体は萌えで出来ている。
血潮はツインで 心はテール。
(諸事情により検閲)
この体は只、ツインテール萌えで出来ていた。
―“衛宮士郎・我が闘争の記録”より抜粋。
『ツインテールじゃない遠坂なんて遠坂じゃない』
一色 紫
「…!バカ士郎!!」
夜の帳もすっかりと降りた閑静な住宅街に遠坂凛の叫び声が響いた。
騒音の発生地は衛宮邸の離れに位置する客間の一室。
この日の事件を境に衛宮士郎と遠坂凛は冷戦状態へ突入する。
今回のこの事件の説明をする前にこの事件に至るまでの背景を説明せねばなる
まい。
衛宮士郎は常々ある不満を遠坂凛に抱いていた。
この不満が蓄積した結果、今回の事件が起きたといっても良い。
その不満とは容姿や性格云々の事ではない。
容姿に関して言えば遠坂凛が美少女である事は衆目の一致するところであり、
またその性格に関しても彼女は本質的に善人であったし―ほんの時折しか見せ
ないが―年相応の少女らしい可愛さも持ち合わせていた。
加えて彼女は頭の回転も早く、人をむやみに傷付けないだけの心配りも出来る。
ジャィアニズム的な行動を取る事もあるが、その事で士郎が凛に不満を感じる
事は無かった。
―では、衛宮士郎は遠坂凛のどこに不満を抱いているのか。
答えはシンプルだ。
何で(ヤる時に)ツインテールじゃないのさ?
これに尽きる。
人によってはこの悩みを実に愚かしい、馬鹿げた悩みだと思うかもしれない。
だが比類なきツインテール好きである衛宮士郎にとってこの事は死活問題なの
だ。
ツインテール。
これほど衛宮士郎という男の魂を情熱的かつ破滅的に狂わせるものは無い。
ツインテール好きが昂じて先走った行動に打って出そうになる事もしばしばだ。
(例・気が付くとセイバーや桜の髪型をツインテールにしようと両手をワキワ
キさせながら彼女達の背後に忍び寄っている自分がいる、等)
そして今回も衛宮士郎のツインテール好きによる先走った行動が遠坂凛と衛宮
士郎の間に冷戦状態をもたらした。
つまり今回の事件は衛宮士郎と遠坂凛が恋人同士の営みを行おうとした時に衛
宮士郎が執拗にツインテールを要求したことによる。
(―頼む、遠坂。後生だから…、ツイン…。ツインをぉぉぉぉう…!!)
結果、遠坂凛は冒頭の台詞を吐くこととなり、衛宮士郎は一人取り残される事
となったのだ。
さて、凛が衛宮邸で叫んでから何時間か後。
セイバーは衛宮士郎の悩み相談を受けていた。
「…という訳なんだが、何で遠坂は怒ったんだろう?」
俺はツインを要求しただけなのに、としきりに首を捻る士郎を見てセイバーは
密やかに溜め息を吐いた。
(本当に原因が判っていないから始末に負えない…)
セイバーは軽くかぶりを振ると、目の前の倒錯的趣味の持ち主に辛抱強く凛が
怒った理由を話した。
「…シロウ。今の話を聞く限りではあなたは凛に対してかなり失礼なことをし
たと思います」
何故?とばかりにますます首を捻る士郎。
「…女性というのはそういう時にムードとかを大切にするものなんです」
この類の台詞を今日、何回に渡って言ったものか。
しかし、セイバーの目の前にいる天然記念物級の朴念仁は言えば言うほどます
ます首を捻るばかり。
バカにつける薬はない。
そんな有り難くも無い先人の言葉がセイバーの脳裏をよぎる。
士郎に相談を受けてから、そこそこの時間が経っている。
外では鳥がホーホーと呑気に鳴いている。
ことここに至って。
遂にセイバーの理性の箍が外れた。
「ああ、もう!シロウは凛が好きなのですか?それともツインが好きなのです
か?どっちなのです!?」
がー、と両手を上げて叫ぶセイバー。
その動作はセイバーのマスターである凛の動作と多少の類似点が認められ、士
郎はその事に気が付き少し微笑ましい気分になったが、
早く答えろとばかりこちらを睨んでくるセイバーの迫力を前にそんな気分も吹
っ飛んだ。
(何もそんな目で見なくてもいいじゃないか…)
士郎はそう思ったが、セイバーからしてみれば既に一時間半の永きに渡って士
郎のおよそ理解しがたい悩み相談の相手をさせられているのだから彼女が怒る
のも無理からぬ話であろう。
実際のところ、士郎がセイバー用に用意した夜食が無ければ彼女はとっくに、
「シロウは少々、愚鈍です」
とか何とか言って、この場を後にしていただろう。
―話を戻そう。
「さぁ、どっちなのですか!?」
「…そっ、それは」
セイバーの迫力に押されながらも士郎はその問いに対して即答出来なかった。
何故なら彼の中では、
遠坂凛=ツインテール
という揺らぐ事無き定理が存在するからだ。
いや、彼とて遠坂凛の全てがツインテールなのだと思っているわけではない。
ツインテールの他にも黒ニーソやらここ一番で失敗する性格やら“衛宮的萌え
どころ”は多数存在する。
だが、しかし。
ここでツインを否定する事は士郎にとって“自分”を否定する事になる。
士郎は頭を抱えて苦悩し始めた。
そうやって士郎が常人には窺い知る事の出来ない次元での問題に頭を悩まして
いる姿をセイバーはまるでアンリ・マユを見るような目つきで眺めていたが、
見るに見かねて目の前の変態に助け舟を出してやる事にした。
「…では、シロウ?どちらかしか取れないとしたらツインテールにした桜とツ
インテールではない凛のどちらを取りますか?」
「ああ、それなら遠坂だ」
今度は士郎も即答した。(もし士郎がこの問いに対してさえ迷いを見せていた
ら、セイバーはエクスカリバーを放つつもりだった)
「…大体、俺がツインかどうかなんて理由で遠坂を裏切る訳ないじゃないか」
さっきまでの葛藤は何処へいったのか。
士郎は何やら清々しい顔で、
「とりあえず、遠坂に謝ってくる」
「あ、士郎…!」
そう言ってセイバーの制止の言葉も虚しく、士郎は感謝の言葉を口にすると風
のように去っていった。
一人、取り残されるセイバー。
「…言葉にしたらすっきりしたんでしょうか」
ボンヤリとそんなことを呟く。
「まぁ、何でもいいでしょう・・・」
セイバーはそう呟きながら三杯目のご飯をお椀によそった。
その後、士郎は“とりあえず謝ってくる”の言葉どおり、とにかく凛にひたす
ら謝り続けてどうにか許しを得た。
…後日談となるが今回の事件を機に士郎と凛の営みに時折、士郎の要望が導入
されたらしい。
今回の一連の騒動の締め括りとして士郎のこの日の日記より一つの言葉を引用
したい。
ツインよ、永遠に。
《END》
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