Cunning Fellows
                    古守 久万


「もうっ…遠野君、ずるいです」

うつむきながらの先輩の一言に、俺はただキョトン、とするしかなかった。

「…は?先輩、突然何言ってるの??ずるいって、俺が???」

 自分を指差し、そう言ってみる。が、考えてみれば確かに思い当たるフシは
沢山ある。例えば、もう兆候はないのに貧血だと言って、学校をサボり先輩の
部屋にいる事とか(これに関しては今この場にいる先輩も同罪だけど)、その
上食事までご馳走になってこうしてのんびりと語らっている事とか(ご多分に
漏れず夕食はカレーだった)、まさかお金が無いからといって、大体のデート
は先輩に奢らせてしまっている事とか(これは小遣いをくれない秋葉が悪い、
がそこは悲しき居候、文句は言えないからなぁ…)、先輩に内緒で、有彦と足
繁くとあるお店に通っている事とか(そのうち教えるつもりだけど、ここは
「仕込み」が必要なんだ、許して先輩〜)。…まだまだ実はあったりするけど、
考えるだけ自分が情けなくなるからこの辺でやめにしよう、うん。で…

「で、先輩。俺の何処がずるいんですか?ちゃんと説明して下さいよ」

 俺はとにかく、先輩の意図を理解したいために訪ねた。けど、先輩はなんだか
 徐々に紅潮してきて…あれ?いつの間にか真っ赤だ。

「何処って…そんな事、か弱い女の子に言わせないで下さい、恥ずかしいです…」

 両頬に手を当て、真っ赤な顔を隠すようにしながら先輩は消え入りそうな声
で答えた。
 でも、先輩に限って「か弱い」は無いと思う…けど口に出したら多分俺はバー
ベキューの肉・野菜の如くにされちゃうだろうから出さない。以前、俺の耳た
ぶを1ミリ裂き、壁に突き刺さった黒鍵の感覚を覚えてるから。「次は遠野君
でも容赦しませんよ(はぁと)」の一言で、俺は彼女を一生幸せにしようと思っ
た…思わされたくらいだから。結局、秋葉の独裁から逃れたいと思ってたのに、
先輩にこうなっちゃうんだから、俺って実は尻に敷かれるタイプなのかなぁと、
しみじみ思って…マズイ、涙が出そうだ。

「あの〜、先輩?」

 俺は一人で蒸し上がっちゃってる先輩を覗き込んだ。

「見ないで下さい。ずるい遠野君なんてキライです」

 何なんだろう、突然キライなんて言われても。話も一段落してなんか「いい
雰囲気」になってきたと思ったのに、突然これだもんなぁ。そうか、この持ち
込み方が悪かったのか?いや、日頃からこういうパターンで先輩と「色々」やっ
て、そのまま2人で夜を明かして朝帰り、秋葉にお目玉と…そんな事は今はど
うでもいいだろうが。

「わかった、俺が何かしたんだったら謝りますから、教えて下さい」

 俺は訳もわからず頭を下げ、先輩の許しを請うた。すると先輩は赤いながら
もちょっと拗ねた顔を上げた。

「じゃぁ、遠野君に聞きます。私の事、本当に愛してくれてます?」
「なっ…!?」

 質問は、俺の思考を麻痺させるのに十分だった。突然の展開、想像も付かな
かったからただ驚くばかり。ようやく我に返ると、自分でも興奮しているのが
解るくらいに叫んだ。

「何言ってるんですか!俺は先輩を誰よりも愛しているんですよ。先輩を幸せ
にするって、約束したじゃないですか!」

 そうだ、あれだけ笑わせた。悲しい思いもさせた。共に闘った。愛を誓い合っ
た。約束した。確かに俺はまだ高校生だから、いろんな意味での約束はちょっ
と早い気もするけど、それはいつか必ず実現させるモノなんだと、重々了解し
ている。
 先輩は、俺の語気に少し気圧されたのか、慌てながら

「違います遠野君、そう言う意味じゃないです」

 手を顔の前でばたばた振りながら否定した。

「じゃぁ、どういう意味なんです、先輩?」
「そうですねぇ…」

 急にいつもののんびりした先輩に戻る。口に手を当てちょっと宙を彷徨うよ
うに言葉を探している先輩を見て、俺も少し慌てすぎたかな、と冷静になって
次の言葉を待った。

「何というか、愛情表現なんですよ、そう、表現です」

 先輩も掴みあぐねていた言葉を引き出すようにそう言って、少し俯いた。そ
の頬はまた赤くなり始めている。このコロコロ表情が変わるのが、先輩の良い
所だったりするんだよなぁ。

「表現…ですか?」

 俺もそう言われて考えてみる。先輩に対する愛情表現と言えば、そりゃあ若
い男女が一緒にいたらする愛情表現は一通りしているはずだけどなぁ。でも、
なんだかんだ言っても俺だって女性とお付き合いするのは初めてなんだから、
色々不満があるのかも知れない。そう言うところを語り合って、愛を深めてい
くのが恋愛ってものなんだろう、とか思ってみる。

「俺。何か間違った事していたりしましたか?」

 ちょっと不安になりながら俺が訪ねると、…あらあら先輩、なんでそんな微
妙な顔するんですか?

「いや、遠野君は間違っていると言えば間違っているんですが…やっぱり間違っ
てないのかもしれませんが…やっぱり間違って…」

 ごにょごにょと、あるないを繰り返す先輩。全く持って謎だ。間違っていた
り間違っていなかったりって、そりゃ意味が通じませんよ。目の前でもじもじ
としている先輩。何か微妙にかわいかったから、ちょっとキザに迫ってみたり。

 先輩の両肩に手を置く、自分の世界だった先輩はビクッと肩が震えて、顔を上げる。

「遠野…くん?」

 出来る限りのニヒルな笑顔を見せながら、俺は先輩の目を覗き込むように囁いた。

「先輩、教えてください」

 今時、こんな背景に光や薔薇が出そうな言い方もどうかと思うが、意外に純
真で乙女チックな先輩には効果覿面だったりする。顔は真っ赤、今にも沸騰し
そうでとろけ顔、なんか俺がコマしてるみたいで、ホストになれるかな、とか
思っちゃったり(無理です)

「はい…」

 素直に答えた先輩が見つめ返してくる。めちゃめちゃかわいくて、黙って抱
きしめて押し倒したくなるけど、理由を聞き出すまでは我慢…出来るかなぁ。
とにかく、話して貰えそうだ。

「遠野君、あのですね、私とするとき、色々してくれるじゃないですか…」

 確かに色々してる、かもしれない。けどそれは先輩がちょっと「いぢめて光
線」出してたり、反応が良かったりするからだし、何より先輩だって喜んでる
し。それに俺の非があるわけでもない。それが不満なら先輩のワガママだよ、
とでも言いたかった。でもそこは落ち着いて表情を崩さずにいた。

「でも…」
「でも?」

 そう言って言葉を待つ。先輩は言い迷うようにして俺の目を見てくる。が、
遂に目線を逸らせながら続けた。

「…遠野君、中に出してくれないじゃないですか…」
「はぁ…そんな事ですか…っって!?」

 中って先輩、何を?…中、ナカ、naka、膣…!?ワカラナイ、ワカラナイ。
解っているけどワカラナイ。

「せせせせ先輩!?何を!?」

 俯き真っ赤な先輩に対して、俺は大混乱だ。そりゃあもう、素手で脳味噌を
振り回されたが如く。

「だって遠野君、今まで一度も中で出してくれた事無いんですよ。その…初め
ての時から」

 混乱しながらも考えてみる。先輩と初めて結ばれた時から…確かに最初は外
出しで、その後先輩にねだられて2回戦は…お尻か。これが興奮するから、最
近はもっぱら後ろ…とか、そう言う事が思い出されるが、してないのは確かに
事実かも知れない。

「2週間も会えなくなるっていうのに、あんまりじゃなかったですか、もっと
愛して欲しかったです…」
「先輩、でもそれって…」

 大事な事を言う前に、先輩がそれを遮った。

「解ってます、でもそれって重要なんです。遠野君の気持ちは嬉しいです。で
も、何かが足りないんです。私は中に出してくれるのも愛情表現の一つだと思っ
てるんです…」

 ドクン。
 ヤバイ、俺の中の血が少しずつ沸き出した。先輩は物凄い告白をしてくれち
ゃっているぞ。

「遠野君、他の女の子達にはちゃんとしてたのに…」

 他の子?しかも「達」?だって俺は朱鷺恵さんと…あれ、なんだこの頭痛は?
アルクェイドや秋葉や翡翠に琥珀さんの姿が…更には、誰だこの子猫のような
黒髪の子…しかもみんな裸だし…知識の井戸…じゃない!並列世界上の俺は、
一体何をやってるんだ?ワカラナイワカラナイワラワラ…

「だから」
 ぐるぐる回るビジョンを止めたのは先輩の一言だった。現実に戻り、でも未
だ混乱していた俺へ、先輩の最終攻撃が炸裂した。

「私にも、中で出してください…私ばっかり仲間はずれじゃ、嫌です…」

 こちらをまっすぐ見つめ、呟く。すぐに煙を噴いて下を向いてしまった先輩。
 プチン。
 俺の中で、何かが切れる音がした。
 ドクン…ドクン!
 同時に、抑えられない衝動が俺を一気に浸食していった。
 遠野志貴が…コワレタ。

「先輩…ずるいよ」

 俺がそう言うと、ちょっとビックリして先輩が顔を上げた。
 
「遠野君…?」
「先輩こそずるいよ。そんな事言われたら俺、我慢できないって!」
「ずるいって…んんっ!?」

 俺は肩に置いていた手を背中に回して先輩を引きつけると、何か反論しよう
として開いたその唇を、まるで噛みつくように塞いだ。開いたその入り口にす
ぐさま自分の下を滑り込ませ、先輩の歯を、舌を、口腔を蹂躙する。

「…!?…っっ…」

 先輩はいきなりの行動に戸惑っていたが、やがて思い出したように反応し、
その舌で答えてきた。繋がった口腔を乱舞しながら行き来し、お互いの唾液を
貪り合う。
 息をするのも忘れ、苦しくなったところで唇を離す。お互いの舌を伝わる糸
が名残惜しそうに消えた。

「…やっぱりずるいです、遠野君は…」

 快感と酸欠でぽーっとしているような先輩が、まさに夢にいる表情で言った。

「…でも、そんなところに惹かれちゃったのかも知れません」

                                           《続く》