お尻ペンペン

 ここのところ、土曜のこの時間はこの狭いユニットバスでシャワーを浴びてい
る事が通例になっている。言うまでもなく、週末はシエル先輩の部屋で一夜を
明かすのである。この件に関しては秋葉達がうるさいが、まあこればっかりは
譲れない。
 この風呂は狭いので二人では入れない。恋人同士としてお風呂でやりたいこ
とは健全な物から不健全な物に至るまで山とあるのだが、それは当分お預けだ。
ラブホテルにでも行けばいいのだろうが、少なくとも今の俺にはそんな金はな
いし、何より初めて結ばれたこの部屋の方が遙かに気に入ってるので却下だ。
 というわけで、毎回ここでシャワーを浴びながら来るべきお風呂プレイに思
いを馳せる事で戦闘準備を行うのだが、今回に限り異変が起こった。

「勃たない!」

 これは由々しき事態だ。待望している先輩をがっくりさせる事のみならず、
自身の「絶倫超人」としてのプライドを根底から叩き崩されてしまう。
念のため指で擦り続けてみたが、こそばゆいだけでソコに血液が集まる感触す
ら起こらない。
 参った。どうしてしまったんだろうか?
 これ以上風呂場で悩んでも仕方がないので、先輩に正直に告白することにする。

 俺の報告を聞いたバスタオル姿のシエル先輩は最初は大変落胆していたが、
すぐに二人で解決策を調査するという方針に至った。こういう前向きなところ
が俺は大好きだ。

 まず最初に考えられるのは初めて結ばれた時と逆の現象だ。ロアのせいで肉
体と意識が途切れてしまい心で興奮していても勃たないという可能性。だが、
ロアは既にもう無く、この可能性は限りなく低い。だけれども念のためにこの
迷える子羊をシエルに指でさすってもらう、が………やはり駄目だった。
 
 こうなると俺には正直お手上げ………のはずだったが、今日に限ってはもう
一つだけ思いつく節がある。

 今日の昼。学校からの帰り道、いつものようにアルクェイドの強襲を受ける。
先輩とは既に分かれていたのがせめてもの救いか。

「志貴ー」

 いつものように、最初は有無を言わさぬディープキス。
 その後は抱きついてデートの約束をせがむので、先輩との予定と重ならない
ように日程を決める。
 いつもはこれだけで満足してくれていたのだが、今日はちょっと様子が違った。

「ねえ、志貴。私もそろそろ抱いて欲しいな。シエルはあんだけ抱いてるんだ
し、せめて私にも一回ぐらいはしてくれてもいいんじゃない?」

 その肢体を俺の体に絡めながら耳元でこう囁く。ある意味恐れていた事態が
起こった。
 俺は、このお色気及び俺の中にあるアルクェイドの血と必死に戦いながらこ
れを拒絶する。

「駄目だ、そればっかりは」

 それをやってしまえば先輩に申し訳立たなくなるのもあるが、それ以上に
きっと歯止めが利かなくなる。

「むー。素直じゃないんだ。そんなになってまで拒否しなくてもいいのに」

 俺は色気よりも寧ろアルクェイドのこの顔に弱い。だがこれにも必死で耐える。

「いいもん。そっちがその気なら考えがあるんだから」

 そういうと、さくっと何処かに消えていった。


 参ったな、これが関係してるのかも。でも、こんな事言ったら先輩どうなる
かわからないしなあ。言うべきか、言わざるべきか。

「遠野くん」
「はい」

 やけに神妙な先輩の顔に、つい頷き返事を返す。

「今日アルクェイドと何かありましたか?」

 ぎくっ。先輩は付き合う以前から変に鋭い人だったけど、こうして肌を合わ
せるようになってからその鋭さにますます磨きが掛かっている気がする。

「原因が分かりました。遠野くんのココは今、アルクェイドの血に占拠されています」
「何ぃ」

 なんて事だ。これのことだったのか。

「つまり、今のコレはアルクェイドの支配下にあるということです」

 先輩は今はあくまで冷静だ。だがこんな物は所詮休火山にすぎない。

「全く、なんて事考え付くんでしょうねっ。あの泥棒猫はっ!」

 先輩はそう激昂すると、どこからともなく取り出した黒鍵を天井に向かって
投げつけた。当然の如く黒鍵は天井を突き破る。あーあ。大家さんに怒られる
ぞ。まあ火がつかなかっただけマシなのだが。
 で、お約束通りその穴には赤い光が二つ見え、その光の正体がその穴からこ
の部屋に入り込んできた。真祖の姫君の入場だ。

「ふふん。コレはもうわたし専用なんだから。もうわたし以外の人には勃たな
いし、わたしにだったらいつまででも萎えないよ」

 いつものあの笑顔でなにげに恐ろしいことを言う。前半もだが、特に後半。

「あの時素直に約束してくれてたら、ここまでする気はなかったんだけど」

 何かが微妙に違う。俺の知っているアルクェイドはもっと俺の意思を尊重し
てくれたはずだ。何があった?

「元に戻しなさい。遠野くん嫌がってるじゃないですかっ」
「何よ。元はといえばシエルが見せつけるからいけないんでしょ」

 げっ、毎週毎週ずっと覗いていやがったのか。先輩はどうやら知ってたみたいだけど。

「当然です。わたしと遠野くんは恋人同士、貴方は単なるお邪魔虫なんですから」
「あなた、わたしが志貴の命の恩人なのを忘れていない?」
「姫君ともあろう者がさもしいことで。恩を楯にするようになったら尊厳も何
もありませんね。遠野くんが貴方を拒絶した、それだけが重要でそれだけが真
実なのではないのですか?」

 口喧嘩はどんどんエスカレートしていく。マズいぞ。先輩は重要なことを忘れている。
その危惧はすぐさま現実の物となった。


「さっきの黒鍵はちょっと痛かったわ。お礼をしてあげなきゃね」

 アルクェイドが先輩の頭を鷲掴みにする。
「どうもあなたは思い違いをしているようだから今の内に訂正してあげるわ」

 そのまま宙に持ち上げるとタオルがはだけた先輩の体がブラブラと振り子の
ように揺れる。百戦錬磨の先輩も流石に声も出せないぐらい苦しそうだ。

「わたしとあなたは同等ではないわ。今のあなたはわたしのお情けで生きてい
られるだけ。殺そうと思えばいつでも殺せる存在なのよ」

 ロアがいない今、たとえどんなに自己回復能力に優れていても、アルクェイ
ドがこのままこの手に力を込めれば先輩は死ぬ。生き返ることももう無い。ロ
ア消滅後のパワーバランスは実はこの事実の隠蔽の上でしか成立しない。

「そんなことしたらもう二度と遊んでやらないぞ」

止めるための言葉にしては我ながらほとほと情けない。とはいえ、相手が相手
故にそれ以上のことがいえないのも又真実だ。
「いいもん。どうせ志貴は手に入らないんだし」

 駄目だ、確信犯だ。でも、俺ってここまでアイツを追いつめたっけ?

「わたしも志貴に殺されるかもしれないけど、この女の様に恋敵に縊り殺され
るなんて最低で惨めな終わり方じゃないから」

 どうもおかしい。元々こういう思考法に陥りやすいだろうとは思っていたけ
ど、ここまで極端に奔ると言うことは………やはり何かに憑かれているのか。
でも、何が?

 アルクェイドが再び先輩の方に向き直る。次の悪魔の如き言説を言い聞かせ
るために。

「それとも、今からロアに生き返ってもらって不死に戻る? ロアに助けても
らう? パパ助けてって叫んでみる? 今更遅いけど」

 あんまりにもあんまりな台詞に先輩の顔が今までとは別の系統で蒼ざめる。
 これは決定打だ。おかげで状況が大体掴めた。ならば、やることはとりあえ
ずコレだ。


「アルクェイドさん」

 ベッドの上に正座して、なるべくにこやかな笑顔を作り手招きする。
ちなみに「さん」を付けるのは、白旗をあげているという意思表示………のよ
うに見せかけた実は叱責のための布石だ。
 根が素直なアルクェイドはこんな見え見えの罠でも喜んでベッドの上を這っ
て近寄ってくる。
 その際に先輩はそのまま放り投げられ箪笥に頭から激突してしまったが、こ
こからが肝心なのでこの際少し我慢してもらおう。
 で、近寄ってきたアルクエイドをえいやと膝の上に載せる。
 スカートを捲り上げ、勝負用として珍しく履いていた下着も下に吊り下げる。
そうすると彼女の白い尻が露わになる。
 この段階でもアルクェイドは自分の望むことをしてもらえるのだという期待
感で一杯だ。うーん、無知って素晴らしい。
 で、左手で腰を固定し、右手で思いっきりそのお尻を叩く。
 パッチーーーーーーーン。
 甲高い音が部屋中に響く。
 アルクェイドだってお尻を叩かれたら痛いはず。でなければ、いつもの俺の
拳骨が効くわけもない。
 案の定、アルクエイドもその音に合わせて、「いたーーーーい」と声を張り
上げる。
もういっちょ。パッチーーーーーーーン。
 これを十回ぐらい繰り返した後、真っ赤に腫れたお尻を柔らかくさすってやる。
 これが気持ちいいのか、さっきまで逃れようとしてじたばたしていたのがピタッ
と止まる。まあ、彼女が本気を出したら逃げるどころでは済まないのでこれは
あくまで意思の表示に過ぎなかったのだろうけど。実際まだ勘違いしてそうだし。
 で、落ち着いたところを再び叩き始めるのが尻叩きの作法だ。

 頃合いを見計らって「ごめんなさい、は?」と耳元で囁くと、叩かれたとき
に叫ぶ台詞が「ごめんなさーーい」に変わった。ずいぶんとかかったが、これ
で次の段階に進める。
 腫れ上がった右手を止めて、優しくお尻をさすりながら聞く。

「どうして今日はこんな事をしたのかな?」
「夢でね、眼鏡かけた司祭さんが言うの。欲しい物には素直にならないといつ
まで経っても手に入らないよって」

 やっぱりそうだったか。流石、「蛇」と呼ばれた男。唆すことにかけては類
を見ない。
 奴を殺す直前に見たあの姿で微笑む姿が思い浮かぶ。
 最も、奴が未だ生きているというわけではないだろう。
 そう、俺の中にアルクェイドの血があるのと同様にアルクェイドの中にもロ
アの血が残ってるのだ。血を吸ったときにそれに伴われて取り込まれた思念の
欠片。アルクェイドの観測者として長年共に在り続けたそれが、何の気まぐれ
か夢を介してアルクェイドにコンタクトを取った。で、あんまりにも不憫で健
気なのでアドバイスをし、ついでに意識の一部として助力をしただけの話だろう。

 それでもこちらにしてみればいい迷惑だ。おのれロアめ、死してなお亡霊と
化して俺達の恋路の邪魔をするか!
 だが、俺以上にキレてたのが先輩だ。そういえば、あの後ずっと放ったらか
しだった。先輩ごめん。全裸で箪笥に頭をぶつけて気絶したままなんて人生上
でそうはない無様さだろうし、かける言葉もない。暫くの間、先輩はやり場の
ない怒りを箪笥にぶつけまくっていた。


 アルクェイドも反省し、あの呪いも解除させて、先輩も落ち着いたところで
目出度し目出度しとしたかったのだが先輩は何故か四つんばになってもじもじ
とお尻を突き出してきた。

「シエル、今日はお尻でしたいの? ようやくアナルの味を覚えて………」
「違いますっっっっ!」

 一喝される。

「わたしも………お尻………叩いて………下さい」

 さっきの威勢とは打って変わって、顔を真っ赤にしながらぼそぼそと嘆願す
る先輩。
 凄く可愛らしい。

「先輩………そんな趣味があったんだ………それならそうと早く言ってくれてれば」
「違います」

今度は顔を赤らめたまま小さな声で否定する。

「本当のお父さんのことを思い出させてください」

えっ。

「ロアはわたしの父親なんかじゃありません。本当のお父さんは結局わたしを
助けることは出来なかったけど、それでもいつだってわたしが悪いことをした
ときにはきちんと叱ってくれました」

 やはり先ほどのアルクェイドの言葉が堪えているんだろうな。

「そうか、先輩はフランス出身だから家庭で尻叩きは普通にあったんだ」

 ロアの記憶の中にあったエレイシア時代の姿を元に思いっきり妄想が膨らむ。

「ええ、悪い子でしたからお父さんによく叩かれてました。でも、今にして思
えばやっぱり愛情が籠もってました」

 本当は手が腫れ上がっていてやりたくないんだけど、さっき放って置いた負
い目もあるし、ここは一つ盛大にやりますか。

「じゃ、いくよ。このスタイルでいいかい?」
「はい、よろしくお願いします」

 全裸の先輩を膝の上に載せて今度は左手で叩く。先輩のお尻はアルクェイド
のよりも肉が詰まっていて叩きがいが有る。反応も上々。叩かれるたびに「お
父さん」と絶叫する声が何とも色っぽい。
 で、腫れ上がったお尻を撫でてあげるとこれ又気持ちよさそうで嬉しい。よ
く見ると既に愛液が股間からあふれていて内股を流れ落ちている。こんな物を
見てるといつものように、ここに指を差し込んでかき混ぜたり、その奥にある
スポットを擦ってあげたり、小さい突起を指で転がしたり、縁を嘗め回したり、
何より今すぐにでも挿入したくなるけど、我慢我慢。先輩が満足するまで叩い
てあげるのだ。

「先輩、どうですか」
「いいです、遠野くん」

 先輩の声には既に恍惚とした物が混じっている。
 いい機会だ。ついでだからちょっと普段の言動を反省してもらおう。

「夕食を毎回毎回カレーにしない。もっといろいろ栄養のバランスを考える」
「ごめんなさい」
「洗濯や食器洗いは溜め込まない。俺に言ってくれれば手伝うから遠慮しない」
「ごめんなさい」
「昼休みにはあんまり求めない。午後の授業をさぼらせない」
「ごめんなさい」
「すぐカッとなるのをどうにかする。特に遠野家の敷地内では暴れない」
「ごめんなさい」
「秋葉達が怒ることはしない。後で困るのは俺なんだから俺の立場も考える」
「ごめんなさい」
「俺がヤリ疲れているときに、回復魔法をかけて無理矢理続きをさせようとしない」
「ごめんなさい」

 最後に一番お願いしたいことを言ってフィニッシュだ。

「アルクェイドにヤキモチをやかない。どんなになったって、俺は先輩のこと
を一番に愛してるんだから」

 パッチーーーーーーーーーーーーーン。
 先輩のお尻が今までで一番大きい音を鳴らす。

「ごめんなさーーーーーい」

 同時に先輩の口から一番大きい声が発せられ、先輩の体から力みが抜ける。
どうやらこれで達したらしい。
 いいなこれ。今度から要望はこうやって体に伝えよう。

 結局、小一時間ほど叩いて満足してもらった後、さあ挿入してあげようかと
いう段階でこの光景をじーっと見つめていたアルクェイドがのそのそと近づい
てくる。さっき叩いたお尻のせいで座れなかったらしく、その近づき方は猫の
それに近かった。股間と内股がシエル同様濡れているところを見ると、実は案
外似たような性癖なのかもしれない。
 ああしまった。又、もう片方のことを忘れていた。確かにこのまま目の前で
アルクェイドに見せつけるのは酷だし、事態を又深刻化させるだけだ。そもそ
もの二人の不仲は俺に多大なる心労を与えていることだし、ここらで仲直りさ
せることが出来れば一石二鳥じゃないか。

「先輩、アルクェイド。いい加減二人とも仲直りしようぜ。そうしたら、二人
とも気持ちよくしてあげるから」

 もう待ちきれない二人は只頷き、潤んだ目で行為を嘆願する。尻叩きの効果
で二人とも素直になってるのもあるんだろうが。ビバ、お尻ペンペン。

 了承が得られたので、アルクェイドをそのままシエルの上に誘導し二人を折
り重ねた。
 下のシエルを突きながら、上のアルクェイドのお尻を叩く。
 シエルが達したら、二人を回転焼きのようにごろんと転がし上下をひっくり
返して今度はシエルのお尻を叩きながらアルクェイドをいきなり貫く。アルクェ
イドは初めてだったが、さっきの尻叩きのせいで痛覚が麻痺してるのかそんな
に痛がらなかった。寧ろ、こんな形でも抱いてもらえることに感極まってるよ
うだ。とりあえず良かった。一応先輩公認だし、アルクェイドも納得してくれ
てるし。
 そのうち物足りないのかアルクェイドとシエルはお互いの体を愛撫し始めた。
うんうん、仲直りは成功だ。そのためにわざと尻叩き以外はやらなかったのだ
から。
 それでも絶叫が呂律の回らない「あん」とか「いい」とか以外には「遠野くん、
遠野くん」やら「志貴、志貴」だけなのはまあご愛敬か。仮初めの友好関係
でも和平には大いなる一歩といえる。
 こうなるとサービスして空いている方の穴に指を突っ込んで俺の精液まみれ
の膣をかき回してあげたくなるのだが、ここでそれをやり出すと元の木阿弥に
なりかねないのでぐっと我慢する。今回は尻叩きで始まったことだし、愛撫は
これのみというスタイルを貫徹しよう。

 で、こんな腰使いと尻叩きだけの性交を三日三晩繰り返し、それでも萎えな
いアレを目の当たりにして、アルクェイドのさっきの言葉は全くもって嘘では
なかったことを痛感させられた。三人が三人底なしだったのでこういう結果と
なる。結局学校もサボってしまったし秋葉にはなんと言い訳したものか。下手
するとこれから外出禁止かもな。それは遠野家サイドと外部サイドで争いが激
化する要因となり、結局いつまで経っても女性陣の争いは収まらない運命なの
かと俺は大いに頭を抱えた。

(後日談
 
 このように志貴がロアの亡霊の調伏を行っていた頃、志貴の帰りを待つ遠野
家では当主の秋葉が突如倒れて原因不明の昏睡状態に陥っていた。その際に

「御免なさい。御免なさあい。お父様。もうしません。もうしませんから。い
たーい。いたーい。お尻いたーい」

などと譫言で泣き叫ぶものだから、看病をしていた琥珀までもが

「まきひささま、まきひささま。ごめんなさい。ごめんなさい」

 と人形になる前の幼児時代に退行してしまい、翡翠は大いに困ったという。
さしずめこちらは槙久の幻影によって壊滅状態に陥っていたというところだろうか。

 一方、シエル達の方はというと、あの晩の行為は音が天井に空けた穴から隣
近所に筒抜けだったらしく、しばらくの間周囲の住民に白い目で見続けられたそうな。

                                      [完]