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「こ、ここまで来れば……」

 俺は公園の人目と、後ろ指と、群がる鳩を振り切って植え込みを越えた林の
中までアルクェイドを引っぱってきた。よく分からないコースを走り抜けてき
ただけあって、息が切れる。
 屈んで息を整えていると、よく分からぬ態のアルクェイドが俺の顔を覗き込
んでくる。そして開口一番――

「志貴……怒ってるの?」

 どうなんだろう?わからない。
 ただ、怒っていたと言うか何というか、恥ずかしさに居たたまれなくなった
というというのが正しいところだったけども、俺はそこまで言わずにアルクェ
イドに首を振って見せただけだった。でも、俺の顔を見てアルクェイドは戸惑っ
ている。

 しかし、なんだって……

「もしかし……志貴って女の子がぱんつ履いてないのが嫌いなの?」
「嫌いじゃないけども、いや、その、だから……アルクェイド、なんでお前は
その、下着履いてないんだ?」

 俺が素っ頓狂なアルクェイドの問いに問いでもって切り返すと、アルクェイ
ドの奴は首を傾げて考え込んだかと思うと、一言。

「だって、志貴は私をちょーきょーしているでしょ?」

 ……またしても驚天動地の語句に俺は眼を白黒させる。
 ちょーきょー、と言うのは町境じゃないよな、うん、町境は関係ない。人間
が人間に、男が女にするとなると、やっぱり調教……って、調教!

 うん、それは魅惑的な言葉だ。それは認める。
 でもなんで?

「ちょ、ちょ、ちょーきょー?アルクェイド、お前一体何を言い出すかと……」
「えー、だって志貴ったらいつもえっちする度に『ここが感じるんだろ?お前
』とか『こんな所を触られてビクビクしているんだな』とか『だんだんエッチ
な身体になってきたな、お前』とか言うじゃない?」

 あっけらかんとそう、閨房での俺の口振りを真似るアルクェイド。
 ……確かに、そう言うことを言っているな俺……で、アルクェイドの奴も憶
えているのか、いちいち全部。で、なんでそれがこれに繋がるんだ?

 たら、と垂れる脂汗を拭うこともわすれて、俺は苦い返答をする。

「……言ってないとは言わないけど」
「うん、で、そう言うのは世の中では『ニョタイをカイハツする』とかいうみ
たいで、そう言うのをまとめてちょーきょーするって言うんだよね?」

 そこで、ねぇ?と俺に同意を求めてくるアルクェイドだった。
 何と答えればいいのだろうか?違う、と言えば正しいんだろうけどもどうい
う風に正しくないのかを説明しなきゃいけなくなるし、そうだ、と言えば男と
女の秘め事の知識に重大な欠陥を植え付けてしまうことになる。で、どうすると?

 ――わからない

「……で、それがどういう風にノーパンと繋がるんだ?」
「でねでね!」

 アルクェイドは説明の機会を得て嬉しそうに意気込んでくる。俺の肩を掴み
そうなほど身体を寄せて、子供みたいにはしゃぎながら……

「そうやってチョーキョーしていくと、そのうちパンツをはかせないでお出か
けしたり、マタナワしてデートしたり、テーソータイを着けたり、なんだっけ……
ばいぶとかろーたーとかを入れさせたままで買い物に出たりとか、そのうちに
コート一枚で夜の公園を散歩したりするんだって!」

 ――なんてこったい

 ……話す内容は目眩がするほどアブノーマルだった。
 俺はアルクェイドの言葉を聞きながら、出来ることと言えば息を殺して羅列
される語句の意味を咀嚼し、さらに無邪気なこいつの顔を見つめながら一体何
割ぐらい理解しているのかを不安がるというのが関の山であった。

「……いや、それでもしかして……」
「だから、志貴は私をチョーキョーしてるんだから、そろそろパンツ履かない
で出掛けろって言うかと思ってね、先回りしちゃった」

 えへへへ、と笑うアルクェイド。
 ようやく俺は得心がいった……いや、こいつがどういう流れでこの行動にた
どり着いたのかをおぼろげながら把握しただけであり、その真意を図ったわけ
ではない。さらに言うと、俺もその思考法は理解不明であった。

 俺は体を起こして、指先をくるくる回して間を取りながら変に丁重に尋ねる。

「あー、アルクェイドさん……バイブとか股縄とかいったけど、どういう物か
ご存じで?」
「えーっと、よくわかんないけど楽しいの?それ」
「……楽しいというか、気持ちいいというか、苦痛だけどだんだん快感になっ
てくるっていうか……じゃなくって、アルクェイド!」

 俺がびしぃ!と高らかに叫んで指を突き付けると、アルクェイドはびっくり
して背をちぢこませる。俺は可愛らしい外観ながらも驚くほどえっちなことを
言うこのお姫様に向かって、指を突き付けながら詰問糾弾しようとしたけども
……萎えた。

 コイツにこんなににこにこ笑われるとなぁ……

 はぁ、と溜息をついて指を下ろすと、俺は呻くように質問する。。
 目の前のアルクェイドは豹変する俺の態度を不思議がっていた様子だけど、
俺が尋ねると子犬のようにふんふんと頷いている。

「……どこからそう言う知識を入手したんだ?お前」
「えーっと、まずは本屋の男性向け雑誌とかから」

 ……こいつは、のうのうと書店でエロ本読んでいるのか……情報収集とか言
いながら。さぞかし書店では目立ったことだろう……誰かそんなアルクェイド
を止めてやれなかったのか。
 いや、無理だろうな。俺が書店でバイトしたとしてもそんなことが出来るわ
けがない。

「あと、シエルもそんな事言ってたね。『男女のつきあいとか斯くあるのです。
貴女みたいな甘ちゃんには分かりませんよ』とか高慢ちきに言いながら」
「……先輩もそんな歪んだ性観念の持ち主なのか……」

 俺はアルクェイドに聞かれないようにそっと呟く。
 ……今度先輩にあったら、その辺のことは膝を交えて語り合うことにしよう。
しかし清く正しく美しい男女関係を説く教会の人間にしたら、先輩はまぁなん
というのか……

「あと、志貴の家の和服のメイドさんも言ってたよー」
「……琥珀さんが?」
「そうそう、『調教というのは女の人が男の人のモノになる儀式なんですねー』って。
それで、私は志貴のものだからー」

 ……琥珀さんなら言い出しそうだ。でも、よりにもよってそう言う知識の白
紙状態のアルクェイドに言わなくたっていいじゃないか……琥珀さんはやたら
に人に信じ込ませる力があるだけに厄介というか。

「で、アルクェイド……お前はそれに疑問を感じなかったのか?」
「……え?さっきから志貴のことを見ているとその……違うの!?」

 今更ながらに驚いてみせたアルクェイド。
 ――それ、三十分ぐらい遅いよ……といいたくなる欲望を堪えながら俺は目
頭を指で揉む。なんというか、頭痛というか……

「違うというか、そう言うスタイルの持ち主も世の中にはいるけども……」
「もしかして……志貴は、嫌い?こういうのは」

 そう言ってアルクェイドは誘うように微笑んで――
 真紅の瞳が欲情に濡れて輝いて――
 俺はごくりと唾を飲んだ。

 今こうやって目の前にいるアルクェイドはノーパンの訳で……スカートの下
は裸なんだ。これは千載一遇の機会じゃないか?遠野志貴。向こうはされたがっ
ているのに、何でここで遠慮する必要がある?
 
 俺は背中を伸ばしてアルクェイドの身体を上から下まで見回す。体の線の出
にくい服装だけども、その肉体は何度噛み締めても飽きることがない瑞々しい
果実にも似ている。それも、俺をノーパンで誘っているのであれば……

「嫌いじゃないな」
「そう……じゃぁ、見てみる?」

 アルクェイドの奴は、まるで俺を挑発しているみたいに……あいつの甘い息
づかいが俺の脳裏を狂わせる。体の中を熱い体液が巡りだし、筋肉が疼き出す。
 俺はアルクェイドに黙って頷いた。

「そう……見て、志貴……私、本当にパンツ履いてないんだよ……」

 アルクェイドは背中を木の幹に預けると、片手でスカートの中程を摘む。
 空いた手を胸元で握りしめると、やっと恥ずかしさに気が付いたかのように
頬を赤らめて俯き、するするとスカートを持ち上げてくる。

「見せて貰おう……アルクェイド」
「うん、志貴……」

 アルクェイドの生脚の脛が、膝小僧が見える。相変わらずストッキングを履
かずにいるみたいで、美しい曲線を描く脛に、つるりとした膝小僧に思わず手
を伸ばしたくなる欲望に駆られる。だが、ここは我慢だった。まだ美味しいと
ころはこれからだから。

 アルクェイドの絹のような太股が露わになる頃から、手の上がる速度が落ち
てくる。スカートの裾が腿の半分まで行ったところで、まるでカタツムリが這
うような遅さになっていた。
 だが、俺は黙ってアルクェイドの脚に目線を注いでいると……

「あ……ほら……私、下半身裸だったんだよ」

                                      《つづく》