制をたった一人で取るとは大変だと思ったのだが」
「……」
「一人で不十分であれば交代要員を……」
「大丈夫です。私一人でやり遂げます」
「ふん、いつになく熱心だな。まあ人材が余っている訳ではないが。
 それにしてもあのアルクェイドが何故あんな辺境の地に執着しているのか、
お前の説明ではまるでわからない。どう判断してもただ目的もなくぶらぶらと
しているとしか思えない。あの姫君が……」

 シエルは内心でギクリとする。
 ただグータラしながらわたしの遠野くんにちょっかい出してるだけなんです
から他に書き様はありませんよ。
 正直に遠野くんについて書く訳にはいかないし……。
 それにしてもわたしの一部の隙も無いもっともらしい報告書からあの泥棒猫
の行動を読み解くとはやはり侮れない人……。

 シエルが黙って考え込むのを、ナルバレックはじっと見つめる。

 この目の前の少女は、ナルバレック自身が動いて自らの部下とした少女は、
長らくナルバレックにとって特別な存在だった。
 この世でナルバレックが羨望し憎悪していた存在がいるとすれば、それはシ
エルであった。

 初めてロアの十七代目の転生体についての報告書を読み、現物を確かめに出
かけた時の事ははっきりと覚えている。
 磔にされ、切り刻まれ、刺され、撃たれ、溶かされ、潰され、焼かれ、電気
を流され、凍らされ……、その他ありとあらゆる手段を用いて殺され、そして
復元するその姿。
 責めている方の精神の方がおかしくなり、泣きながら主に許しを乞うていた。

 魅せられた。
 羨ましかった。
 そして憎んだ。
 許されない、許してはいけないと思った。
 こんな小娘にこんな恩寵が与えられているなんて。
 何度も何度も何度も死に到る責め苦を与えられ、それでいて死なないなんて。

 奪ってやる。
 この至福の空間から追い出してやる。
 理由なんかどうでも良い。

 そしてナルバレックは己の部下にしたのだ。
 強固な肉体性能と高い魔術の素養は埋葬機関の為に役立ったし、シエル自身
も何ものをも犠牲にしてでもロアを追い詰め存在を消し去ろうと動いていた。
 そしてロアは倒れその復元能力をシエルは喪失した。
 何故それを喜ぶのかナルバレックにはどうしても理解できなかった。

 あたしだったらこんな胸とあそこだけじゃなくて……。
 !!!!!
 ああっっっ。
 意識しないようにしていたのに……。

「んんんっっっっ」

 突然体を丸めついで弾けた様に体を硬直させたナルバレックの姿にシエルは
目を丸くする。

「どうしたんです、ナル……」
「なんでもない、来るな」

 シエルがさすがに心配そうに近寄るのを手で制する。
 必死に平静さを装おうとする。
 幾らなんでもこの姿を、こんなあさましい格好を他人に見られる訳にはいか
ない。
 近寄られら気づかれてしまう。
 
 幾分怯えすら含んだ視線でシエルを探る様に見る。
 気づかれていないだろうか。
 発情しているのを。
 下着がぐしょぐしょに濡れているのを。
 これでは服を通して椅子まで染みにしているかもしれない。
 今、どんな顔をしているのだろうか。
 いやらしい雌犬の顔を晒しているのではないか。
 シエルが奇異の目で見ている。

「ナルバレック……?」

 命令には逆らわず近寄ろうとはしないが、ますます心配そうな顔をする。
 その顔はやめてくれ、とナルバレックは思う。
 お前は私を憎んでいるのだろう。
 そんな顔をされると逆に見せたくなる。
 私がどんな事をしているのかを。
 その心配そうな顔が、薄汚い汚物を見る顔に変わっていくのを。
 そして執務室でこんな変態行為に耽っていた事が知られ、今の地位を追われ、
ナルバレック家の名を汚し……。
 駄目だ、駄目だ、駄目だ。

 こんな事を考えていたらイッてしまう。
 
「用は済んだ。退席を許す」
「……はい」

 不審げな顔をしつつも、姿勢を正したナルバレックの言葉に一礼してシエル
は踵を返した。

 はやく、はやく。
 はやく出て行って。
 悲鳴を押し殺しながらシエルがドアを閉めるのを待つ。
 ドアが閉まった瞬間、震える手でナルバレックは指を鳴らす。
 結界が張られる。

 ナルバレックは立ち上がり、全身をがたがたと震わせながらベルトを外して
ズボンを下ろす。
 胸の先も悲鳴を通り越し絶叫を上げていたが、まずはこちらだった。
 陰核を締め付けるビニール線を必死に解こうとする。

 首にはまった鉤を外すとか、線自体を切断するとかの、より簡単な方法は頭
に浮かばなかった。
 ただ、気の狂いそうな痛みと快楽の源泉を何とかしよういう想いで頭がいっ
ぱいだった。

 しかしその必死さは報われない。
 きつく陰核に食い込んだ紐は一向に緩んでくれない。
 触れば触るほどさらなる痛みで陶酔する。
 噛み締めた唇から血が口の中に広がる。

「とれない、とれないよう」

 半ば理性が崩壊していたのだろう。
 せめて線を切ろうと何とか思いつき、背に手を回し、力いっぱい引っ張った。
 そんな事をすればどうなるのか考えが及ばずに。
 当然ながら、ビニール線は切れるより先に、陰核を根元から千切らんとばか
りにさらに引き伸ばす。
 さっきとは比べ物にならない激痛が全身を貫く。

 「ちぎれちゃう。私の、ちぎれちゃう」

 絶叫が口から迸る。
 しかし、僅かに緩みを持たせるのに成功していた為か、不可能と思えるほど
引き伸ばされた陰核の先から、輪になったままビニール線は抜けた。
 火が出る様な摩擦と激痛とでナルバレックを完全に狂わせながら。

「イク、イク、死んじゃう……」
 
 びくびくと体を震わせ、霧吹きの如く愛液を撒き散らしながら、ナルバレッ
クは絶頂を迎えた。
 そのまま失神して椅子にへばり込む。

 満ち足りた笑顔をナルバレックは浮かべていた。


              ◇    ◇


「今のは、本当にどうにかなるかと思った。
 あれで発狂したら、さすがに浮かばれまいな。
 ……いやいや。
 さてとお遊びは終わりだ。戻るかな……、お仕事に」

 小一時間ぐったりとしていただろうか。
 しかし意識を戻した時にはナルバレックは別人の様に硬い決然とした表情に
なっていた。
 つまらなそうな顔で乳首の鉤も外し、一人遊びの名残りを拭き清め、衣服を
整える。
 もはや先までの快楽に耽る姿も、弱さも微塵も無い。

 そして姿勢を正すと、ややうんざりとした顔ながら、山と詰まれた書類を凄
まじい速度で処断していく。
 合間には電話とメールとで上に対し報告をし、関係部署に対し指示を与える。
 これも普段部下にはあまり見せぬ姿。
 埋葬機関の責任者としての、実務者としての顔。

 つまりはどれほど我が身の境遇を嘆こうとも、彼女もまた紛れもないナルバ
レックであった。
 必要であれば誰に憎まれようと殺意を向けられようと、冷徹な命令者として
の仮面をつける。
 殺人狂との陰口も平然として甘受する。
 そのプレッシャーに押し潰されそうであれば、被虐嗜好性を発現させ、精神
の崩壊を防ぎきる。
 他にも必要であれば、いかようにも自分を擬態し、仮面を被り甲冑を纏うだ
ろう。
 いかなる手段を用いても目的を果たし実績を残す。
 埋葬機関という組織の運動理念を最も体現しているのは、長たるナルバレッ
クであった。

 そうして次代へ次代へと己が役目を渡してきたのだ。
 恐らくそれはいつまでも続くのだろう。
 ふと手を止めてナルバレックはそんな事を思った。


 私の次はまだ生まれてすらいない我が子が。
 あるいはナルバレックの名前を持つ誰かが。


 いつかナルバレック一族が死に絶えるその日まで。
 いつか埋葬機関という存在が瓦解するその日まで。


 
 《FIN》





―――あとがき

「こんなのナルバレックじゃねえ」
 私もそう思います。

 でもですよ『月姫』本編ならともかく青本とかで「殺人狂」とか「皆が殺し
たいと」とか書かれていて、素直にそんな性格悪キャラだと思いますか?
 いやなんか裏があるだろうと思います。一捻りあると思いませんか?

「えちぃなお話になってねえ」
 私もそう思います。

 ともあれナルバレックでなんか無いかなあと思ってたら、こういうお話が浮
かんだので仕方ないのですよ。すみません珍奇なプレイで。巫代先生レベルの
にすれば良かったか(とてもじゃないが書けないけど)

 最後までついて来てくれた方、ありがとうございます。
 ちなみにタイトルは某サイト様(まんまですが)より。 少女かなあ?

     by しにを  (2002/3/10)