saint
                                                     阿羅本 景

 


 空気がどろり、と粘っている。鼻から息をすると、流れ込んできた濃度の高
い空気が鼻腔の中を占めて、つーんとさせながら喉まで下り、噎せる。肺がま
で入ってきた液体のような空気にごぼごぼと溺れる、そんな錯覚――
 空気が水気を含んで重いのではない、それは匂いに満ちているからだ。ほの
暗いこの寝室の中は、目を閉じなくてもその臭いが煙の姿を取るのが分かる気
がする。立ち上る肌と淫水の香り。それは手を伸ばせば煙の尾を掴めるような
気がする。

 それは粘り、重く、指に絡みつくように。

「はぁ――――せん、ぱい」

 それは桜の声だった。耳朶に染みこみ、耳道の中に満ちる。鼓膜に触れる声
は痛く、それがじわりと染みこみ脳に伝わると、その心地よさが逆に妖しい程
に俺の脳髄を響かせる。

 この躯は殊に桜に対しては鋭敏な反応を示す。だから、桜の香りが、その声
がこんなに俺を震わせるのだろうか?いやそうではない。この躯が喩え真のモ
ノであっても、偽りであっても、その器に満ちた魂が彼女を求めるのであるか
ら。

 だから、俺は桜を感じることで、神経を奮い立たせて驚喜する。

「さ、くら――」

 手を伸ばす。眼が見据えているのは、桜色の突起。
 うっすらと白く肌が浮かび上がっている様に見える。障子越しに差し込む月
の明かりに励起するように、肌が輝く――それは絹を張った丘のようで、目で
見るだけで肌触りが分かるような気がする。そんな桜の胸の双丘の上につんと
桜色の乳首があった。

「はぁ……ああ……」

 手に触れると、ふにゃりと柔らかい。桜の肌は絹かと思えば柔らかく鞣され
た革のようで、その内側の肉の手触りを伝えてくれる。俺の指が桜の乳房に埋
もれる。指に力を込めると形が変わり、何処までも埋め込まれてしまうような
気がする。
 このまま桜の中にとけ込み、その肉を内側からかき混ぜるとどんなに気持ち
いいのか、それに桜がどんな悦楽の痴態を見せるのか。過負荷の掛かる脳が、
ちりちりと火花を散らすような、そんな悲鳴じみたイメージが飛び交う。

「はぁ――先輩、ん、う………」

 桜の声と、熔けるような喘ぎ。俺の掌の中で、乳房がふるりと歪む。桜と足
が絡みあい、抱き合い、横になっている。俺の目の前に在る桜の乳首に舌を伸
ばした。
 こり、と硬い舌触りがある。熱く、甘美な突起。舌の腹にそれを味わいなが
ら、転がす。桜色の綺麗な突起を舌で舐め、柔らかな乳房を吸い、ちゅうと音
すら立てるとそれはどれだけ食べてもなくならぬ肉のようでもあった。

 唇がなおも桜の乳首を吸う。

「はぁっ、ああ……先輩が、私のおっぱいを……んっ、ふ、ああん……」

 はぁっ、と桜が息を吐いて身体をくねらせる。ここは感じるみたいで、掌で
押し出してその先端を舐め続ける。目を開き、上目遣いに桜の顔を見る。
 桜も顎を引いて、俺を見ていた。悦びに微笑む桜の視線に、心が負けそうに
なる。いや、負けても良いのになにか、それに浸りきると俺は……

「うふ……せんぱい……」

 後ろ頭を撫でられる。桜の手が俺のうなじ触り、優しく撫でられていた。
 ただ撫でられているだけなのに、手の触れる延髄がぐにゃっと歪んでしまい
そうだった。そのまま撫でられれば俺は桜の胸の中に顔を埋めて眠りに落ちて
しまうかも知れない、と思うほどに。それは安らぎと心地よさに満ち、二度と
目覚めたくない夢を感じることが出来るのだろう、きっと。

 でも、眠りたくはなかった。
 桜の太股に当たる俺の男性器は興奮に満ち、これを鎮めずに眠ることなんか
出来そうにない。首から上と下が別の身体で、訳の分からない配線で結び合わ
されているみたいだ。

「うふふ、先輩……そんなに、私のおっぱい……いいんですか……んゅふ、あ
ぁ……せんぱいでしたらどう……ぞ……赤ちゃんみたいにぃ……ふぅ……」

 桜がそんな、まるで聞き分けのない俺をあやす様にを言う。胸にしゃぶり付
き、ちゅぷちゅぷと音立てる俺は赤子じみているという事だろうか。桜の唇が
そんな言葉を口にすると、俺はますます桜の胸にのめり込んでいく。
 両手で揉むと、桜は感じているようだった。つい力を込めてその形を変えれ
ば変えるほどに快感を揉み出せる様な気にもなるけど、そうではなかった。む
しろリズムよく軽い刺激を与えた方が、桜の高まり方がいいみたいで。

 甘噛みする乳首が、硬い。唇を離してまじまじと目にすると、桜の麓から立
ち上がったその乳首の形が、どうしようもなくいやらしく感じられて仕方がな
い。堪らずにまた、唇でそれを覆い隠す。

「桜……んふぅ……あ……ん………」

 桜に抱かれながら、胸をただひたすらに吸う。テクニックや愛撫と言うより
も、そうしたいからそうしているというか、ただ桜の胸にしゃぶり付きたいと
いう俺の中の本能というか、それ以外の何かを考えることが出来ない、そんな
世界の動きだった。

 桜とお腹同士が触れ合い、足も抱き合って絡んでいた。俺の太股にもうべっ
とりと桜の愛液が塗られている。いつも信じられないくらい桜の身体というの
は感じやすく、唇に指を触れるだけでも牡を受け入れる用意が調っている、そ
んな牝の本能を練り上げたような身体だった。

 彼女がそんな風になりたいと望んでいたわけではないのは、知っている。
 だけど、今の俺にはそんな桜であることが、どうしようもなく有り難い。ヒ
トの苦しみを知らず、快感に溺れるのは俺らしくはない、だけど――日の見て
いない夜だけは、俺も一匹の牡になりたかった。

「はぁっ、せんぱい……先輩が私の……ふぁ……いいですか……かんじちゃっ
て、私……先輩の舌が私の……ちくび……舐めるだけで、びくんって……だか
ら……」

 切なげに足が動く。それは足、というより足の付け根を俺に擦りつける動作
であった。両足で俺の右足を抱え込み、ぬちゅりぬちゅりと音を立ててる。
 俺の脚と桜の脚、ではない。俺の太股に擦りつけられているのは、桜の濡れ
そぼった女性器そのものであった。

「桜……」
「ふぅ……ああっ、もっと……もっとしてください……私に……ひぅ、あ、あ
あ……あんっ、こんなにぐちゃぐちゃに、どろどろになって熱い私を……先輩
……」

 桜の腕が、ぎゅっと俺を抱き締める。胸に窒息させられそうになる。
 桜は泣きそうな顔だった。感じている桜の顔はくしゃくしゃで、泣いている
んだか喜んでいるんだか分からない。でも、それがとろけて一皮剥け、快感に
酔いしれる顔を目の当たりにすると俺もどうなって、どうして良いのかさらに
分からなくなる。
 
 息を止め、桜の胸を集中的に攻める。絶対の技術の自信がないのは悔しいが、
かといって他人の技術という望まぬ武器を握らされる気もない。俺は桜の胸に、
柔肉にただひたすらに溺れようとする。
 桜の腰も淫らに動いていた。それは俺の太股に擦りつける、というより桜の
外性器の肉を俺の太股と桜の恥骨に挟み込み、しごき上げるような――
 
 にゅちゅにゅちゅと、いやらしく湿った音がする。

「桜……桜、こんなに硬くして……いいのか?感じてるのか?」

 なんとか顔を上げ、息を吐きながらそんな言葉を掛ける。両手で胸を握り、
人差し指を乳首にあてがってくりくりと回す。硬く強張った桜の乳首は指先で
面白いぐらいに転がり、俺を興奮させる。くっと外に乳首を押し込むと、桜の
顎が上がって白い喉が露わになる。

 髪が、リボンがふさと舞うのが、視界の片隅に見えた。

「いい……もっと、せんぱい……強くしてもいいん……あぁ、はぁ……んっ、
ふぅ……ああ、ああんあ……ん、指が私に、私の乳首を押して……もっと……
もっとぉ……」

 接する体が熱い。肌越しに汗ばむほどで、柔らかく質量の在る桜の身体は俺
を受け止めている。立って抱くと桜の身体は女の子らしく折れそうに思うのに、
褥の中では豪華すぎるクッションの様に――
 桜の乳首をくりくりと弄る。桜の胸を責めれば責めるほど、もっともっとと
欲求に駆られる。もっと桜の胸をひしゃげれば、桜は泣くほどに感じるのかも
知れない。この桜の白い肌に縄で紅く跡が付くほどに縛れば、歓喜のあまり卒
倒するのかも知れない、もっともっと、桜を感じたい、桜を我がものにしたい、
その身体で味わえる快感の限りを尽くしたい――

 狂気じみ、吐き気すら催す快感。飲み過ぎた酒のような、尽きることのない
飽食の宴のような。
 硬く強張った俺の男性器は、桜の身体に擦りつけられる。今か今かとこのペ
ニスは桜の身体に侵入することを待っていた。

 どこでも、胸でも、口でも、膣でも、尻でも、桜の身体は言い様が無く心地
よい。
 窪んだどころで在れば、どこにでも入れたい。いや、入れなくても桜の手や
足に包まれるだけでも良い。こすりつけたい。この体の中で一番鋭敏で、一番
他人の身体を感じる先端は桜という回路を欲していた。そこから流れ込む無限
の力にただ蕩々と打たれたいという、欲望――

 快感の瀧の中に、我が身を投げ込みたい。
 理性が警告を発するような快感、それがこの桜の掌にある。

「先輩……」 

 そんな俺のきかん坊なペニスを、そっと桜の手が触る。
 身体の間に差し込まれた手は、しっかりと俺の軸を触っていた。捲れ上がり
はち切れそうな俺は、びくっと腹筋が引きつるのを感じる。

 桜の秘部が、ぐっと俺の太股に押しつけられる。まるでこの舌の唇から俺が
肌が吸われそうに感じるのは、何故か。桜の指は俺のペニスをゆっくりしごき
始める。
 喉の奥に、迫り上がる快感。指なのに、なんでこんなに……

「せんぱいの……さっきから私の身体に当たってます……」
「す、すまない。その、桜の身体を触ってると、やっぱりこう……えっちだな、
俺も」
「私もすごく、いやらしいですよ……先輩の身体を見ると、匂いを嗅ぐと、肌
に触れると――こんなに堪らなく濡れちゃうんです……ほらぁ……」

 ぐししゅっ、と擦りつけられ、水音を響かせる桜の濡れた襞。俺のふともも
と桜の脚がどろどろに濡れ、まるで蜜に浸したみたいだった。それに、その蜜
を泡立てるようにぐしゅぎしゅと桜の腰がうねる。こんな淫らな桜の身体を、
脚で感じるのももどかしい。
 それに、桜の手が俺の亀頭をなで回す。こうするときもちいいんですね先輩、
という無言の声が聞こえる。そうされると俺は、とそれに答えるように亀頭は
ふくれあがり、震える。
 
「う……あ、あはぁ……ああ、桜……」
「いやらしい、女の子なんです……こんなにいつも濡らしていて……学校でも
先輩に会うと、下着汚さないかって心配しちゃったり……ご飯を一緒に食べて
いても、私……」

 はぁ、と漏れる喜悦の吐息。
 それは、そんな赤裸々で破廉恥な己を晒す快感に桜は酔いしれている様だっ
た。俺の顔に浮かぶ色を、桜はマゾヒスティックな快感で受け止めているかの
ように。

 俺はどんな顔をしているのだろうか。
 何度そんな話を聞かされても、俺は――言葉で脳を冒されているのを感じる。
桜の息が、言葉が、耳の中に入ると理性が飴みたいに熱せされて歪む。俺を俺
にしている心のフレームが拉ぐ、そしていやらしいイメージが頭の中をどっと
鈍色に染め上げる。。

 それは、

 上気した顔の桜。すれ違う彼女に声を掛けると、切ない吐息が漏れる。
 肌は熱く、学校の廊下なのに彼女の視線は俺を捉えて放さない。そんな桜の
熟れた身体はじゅくじゅくと湿り、ショーツの中から滴るほどに濡らしている
――

 私はこんなにいやらしいんです、先輩。微笑みの浮かべた口元に、こんな言
葉を浮かべているように。理性の世界に背を向け、肉欲に耽る背徳の快感。

 なにか、大事な日常の平穏を泥で汚すことで快感を得る。そんな倒錯。
 もはや白くも美しくもなくなった光景が、快感と扇情の螺旋にねじれた世界
に変わる。そこに、濡れて桜は俺を誘っている。

「先輩の口がお箸をくわえてると、あの唇で私は愛して貰えるんだって……あ
ぁ……そんな先輩の唇にくわえられるお箸にすら、私、嫉妬しそうになるんで
す……ふぁ……」

 正気に立ち返ってはいけない。
 桜の言葉は胸の内をむらむらとするほど、聞くだに尋常ではない様相を呈し
ている。桜はやはり自分の言葉を、自分の心に媚薬としている。彼女はその言
葉でより一層感じるらしい、それは、桜の心を辱める言葉を知ってるのは桜だ
から。

 でも、それを聞かされる俺もどうにかなりそうだった。
 俺が口にする全てが桜である様に思える。口に含む野菜も、肉も、ご飯も、
全て桜の何かであり、それが血となり肉となる快感が――まるでピアノを乱打
し、調和も律動もない破壊的なリズムのように俺を絞り上げるように。

「せんぱい……衛宮先輩を……衛宮先輩にそんなことして貰って良いのは私だ
けなのに……だから、先輩……もっと桜に、さくらにいやらしいことをしてく
ださい……ふぁぁぁああ!」
「ううぅ……ああああっ」

 手がぎゅーっと俺のペニスを握る。痛い、でも心地良い。血液が棹の中で鬱
血し、股間が悲鳴を上げても脊髄は快感に変換してしまう。これは、危険だっ
た。そのまま握りつぶされたり壊死させられたりしても、俺は桜の手であれば
無限に快感にしてしまえる。
 サディスティックとか、マゾヒスティックとか言うのじゃない。それは自他
の関係に自意識が拡張し、行動を強制する形式だ。今の俺と桜はどちらがどち
らでもよく、忘我に導き官能の中に投げ込まれる、その為ならなんでも出来る
ような気がする。

 なんでも、出来るから口に上る言葉は……

「桜……俺は桜が思ってるほど、清くも正しくもない」
「先輩……」

 荒い息の中で、俺は告白する。
 桜に握りしめられ、にゅるりと手の中に漏らしてしまいそうで、胸を掴む手
にもそれが響き、下半身は脚と秘部がどこにあるのか分からなくなりそうなの
に、俺のペニスの感覚輪郭はいやにはっきりしていて、それなのに桜の身体を
しっかりと感じている、悦楽の矛盾の中で言葉を紡ぎ出すのは辛い。

 空気穴のない土埃だらけの穴蔵の中で、縄跳びをしているみたいに辛い。
 いつ息絶えても良いけど、それでも俺は俺の言葉で桜を感じさせたかった。

「先輩、ん……そんなこと無いです、先輩は綺麗なんです、じゃないと私……
ふぁ……」
「桜も、言い様がないほど綺麗だし……そんな桜を見ていると、いつもズボン
の中で立ちそうに……なって、堪えてる。弓道場で桜を見ると、神聖な道場な
のに物陰に連れ込んで犯したくなる。台所に桜が立っていると、そのまま後ろ
からしたくなる。そんなに俺はいやらしく桜を求めていて、桜をこうして――」

 長い言葉は、終わらない。壊れた電動タイプが、意味の通らない子音の羅列
を垂れ流すように、俺の脳みそは無限に桜に対しての劣情を編み出し続ける。
 ただ、言語がそれに追いつかない。頭の中は桜が誘い、俺が桜をねじ伏せて
いる。夢精しそうな淫夢を目を開きながら見る、そんな感じなのに今まさに桜
を身体は感じている。

 長すぎる階段の上で、脚を滑らせる。
 そうすると、無限に俺は脚をもつれさせながら落ちていく。下界の空気は濃
く深く、身体にまとわりつき鎮めようとする。桜の感触と妄想は、定かならな
い俺の脚のようだ。

 ――その深い喜悦と悦楽を、望むのは俺か、桜か。

「あ――は、衛宮先輩ぃ……」

 桜の身体は俺の下で、妖しく艶っぽくくねる。顔を置いている胸も、触れあ
うお腹も、それにお互いに恥ずかしい生殖器を触れ合わせている部分も、重な
り合った脛さえももどかしげに震える。胸に触る手を外し、桜の身体の上を這
わせる。

「先輩が……もしそんな風にえっちなことを思ってても――私は、せんぱいの
ことが大好きで、なんでも……できちゃいます……から……ああんっ」

 桜が俺のペニスを握る手を、上からかぶせる。内側と外側から桜の手を包み
込むと、その小さく細い指が華奢に感じられる。こう、桜に無理矢理握らせて
いるようなスタイルは、さくらの柔らかな掌を俺自身で火傷させてしまいそう
に、妄想するほどに。

 桜の手を動かすと、俺にも伝わってくる。
 桜が膝に擦りつけてくる秘裂が、ぬるっと下がる。ほとんどオイルに漬けた
ような濡れ方で、桜はそこから貪欲に快感を貪っている。

 は――――と長い息を漏らす。
 脳は桜の言葉を聞きたがっている。残る片手を桜の豊満なお尻に這わせ、た
だ桜の身体に縋り付きながら、俺はその快感に酔っていた。

「もし……せんぱいがぁ……んんっ、学校の中で舐めろって命令してきたら…
…わ、わたしはどこでも先輩を……満足させてたい……ん……です、は、ぁ…
…んんっ、あん……」
「どこででも、か?桜……」
「はい……人目の前でもきにしませ……ん……みんなに見られて、恥知らずだ
って罵られても、私は先輩の……おちんちんを舐めたいんです……あああああ
あああっ!」

 その自らに言葉に酔いしれたのか、桜の身体がびくん、と引きつる。

 桜の言葉が俺の中であり得ない幻想を生み出す。クラスのど真ん中で、ズボ
ンを抜いて股間を晒す俺。それに桜は羞恥と喜悦の表情を浮かべ、回りがひそ
ひそと信じられないと噂をする中、無数の視線に晒されながらその可憐な唇に、
指で俺のペニスを誘う事を。それがにちゅりと音を立て、唇が性器の粘膜に触
れる感触もあまりにも詳細に再現される。
 跪いた桜が、笑う。これで私たちは淫らな罪人なんですね、と――

 想像だった。想像しているだけだった。それはあり得ぬ快感の罪。
 その妄想に耽ることすら許されない。その罰は贖いきれるものではなく、む
しろその制裁が下されることは負い切れぬ背徳の罪を引きずり彷徨うよりも安
堵を覚えるほどの。

 だけど、それは神殿の秘密のベールをめくり、鈍い鉄の剣を手に神聖な処女
達を犯すようにそれはなんと――輝き、鮮やかに見えることだろうか。俺の残
り少ない理性が竦み上がる。そんな快感を予期した俺自身の存在を恐れるよう
な。

 ぶるっと、俺がその言葉に震撼した。
 桜の言葉は、内に秘めた力をもつのか、それとも俺を魂まで染め上げている
のか――わからなかった。分かるはずもなかった、でも、まだ続きを聞きたが
っている。

「先輩……が……もしショーツを履かないで登校しろといっても……私は喜ん
でします……スカートの中に何も履いてないはしたない娘だ、ってみんなが私
のことをじろじろ見るんです、あの娘は恥知らずで、歯止めが利かない快感の
中毒で、顔を合わせて声を掛けると穢れるって、そんな瞳で私を見るんです、
みんな、みんなみんな……」

 桜の声が、ずぅん、と背中の奥まで突き刺さるような。
 それは妄想ではなく、彼女の中の現実を俺に流し込まれる様だった。彼女の
そんな清らかならざる事の自責は深く魂に刻まれ、今俺が彼女を抱きしめてい
ても……その闇の深さに恐怖する。

 しっかりしろ、衛宮士郎。俺はそんな彼女の為に生きると誓ったんだろう。
 たとえ闇が深く、底が無かったとしても、落ちる者には関係がない。浅く足
をくじく程度であっても、骨が砕ける程に底が深くても、また何時までも落ち
続ける奈落であっても――落ちる俺がどうにかなるだけだ。狂ったとしても、
それだけのこと。

 それに、狂いたい、桜に狂いたいと本当は欲している――

「桜、俺は……」
「あ、はぁ……ん……先輩もそんな目で私をみても……でも、先輩はそんな淫
らで恥ずかしい私をお仕置きしてくれなきゃ駄目なんです。だから、先輩がぁ
………んんっ」

 ぎゅ、と桜の手が俺のペニスを絞り上げる。
 そう、ここの、これが欲しいと言ってるように。触っている桜のお尻も物欲
しげに疼いている。今の桜はどんな窪みに俺のペニスを擦りつければまるで、
日向に置いたバターのようにずぶずぶとのめり込んでいくだろう。そう、それ
は間違いない。

「先輩が、私にお仕置きしてくれなきゃ……校門に私を首輪で繋いで……スカー
トをまくり上げて、みんなが見てる前で、先輩は私を後ろからまるで盛りの付
いた雌犬みたいに犯してくれなきゃ――この淫らな桜め、お前がこれが欲しく
て誘ってるんだろう、だから呉れてやる、って――え、あああああああっ!」

 イメージが、脳を冒す。
 いや、紛い物の俺の身体に脳なんて豪華な代物があることを信じられなかっ
た。俺の頭皮を剥いて頭蓋骨をチェーンソーで切ると、中には奇妙なねじれた
肉の小片があって、それが血に疼きながら、俺の頭蓋骨の中に淫らな妄想を照
らし上げている、んじゃないかって思う。

 それは、桜の言葉通りに。
 みんなが見ている。ぬずぬずと音を立てて俺は桜の尻肉に指を突き立て、そ
の大きな尻を開き、肛門まで丸見えにさせながら立って桜を犯す。背中にたく
し上がったスカート、制服のベストも今は桜の肌を締め上げる拘束具しか見え
ない。桜の首が垂れ、項がのぼせて見える。リボンが動き、はぁ、はぁ、と荒
い息が流れるだけ。

 それなのに、その全てがどうでも良くなるくらい俺と桜の接合部が心地いい。
 女陰の中につっこむというより、異次元の肉の中につっこんでるような――
なんで、妄想だけでおれはこんなに危険な興奮を覚えるのか。

「あぁ、あは……せんぱい……先輩のたくましいおちんちんが……私の中を…
…ごつんごつんって突き上げると、私、わからなくなっちゃって、まるで……
動物みたいに、雌犬みたいになっちゃうんで……すぅ……ん、はぁ、ああ……
あはぁ……」

 桜の顔を盗み見ると、それは下を伸ばし、たらりと唾液をたらしていて――
恍惚の表情であった。でもそれは美しく、こんなに酔いしれる桜を見ていると、
そんなことを気にしてしまう自分の酔い足り無さが悔しくなる。

 大杯を掲げて干すように、桜というぬるく甘い粘液を飲み干さないと、俺は
――

「みんなが、まるでマトウさんって牝犬みたいねとか……アレで恥ずかしくな
いのかしらとか、そんなこと言ってるのに私はなにも分からなくて、せんぱい、
せんぱいって鳴くだけで、先輩はこれでもかって、桜これでもまだ満足できな
いのか、奥に飲ませてやるって言いながら私、私ぃ……ひぃ、あはぁ、ああー」

 ぐりゅんぐりゅんと桜の手が動くが、荒っぽいのではなくあくまで滑らかで
継ぎ目のない動きで、こんなことされると桜の掌で出してしまいそうになる。
 桜の枯死から手を離し、自分のお尻を摘んで痛みで快感を逸らす。手だけで
もこんなに気持ちいい桜というのは危ない、それに桜の恥語が俺の脊髄に虫歯
のようにこびり付く。

 そうだ、桜の中で放たないと俺は、この興奮の中でどうにかなってしまう。
 いや、上り詰めた末ではなく、ここで立ち止まる悔しさが身を灼かせて……

「でも、先輩はぁ……衛宮先輩だけには恥ずかしい思いをさせません、これは
ぁ、私が……わたしがえっちな女の子だから、先輩にこんな風におねだりしち
ゃうのが……悪いんですぅ……だからぁ、はぁっ、はぁっ、はぁ」

 桜の身体を抱いている、というよりも、桜という名前の付いた何か不思議な
肉を手にし、それに触れているような気がする。錯覚だ、でもそれはなんとも
目まぐるしいほどに光と淫らさに照らし出されていて、俺はぬっちゃぬっちゃ
言う肉と肉との触れ合いと、お互いの神経が身体になって絡み合うように、身
体と妄想がぐちゃりと揺れる、そんな――

「先輩……えみやせんぱい……ふぅ、あ、ああ……」
「桜……」
「だから私を可愛がってください、先輩が求めるんなら何でも出来ます、なん
でも――」

 手を伸ばして、走り去ろうとする列車から必死に縋り付こうとする桜。
 その声に俺は、がくっと――走らないといけないと感じる。身体ではなく、
心が、この健気な桜を求めて暴走しないと、桜が俺の手の触れない遠い世界に
走っていってしまう、そんな喪失の恐怖。

 闇が輝く。夜明かりが暗い。
 俺の目はネガのイメージで世界を捉えていた。闇は白く輝き、桜の身体は黒
く沈む、まるで目の前に大きな穴が落ち込んでいでるみたいに。でもこれは俺
の認識の世界の中だけ、妄想を現実となし、理念を墓に埋葬し、ただ肉のみを
器として其を溢れさせよ、たとえ禁忌に触れようとも、我に恐れるものはない、
この手に桜をかき抱けるので在れば。

 桜は輝く、それは始源の聖女のように。
 力に満ちあふれ、愛に狂い、その豊かな身体はいまだ手の触れざる平原の様
に、光は降り注ぐ地の母のの恩寵を受けた忘却の王国の女神。

 桜は涙を流し、そして――――――――――――笑っていた。

「………あぁ、あ、か……」

 かは、と吐いた息が喉に響く。伽藍堂の頭蓋骨に、名付けざる無限が溢れる。
 身体がどうなってしまったのかわからない。俺は桜と抱き合っているだけな
のに、こんなに――もう何度桜の掌の中に精を漏らしてしまったような、でも
未だに満たされない、矛盾。

「先輩……だって、私先輩のために……なんでもできるんです。先輩を受け止
められるのは、受け止めて良いのは私だけなんです。だから先輩も我慢しない
でください……」
「……桜」

 心臓が、止まる。でも何か別の動力で血液が体の中を熱く巡る。
 興奮で胸が弾けるのなら、むしろ弾けて欲しかった。真っ赤な血が迸ればむ
しろ心地良いだろう、でも、桜の言葉はむしろ俺の心臓を止めてしまう。熱く
なる体が、理解できない。



 ――先輩も我慢しないでください



 何も俺は我慢していない、それに今でも桜を傷つけていると思う。救済の英
雄たりえたかどうかも定かではなく、木偶の身体は彼女に支えられて生きてい
る。何も我慢していない、いないのに――
 それは唆す言葉であった。世界の片隅で囁かれ、俺の耳だけに入る言葉。
 何を意味するのか、分からない。でもひどく、頭痛がしそうな程に響く。
 
  なんと俺が言って良いのか分からない。顔を起こすと、桜は微笑んだまま――


 「ライダー、いるんでしょう?」

 ――――魂消げることを桜は言う。

 桜は当てずっぽうにそんなことを口にしたわけではなかった。俺が慌てて体
を起こすと、障子の向こうに気配がある。ただ、呼ばれた以上隠すのを止めた、
と言いたそうな存在感で、まだ答えるのを躊躇っている様に。

「………………さ、桜?」
「ライダー、居るのは分かっています。あなたにお願いがあるの、聞いて」

 答えはないが、頷くのは分かる。元々口数の少ない彼女が、こんなところで
長々と桜に答えるとは思っていなかったけども、だけどこんな所にライダーが
居るだなんて。
 桜は知っているのは間違いなかった。俺の驚愕の顔がよほど面白かったのか、
くすりと笑う。それは童女の微笑みのようで、アンバランスだった。

 そんな風に笑うのは卑怯だ、俺の足下の段を外すような事をどうして桜は――

 空気が微かに声で揺れた。

「………何でしょうか、桜」
「廊下の障子を開け放って。そして――私たちを見て、ライダー」

 …………考えられない。
 桜がいう言葉の意味を、理解してはいけない。理解すると俺の理性が起きあ
がり、それは羞恥心になって俺を押しとどめようとするだろう。裸で絡み合う
俺と桜の姿をあのライダーに見せるというのは、逃げ出したくなるほどに恥ず
かしい。

 でも、そうしてはいけない。決して逃げてはならない誓いを掛けられている
ように。
 だから、俺は理解することを止めるしかない。止めて、ライダーが桜の言葉
を是としその命令を受けるかどうかを待つしかない……
 それに対して俺がどうこう言うのではない。ただ俺が、どうするか。

「………………………」
「ライダー、嫌だったらしなくてもいいの。これは私の他愛のないお願いだか
ら。あなたが見たくないというのなら、それで――でも、私も、せんぱいも…
……はぁ……」

 桜も、俺も……望んでいると言いたいのか?
 いや、どうしてそうなるのか、なんでなのか、不思議だったけどもそうされ
なくてはいけないという論理の糸を感じ取ることは出来る。桜はなんでもでき
るから、俺も何でもしなくてはいけない。桜の世界の中の魔法、そんな、法則
じみた何か。

「…………分かりました。失礼します」

 俺ですらそれに迷いの感じるライダーの声も、無理もない。
 するっと、障子が開く。そこにいるのは、板の間に正座したパジャマ姿のラ
イダー。
 あの灰色の瞳が眼鏡越しに、俺と桜を見ている。彼女の眼鏡に鏡のように反
射する、俺と桜の姿。俺の脚に腰を擦りつけ、濡らし、抱き合う姿があの宝石
の瞳の中に捉えられている。

 熱く淫らに崩れた俺と桜に比べると、ライダーの姿は氷の像のように冷たく
感じる。彼女は努めて感情を殺しているような――元々その節はあったけども、
今はより一層それを感じ取ってしまう。
 ライダーは、障子を全て開け放つ。開いた戸口から、月明かりに照らされた
庭が広がっていた。浮かび上がるライダーの姿は、まるで――異なる世界の物
言わぬ美しい門番のようで。

「……………………」

 ライダーはすっと背筋を伸ばして、廊下に座る。
 庭から流れ込む夜の空気が、この熱く熟した寝室の中を吹き抜ける。俺と桜
を狂わせていた匂いと熱が流れ出せば、すこしは冷静になれるのではないかと
思ったけども。

 ライダーの硬質な視線と、抱き合う桜の身体の温かさが、俺の中の熱をかき
混ぜ続けていた。ぶるぶるっと腰骨が震え、冷たさを感じる肌と融けて捻れる
骨の熱さの温度差に、筋肉がみちみちと音を立てて――

「せん、ぱい?」
「う、あ――――」

 桜が身体を動かす。あ、と思う間もなく俺はころりと横に転がり、桜が上に
なる。
 被さる桜が俺の上にある。見上げると、桜は俺の頬に口づけする。
 ちゅ、と暖かな唇だった。吐く息は熱いのに、唇はほどよく温かい。俺を吸
い付くほどに強い接吻を予感したけども、桜のそれはあまりにも優しかった。

 戸惑いを覚える。唇が離れた頬を、思わず撫でてしまうほどに。

 上になった桜が、体を起こす。俺に跨るように――いや、俺の身体から離れ
て立ち上がろうとしていた。顔は酔ったように紅かったが、それでもひどく落
ち着いていて、ライダーと俺に見つめられていることをむしろ悦び、舞台の上
の女優のように振る舞うような。

「桜………」

 俺がそう呟いたのか、ライダーが呼びかけたのか、定かではない。
 唇が動いたのは間違いないけども、目の前に立ち上がった桜の前では声も掻
き消されてしまう。女性らしい丸みを帯びた桜の白い身体。足首から桃に流れ
る脚線は緩やかで、腰に入るとボリュームを増す。それなのにウェストはきゅ
っと引き締まっていて、胸に掛けてまたふくらんでいく。俺は桜を見上げていた。

 ぞくぞくっ、と桜は身震いする。夜風が冷たいのか、それとも興奮に身を戦
慄かせているのか。それは俺の身体にも伝染して、脊髄の中身を共振させてく
る。目は桜の恥毛の丘に、ふくらんだ胸の双丘に、戦慄く喉に、そして――

「さ、く、ら……」

 空虚でありながら、満たされた桜の笑顔。
 それは俺を限りなく不安にさせる。取り残される、失う、忘れる、そんなネ
ガティブな悲しみ。笑っているのに、俺の心の中に無造作に手を突っ込んで、
中を引っ掻き回されるような感じがする。なぜか分からないけども、俺に何か
が足りないと言ってるような。


 ――先輩も我慢しないでください


 脳裏に響き続ける桜の声。
 分からない、俺は何も我慢していない。耐えているものは何にもなく、この
身この心に浮かぶ欲望の限りを桜に叩きつけている。でも、俺は我慢している
と桜は言う、何か分からない、でも、何かがある。心の中に、低く、大地の鼓
動のように響く何かが。

「せん、ぱい……衛宮先輩?見ててくださいね……先輩も、ライダーも」

 内股をべったりと愛液で汚し、一糸まとわぬ姿のさくらがふらり、と歩き出
す。熱にうなされているような頼りない足取りで、身体が左右にぶれている。
手を差し伸べないと倒れるような気がするが、彼女に触れることは今は許され
ないという気がする。

 そんなことよりも、俺には桜の問いかけの意味が分からない。
 まるで質の悪い謎掛けみたいだ。禅問答みたいに答えの口が問いの尾っぽを
噛んでいる。桜が何を言い、何をしようとしていて、俺の何を望んでいるのか?
俺は桜を目で追うだけで、まるでこの身体は呪われたように緩慢にしか動かな
い。

 ライダーも、同じ呪縛を受けている様に動きはしなかった。
 ただ傍らを通り過ぎ、庭に降りていこうとする桜を目で追っていた。全裸で
夜の庭に出る、そんな己の主の様を観察している――それは心配や不安ではな
く、ただ、見守らなければいけないという使命を宿している瞳で。

「桜……なに、を」

 軋む身体を鞭打って、起きあがろうとする。桜と抱き合っていただけなのに、
不思議なほどに重い。服を着る余裕なんて無く、桜と同じように裸でようやく
四つん這いになり、膝立ちになった。ここから立ち上がるのも億劫で――どう
してしまったのか、理解できない。
 理解できないのに、桜を追うことは当然の義務として俺に焼き付いている。

 廊下を渡り、開け放たれた雨戸を渡り、濡れ縁を踏む桜の裸足。
 俺に背を向けて、桜はふらふらと歩き続けている。そのままつんのめって濡
れ縁から落ちるんじゃないかと心配するが、ぽん――と降りる桜の足取りはし
っかりしていた。

 月の銀の光が、桜の身体に降り注ぐ。
 格子戸越しの弱い光では薄く輝いて見えた桜の白く柔らかい身体は、剥き出
しの月の光の中ではもっと、別の存在に転じたように見えていた。それは、決
して太陽に光の下では見ることの能わない、世界の美のあり得ない解。

「……………せんぱい?」

 庭の真ん中に立つと、桜が振り返った。
 俺はようやく這々の体で廊下まで来て、桜を眺めていた。彼女の頼りないは
ずの足下が、軽やかに見えるのが解せない。蒸れて匂う寝室の空気はもう無く、
冷え冷えとして月の光に消毒された夜の空気の中でも、桜だけは……変わって
いなかった。

 その瞳が、俺を捉える。

 脚を土に汚し、脚を愛液にぬらつかせ、手を腰と胸に回し、吐く息の熱さを
感じさせる桜。その笑いはなんというのか――おかしなぐらい、清らかだった。
 笑いは俺を誘う娼婦のようだったけども、むしろそれは世界の柵を感じさせ
ない自由な心の躍動であった。こんな笑いが、ひどく羨ましい。あんな風に笑
うのは――

「あ、あ、ああ」

 分かった。何かが分かった。

 あんな桜の有様を嫌らしい、淫らだ、そう感じさせたのか彼女ではない。彼
女は目を潤ませ、しなをつくり、甘い息を吐き、火照り、濡らし、俺をその身
体で、言葉で、心で誘う。それをいやららしく、淫らで、はしたないと感じて
いるのは、俺の心ではない。
 俺の心の上に被さった、目に見えない無数の格子。それが、俺の目を曇らせ、
俺の劣情の中に純粋な感情を押し込め、我慢させていた。

 そう思うことを、否定し、劣ったものとして、下向きの螺旋にねじ込み排泄
するように身体から追い出そうとしていた。それは肉欲となり、妄想となって
俺を蝕み、身体を熱くねじ曲げていた――が――

 なぜ、この瞳に涙が滲んでいるのか。
 桜の姿を見つめていて、こんなにどうして涙が溢れるのか――瞬きを忘れ、
頬を濡らし。

「先輩――だから、我慢しないで……来てください。私を抱いて、空の下で――」

 流れる涙が――顎を伝う。

 桜は手を開き、俺を迎え入れていた。

 彼女はあたかも痴女のようだった。あられもない姿で外に出て、関係のない
ライダーに俺と共にその姿を見させ、妄想を吐いて俺の心を侵し、身体を熱く
滾らせて牡である俺を求めている。そう見れば、まさに恥を恥と思わず嗜みも
躾もない、恥ずべき姿を露わにする。

 でも、間違っている。それは俺の方で。

 彼女は月明かりの下に真実の姿を見せていた。太陽の光は強すぎて、俺の目
を曇らせていた。青白く輝く庭の中で、桜は汚れ、笑い、誘い、本当に俺を心
の底から求めていた。彼女は月の下の理で俺を求めていた、でも日の下にあっ
た俺はそれを理解できなかった。

 だけど、わかった。間違えていたのは、俺だった。
 桜は、桜で、桜でしかなかった。蝕まれ、苦しめられ、怨嗟を抱き、復讐に
狂い、でも――求める事を諦めそうになっても、ほんの少し、糸一本ほどに繋
がった希望をを大事に思っていた。失われることを恐怖し、嫌悪されることを
忌避し、希望が罪である事を身に染みながら、彼女は……純粋に洗練されてい
った。それは太陽の下では決して理解することが出来ない、いや、その姿は万
人には受け入れがたい。でも。

「抱いてください、ここで、この夜の空の下で。私はもう準備は出来ています、
ほら……はぁ」

 桜は指を股に差し込むと、ぬらっとかき混ぜる。
 指を離すと、長く湿ったいとがつぅ――と糸を引くのが見える。あの濡れた
襞の奥が、おいでおいでと俺を誘っているような――

「なんで……桜………」 

 それは聖なる少女のようだった。
 星空と月夜の下で何一つ隠すことなく、俺を求めてきている。身体は熟し切
り、果汁を滴らせ、膝は小刻みに震えている。口元に浮かぶのは快感に酔う淫
らな笑いなのに、目だけは月明かりの中でシンと透き通っていてあどけない―

 
 我慢する、必要はない。

 俺をこの格子に、柵に己を貼り付けておく必要がない。今まさに手を伸ばせ
ば永遠が手に入る、それは汚されながらも純潔であり、裸でありながらもどん
な豪華な綾絹よりも美しく身を纏い、涙の枯れ果てた笑いはまるで女神のよう
で、今まさに帰るべき始源の世界の一点を凝縮したような、桜の姿。

 俺は立ち上がった。

「桜――そこで待っていてくれ。今――抱いてやる、から」

 傍らにあったはずのライダーも、もう感じない。彼女は止めもしなかったし、
ただ眺めるだけだろう。でもそれでいい、この場を見守ってくれる誰かが、星
と夜の天蓋だけでは物寂しすぎるから、彼女がいてくれた方が良い。

「空の下でも、屋根の下でも、どこでも……構うもんか、桜――」

 膝に力を込める。驚くほど、軽く立ち上がる。
 そのまま跳ねてしまいそうなほどの力。桜に翻弄されていたときは自分の身
体じゃなかったみたいだったけども、今はまさに俺は俺の身体を手にしていた。
夜空の下、身体は俺の歓喜を血として巡らせる。素足で踏む床の土が、湿って
温かい。吹く風はまるですべて桜の吐息のように俺を包み込んだ。

 手を伸ばす。神殿の至聖所にある、女神の似姿を縋り付く求道者のように。
 階に立つ、神聖娼婦。それが桜……彼女は力に満ち、心理に導き、聖女の微
笑みと娼婦の悦びに満ち、男であり牡であり迷える俺を次の世界の答えに導い
てくれる。

 我慢する、必要なんかない――桜の所に、いけるのならば。
 かつては地獄の底に赴いた身、滅びた身体が今一度甦るのであれば天国の彼
方を恐れはしない――

「先輩……えみや、先輩……うれ、しい……きて、せんぱい……」 

 歩く。桜に近づく。こんなに軽い、全身の節々が歓喜に悲鳴を上げる。脳の
回路が巡り、魔術の回路に常ならぬ光が宿る。それは俺を縛り付けていた網を
破る、無形の刃を生み出すために。それを動かすには、コトバは、言霊は、魔
術は、魔法すらも要らない。撃鉄はまだ上がっていないけど、指を触れればラ
チェットの音も軽くかつりと上がりそう。

 桜の濡れた掌が、俺の頬に触る。
 温かく、それは祝福のように……その手を頬に押しつける。

「桜……桜っ!」

 俺は両手で一杯、桜の身体を抱きしめた。
 腕の中に在ると、桜の身体は細く頼りない。肩の細さは女性のそれに間違い
なく、埋める髪の匂いはどんな花より艶やかで、触れあう素肌は水に濡れて吸
い付くように。

「せんぱい……ああんっ、先輩……」

 桜が俺の首を抱く。しっか、と身体が重なる。
 桜の脚が、俺に触れると腕を伸ばして持ち上げる。前から腰を合わせ、桜に
熱く硬い俺の男根を、彼女の女陰の中に差し入れる。

 ぬぅぷ――それは呆気ないくらいの挿入だった。前からで角度も楽ではなく、
桜を片足で持ち上げるような格好になったけども、それは吸われるように桜の
中に入っていった。
 でも、虚ろな何かにさしいれたんじゃなかった。すぐに俺は桜の膣の肉に包
み込まれて――

「はぁっ、ああっああああああん!せんぱ、いー……」

 桜の頭が仰け反る。こんなに興奮し、感じる桜の中に俺は入っている。
 きゅう、と桜の中は締め付けられていた。繋がる部分は熱いなんてもんじゃ
なくて、真っ白だった。そこに小さな太陽があるみたいに、直視し感じること
が出来ないほどに漲っている。

 腕の中にある桜の身体が、いとおしい。抱き寄せ、唇を浴びせかける。

「桜っ――ん、あ、はぁっ」

 腰を動かす。立ったままなので、突くというより揺すっている感じだった。
 それでも十分出来るくらいで、ずっずっと桜の中を動くのが分かる。桜の中
は熱く締め付けてきて、気持ちいいといえばそうなんだけど、それだけではな
く何か、もっと、とんでもないことになっているみたいだった。

「はっ、あっ、先輩、先輩が私の中に――立ったままなのに、先輩のがずんっ
て――お腹の中に、私の中を広げて――ひぃ、う、はぁ、あああ……あんあん
……ああ」
「桜……いい……融ける……中で、俺を……先っぽなくなっちまうみたいに…
…」

 興奮させる言葉と言うより、そういわないとおかしくなってしまうようで。
 俺と桜は立位で、お互いにリズムを刻んでいた。片足を俺に巻き付け、腕を
ぎゅっと締めて肩に桜が縋り付いている。その身体を俺も抱きしめ、胸に触れ
る揺れる胸を、持ち上げた太股の手触りを、それに何よりも桜の胎内を感じな
がら、突き、それによって違う世界に至る洗礼を受けるように――

 セックスというか、これがセックスだというか、セックス以上の何かなのに、
それはセックスだとしか言い様がない。頭の中が、繋がらない。下向きに巡る
劣情の二重螺旋が解け、俺の中で絡み合う。

「いいっ、桜……ふ、ああ、ああっ、うう……ん、ああ……」
「先輩――先輩が奥に、上に……ひぃ、はぁ、私、そんなに、されたら……嬉
しい、先輩がこんなに私にどんどん、熱く、ぬるって、ぐって――先輩好き、
好きだから、もっと、もっと桜を――桜を………はぁっ、ああ……」

 体が軽く、激しく弾む。
 桜を本当に、腰だけでどんどん突き上げていた。ゆっさゆっさと桜の身体が
上下し、じゅぷりじゅぷりとペニスが桜の中に突き刺さる音が響き渡る。近所
中、だれも、みんな桜のあそこを俺が突きまくる音が聞こえるんじゃないかっ
て思うほどに。

 まるで尻を何かに蹴り上げられるような、激しい快感のヒート。
 ぐわっとより深く、長く、激しく桜を突く――俺に息が切れ、腕が桜を吹き
飛ばさないように逆に押さえ込んでいるようで。桜も髪を振り乱して、恍惚の
中で叫んでいる。

「いく、いくぞ桜――ああっあああっ、ああああああ!」

 俺は叫んでいた。叫ばないと駄目だった。膝を跳ね、桜の身体を弾ませ、ご
つごつと荒っぽいストロークと動きだったけど、それ以上に何もしようがなく、
みちみちた俺の中の欲望は圧縮されて今にも吹き上がりそうで。

 桜の身体も俺にしがみつき、時には悲鳴じみた声を上げながら――それは、
そうすることが誰かを喜ばせると知悉している、声の戯れだ。それ俺か、桜か、
それとも世にあるありとあらゆる何かに向けてか……

「いいっ、あんっ、先輩……いいのっ、先輩のがすごく、大きく、こんなに…
…ひっ、い、あっ、ああっ、私、私先輩に抱かれて、こんなに、こんなにいっ
ちゃいそうになってるのに、はぁっ、先輩、先輩――!」

 仰け反る桜。だが、ぐっと身体が起きあがる。
 そして、俺の耳元に――

 


 ――先輩も我慢しないでください

 


「……………………………………………………!!」

 どふっと、、精が弾けた。
 桜の言葉が俺の鍵を外し、溢れる。どんどん桜の中に射精し、どくどくとそ
の胎内を白い精液で満たしていく。胃から下がタンクになっていて、それが全
部精液に満ちて桜の中にまき散らすように、あっ、あっと俺は息を漏らしなが
ら。

「はぁ……せんぱい……せん……中に……う、はぁ、幸せ……温かい――」

 桜の切れ切れの声。何か、放心してしまって桜を押さえていた手を離す。
 桜は俺の首筋に抱きついたまま、暫く身体を痙攣させていた。肩に顔を埋め、
浅く荒い息を吐きながら。俺は桜の中に射精し、溢れさせ、そのままずるりと
桜の中からペニスが抜ける。

「はぁ、あ、は、は……………」

 爆発の前の瞬間に、またあの言葉を聞いてしまった。
 何も我慢していなかった。おれも、桜も、でもどうして桜はそんなことをま
たいったのか。口癖じゃない、俺の中の何かを確実に感じ取って、あの瞬間に
口にしたはずだ。

「はぁ――――先輩、ごぽごぽって……こんなに射精されちゃったら、私……
赤ちゃん出来ちゃうかも知れませんね、ふ、ふあ……」

 桜の言葉は幸せそうで、でも、そこが見えない。
 星空を見上げる。桜を抱きながら、何か、この空の下の行為に不安を覚える。
まだ、俺の中に何かが足りない。解けた螺旋が組上がらない。どこに、どうな
るのか。

「――――先輩?」

 桜がそう声を掛け、手をするりと離す。
 そして、後ろにふらりと二三歩下がる。抱かれた後の桜の身体はつやつやと
照り輝いていて、なんとも言えない色香を放っている。いや、熟した果実と囓
られた跡というか、なんというか……清らかなはずの外の風が、桜の薫りに染
められている。

 まだ、身体はその力を保っていた。股間はあれだけ出したのに、まだ硬く佇
立する。

「先輩……ね、ぇ、先輩――私」

 桜が両手を腰に伸ばす。それは、ぬたぬたに汚れ濡れた太股を撫で、指が下
から女性の丘に食い込むのが見える。秘裂にずぬ、と自分の指を立てる桜。
 俺が見守る前で、桜は……桜は。

「わたし、こんなに先輩のおちんちんにせいえきを注がれても、まだ欲しいっ
て……からだも、心も、せんぱいが欲しいんです、我慢できないんです、ほら
ぁ」

 指が、秘裂を割る。
 そこから、だぱり、と白い粘液が噴き出す。どぽりどぽり、だぱりだぱりと、
桜の中身は解けて漏れてきたんじゃないかって思うほどに。でも、アレは俺の
精で、あれほど注いだのに、まだ、そうだ、足りない。

指が外れ、どろっと白濁液で濡れた指が、桜の唇に運ばれる。
 まるで白い水飴をぬりたくったような桜の指。それを、あんなに、なぜ、美
味しそうにうっとりと桜はしゃぶるのか――

 ちゅぷり、と音を立てて。

 その味が、俺の喉に押し込められたように感じられた。俺の体液の筈なのに、
なんで、舌を溶かすほどに甘い。

「はぁ……おいしい……先輩の濃い、味がします、あ、あは……あ……」

 桜が、はぁ、と舌で唇を舐め、潤ったその唇から――

「だから先輩も――――――――――――――――」

 



                        ――――――――――先輩も我慢しないで

 


 カキンと乾いた音を立てて上がった撃鉄が、
 引きっぱなしの引き金でぱちんと落ちる。
 俺の中に用意された回路が、一斉に跳ね起き、
 それは、瞬きするまもなく俺の柵を断ち切った。

「さ――く――ら――!!」

 全ての星が、朝日のように燦然と輝く。
 桜の肢体に、精神に、存在には足りぬモノがなにもなく。
 俺の中の螺旋は、上向きに、無限に網み上がっていった。高く、高く、高く――

 その中、俺はもう一度桜を抱く。
 腕にある桜は、ほんとうに嬉しそうで、俺の意識は高く、高く、夜空の雲を
越え、星の天蓋を越え、月の頂を越え、ただ、螺旋の描くままに高く――


            §             § 

 ――どこまで高く上がったか、記憶がない。
 身体が力で爆発して四散して、ただ俺の剥き出しの魂が歓喜に木霊し、桜と
混じり合いながらどんどんと高く――いった、というのは何となく分かる。

 身体はやすらぎ、温かい。俺の手を優しく握る掌を感じる。
 両手でぎゅっと握りしめる小さな手。柔らかく、俺はそれをたぐり寄せて口
づけする。きめ細やかな肌に触れる唇が心地よい。まるで布団の中で同衾して
まどろんでいる……

「んぁ……」

 いや、訂正。本当に布団の中でうとうとと、眠りと目覚めの線を彷徨ってい
る。
 この状態の気持ちよさというのは筆舌に尽くしがたい。ただ、気持ちいいか
らと言って何時までも横になっていると、そのうち寝すぎで気分が悪くなるの
が難点だった。ふむ、一緒に寝ているのは桜か――と、薄目を開いて俺の手に
きゅっとしがみつくその手を見る。

 ――俺の記憶が正しければ、最後は庭にいたような気がしたんだけど。

「お目覚めですか?士郎」

 そう、優しい声が降り注いでくる。慈母の如く、とは言わないまでも年の離
れた姉のような声。枕元でこんな声で呼びかけてくるのは、藤ねえじゃない。
絶対違う、藤ねえの声がしたら次の瞬間には腹の上にダブルフットスタンプだ、
あれは死ねる。

 ……となると、同居中の彼女しか居ないわけで……ライダー――ライダー…
…あ。

「あ………」

 ああ、そうだ、昨日の夜ライダーも、あそこに一緒にいた。間違いない、忘
れかけてたけども見ていないはずはないんだから。

 そこまで思い当たると、俺の中に詰まっていた可燃性のガスが引火爆発する
みたいに……ら、ら、ライダーがいるということはっ!

「うわぁぁぁおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーー!」

 思わず叫び声が出る。それは怒っているのでも悲しみに吠え猛るのでもなく、
その、一言で言って、恥ずかしいから。叫ばないとかっくん、と沸き上がる羞
恥心に身体がおかしくなりそうで。
 だって、昨日一部始終を全部見ていたのはライダーなわけだから、お、俺も
そのぉぉぉうう!

 がばぁっ!と布団を蹴って飛び起き部屋の隅に逃げ込もうとして――

「し、まだ桜が眠っています、士郎」

 唇に指を重ねて、落ち着いた声でライダーは言う。
 長い髪を後ろに軽く束ね、眼鏡の顔を微かに微笑ませて俺を見下ろしている
ライダー。そういわれ、俺の心の中で弾け回るピンボールがすぽん、とホール
に落ちて静かになる。俺の左手には桜が抱きついていて――

 く、と呼吸まで止めて桜を見る。パジャマに着替えている彼女の寝顔はこっ
ちの胸がきゅ、とするほどに愛らしく、穏やかで、閉じた目蓋はまだ開いてい
ない。唇が紅く、肌の白さが布団の中で引き立っている。

 息を止めたままで、ライダーを見上げる。彼女は余裕の笑みを唇に浮かべ、
頷く。
 ……でも、次に何をしたらいいのかが分からないからずーっと息を止めてい
なくてはいけないような気がするんだけど。とりあえずは――

 もう一度、枕の上に頭を横たえる。それからもう一度考え直さないといけな
い。
 ……こうやって桜と一緒に寝ているのはどうしてなのか。俺と桜は最後が二
人とも裸で庭の上で抱き合っていたような気がして。あのときは桜も俺も普通
じゃなくて――

 ちらり、とライダーに視線を向ける。目で何か知ってるの?と尋ねる。
 彼女は僅かに肩を竦めた――ような気がした。聖杯戦争が終わってからの彼
女は、生真面目さがほどよく飄々とした味わいに変わってきている。そんな彼
女はぽん、と膝に手を着いて俺の要請を受けたのか、小声でしゃべり出す。

「昨晩は……全て見せて頂きました。士郎」
「…………………」

 あらためてそういわれると、あちゃぁ、という身の置き所のない恥ずかしさ
を感じる。布団の裾をもぞもぞと上げ、その中に隠れ込んでしまいたいような。
だって、俺の裸で桜と抱き合っていたり、庭で獣のように襲いかかったりする
のを見られたわけで、そう思うと居たたまれないと言うか何というか……

「…………見た?全部?その、良く覚えてないんだけど、俺、どれくらいした?」
「……都合三回ほどであったと思いますが、もっと多いかも知れません。残念
ながら私は直接の当事者ではなく観察者に過ぎないので」

 そんな赤裸々なことをしれっと口にするけども、ライダーに恥ずかしがる様
子がないのでこっちの方が二倍返しで恥ずかしくなる。しかし、最初の一回し
か覚えて無いというのは、あとの二回というのはなにをどうしたんだか……知
りたくもあり、知りたくも無し。

「桜の命でお二人を見守らせて頂きましたが……ですがその様態も私に視られ
て興奮する、というのが特段無かったようなのですこし残念ではありますが」
「…………あ、あう」

 ……微笑しながらそんなことをいうな、ライダー。

 美人に言われると布団の中に籾殻をばらまかれたみたいにむずむずぞわぞわ
するのに。確かにあのときがびっくりしたしどきどきもしたけども、桜の庭で
の姿を見てしまったあとは全然気にもならなかった。
 もっと別のこう、やり方があったのかも知れないけども……考えるだけ無駄
というか。いや、何を考えてるんだか、俺も。

「ですが、私があの場にいて結果良かったと思われます」
「はぁ……あ……なぜに……」
「お二人とも最後は泥まみれ液まみれで桜はあそこの松の木にもたれかかり、
士郎は池にはまっていたので、あのまま朝を迎えていたら、きっと大変なこと
になったでしょう。それにお二方とも、真夜中にあのように外で大声で叫び回
るのは宜しくない。近所両隣には上書きで夢を見させておきましたし、夜来に
はなぜか警察まで来たので適当にあしらっておきました」

 何でもなかったようにさらっとライダーは口にするけども、俺と桜のセック
スはどうもとんでもないことになっていたらしい。まぁ、庭であれほどやった
んだからとんでもないだろう、うん。ライダーが居て良かった。
 そうなると……

「じゃぁ、今の俺と桜も……」
「主の面倒を見るのも本来は異なるとはいえサーバントの務めですから、身体
を拭って着替えもさせて頂きました。朝になってあそこに――」

 ライダーが指さすのは、朝日に照らし出される庭の、大きな庭石。

「あの上に全裸で泥にまみれて冷え切って転がっているのは流石にお望みでは
ないでしょう。あなたも、桜も」
「…………すまない、その、迷惑掛けた」

 頬を掻きながら、そう答える。申し訳なさと恥ずかしさで穴があったら入り
たい気分だった。ライダーに迷惑を掛けていたかと思うと……でも、覆い隠し
た手の向こうに見るライダーの顔は、なにかを満足しているような笑いを浮か
べている。

 そんなライダーから目を反らす。あまりにも落ち着かれて余裕なので、顔を
合わせづらい。それで桜の顔を眺めてみた。昨晩の記憶では桜が服を纏ってい
た記憶がないが、ライダーの言うとおりパジャマを着せられている。

 ――あんなに、指をくわえて俺の精を舐め、美味しいといった妖艶な桜と
    このあどけない、寝顔の桜が同一の桜だとは信じられない。

「いや……違うな」

 口の中で呟いて、首を振る。あの桜とこの桜は一緒で、それが星と月の灯り
なのか、朝日に照らされているのか、それくらいの違いしかない、と。桜は桜
であって俺には掛け替えのない存在であり、それがどんな顔を見せてくれるの
かは些末に過ぎない。

「……士郎、気にしなくて結構です。あなたは桜の味方であり、桜がそれを望
む限りは私はあなたに尽力しましょう。もっとも――あの場に加わるのは桜に
妬かれそうで遠慮はしますが」

 ライダーは俺を慰めてくれ――るような声色で、とんでもないことを言う。
 思わず桜の顔を凝視する、ライダーの顔じゃない、起きて今の発言を桜が聞
いていないかどうかを確かめるという……喧嘩にはならなくても、ぎくしゃく
するのはいやだったし。

 思わずどもりながら尋ねてしまう。

「さ、さ、桜、起きてないよな?な?」
「ご安心ください、桜は眠っています――そうでなければこんな事は言いませ
ん」

 ……さらりとヒトを安心させるような、それはすなわち掌の上で踊っていま
したか?というようなことを言ってくるライダー。大人の落ち着きというか、
そもそも人が悪いんじゃないかと思うような、冷や汗とため息が同時に漏れる
存在。

「……まぁ、あれだ、今日は日曜かぁ……遅くなったけど朝飯つくらなきゃな
ぁ」
「私は結構ですから、二人でこのまま長寝なされては?」

 がそがそと頭を掻きながら呟くと、ライダーがそんなことを言ってくる。
 魅惑的な提案だったけども、ふる、と首を横に振って体を起こした。ぎし、
と背中とお尻の筋肉が強張っている――昨晩本当にどんな運動したんだか。

 ふぁ、と欠伸を漏らし、胸を掻く。

「いや、朝飯をたかりにくるのが居るからな。それまでライダーの手を煩わせ
たくない」
「……成る程、食事が絡む大河を相手にするのは骨が折れます。桜の事は私に
お任せください、朝食までには必ずお連れします」

 ああ、そいつはすまんな、と思って起きあがろうとすると――

 ぐいっと

 桜の手が俺をつかんだままだった。まるで赤子が母親の手にくっついて離れ
ないように、上げた腕にぷらー、とぶら下がっている。それもしっかりと、こ
れを外すのが気の毒になるような。俺はその桜の必死な手を眺め、そして……

「……ああ、まぁ、これは……忍びないなぁ」
「おやおや桜も……それほどに士郎の事が好きなのですか」
「……せんぱい……ふにゃ……せんぱい……」

 囁かれる桜の寝言。可愛らしくて、温かくて。
 俺は腕を下げると、桜の額に唇を寄せる。髪を上げてそっと唇で目覚めのキ
スを。

 外野のライダーがほぅ、と可笑しそうに笑っている。
 桜の目蓋が二度三度と瞬くと、俺の顔を至近距離で見つめて、くる。

「…………せんぱ……い……あ、あ、ああ……」
「おはよう、桜。先に起きて朝ご飯作ってくるから」

 目覚めた桜にもう一度唇を寄せ、手を離して立ち上がろうとすると……

「だっ、だだだっ、だめです先輩!」

 がしっと手を引かれ、俺は布団の中に引き戻される――な、なんで?

「なんでさ!?桜?」
「先輩、今日の朝食当番は私だから、先輩はのんびりこのまま朝寝坊しててく
ださい!」
「いや、でも桜も疲れてるだろ?昨日はあんなんだったし、俺の方が体力はあ
るはずだし」
「そんなことないです、私も元気溌剌です!だって先輩にあんなにして貰って――」

 なにかお互い目覚めた瞬間にすごいことを言い合ってる気がする。
 あんなこと、の瞬間にくわーっとピンクの雲が通り過ぎていった、ような気
がした。俺だけじゃなく、桜の上にも。

「……そうですね、私の見るところでは、桜の方が消耗が激しかったと思います」
「ら、ライダー?だって昨日は……あ……ああ、あん……」

 茶々のはいるライダーに桜はくって掛かろうとしたけども、彼女と目が合う
といやがおうにも昨日のことが思い出されてしまったようだった。その気持ち
は分かる、桜。俺も身悶えした。
 桜は俺の手を握ったまま、もぞもぞと布団の中に潜り込む――えーっと、穴
熊の冬眠?

「恥ずかしがることはありません、桜。私はあなたのサーヴァントなのですから」
「で、でも……ライダーは女の人で、私ったらライダーにあんなこと……や、
やだ、恥ずかしい……」
「そんなこと言ったら俺なんか男なのにライダーに素っ裸を見られちゃったん
だぞ、俺の立場なんか全くないじゃないか、だから恥ずかしがることないって」
「…………せ、先輩の、意地悪」

 ――ああ、ああもう。

 布団の中から涙目でそんなことを言われたら、俺がどうにかなる――
 昨晩の経験で閾値が低くなってる俺と、あんなにしたのに朝からギンギンな
のと、桜の潤んだ目が重なって……きゅるっと理性が回転しながら脳天から飛
んでいく。

 いかん、朝からなのに。いや、朝から我慢できない……

「桜ぁぁぁ!もうそんな朝から可愛いだなんてー!」
「先輩……ああんっ!もう朝からそんな……あん……」
「…………さて、これでは朝食はない模様ですね。私は大河のあしらい方でも
考えてきます。失礼」
「さ、く、らー!」

                                 
      《おしまい》



《あとがき》

 どうも、阿羅本です。400万ヒット記念……といいながら随分出すのが遅くなりましたが、
かくのごとくの18禁SSでございます。
 ……で、人気がないと端的に言われる可哀想な桜でSSというのはどういうことよ、と言われ
そうですが、みんなそんな凛とセイバーの3Pがステキなのか!ステキじゃないか!……いや
あれです、桜も可愛いんですよ?、十分にということを証明したかったSSです。

 ……可愛いじゃないですか、桜、といちいち言わなければいけないのが悔しいのですが(笑)

 ちなみにこのSSは「桜がどう書けばいいのか分からない」という葛藤の仲で桜の姿を
探るために書いていた作品であったりもします。実際、これ書くまで分からなかったんですよ
ね、桜のかわいさが……セイバーや凛に比べると、やはり。
 でも、桜には独特の《桜ロジック》が存在すると言うことを自分で書いて自分で納得すると
いう……桜は腹黒とかトラウマ女ではなく、言うなれば光の当て方を変えると正邪の光が
マーブル模様を描く、そんなわかりにくい聖女なのです……と主張してみる(笑)

 そのためSaintというタイトルを冠しました、私にしてはタイトル付けに悩まなかったなぁ(笑)

 これでああ、桜ってステキで綺麗だ、と思って頂ける方がいらっしゃれば有り難く。
 しかし、ちょろっとでていてライダーの方が魅惑的なのはなんなのだ、きっと「このバカップル
たのしそうだなー、私にもあんな時代があったなぁ、でも後始末大変だなぁ」とぼんやり眺めて
いたに違いありません、ええ、エチの最中なーんもしてないのがちょっと残念だったなぁ。

 最後のほのぼのオチは、もう阿羅本の第二の天性だと思って頂ければ(獏)

 でわでわ!!

                                2004/5/27 阿羅本 景