コンコン。


控えめなノックが聞こえる。
時間通りな所が彼女らしい。


読みかけていた本をベッドに置くと。
私は部屋のドアを開ける。


少し軋む音がしてドアが開くと。
そこに立っていたのは私の同級生。
凛とした表情をした親しい友人。
名前は黒桐鮮花と言う。


「こんばんわ、藤乃」


「ええ、こんばんわ。鮮花」












「乙女心は複雑怪奇」



月詠















私は多分どこかおかしかったと思う。
いや。
今もおかしい。
でなければこんな事出来る筈も無いし。


「あのさ、藤乃。いきなりだけどびっくりしないでね」


藤乃から出されたコーヒーを飲みながら話し出す。




「何?鮮花。私に相談事って」




藤乃が私の横に座る。
ベッドが二人分の重さに不満を漏らす。




うう。
やっぱりこうして対面すると言いずらいなぁ。
横の藤乃をチラリと見る。


お風呂上りなのか、凄くいい香りがする。
リンスかしら?
それとも石鹸かしら?






「あ、あのね」


なに?

藤乃が顔を覗き込んでくる。


まったく無防備だわ。




ダメよ鮮花。
落ち着いて。
まずは自然に、相手に不信感を抱かせない様にしないと。




「あのね、藤乃。私結構変わってるとは思っていたの」


藤乃は茶化さないで聞いてくれている。
今はその心遣いが嬉しい。


「それでね。それも仕方ないかって思ってたの。
実際、兄さんを好きになってる訳だし。
でもそれだけじゃないみたいなの。


私の起源って「禁忌」なんだって。
起源ってその人の行動とかを決めるもので。
だから私自分でも納得してたの」




藤乃は静かに私の話を聞いてる。
時折コーヒーを飲みながら
それでもこんな荒唐無稽の話に付き合ってくれてる。


私もコレを口にしてから
幾分落ち着いた気もする。




「でね。今は確かに兄さんも好きだけど。
別にも好きな人と言うか、気になる人も出て来て」


「それで?その人は誰なの?」


くぅぅぅぅぅぅぅぅぅ
やっぱ、イザ言おうとすると恥ずかしいわ。




「その人は私の知ってる人?
ああ、もしかして玄霧先生の事?」




ポンと手を打つ。


ううん。
似てるけどあの人じゃないわ。
あの人は外見が似てるだけで
中身はまったく違ってるし。




「後は私でも知ってる人って言うと。
そんなにはいないし。
まさか鮮花でもおじ様の秋巳おじ様じゃないわよね?」




真逆。
それこそ真逆よ。


秋巳おじさんはどうしてか橙子師一直線だし。
あんな陰険年増のどこがいいのかしら?
まだメガネ有りしか見た事無いからでしょうが。
ご愁傷様です。






「違うわ。
私が好きになった人って・・・・・その、男性じゃないのよ」




え?と目をぱちくりさせる。


それはそうよね。
いきなり
「一寸話したい事があるから部屋に行っても良い?」
って言っといて。
誰かと思ったら男性じゃなくてって言われたら。


「私が好きになったのってその、女性なのよ。
困った事にって言うのかしら。
いくら禁忌が起源でもまさかね。
自分にそんな趣味があるなんて思いもしなかった。
でも、この気持ち、抑え切れないのよ」


今まで押し殺して来た思いの丈を藤乃にぶつける。
更にびっくりするだろうな、藤乃。


「ゴメンネ、いきなりこんな事口にして。
でも、どうしても一人で抑え切れなくて。
だからって誰に話して良いか分からないから。
只、私の話し、聞いてくれればいいから」


顔を伏せたまま話しを続ける。
藤乃の顔をマトモに見られない。


だって見ちゃったら。
それこそ
理性が吹っ飛んじゃいそうで。


「その、好きになったって言う女性は。
先輩の、貴方のお兄さんの恋人って言う人?」


待って藤乃。
いくら私でもそっちには走らないわ。
幹也が橙子師に走らないのと同じで。


バカ式には・・・・・・多分、今の所は。
無いと、思う。


ああ、歯切れ悪いな。


幹也を前にしたってこんなに恥ずかしかった事って無いのに。
藤乃の顔がマトモに見られない。




「そう、なんだ。
それで、相手の人ってルームメイトの瀬尾さん?
それとも、お兄さんの職場の方?」


いや、そのどっちでもないから。


藤乃、ホントは気付いててしらばっくれてる?
それとも本気で気付いてないのかな?


私がこんなに心乱されているのは。






「・・・・・・・・・・貴女なのよ、藤乃。
ずっと、貴女の事考えるだけで、こう。
胸が痛くて、辛くて、苦しくて、切なくて、駆け出したくなるの。
でもそんな事出来ない。
私と藤乃は同性だし、いくら私でもって
何度も思い直したの。


でも、それでもこの気持ち、どうしても
どうしても貴女に伝えたくって」




目に涙を溜めたまま顔が上がる。
そのまま無言で私を見つめる鮮花。




コレが異性への告白ならもう少し話は違っていたんでしょうが。
頬は上気して朱に染まって。
ホント「オンナノコ」していると思う。


こんな鮮花に対して、どう答えれば良いんでしょうか。
冗談でしょ?
って言えればどんなに簡単か。


でもそんな事言えない。
鮮花の目、とても真剣で。
嘘や誤魔化しの無い、純粋な眼差しをしてる。




禁忌って言う起源とかの所為で自分は同性が好きになったって
言ってはいましたが。


本当は鮮花にはそう言う気が在ったんじゃないのかしら。


ホラ、よく言うでしょ?


「類は友を呼ぶ」って。
それにそう言う人って同じ趣味趣向の人を見付けやすいとか。


自分自身では気付いていないだけで。
鮮花本人に元来から備わっていたんじゃないかしら。
「女性への恋愛感情」って言うものは。


学園でも
鮮花を見る人の視線に秋波が混じってるのを私はよく見ているし。
実際そう言う人たちの会話も聞くし。
そう言う人たちの間では結構有名なのよ?


鮮花自身はお兄さんへの恋心で気が回らなかったかも知れないけど。
鮮花を狙ってる人たちは両手の指じゃ収まらない位なんだから。


・・・・・・・・


なんてね。
とか言ってる私もその内の一人なんだけど。




そう。
長々と話していたけど。
実は私もそう言う一寸変わった趣味を持ってるらしくて。
鮮花の様に女性が好きみたいで。


鮮花の様にってのは少し違うかも。


私は起源とか言うものは知らないし。
ましてそれが禁忌って事も無いとは思う。


いつからか。
異性よりも同性の方が性的対象になって。
でも。
当然異性も好きですが。
それよりも
同性に強く魅かれて。


俗に言う「両刀使い」と言うのですか?


どちらでも、と言う人みたいです。


だから先輩への淡い恋心もあるし。
鮮花への禁断の愛も持っていて。


いつか、私も鮮花にこの思いを伝えて見ようと思っていた矢先。
その相手から思いもかけないお誘いが。


コレは「ネギが鴨背負ってやって来た」と言うものですか?


・・・・・・
逆ですね。


「鴨がネギ背負ってやって来た」です。


そんな事はどうでも良いんです。
コレは千載一遇のチャンスと言う奴です。
この機会を逃しては次はありません。
ここで何とかして鮮花を落とさないと。




どの選択肢を選べば良いんでしょうか。




1・ゆっくりと肩に手を掛ける。
2・「少し落ち着いて。ゆっくり話を聞きましょう」
3・いきなり襲い掛かる。






3は論外です。
相手は鮮花ですから。こっちが押し倒されてしまいます。
慎重にならないといけません。
急いては事を仕損じます。


2も、少しどうかと。
今まで鮮花はそれこそ恥ずかしい思いをして告白してくれました。
それなのにもう少し落ち着いてなんて言えません。
コレも却下。




では
消去法で
1ですか。


・・・・・・・・・・
一体私は頭の中で何を考えてるのでしょうか。




「藤乃?大丈夫?
やっぱりいきなりこんな事言われたら迷惑よね。
私、帰るね。
アリガト。
今日は聞いてくれて。
でもこの気持ち嘘じゃないから」


そう言って鮮花がベッドから腰を上げる。


折角の獲物を逃がしてなるものか。


有無を言わさず
鮮花の手をとり
こちらを振り向かせる。


鮮花は不意の事でまったく反撃も出来ずに。
引っ張る私に抗う事無く。
私の胸の中に顔を埋める。


ああ。
鮮花が、あの夢にまで見た鮮花が今私の腕の中に。
思わずぎゅっと抱き締める。


鮮花は突然の事にまだ混乱してると思う。


いい香り。
この時期の女の子特有の甘い香りが鼻腔を擽る。
とても、愛しいわ、鮮花。
鮮花の甘い香りやその揺れる眼差しにぞくぞくしてしまう。


そう言う意味では私の方がより禁忌に近いのではないのかしら。


そのまま鮮花が落ち着くまでやんわりと抱き締める。
鮮花の胸がドキドキ言ってるのが私でも聞こえる。
鮮花。
私も同じよ、今とてもドキドキしてるの。


「どう?少し落ち着いた?」


頃合を見て話しかける。
鮮花は上目遣いで私を見上げる。


ああ、猛烈に可愛いわ。
その不安に満ちた眼差し。
期待とホンの少しの怯えと。
様々な感情の入り混じった瞳。


何て言うのかしら。
酷く被虐心をそそるわ。
もっと苛めたくなるって言うのかしら。


フルフルと震える子犬みたいで。
いつもの鮮花を知ってる人が見れば別人と思うでしょうね。


とても可愛いわ、鮮花。


「あ、あの。藤乃。私、貴女の事が好きなの」


「ええ。私も好きよ、鮮花。貴女の事、ずっとずっと想ってた」


「でも、私たち同性よね。それでも藤乃、私の事好きに?」


「ええ、当然でしょ。同性だって異性だって構わないわ。
好きになったんですもの。
異性だからOK、同性だからNGだなんて
それこそナンセンスだわ」


優しく髪を撫でてあげる。
こうすると何でか落ち着くのよ。
鮮花も気持ちが良いのか目を瞑ってるし。




「鮮花・・・・」
鮮花の顔を両手で挟み。
その肌触りを楽しむ。


ツルツルでスベスベで。
しっとりとしてて。
いつまでも触っていたいわ。


「ファーストキスかしら?」


そのまま、軽く口付けを交わす。


まだ最初は軽く。
いきなり舌とか入れません。


初めからそう言う事を望んで来る娘もいるけど。
お楽しみは最後まで取っておきたいし。
まずは
鮮花の唇の感触を楽しむ。


「びっくりした?」
少し意地悪く聞いて見る。


鮮花はいきなりだったから多少驚いてはいるみたいだけど。
直ぐに復帰して。


「そうなんだ。
藤乃も私と同じ性癖の持ち主なんだ。
何だ、心配して損した気分だわ」


とか言って笑う。


あの怯えた目も好いけど。
やっぱり鮮花はこっちの方が似合うわ。
鮮花は凛としていないと。




「お返しよ、藤乃」


それと
今度は鮮花がキスしてくる。
がしと頭を掴んで。
逃がさない様にしてから。
幾分強引にしてくるのは
さっきの不意打ちがお気に召さなかったからかしら。


でも
それ位ではまだまだ負けません事よ。
覆い被さって来る鮮花をひょいと抱え上げ。
ベッドに沈め
私がマウントポジションをとる。


フフ。
私の魅惑のテクニックの数々、魅せて差し上げますわ。
夜は長いんですもの。
ゆっくりと愉しみましょうね。
鮮花。










そして
部屋の電気は消され。




















二つの影は一つになり




























二人の初めての夜は更けて行く。




































FIN
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後書き

鮮花:珍しいわね。あなたが一作目からコレを書くなんて。
藤乃:それ程解説が必要って事じゃないのかしら。
月詠:てめぇら、言いたい放題言いやがって。
鮮花:ここでは何でも言って良いってのが基本方針でしょ。
藤乃:まあ一応余り外さない程度にはしときますから。
月詠:ったく。今回のは「両儀「色」祭り」のSSだが。
鮮花:これでいいの?全然それっぽくないけど。
藤乃:ええ。あの後の私と鮮花のあられもない姿がまったく書かれてないわ。
月詠:自分で言うな。俺だって恥ずかしいのに。
鮮花:あれ位で恥ずかしいって言ってるようじゃ、書けないわよ。
藤乃:随分と初心なんですね。
月詠:うっさいよ。コレでもう十分だろ。
鮮花:ポッ(赤面)
藤乃:あら、私は満足しないけど。
鮮花:嘘。アレだけの事しといて、まだなの?
月詠:(俺の書かなかった間何してたんだ、こいつら)
藤乃:まだ食べ足り無いわね。もう一人位。
鮮花:真逆、藤乃、もしかして。
藤乃:狙ってみる価値はありそうよね。
月詠:お前ら勘弁しろよな。これ以上は書けないぞ。
藤乃:その内気が変わりますよ。
鮮花:(あれでも満足しないなんて)
月詠:では、ここまで読んで下さって真に有り難う御座いました。
鮮花:又どこかでお会いしましょうね。
藤乃:それでは御機嫌よう(艶然)




































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後書きの後書き(舞台裏)
はい、初めまして。
SS書きであろう月詠と申します。
以後お見知りおきを。
今回の「両儀「色」祭り」に参加させて頂きます。
で一作目(二作目が有るかどうかは分かりませんが)
「乙女心は複雑怪奇」です。


おそらくかなり人気なカップリングではないでしょうか。
鮮花×ふじのん。
でも私ではコレが精一杯でした。
これ以上はどうしても書けません、先生。
もっと精進しないと私には無理です。


と言う事なので。
コレでお許し下さい。


それでは
簡単ですが、今回のお祭りが盛況になります事を祈念申し上げます。
月詠でした。



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