俺の「永遠」 チャイムを押しても返事がないので、鍵をあけて入る。 もちろんアルクェイドの部屋で、今は真っ昼間で、あいつは寝ている。 いつものように入り込む。 つい試験期間ということもあって、アルクェイドとしばらく会えなかったから、試験が終わるとついその足できてしまう。 我ながら――色ボケしているというか、なんというか。 まぁこの場合、色ボケなんていう言葉を使うのは間違っているのはわかっているけど。 でも アルクェイドに 女に 会いたくて、急いで来てしまう――これは十分、色ボケだと思う。 まぁ――そんなこっち側の一方的な考えでも、お姫様は喜んでくれる。 一緒にいるだけでこんなにも素直に無邪気に喜んでくれる、可愛らしいお姫様がいるのだから、いそいそと足繁く通うのは男として仕方がないことだと思う。 「いるか?」 一応声をかける。が返事はない。 キッチンを通り抜けて、ベットームに入る。 と、そこには静かに眠る金髪の姫君がいた。 姫君――なんて仰々しい言い方なんだろうとは思うけど。 でもやはりアルクェイドの見せるちょっとした立ち居振る舞いは、やはりお姫様、姫君のそれで――。 一般庶民からすれば、ついつい『姫君』なんて言いたくなってしまう。 そんな姫君は静かに寝ていた。 シーツの上で、とても静かに。 枕元には、眼鏡をかけた人形があって――これを見るたびについ照れてしまう。 その人形を抱きしめるかのように、静かに眠っていた。 今は昼だと主張するように、閉ざしたカーテンを透かして陽の光が入ってくる。 その淡いコンストラクトの中、俺はアルクェイドを見つめた。 椅子を引き寄せて座ると、ただ見入ってしまう。 なんて顔をしているんだろうか――。 アルクェイドの顔は静かに何一つ乱れもなく、まるで人形が寝ているようだった。 あのアルクェイド!? と言いたくなるほどの違う雰囲気をたたえていた。 アーパーで、バカで、素直で、まっすくで、我が儘で、ウソはつかないけど、よく逆ギレして、律儀なくせに人の話を聞かないで――可愛らしい俺のお姫様。 その表情はまるで煌めく万華鏡のようにころころと変わるのに。 ここで眠る彼女は――まるで精密にできた人形のようだった。 きょろきょろと動く深紅の瞳もいまは瞼に隠れ、その描いたような眉、すっきりとした鼻梁、ふっくらとした朱色の唇、柔らかそうな頬――いつもはあの表情と口調のためついつい見落としがちになるが、本当はこんなにも綺麗なのだと、再認識してしまう。 わたしを殺した責任とってもらうからね――。 こんな馴れ初めのカップルなんて他にはいないだろうな。 外から車の騒音とテレビの声が静かに響いてくる。 それよりも規則正しい彼女の寝息が心地よくて。 ただ眺めているだけだというのに、それだけで嬉しかった。 そしてあのめまぐるしく変わる表情がないだけで、こんなにも寂しくなるなんて、全然思わなかった。 あの抜けているのかしっかりしているのかわからなくて、ただただしゃべるのが大好きなアルクェイド。 そんなアルクェイドと今目の前に寝ている彼女とのギャップに、とても寂しさを感じた。 いろんな話をした。 まぁ俺も年頃だから、あういうこともふたりっきりならばやるけど――そうでない場合は、他愛もないおしゃべり、様々な場所へ連れて行くことがほとんどだった。 そこで金髪のお姫様は喜び、感心し、興味深そうに観察し、そして笑った。 そんな時はうるさくて、まるで子供のようだった。 遊びにいけることが嬉しくて嬉しくてたまらない子供。 そしてふたりっきりて恋人どうしとしての逢瀬。 熱情的な口づけ、愛撫、愉悦、悦び――年相応の女の子に見えた。 そして戦いの時、あの緻密な機械のような戦いぶり。 圧倒的な力、存在。 まさに吸血姫。真祖で、俺よりもずっと年上のように思えた。 どれもこれもがすべて、俺のアルクェイドだった。 そしてどれもこれもが俺の知らないアルクェイドだった。 800年前からただずっと孤独に生きてきた吸血姫。 その間の記憶は想像してみれば、すごく惨いものだと思う。 彼女が起きている時というのは魔王狩りとかいう、吸血衝動に負けた真祖を滅ぼす時だけ――。 真祖が滅んだ後は、死徒狩りの時だけ――。 だから 彼女の記憶は血と死と破壊と苦しみに満ちたもの。 こんなふうにただ眠っている彼女はまるで氷の美女。眠れる姫君。 夢なんて見ない、なんていったけれども――。 できるならば、夢を見て欲しかった。 他愛もない、意味もないコトを思い出し――そして笑って欲しいと思った。 彼女にある、血まみれの記憶や過去が消えるとは決して思わない。 死徒との死闘、魔王との存在の奪い合い――どんな戦いだったのか、どれだけ凄惨だったのか――俺には想像もつかない。 あのネロとの、あのロアとの戦いで、あんなにも血まみれで哀しく戦う彼女のことを思うと、 そして俺の知らない凄惨な戦いを思うと、 つい、涙がでた。 なんでこんなに涙もろいんだろう。 心が揺れてしまう。 だから、胸が震えてしまう。 低く嗚咽が漏れていた。 俺は涙をこすってふくと、深呼吸した。 こんな顔を見せない そう誓っていた。 彼女には、深紅の瞳の姫君には、金髪のお姫様には、吸血姫には、そしてアルクェイドには、笑った顔だけを見せたかった。 もし俺がこんな顔をしたら、アルクェイドが笑えないじゃないか。 だから、深呼吸した。 よしいける。大丈夫だ。 再びアルクェイドを見る。 すると、ほんの一瞬、見間違いかと思うぐらいの瞬きするぐらいの瞬間。 寝ているというのに 夢などみないというのに 笑ったのだ。 あの氷のような美貌だけの精緻を極めた人形ではなく、 俺の知っている可愛いお姫様になった。 なぁアルクェイド 俺はそっと寝ている彼女に話しかける。 たとえ夢でもいいから 笑ってくれ。 ――ずっと。 そう願ってしまう。 永遠なんて存在しないことはわかっている。 でも俺の「永遠」――。 俺が消えれば消えてしまう――そんな儚い永遠だけど。 でも俺の中の永遠において、 アルクェイドにはずうっと微笑んでいて欲しかった。 あの吸血鬼なのに、日溜まりがよく似合う 可愛らしく、柔らかな微笑みで――。 唇がひらき、ゆっくりと息を吐く。 瞼を微かに動く。 そしてゆっくりと開き、深紅の瞳にゆっくりと意志が灯る。 「あ、志貴」 少し鼻にかかった甘えるような声。 そして微笑む。 とても柔らかく そして嬉しそうに。 「起こしてくれればいいのに」 笑って欲しいなんていっていたけど、本当は、俺が笑っているアルクェイドが見たいんだと悟った。 「いや――今きたばかりだから」 「もぅ――こんな時間なんだ」 ふと気が付くと部屋は真っ赤に染め上げられていた。 もう夕方である。 「今日はどこに行く?」 俺は笑いかけた。 へへへへ、なんて可愛らしく笑うと、彼女は俺にキスしてくる。 かすかに唇どうしが触れ合う――そんな恋人どうしの甘いキス。 「おはよう――志貴」 そしてにぱっと笑う。 俺も笑う。 「おはよう――アルクェイド」 俺は何度でも笑いかける。 この何も知らない無垢なお姫様に。 彼女に笑って欲しいから。 俺の願望、一方的な押しつけと言われても仕方がない。 でも――それでも、 たとえ夢の中でも、 たとえ俺の中の永遠だけでも、 アルクェイドにはずうっと、笑っていて欲しい。 それが俺の「永遠」だった。 - 了 -
29th. May. 2002 #32 |
あとがき |
おひさしぶりの非18禁です。 ひゃー、ほんとにひさしぶりだわ(笑) 5/3の「――そしてデート後」以来ですよ。 3週間ぶりです。 わたしが書くアルクェイドさんはどうしても泣きが入ってしまうようです。 うー、どうしたらいいのでしょう。 もっとあっけらかんとして、明るいアルクェイドさんを書きたいのですけど――あのあーぱーで楽しい様子を書こうとしても、思いつくのは哀しい話がかり――。 むむむ、もしかしてそういう見方してしまっているのかな? むむむ、直さなくては。 でもアルクェイドさんって書きづらいんですよね。 やはり、あのトゥルーエンドの「月姫」の印象が強くて。 どんなに望んでも手の届かない、あの冴え冴えとした月のような――。 殺しても止めたかった志貴くんの思いがとても強くて。 そんな思いがありまして。 アルクェイドさんが嫌いなわけではなく、その思いがどうしてもあって。 だから側にいたとしても、こういう風な話になってしまうんでしょうねぇ(嘆息)。 グッドエンドが基本的なオフィシャルなエンドですから、それに準じて書けば良いんですけどねぇ…………うまくいかないようです。 まぁともかく。 もっと明るくバカ話が書けたらな、と思う今日この頃です。 |
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