俺が裏庭で自分の「死」も七夜を突きつけて早いもので6年経とうとしている。
瀕死の状態の俺をシェル先輩が助けてくれて、その後遠野の血に半ば呑まれ
ていた秋葉を俺は助けた。(※1)
その後俺と秋葉は顧問弁護士と共に家庭裁判所に向かった。そう、俺の姓を
「遠野」から「七夜」に戻すためである。当初裁判は長期化すると思われたが、
当事者が既に死亡している事や志貴が当時子供だった事、トドメは志貴と秋場
のDNAが不一致という決定的な証拠が決め手となり、約3ヶ月後に戸籍の修
正の判決を受けた。
これで俺はたった一人の「七夜家」当主となったわけだが、七夜志貴になっ
た現在でも秋葉や琥珀・翡翠姉妹への思いは変わらず、翡翠の声で目を覚まし、
秋葉の小言を聞きながら琥珀の作ってくれた朝食を食べ、秋葉と一緒に学校に
行く日々が続いている。
そうそう、俺と秋葉は現在同じ国立大学の経済学部に在籍している。今回の
件で俺は日本を4年ほど離れていた関係上、秋葉が3年生で俺は1年生と学年
が逆転してしまったが、大学でベストカップルにえ選ばれるくらい仲の良い兄
妹………カップルになっている。(ちなみに俺が行方不明時、秋葉の力で高校
は途中海外留学扱いになっていた)
俺が大学院卒業時に姓を「遠野」に戻す予定である………まざ、その……な
んだ、正式に「婿養子」になる訳だ。遠野家親戚連中が五月蠅いだろうが、死
の恐怖を乗り切った俺と、吸血衝動を俺の力でコントロールできるようになっ
た秋葉に刃向うほと馬鹿じゃないだろう。
あっそうそう。琥珀と翡翠なのだが、俺と秋葉が正式に結婚した際、これま
た正式に俺の「愛人」になる予定である。
この話を同衾時の秋葉に切りだした時、正直秋葉に殺されても文句言えない
と覚悟したが………予想通り秋葉は紙を紅く染め上げ俺を睨み付けたが、その
後俺の胸に抱きつき「兄さんに、そんな甲斐性あります?」と笑いながら上目
遣いで俺を見上げた。その後頬を少し赤くして膨らましながら、「まぁ良家の
当主たるもの、お妾さんの一人や二人当然ですから」と言っていたが、秋葉は
俺の本心を薄々感づいていたかもしれない。
俺と秋葉が一緒になった場合、琥珀・翡翠姉妹と俺達の関係は非常に気まず
くなる可能性がある。この双子姉妹はただ主従関係の繋がりだけならば俺も苦
労しないが、二人とも俺に恋愛感情を持っている上、肉体関係も結んだことが
ある。まあ肉体関係と言っても、二人の能力「感応」の行為であるわけだが、
二人を抱いた事実には変わりない。これで秋葉と結婚したなら最悪、琥珀に一
服盛られる可能性だってある。だから俺は二人を愛人にして居場所を作ろうと
考えた。まぁいくら愛人と言っても4人の立場は今までと同じ。二人に好きな
相手が出来たら、手放しに祝福するつもりである。………と言っても、俺のエ
ゴが多分に入った考えを抜きにしても、この姉妹に好きな相手が出来るとは現
時点では考えられない。二人とも屋敷外へ滅多に出ない上、翡翠は俺以外の男
性恐怖症ときているからだ。
まぁ、秋葉と一緒になった場合も今までの関係のままでいたいという考え自
体が、すでに甘すぎる考えだと今でも思っているが…………
そんな遠野家のある一日
純情可憐
GoOn
「そうえいば秋葉?」
「何ですか、兄さん?」
秋葉を対面に見てのいつもの朝食。台所には琥珀さんが湯気が立ち上る料理
を運び、その料理を翡翠がよそい俺の前にテキパキと並べる。
「何で浴室が新しくなっているんだ?」
「はぁっ?」
秋葉が鳩が豆鉄砲喰らった表情を浮かべ、ポカンと俺を見つめる。
「だって俺が小さい頃、みんなで風呂に入った記憶があったような…………違ったか?」
今の浴室は有馬家の浴室よりかなり広いものだったが、俺の記憶の中では確
か湯船だけで10畳近くあり窓からは裏庭を一望でき、天窓が開くと星々が一
望できたはずだ。その中で俺や秋葉、シキや翡翠とはしゃぎ回った覚えがおぼ
ろげながらあった。
「ええっ、確かにあの頃の浴室はあります。」
「じゃ何で使わないんだ?」
今の浴室はどう考えても俺が有馬家から戻る数ヶ月前に作った感じがするく
らい新しかった。
「もしかして壊れたとか?」
「いいえお風呂は壊れてません。ただ親戚を追い出したら兄さんも含めて使う
のは4人ですし、翡翠の掃除も大変でしたので新しい浴室を作りました。」
やや言葉を上擦らせ、答える秋葉。
俺は座ったまま上体を左に捻り、すぐ後ろに立っていた翡翠に疑問を投げか
けるように見上げる。
しかし翡翠は、いつものポーカーフェイスを保ちながらも、俺に目線を合わ
せようとしなかった。二人の状態に「何かある」とは思ったそのところに、
「あはは〜、実はですね………」
「琥珀!」
秋葉は厨房から現れた琥珀を睨み付けたが、翡翠は秋葉の事など何処吹く風。
お盆にデザートを乗せて軽やかな足取りで俺に向かいながら話を続ける。
「実は志貴さんが来られる1ヶ月ほど前に、秋葉様と翡翠ちゃんと私の3人で
一緒にお風呂に入ったんですよ」
「琥珀!!」
秋葉は声を荒げ、両手でテーブルを突っぱね立ち上がる。俺が見た限り秋葉
の顔は赤いが、まだ理性が制御しているみたいで髪までは紅くない。
「ふふふっ、いいじゃないですか。志貴さんは私達3人の体の隅々まで知って
いるのですから」
「なっ…………」
琥珀さん。身も蓋もない事言わないで。秋葉はわなわなとした表情をしてい
るし、ふと翡翠を見ると頬が赤く染まっている。
「その時、3人で体を洗いっこしたんですよ。そうしたらやっぱり女の子3人
ですので体の話になりまして…………」
それで大体解った。俺は席を立つとまっすぐ秋葉を目指す。秋葉は怒りと羞
恥と悲しみと焦りが程良くブレンドされた表情を浮かべ、足下に視線を落とし
ている。
「まったく、やっぱりまだ秋葉は子供だなぁ〜」
俺は秋葉の頭を掴み、わしゃわしゃと髪を撫でる。
「うぅ〜。どうせ私はまだ子供ですよ〜」
秋葉は上目遣いに俺を恨めしそうに見つめる。俺は目を細め秋葉を見つめ直す。
あの事件以来、秋葉は年相応の「人間らしさ」を俺に見せるようになったが、
志貴はそれが何よりも嬉しかった。
「それではすぐにでも、お風呂が使えるように工務店に連絡しておきますね。」
琥珀が声を弾ませて答える。
「ちょっと琥珀。私は何も…」
「いいじゃん。………それとも秋葉は俺と一緒に入るの嫌か?(にやっ)」
「な゛っ……」
うん。耳の先まで真っ赤になった秋葉も可愛いな〜
「うん。琥珀さんお願い。」
俺は秋葉の返答を聞くまでもなく琥珀に答える。
「ほら、秋葉。何時までも固まっているつもりだ。そろそろ大学行かないと最
初の講義遅刻するぞ。」
立ち上がり秋葉のそばに近づくと、今日何回目かの固まっている秋葉の腕を
多少強引気味に掴みあげ立たせる。
「………はっ。………わ、私は一体なにをして……?」
「ほら秋葉。そろそろ大学いくぞ」
「(壁時計を見ながら)あっ。もうこんな時間なんですね。」
俺は玄関に向かいながら掴んでいる秋葉の腕を優しく放す。玄関から雲一つ
無い青空へ俺たちは飛び出す。今度は秋葉が俺の指に自分の指を絡めてそっと
手をつないできた。
…………今日も良い天気になりそうだ。
かぼ〜〜ん。
檜の桶がタイルに打ち合わさる音が一面に広がる。汗を流しおろした俺は手
で湯船をかき混ぜ温度を確認すると、右足からゆっくりと浸かる。
ざばぁ〜〜〜
「ふぃぃぃぃぃ」
親父臭いと自分でも思いながらも思わず声を漏らす。
さぁぁぁ………
木々のざわめきを聞きながら縁に首を乗せ体を浮力に任せる上を見上げる。
眼鏡越しに見える天窓の向こうの星は一体何時の煌めきだろうとふと思う。
さぁぁぁ………
今日は風が強く雲の流れが速い。星空を見るために浴室の照明は切ったまま
で空間は星の明るさが漂っているだけだったが、そこに一閃の月光が入り込み
周りを照らし出す。
がらがらがら
その光に誘われるかのように、秋葉が脱衣所から全身をすっぽりタオルに包
み込んだ状態で現れる。
「…………思ったより遅い登場だね?」
顔は上を向いたまま、多少おちゃらけるように話す。
「くすっ。まるで私が来ること解っていたような言い方ですね?」
これまた起用にタオルを巻いたまま、桶にお湯を掬い体を清める秋葉。ちな
みにシンボルの髪は後頭部でお団子に纏めている。
「まぁ、今朝の遣り取りから考えれば、秋葉の行動は解るよ」
「ええっ。好きな人のお遠回しのお誘いを断るなんて、私はどっかの兄さん
と違いますから。」
………秋葉も言うようになったな。
「それじゃ失礼します。」
タオルを壁に固定しているシャワーノズルに掛け、秋葉は一糸纏わぬ姿にな
ると浴槽に入ってくる。流石に俺が入るときにだいぶこぼれたらしく、お湯は
溢れないで波紋が広がるだけ。すぐに俺の横にやってきて、これまた俺と同じ
ような体勢で秋葉もお湯に浮かぶ。
「………星が綺麗ですね?」
「………ああっ綺麗だな」
暗い空間に男女一組。ちょっと早めだと思うが、鈴虫が恋人を求めて賢明に
羽を擦り合わせている音が聞こえる。
秋葉は俺の肩口まで頭を寄せ甘えてくる。
「……ふつうこう言うときは『きみの方が綺麗だよ!』とか返ってくるのが
お約束だと思うのですが………」
「……………」
「いや、そんな無言でも困るのですが……」
「……すまん。まさか秋葉が冗談を言ってくると思わなかった」
「やっぱり変ですか?(真っ赤)」
「うんにゃ。なんか新鮮な秋葉の一面が見られて俺は嬉しいよ。でも、そん
な台詞何処で覚えたんだ?」
「……この前、瀬尾が家に来たときに色々な本を借りましたので」
それはある意味危険だと思うぞ、妹よ。
瀬尾ちゃんに後でその貸した本の内容を聞いてみようと思う。もし、黙秘し
た場合は『こめかみぐりぐりの刑』してやる〜。勿論痛くしないように優しく
だけど。
秋葉は体を器用に回転させうつ伏せになると俺の上に覆い被さり片足を股間
に滑り込ませる。頬を俺の胸板に擦り会わせ甘える秋葉。
「……お兄ちゃん……だい好き」
《続く》 |