あいさつ


 
 向こうからセイバーの声が聞こえてくる。
 騒々しいほどのテレビの音量がここまで響いていた。お笑いシーンにセイバーが笑っているのだろう。
 
 自室の片づけをしていたはずなのに、とふと士郎は思った。しかしそんな他愛もない思考もすぐに快楽の波間に沈んでしまう。
 床にひいた蒲団と宿題のレポートときちんとたたまれた寝間着と、そして――――大河がいた。
 
 今はこうして大河の唇を吸っている。
 ただただ乱暴に、息さえもさせない勢いで互いの口唇にむしゃぶりついていた。
 大河の指先はせわしく、何かを求めているかのように士郎の胸をまさぐっていた。士郎の指も姉の背中をいじくりまわしていた。
 もどかしい。二人を焦らすかのように、もどかしさだけが高まっていく。
 
 …………っ……ぢゅ…………
 ……はあぁ……づゆゅっ……
 
 唇から漏れる粘膜と粘膜が擦れ合うやらしい音。
 荒々しい吐息とともに涎がしたたり落ちる。
 それさえも飲み干すかのように、貪る。
 舌を絡め、唾液をすすり、口内を犯しあい、そして求め合う。
 躰を密着させる。躰のデコボコをおしつけて、一体化しようと寄り添い合う。互いに求めあい、強くこれ以上なく抱きしめる。それだけでは足りないといわんばかりに口でもつながる。それで足りないと、さらに激しく――。
 
 遠くからセイバーの笑い声。明るいセイバーの声に二人の躰はさらに緊張がまし、高ぶっていく。昂ぶっていってしまう。
 
 見えるのは互いの顔。近すぎて輪郭さえ失っているというのに、それがはっきりと相手だとわかる。
 聞こえるのは互いの鼓動と舌が絡み合う淫水の音と荒い息。自分のものなのかそれとも相手のものなのかそれさえも曖昧になっていく。
 嗅げるのは自分の体臭。そして相手の体臭。滾ったやらしい雄と雌の匂いが絡み合い、淫靡な匂いとなって濃密に立ちこめていた。
 
 舌は互いの口蓋から出て、見えるところで絡み合う。ぬちゅぬちゅと擦れ、涎がしたたり落ちていくのにも構わず、その擦れ合う快楽をさらに掘り起こすかのように、絡み合う。
 互いの目に浮かぶのは喜悦か、それとも苦悩か――。
 
 ただ牡として、ただ牝として違いを求め、貪り続けていた。
 言葉はない。言葉なんていらない。ただ、やらしい肉欲だけに支配されていた。この蕩けるような官能に、そしてこの背徳感に痺れるほどの甘美な快感をおぼえていた。
 
 ほんの少し離れた部屋にはセイバーがいる。いることはわかっているのに、こんなに熱くなってしまう。もし喉が渇いたとかいつまでも戻ってこない二人にいぶかしめば、すぐにばれてしまうというのに――やめられない。やめようがない。
 この体の奥、腰の奥から這い上がってくる強い衝動に、ふたりは突き動かしてしまう。
 
 ひさしぶりだった。大河は修学旅行の付き添いで家をあけ、士郎は普通にこの街で生活していた。ほんの5日。たった5日ぽっち。ただそれだけの日にちにも、耐えられない。目があった瞬間、姿が視界に入った途端、ふたりは抱き合い、唇を貪っていた。
 保護者だろうとか、先生だとか、生徒だとか、そういったものは、互いの姿を見ただけで消え去ってしまった。
 たった5日だろう、と思う。大河だろうとも思う。士郎でしょうと思う。そう思っているのに、それに二人はこらえることができなかった。
 
 ただ胸の奥をつく衝動が、互いを求める欲望が、こんなにも絡み合う。服を脱ぐことさえできずに、絡み合ってしまう。息さえも奪い合うほど吸いつき、ねぶってしまう。
 
 舌を吸う。根本にまで絡め、強く、ただ強く吸い付く。
 なのにこんなにも気持ちいい。互いの動悸と吐息が入り交じったいやらしいものがこぼれ落ちるたびに、唇の端からしたたり落ちるたびに、躰に幾度も震えが走る。
 舌のザラついたところを擦り合わせる。じぃんと痺れる。じんじんと心地よい。
 大河の躰の柔らかさに士郎はドキマギしてしまう。
 竹刀をもって高笑いしている大河からは想像できないほど、その躰はしなやかで艶めかしく、そのことに士郎は改めて驚く。
 ふたつの膨らみが胸に押しつけられる。その質量と芯のある柔らかさに士郎は反応してしまう。
 思わず抱きしめていた。剣道五段の肢体はとても柔らかで温かかった。硬いのではなくしなやかでそのまま士郎の体をずぶすぶと呑み込みそうなほど柔らかくて艶めかしい。
 
 大河も士郎の逞しさにクラクラしてしまう。華奢な少年だったという思いが強すぎるのか、その広くて逞しい胸板に体を預ける。硬くてしなやかな背中の体。弟だった士郎の肉体に、頭の芯から痺れる。
 
 そうしていても、ふたりは互いの唇を貪る。
 吐息も、唾液も、舌も、なにもかも。
 言葉も視線も意味さえも何もない。
 ただ唇をあわせ、舌を絡め、唾液を啜り合う。
 絡み合う吐息が熱く、粘つき、互いの体を縛っていく。
 グズグズに溶かすほど、蕩けた吐息。
 その吐息さえ逃がさないように、また唇を重ねる。
 
 士郎は大河の下唇を舐める。それにあわせて、大河は半開きにした。
 その唇を甘噛みしながら舌でくすぐる。
 そのたびに甘い電流が唇を駆け抜け、大河は喘いだ。
 強く、弱く、かすかに、擽るように、舌先で舐められるだけで、大河は感じていた。
 ただの口づけなのに、ただの接吻なのに、なのにどうしてここまで?
 その疑問さえ淫蕩な海へと溶けていく。ただ大河の中身は士郎だけになっていく。
 
 ……ちぢゅ…………く……んふぅ……
 
 吐息が絡み合い、淫水の音がする。
 体中が熱くなっていく。体の中で火が燃えているかのよう。
 たまらなくて、苦しくて、だからこそこうして唇を貪り合ってしまう。
 この熱さから逃れたくて、どうしようもなくて。
 なのにさらに昂ぶっていってしまう。なにさらに蕩けていってしまう。
 
 生意気だった。士郎のくせに生意気だった。
 
 生暖かい唾液を飲み干しながら、大河は目の前の男を罵倒した。
 女の子になんか興味がないようでしっかりあるけれども、でも奥手だったのに――なんでこんなにキスが巧いのよ。
 
 そう思えば思うほど、腹が立った。
 自分じゃなくて、誰かと何度も、幾度も口づけをしたということ。
 それが悔しいし、士郎のくせに生意気だと思う。
 桜ちゃんなの? それとも最近仲がよいという噂の遠坂さんなの? それともセイバーちゃんなの?
 ああ、悔しい。悔しい。悔しい。
 このバカ。バカ。バカ。
 だから――目の前の男をぎゅっと抱きしめた。
 お姉ちゃんの知らないうちに士郎が大人になるなんて、いやだった。
 士郎の作るご飯は美味しい。士郎は怒っていてもなんだかんだいってやってくれる。士郎はいつもわたしの側にいる。いつも、いつも、側にいないといけない。じゃないとわたしが寂しい。寂しいんだから。
 だから――唇を貪った。
 自分が先生なのに、相手は生徒なのに、相手は士郎だというのに、貪ってしまった。
 
 開いている唇の隙間から士郎の舌が入り込む。
 唾液まみれの口蓋に入り込むと、粘膜をこすりつける。
 粘膜がくちゃりとやらしい音をたてて、舌に吸い付く。
 たまらなく惚けた大河の顔を愛おしく抱きしめながら、さらに唇を吸い、舌で蹂躙する。
 唾液はまるで蜜のよう。トロトロにとろけてしかも熱い。舌を焦がすほど熱くて、熱くてたまらない。
 それをかき混ぜながら、粘膜をえぐる。
 舌で、姉の、先生の、大河の口を凌辱する。蹂躙する。犯していく。
 聞こえるのは熱い吐息と鼓動。
 見えるのは頬を赤らめ快感に打ち震えているやらしい顔をした大河。
 そしてオンナの匂い。化粧っ気の少ない大河の体臭。
 まだ帰ってきてシャワーを浴びていないために、さらに強く感じられる大河の匂い。それを鼻腔いっぱいに吸う。肺の中まで大河で満たしてみる。
 やや汗くさく、少しほこりっぽい匂い。でもそれに隠れて漂う芳香。甘酸っぱいような、熟れきったオンナの体臭に士郎は呻いた。
 
 なんで俺は藤ねぇの唇を吸っているんだろう? 
 わからなかった。ただ――気がつくとキスしていた。ほんとうに、自然に、まるでそうなるのが当たり前のように。
 そんなわけないのに。
 相手は凛じゃないんだとも思う。
 でも、ドキドキしていた。胸が弾けそうなほどドキドキしていた。
 相手が藤ねぇだというのはわかっていた。相手はいつもの騒がしい姉だということもわかっていた。
 なのに――こうして重ねてしまっていた。
 ただ目があった時。その瞬間に、こうして抱き合ってしまった。
 
 大河の躰が痺れる。士郎の唇に、士郎の舌に、士郎の匂いに、士郎に痺れていってしまう。
 どうしていいのかわからない。どうなっていいのかさえわからない。どうなってしまってもいいと思っている自分がいた。
 このまま士郎に抱かれる、と考えるだけでじぃんと躰の奥が痺れた。
 士郎のものになっちゃうと思うとこみ上げてくる恐怖と至福。そして安堵。
 生徒とか先生だとか関係なくて、わたしが士郎のものになるという安堵に躰がゾクゾクするほど震えてしまう。
 士郎。士郎。士郎。
 おいしい料理を作ってくれて、生意気で、一生懸命で、一生懸命すぎてクタクタになって、傷だらけになっても気づかない、バカで、お人好しで、そして――可愛い子。
 そう思った途端、今度は大河から士郎の唇を奪った。士郎の硬く少し荒れ気味の唇をついばみ、ちろりと舐める。そのまま唇で荒れたところをやさしく愛撫してしまう。やさしく挟みこむと舌でちろりと舐める。唾液をたっぷりとこすりつけてやる。
 ぐもった士郎の喘ぎを浴びながら、さらに犯す。ちゅっと吸い、ぺろりと舌を擦りつける。そんな痴態に士郎の欲情しきった視線が注がれるのが感じられる。熱い視線にゾクゾクとした愉悦さえ感じてしまう。
 あんなに小さくて生意気で腕白だった士郎のオトコの視線に体の奥深いところがどろどろになっていくのがわかる。
 自分でも濡れていくのがわかる。やらしいオンナとして、過敏なほどに反応してしまっているのがわかる。こみ上げてくるような嗚咽にも似た悦楽に身も心も打ち震えながら、さらに愛撫した。
 わざと見せつけるように唇で奉仕してやる。肉感的な唇でやらしく、昂ぶらせるようにねぶった。
 目の前の士郎が見えるように、ねっとりと、はっきりと、やらしく、いやらしく。
 ちゅっと吸い付く。愛おしそうに、熱く震える可愛い士郎の唇にキスの雨を降らせる。またかさついた唇を強く吸い、また弱く吸い、舌でこすり、唾液を擦りつけるようにしてくる。唇を唾液でにするように、丹念に塗り込んでやる。
 
 …………っぷ…………っづっ……ちゅっぱっ……
 
 さらに激しく、さらにやらしく、舌どうしを絡みつかせる。舌と唇で擦られるたびに背中にビリビリと電撃が走り、執拗な口づけに士郎は呻いてしまう。
 そんな士郎の顔をみて、大河は不敵に笑った。大河らしからぬ、でも大河らしい、惚けたやらしい笑顔。
 そのまま士郎の舌が入り込んでくる。
 熱いものが入り込んでくる感覚に大河は呻き、ぬめった中に入っていく感触に士郎は喘いだ。そしてそのまま大河の口にねじ込む。
 強引に口を割らせているのか、それとも彼女がおいしそうに呑み込んでいるのかわからない。ただ陶酔しきった蕩けた喜悦に惚けていた。
 
 大河は若い男の匂いと味を胸一杯吸い込む。鼻腔の奥がツーンとしてたまらない。口の中で感じられる士郎の味をおいしそうに味わう。その熱く滾った舌の感触がこらえきれない。
 この熱さと、この固さと、この柔らかさと、口の中で暴れ満ちみちていく感触に、大河は眩暈さえ感じてしまう。
 熱く灼けたような舌がさらに深く入り込んでくる。それをちじゅうとねぶる。熱い唾液と粘膜につつまれて、士郎の躯が震えた。
 舌の根本から絡み合い、裏のつるりとしたところも、表のザラザラしたところも、ぬるりとした粘膜も擽られていく。
 まるで口の中をけずらせているよう。甘くとろけた舌先で刮げ落とされて、痺れていく感じ。
 肉体すべてが口だけになってしまった。
 この愛撫を感じるためだけの、このめくりめく官能に浸るためだけの、そんなやらしい粘膜になってしまった。
 熱い唾液だけに、ぬるりとした舌だけに、柔らかい唇だけに、粘ついた吐息だけに、それだけがすべてになってしまう。
 感じられるのは快楽。唇と舌で違いを求めて絡み合う爛れた悦楽。それが深く、さらに深く躯の奥深くに入り込み、とろかしていく。
 ドロドロに。とろとろに。熱く、爛れさせていく。
 こんなに熱く、こんなにも熱く、灼けつくほどになっていく。
 舌が蠢くたびに、粘ついた吐息が吐き出されるたびに、火照った躰が官能に打ち震えるたびに、こんなにも、熱く――――。
 気持ちよかった。
 こんなにも気持ちいいのは初めてだった。
 士郎の唇。士郎の舌。士郎の唾液。士郎の熱。
 それが気持ちいい。ひたすらに気持ちいい。
 躯の中が捩れていく。
 熱くぬめった唾液を飲み干すたびに下半身が熱くとろけていく。
 さらに、さらに舌が入り込んでくる。
 士郎の舌がそのまま喉奥から頭の中にはいりこみ、脳髄を舐め回しているかのよう。
 息も出来ないほど口内を蹂躙されているというのに、快楽に身悶えていた。
 
 …………ふはぁ……んん…………
 …………ちゅ…………ん…………
 
 堪らなくて大河はただ呻いた。そんな悦びようを見て、さらに男の躰は熱くなってしまう。
 いやらしい貌をしていた。
 喘ぎ混じりの、とろけた声。まるで白痴のようなオンナの貌をさらけ出していた。
 瞳は切なげに呻き、その唇から息がもれる。
 かすかに鼻にかかった声が、耳をくすぐる。
 甘く、切なげで、やらしい吐息。
 それに応えるように、舌でさらに抉ってやる。歯茎を擦ってやる。粘液を刮げおとして時には唾液を送り込んでやる。さらに感じさせてやる。
 どうれすばいいのか、すべて反応が教えてくれる。こうすれば感じるのだと、こうすれば悦ぶのだと、こうすれば啼くのだというオンナの躰。その反応に従って大河の口をもてあそぶ。
 
 その蕩けた貌が士郎には凛に見えた。
 優等生で、猫かぶりで、威勢が良くて、そして可愛い遠坂凛。
 なのにふたりっきりの時は、甘くねだるように口づけしてくる。
 なのに、キスしているのは凛じゃなくて、大河だった。
 違うのに。違うというのに。
 わかっている。こんなことをしてはいない相手だと。
 こんなことをする相手はいない。
 自分には凛がいる、と思う。
 思っているし、わかっている。けれども――――
 狂おしかった。
 狂っていた。
 そう――狂っていた。
 藤ねぇに狂っていた。こんなに惹かれて、こんなにも溺れていた。
 狂っていなければならなかった。
 惹かれていなければならなかった。
 溺れていなければならなかった。
 だから、さらに唇をついばむ。
 愛おしげに、激しく、ただ激しく。
 
 舌を音が出るぐらい吸いたてる。湿った音が淫らに響く。
 大河はそれに耐えきれず、士郎の躰を抱きしめる。頼りなさげに躰にまきつき、指がバラバラに何かを求めるように這いまわる。
 しかし、ねだる女の口唇はさらに求めていて、理性を甘く痺れさせていく。
 
「――――っぁあ……ふぁん……ふ……」
 
 あまりの気持ちよさに、大河は喉奥から悦楽の嗚咽を漏らしてしまう。口を離してあげてしまう。
 それを覆い隠すかのように士郎の唇が重なる。
 
 聞こえたかもしれない。聞こえなかったかもしれない。
 
 頭のどこがで冷静な声が囁く。
 
 セイバーに聞こえたかも。いぶかしんでこちらに来るかも。
 
 なのに止められない。止めようがない。
 絡み合う視線。しかしそれも一瞬だけ。
 また淫蕩な海に互いの理性は溶け込んでしまう。その猥褻な視線に絡め取られていく。
 セイバーに知られてしまうかもしれないという恐怖が背筋を駆け上る。ゾクゾクとした悪寒にも似たものは胸をこんなにもざわつかせる。――なのに気持ちいい、と躰が震えてしまう。背徳めいた退廃感が躰の芯を甘美なまでに疼かせる。
 見られる、見られてしまうという感覚がずるずると底なし沼へと引きずり込むような、おぞましいほどの悦楽。
 士郎は堕ちる快楽に浸るかのように目を閉じ、かまうもんか、とさらに互いの唇を奪い合う。
 この躰を灼き焦がす淫蕩な熱をさらに熱くさせるかのように、激しく唇を合わせる。そのたびに滾ったものが呼応して、さらに昂ぶっていく。
 熱く、熱く、さらに熱く。まるでこのどろどろとした爛れた情欲がそのまま溢れ出たかのように、ふたりを灼き焦がしていく。
 
 しかしふたりは口づけ以上にすすまない。
 見られてもよい。知られてもよい。抱かれてもいい。抱きたい。
 そんなことを思いながらも、ただ互いの唇を貪るだけ。
 士郎のものになってもいいと思っていても。
 藤ねぇをこのまま抱きたいと思っていても。
 一線をたしかに踏み越えているはずなのに、でもそれ以上は進まない。
 もどかしげに藤ねぇは背中に回した手を動かし、士郎は大河のおしりに触るだけ。
 疼いていた。
 躰の芯にもどかしいような疼きが幾度も走る。
 ふたりを翻弄するかのような疼きに、全身が犯されていく。爛れていく。乱れて――――いく。
 口蓋と舌に熱い粘膜が触れるたびに、じぃんと深い愉悦が広がっていった。
士郎の味が、このこらえきれない牡の味が胸や腹までいっぱいになっていく。こんなにもおいしい味が、頭をとろかせてなにもかもなくしてしまう、
 まるで麻薬のよう。躰どころか精神も魂さえも取り込まれていく。病みつきになってしまう。
 この弟としてつき合ってきた男の味が、こんなにも胡乱にさせてしまう。蕩ける。蕩けていってしまう。
 躰の奥から粘ついた熱いものが背筋をそって頭までのぼってきた。ゆっくりとゆっくりと、ふつふつと滾ったそれが背骨にそって這い上がってくる。
 それがいい。背骨がその熱さにとろけていく。どろどろになって、何もかもすべてがとけていく感じ。
 このいやらしい感覚に、神経ひとつひとつがバラバラにほぐれていく。なのにひとつひとつは過敏で、髪の毛の先まで感じて、甘くわなないてしまう。
 
 躰が邪魔だった。
 士郎ととろけたかった。この熱い空気をかき乱す粘ついた吐息となって、ひとつにとろけたかった。
 弟でもよかった。生徒でもよかった。それが士郎ならば、どうでもよかった。
 士郎とならば、どうなってもよいと大河は本気で思った。
 
 口の中に牡の味と匂いがみちみちていく。それがおいしい。いくらむしゃぶりついても足りない。
 こんなに舌で、口で、喉で、指で、目で、頬で、肌で、躰で味わっていても、まだ足りない。
 もっとと疼いてしまう。はしたなく疼いてしまい、突き動かされてしまう。たった5日会えなかっただけで、こんなになってしまうだなんて――。
 この体臭が、この味が、この肌が、この温かさが、欲しくてこらえきれない。もっと、もっと、もっと。全身でもっと感じたい。
 そう感じれば感じるほど、さらに淫らにねぶってしまう。
 
 大河はいつしか太股を擦り合わせていた。濡れていた。恥ずかしいほど濡れていた。こんなにも気持ちよくて、まだ触れてもいじってもいないのに濡れているのがわかった。とろとろと熱い淫蜜が肉襞の奥からわき上がり、下着を濡らしているのがわかった。
 
 士郎に嗅がれてしまう、そう思うと急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
 なのにちょっと腰を揺すり、太股を擦り合わせてしまう。深くじぃんと痺れる感覚に、溺れてしまう。
 はしたない。恥ずかしい。なのに――――気持ちいい。
 士郎の見ている前で、士郎と口づけをしながら、恥ずかしいのに、こうして腰をゆすってしまう。
 いけないことなのに。破廉恥なことなのに。
 気持ちいい。
 ただ気持ちよくて。
 ただすごくて。
 ただ良くて。
 とにかく――たまらなくて。
 大河はもどかしげに腰をゆすりはしたなく牡をもとめて、士郎の体に擦りつけるのであった。
 
 太股に士郎の熱いものが押しつけられているのがわかる。押しつけているのが自分からだとは気づかず、その熱さに喘いでしまった。
 熱く滾っていた。布越しにもわかるぐらい熱く、硬く、滾っていた。士郎が、男として、牡として自分を求めているのがわかる。こんなにいやらしい牝の自分を求めているのが嬉しくて、そしてこんな自分にに興奮しているのだと思うと、さらに熱く腰を押しつけてしまう。
 
 舌で口をいじりあっているだけなのに、まるで弄られ、舐められているかのようだった。蕩けるような熱い刺激が波となって襲いかかってくる。
 擦るたびに、揺するたびに、よじるたびに、咥えるたびに、じんじんとした痒みは疼きとなり、それが堪らなく気持ちいい。神経にそれしか感じられない。
 目の前の弟の舌が蠢くたびに、吸い付くたびに、感じてしまう。こんなにも感じてしまう。
 舌がそのまま脳髄をかき乱していた。舌が入り込んで快楽だけ感じさせるように蠢いている。ザラリと舐められるたびに敏感に電気がはしり、躰を疼かせていく。
 気持ちよくて、こんなに気持ちよすぎて、こんなにもすごすぎて、涙がこぼれていく。
 快楽で涙をこぼしてしまう。口から涎がこぼれ落ちてしまう。淫裂から愛液がしたたり落ちてしまう。
 
 気持ちいい。キモチいい。キモチ――――――いい。
 
 目の前の士郎に、滾るこの熱さに、こもるこの匂いに、痺れるこの味に、理性が消えてしまっていた。ただただ士郎を求めてしまう。
 淫欲に溢れてきてしまう。こんなにも溢れてしまう。大河というオンナの器から溢れかえってしまう。とろとろにとけた熱いものが粘つきながら、大河の中を犯していく。悦楽が、淫欲が、官能が、こんなにも犯していく。
 それだけではない。毛穴からもこぼれていくのがわかる。いっぱいに満ちて、こぼれていく。こんなにもいっぱいになっていく。
 躰がよじれていく。よじれていってしまう。こんなにもよじれていく。はしたなく。ただやらしく。ただ感じるままに。艶めかしくやらしい感覚に芯から溺れて、とろけていってしまう。
 
 溺れていく。
 たまらない匂いに、こらえきれない躰に、耐えがたい疼きに。
 ただ快楽がほしくて、ケダモノのように貪ってしまう。
 男でもなく、女でもなく、ただ獣として。
 牡として、牝として、ただ犯したく、ただ犯されたかった。
 脳髄かざらりと舐められていく。
 舐められ、刮げおとされる。
 理性が、知性が、大河というものが、士郎というものが、互いの舌と粘膜でえぐられ、消えてしまう。
 ただ本能だけが剥き出しになっていく。
 牡を求め、牝を求め、ただ口を、唇を、舌を、淫らに絡め合い、舐め合う。
 
 士郎は滾っていた。
 そのまま押し倒したかった。
 この目の前で甘くわななくオンナを抱きたかった。
 こんなにも甘い体臭を、オトコを狂わせるオンナの淫靡な香りを漂わせている大河を、組み敷いて貫きたかった。
 そう思うだけで、トランクスのなかのものがしゃくり上げる。
 これを生々しい肉に突き立てたくて、掻き回したくて、ただ犯したくて、躰がひくついた。
 
 大河は肉襞がひくつくのがわかる。あそこがただいやらしくねだってしまう。挿入て欲しいとひくつき、わなないてしまう。
 乳首がたってこすれるのがわかる。痛いぐらい尖っていた。腰をゆするたびにこすれて、痛い。痛いのに気持ちいい。気持ちよくて、泣けてしまう。啼けてしまう。
 
 抱かれてもよいと思っている。
 抱きたいと思っている。
 ふたりして思っている。
 大河の淫裂から蜜があふれ、士郎の剛直が滾っていた。
 求め合う牡と牝。
 けれども――――
 
「――――――シロウ」
 
 遠くからセイバーの澄み切った声が聞こえる。
 士郎を呼ぶ声。それは終わりを告げる声。
 もうこれでおしまいなのか? と思う。
 これでおしまいにしなくちゃいけないの、と思う。
 絡み合うオトコとオンナの視線。
 まるで軟体生物のように絡み合った舌がゆっくりとほどける。
 洩れる熱く滾った喘ぎ。
 粘ついた唾液が、泡立ち、滴って落ちた。
 とろけたぐちゃぐちゃになりながらも、ふたりは離れた。
 ふたりは熱に浮かされているようにただ熱く、ただ淫らで、躰が火照っていた。
 離した唇どうしが熱く粘着いた情欲で繋がっていた。
 唾液と淫欲にまみれた互いの顔を見る。淫蕩に惚けていた。瞳はただ淫靡に濡れ潤み、随喜の涙を流しているかのよう。
 頬は火照り、胸元まで官能に朱色に染まっていた。
 唾液で濡れた唇はてらてらと輝き、半開きのそこから艶めかしい嬌声が名残惜しそうに洩れていた。
 そうして大河はその唇の感触を確かめるかのように、自分の指先で士郎の唇をそっと撫でる。
 それに合わせるかのように士郎も指先で大河のそれを撫で上げた。
 
 それさえも気持ちよく、わななき、躰が疼いてしまう。
 互いに一線を越えたはず。互いにその躰を求め合ったはず。
 互いの躰がこんなにも燃え上がっているというのに。
 互いがこんなにも近く、手の届くところにいるというのに。
 そう思っていても。そう感じていても。
 これでおしまいなのだと思った。
 ありえない一瞬だったのだと、感じた。
 儚げで刹那のうたかたの夢だったのだと、納得しようとした。
 淫靡と情に濡れた瞳が、ただ愛おしげに、互いの躰の奥にある淫蕩にくすぶる燻火を見透かすかのように見つめ合うと。
 
「――――ただいま、士郎」
「――うん、おかえり、藤ねぇ」
 
 遠くから、セイバーの声とテレビの音を空々しく聞きながら、淫猥に蕩けた互いの貌を撫で、ようやくふたりはいつもの挨拶をした。
 


あとがき
 
 みなさん、おひさしぶりです。瑞香です。ようやくいろんな事柄とか整理とか終わりまして、復帰、です。
 でも復帰作が藤ねぇでしかもエロっぽい(キスだけだから18禁じゃないよ……ね?)というのはどういうことかとしばし悩みましたが、まぁ書けたものから公開していこうと(爆)

 というわけでこれが復帰したわたしからの皆様への『ごあいさつ』なのです。
 
 ちょっとあまりにもひさしぶりなので、自信がなく、チャットで公開して閲覧して頂いた方からは「寸止めっぷりがサイコー」「やるなら最後までいけー」などといわれました(爆)が、まぁ読んだ方々がそれぞれ楽しんでいただければ、わたしとしては復帰した甲斐があったというものなのです。
 ああ、なにがいいたいのやら。

 ともかく、それでは、また別のSSでお会いしましょうね。

 
back
 

26th. June. 2004 #133.