未来視


(志貴さんってやっぱりかっこいいなー)
瀬尾晶は、ふにゃんと、とろけるような笑顔を浮かべて、あのほんわかとした、いかにも人畜無害に見える遠野志貴の顔を思い浮かべた。
 瀬尾はとある事件に巻き込まれて、殺人者から志貴の手で助け出されたのである。
 低く思わず背筋がゾクゾクとするような声。
 柔らかい笑み。
 そして窮地から助け出してくれた、白馬の騎士――。
(白馬の騎士はちょっとアレだけど)
思わず晶は顔を赤らめる。
(でも、助けてくれた恩人なんだよね――)
眼を細めて、あの時のことを思い出す。
 あのとき、志貴さんったら、やさしくて――あの人に騙されていたわたしを助けてくれた。
 月夜の明るい晩、殺されそうだったことを思い出すたびに身震いし、そして現れた志貴のことを思い浮かべる度に照れてしまう――格好よい志貴の姿に。
(――つき合ってください)
晶の妄想は続く。
 そうすると、志貴さんはちょっと驚いたような顔をして、そして眼を細めて、そっとあの声で言ってくれるんだ。
『――晶ちゃん』
 そしてわたしは顔を真っ赤にして、そしてそして、ふたりはいつの間にか近づき、そしてそして――キャー!
 思わず頭の中でサンバが踊り始める。
 ひゃっほう、とばかりに、陽気なラテンの音楽が鳴り響く。
 手をぎゅっと握りしめてぶんぶんと振る。
 晶の体が大きくぶるっと震える。
 まるで、今どきの少女マンガでもありえそうもない、ロマンティックで乙女チックな甘い想像に、晶は身悶えた。
「……志貴さんとつき合う」
そっとつぶやいてみる。
 つき合う、という言葉が頭の中どころが脊髄をとおって心臓へといく。
バクンバクンと心臓が鼓動する。
 夢見る中学生、瀬尾晶は、それだけでも心臓がドキドキしてしまう。
 かぁと顔が熱く火照る。
 そして、そして――。
乙女の心は止まらない。
アクセルいっぱい。めーいっぱい。
 そして――つき合うっていうことは――そのまま――ええ……えっち……も
 晶はそのことを思い浮かべる。
 晶は今時の中学生、当然ながら、そのあたりのことは知っている。晶が趣味でよく買うボーイズラブな本にもその描写――まぁそれだと男と男なのだが――はある。
 晶は下をうつむく。
 あぁんなコトや、こぉんなコトを、色々と思い浮かべる。
 真っ白なシーツの上、志貴さんがわたしをやさく抱きしめて。
 キスして。
 頭をなでて。
 胸にさわって。
 わたしも勇気だして志貴さんに触れて。
 妄想は止まらない――そもそも止まるようならば、妄想とは言わない。
 そして志貴さんは、わたしのあそこにふれて。
 そしてそして、志貴さんは――きゃあ。
そういうシーンの妄想をいったん断ち切る。
 ボーイズラブにかかれているあういうことは本当なのだろうか? とちょっと思ってみたり。
 そして
 できれば、夜明けをふたりで迎えて、一緒に珈琲を飲みたい。
なんてことを思ったりしてしまう。
 そしてふたりはつき合って――色々あって喧嘩したりして。
でもふたりは一緒にいて。
 そして結婚するんだ。
 結婚まで飛躍するところが中学生。でも夢見るお年頃――責めるのが酷というもの。
 志貴さんはお父さんの跡を継いでくれて。
 古びた町並みの、古びた家を思い浮かべる。
 晶の実家である。
 米所で有名で、水もおいしい。だからお酒がうまい。
 志貴さんは早起きして、わたしと赤ちゃんのために一生懸命日本酒を仕込んでくれる。
 ――いつの間に赤ちゃんがてきて、うまれたのかは突っ込んではいけない。
 でその日本酒が品評会で入賞して――。
 晶の甘い夢――妄想――は果てがない。
そのとき、晶は自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。

とたん目の前が白くなり、キーンと耳鳴りがする。
(――あ!)
晶は幻視を見た。

 それは憧れの遠野先輩の姿であった。

 それはどこか見たことのない洋館の一室。
そこで憧れの秋葉先輩がベットの上で半身を起こし、踊っていた。
 全裸だった。
美しくきめの細かい肌は朱色に染まり、長い髪が乱れ、汗ばんだ肌に張り付き、眼はとろんとして、涎がでるのもかまわずに口を開け、嬌声をあげていた。
(えっち、してるんだ)
 晶は目の前の光景を胡乱な頭でみていた。
たしかに目から情景が入ってきて見せているというのに、晶の頭脳は一切の働きをやめて、認識してくれない。
 (遠野先輩が、えっち、してるんだ)
見ると、秋葉はどうやら男の人の上にまたがっているようだ。
(男の人の上にまたがって、えっち、なんて――)
 ゆっくりと、映像が頭の中で意味を成していく。
秋葉は晶が見られているのもかまわず、乱れていた。
体を大きく動かし、腰を艶めかしく動かしている。
時折、男の人の手が先輩の躰をなでる。
 秋葉の可愛らしい胸の先をつまみ、手のひらにおさめ、揉む。
その度に秋葉の肢体は動き、嬌声があがる。
 それは踊っているようであった。
 愛の営みを見ていることがわかってくると、晶はかぁっと血が昇った。
 わたわたとする。
 思わず手で眼を覆い隠し、目を閉じる。
 ドキドキドキ。
まるで耳の鼓膜のところに心臓があるように鳴り響く。
 でも耳からは喘ぎ声が聞こえる。
耳を手でふさぐ。
すると視界がひらけて、秋葉が交わっている姿が見える。
  きゃあ、きゃあ、きゃあ。
 目をふさげばいいのか、耳をふさげばよいものか――晶にはもぅ何がなんだかわからない。
 ばたばたばたとするばかり。
 麗しのお姉さま、遠野先輩の艶姿(?)をみたいと思ったり。
 そんな自分がなんだかイヤらしい女の子になっちゃったようで。
 でもやっぱり見てみたくて――。
 やっぱりイケないことで。
 でもでもでも!
(あわわわわわ)
 もう晶はどうしてよいのか解らず、おたおたと、うろうろとする。
目はぐるぐる渦巻きで、もぅきゅぅ〜っていう擬音が聞こえてきそうなぐらい。

 しかし、その時、声が聞こえる。
 とたん、晶が動かなくなる。
 真っ赤だった顔が真っ青になり、おずおずと、ベットを見る。
そこには、遠野先輩と男の人――。
そこには、遠野先輩と――。

「いやー、遠野先輩、近親相姦なんて、いやぁぁぁぁぁぁ!!!」
晶は絶叫する。
 そこには、秋葉を抱く志貴がいた。
「わたしの志貴さんをとらないでぇぇっっ!!」


 視界が戻る――と、そこは生徒会室。中等部と高等部の面々がそろって会議してる最中。
呆然と立ちつくす瀬尾晶に視線が集まる。
 視線が痛かった。
何も考えられない晶の前に、ふるふると震える、秋葉の姿があった。
「――瀬尾」
 それは地獄からの声だった。
 びくんと体が反応してしまうのは、小動物系の悲しさか――。
「みなさん」
遠野秋葉は、にっこりとこれ以上ないお嬢様の笑顔を浮かべ、生徒会の面々に挨拶をする。
「どうやら瀬尾の様子がおかしいので、医務室へつれていきますわ」
そして瀬尾の腕をひっつかむと、部屋から連れ出そうとする。
「あわわわわわ、違います、違いますってば、遠野先輩ぃ」
悲鳴をあげる晶。
しかし秋葉はにっこりとした笑みを浮かべながら、
「いいえ、瀬尾、あなたは具合が悪いんですから、医務室へ行きましょう」
晶には、具合が『今から』悪く『なる』のだから、としか聞こえない。
そして秋葉は晶にだけ聞こえる声で、
「――あと、『近親相姦』とか、『わたしの志貴さん』について、お話してくださると、わたしとしてはうれしいわ」
 唇だけが笑うという――冷たい笑みを浮かべる秋葉。
 つかまれた箇所が痛い。握りつぶそうとしているぐらい、力が込められている。
ズルズルと引きずられていく。
 「ああああ、先輩助けてぇぇぇ」
バタバタともがく。
「えぇ」再びにっこりと笑う。「助けるから医務室までつれていくのよ」
 どう聞いても死刑宣告にしか聞こえない。
がく、とうなだれる晶をつれて、秋葉は生徒会室から出ていき、扉をぴしゃんと閉めた。



追補
 秋葉はちゃんと晶ちゃんと医務室につれていったそうです。
 えぇちゃあんと。


あとがき
 晶ちゃんのSSです。
18禁を期待した人ゴメンなさい。
 あのシーンが一応ながら入っているので18禁指定にしました。でも今時こんなので18禁はないだろー、という人、ゴメンなさい。
 当初、あのシーンをもっとねちっこく――睨月舎さんに寄贈したSSのように――書こうと思っていたんですけど、バランスが悪くなるので、ヤメました。
 あのままいい感じで進んでいるので、そのテンポを崩さないレベルで描いたらあぁなった、というわけです。
 
 あと晶ちゃんの幻視がここまでみれるものではないのですけど――たぶん一瞬だけだと思う――まぁそこはカンベンしてください。

 生徒会の会議中、志貴のことを考えていた晶ちゃん。様子がどうしてもおかしい――えぇ瑞香からみてもイっちゃってます――ので、秋葉が声をかけた、と。すると秋葉の声が引き金になって幻視を見た、ということです。
 最初に生徒会でどーのこーのとかくとオチがばれるのでかかずに、こちらに書いておきます。……最初からオチがよめる、といわれそーなSSですが。
 瑞香はこーゆーノリを勉強している最中なので、そのあたりのテンポがかけていたらいいな、と思ってます。短いセンテンスと所々体言止め。それでテンポつくり――なのですが。うまくいっているのでしょーか? いっているとうれしいですね。

では、また別のSSで。
18th. March. 2002
#005
03/26.2002 Ver.1,2

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