音の線
あの時 どうして行かせてしまったのだろう・・・。 あれから5年が経った。 そう『アルクェイド・ブリュンスタッド』と別れてから、それくらい経つ。 そして、あの後、シエル先輩もこの街を離れてしまった。 そんな、俺を見かねて、秋葉が、ヴァイオリンを習わせた。 どうやら、向いていたらしく、俺は音大のヴァイオリンの専攻を主席で卒業し、今は、ヴァイオリンの教師をしている。 大体、今の時代、そんなにクラシックをするものなどほとんどいない。 そして俺はこの教室に住み込みで働いていた。 しかしここの経営者は借金があったらしく、この前の朝、荷物が綺麗に消えていた。 遠野志貴は、「死」の夢を見るようになったのは・・・。 朱の夢・・・。 いつも知っている誰かが、魔物に殺されている夢・・・。 もう現実なのかもわからない・・・。 ただ、眠り続けるだけ・・・。 それから、どれくらい経っただろう。ドアがノックされている。 鍵は閉まっていない。俺は、もう殺されてもいいと思ってた。 薄く目を開き見る。 そして、入ってきた人を見て驚きのあまりその名を呟いた。 その女に、近寄った。似ている・・・。あの時のまま・・・。 不意に女は口を開いた。 「どうして私の名を知っているのですか?」 愕然とした。アルクェイドだと・・あの真祖の姫君と思ったのに・・・。 そして、黙っている俺に彼女はおずおずと言った。 「あの・・・ここって、ヴァイオリン教室ですよね?」 思った。『アルクェイド』はこんな話し方をしない・・・。それが、俺の心に響いた。 どれくらい時が経っただろう。 俺は、このアルクェイドという女性にヴァイオリンを教えることになった。 「こう、中指と親指で弓をはさんで、ほかの指は添えるだけだよ。初心者はペンを握ることから始めるんだ」 彼女は、とまどいながら、手を動かせる。 今はまだ、弓の持ち方の練習として、ペンで練習させている。 考え込む彼女の顔を見る・・・。 ───『アルクェイド』の考え込んでいる顔がダブった。 「先生?」 彼女は、少し考え、 「先生!」 志貴は我に返った。 彼女はそんな志貴を不思議そうに見たが、ペンに集中し始めた。 ────先生、ご飯ですよ。 呼ぶ声が聞こえる。 彼女とは一緒に食事を取る。そしていろんな話をした。 彼女は、画家を目指していたこと。いつか、童話を書きたいと思っていたこと・・・。 笑う彼女は『アルクェイド』にそっくりだった。それが、俺の心を締め付ける。 たくさんのことを話した。 どれくらい経っただろう・・・。アルクェイドと出会って、半月が経った。 「そうそう、で、軽く顎ではさんで、もう少し足をひらいて、左足を前に出して重心も左側にかけて」 アルクェイドはなかなかうまく出来なかった。綺麗な音色を奏でなかった。 ───考えてみれば、あの『アルクェイド』なら、いとも簡単にやってのけるんだろうな・・・。 でも、ここにいるのは全くの別人なんだし・・・。 俺は根気よく、教えていた。 時計が8時を告げた。 「もう帰らないといけないよ?」 志貴は言った。しかし 「今日は先生の家に泊まる」 アルクェイドは頑なに嫌がる。志貴は 「家の人が心配するよ?」 とたんにアルクェイドの顔色が変わった。悲痛な声で言った。 「家は嫌なの!家の話をしないで!」 そして、志貴はアルクェイドの意識の中に吸い込まれた。 彼女は怯えている。 真っ暗な中・・・。 手足を鎖のようなもので縛られ・・・。 目の前にいる 赤い魔物が 彼女を 切り裂いた。 彼女は、半ば気絶するように倒れた。 志貴は彼女を抱き止めた。ここにいるから・・・と言いながら・・・。 次の日、アルクェイドは、志貴に挨拶をし、建物から出た。 うしろには、志貴のいる建物。 建物にもたれて、彼女はため息をついた。 ある日、俺はあの悪夢を見た。夢だとわかったが、この感触は生々しい。 最近は、なぜか自分の本当の家・・・七夜家が滅ぼされたときの夢のようだ。 たしか、なぜか妹がそこにもいた・・・。 俺は救えなかった。 ───救いたかった。 その夢を見て、うなされている俺に 「───先生、私たちの帰り道、探しにいこうよ」 アルクェイドはそう呟いた。 次の日、この街にサーカスが来た。いわゆる「移動劇場」というものだった。 それはなぜか懐かしいものだった。 ただの人形劇で、ある男が旅の途中で大きなライオンに襲われ、逃げ回る話だったのだが。 ───それは 俺に ネロ・カオスとの戦いを連想させた。 あの夏の日を思い出す。 あの教室での会話を。 あの笑顔を救えなかった自分を。 あの悲しい笑顔を・・・。 俺は、『アルクェイド』になにをしてやれるのだろう・・・。 なにをしてやれたのだろう・・・。 気付くと泣いていた。 悲しいんじゃない・・・ 自分の無力さが悔しかった・・・ ───アルクェイドは隣にいて黙って側にいてくれた。 俺は無意識に呟いていた。 「今の俺に何か、なにかできるかな・・・?」 彼女は答える。 「私の知ってる先生なら、一つだけだよ」 彼女は、手元にあった、小枝を、弓を持つようにしながら、志貴に微笑んだ。 次の日、アルクェイドは、教室の前に立って、驚いた。最近は全く弾いていなかったから そのメロディは、悲しく、しかし、強いものだった。 アルクェイドは全くその曲を知らなかった。 それは、遠野志貴が、最愛の人・・・、 今は千年城に眠る『アルクェイド・ブリュンスタッド』を想った曲だから。 部屋に入る。そこには一心不乱にヴァイオリンを奏でる遠野志貴の姿があった。 不意にアルクェイドの足元に紙が落ちた。 紙ではない。写真が落ちた。 それを見る。志貴と、自分によく似た女性の写真だった。 意識が流れてくる。 遠野志貴は呟いた。 『アルクェイド、もう迷わないよ。見つけたんだ。これからどうするかを・・・』 そして、ヴァイオリンが鳴る。さっきよりも、力強く、美しく、どこまでも響くように・・・。 風が強くなった。 否、遠野志貴の心が吹かせている風が強くなった。 なぜか、そこにいる、アルクェイドまでが光り始めた。 そして、彼女もまた、不思議なことに気付いた。 自分の両手首の痕が消えていくのを・・・。 また、風が強くなる。 ────ここは千年城。 『アルクェイド・ブリュンスタッド』は自らの吸血衝動を抑えるため、彼女自身が起きないための呪文をかけていた。 志貴はまだ弾きつづける。もっと、もっと、音を響かせようと・・・ 父親を 母親を、 妹を、 自分の身の回りの者を、 殺した魔物が、微笑み、 そして 自らの舌を引きちぎった。 目の前のアルクェイドを見て驚いた。 光に包まれていく。そして、彼女の髪が伸びている 輪郭が薄れていく。 彼女が前に進み出る。 志貴に手を伸ばす。 『志貴、あなたのことを愛してる』 遠野志貴は、驚いた。 目の前には、あの『アルクェイド・ブリュンスタッド』がいたのだから。 手を伸ばす 絶対に離さないように ───しかし、手が触れる瞬間、アルクェイドは消えた。 もう以前のような、吸血衝動もない。 起きる直前の夢の光景を思い出す。 あの闇の中、急に現れたあの光を、 そして、手に奇妙な違和感を感じ、何かを握っていたんだと、気付く それは、透明な、真っ白な砂。 ───アルクェイド・ブリュンスタッドは木にもたれて本を読んでいた。 ふと、胸の瓶を耳に近づける。 あの音色が聞こえた どうして、目覚めたのだろう・・・ あの光が見えて・・・・・ でも、あの光がなんなのかわからない。 優しさで私を包み込んでくれた。 あの光は・・・ ───あの光を、光のあった場所へ行こう。そうすれば何かわかるはず。 歩き始めた。森の一本道を・・・ 「ふぅ、暑いな・・・。」 遠野志貴は一本道を歩く。 彼はもう迷わない・・・。 もう、やるべきことを見つけたのだから。 志貴は、手に持っている写真を見た。 アルクェイドと何気なく撮った写真。 そして一歩踏み出した。 行き先に向かって。 ふたりは 出会う もう一度・・・ 願う 願う その甘い匂いで満たされますように 〜〜〜〜F I N A L E〜〜〜〜
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あとがき |
いかがでしょう? これは僕の中のいわゆる心象風景です。 アルクのトゥルーエンドのあとの話です。 こういうのもアリかな・・・と考えたものです。 だいたい、月姫のトゥルーエンドは、悲しい終わり方というイメージがあるので、それに抗うつもりの話になっちゃいました。 今回の、志貴の前に現れたアルクは、ドッペルゲンガーみたいに僕の中では捉えてます。でも、読んだ方、それぞれの感覚で捉えてもらえたらそれは、すごく嬉しいコトです。 これは、書きたいテーマとしては、3つ以上あったんですけどね。 本当はこれを入れたかったんです。「We Shall Over Come」と 有名なキング牧師の言葉です。 今回は、志貴の夢をもっと詳しく書きたかったですね。トラウマとか、そのあたり 詳しくしたかったんですけど、軋間さんとか、そっちの設定が固まらなくて、敢えて、「魔物」になってます。だってそうだと思ったから。 最後のは、第三者のセリフです。この物語を書いていて思いついたので。 キレイ事ですが。 僕は願います。 これを、読んだ人が少しでも 「何か」を感じてくれることを そして 迷わずに、前に進めることを ’02・4・21・p.m. BGM : Rest in Peace & Fly Away |
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