「王国」
押野 真人
千年城。灰色の壁で封鎖されたその存在は、そんな名で呼ばれている。
詳しい経緯は志貴などには知る由もないが、確かに千年程度の年月は経っている
のだろうと彼に思わせるだけの雰囲気は有していた。ただ、実際にはこの月の聖跡
では大地が刻む時間や空間の概念などというものはあまり意味を成さない。
城の存在意義は外敵に対する備えではない。逆にそれを封じるための舞台装置に
すぎない。
城壁にも意味はない。今の彼らを束縛するのは天にある皓々たる光。
あの中天に在る月に近いこの城は、なればこそ常にその監視を受けている。
何処にも在り何処にもない城。言葉遊びではなく、そういうものだから仕方ない。
――その城の異名をブリュンスタッドという。
ブリュンスタッドはそれを創造し、現出させる存在に与えられる称号でもある。
現在この城を築き、支配し、囚われる者の名はアルクェイド・ブリュンスタッド。
殺人貴と呼ばれ始めた志貴は、生涯かけて護ると決めているもの。
「また夢の中、か」
囁きはアルクェイドに届くことはない。
彼女が腰掛けるのは、その為だけに誂えられた翡翠の玉座。
銀色に鈍く輝く千の鎖に抱かれて、アルクェイドは微睡む。
無理もないと、志貴は思う。こんな居心地の悪い静寂の中では寝るくらいしかす
る事がないだろうと。逆にこの城はその目的のためには決して悪い場所ではない。
なぜならば、この城には他に住む人もない。
遠野の屋敷も相当なものだったが、それでも双子の使用人が居た。
「……」
「いや、ここにもお前がいるか」
じっ、と。
抗議するようにこちらを見上げる眼差し。
佇むのは、大きな黒いリボンが印象的な少女。
ただ、声を上げず、音も立てぬ彼女では賑わいには程遠い。
「今日も目覚めたのは俺だけ。いよいよ磨きが掛かってきたか?」
本当に、困ったもんだと。
志貴は小さく肩をすくめる。その仕草は、まだあきらめていない証。いつか来る
べき日を待ち望む主人の姿は、少女レンにとっての拠り所。
けれど、そのときが訪れるのはまだ先の話になりそうだった。
食欲を睡眠欲で代替させると言い残して、彼女の前の主人であったアルクェイド
が深い眠りについたのはもうずいぶんと前のこと。それから志貴に何度夢を紡いだ
かも、覚えていない。
アルクェイドが眠るこの城では、時の流れすら滞るのだろう。少なくとも志貴は、
いまだかつてこの城の夜明けを見たことがない。まるで全てがあの寝息に従うよう
に、城は夢見る。
まあ、それも構わない。
「……」
袖を引かれる感触。
その意図は志貴も理解している。すなわち、目覚めたからにはいろいろとしなけ
ればいけない事だってあるということ。
――例えば、栄養の補給。
あのロアを言い表した蛇のように、志貴たちは螺旋の中にある。
それは、終わることの無い連鎖。
レンもまた、そんな主人を変わることのない瞳で映す。その日々は彼女にとって
退屈なものではない。少なくとも、志貴の温もりが感じられるならば、例え居心地
の良い日向がなくても、彼女は十二分に、満足。
表情を崩すことなく彼に尽くす黒猫の姿に、志貴の方が時に居た堪れなくなる。
彼女が望む日常を捨てて、この王国に流れ着いた自分をどんな思いで見ているのか。
怨んでいるかもしれない。それは少しだけ、志貴には怖い想像。
「………………」
また服を引かれる。今度は志貴の注意を引くためじゃなく、もっと直接的な行為。
志貴は悟る。きっと彼女はあの顔をしているのだろう。困ったような、懇願する
ような、泣き出しそうな、あの表情。視線を感じずにはいられないほど、強い意思。
(ちょうだい)
ねだるように、伝わる心。
声を持たないこの黒猫は、その代わりに誰よりも甘美な響きを直接送り込んでく
る。それは狂おしいほどの欲求であり、何より彼女に認められた正当な要求に他な
らない。
ならば、志貴に断れるはずもない。
「わかった。レンの好きなようにしてくれ」
許しを与えると、レンの指先が勢いを強める
もともと志貴は複雑な服など着てはいない。彼がその身に纏うのはいつも、ここ
へ来た時のままの学生服。すなわち、レンにとっての馴染みの服。アルクェイドの
城の衣装棚には男物の服も取り揃えられていたのだが、志貴が手に取ったのはあく
までこの馴染みの服だった。
箪笥の真ん中に収められていた、学生服を。
「っ……レン」
初めはファスナーを下ろす指もたどたどしかったものだが、今では慣れたもの。
志貴が望むなら、その幼けない口で取り出す事もできる。
ズボンの中から中途半端に硬直した志貴のモノを取り出して、レンは柔らかな指
先でそれを絡めとった。途端に勢いを増す生殖器は、彼女の掌から簡単にはみ出し
てしまう。
困ったように、けれど少し誇らしげにレンは手の中で硬くなった肉棒を見つめる。
やがてレンは唇を寄せる。まるでキスをせがむように僅かに首を傾けて、ついば
むようにその先端に触れた。そこには嫌悪感など欠片も存在しない。ただ、限りな
く柔らかに触れる唇。
それだけでも、彼女が抱いている想いが伝わる。
「くっ……」
舌先が小さな割れ目に差し込まれる。
たっぷりと唾液の絡んだそれは、滑らかに志貴の中に入り込む。ほんの数ミリの
進入も志貴にとってみれば拷問にも似た快楽の源泉。睾丸が縮むような感覚に志貴
の腰が引けた。
(――駄目)
レンの膝が床に落ちる。
祈りを捧げるような姿勢でレンは志貴の腰に手を回した。その小さな口いっぱい
に自分を支配する器官を含んで、唇で表面を擦りあげた。
志貴の喉からもれる、高い笛の音のような声。
性の技巧においては、志貴はレンの足元にも及ばない。彼女は回数を重ねるごと
に志貴の快楽を効率的に引き出す術を身に着ける。薄い唇が挟んでそっと亀頭を滑
るたびに、志貴の背筋は氷の塊に満たされるような痺れを感じて小さく震える。
(我慢、駄目。早く、欲しい、の)
――そんな言葉には、抗する術がない。
志貴は自分のちっぽけな矜持と、名残惜しさに堪えていた欲求を思いのままにレ
ンの舌の上に解き放つ。右手は艶やかな髪を飾るリボンの上、彼女を慈しんでいる。
レンは自分の口に溢れた粘つく白濁を、目を閉じてその喉の奥で受け止めた。二
度、三度と噴出する精液は標準的な男性の量をはるかに超えている。生命力に乏し
い志貴が、この場面においてのみ文字通り精力的になるのは皮肉な話ではあった。
どろどろとした濃厚な精を口いっぱいに詰め込んで味わっていたレンが、喉を鳴
らしてそれを嚥下する。いやに艶かしい音が、静寂の玉座の間に響き渡った。
志貴はそっとアルクェイドの様子を伺う。少しの期待と怯え、そして乾いた諦め
とともに。だからこそ、レンはひたすらに志貴の気を引こうと舌先に力を込める。
言葉を発することのないレンの舌がもう一度志貴に差し込まれる。彼の中に残っ
た残滓をこそぎ取るように強く吸い出す。そうして器官にかかる圧力は志貴のそれ
が萎える事を許さない。
そうして、レンの指が志貴の後ろに回りこんだ。
(――もう一回)
「レっ……」
驚きの混じった抗議の声を、レンは無視する。
好きにして構わないと言ったのは志貴だ。
だから今日は好きにするのだと瞳が語っている。それを読み取ることは志貴には
出来ないが、彼女の本気は伝わる。どんなに志貴が拒んでも、レンの快楽は追いす
がって来るから。
裏口から入り込んだレンの指が、鉤の形を描いて志貴の中を引っ掛けた。生殖器
を裏側から擦り上げるような感触に志貴の腰が跳ねる。本当に幽かに微笑んで、レ
ンは志貴の中で右の中指を小刻みに揺らした。そのたびに志貴は喉の奥で様々な音
色を奏でる。
左の掌は、隆起した肉棒を擦り上げる。湿った吐息を亀頭に感じて、志貴は熱い
レンの口内の感触に備えて眉を寄せて備える。
冷たい広間の空気とは違う、湿った吐息が志貴を包む。温もりを求めて差し出さ
れた生殖器の上に、一筋の糸が垂れた。暖かなレンの唾液が志貴自身の表面を伝っ
た。先の精液など一滴も混じっていない、純粋に志貴の次の精を待ち望む彼女の心
の現われが、志貴を絡め取る。
レンは水気の増した掌で志貴の肉棒を滑らかに擦り上げた。赤黒い怒張が更に硬
度を増していく。胸板を構成する筋肉を思わせる硬さを取り戻した竿に、絡み付く
蔦のような血管。レンの指は躊躇う様子も無くその段差を愉しむ。
自分の下腹部が熱く疼きだすのを確かめながら、レンは志貴を追い詰めて行く。
少女は切なげに眉を寄せる主人の姿に、言いえぬ昂ぶりを感じていた。
「レ、レン……っ!」
二度目の訪れは早かった。
待ち構えるレンの口内に飛びこむ白濁を飲み下し、満足げに微笑む。右手で未だ
硬度を保つ志貴を握り締めたまま、左の指は自分を探る。下着は着けていない。そ
んなものを少女の創造主は教えてくれなかったから。
ただ、指先に伝わる粘り気のある感触が充分に昂ぶっている事を教えてくれる。
その火照りを掻き立てながら、志貴の残滓を舐め取る。そうしてレンはゆっくり
と志貴の身体を押し倒す。この城の主が座す、玉座へと。
「……何を?」
アルクェイドの膝頭は、あくまで柔らかく志貴を受け止める。四肢を鎖で繋がれ
た姫君の上で、志貴はレンに問い掛けるような表情を向けた。
答えを返すこともなく、レンはそんな志貴の上に跨る。彼を感じるために。
「ちょ、ちょっと、まっ――」
殺人貴の仮面が剥がれ落ちて、懐かしい志貴の声音ががらんどうの広間に響いた。
一層柔らかく微笑んだレンが、志貴の怒張を両手で自らの秘裂に押しこんでいく。
レンの内部は彼女の意志とは関係なく、進入する者から全ての体液を搾り取るた
めの活動を開始する。志貴の幹を擦り上げ、絡め取り、粘液をまとわりつかせ、締
め上げる。少女がこの城で身につけた全ての性技と同等の活動をなす膣壁は、志貴
から確実に精を導き出す。
自制を失った志貴に、耐えられるものではなかった。
(――美味しい)
アルクェイドは瞳を閉じたまま。レンと志貴の行為も知らずに、ただ眠り続ける。
志貴が背中ごしに腕を回した。そのまま抱き寄せて、その首筋に口付ける。
――そして、そっと歯を立てた。
愚かな事をしていると、わかっている。けれどこの城は志貴一人で護るには広大
なもの。せめてアルクェイドの欠片でもなければ、自分を繋ぎ止められない。
(邪魔――来たの)
「ああ、懲りもせずに、よくやる」
食事を邪魔されたレンの声が苛立ちを含んでいる。
その気配に覚えがある。
客は死徒の姫君というわけだ。当然あの腰巾着どもも付いてきているだろうから、
楽な戦いになどなるわけがない。今夜こそ、あの姫君に目に物を見せてやる。
凶悪な笑みを浮かべた殺人貴の頬をレンが舐める。あたかも勇者に洗礼を施す聖
者のように。
そして、自らの王国、聖地を護るために、殺人貴は瞼を覆う包帯を解き放つ。
城門の前の幼い姫君を迎え撃つために。それは、永遠の闘争の一幕。
夜は、まだ明けることは無い
(了)
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