慣れ知った気配を感じて振り向くと火炎と煙の向こうに彼女がいた。
数百年ぶりに再会した白き月姫は、しかし一片の変遷なくそこに佇んでいた。
その姿は高潔にて秀麗、燃え崩れる街の炎に浮かび上がり一層鮮麗さを増し
ていた。それは私の記憶にある彼女そのものだった。
彼女が顔を上げると空間はピタリと音すらも制止したかのように静寂になる。
そしてその凛然とした中、彼女の金色に輝く双眼は真っ直ぐに私を捕らえた。
私の目が彼女の目と合った瞬間、得体の知れない衝撃が私の全身を貫いていった――――
「月満つれば」
作:秋月風鈴
閃光が空間を裂いた。一瞬の後に爆裂と轟音。私の放ったそれは彼女に掠る
こともなく地上の家々を粉砕した。
闇夜に迫る白い影。体勢を立て直しつつ第二十七・二十八番目の衝撃波を放
つ。そんな牽制交じりの攻撃などモノともせず彼女は私との距離を縮めてきた。
さらに攻撃を続ける。フェイントや目晦ましの後、広範囲法術を重ねて彼女の
行動範囲を狭めていく。攻撃の合間に中空に策動した呪縛結界に追い込めよう
とするのだが、しかしアッサリと突破されさらに彼女との距離は縮められていく。
闇と同じ色のケープを翻しながら、私は後退しつつさらに挟撃を加えた。彼
女はそれをかわしてなおも迫り来る。そんな彼女はまだ私にただ一度の攻撃も
繰り出してはいなかった。
私は激しく動揺していた。
私の攻撃が何一つ当たらず彼女に追い詰められていることではない。
こんな攻撃はまだまだ序の口だ。戦いは始まったばかりだし、これまでの戦
闘は概ね予想の範疇にある。この身体――――エレイシアの能力はこんなもの
ではない。
十七度目の転生をして得られたこの身体は素晴らしい天稟の才能に恵まれて
いた。初代ロア、すなわちオリジナルの私と同等かそれ以上に。この身体と十
七度の転生の記憶さえあれば、今世こそはあの世界と同意とまで言われた真祖
の姫――アルクェイド・ブリュンスタッド――を滅ぼすことさえ可能と思われた。
八百年前に私の純潔を奪った憎きこの女を。
しかし、私のそんな想いとは裏腹に頭の奥底でそれを否定し続ける何かがあっ
た。その奇妙な感覚は先ほど彼女の目を見た時からずっと続いており今なお続
いていた。
初めはそれが彼女の魔眼の持つ能力だと思っていた。しかし今さら私に魔眼
など通用しない。では一体何が原因なのか。それはこの十七回の転生では持ち
得なかった感覚だった。
今回の転生体は今までと何が違うのか。それがこの違和感を払拭する鍵と思
われた。しかし私にはそれが何かを思い当たる節はまったくなかった。それが
私の動揺を生む原因だった。
不意に視界の中の彼女が白い残像へと変わる。瞬間的に気温が激減し大気そ
のものが振動を始めた。
――――空想具現化か。
近距離まで詰めてからの必殺の一撃。自然・世界の触媒である精霊種のみが
使えるという世界と一体化し自然そのものを武器する彼等最大の攻撃方法。堕
ちて人類の敵となった真祖の王たちがこの技を使う彼女の前に次々と塵へと返
されていったという。
――――しかし慌てる必要はない。
そんな古典的な攻撃は蛮人には通用したかもしれないが、もはや私にとって
脅威ではない。
空想具現化の最大の欠点は相手に対して直接攻撃することが出来ない点にある。
今回の場合のように大気を利用した攻撃の場合、その伝達する大気そのもの
を断ってやればその時点で攻撃は途絶えてしまう。簡単な理屈だ。
私は彼女に向かいその前方の大気中に高電圧をかけ周りの空間を真空状態にした。
不可視の刃と真空の壁が触れ合った瞬間、ギシリと空間が歪んだ。
派手な爆発などとは違い真空状態で音は伝達しない。少量の放電を残しつつ
アッサリと無音でそれらは消滅した。
空想具現化を無力化することに成功した私は自分の理論が正しかったことに
満足した。
アルクェイドの必殺の攻撃を防いでいい気になっていたのだろう。気が付く
と彼女は私のすぐ真横まで接近していた。その金色の眼に殺意が走る。
「空想具現化を囮に使ったというのですか!」
私は慌てて後方へと回避し、魔力塊を可能な限り出現させ彼女に向けて解き
放った。
生まれ出た破壊因子は百を超える。
だが、それらは全て虚しく漆黒の空へと消えていった。
私が見ることが出来たのは彼女の残像だけだった。初めて私の心に焦りが生
じる。瞬速で私の背中に回りこんだ彼女は、そのままその右腕を私の心臓めが
けて突き出した。私はその速度に対応することも出来ず、なす術もないまま彼
女の一撃を待った。
…………何が起こったのか一瞬彼女は理解できなかっただろう。
彼女の右手は私の身体に触れる直前で硬直していた。
右手だけではない。彼女は右腕を突き出したままの姿勢で蝋人形のように固
まっていた。
振り返って彼女を瞥見する。
その端麗な顔は驚きと怒りの表情を浮かべていた。
「こんなこともあろうかと背中に呪縛結界を貼り付けておいたの。気付かなかっ
たかしら?」
言いながら今度はじっくりと彼女の顔を細見する。彼女の眼は真っ直ぐにこ
ちらを見つめ深い殺意に満ちていた。だが私はもうそれを怖いと思うことはな
かった。
ゆっくりと地上へ降りながら、更に彼女に幾重にも結界を施す。足の爪先か
ら手の小指一本に至るまでじっくりと丹念に封じ込める。やがて彼女の身体機
能は完璧に私のものになった。そう心臓の鼓動でさえも。
「見目麗しき真祖の姫、先ずは数百年ぶりの再会に随喜の祝杯をあげましょう
か。それとも感泣の涙を流して抱き合います?」
そう言いながら仰向けに寝ているアルクェイドの口と喉の封印を緩めた。よ
うやく彼女とゆっくり話しが出来るのだ。八百年前に一度だけ聞いた彼女の声
を思い出し、もう一度それを聞きたいと思った。
だが彼女は何も答えなかった。ただ金色から真紅に戻った双眸で静かに私を
睨み上げるだけだった。
わたしはアルクェイドのその態度に別段腹を立てることもなかった。
既に彼女の身体は私の支配化にあるのだから。
私は立て膝を付き、彼女のその白い首筋に指を当て静かに撫でた。
真祖から血を受けた私が逆に真祖の血を吸うとどうなるのか。それは興味深
いところだったが、今はその白い首筋に牙を立てることよりも、ただ舌を這わ
せて舐め上げたい衝動に駆られていた。
――――ドクン。
不意に鼓動が大きく波打つ。拘束されたアルクェイドを前にしたためだろう
か。私の中で今まで存在しなかった感情が蠢いた。それは次第に大きくなって
ゆく。横たわるアルクェイドの白い肌を食い入るように見つめながら、私は私
の中に生まれたその欲求に静かに従うことに決めた。
「怖い顔ね。けれどもうそんな顔はさせないわ。貴女は今から私の人形になる
の。可愛い忠実な僕のようにね」
クスリ、と口の端を上げて笑う。そんな私の態度にアルクェイドの瞳がまた
もや金色に染まっていった。
「ふざけるでない! どちらが主で僕なのか身の程を知れ。この不埒者が!」
ようやく彼女の声を聞くことが出来た。その声は昔と変わらぬ高貴さと気品
に満ちていた。
「身の程を知るのは貴女のほうですよ、アルクェイド・ブリュンスタッド。こ
の世界はいつまでも貴女を中心に廻りはしない。……大体、そんな状態で何が
できるというのです?」
「……このような戒めなど我が力の前では無力と知るがよい。貴様ごときに我
を束縛出来るなどとは付け上がった思いと知らせてやろうぞ」
「では、見事その戒めから抜け出てもらいましょう……尤もそれまで貴女が正
気でいられるかどうか保証できませんけれどね」
そう言って力ある言葉を紡ぎ上げた。両手はアルクェイドの身体をまさぐり、
その手のひらから肌を通して彼女の内部に呪力を浸透させていった。
「づぅ……っ!」
身体の内部が変質しているのが分かるのだろう。アルクェイドは苦悶に満ち
た表情を浮かべ始め、必死にその不快さに耐えようとしていた。
――――大丈夫。痛いのは初めだけ。すぐに良くなります。
アルクェイドの身体は人間にそっくりだった。彼女は精霊種でありながらも
そうなるように真祖の老人達に造られたらしい。なぜそのような構造にしたの
かは知らないが、今の彼女にとってこのことは致命的だった。
私は遥か昔から人間の内部について知り尽くしていた。肉体から魂に至るま
で全てを。所詮は人間の構造などある特定の法則に従って作られれている。神
経の伝達する仕組みや脳内物質の分泌の仕方など、どの個体を見てもその基本
的な働きはそう違いはしない。アルクェイドも人間に酷似して造られていると
いうなら、そんな彼女を好きなように改造するなど私にとっては造作も無いこ
とだった。
ビクン!と彼女の中で何かが弾けた。私は私の仕事を終え、その成果を見る
ためにゆっくりと生まれ変わった彼女を見下ろす。
「気分はどうです? 別に痛みは無いはずだけど」
アルクェイドは私の質問には答えずに、ただ困惑の表情を浮かべるだけだった。
「どうしました? 言語中枢を弄ったわけじゃないから言葉は話せるはずだけど」
「……貴様、私に何をした」
睨み上げる彼女に対して、満足げに私は微笑んで答えた。
「貴女の吸血衝動を性欲衝動に置き換えただけですよ。良かったですね。これ
でもう血を吸わなくて済むのですから」
「なっ!」
「……その替わりに、精を求めるようになりますけどね。まぁ、同じ堕ちるな
らその方が女として幸せってものです。感謝して下さいね?」
ギリッ。
アルクェイドに今までにない激しい怒りが生まれる。先ほどから金色に染ま
りっぱなしの彼女の瞳がさらに色濃く燃え上がる。だがいくら怒りを露にして
も、魔眼の力を酷使してももはや無駄な抵抗でしかなかった。逆にそんな抵抗
しかできない彼女に対して軽侮の念を感じた。
「心配しなくて結構ですよ。すぐに自分に素直になれますから」
そういって私は自分のケープの前をはだけた。まず、大きく湾曲した白い胸
が露になる。ケープの下には他の衣類は何も纏っていなかった。そんな必要は
なかったからだ。目線を下に移すと下腹部には脈打った男根が空へ向かって反
り立っていた。自分の身体を少しロア寄りにしたのだ。
この体は間違いなく生まれたときから女性のそれだった。だが覚醒したこと
でこのような芸当もできるようになった。覚醒前は処女だったこの体だが、覚
醒後に男女の両性器で痴態に戯れたことは百や二百ではなかった。
「さぁ、記念すべき最初の一本目ですよ。あーんして下さいね」
抗う術のないアルクェイドを寝かせたまま、彼女の口の周りを制御下に置く。
静かに口を開かせると腰を落としゆっくりと股に生えた陰茎を彼女の口の中に
沈めた。
ぬるりと暖かな感触が肉棒へ絡まる。開いていた彼女の口を少し締めると亀
頭の先からカリ首の付け根あたりまで彼女の湿った舌がぴたりと吸い付いてきた。
「はあぁぁぁぁぁ……」
……なんて快感。思わず感嘆の溜め息を漏らす。
ただ口の中に入れただけなのに、今まで経験してきた全ての行為を凌駕すほ
どの快楽が脳を駆け巡った。まるで快楽中枢を直接刺激されたような感覚。い
や、剥き出しの中枢を舐め上げられたとしてもこれほどの刺激を得られること
はないだろう。バケツ一杯の脳内麻薬を直接投与されたような、信じられぬほ
ど純粋な快楽の塊が私に襲い掛かった。
ふと見ると、アルクェイドの目も虚ろに空を漂っていた。先ほどまでの怒り
はどこへ消えたのか、その瞳から輝きは失せ、ただの悦に黒く澱んでいた。
彼女の顔は朱に染まり、動悸も激しく大きく胸を上下させていた。
吸血衝動から欲求衝動へと身体を変質させられた所為だろう。この八百年間
必死に耐えていたそれはこんな小さな刺激で簡単にタガが外れてしまった。
彼女の呼吸は次第に荒くなり、鼻からの吐息は私の陰茎を柔らかく刺激した。
うっ。
ピクンと動いた拍子に私のソレは彼女の舌の上を滑る。それだけでもう射精
してしまいそうな快楽だった。
その感覚は彼女も同じだったのだろう。ビクリと腰を持ち上げて悦楽にただ
身を任せていた。
これは長く持ちそうも無い。
そう思った私は、彼女の口を窄めてよりきつくサオの部分を締め上げた。
ぎゅっと絞られる感触に湧き上がってくる衝動を必死に抑える。ゆっくりと
腰を上げカリ首が彼女の唇の位置に来るまで持ち上げた。陰茎がズリズリと
引きずられる感覚に頭が真っ白になっていく。だがそれすらも必死に耐えて、
今度は一気に腰を落とした。
「ぶぐぅっ!」
はぁぁぁぁっ……!
再び男根がアルクェイドの口内深くに埋まり、彼女の喉元まで亀頭の先端が
滑り込んだ。快楽に腰が震え射精感が抑えきれなくなる。ソレはもうギチギチ
に堅く、血管はドクドクと波打って今にも爆ぜてしまいそうだった。
しばらくの間そのままの状態で快楽の波が収まるのを待つ。そして一息つい
てから再び腰をゆっくりと持ち上げた。唇の擦れる感触を味わっていると、不
意にアルクェイドの舌先が彼女の口内で私の裏筋を舐め上げた。別の感触を受
けて一気に膨れ上がる射精衝動。今度はもう耐えられそうも無かった。
私は手早く先ほどの位置まで腰を上げると、再度逸物を口の中へと一気に押
し込んだ。
びゅくびゅくぅっ!!
ふぁぁぁぁぁぁぁぁ……。
びゅくっ! びゅくっ! びゅくっ!
はふぅぅぅぅぅぅ……。
視界が真っ白に染まっていく。
精管を震わせながら、白濁した液が陰茎の先から噴出していく。堅くなった
その部分はまるでポンプのように幾度となく射精し続けた。
「んぅ! うぐぅ、くっ!」
息苦しそうにアルクェイドは喘ぐ。だが私はその私自身を深く突き刺したま
ま余韻に浸っていた。
彼女の口の中で精液が融け歯茎や舌に絡み合う。やや粘り気のあるその液体
は口内を蹂躙していた。
やがてそれは彼女の唾液と溶け合い、静かに舌や粘膜・喉から体内に吸収さ
れていく。
「う……ん、くぅ……」
私の逸物を咥えたまま、喉を鳴らして精液を飲み込んでいくアルクェイド。
初めは辛そうに、ゆっくりと、だがやがてぴちゃぴちゃと音を立てて愛おしそ
うに陰茎をしゃぶり、先っぽの尿道口に唇をあて、最後の一滴まで精を吸い付
くそうとしていた。
すでに彼女の肩から上の拘束は解いている。今彼女が行っている行為は私の
支配しているものではない。つまりこれは彼女自身の意思で行っているものな
のだ。
名残惜しそうにいつまでも私の陰茎にむしゃぶりついているアルクェイド。
体構造を組み替えられた彼女は、吸血衝動は無くなったもののその持てる力の
半分を使い封じていた衝動自体が無くなったわけではなかった。真祖は一旦欲
しているものを得てしまうともうその欲求には耐えられなくなる。
すなわち彼女は今この瞬間「堕ちた真祖」となった。
ただしその求めるものは血ではなく精ではあるが。
「どうしましたアルクェイド? そんなに貪るように咥え込んで。この際ハッ
キリと何が欲しいのか仰って下さい」
射精の余韻も覚めやらぬままだったが、彼女に問い掛けた。
ここで止めてしまっては意味が無い。徹底的に彼女に堕落してもらう必要が
ある。
「……が……いた……」
途切れ途切れに彼女が口開く。
「え? ハッキリ仰って下さい。聞こえませんよ」
「……喉…が、渇いた……」
《つづく》
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