オフの朝
大崎瑞香
橙子の意識がゆっくりと浮かび上がっていく。
遠くから朝の喧噪とともに、雀や鳩の鳴き声が聞こえてくる。まぶたを閉じていても窓から差し込んでくる陽光を感じられるぐらい明るい。
(あともうちょっと……)
覚醒したといえず、また睡眠ともいいがたい半端な状態。
微睡み。
このとろとろととろけるような微睡みは勤勉とは言い難い橙子の精神をやわやわに揉みくだいていく。
心地よい痺れ、肉体というものが消え失せてしまったかのような浮遊感、そしてこの温もりの心地よさ。
蒲団と同化してしまっているかのよう。
そんな心地よい至福の時間を激しい無粋な電子音が破壊してしまう。
その無粋さを聞きたくないかのように、蒲団を頭からかぶり引きこもる橙子
。
でもその電子音はさらに大きく、はげしく、けたたましく、朝の貴重な微睡みの快感を刮げおとしていく。ゴリゴリと神経をけずってささくれ立たせ、無理矢理覚醒させていく。
橙子はそれでもこの心地よいぬかるみにもにた感覚にひたろうとした。
ぬくぬくしたこの愉悦にそのままとろけていたかった。
すると電子音がとまり、今度は録音された音声が主人を起こそうとする。
たった一言。
「――だから、姉さんは」
嘲るような声。
その声を聞いたとたん、がばっと起きあがる。
一気に覚醒していた。コメカミには青筋さえ浮かんでいる。
「五月蠅いわね、あおあおのクセにぃ!」
絶叫が伽藍の堂に響き渡る。
窓のガラスが震えて、ヒビが入る。
驚いた鳩が一斉にバサバサと飛び立った。
遠くから気の抜けたような車のクラックションが聞こえてくる。
一瞬の静寂。
まるで世界がとまってしまったかのよう。
燦々とふりそそぐ清々しい陽光。
スモッグでくすんだ灰色かがった青色の空に雲がひとつふたつ。
遠くから雀の声がチュンチュンと聞こえてくる静けさ。
そして部屋の主は蒲団に力つきたかのようにペタンと倒れ込む。
清々しい朝には不釣り合いな疲弊し憔悴しきった顔。でも目元にうっすらとくまが浮かび、頬がすこし紅潮し、ほつれ毛が寝汗で額にはりついている様子は、とてもなまめいて色っぽかった。
(……朝から青子の声を聞くと疲れる……)
でもそれがもっともテンションが高まるのはわかっているから、この目覚ましをやめるわけにもいかない。どうしても起きなければならないときには、この妹の声こそが最高の道具で、たとえ3日徹夜してからの熟睡であっても、目覚めることが出来るのだから。
欠伸をしながら、ずるずるとベットから這い出てくる。
上半身はワイシャツをひっかけただけ。下半身はおざなり程度の布地しかない薄紅色のスキャンティだけ。
いろっぽい姿なのだか、行動がどうもいろっぽくない。
頭をかきながら、欠伸して歩いている姿は百年の恋も冷めようかというもの。でも、もしかしたら熱を上げて入れ込んでいる秋巳大輔には関係ないのかもしれない。
ともかく、女性の恥じらいとかいったものはなく、そのまま浴室へとはいる。篭にワイシャツとスキャンティを脱ぎ捨てる。小さくまるまったスキャンティが篭から転げ落ちるのが橙子の目にはいるが気にせず、そのままシャワーを浴びる。
さっぱりして出てくると、全裸のままバスタオルを頭からかぶってでてくる。部屋が濡れるのも気にせずにペタペタと足音を立てながら歩き回る。
小さい冷蔵庫をあけて、よく冷えたミネラルウォーターを取り出し、そのままラッパ飲みする。唇から水がこぼれても気にしない。
水はその白い喉元をつわたり、鎖骨にたまる
そしてそこから双房のあいだをしたたり落ちていく。
シャワーで暖まった体には、逆にこの水の冷たい感触が心地よかった。
橙子はそのまま350mlを一気に飲み干した。
ペットボトルを握りつぶすとゴミ箱へと水に放り投げる。放物線を描いてとんでいき、壁にあたって渇いた音をたてて床に転がる。ゴミ箱の中にはペットボトルはひとつもなく、そのまわりに無惨なまでに散乱していた。
(――今日はオフだったな)
橙子は煙草を大きく吸い込みながら考えた。
個人経営の工房といえども休みはある。もちろん仕事がなくて開店休業状態の時も休みといえば休みなのだが。こういう個人経営の工房は1ヶ月ずっと仕事がつまっていると思ったら次の月は全然仕事がないということも多い。だからたいてい仕事の金額1回1回は大きくなる。それで2ヶ月3ヶ月分の収入を稼ぐからだ。
もちろん、今日が休日なのは仕事がないわけではない。今月は仕事もまぁ順調で、押し掛け雇用人である黒桐に支払う賃金もひさかたぶりだが確保できている――オークションに掘り出し物がなければ、だが。
ふと気になって姿見の鏡の前に立ってみる。
がさつといっていい橙子の部屋にも鏡ぐらいはある。もちろん化粧用とか装いようではなく、人形師として。
人形を創り出す際に注意すべき点は、デフォルメである。より人間にちかづけて自然なかたちにするためには、不揃いでなくてはならない。正対称の顔など存在しない。人間もなにもかも少しずつ歪んでいるのだ。それをつい美意識にのっとって整合させてしまう。それは「 」から離れていくのだ。より根源に近づくためには、あえで美意識よりも優先させなければならないことがあるのだ。
そしてこの鏡は自分の体を視認するためにある。
自分の作品でもあるこの“橙子”という肉体が正しいのか確認するためなのである。
つい自分へのひいき目や美意識によって手を入れてしまっていないのか、と確認する作業でもあるのだ。
鏡にむかったとたん、今まで惚けていた顔はきえさり、鋭い魔術師のそれになる。冷ややかで鋭利な目。まるで実験を観察する学者のようであった。
まず頭の先から爪先まで一瞥する。
(――まずまずだな)
きちんとまるみをおびた女らしい肉つき。胸から腰へのくびれ、そしてなだらかなおしりへと続く艶めかしい曲線。そのまま太股へと続き、女として立派な肉体であった。
全身のバランスも記憶の通り。右足が少し長いのは、脳の発達によるものだ。顔の表情筋もは脳の発育によって大きく違う。その歪みは橙子としてありえる範囲の誤差内で収まっていた。
右目と左目のバランス。唇。鼻の歪み。顎の筋肉の張り方。
視線はゆっくりと上からおりていき、ひとつひとつ確認する。
首。鎖骨。右肩と左肩の高さのアンバランスさは同じ方ばかりにもショルダーバックをかけ続けた結果で、ありえる範囲だが、あとで修正しなければ。
そして――――。
橙子の目が一瞬驚愕で細まる。
唇がぎゅっと引き締められる。
顔から少し血の気が失われ、白くなる。
橙子の視線は、女性らしい性的特徴を意味する乳房に注がれていた。
鏡にうつったそれをまじまじと観察する。
ややメラニンが沈着した乳首はまだ綺麗な色をしている。
肌にも張りがあり、質量感もある。形もよいといえる。
立派な乳房。美乳といってよい。
しかし、橙子には気にくわないところがあった。
(――――――――――――――――垂れている)
普通の人間ならば気づかない程度。しかし封印指定されてるほどの人形師の目はごまかせない。
垂れているのだ。
橙子的に大ピンチ。
そりゃそうである、まだ結婚もしてないのだ。
橙子的に結婚式や花嫁衣装、ウェディングドレスというものに乙女チックな憧れを抱いているのだから――歳のことはともかく。
顔にやや緊張がはしる。
頭の中は年齢による衰え、という言葉がよぎる。
女性ならば、考えたくない言葉だった。
まだ秋隆の方がいいのか、秋巳の方がいいのか、それとも全く別の第三者がいいのか物色中なのである。もしこれで『垂れたら』、『垂れてしまったら』物色どころか、閉店大セールしないといけなくなってしまう。
そっと胸に手をあててみる。
(張りはある。年齢など――――まだ)
ささやかな女の矜持が満足する。
乳房の確認するために揉み始める。
筋肉の衰えだろうか。胸をたらさないためには、胸筋を鍛えるのがもっともよい。
デスクワークばかりしすぎたためだろうか?
そのために黒桐を雇ったというのに。
やわやわと確認する。乳ガンを確認するのにも、触診が一番である。確認するために、その量感あふれる乳房を揉み始める。
すると、甘い疼きを感じる。
確認のために揉んでいるのに、なぜか呼吸が荒くなっていく。
手のひら全体で乳房をつかみ、そっと触る。
こそばゆいような感覚。
神経に甘い感覚が疾走する。
ひさしぶりの感覚だった。
最近は忙しくて、欲求の解消をしていない。
そう思うと、体の奥が疼く。
淫らな疼きが女の奥で疼いた。
もっとも最近、解消したのはいつだっただろうか――体が酷く、渇いていた。
指先が触診のものから、いやらしい性的なそれへと変わる。
指先でかるくなで上げる。
まるで電気が走ったかのように、頭が痺れる。
気持ちよい。
だからさらに弄ってしまう。
指先でそっと乳首をさわる。
ちょっと摘んでみる。
じんじんとした疼きがそこから発生する。
ひさしぶりにこみ上げてくるうねりに、橙子の肌は紅くそまっていく。
(ちょっとだけなら、いいかしら……)
酔っているようであった。
快楽という美酒。
女の肉の悦び。
堪えられないほど甘く、甘く、そしてとろけるような美酒に、橙子は酩酊しはじめる。
ちょっとだけと始めたのに、その指はいよいよ淫らにはいずり回り、撫であげ始める。
鼻にかかった甘い吐息。
それには粘ついたものが混じり、空気をほのかに桃色に変えていく。
胸をもむ指先がさらにしつこく、粘つくようなものになっていく。
肌はぬめりはじめ、艶めかしい。
橙子は目をつぶり、性悦に満ちた感覚の中に没入していく。
乳房全体がじんわりと痺れ、先をちょっと弄るだけでわなないてしまう。
わななきは淫らに体の奥にある疼きを刺激し、それが声となって漏れてしまう。ため息となって漏れていってしまう。
いやらしく粘ついた声となって響いてしまう。
そして甦るのは、体を重ねた相手の姿。
荒耶のねちっこいほどの愛撫。
アルバの洗練された指先。
ゾクゾクする。
唇が寂しくなって、指をいれる。それをなめ回す。
それをまるで愛しい男のもののようにしゃふり、すする。
唇の箸から涎がおちるのもかまわず、それをなめ回す。
口の中で指はかすかに動き、男によって開発された口内の性感帯を的確に刺激していく。
舌の上をかるくなぞり、ほほの裏をくすぐる。
そんな指を音を立ててねぶる。
……ぢゅうぢゅうぅ……んふぅ……ぁん……
熟し切った女の嬌声が響く。
まるで指を男性器のように見立てて、前後にゆする。まるで口そのものが性器になったかのように、それを受け入れ、唇と舌を絡める。
指先がその熱い粘膜に包まれてとけていく。
指全体が熱く熱をもち、そのままグスグスと口の中でとろけていきそうなほど。
残った手は張り出した乳房をぎゅっと揉み続けている。
荒く強く、乱れるように、握りつぶすように強く。
形の良い乳房の柔肉は指の間からこぼれている。
指先で感じて、尖っている乳首をぐいっと強くつぶす。
体にさざ波が走り、頭が白くなる。
それでもちぎるぐらいにさらに強く、爪を立てる。
肌がさらにぬめってくる。
とろみをましたような肌は火照り、紅くなっていく。なのに透明な白さをいまだ保っていた。
その豊満な体をもてあますかのように、ぐねぐねと動かし、自らの手で唇を蹂躙し、乳房を虐めて続けていた。
指がゆっくりと口内から抜けていく。
指と唇を繋ぐ唾液の細い筋でつながり、そして切れる。
それを名残惜しげに悩ましい吐息が唇から漏れた。
その涎でふやけた指先をゆっくりと秘所へとおろしていく。
久しぶりだった。
それだけに橙子の頭の中は淫欲しかなかった。
荒耶の荒々しい、アルバの繊細な愛撫が甦り、期待にみちた声を漏らしてしまう。
唇から離れた指先はゆっくりとゆっくりと、わざと虐めるかのようにゆっくりと降りていく。
その身の捩れるような焦燥感に腰をはしたなく動かしてしまう。
鏡には、淫蕩な、いやらしく求めて腰をふる姿が映し出されている。
そして茂みの上を軽く撫でる。
それだけで心地よい。指先で弄ぶかのようにそこをいじる。
しかし熟し切った女にとってこの心地よさはさらに身を焙るとろ火にも似た火となり、苦痛となってしまう。
淫猥な飢えが背筋をかけぬけ、脳髄をかき乱す。
早く、早く、早く。
陰核を、花弁を、花芯を弄れ、と。
体の奥から次々に押し寄せてくる。
じりじりと神経が灼けていく。
オンナの疼きが突き上げてきて狂いそうなほど。
それでも、まだ触れない。
荒い息を、期待にみちた吐息を、愉悦に満ちた熱く粘ついた息を吐きながらも、橙子はそれ以上指を進めない。
腰をよじって求めてわなないているのに、我慢した。
(……荒耶は……荒耶は……)
僧侶、坊主というのものはそういうものなのだろうか、いやにねちっこく橙子が泣き叫び這いつくばってまで求めるまで、この体を貪ることはなかった。
どんなに啼いても。
どんなに濡らしても。
どんなに体をよじっても。
荒耶はただただ橙子の体をいじるだけで、けっしてそれ以上の快楽を与えなかった。
その熱さに狂ってしまって、まるで花芯を漏らしたかのようになるまで、荒耶は嬲った。
嬲り続けられる、あの被虐の愉悦。
頭さえも性器になってしまったかのような、あのいやらしい感覚。
焦がれて、焦げ付いて、もう男性のそれしか考えられなくなる、あの刹那。
どろどろに、ぐちゃぐちゃになって理性も魂もなにもかも、淫花となりはててひくつき、ただただソレを求めてしまう。
そしてそのあとに与えられる悦びといったら!
官能に満ちあふれた恍惚のひととき。
その逞しいソレで、硬いソレで、えぐられて、突かれる、あの女の悦びだけになってしまう。
幾度でも媚肉がつきあげられ、何度でも達し、いくらでも涙し、法悦の彼方へと消え去ってしまう、あのひととき。
こうして橙子の体と性欲に染みこむほどの。
橙子の体は求めひくついているのに、荒耶の技巧が染みついているのだ。
これではダメだ、と。
これではイケない、と。
まだまだだと。
荒耶の執拗な愛撫を思い出す。髪の毛一本一本から足の指の先までただ舐め続ける。肌を舐め、舌を這わせ、唇で吸い付き、橙子の体をゆっくりと開発していった。
見知らぬ自分が次々に発見されていった。
こんなにも、はしたなかったのか。
こんなにも、いやらしかったのか。
こんなにも、淫乱だったのか。
こんなにも――。
礼園で慎ましげに育ったはずなのに。
麗しい乙女の園で、柔らかく暖かに過ごしてきたはずなのに。
こんなわたしがいるなんて――橙子は知らなかった。
こんなにもオンナの体が罪深いものであることに。
罪深くて、でも気持ちよくて、たまらなくて、いやらしくて。
ただ性悦にわななく牝躰とオンナの爛れた精神が。
荒耶の指先に、旗に、視線に、言葉に、嬲りによって目覚めていくのを。
だから――まだイジらない。
喉がカラカラに渇いて、目の焦点が合わない。
理性が性欲によってとろけていく。
魔術師としての叡智も、人形師としての理知もなにもない。
そういったものはただ荒れ狂ういやらしい波にのまれていく。
理性が顔をだそうとするが、それはまた沈んでいってしまって。
体中の肌がジリジリと焦げていく。
苦しいほど。
あそこがひくついているのがわかる。
愛液がこぼれて、内股をしたたっていくのがわかる。
乳房をこんなにもんでも、こねまわしても、摘んでも――けっして癒されない。
牝というものが、淫猥な刺激を求めて、いやらしく蠢いていた。
牝の感覚が肌の下をはいずり回る。
いやらしい感覚がざわつき、神経をつつきまわす。
針でつつかれているよう。
今さっきまでの陶酔感はなく、ただこげつきひりつくような疼きが体の奥で蠢いていた。
そして、ちらりと鏡を見たとき。
乳房をもみ上げ、
股間をはしたなく濡らし、
目をとろんとさせ、
頬を上気させ、
いやらしく唇をひらき、
恍惚の表情を浮かべ、
乳首を尖らせて、
花弁をひくつかせている、
そんな牝を見たとき、
それが橙子自身であるとわかった時、
止められなかった。
堪えられなかった。
指が花芯を弄る。
じゅぶじゅぶと淫水の音がする。
こんなにも音がなっちゃう。こんなにも感じてちゃう。
気持ちよかった。
たまらない。
堪えられない。
そこの鏡に映し出されているのは、淫乱な牝だった。
快楽に顔を歪め、理性を売り渡し、人間の尊厳を譲り渡した、ただの雌犬。
さかりのついた牝獣だった。
突き上げてくる悦楽に身も心もまかせる。
指先で陰核をつぶし、濡れた花弁を弄くり回す。
指を膣内にいれ、掻き回す。一本ではなく、二本。二本ではなく三本。
その指を前後に右左にひらく。充血し爛れきった媚肉をぐちゃぐちゃ好き回す。荒く強く激しく――まるで蹂躙されるかのように。
……ぉおおおっ……っつうっ!
口からもれるは牝の咆哮。感じきってとろけたような媚声。
そしてその度に白いものが走り抜ける。
脊髄をとおって、幾度も脳髄がかき乱される。
白くなる。
指で数度弄っただけなのに、手首まで濡れていた。
愛液でじっとりと濡れていた。
泡立ってさえいる。
ぐちゅぐちゅといじり、乳首をつまみ上げひねる。
頭の芯まで痺れてしまう。
クラクラしてしまう。
この淫らな感覚になにもかも押しつぶされていってしまう。
深い愉悦に、体も精神も、魂さえも蕩けていく。
グズクズに蕩けていく。
蕩けてしまって、何も残らない。
全身からいやらしい液がしみ出ていた。
体の中がぐちゃぐちゃで、ネトネトないやらしい水になったかのよう。
どろりとした熱く粘ついた蜜。
いやらしい牡を誘う牝の蜜。
それで体の中はいっぱいで、心の中も満ちあふれ、外へとこぼれていってしまう。
こんなにこぼれていってしまうというのに。
こんこんとわき上がり、溺れてしまう。
潰されてしまう。
ただいやらしく、ただ淫らに、ただ性悦に。
身悶えるしかないオンナの悦びに。
突き上げてくる刺激に。
橙子はいつしか絶叫していた。
「おおぅ……あっ……んぁあっ!」
盛りのついた淫獣の唸りが幾度となくこだまする。
乳房をいじっていて手は下へ下がり、ぷっくりとふくれあがった陰核をこする。
胎内に入り込んだ指はさせらりとしたところをこする。
痺れにも似た快感が駆け抜け、橙子を捕らえていく。
膝ばガクガクとして、そのままへたりこむ。
それでも、弄り続ける。
真っ赤に充血し、ねっとりとした蜜をこぼしつづける淫花を弄りまわし続ける。
指先がかろやかに的確に橙子の弱い所を責め立てる。
この手法はアルバのもの。
アルバは何回女をイカせるかに拘っていた。
だからこそ、ねちっこい荒耶と違って、的確に、橙子のオンナのツボをつく。
アルバの指はかろやかに、橙子の口から嬌声を引き出す。
どんなに頑張っても、恥ずかしいからと唇を噛みしめても無駄な努力だった。
アルバの指は、橙子のオンナを開花させた。
首筋、鎖骨、耳の裏、脇の下。どこもアルバが撫でいじり、弄ばれた。
幾度となく絶頂を迎えるのに、アルバはゆるしてくれない。
こんなにいっても、さらに先があると、さらにもっとよいところがあると、その指が、その唇が、その技巧が、その愛撫が教えてくれた。
自分で弄ったこともないところをいじり、開発し、ふたりは橙子をメチャクチャにした。性欲を満たすではなく、性というものを知るために。
魔女として、現代に生きる魔術師として、性をふたりは教えてくれた。
こんなに強く。
こんなにも、はっきりと。
別れてからでさえ、思い出してしまって疼くほど。
橙子の牝の本能を性悦に浸らせて、溺れさせ、染みこませるぐらいに。
指はいよいよ激しく、あそこを弄り回す。
ぶっくりと充血したクリトリスから手を離し、全体をなで始める。
前は茂みからうしろはおしりの穴まで、こすり、さわり、快感をもたらした。
ふたり同時に奉仕したこともあるし、奉仕されたこともある。
被虐のわななきと加虐の逸楽。
口と指で彼らを絶頂へと導く愉悦。
あの強い牡の精を喉奥で感じる悦び。
胎内に出され、しみいっていくという淫悦。
ふたりに前と後ろを一気に貫かれたときの愉悦。
中でこすれるあの感覚。体が引き裂かれバラバラになされるほど乱暴な行為。
ふたりをなじり、ふみつけ、滾ったソレをこすり、相手を家畜として扱う。
なのに、それに溺れてしまう。
口にほおばり、手でしごき、胸で奉仕し、女陰につっこまれ、陰肛にいれられるという、性の饗宴。
足蹴にし、舐めさせ、弄らせ、命令し、お預けをし、いたぶるという淫らな魔宴。
その時、橙子は家畜であり、女主人であり、牝奴隷であり、支配者であり、調教する側であり、調教される側であった。
どろどろにとろけあって、ぐちゃぐちゃになってしまっていた。
性の愉悦に、官能の渦に、淫らな嬲りに、理性も魂もなにもかもとろさけせてしまったひととき。
煮詰めた濃厚の蜜の中で喘ぐような、爛れた快楽。
まるでサバトのようだった。
悪魔に魅入られて淫らにおちていくかのよう。
言われればどんなにはしたない淫語もいった。
日本語でも、英語でも。言われなくても口走った。
体中にかけられた精液の温かさ。
頬をつたわり、顎からしたたるあのとろみ。
虐められるという感覚。
いたぶるという感覚。
おもちゃにされているという、他人に依存するという、あの感覚。
玩具にしてよいという、他人に頼られるという、あの感覚。
ゾクゾクする。
そう考えるだけで、体がビクンとしてしまう。
女陰はさらに充血し、血の色になっていた。
それでもそこからは淫水が溢れ続けている。
全身の肌はさらに朱にそまり、熱く粘つき、艶めかしい。
顔は淫らにとろけきり、淫悦にひたりきっていた。
(もうすぐ、もうすぐで……)
頭が白くなる。白くなって、ふわっとする。ショートしたかのよう。
はげしく指を出し入れし、乳房をもみ、陰核をこすりあげる。
舌をだし、肩を舐め、顔を撫で、指でいじくりまわし、ただあの感覚へ。
もっと、もっと、もっと。
強く、強く、強く。
激しく、激しく、激しく。
牝獣は、その肉欲に従って、その劣情に従って、喘ぎ、ただただ快感を貪り続けている。
わななく体が、さらに朱色にそまり、口から涎が流れ、淫らに蠢いて―――………。
「橙子師、どうしました!」
ガチャリと音をたてて扉がひらき、鮮花が飛び込んでくる。
見つめ合うふたり。
風がひゅるりとかけぬけて、火照った肌に心地よい。
なんで鍵がかかってないのよ、とふと思ったり。
そういえば式と鮮花に頼み事があるからオフにしたんだっけと思ってみたり。
部屋にはいやらしいオンナの薫りが充満し蒸れきっていて。
太股には淫らな愛液がつぅとしたたり落ちて。
唇は半開きで涎を流し、目は官能で潤み、顔は法悦でゆるみきっていて。
はしたなく股間をまさぐっているという、あられもない痴態は隠しようもなくて。
どうしようもなくて。
固まる橙子。思考停止。フリーズ状態。
瞬き一つ出来ない。
ただひたすらに重い、気まずさ、だけ――。
そのはしたなく淫らな橙子の姿を見てしまった鮮花の顔は見る間に真っ赤になっていく。
瞬間沸騰。
かぁーっとまるで灼けた鉄か茹で鮹のよう。
「……す、すみませんでしたっ!」
鮮花は真っ赤のまま、視線を合わせずに扉をバタンと力一杯閉める。
扉の外から声がする。
「トーコはどうした?」
「あ……あのぅ……」
「……? どうした? 俺が入ろうか?」
「いっいいんですっ! 橙子師は今ああのぅ女性の肉体に対しての……ええっと……そ、そうメンテナンスを……」
「……」
橙子は凍りついたまま。
外から式の声。わかってしまったのか消え入るような恥じ入った声。
「……ああ……ああそうだよな、うん。そうだよ。
……トーコのヤツ、行かず後家だから、な……」
「……そ、そうです……独り身で寂しいんですから……」
(ちょっと式さん、なんてことをいうのよ、失礼ね、まったく。
それに鮮花さんも鮮花さんよ。弟子なんだから師匠の肩をもう少しもっても……)
そんなことを頭の片隅で考えてしまう橙子が、ぽつねんといた。
(行かず後家なんて……ちゃんとわたしには秋隆さんや秋巳さんがいるんですからね)
いやつっこみ処はそこじゃなくて。
(わたしはもてもてなんですからね)
だから違うってばさ。
おしまい
あとがき
なんていっていいのやら(笑)
笑えて、なおかついやらしいのをと思って書きました。
バカエロに挑戦してみましたが、「英国にて」とまったく同じパターンなところがなんとも(苦笑)
楽しんでいただければ幸いです。
それではまた別のSSでお会いしましょうね。
11st. April. 2003. #103
戻る
|