交感神経 Change Change change.
練馬 幹也は、事務所の机を激しく叩いた。彼自身の手を痛めかねない程に大きな衝突音が、室内を一瞬支配した。 「今月の給料は、どうなったんです? また何か趣味の品でも増やしたんですか?」 「いや、今回は何も増えちゃいない。ケンタウロスホイミが負けたからな」 何か今、いつもの何倍も不吉な言葉を聞いたような気がした幹也だった。 「もう、我慢できません。僕は今から、お金を作ってきます」 そう言って幹也が机の引き出しから取り出したのは、銀盤の鏡やらタリスマンやら、どれも橙子がよく知っている品々だった。 「黒桐、いつの間に……」 上司の質問を無視した幹也は、秘蔵のコレクションを机の下から引っ張り出したダンボールに次々に放りこんだ。 「もう、買ってくれる好事家も見つけてきましたから」 そう言ってドアを開けた幹也を、橙子は慌てて追いかけた。 「せ、せめて、ビクトリア朝のウイジャ盤だけでも!」 「ダメです!」 幹也が振り返ると、減速どころか加速し続けている橙子が迫って来ていた。橙子は、幹也が立ち止まるとは思っていなかったのだ。 ほんの一瞬だった。そこにいた三人が、全員揃って予想を外していたのは。 鈍い衝撃音に気付いた式が階段の踊り場で立ち止まって見上げると、ダンボールの中身をぶちまけて幹也が降って来た。 「え?」 たまたま『伽藍の洞』を訪ねて来た式は、まさか自分の頭にオーブが命中するとは思わなかった。 「わっ!」 ペンデュラムを首に巻き付けた幹也は、式に覆い被さるように転落した。 「うわっ!」 二人は、折り重なるようにして踊り場に倒れ込んだ。階上の橙子の足元にまで振動が伝わったのは、衝撃の大きさと工房の安普請のどちらのせいなのだろうか。 「大丈夫か?」 踊り場に駆け下りた橙子が心配したのは、勿論コレクションの方だった。 私が眼を覚ましたのは、事務所にあるいつものソファーの上だった。天井を見上げた私は、首を捻った。 おかしい、線が見えない。いや、それだけではない。視界がとても狭くなっているし、景色もどこかぼやけている。 「一体……!」 私は、自分の声に驚いた。やけに太くて低い。しかも、私がよく知っている声にどこか似ていた。 自分に何が起きたのか、私は思い出そうとした。ふらっと散歩していた私は、たまたま橙子の工房の近くに来たので、事務所で一休みしようと階段を昇っていたのだ。幹也が降ってきた所までは、私は覚えていた。何かが頭に当たった事もだ。 周囲を見回すと、橙子がテーブルを挟んだ向かいのソファーに座っていた。 「ようやく、目が醒めたようだな」 そう言って橙子が私に眼鏡を手渡した。何故そんな物を橙子が渡したのか判らなかったが、私は言われるままに眼鏡を受け取って顔にかけた。 「ん、良くなったかな」 視界が狭いのは変わらないが、ぼやけてた景色は良くなった。 「黒桐、コーヒーをもう一人前追加だ」 台所の方から、はいという返事が聞こえてきた。しかし、その声は女性的で幹也のでは無かった。幹也の妹の声とも違う。それでいて、何処かで聞いたことがあるような気もする。 コーヒーを乗せた盆が、台所のドアから出て来た。その盆を持っている和服姿の女性は……。 「お、オレ?」 こちらに向かって歩いて来るのは、間違い無く『私』だった。 私の動揺を見た『私』は、首を捻った。 「橙子さん、まだ式には説明していないんですか?」 「今、目覚めたばかりなんだ。ほら、これを見ろ」 橙子が私の目前に置いたのは、手鏡だった。鏡を覗くと、右目を前髪で隠している幹也がそこにいた。 「おい、オレってどうなったんだ?」 橙子は、煙草を咥えながら私と『私』に向かって人差し指を差した。 「入れ替わったんだよ。黒桐幹也と両儀式の心と身体がな」 橙子は、階段の踊り場で何があったのかを簡単に説明した。 橙子のコレクションは、どれも効果が殆ど失われたものばかりだったのだが、数が多かった。散らばった品々が、一瞬だが偶然魔方陣を形成してしまった。加えて、魔力を集める効果のあるオーブを頭に直接ぶつけたので、魔力が脳に流れこんだ。 そこに幹也が落ちて来て、式と重なった。首に巻き付いたペンデュラムを伝わって、幹也まで魔力を受けてしまった。 「二人の間で往来を続けていた魔力が、精神と混ざりあったんだな」 そう言って橙子が低く笑うのを見て、私は腹が立った。 「結局、おまえのコレクションが悪いんじゃないか!」 ソファーから立ち上がった私は、橙子のブラウスの襟を掴んで殴り飛ばした。本当は少し脅かす為に寸止めをするつもりだったのだが、幹也の腕は私よりリーチが長い事を見落としていたのだ。 床に倒れた橙子は、それきり動かなくなった。幹也にそんなに腕力があるとは思えないので、当り所が悪かったのだろう。 「ど、どうするんだよ式。橙子さんでないと僕達は元に戻せないのに」 「明日、また出直す」 そう言って、私は事務所を出た。床に落ちた煙草を処理した幹也は、困った顔をしていたが、自分の体が心配らしく、結局私に付いて行った。 家に帰ろうと思った私だったが、この場合の私はどっちの家に帰ればいいんだろう? 歩きながら考えていた私は、気が付くと幹也のアパートの前に立っていた。 「これは、どういう事だ?」 私が帰るべき場所は、幹也の住むアパートだというのだろうか。 ポケットから鍵を取り出すと、私は幹也の部屋に『帰って』来た。黙って部屋に入った私に、幹也も続いた。 「ただいま、でいいのかな?」 やっぱり、幹也も奇妙な気分みたいだった。 歩いてアパートに帰って来たから、もうすっかり日が暮れていた。私は、冷蔵庫のドアを開けた。 「晩御飯は、オレが作るよ」 「ああ、頼むよ式」 そう言って幹也は、タオルを濡らして目にあてた。あれ? 「なあ、幹也。もしかして、幹也は線が見えるのか?」 「僕に見えるわけないだろう。何故かさっきから、目が熱くてしょうがないけど」 そうか、回路はつながっているけど、心が線を理解していないんだ。それは、音で言えばノイズみたいなものだから、幹也は視神経に理解出来ない刺激を受け続けているのだ。 「料理が出来るまで、幹也は休んでいろ」 幹也は、目を抑えたまま部屋に引っ込んで行った。 右目だけで料理するのは、最初のうちは大変だった。遠近感に気を付けて指を切らないように注していると、最後の方ではなんとかさまになってきた。 食事中も、幹也は薄目で辺りを見回していた。理解出来ない情報を心が熱さと誤認しているのは、治し様が無かった。まさか、幹也に臨死体験してみろとも言えない。 食事が終わると、幹也は部屋に戻って行った。後片付けを済ました私は、暇になってしまった。幹也が、今夜は散歩するなと釘を刺したからだ。ナイフも返してくれなかった。私も、幹也の身体で自分の身をいつものように守れる自身が無かった。 居間に入ると、幹也はソファーで横になっていた。目を休めている間に、寝てしまったらしい。 「しょうがないな」 私は、幹也を抱き上げた。意外に自分の身体は軽くて、新発見した気分だった。 寝床に幹也を放り投げると、私は着物の乱れを直した。 「全く、これでも目を覚まさないとは」 幹也の寝顔は、無防備であどけなかった。それが私には、何故か可愛く感じられた。 「オレには、ナルシストのケは無い筈なんだがな」 自分の顔だというのに見とれてしまうのは、それが今は幹也の寝顔だからだろうか。 「今は、この髪も幹也の一部なんだ」 私の指先が幹也の髪をすくうと、私の指の隙間から髪の毛がさらさらとこぼれ落ちた。室内の明かりは消してある。窓からのネオンの採光は、髪の毛を何色にも反射させた。 「この手もこの指先も、みんな幹也なんだ」 幹也の手を取った私は、その指先に顔を近付けた。 「これも幹也の香り……」 次の瞬間には、私はその手に接吻をしていた。自分の手の脈が、幹也の何倍も小刻みに震えているのが判った。 「そして、この身体も幹也なんだ」 私の手が、和服の襟へと伸びた。普段から和服に慣れていた私は、簡単に帯をといて、またたく間に襦袢まで剥ぎ取ってしまった。 「この鎖骨も、この首筋も、みんな幹也」 幹也の肢体に指を這わせていた私は、肘までたくし上げた袖が落ちる度に一々戻すのがもどかしくなって、自分の服も脱ぎ捨てた。 私の指先は、幹也の顔に触れた。 「この頬も、この唇も、幹也で……」 そして、今は私のモノだ。私の唇は、幹也の唇に重なった。 「ん、んんん」 息苦しくなったのか、ようやく幹也の意識が戻って来た。それでも私は、幹也の唇にしゃぶり付くのをやめなかった。 「や、やめ、し、もががぐぁ」 右手を幹也の肩に押し付け、左腕で頭を抱え込んで、私は幹也にのしかかった。 「な、なんでハダ……」 左手を更に強く絞めると、幹也は言葉が出なくなった。体重をかけて幹也の身体を抑え付けるた私は、右手を幹也の腰へと滑らした。 「動くな、幹也」 もぞもぞ身体を揺らす幹也は、私に言われても更に激しく震えるだけだった。 「だったら、こうだぞ」 聞き分けの無い幹也に、最後の手段だとばかりに、私は指先を幹也の尻の穴へと刺し込んだ。 幹也は、身体を大きくのけぞらせると、そのまま硬直した。よっぽど衝撃的かつ刺激的だったのだろう。 「もう、オレに逆らわないな?」 幹也が頭を縦に揺らすと、私は両腕を一旦幹也から離した。改めて幹也の背中に両手を回すと、私は強く抱き締めた。 「この肌触り。この触感。これが、今の幹也なんだ」 甘噛みしながら、幹也の首筋に唇を這わせていると、何かが私の腰にぶつかってくるのが感じられた。私は、一旦幹也から離れて膝立ちになった。 私を見て、幹也は絶句していた。 「ああ、これって……」 腰にぶつかっていたも何も、ソレは私の股間から生えていた。私の男性器が、見事に屹立していたのだ。 「おい、幹也」 「な、なんだい、式?」 私は、幹也に微笑を投げかけた。 「私は、おまえを犯(おか)したい」 「それ、振り仮名つける意味がないっ!」 幹也の突っ込みなど無視して、私は幹也に再びのし掛かった。 幹也の乳房に唇を寄せた。幹也の臀部を包み込むように揉んだ。幹也の股間に指を這わせた。 また指を突っ込まれると思うと、流石にもう抵抗出来ない幹也は、身体を硬直させて身震いしているだけだ。 「これだけ濡れているなら、大丈夫だよね」 私は、自分の男性器を掴んで女性器へと近付けた。私が本気だと判って、幹也は暴れ出した。 「だ、だめだよ式。それだけは、いけないよ」 「大丈夫、痛くしないから」 「だってこの身体、式の身体だよ」 「オレの身体だったら、いいじゃないか」 私は、幹也の中に侵入した。幹也は、頭を激しく振って悲鳴を挙げた。 「痛いのか、幹也?」 幹也は、首を縦に振った。 「痛い、痛いんだよう」 涙を流して訴える幹也を見て、私はいたたまれなくなった。私は幹也の中から引き抜こうとした。 「ぬ、抜けない」 突然、幹也の中がきつくなって、私を絞め付けた。 「こ、これはもしかして……」 膣痙攣、とかいう奴じゃないのか? 幹也は、何か不安そうな表情で、私を見上げていた。 「し、心配するな、幹也。オレがなんとかするから」 無理して抜くよりも、なんとかして性器を小さくすれば、抜けるかもしれない。しかし、幹也の中にいるという実感からか、性器が興奮から冷める事はなかった。私は、一度幹也の中で果てる事にした。 「うん、うん、うん」 押すのも引くのもままならなかったが、私は何とか男性器と膣の内壁とをこすり合わせた。だんだん感じてきた私は、熱い物がこみ上げてくるのを感じていた。 「いくぅ。いくよ、幹也」 「な、中は駄目だよ。中だけは、やめ……」 幹也が言い終わるよりも早く、私は幹也の中に流し込んだ。 「ああっ。中に、中にはいってくるぅ。ううぅ」 子宮に精液を吐き出した私だったが、肝心の性器は一向に小さくならない。 私は、涙を流して震えている幹也の中に、もう一度吐き出す事にした。 窓から、朝日が差し込んで来た。 何とか離れる事が出来た僕と式は、一緒にシャワーを浴びていた。結局何回式は僕の中に放ったのだろう。僕の身体があんなに絶倫だったとは、思わなかった。 僕達はお互いに背中合わせに立っていて、口も聞かなかった。 式は、欲望に対して歯止めが効かなかった自分に落ち込んでいるようだし、僕はそんな式をどういってなぐさめればいいのか判らなかった。 いや、なぐさめなければいいのか。僕は、式の方に振り返ると、式の腰に手を回した。 「式、君を―――一生、離(はな)さない」 「それ、振り仮名の意味ないよ」 そう言って振り向いた式の右目は、笑っていた。 二人が橙子の事務所に入ると、橙子は床の上にコレクションを並べていた。 「ほら、元に戻りたいんだろ。さっさと床に寝転がれ」 顔面に痛々しい腫れと痣がある橙子は、どうやら懲りたらしく、二人に頼まれる前に元に戻す準備を既にしていたのだ。 橙子に言われるままに二人が床に寝ると、橙子は何か呪文のようなものを口ずさみ始めた。式が耳を澄ますと、呪文の正体はクレージーキャッツだった。 式は本当に元に戻れるのか不安だったが、周囲の品々からは魔力も感じられるので、ひとまず黙っている事にした。 魔力に包まれた式は、しだいに眠くなってきた。今日も濡れタオルを目に当てていた幹也は、既に意識を失っている。どうやら精神を交換するには、あの時と同じに気絶する必要があるみたいだ。式は、眠気に実を任せる事に決めた。 突然、何かがぶつかる鈍い音が聞こえた。続いて聞こえたのは、橙子が倒れたと思われる落下と衝撃の音だった。 式が目を開けると、そこに立っていたのは鉄パイプを手にした鮮花だった。頭には工事用ヘルメット、作業着姿にスカーフのマスクを被っていたが、すぐに彼女だと判った。 「何を考えているんだ?」 「わたしは、この時を待っていました。今なら、兄さんの身体と結ばれる事が出来る」 鮮花が何をするつもりか判った式だったが、既に魔術の効果で身体が痺れて抵抗する事も適わなかった。 下半身が丸裸になった鮮花は、式のズボンとパンツを脱がすと、意思と関係なく立ち上がっているイチモツに狙いを定めて跨がった。 それから数ヶ月後、式は黒桐兄妹を妊娠させた責任を取ることになったのだった。 交感神経/了 [後書き] 今日は、練馬です。 『十キロ以上の文章書くと死んじゃう病』にかかっている私ですが、何とかいつもより長い話を書けました。 シスターアインバッハじゃないのか? とおっしゃる方もいると思われますが、今はまだ私の中で人格設定が固まってませんので、もう少しお待ち下さい。 いや、エッチな話で笑いを取るのって、難しいですね。 それでは皆さん(いきなりダッシュして逃げ去る)。 |