夢想と妄想  

                                               COO

 パタン。

 私――遠野秋葉は自分の部屋の扉を閉めてソファーに少し乱暴に腰掛けた。
 ぽふっ。
 セミアニリン仕様のソファーは吸いこむように私を迎えてくれた。
 ゆっくりと目を閉じ、そして思う。
 明日は、長く待ち望んだ日。夢の一つがかなう日。そして…家族が戻ってく
る日。
 それは…兄さんが遠野家に帰ってくる事。

 八年。

 私の人生の半分に近い時間、ずっと会えなかった。
 兄さんは一度も屋敷に来て――いや、連絡もくれなかった。
 私は何回も有間家に出向いたが兄さんはいつも病院と家をいったりきたりで
会う事はできなかった。そのうち私は全寮制の浅上女学院に入学してしまい兄
さんと会う機会は失われた。

 しかし今になりようやく機会が訪れた。まず父の槙久の死。何故か父はあの
事故以来志貴兄さんを煙たがっていて二度と屋敷に戻らせないつもりのようだっ
た。父の死は不幸な出来事だったが兄さんが戻れるチャンスが出来たのは嬉し
かった。

 次に親戚一同を屋敷から出ていかせた――というより追い出した。元からあ
の人たちと一緒に居たくなかったから家から出たが今の私は遠野家の当主だ。
色々と文句ばかり言ってきたが当主の権限と私の力ですべてねじ伏せた。

 それに相当異例だが女学院への自宅通学を許可させた。父がいなくなったの
でこれからは私が専門の弁護士と内密の相談をしなければいけない等適当に理
由をつけて。だが許可が下りたのは私の事情より遠野家からの多大な援助が無
くなるのが惜しかったのであろうが。

 それらのステップを踏んで兄さんへ遠野家に戻ってくるよう伝えた。
 後は何も出来なかった。待つことしか。
 もしかしたら兄さんが遠野家に戻る気がないから今まで連絡がないのかとも
思い、こちらに返答がくるまで不安だった。

 もし帰ってこないのであればすべてが徒労に終わる。

 しかし数日後、有間家から兄さんは戻ってくるとの返事をもらった。
 それを琥珀から聞いた時ついほっとして緩んだ顔をしてしまい、目の前にい
た琥珀に散々からかわれたがその時は兄さんが帰ってきてくれる事があまりに
嬉しくてからかわてもまったく気にならなかった。

 明日という日が近づくにつれ久し振りに会える兄のことばかり考えてしまう。
私の記憶には昔中庭で遊んでいる兄さんしか覚えていない。それは一日で30
分だけ。その時以外は習い事等で忙しく、あまり兄さんと顔を会わす事もなかっ
た。父が志貴兄さんとの関わりを持たないように手を回していた事もある。

 父が死去してからは兄さんと会おうと思えばすぐにでも会えた。でも私はそ
れをしなかった。

 兄が戻ってきたらこの家で一緒に暮らすのだ。これからいくらでも時間はあ
る。どんな風に兄は成長したのか気がかりではあったが知らなければその分実
際会い、一緒に暮らすのはもっと楽しみになるのだろうから。

 ただ、やはりどうしても気にはなってしまいつい兄の事を考えてぼーっとし
てしまう時も増えてきている。
 でもしょうがないと思う。
 明日は、今までの人生の中で最も大切な日になるのだろうだから…


 そんな事を考えていたら部屋にある柱時計がボーンボーンと鳴った。
 その回数は十回。もう夜の十時だ。
 明日も早い。寝不足な顔を兄さんに見せるわけにいかないのだからもう寝よう。
 寝室に移動し、夜着に着替えるべくいつも着ている服を脱いだ。

 が、そこで体の動きは止まってしまった。
 ブラジャーとショーツだけの格好になると自分の体がよく分かる。

 すらりと伸びた足。これはいい。
 引き締まったウエスト。足とのバランスも絶妙だ。
 薄い胸……全然良くない。

「はあ…」
 つい私は溜息をついてしまった。
「どうして胸が大きくならないんだろう…」
 普通中学生くらいから胸ははっきりとわかるくらい大きくなるものだが私の
場合は悲しい事に中学生になってもほとんど大きくならなかった。

 ベッドに腰掛け、さわさわと右手で胸を撫でながら兄さんの事を想う。

 まだ想像でしか会えない兄さん、八年間で秋葉は変わりました。
 …あまり変わらない所もありますがそれは言わないで下さいね。

 八年振りの兄さんはどんな方になったのですか?
 あの事件以後、貧血を起こしやすくなっていて今でもたまに倒れる、と聞き
ました。なら筋骨逞しいとは思えません。引き締まった美しい肉体をしている
のでしょう。
 …ぽっ。
 つ、つい裸姿を想像しちゃった…いけないいけない。


 そして顔――最も気になり、想像が膨らむ個所。
 昔はやんちゃでいたずら好きとは思えないおとなしそうな顔でした。けど私
は知ってます。兄さんは小さい頃から屋敷で遊んでいる時に何か壊したり兄さ
んとは関係のない事で私が怒られてるとそれを全部自分の責任にするとても優
しく、勇気のある方と。
 そんな人が少年と大人の狭間にあたる時期、どんな顔になるのだろう。

 やんちゃで?やさしそうで?おとなしくて?ゆうきのある顔?

 …さすがに想像できません。
 でも昔の兄さんの顔なら覚えています。
 忘れるはずもありません。あの頃の私は志貴兄さんだけが心を許せる方だっ
たのですから――

「あ…」

 いつのまにか胸を撫でていた手は揉み上げる動きへと変わっていた。
 しかしそれに気がついてもその動きは止まらない。それどころかより一層の
激しさをもって胸を揉み始めていた。

「はあ…」

 円を描くように胸を揉む。私の小さい手でも薄い胸ではこのような揉み方し
かできなかった。しかし段々興奮してくる感覚と増えていく汗がしっかりと快
感を引き出していると物語っている。
――だけどこの程度じゃ物足りない。

 空いてる左手をショーツの上から筋に沿って軽く撫でる。
「んんっ!」
 気持ちいい…信じられないくらいに。

 何故?今までこんなに感じる事はなかったのに。
 そう思ったのも一瞬だった。

「え…?」

 触ってみて初めて気づいたがすでにショーツは透けて中がくっきりと見える
くらい濡れていた。
(私はこんなにもエッチな娘だったの?)
 そう思うと恥ずかしくてたまらない。
 でも、ここは私の寝室。私以外は誰もいない。誰にも見られることはないのだ。

 そんな事をもやもやとした頭で考えながらも右手も左手も動く速さは一向に
衰えない。頭の奥底では自分が何をやってるのか理解していても意識はそれを
眺めている観客のようだった。

 ベッドに寝転がり右手をブラの中に入れ、直に胸を揉みだしても。左手をショー
ツの中に入れ、割れ目に沿って撫でているのも。自分でやっていることとは思
えなかった。

 まるで兄さんの指で触られているような感じ。

「あああっ!」

 そう意識した途端、股間から猛烈な快感が押し寄せてきた。
 …何のことはない、最早自分の意思で動いていない左手が敏感な突起をつま
んだからだったが私はそれさえわからなかった。

「兄さん…?」

 私はまだ見ぬ兄さんに触られている。
 ――そんなはずはないのに意識ではそう思い込んでいた。

「うんっ!」

 今度は私の――いや、兄さんの指が私の胸の先端を摘む。時に優しく。時に
少し乱暴に。
 その快感は先ほどよりは弱いが時に強く、弱く、たまに痛みさえ伴うがそれ
さえも快感となって伝わる。

 ぐにゃぐにゃと形を変えるほど胸を揉み、びしょびしょになるほど割れ目を
撫でる。
 私はいるはずがない兄さんの責めに絶頂を迎える寸前だった。

――そんな時。

 コンコン。

「秋葉様、起きていらっしゃいますか?」

 がばっ!
 私は瞬時に覚醒し、体を起こした。そして冷静に状況を把握する。
(…そっか。兄さんはまだいないんだ…)
 だが残念がっている暇はなかった。

「秋葉様?」

 琥珀がもう一度確認するように聞いてくる。このまま黙っていたらすぐに部
屋に入ってくるだろう。

しかし。

 今の私は下着姿。しかも全身は汗だく。さらにショーツ及びベッドの一部は
先ほどの行為でびしょびしょ。
 こんな姿を見られるわけにはいかない。

「い、今は入らないで!」
「あー良かった。まだ起きてらっしゃいましたか。でもどうして入っちゃいけ
ないんですか?」
「そ、その、今着替えてるのよ!」

 そうだ。夜着に着替える途中だったのだ。…あんな事をしてなければとっく
に着替えて寝ていただろう。

「えー?今その夜着をお持ちしたのですがー?」

 どこか楽しんでいるような口調で琥珀が返答する。
 …確かに辺りを見渡しても脱いだ服はあっても夜着はない。服を脱いでもそ
んなことに気づかないとはなんて、愚かなのだろう。

 ――そこまで私は兄さんが帰ってくることに心を奪われていたのか。

「…夜着をそこに置いて下がりなさい。」

 かなり声のトーンを下げ琥珀にそう言いつけた。だが琥珀はそれが「今は部
屋に入る事は許さない」という意味ではなく「私は恥ずかしい事をしていてと
ても人様に見せられる格好ではありませんから入らないで下さい」という真の
意味に気付いたかもしれない。
クスクス笑いながらもその事は何も突っ込まず、

「わかりました。夜着はソファーの上に置いておきます。…それでは失礼します。」
 
と言い下がった。

 琥珀が下がったのを確認してから私室に行き夜着に着替えた。もちろん下着
も取り替えている。着替えた事と多少時間が経ったからか少し気持ちも落ち着
き、さっきの事を思い出せる。

「………」

 思い出すと恥ずかしさと怒りが浮かんでくる。

 遠野家当主たる遠野秋葉はこんなにも子供だったのか。
 まだ戻ってきてない兄を想って一人…ごにょごにょをしてしまうなんて。
 さらに危うくその行為を琥珀に見られてしまう所だった。
 ――もしそんな事態になっていればどうなっていただろう。

「あらあら秋葉様、そんなに志貴様を待てなかったのですかー。そうですかー。
そうですよねー。一人でしちゃうほどですもんねー。うふ、うふふふふふふふふ。」

 ……一生からかわれるに違いない。いや、琥珀のことだからそんな程度では
すまないだろう。例えばそれをネタに部屋でゲームをやらせろとか以前自慢の
料理にケチをつけられた刀崎の三女をちょっと懲らしめさせろとか言ってくる
かも。
 …そんな程度じゃすまないか、琥珀なら。

 でも。
 琥珀にばれてもばれなくてもこんな時に一人でしてたのは事実なだけに嫌になる。

 兄さんが帰って来ることばかりに目を奪われすぎたからこんな事になったの
だ。もう少し気を引き締めていればあんな事はしなかったのに――

 部屋の電気を消すとカーテンを閉めてない窓から月明かりが入ってくる。
 今日は月が半分ぐらい出ていた。
 私は窓まで歩き、しばらく弱くて淡い月の光を浴びながら一つの決断をした。
 それは――誰にもいわずにおこう。

 で も、兄さんにはやがて教えてあげようかな?私を…妹としてじゃなく愛
してくれたらだけど。

                                fin