今年こそは

          阿羅本 景



 ――月の昇る、二月の夜。

「あのね、ライダー?」
 文机の前に座る少女が、振り返って尋ねる。
 緩やかなブラウスの上に淡い色のカーディガンを重ね着した、柔和な少女。髪を
触り、シャーペンのノッカーを微かに唇に触れていた。


「どうしました? サクラ」
 尋ね返すのは、目を引く紫の長髪の美女だった。黒いドレスでも身にすれば夜の
世界を恣にする美姫のよう――でもあるが、ジーンズにセーターと素っ気ない恰好
に、眼鏡を乗せている。
 その向こうの、異形の虹彩が尋ねている。

「チョコレート、買った?」
「……何回目でしょう、今日そのことを尋ねたのは」
 ライダーは僅かに困惑するように答える。
 そうだったかしら、と小首を傾げる桜。椅子を回して床の上に本を積むライダー
に振り向く。


「だって、町中がみんなバレンタインだから、ライダーもやっぱり気になる男の人
がいるのかな、なんて」
「気にならないわけではありませんが……どうなのでしょう? 彼は私からそのよ
うなものを貰って喜ぶのでしょうか?」
 ライダーの返答は、どこか素っ気なくも響く。
 だが、桜にはその奥にある、かすかな迷いと遠慮を感じ取っていた。主に自分に
対しての――桜は仕方なさそうな笑いを唇に含む。

「先輩だって、ライダーくらい綺麗な女の人からチョコレートを貰えば喜ぶに決ま
ってるから」
「そうでしょうか? それでしたらサクラ、貴女がまず先に士郎にチョコレートを
プレゼントすべきだと……言うまでもありませんが」
 ライダーの言葉に、そうよね……と髪を触り続けて呟く桜。椅子の上を小刻みに
回っているのは、その言葉に落ち着きを失ったような動きだった。

「もちろん、サクラも士郎にプレゼントするのですよね」
「それはもちろん……でも、今年はライバルが多いから……どうしようかな、って」
「ライバルというからにはタイガではないでしょうね、そうなるとリンですか、な
るほど……」
 リン――遠坂凛の名前が出ると、桜は僅かに瞳を曇らせる桜。姉であり、自分を
救ってくれた恩人であるが、やはり意識せずには居られない運命の相手。


「――去年は、チョコレート上げられなかったな、って」
「そうですね、あの時はかの聖杯戦争の最中でしたから――そう思えば、一年とい
う時間は短いものです」
 桜がすこし残念そうに呟くと、ライダーも感慨深げに眼鏡を傾けて頷く。そう、
少女と従者が数奇な戦いの中にあったのはおなじ二月の冬の最中のこと。


「一昨年は先輩にチョコレートあげたら、これは義理だよな、でもさんきゅって…
…藤村先生は本命! あたしのチョコはいつも本命ー! ってドタバタしてました
けど、あの時はああ、この人達っていい人たちだなって」
「……そう、なのですか?」
「うん、だけど今年は絶対姉さんも……先輩にチョコあげるからなぁ――」
 桜はシャーペンを置くと、膝の上に手を合わせる。指が絡んで、僅かに力を込め
て握られた。


「サクラ? 今日、たくさんチョコを買って来たのではないですか? あれに当然
士郎の分が……」
「あ、それはねライダー、弓道部の男の子達にって。美綴先輩も男の子に一通り上
げてて、これは弓道部の女の子筆頭の義務だぞ、って」
 指摘におかしそうに笑ってみせる桜。
 緊張が緩んだ様子に、ライダーは静かに安堵の息を漏らす。手にした文庫のペー
ジを一つ、めくる。


「女の子みんなのカンパで、男の子達にプレゼント」
「そういう風習でしたか……なるほど、士郎一人にあげるにはずいぶん多すぎると
危ぶんでいたのですが」
「あ、あれ全部あげたら先輩は胸灼け起こしちゃうかなーって……」
 同じ屋根の下に住んでいる、憧れの先輩――いや、今は同級生となった彼を地平
線の彼方に求めるような目をする桜。
 今、この時も彼は何をしているのだろうか、と瞳を細める。ライダーは桜の横顔
を眺め、また一つページをめくった。

 ペラ、という音が静寂を破る。

「もちろん、先輩の分もあるんだけど……」
「上げるのでしょう? サクラ?」
「うん――でも、先輩は喜んでくれるかな、って……ライダーが上げるほどに喜ん
でくれればいいな、って」
 酷く惑い、ふらつくような言葉だった。
 膝の上に組んだ手が、固く握りしめられる。親指がきゅっと人差し指の根本を抑
えつけ、膝元で震える。


「わたし……先輩にすごく、迷惑を掛けちゃったし……先輩は好きだって言ってく
れて、あんなにしてくれたのに……先輩にわたしが何も出来てないのに、チョコを
上げてずっと好きです、っていうのが……その」
「――――――」
 ライダーは文庫に目を向けたまま、聞いていた。
 親身に向かい合わなくても、その心は彼女には分かる。一心同体に近い、魂にモ
アレ縞の出来るような歪みすらも共にする彼女だからこそ、敢えて瞳を合わせなか
った。


「――――上げなければ、後悔するでしょう」
「そう、よね……ライダーもそう思う?」
「私も誰に上げる予定も無かったのですが、サクラが士郎にあげるというのなら、
私も士郎にプレゼントすることを考えましょう」
 また一つページをめくりながら、ライダーは答える。
 床の上の長い髪と、それを結ぶリボンに目線を上げた桜が見る。そして涼やかに
微笑むライダーの顔を、じっと不思議そうに見つめた。

「え……それって、どういう?」
「私が士郎にあげた時に、サクラが士郎にあげる時より喜ぶかどうか、反応に興味
が出て来ました。ですので是非ともサクラは士郎にバレンタインデーは、よろしく
お願いします」
 呆気にとられて、桜はライダーを眺め続けた。
 ペラ、とまたページがめくられる音がする。

 それが、ライダーによる激励の言葉だと分かるまでに何ページ、めくられたのか
桜は数えて居なかった。素直に励まさないライダーだったが、素っ気ない顔の奥に
ある優しいものが、桜にはわかる。

「もう一つ言うのでしたら、サクラ?」
「うん、なに?」
「私はサクラが士郎にあげる方が、リンが彼にあげる時より喜ぶと思います――そ
れが果たしてどうなるか、私の興味のあるところです」

 ふっと、からかうように笑うライダー。
 だがそれを訊く桜の肩から、ゆっくりと緊張がほぐれる。椅子から立ち上がると、
床のライダーの横に並んで座る桜。


「姉さんには負けられない、か……うん!」
 ぱん、と手を叩いて笑う桜。
 大輪の花の蕾が綻ぶような笑いにライダーも見入り、間近にいる主に頷きを返し
た。

「私にも負けないでください、サクラ」
「もちろん! 明日は色々忙しそうね、わたしもライダーも、一番大変なのは先輩
かな……ふふふ」
 さざめくように笑うと、軽やかに立ち上がる
 スカートが風に舞うように、ふわりと流れて波打った。


        §        §


「さて、と――――」
 紙袋の中を覗く桜が、頷く。
 弓道部の男子にチョコを配り終わるまで、随分な時間を経過してしまった。今日
この日ばかりは欠席がちの部員まで弓道場に集まっていた。

 盛況盛況、さすが二年一の美女・間桐の手からになると違うねぇー、と暢気な感
想を漏らす美綴には笑って応えていたが、箱の一番底にあるチョコレートのことだ
けは誰にも話してなかった。

 弓道場の中に、一人座っている桜。
 夕陽が明け放たれた射座から注ぎ込む。低い陽と、冷たい風。ずっと居ると風邪
を引きそうなところだったが、桜は人を待っていた。

「…………サクラ」
 空気を僅かに動かす、声。
 放心していたように神棚を眺めていた桜が、声の方向を向く。通路の柱の影に隠
れるように、背の高い女性の姿がある。


「あ、ライダー? 先輩はどこに?」
「まだ校内です。生徒会長のリュウドウからいろいろ言いつけられて修理をしてい
るようで――」
 眼鏡を微かに夕陽に光らせ、笑っているライダー。
 紫の髪が、寒風に揺られて動く。

「今日は朝練だったし、先輩にはまだちゃんと……ライダー、姉さんが先輩にチョ
コレートをあげたところ、見たかな?」
「残念ながら、朝方の喧噪では私が忍んで見守るのも難しかったもので……ですが、
昼過ぎに士郎の姿を見ました」
 士郎の監視のような事をしていたライダーが、肩を微かにゆすって笑う。その様
子を見て、サクラも静かに微笑んでいる。


「かなり困った顔をしていました。きっとお返しのホワイトデーにさぞ難しい問題
を突きつけられたのでしょう」
「あはは、姉さんらしい……先輩も姉さんに一体どうしたらいいのか分からなくて
困ってるのかな」
 桜は袋と鞄を持つと、立ち上がる。
 ライダーもまた、軽い足取りで桜の後に続く。

「どうするのですか? 士郎を助けるのですか?」
「ん……でも、姉さんが先輩を困らせるのって、それも姉さん流の愛情表現みたい
なものなのかなって――わたしが横からこうしたほうがいいですよ、って言ったら
きっと」
 下足箱から靴を取り出す桜。
 言葉を切って、革靴に脚を通す。ライダーが差し出した靴べらを受け取って履く
と、とんとんとつま先を着いて整える。
 靴を揃えると、桜は僅かに唇を噛んで笑う。


「姉さんが余計な真似をしないでって、機嫌を損ねちゃいそうで。だから、わたし
からは何もしてあげられません」
「……薄情なようですが、私も同じ意見ですね。リンほどの女性からチョコレート
を貰うのでしたら、それくらいの試練はあって然るべきでしょう」
 涼しい顔で、コメントを述べるライダー。瞳には面白いことになった、という色
が浮かんでいる。


「さて、私はまた後ほど。士郎は二階の視聴覚室で設備を修理中です」
「ありがとう、あ、ライダーもあとで先輩にあげた時のこと、教えてね?」
「――――はい」
 桜はそう言うと、二人は別の方向に歩き出す。振り返ってライダーが、遠ざかる
主を見る。
 リボンが弾んで揺れる――

「それでは良い結果を祈っています、サクラ」
「うん! いってきます、ライダー!」


        §        §


 暮色に闇の気配を含み、ガラスの窓に濁って部屋に注ぐ。誰もいない教室は埃の
被った器のように、不思議に古びて感じる。

 その中に立つ脚立。
 学生服の少年が、天井のパネルを外してこぼれ落ちるケーブルと格闘していた。
額に汗し、頬に埃の跡を残す彼は負けん気を天井に向かってぶつけていた。


「ああもう、映像機器ってヤツはどうしてこんなに変なもんが――これで駄目だっ
たらサービスマン呼ばなきゃな。素人が弄るなとか言われると……」
「あの、衛宮せ――衛宮さん?」
 躊躇いがちな声を聞いて、衛宮士郎は天井から視線を下ろす。視聴覚室の戸口に、
見慣れた優しい少女の姿を見いだしていた。

「あ、桜? よくここが分かったな」
「衛宮さんがまだ修理してるって聞いて……あの、お時間掛かりますか?」
 士郎は天井のケーブルと、鞄と紙袋を持った下校の途中とおぼしい桜を交互に見
つめる。手にしたプライヤーでこんこん、とパネルを叩いて考える。

「あと三十分掛けて直らなかったら、プロを呼ばなきゃ駄目だ。どの辺が駄目なの
か分かってるのに直せないのは残念だけど――」
「あの……じゃ、じゃあわたし、校門で待ってますから、衛宮さんが終わったら」
「――二人っきりの時は先輩、でいいよ。エミヤさん、って桜に呼ばれると、やっ
ぱりまだむずむずする」
 鼻を掻いて困った笑いを浮かべると、士郎が脚立から下りてくる。


「じゃ、先輩――お仕事頑張ってください」
「あの、さ――桜?」
 リノリウムの床に下りた士郎が尋ねる。
 身を翻して戸口から去ろうとした桜は、動きを止めて士郎にゆっくり振り向く。

「……あ、いや、なんでもない。遠坂から妙なもの貰ったからちょっとヘンなこと
考えてただけで」
「バレンタインのチョコですか?」
「……………」
 すぐに応える桜に、士郎は口を閉ざして目を彷徨わせる。まずいことを喋った、
という焦りの顔色がどうしても隠せない。


「一昨年は桜からも貰ったけど、去年は……いろいろあったからな。今年は……そ
んなの俺から言い出しちゃ駄目なんだろうけど」
「……………………」
 桜は、顎を引いて士郎の顔を眺める。
 瞳には疑いは無かったが、奇妙な沈黙を呼ばずにいられないような戸惑いが宿っ
ている。瞬きの少ない桜の視線に士郎も、立ち尽くす。

「……今日は色々、桜も弓道部の部長で忙しかったようだから。これもすぐに終わ
るから、その後でいろいろ話が出来たら……ああ、俺はチョコくれってせびってる
訳じゃないぞ?」
 慌てて手を振り、桜にみっともない姿を見せてしまう士郎。慌てて手をふらふら
と舞わせたり、頬に着いた埃を拭ったりと忙しない。


「……遠坂まで件のチョコをくれるからな、一体今年はどうなっちまったんだって。
でもな、桜?」
「――はい、先輩?」
「もし、桜が俺のことを好きなら……チョコが欲しい」

 士郎が、まるで唇から重い個体を吐き出すように言う。
 桜は顔を上げて、魂を奪われたような瞳で士郎のことを見つめていた。
 桜の唇は、士郎の言葉を虚ろに繰り返し、刻む。


「って、結局せびってるじゃないか……えーっと、俺は桜が好きなのはもう言うま
でもないことだけど、桜も俺が好きならやっぱりチョコが欲しいなと、人並みの希
望を抱いてみたりもしたわけで」
 士郎は髪を掻きながら、続かない話を無理矢理長引かせるように喋り続ける。そ
んな唇から泡を飛ばしそうな士郎を、桜はじっと見つめている。

「昔も貰ったけど、あの時のチョコと今日のチョコは重みが違う、だから……あー、
なんかくれることを前提にしてるな、持ってなくてもいい、俺は桜が好きなんだか
ら、チョコでどうこうって訳じゃなくてそれは」
「――もちろん、先輩へのチョコはあります」
 ほつり、と桜が口にする。

 まるで呪文のように、視聴覚室の音が無くなる。
 言葉を失った少年と少女は、瞳を見つめ合う。

「わたしも、先輩が好きで……好きだから、一番最後に、先輩のチョコだけは別で、
受け取ってほしくて……だから、こうして先輩を探してて……あの、あとで決心し
て先輩にあげようって思ってて、でも!」
 桜は一歩、士郎に近づく。
 士郎もまた、吸い寄せられるように桜に。
 二人の間の空気が、二人の思いを隔てる。だからその隔てがもどかしいように―



「でも、先輩がそう思ってくれるのなら、わたし――わたしも、先輩が好きだから、
チョコを貰ってくれると――うれしいです、すごく、すごく……」
 脚が縺れるように、倒れるように歩く桜。
 今にも泣き出しそうな、一杯になった感情が入れ物の縁を乗り越えそうになった
瞳。
 そんな桜を、掛けよって抱きしめる少年の腕。


「――桜」
「先輩……先輩も、わたしのことを好きで……よかったです、ちゃんと、先輩も欲
しいって思ってくれたから……」
 肩に、額を押しつける桜。
 髪の香りが、士郎の埃と汗の香りの中に混じる。
 鞄がとん、と床に落ちる。白い手が袋の中から、一つだけ綺麗にリボンに包まれ
た箱を取り出す。

「これ……貰ってください、先輩」
「――――――桜、ありがとう」
 桜の細い指と、士郎の厳つい指が重なる。
 間に握られた箱よりも、その手の感触が、抱き合うお互いの身体の温もりの方が
大事に思えるほどに……


「……先輩……」
「桜――桜、おれも……」
 顔を上げる桜。見下ろす士郎。
 二人の瞳と瞳、唇と唇が近づいていって――


「…………コホン」


 わざとらしい咳が一つ、鳴り響いた。
 その瞬間、まるで磁石の極が逆転したように二人は飛び退き、驚愕に見開いた瞳
で当たりを探る。

「……扉を開けっ放しで、不用心ですよ、サクラ」
「ら、ライダー!?」
「………………驚かせるな……」
 士郎がその場で、へたり込みそうに俯いた。
 戸口にはどこか面白いモノを見た、とおかしそうな瞳をした紫の髪の美女が立っ
ている。軽く扉の縁に背を預け、眼鏡の奥で笑っている――


「少々気になって、私も後を追って参りました。お熱いところをお邪魔して申し訳
ない」
「も、もうライダーったら、良いところだったのに……」
 拗ねて恨むように唇を尖らせる桜に、これはどうしようもなかったのです、と言
いたそうに眉根を寄せるライダー。

「リュウドウ会長がこちらに向かっています。まさか二人で抱き合ってキスしてい
るところに同席させる訳にもいかないでしょう?」
「……あ………あ、そうなの?」
「え? 一成が……あーそうだ、鍵を俺が持ってるからか……すまないな、ライダー。
学校来てたんだ」
「ええ、お渡しするものがありまして」

 ライダーは大股で戸口から二人の元に来る。人が来る、ということで僅かに焦っ
ている桜の前で、悠々とポケットから取り出して、渡すライダー。

「………これ、は、その、ライダーも?」
 士郎はむき出しのままのチョコレートを手に、一瞬呆然としていた。なんでブラ
ックチョコレートを、ギフト包装も無しで? と疑問に渦巻く瞳。


「甘いチョコレートはサクラからどうぞ。私がお似合いなのは苦い味わいの物です
から」
「そ、そうなのか……さ……さんきゅ」
「サクラ? やっぱり私よりもサクラがチョコレートを上げた方が喜ぶでしょう?」
 困惑した士郎を示して、笑うライダー。
 ぷー、と桜は頬を膨らまして不満そうに見上げる。


「駄目じゃないライダー、もっとバレンタインのチョコは気持ちを込めて贈らない
と、先輩だって困ってるじゃない。これじゃやっぱり……」
「これが私の気持ちでもあるのですが……やはり、先程のサクラのように抱きつい
て渡したりすれば、士郎が困ってしまうでしょう」
「う…………いや、そ、そうでもないぞ?」
 両手にチョコを持ちながら、困惑の態で呻く士郎。
 桜はじろーっと、どこかとばっちりのような視線を士郎に向ける。拗ねてるな、
と士郎が見たが……

「そうですよねー、ライダーって美人だから先輩も抱きつかれたら、胸とか多いい
しきっと……」
「桜だって大きいし! あ、というか胸の大小じゃなくて、俺が好きなのは桜であ
ってライダーは」
「私が嫌いなのですか、せっかくチョコを贈ったのにつれないお言葉で」
 左右から隙あらば飛んでくる桜とライダーの言葉に士郎は呻く。いったいどうし
て急転直下でこんな事に? と半分悲鳴のように――


「と、とにかく一成が来るんだろう、二人とも、はやくその!」
「あ、そうですねライダーが……じゃ、じゃあ先輩、チョコ貰って頂きありがとう
ございます! あとで、校門で待ってますから!」
「私も退散致します、それでは――」

 桜が、ライダーが相次いで戸口から出て行く。
 両手にチョコを二つ持った少年は、止めていた息を長く吐く。はぁぁ、と長く吐
かれた息がどこか溜息めいていたが、すぐに瞳を上げる。

「……そうだよな、好きな以上は俺も立派にならなきゃな……って、まだこいつが
終わってなかったな」
 学生服のポケットに、チョコを収める。
 その想いの重さを確かめるように、士郎は最後に一つその上をそっと撫でた。手
の平に、籠もった思いの甘さが染みてくるようで――


「あと三十分で終わらせますか――」

《fin》