クールトー君の帝国




 やりました!
 やりましたのです!
 とうとう、この日が。
 とうとう、この栄光がやってきたのです!!

 とうとうクールトー君の帝国が完成したのです!
 この遠野家を支配する時がきたのです。きたのですよ!
 あの苦悩の日々。もと狼王として尊敬されるわけもなく、仔猫にさえ蔑ろにされていた屈辱の日々は終わったのです。下克上なのです。頂点なのです。トップなのです。リーダーなのです。皇帝なのです。なのですよ!

 とことことこ、と巡回です。
 胸をはって巡回です。皇帝様のお通りなのです。

 台所に行くと、だぁれもいません。あの朗らかでいつも笑っているご主人様はいません。ぐつぐつと煮えている鍋も、トントンと小気味よいリズムの包丁の音もありません。あるのは山盛りとなった生ハムだけ。

 …………。

 生ハムを一口。でも紙を噛んでいるような味しかしません。いつもはほっぺたがおちそうなほどおいしいのに――――クールトー君にはわかりません?
 ぷいっと向くと、そのまま巡回です。皇帝たるもの、自分の領地をきちんと把握してなければならないのです。
 ふかふかの絨毯が敷き詰められてる廊下を堂々と歩きます。
 いつもパタパタと忙しげに掃除しているご主人様の妹はいません。静かな廊下です。誰も皇帝がとおるのを邪魔しません。

 …………。

 胸をはり、堂々と歩いていきます。
 そして階段を昇り、まずは群れのリーダーの部屋を覗いてみます。
 窓はとじられ、カーテンは締められ、からっぽでした。部屋にはいって一周します。ここはリーダーの部屋なのですから、ここが一番立派な部屋であるのです。だから念入りに巡回するのです。

 …………。

 とことことこ、と歩きます。そのまま巡回です。
 ゲストルームにいくと、強気の菫色の新人もいません。
 いつもブツブツと言っていたり書物をめくってたりするのに、いません。

 …………。

 でも気にしません。気にしませんとも!
 そして今にいきます。いつもなら紅茶を飲んでいる怒りんぼで威張っている髪の長いリーダーの妹もいません。
 机の上は綺麗に片づけられて、あの芳醇な心地よい薫りなんてありません。

…………。

 でも胸をはって歩きます。この世界の皇帝なのだから、狼王としてクールトー君は威風堂々と、のっしのしと歩くのです。
 庭にいっても、いつもの白い騒々しい乱入者とそれをつけてくるおっかない黒い狼藉者もいません。
 騒々しいほどの蝉時雨。

 …………。

 テラスにいくと、いつもまるまって小さくなっている黒猫もいません。
 あのちっちゃいくせにクールトー君を蔑ろにしているような、飄々として寝ているのに、そこには居ませんでした。

 だぁれも、いません。

 太陽が照らして、温かく、もっとも良い場所にしゃがみました。いつもこの場所はリーダーか黒猫が陣取っているのですけど、もう自由です。もっとも皇帝に相応しい席なのですから、四肢をめいいっぱいのばして、ごろんと倒れ込みました。
 ぽっかぽかです。
 温かいです。
 心地よいです。
 風がいっとふいてきて、爽やかなのです。
 一番よい場所だけのことはあります。

 でも、クールトー君はついつい、くぅ〜〜〜〜ん、と鳴いちゃいました。

 クールトー君は孤高の皇帝なのです。狼王なのですから、こんな風に鳴いてはいけないのです。この屋敷の、この領土の、この縄張りの、偉大なる支配者なのですから。
 だけど、漏れる声は淋しげなものばかり。
 たとえ生ハムが山盛りにあっても。
 世界の皇帝になっても。

 クールトー君は独り。

 しかし狼王の、皇帝の矜持というものがあるのです。
 寂しいだなんて思ってはいけません。
 皇帝とは孤独なものなのです!
 キっと黄色い目を悲壮な覚悟で輝かせました。

 ――――そのときです。

「はい、ただいまですー」
「姉さん、早くしないと志貴さまと秋葉さまが」



  !



 ピンと尻尾がたちます。ふさふさと大きくゆれちゃいます。もう毛が飛び散っちゃうぐらいふっちゃいます。
 でも、でも我慢なのです。狼王なのですから、我慢なのです。
 ついついうごいちゃう尻尾を押さえ込んで、胸をはります。
 すると、向こうから朗らかに笑うご主人様がやってきました。

「はい、クールトー君、おつかれさまー」

 そういってごっしごしと力一杯頭を擦るのです。
 それが心地よくて、なんだかほっとして、クールトー君ちょっと、ぐっときてしまう。
 でも我慢です。男の子なのですから、ここは我慢なのです。

「お留守番ごくろうさまですねー」

 ダメです。我慢できません。
 クールトー君、めいいっぱい尻尾をふっちゃいます。これ以上ないほど、強く、大きく、激しく。もう、ぶんぶん、と見ている者が吃驚してしまうほど。

 するとリーダーとおこりんぼの妹、そして菫色の新人も戻ってきましたリーダーの横には白いのも黒いのもいました。

「なぁ秋葉、もう9月だから学校が始まってちゃっているけど」
「仕方がありません。事故なのですから……今日は自主休学です。ゆっくりしましょう」
「志貴、秋葉の云うとおりです。今更じたばた慌てても時間は戻りません。精神衛生上的にも、これからの時間はより有効に使用すべきです」
「んー志貴、錬金術師がいうのももっともだよ。せっかくだから遊ぼうよ」
「ダメですよ、遠野君はもう受験勉強をしないと」
「えー」
「それよりもシエルさん。あなたこそ3年生なのですから、遊んでいる暇なんてないのではないのですか?」
「秋葉さん、心遣いありがとうございます。でもわたしは大丈夫ですよ。推薦が決定していますから」
「……とにかく、疲れたから休もうよ」
「あ、賛成。志貴ー、休もうよ」
「待ちなさいこの不浄者。遠野クンは体が弱いのですから……」

 がやがやと、あんなにうるさい目身時雨よりもうるさくて騒々しいぐらい。
 そして全員、クールトー君を認めると、それぞれ挨拶していきます。

「お疲れさん」
「クールトー、お疲れ」
「ちゃんと番犬していたのですね、御所苦労様です」
「兄さん、番犬なのですから、当然です」
「でもさ、こういうのって気持ちだろ」
「まぁ秋葉。志貴はこういう無駄なことを楽しんでいるのですから」
「無駄なことって……」
「そうだよ。無駄なことってとってもおもしろいんだよ、知らないの、妹?」
「アルクェイドさん、いつものことですけど妹とは……」

 わいわいがやがや。
 あんなに静謐だったのに、もううるさくてたまりません。
 気がつくと、テラスの一番いいところに、いつの間にか黒猫がまるまって寝ています。

 クールトー君だけの世界ではなく、この猥雑でたまらない環境。
 それをクールトー君は黄色い目を細めて、じぃっと眺めたのです。

 ごっしごしと頭を撫でられる感触は、にぎやかで騒々しい環境は、クールトー君にとって、皇帝であるよりも、狼王の矜持よりも、それはそれはとてもとても温かく、ぽっかぽかのテラスよりも気持ちよく、生ハムよりもおいしく、喉を満足そうにゴロゴロと鳴らせるものだったそうな。


おしまい




あとがき



   ということで9月1日です。いつもどおり、アップされた日が関係する話です(笑)
 しかしこいつら学生なのに遊びすぎです(笑) かいていて、そう思いました。

 昨日リクエストされたので昨日かいてアップすべきでしたが、蒼月祭で徹夜カラオケがありまして(爆)、今日かいてアップということになりました。

 ひさびさのクールトー君は一服の清涼剤ですね。心が清々しいです。

 それでは、また別のSSでお会いしましょうね。

1st. September. 2003 #120

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