年の初めの
               阿羅本 景



「ちょっと、何でこんなところに柳洞くんがいるのよ」
「たわけ、それはこちらの台詞だ。松の内から女魔に出会うとはなんと縁起が悪い。
今年も災い多い一年になりそうだ、ええい不吉だ衛宮、寺に来い。潔斎せねばなる
まい」

 何故か我が家で、遠坂と一成が喧嘩をしている。
 正月二日、なんとなくこの賀正の雰囲気にも飽きつつあるこの昼下がり。テレビ
ではサッカーの放送を流しているけど、別に二人とも見ていない。

 そこに、新年早々真っ赤で艶やかな遠坂がやってきた。
 やってくるなり、二人とも待ち構えていたとばかりに衝突し合う――正月から元
気なことだ。

「やぁね、禊ぎってあの裏の池に潜るの? そんな事したら変な黒い成分が染みこ
むわよ?」
「我が寺の鎮守の池を黒い成分云々とは言ってくれるわ。そういう遠坂の幽霊屋敷
には門松も松飾りも似合わぬだろうよ」
「まぁ二人とも落ち着け、蜜柑でも食うか?」

 と、立ったままの遠坂にへた付きの大きな蜜柑を差し出してみる。こいつは藤ね
えが持ってきた正月仕様の蜜柑……くそう、昨年末の持ち込み愛媛蜜柑だって余っ
てるのになんだって増やすんだよ藤ねえ……

 果物の愚痴は横に置く。

 とにかく今の問題は遠坂と一成だった。一成は口をへの字に曲げたままで、さっ
きまで楽しそうにしていたのが嘘みたいに機嫌を損ねている。
 遠坂も来るなり眉に皺を寄せていた。正月早々、ぴりぴりしている。

「……そうね、いただくわ。なにか士郎の家に来るたびに蜜柑食べてる様な気がす
るけど」
「桜とセイバーが居ても、どうにも蜜柑は減らなくて困ってる。もしかして夜な夜
な藤ねえがダンボールの中に継ぎ足ししてるんじゃないかと……」

 可能性としては、蜜柑が子供を産んで増えていることも……ないか。

 そんな蜜柑を片づけた証として、俺と一成の目の前には皮がくしゃっと積まれて
いる。
 ――一成の剥き方は几帳面で、白い筋を取り除いて皮まで剥いていた。これがあ
のお寺の流儀なのか?

「不満か遠坂。ならばお前の分は俺が食う」
「いやにつっかかるわね柳洞くんも、そんなに新年早々のいちゃつきを邪魔されて
ご不満とはねぇ」

 ぽんぽん、と三つの蜜柑でお手玉を始めた遠坂がふふんと笑う。目を細めたから
かうような笑いで、こっちが居たたまれなくなる……というか、いちゃつきってな
んだ、それは。

「ば、ばかなことを言うな遠坂。俺は寺の方の手が明いたから衛宮の家に年賀の挨
拶に来ただけだ。そういう遠坂の方こそ衛宮と戯れに来たのだろう、不潔な!」
「……何がいちゃつきなんだか不潔なんだけ知らないけどな。というか、遠坂は大
晦日と元旦どうしてたんだ?」

 ふと思い出して訊ねてみる。
 元旦には遠坂は捕まらなかったので、セイバーと桜、それに慎二と藤ねえと過ご
していた。藤ねえは朝にだけ顔を出したけど藤村組の年賀の行事とかですぐに出て
いった。一方昼過ぎまで長居した桜と慎二は……まぁ、なんとかうまくやっていっ
てるようだった。
 慎二は相変わらず人の家に来ても偉そうで、おせちに楽しそうに蘊蓄を漏らしつ
つ文句を付けていた。まぁ、変わったのか変わらないのか……

 遠坂がぽん、と空中の蜜柑を手の中にキャッチしてこっちを見る。

「いろいろあってね、年始早々に――」
「そりゃまぁ遠坂は…………だからなぁ」

 つい魔術師だから、と言いそうになって慌てる。遠坂の眼差しが鋭く注意を促し
ていたから、すぐに思い出した。
 ……まったく、この生業というのは一瞬でも気が抜けないのが、困ったところだ
った。

「ほう、あの幽霊屋敷でも一族郎党で年賀の付き合いがあるものなのか」
「……別にパーティーとかしてないわよ? わたしはアルバイトとかしてたから」

 意外なことを遠坂は口にしていた。
 ……遠坂がバイトなのか。一体年始から何をやっているんだかな。俺だって、工
事の現場はないし松の内はコペンハーゲンも休みだから、のんびりしているのに。

「年始のバイト……もしや遠坂、お主?」
「あっらぁ、その辺はご想像にお任せするわ。結構割が良いのよ、ふつーにアルバ
イトより」
「そうか、それなら俺に紹介してくれても良いのにな」

 むりむりと蜜柑を剥きながら、合いの手を入れる。
 話を逸らしていた遠坂が、俺を呆れた瞳で見つめる。一成はなにか納得したのか
口元を噤んだままで……よくわらないなぁ、この二人の呼吸も。

 俺が出来ない様なバイトなのか? 謎だ。

 遠坂が改めて、正月の我が家の居間を眺める。そして今更ながら気が付いたよう
に尋ねてくる。

「それで、セイバーはどうしたのよ? おせちの食べ過ぎで寝込んでるの?」

 至って当然の質問をしてくる遠坂。
 そういうセイバーのマスターがお前だろう? とも言いたいのだが、腹の中で我
慢する。

「セイバーさんは年始をこちらで過ごすのは初めて故に、おせち料理もいろいろ興
味深くもあっただろうな」
「うむ、セイバーのために三十日からおせちの仕込みをしていた甲斐があった。藤
村組からも差し入れがあったしなぁ」

 新巻鮭一本と、でっかい鏡餅。お裾分けという話だったがいったいあの組には何
がどれだけ集まってくるのだか……あれを使い果たすまで時間も掛かりそうだ。

「あら、面白そうなものを拝み損ねたわね」
「で、セイバーは藤ねえと桜に捕まって離れに連れて行かれた。なんか、振り袖着
せるって言ってたな……」

 むう、と腕組みして頷く。
 あの雷画爺さんは孫に毎年振り袖を作っていたのだ。もっともあの藤ねえが着て
いるのを見たことはないのにセイバーに着せたい、と言い出してひと騒動あったの
だ。

「へぇ……なかなか良い趣味してるわね、藤村先生も」
「セイバーさんに振り袖か、さぞ似合うことであろう」

 遠坂が感心した様に頷いている。
 ――俺も見たかったからな、セイバーの振り袖姿。さぞ綺麗なんだろうと思う。

「あの娘小さいし細いからね、何着せても似合うわよ。わたしだっていろいろ着せ
てみたんだし」
「……その度に俺に見せびらかすのは勘弁してくれ。時々コメントに困る服がある
から」
「はぁん……士郎も気に入ってるみたいなのに、そんなつれなくしなくてもいいの
にね」

 ミカンをわしわしとほおばる健啖な遠坂の、忍び笑い。八月頃にスクール水着と
か、そういうモノを見せるのはお楽しみか嫌がらせか、よくわからない。
 多分困ってるのを見るのが楽しいんだろうけどもさ……ああいうのは、大変だ。

 傍らで一成が長く嘆じる。見ればやはり蜜柑を丁寧に剥いていて、大雑把な遠坂
と対照的だった。

「まったくこの雌狐があのセイバーさんを弄ぶというのは、間違っていると思わぬ
か衛宮」
「あら、セイバーはわたしのモノだからいろいろ遊んであげなきゃ駄目でね、そこ
の誰かさんと同じの寂しがりやだから」
「……とにかく、今着付けの真っ最中だ。しかし藤ねえと桜で着付けってできるの
かな」

 俺に頼まれても出来ないことには変わりないし、骨の髄まで洋風そうな遠坂にも
和服は無理だろう。
 とにかく、無事に終わるのを祈るしかない。

「ふーん……それはわたしも楽しみにさせて貰いましょう」
「その後、初詣に当山に来ないか、と誘っているのだ。正月二日はまだ賑やかなも
のの、昨日ほどには混んではないからな」

 そう口では説明するが、一成は遠坂に対して来るな来るなと無言のオーラを放っ
ている。そして、遠坂凛はそんな空気を察知しても、配慮なんかまったくしないイ
キモノだった。おそるべし。
 遠坂が、ふわりと笑うと――非常に挑発っぽく唇を開く。すでに三個の蜜柑は皮
となり、身はあの唇の中に消え去ってた……勢いよく食うもんだな、遠坂って。

「あら。じゃぁわたしも初詣、一緒にさせて貰うわ」
「……そう来たか。ええい、当山の主旨は来るモノは拒まず、ならば徹底的に遠坂
を折伏して今年一年災厄が訪れぬ様にせねばならんな」

 一成が喝破しているを見て、苦笑する。
 来るな、とはっきり言えるほどに一成は大人げないわけじゃない。それにセイバー
と桜も一緒なんだからな拒むわけにもいかない……ああ、藤ねえも一緒か。

「道中、お手柔らかに頼むぞ、二人とも」
「そうね、お昼は晴れ着のセイバーに華を持たせてあげましょう。それならわたし
もドレスくらい着てくれば良かったかなぁ」

 セイバーに見劣りしちゃうのはくやしいからね、と付け加える遠坂。というか、
いつものミニスカートの恰好でも十分に華やかで、綺麗なのにな。

「……と、終わったようだな。思ったより早かったではないか」

 耳をそばだてていた一成が戸口を眺める。
 入り組んだ廊下を伝わってくる、足音と喋り声。離れの一室で着付けを終わって
いた女性陣がやってきたのか――

 まず、障子を開いて高らかに現れる黄色と緑のストライプ、言うまでもなく我が
家で一番騒がしいトラ――

「じゃーん、じぇんとるめんちゅうーもく! って、あれ? 遠坂さんも来てたの?」
「ええ、お邪魔しています、藤村先生」

 出鼻をくじかれて、藤ねえが一瞬怯んだ。
 ――遠坂は無類に藤ねえに強いからな、仕方ない。

「あの……本当に似合うのでしょうか、桜?」
「ええ、すごく可愛いですよー。やっぱり女の子の晴れ着はこうじゃなくちゃ! 
って思いますね」

 そんな藤ねえの後ろに、押される様にやってくるセイバー。その姿に、瞬きをす
るのも忘れて眺め入る。
 ――白と金を基調とした振り袖と帯は、セイバーの為に用意されたよう清楚な美
しさがあった。どんなドレスよりも、セイバーの白百合の様な美しさを際だたせる。

 襟巻きのもこもことした柔らかさも、いつもと違った風に結い上げられた金の髪
も、青いリボンも新鮮で――それなのに襟元の肌は抜けるように白く、白皙の美貌
は戸惑いにうっすらと紅く染まる。

 まるで初めて顔を合わせる遠縁の少女みたいな、遠慮がちなセイバーの声がする。

「あ……あの、シロウ。このようになりましたが……似合うのでしょうか?」
「う……いや、似合う。というか藤ねえそんなの持ってたんだ」
「ざんねんしょー! これはわざわざセイバーちゃんのためにお爺さまが仕立てた
一品ですー」

 ……そいつはびっくりだ。

 意外なことを藤ねえが言い出した。
 そんな、えらい値段が張りそうなモノをぽんと……いや、あの爺さんはあり得る。
気に入った相手には物惜しみをしない侠客爺さんだからな。
 道理でこの振り袖の趣味が良いはずだ、納得納得。

 セイバーが、丁重に藤ねえに頭を下げた。
 蒼いリボンと髪飾りがしゃらり、と揺れる。

「ありがとうございます、大河。わざわざ御祖父殿がこのような衣装を用意してく
れたことには、感謝しております」
「すごいじゃないの、ちょっとわたしも負けたわね……今度からちゃんとセイバー
を着飾らせないと、わたしの言うこと聞かなくなるかもねー」

 遠坂が仕方なさそうに笑う。
 そんなことはありません、とセイバーは言うが……ここにいるのがいつものセイ
バーじゃない気がした。服が替わっただけなのに、なのに戸惑いをどうして覚える
のか。

「うーん、我ながら見せびらかしたいセイバーちゃんの出来ね。柳洞くんはどう思
う?」
「いえ、小生がどうこう言う領域ではなく美しいですな。まったくセイバーさんと
衛宮ならば……」

 非常に不穏当なことを呟く一成。
 衛宮、悪女の遠坂は良くない、清らかで正しいセイバーさんにしろと妙な煽りを
入れる一成には以前は困ることがあった。春先は真剣に悩んだのだが、最近は聞き
流せる愉快な繰り言になっていた。

 桜も感動ひとしおの様子で、セイバーを眺めていた。

「まぁ、女性のわたしから見ても見とれますからね。わたしも着たいなって思いま
す、こういう振り袖……」
「そうねえ、悪くはないかもね。桜はそこの誰かさんの甲斐性に期待して良いんじ
ゃないのかしら」

 え?と驚く桜。誰かさんの甲斐性――俺に、その、桜の振り袖を何とかしろと?
 それはすごく難しい課題だ。
 遠坂の言葉に、俺以上に桜が慌て出した。

「あ……あの、そんなに似合わないかも知れませんから、その、先輩にはわたしは
迷惑を掛けられません!」
「いや、俺も見てみたいから……遠坂も桜も振り袖だったら賑やかな初詣になった
んだけどな」

 頬を掻きながら、呟く。
 女性陣三人の振り袖姿だったら、俺は数十メートル離れて歩かないと華美さに目
がくらんで真っ直ぐ歩けなくなるだろう。セイバーでも並んで歩くことが困難な程
に、綺麗なんだから。

「ね、ねね? おねえちゃんの振り袖って言うのは士郎は期待してないのかな?」
「……着ても別にいいんじゃないのか」
「くう……素直に見たいって言えない子なのね、士郎は。ま、でもおねえちゃんに
惚れると火傷をするから自粛しておきましょー、うん」

 一人納得する藤ねえ。論旨の展開がよく分からないが、とにかく振り袖着るのが
いやなのか? だがしゃんなりとやってくる振り袖の藤ねえというのも、こちらに
は対応に困る代物だ。
 藤ねえは年末でも年始でもトラのままでした、ということで一つ。

「さて、これほどに美しい参詣客が居れば父上も兄上も大喜びでしょう。では、お
山までは案内しよう」
「はい、ありがとうございます、柳洞先輩。あ、藤村先生、セイバーさんの履き物
は?」
「ふふふん、ちゃんと用意してあるから安心しなさいってぇ」
「ではお願いします、この恰好はなかなか歩きづらいので、到着まで時間が掛かる
かも知れません――」

 セイバーが足元を眺めて、戸惑っている。
 その素振りも随分と愛らしい。普段の毅然としているセイバーも良いが、こんな
着飾った姿も淑やかで、愛おしく感じた。

 一成が、桜が、セイバーが次々に玄関に向かう。
 そのなかで、俺と遠坂が最後まで居間で座っていた。蜜柑が無くなって手持ち無
沙汰というのか、テレビを切る当番を伺い合ってるというか――不思議な雰囲気。

 足音が玄関に向かう中で、ほう、と遠坂が漏らす。

「…………ふうん、やっぱり可愛いじゃない、セイバーって。あんなの見ちゃうと
素材が絶対的に良いから、わたしは敵わないって思わせられるわ」
「そんなことないだろ。遠坂が振り袖でセイバーが普段着だったら、きっと印象は
逆になると思うし」
「あら、衛宮くんらしくない褒め言葉ね」

 肩を竦めて微笑む遠坂に、苦る。
 衛宮、何をやっている――と呼ぶ声が聞こえた。ここにいつまでも居座ってるわ
けにはいかない。
 立って、遠坂に行こうと誘う。
 新年の空は澄んで冷たく、外は身が引き締まって心地良いのだろう。このぬくぬ
くと温かい居間も悪くはない、のだが。

 ……遠坂と一緒だと、不意にここに長居したくなる。

「さっきも言った様に、今日の昼はセイバーに華を持たせましょ。大変だったでし
ょ、あの娘を着飾らせようとするのは?」
「まぁな、桜もいろいろ助けてくれたから。俺だけじゃあんな事は出来ないし」

 元旦は静かだったけど、二日は賑やかで良い。
 そろそろ退屈するかと思ってたんだ、少し出掛ければ気も晴れるだろう。やはり
皆が居るのはいいものだ、と思っていると――

 遠坂がじっと、こっちを見つめていた。
 言い出せない何かが引っかかっていて、それは俺も同じで、そわそわと落ち着き
が無くなっていく。

「――?」

 すっと、遠坂が身を乗り出してきた。

 指がくいっと、こっちに顔を寄せなさいと示している。一体何かと思って遠坂に
近づく。
 あの鼻梁の通った、意志の強い遠坂の瞳が間近に迫る。紅い唇がゆっくりと――
囁いた。

「今晩はわたしの家に来なさい、士郎」
「え……な、なんでさ?」

 そのお誘いに、呼吸と脈が乱れた。

 つい本能的に聞き返すと、遠坂の眉が僅かに顰められる。――今晩もおせちはあ
るし、遠坂が来てくれる方が有り難いんだけど、なんて言いさした矢先。

 遠坂の頬か、うっすらと紅く染まる。
 途端に俺と遠坂の間に密度の高く熱い空気が挟まったみたいになって、頭が熱く
なる。

「馬鹿、正月二日の夜に男と女がすることなんか決まってるわよ。士郎の家ってほ
ら、みんな居るから気が散るじゃない、だから……」
「え、う、ああ、そんな……ええ!」

 思わず左右を見回してしまう。
 誰も室内にいないって分かってても、誰か聞いてるんじゃないのかって。遠坂も
怒ってるけど、恥ずかしさの裏返しみたいな――

 喉が無闇に渇いて、空唾を飲みたくなる。
 そんな動揺の中の俺に、刺さる様な遠坂の声。
 心理的に痛いかと思いきや、存外に気持ちが良いのが、おかしい。

「なに? 衛宮くんったらしたくないの?」
「し、したいけどもお前は大丈夫なのかって!」
「……ちょっと、えっちするのも慣れてきたからね。それに昼の華はセイバーに譲
ったら、夜の華はわたしって……ふふ、士郎?」

 遠坂の顔が、近づく。
 正月二日に姫初めって世間ではいうけど、なんで遠坂がそんなことを知っている
のか? なんて考える間もなく良い薫りの唇が、触れた。

「――――ん」

 ――遠坂にキスされながら、頷いた。
 遠坂となら、夜といわずにいまでも……触れた唇が張り付くような、融けるよう
な、そんな気持ちよさ。

「……約束よ、士郎。さぁって、みんな待ってるからそろそろ行かなくちゃね」

 唇を離したら、笑って遠坂が話し掛けてくる。
 さっきまでキスしていたのが嘘みたいにすっきりと笑って、困り切った俺の顔が
面白くて仕方ないみたいな――反則だ、こんなのは。

 にわかに暑い髪の中を掻いて、焦りながら喋る。

「わかった。じゃぁ晩はうちで食ってけ遠坂、おせちがまだあるから。その後で何
とか抜け出して行くからな」
「……了解。ふふ、こういう約束して、今日一日衛宮くんを観察してるだけでも面
白そうじゃない?」

 悪戯に笑う遠坂。ああもう、どうしてこんなに勝手気ままでで奔放なのに、俺が
捉えられて逃げられないのか――溜め息を吐くけど、妙に濡れて熱い。

 遠坂が綺麗で素敵で頼りになるけど可愛いから、もうどうしようもないんだ、お
れは。

「……一成や藤ねえの前で言うなよ」
「わたしはむしろ士郎がボロ出さないか心配してるわよ? ま、その辺もしっかり
フォローしてあげるから安心なさい」
「く……くそう、夜中にはさんざんやり返してやるからな? 覚悟しろよ遠坂――」

 捨てぜりふにしてはずいぶん情けないけど、これが精一杯だった。そんな先の事
よりも、初詣よりも意識が夜の遠坂の家の閨房に跳びそうで――気合いを入れない
と不味いな、これは。

 ぱんぱん、と掌で頬を叩く。
 よし、すこしは落ちついてきた。立ち上がって、遠坂に頷き掛ける。蜜柑の皮を
掴んでゴミ箱に投げ込んで、艶やかに構える遠坂に言った。

「――いくぞ、遠坂」
「はいはい、じゃぁ一緒に行きましょ? みんなもお待ちかねの筈よ――焦らすの
は士郎だけで十分ってね」


                    〈fin〉



《後書き》
 どうも、SSに久しぶりに後書きを書く阿羅本です。
 皆様お楽しみ頂けましたでしょうかー? 正月のTV見ているのも暇だったので1
作ちょろりと書いてみました。寸止めですがこう、ラブい雰囲気が出てくればいい
なぁ、と思いました。

 というか、月姫の時は秋葉と姫初めは定番でしたが、その伝統を……ということ
で一つ(笑)。
 どうも阿羅本は遠坂凛を書くのが好きなようですな、うむ、言わずもがなではあ
りますが。

 それではみなさま、感想などを頂けると幸いです。