また、な オレが学校に来てみると、遠野が机でぐったりとしていた。 「よー、どおした、遠野」 いつものように、陽気に話しかける。 すると、遠野はガタっと勢いつけて立ち上がる。 ――ん!? 遠野の様子がおかしい。 貧血……じゃないな……。 どうみても元気いっぱいである。これで貧血で倒れるとしたら――まぁ遠野からありうるか。 「有彦、待っていた」 待っていた!? 遠野からそんな言葉がでると、イヤな予感がする。 「あー、ゴメン、ちょっと用事が……」 遅刻だけの予定から、全日欠席へと予定を変更――だったが、がちっと襟首を捕まれた。 「有彦、お願いがあるんだ」 ――お願い!? オレは仰天した。 この物欲がさらさらなく、まわりに女があんなにいるのに、特に気にしていない、なんというか、この変人が『お願い』!? 背筋がゾクゾクする。 「あー、遠野、まじカンベン。寒気がしてきたから、医務室へ……」 しかしそれ以上、有彦は言葉を続けることはできなかった。 目がすっと細まり、少し蒼く光る。 こういう時の遠野は本気だ。 長年のつきあいだからわかる。このボケでトンマでコンコンチキで――そしてもっともあやうくて、危険なヤツ。それが遠野だ。 「な、なんだよ」 まぁ一応聞いてやることにする。 「お金貸して欲しいんだ」 ――あぁ。 うんうんと頷く。あの秋葉ちゃんに養われている身分としては、兄貴としてお金がせびれない、そういうワケか。 まぁ遠野も難儀だなぁ、小遣いを一銭ももらってないとか。 まぁオレの方は姉貴からの銀行口座の振り込みでなんとか生きているが――こいつの場合はもっと質が悪い。 お金持ちボンボンで、あんなどてかい屋敷に住んでいるクセに、お金に不自由するとは――遠野も不憫なヤツだ。 まぁオレたち、マブダチだし、いくらか貸してやろう。 「あー遠野いくらだ」 「ありがたい」 遠野の顔が明るくなる。 「――有り金全部。全部出せ」 「……」 ――いまなんとおっしゃいました? アリガネゼンブ、とはいくらのこと。 100円か? 1000円か? それとも萬札のことか? 「はっははははははははははははは」 思わず高笑いする。 つられて遠野も笑う。 ひとしきり笑うと――。 「だせるか、ボケっ!」 と突っ込む。 こいつ、マブダチだと思ってやさしくしてればつけあがりあがって……。いっぺん締めたろか? しかし遠野の目はすっと細まったまま。 近くのクラスメートのざわめきが遠く聞こえる。 見えるのは遠野だけ。 ――マジだよ、こいつ。 「あの――遠野」 一応こいつの心づもりを確認する。 「有り金全部ということは、財布ごと渡せっていうこと?」 「――わからない」 ……わからないって、遠野、お前……。 「今日どうもしても、そろえたいものが、多いんだ。家に戻っている暇はないし」 本当に困った顔をする。 「何買うんだ?」 「花束」 そりゃ……モノによっては確かにオレの有り金全部いるわな。 しかし花束って……。 「あと細々としたものが少し」 「どうしました、遠野くん、乾くん?」 するとシエル先輩が現れて、にこにこと声をかけてくれる。 「あー、先輩。聞いてくださいよ。遠野ってヤツは……」 しかしオレがいうよりも早く、 「そうだ、シエル先輩!」 そういうとシエル先輩の両肩を鷲掴みにする。 こらこら遠野。女性の方にそういうことをしてはいけない。 マブダチのオレも疑われるだろう。 「な、なんです、遠野くん」 ちょっと驚いて答える先輩。まぁいくら先輩でもこの遠野のノリにはついていけまい。かくゆうマブダチなオレでもついていけないのだから。 「メシアンで貸したお金――返してください」 ――遠野、お前、貸すほど金があったの? 「わたしは借りてませんよ」 「え……貸したと思うんだけど……財布ごと」 「うーん」腕組みして考える先輩。「覚えがありませんね」 「おい、遠野」 こここそオレの出番である。 「お金のことで女性を、先輩を困らせてはいけない」 そういってズボンのポケットから財布を取り出すと、遠野に投げつける。 「ほら、貸してやる」 ――くぅぅぅぅ、男、乾有彦、決まったな。 ふっと大人の笑いを浮かべ、先輩のリアクションを待つ。 「ありがとう」そういって遠野は、先輩を連れて教室から出ていった。 ――おい、遠野、そこで先輩をつれてったら…… 大きくため息をつく。 だから遠野ってヤツは。 最後の授業も終え――単位計算上、この授業だけは出席しないとならないのが学生の辛いところ――帰ろうとした時、ようやく遠野が戻ってきた。 手には大きなコンビニの袋にぎっしりの缶。 ――こいつの奇行には慣れたつもりだったが……まだまだ精進が足りない。 「その缶の山――なんだよ」 しかし遠野はオレの言葉を無視して、 「ちょっとつき合って欲しい」 と、オレの腕をつかんで、ぐいぐいと連れて行く。 「ちょっとワケぐらい話せよ」 そういうと、志貴は笑って、有彦お前に来て欲しいんだ、と言った。 ――ふぅ。 オレがこんなに紳士で大人じゃなければ、お前をボコにしているぞ。 仕方がなく、遠野の後についていくことにした。 学校のとある廊下。 誰もいない。 遠くにはクラブ活動で騒ぐ生徒の声が聞こえる。 夕暮れで橙色に染まって――そして長い影とのコンストラクトが目に痛いぐらい。 窓は開いていて、桜の花びらがひとつ、ふたつと入ってくる。 まるで自分の学校のようでなかった。 ふいにカン高い笛の音が響く。 それもかき消えて。 あたりは静寂に包まれる。 そこにはすでに先客がいた――シエル先輩である。 「待たせてゴメン」 「いいえ」とにっこり年上の女性の笑みを浮かべる先輩。 くぅー、やっぱ先輩はいいな。 すると、遠野はコンビニ袋を床におく。 そこには、缶、缶、缶――たくさんの缶があった。 なんだよこれ、と尋ねる前に、遠野はぽいっとオレに一本缶を投げよこす。 シエル先輩にも缶を渡す。 当然遠野も持つが、10本以上余る。 はぁ? と見ていると、遠野は缶で山を作る。すべてコーヒーだ。 「……じゃ乾杯」 ――は。もしもし? きょとんとするオレを無視して、シエル先輩と遠野は缶を開ける。 「なぁ遠野――」 すると、夕日を背に遠野が言う。 「お前にも加わって、飲んで欲しいんだ」 逆光のため、その顔は見えない。 「……」 >br> もう遠野の奇行や奇癖に慣れたオレ様は、ため息をつくと、缶を開ける。 そして乾杯。 ほろ苦く、そしてミルクと砂糖の甘みが広がる。 そういえば、遠野って和好みでお茶じゃ……。 しかし遠野も缶コーヒーを飲み干している。 その様子はどこか儚げで。 まるで貧血で倒れる前の、虚ろな感じで。 そのまま夕闇に、黄昏とともに消えてしまいそうな――そんな感じが遠野からした。 もう一本、渡される。 ――続けて飲めっていうのか? やれやれと肩をすくめて、オレは飲む。遠野にとことんつき合う気になっていた。 「……なぁ有彦」 遠野が静かに切り出す。 「俺に、もう一人友達がいてさ」 ――知らないぞ、オレは? 遠野の話は初耳だった。小学校からのつき合いで、お前がオレ以外でつるんでいるのは見たことがないぞ? 「そいつにお前のことを紹介しておきたくてさ」 ――はぁ? あたりを見回すが、ここにはシエル先輩と遠野とオレしかいない。それともどっかに隠れているんだろうか? 「なぁ、遠野。わかるように言ってくれよ」 しかし返事はない。 「乾くん」とシエル先輩。 「今日何日だかわかります?」 「えっと今日は3月の22日――」 ――そう前日はお彼岸の中日で春分の日。だから学校は休み。 一日中、家でゴロゴロしていた。 「――そうか」 オレはなんとなく納得した。 たぶんその友達って――もういないんだな。 でも疑問が残る――この缶コーヒーの山は? まぁいい。 オレは缶の山からまた一本、コーヒーをとる。 そういうことなら、な。 また一本――キツいけど飲み干す。 まぁわかんないけど、これが遠野式の供養なんだろ。 そして遠野は缶の山に向かって、そっとつぶやく。 また、な、と――。 しばしの沈黙。 「……じゃあ、シエル先輩、有彦」 遠野はこっちを見る。 笑っていた。 満ち足りた笑顔。 遠野のこんな顔を見るのは初めてで――なにかいつも思い詰めたようなとこがあるのに、そういうのが一切なくなったような――そんな笑み。 「――帰ろう」 でもオレはまだ言いたいことがあった。 鞄を持ち上げ、帰り支度する遠野と先輩を後目に。 缶の山に向かって、 と親指をたてて自分を指し、 「――乾有彦。遠野志貴のマブダチだ」 と、自己紹介した。 「よろしくな」 そしてオレも知らないソイツに向かって笑う。 「んでもって、また、な」 振り返ると、シエル先輩が微笑んでいた。 目を細めて、まぶしそうに。 「――有彦」 遠野は声をかけてくる。それを無視して 「さ、帰るべ」 と自分の鞄を持って、さっさと廊下を歩き始めた。 校門で先輩と別れ、今さっき遠野とも別れた。 とぼとぼと家に向かって帰っている最中。 長い影が橙色に染まったアスファルトの上を一緒について来る。 今年は桜の開花が早く、もう舞っている。 紅と橙の光の中、花びらが乱舞し、ふと遠野の屋敷のある坂の上を見た。 途中に家があるから見えないが、それでも鬱蒼と茂った森――たしか庭だったはず――が見える。 遠野と河原で倒れるまで喧嘩して、そしてこいつのことをもっとも親しくて近くて、そしてライバルだと知った時――ついていけるのは、オレだけだと思った。 それは、今でも変わってない。 遠野の家に戻ってから、なんか色々あったらしい。 でも遠野は言わないし、オレは聞かない。尋ねない。 グチを言いたくなったら言いにくる。 わかっている。 今日みたいな奇行、奇癖になるかもしんないが、まぁそれでもオレたちは。 マブダチ だから――。 また明日、遠野と先輩と、学校で和気あいあいと楽しむために。 そしてあいつが秋葉ちゃんと遠野の屋敷で楽しくすごすことを願って。 ――オレってシブいよな。燻し銀ってヤツ? なんて思いながら。 ――明日は朝イチから遠野の顔を見にガッコへ行くか、それとも遠野とシエル先輩と秋葉ちゃんを誘って、今度の日曜日にでも花見をしようか。 そんなことを考えながら、鬱蒼と茂る遠野の屋敷の方に向かって、 また明日な、とつぶやいた。 了 |
あとがき |
昨日書こうと思っていたSSです。サクラ大戦4と、GoodNightにすべてを費やしてしまいました(笑) 男、乾有彦です。 格好よい有彦です。 四季の弔いはなかったな、と思って。 お彼岸だからやった方がいいよね、と思って。 だから書きました。 3月22日中に書き上げないと時期を外すので、一気に書きました。 注釈:今アップしにいったらAOLがトラブルでアップロード駄目だって。 かなり、致命傷。ガーンって感じです。もしかして、これ23日公開になるのかな……。 あと有彦の財布で買った花束はあの路地裏へいき、さっちんに一人で捧げています。歌月十夜のあのシーンをイメージしてくだされば幸いです。 もちろんホテルにも。103名分の花は無理なので一束だけ――シエル先輩に花について尋ねて。 でも四季には花束よりも、やっぱり缶コーヒーでしょう、やっぱり。お酒は今は法律で買えないので。 四季は秋葉ルート以外では、一応学校で死んでいるので(ロア含む)、ここがいいかな、と思いました。 あとシエル先輩のメシアンの件。 これは歌月十夜ででてきたため、前にあった出来事なのか、それともレンがみせた夢なのか、どちらか瑞香にはわかなかったため、あれは一応、「夢」としました。 でも過去の体験から構築された夢ならば借りているわけで――その場合が正しいのならば、この部分は書き直したいと思っています。 ああ、18禁のSSではありませんでしたが、カンベンしてください。 今度はちゃんと18禁書きたいです……うぅ。 また別のSSで。 22nd. March. 2002 #008 |