「なぁ、賭けをしないか?」 賭け
春日鈴音
「賭け…ですか?」 夕日が街の影に隠れようとしている夕方。橙子師はいきなりそんな事を言い出した。 「そうだ。賭けだ」 季節は夏。梅雨明けの空気が開いた窓から流れ込んでくる。今夜も、暑くなりそうだった。 私は橙子師の事務所へ「授業」を受けに来ていた。 「何についてです?」 ちなみに、先ほどまで話していた内容は、とても賭けに応用できるような内容ではなかった。と言う事は、何か突発的な事なのだろう。 橙子師はシャツの胸ポケットから煙草の箱を取り出し、一本銜えて火を付けた。 煙が風に流されて空気に溶ける。 「黒桐と式がどこまで行ってるか」 頭が真っ白になった。 「その、それはつまり、」 「平たく言うと、『生殖行為を行っているか否か』についてだな」 生殖行為。つまりその、そう言うコトを、幹也と式が…、 「式…」 「幹也…」 「可愛いよ、式」 「あ、だめ、そこはだめっ」 「何が駄目なのよ!?」 「っ、なんだ、鮮花。何が駄目なんだ」 「あ…、な、何でもないです」 いけない、いけない。そんな事、有る訳無いじゃない。 私は頭の中に描いてしまった二人を振り払う。 「で、乗るのか?乗らないのか?」 2本目の煙草に火を付けた橙子師は、唇の端を上げて笑う。 私は頷く。 「…そんな事、有るわけがありません」 「そうか?」 にやにやと笑う。こういう時のこの人は、もの凄く意地悪だと思う。 ここで言い負かされるわけには行かない。そんな事、有る訳無いのだから、自信を持って頷く。 「ええ。もちろんです」 「じゃあ、鮮花は『何の進展もない』に賭けるのか?」 「ええ」 「手も繋いでないと?」 手…、今時、手も繋いでないなんてあり得るだろうか。 いや、幹也なら十分にあり得る事とはいえ、何の考えも為しに手を繋ぐ(と言うよりは掴む)事ぐらいはあるだろう。 「式、ほら早く」(ぎゅ) 「あ…」 「どうかした?」 「な。なんでもない…」 うん。あり得る。鈍感幹也なら十二分に。あの罪作り男。 「そりゃ、手ぐらいは…」 「そうだよな、手ぐらいはな。じゃあ、キスもまだか」 キス。 手を繋ぐのとは違って、偶然なんて言うのはほとんどあり得ないだろう。 あるとすれば、事故。 たとえば地面にバナナの皮が。 「うわっ」 「なっ、んっ!?」 ベタだ。 まぁ、あり得ないとは言えないかも知れないが、まず、無い。 ていうか、今時バナナの皮で転ぶなんて事があるだろうか。 …幹也ならやりそうだけど。 「…まぁ、駄目ですね。あり得ません」 「じゃあ、鮮花は『手を繋ぐまで』に賭けるんだな?」 「はい。まぁ、多分そのくらいでしょうね」 私は自信を持って頷く。 そんな私を見て、橙子師は不適な笑みを浮かべる。 「そうかな?」 「…橙子師、あなたは何に賭けるんですか?」 橙子師は(いつの間にか)4本目の煙草を取り出して答えた。 「そうだな…。ま、キスぐらいはしてるだろう。それどころか、もうやる事はやってると思うがな」 「や、やる事って」 「式は黒桐の部屋に泊まったりしてるんだろう? それで何もないとすると…。 それはそれで、男として問題だと思うしな」 確かに。詳しく知っている訳じゃないけど、世間一般の男性としてはおかしいかも知れない。 でも、それでも。 「幹也なら、あり得ると思います」 そう、あの黒桐幹也なら、そんな事もあり得る。と、思う。 「いやいや、アレで案外…」 「…式?」 「ん、んぅ…、や、だ…ぁ。胸、やめ…」 式は胸を揉まれ、乳首をつままれて喘ぐ。 体全体が感じている事を現している中、必死に首を振って訴える。 「ふふふ。かわいいよ、とっても」 そんな様子を楽しそうに眺めながら、幹也は式の胸を揉む手に力を込める。 「あっ、ああぁっっ!そん、なに、強くしない、でぇ…」 「なんて感じに」 「あり得ませんっ!!そんな事、絶対にっ!!!」 怒りに顔が赤くなる。私は拳を握りしめて橙子師を見る。 またもや新しい煙草を取り出す橙子師。もはや本数は数えていない。 「黒桐のヤツ、普段は真面目ぶってるからな。あのタイプは鬼畜だぞ。ゼッタイ」 き、鬼畜な、幹也…? 「ひぁっ、あ、や、こんな、カッコで…」 式はベッドの上に四つん這いの格好をさせられている。 「あっ、ひ、ああっ…、」 幹也は後ろからのしかかるように、式を貫いている。 「やだ、やっ、こんな…、はずか、しい…」 「でも、気持ちいいだろ?」 耳元に息を吹きかけるように囁く幹也。 腰を掴んでいた手が、胸へ移動し、掴む。形のいい胸がひしゃげ、式が短い悲鳴を上げた。 「なんて感じに」 「そ、そんなっ!? そんな鬼畜な…っ!!」 でも、男らしい幹也もちょっと格好いいかも。いつもの優しい感じもいいけど。 て、そうじゃなくて。 「ち、違います。幹也はもっと、優しい、はず…」 だんだんと自信が薄れていく。こんな、そんな…。 「じゃあ、こんな感じか」 幹也は式を膝の上に抱いて、片手で胸を、もう片方の手で秘所を探っている。 その動きは、彼の人柄の通りにやさしく、相手を気遣った動き。 「は…ぁ、ん…」 だが、優しすぎる動きは、かえって拷問のようだった。 「ん…、幹也…」 もどかしい動きに、式は思わず哀願するような声を上げてしまう。 「どうしたの?式」 「う…」 もじもじと体を揺らす式。でも幹也の指はけっして、式の一番感じるところには触れてくれない。 「みきやぁ…」 式の目に、じわりと涙が浮かぶ。もどかしい。もっと触れて欲しい。そんな気持ちが、体を震わせた。 それでも幹也はくすくす笑いながら、変わらない、もどかしい愛撫を続けている。 「ねぇ、どうしたの? ちゃんと言ってくれなきゃわからないよ」 「…、みき、や、」 「なに?」 「…おねが、い…、もっと、ちゃんと、触って…?」 式は恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤に染めていた。消え入りそうな声は、涙まじりだ。 「いいの?」 「いい、から…、も、もっと…」 ほとんど聞こえないくらいの声に、幹也は満足した笑みを浮かべる。 「じゃあ、触ってあげるよ」 「…橙子師、それは、優しくないと思います」 ある意味、さっきのより鬼畜度は上がってるかと。 「そうか?」 「はい」 なんだか、何の話をしていたんだかわからなくなってきた。 「んー、じゃあ、こんな感じ?」 「ほら式、もっと動いて?」 「んっ、んぅっ、…あ、あっ、はぁ…っ」 式は幹也の首に腕を回し、必死にしがみついている。 ベッドに腰掛けた幹也の膝の上に、向き合う格好だ。 幹也は、しがみつく式の頭を優しく撫でてやりながら、耳たぶを甘噛みする。 「あ、くぅ…んっ」 途切れ途切れの喘ぎ声の合間に、水音が響く。 繋がった場所は、すでに二人の体液でぐしょぐしょに濡れている。 「式、もっと強くだよ…、ほら」 「んんっ…!あ、みき、や、あっ、ああっ、駄目。も、だめぇ…」 「…橙子師、さっきのと変わってません」 「そうだなー。じゃぁ…」 「ちょっと待ってください。…私達、何の話をしていたんでしたっけ」 確か、こんな露骨な猥談ではなかったはずだ。最初は。 「ああ、賭けの話をしていたんだったな」 そうだ、賭けだ。 「そうですよ! 何でこんな話になったんですか…」 「さぁなぁ」 「…はぁ。もうそんな話は良いですから、はやく何に賭けるのか言って下さい」 こんな話、長々とする物じゃない。何でも良いからさっさと終わらせよう。 「そうだな…。大穴で『子どもが出来た』とかどうだ?」 「勘弁して下さい」 そんな事、万に一つもあり得ない。 「じゃぁ、こんな感じまで」 「ん…っ、んふ…、は、ぁ…。…幹也、気持ちいい?」 「ああ、良いよ、式…」 「良かった。こんな事、した事、無かったから…」 式は今、幹也のものを自らの胸で挟んでしごいていた。 「そ、それじゃあ、続ける…」 ぎゅう、と胸を寄せて、先端に舌を近づける。滑る先を舐めて、口に含む。 「ふ…、んふぅ…っ、んは、あ。ん…っ」 「『と言う所まで』に一票!」 「…(汗)そ、それで、どうやって確かめるって言うんですか?まさか本人たちに聞くつもりじゃ」 「そんなことはしないさ。ただちょいと、隠しカメラを仕掛けるだけで」 ただちょいと。じゃないと思います。 「あ、ちなみに、私が賭けるのは『まだ最後までは行っていない』ということで」 余計に難しい条件を付け足す橙子さん。 途中から文句を言う気も失せていた私は、「はいはい」と良いながら適当に頷きかえした。 「よし、じゃ、早速カメラを仕掛けに…」 「その必要はありませんよ」 「ん?なんでだ、鮮花」 「いえ、私は何も言ってませんよ」 私達は顔を見合わせて、それから振り返った。 そこに立っていたのは、賭けの中心。黒桐幹也その人だった。 「黒桐、そこにいたのか」 「となりの部屋にいました。そう言う話は、本人が居ないと確認した上で行っていただけると嬉しいんですが」 幹也はあきれた表情と、あきらめと半々で溜息をつく。 「鮮花も、所長の暇つぶしに真面目につきあっちゃいけないぞ」 「はい…」 私は恥ずかしくて、俯いてしまう。 もう、橙子師が悪いのよ、こんな話始めるから…。 ちらり、と師を見る。彼女はひょうひょうとしたポーズを崩さない。全く…。 私は兄と同じように、心の中で溜息をついた。 「で、黒桐」 「何ですか?」 「どこまで行ってるんだ?」 絶句した。 幹也も同じだったようで、目を丸くして橙子師を見つめている。 「ほれ、チャキチャキ話せ」 「…」 たっぷり数十秒絶句して、幹也は再び溜息をついた。 それから手に持っていたコーヒーカップを橙子師と私の前に置いて、自分の席に着きながらポツリ、と言う。 「両方はずれです」 …はずれ? 「それはどういう事だ?」 「これ以上はノーコメントです」 にべもなく言い、書類に向かい始める幹也。 「いったい…」 橙子師がさらに聞き込もうとしたところに、ドアが開いた。橙子師の視線がそちらを見る。 そこに立っていたのは、話のもう一人の主役。両儀式だった。 私は驚いて息を呑む。 式は、いつもの着物姿ではなくて、白いワンピースを着ていた。飾り気の少ない、シンプルなデザインは式に似合っていた。 その姿を見た幹也が、腰を浮かす。 「式…っ」 素早くその側に駆け寄る。慌てた動きだ。 「どうだった?」 幹也の言葉に、式は頬を赤くして頷く。 「ほ、ほんと?」 再び首は縦に振られる。はにかむような笑顔。あんな顔、見た事がない。 「やったぁ―――っ!!」 信じられないことに、幹也は叫びながら式に抱きついた!! な、なんで!? 「おい、黒桐、式。何がどうしたんだ。話が見えないぞ。式、なんで着物じゃないんだ」 橙子師の声に、幹也は式から離れ、少し困った顔で式を見る。 「あ、ええと、…式、良い?」 こくん、と頷く式。 「えー、つまり、その、こういう事で、」 幹也は、式の左手を私達に示し、 「式が着物を着ていないのは、おなかを締め付けちゃいけないからです」 式の左手、その薬指には細い指輪が光っていた。 それは、つまり、 「3日前、役所に行って来たんです」 つまり、 橙子師が、私の肩をたたく。 「鮮花、これでお前も『伯母さん』だな」 いやぁ――――――――――――!!!!! 完。 なんだかすっかりよく解らない話になってしまいました。春日です。 まぁつまり、賭けの正解は、大穴・子ども出来ちゃった。と言う事です。(ぉぃ) もう一本があまりにも進まないのでもそもそと書き散らして見ました。 というわけで、もう一本、まともな(?)SSを書いていますので、 次はそちらでお会いしましょう。 2003/5/某日 春日(深夜にラジオの雑音(放送終了のため)を聞きながら)鈴音。 |