海蛍 ─siki─ 兄さん、いつだったのかしら。 二人で、こんな夜の海を眺めるのは。 あの時よりも、今日は風が強いですね。 これ、覚えてますか? 兄さんが、私にくれた、ペンダント。 これ、今日まで、私の部屋の引き出しに入れていたのですよ。 今日は、ここに来るから、付けてきたのです。 似合いますか? 兄さんは、いつだって、自分のことばかりで、もう、秋葉のことを考えてくれないんですから。 あの日、体を重ねたあの日の約束すら、守ってくれなかったんだから。 兄さんは、優しすぎます。 私にも、翡翠にも、琥珀にも。 秋葉は、今度、この街を離れるんです。 もちろん日本にはいますし、ここには、兄さんがいますから、頻繁に帰りますよ。 大学が、少し、浅上よりも離れたところなので、一人暮らししないといけなくなってしまっただけですから。 最近、そのことで、翡翠は絡んでくるんですよ。 兄さんは、お優しいから、翡翠にも、愛されているんですね。 今朝も、怖い剣幕で、 「秋葉さまは、どうして、この街を離れてしまうのですか?」 なんて言うんですから。 あの娘は、もともと感情を抑える人だから、ちょっと私もたじろいでしまってんです。 でも、翡翠はそれくらい感情を出すようになりましたよ。 琥珀も、最近は、心からの「笑顔」で、応えてくれます。 相変わらず、掃除しては、いろんなものを壊してくれますけどね。 でも、今日も、笑顔で、送り出してくれたけれど、いつものように、笑えないんです。 夕べも、 「秋葉さまが、もうすぐおられなくなるので、ここで、休ませてくれませんか?」 なんて、夜中に、私の部屋に来たんです。それで、 「やっぱり、この街には、頻繁に帰ってこられないのですか?」 なんて、消え入りそうな声で言うんですから、もう夕べも寝られなかったんですからね。 それくらい兄さんは、あの屋敷での、大きな存在だったのですよ。 そうそう、今朝、シエルさんが屋敷に来ましたよ。 お花を持ってきてくれました。 スイセンの花ですよ。 あまりに綺麗なんで、一輪だけ、ここにもってきました。 なにやら、 「遠野くんみたいに、まっすぐな人に、一番イメージに合うから、これにしました」 と仰ってもってきてくれました。 あの人も、忙しく飛び回っているようです。 それで、というわけではありませんが、今日は、真っ白いサマードレスです。 ・・・似合いますか? たぶん、兄さんは、聞かなくても、似合うって言ってくれますから、アテにはなりませんけどね。 秋葉には、白い服も、似合うんだって、見せたかったんです。 ペンダントも、シルバーですから、コーディネートは合っていると自信はあるんですけどね。 ・・・そんなに、似合わないという訳でも、ないと思うのですが・・・。 どうですか?兄さん 答えてください。 お願いですから・・・、 『秋葉、似合うよ』って。 そうやって微笑んでください! そうやって抱きしめてください! そうやって唇を奪ってください! そうやって見つめてください! そうやって・・・、秋葉を包み込んでください・・・。 ───お願い・・・ですから・・・。 どうして、急に死んでしまったのですか? 兄さんは、遠野家の長男なのですよ? 兄さんは、私の、「恋人」なのですよ? 兄さんは、あの「不死」のシキさえも、「殺した」じゃないですか? 「不死」さえも、「殺せる」のに・・・。 私の「命」の、半分を持っていたじゃないですか? あの日、怪我をしても、すぐに治ったのに・・・。 兄さんは、「モノの壊れやすい線」が視えたからですか? だから、脳が、「死んで」しまったのですか? どうして秋葉を置いていってしまったのですか? 有間の家に行ってしまって日のように、 突然、私の前からいなくなって、 今度はもう、私の手の届かないところなんかに行かなくても・・・。 約束したじゃないですか? 私を幸せにするって。 ずっと、共に、季節を巡ろうという約束も守れないのですか? ねぇ、兄さん。兄さんには、悔いはなかったのですか? もっと、生きていたいとか、 もっと、遊びたいとか、 もっと、知りたいとか! ・・・もっと、皆で、過ごしていたいとか・・・。 ・・・多分、最後まで、全力で、駆け抜けた兄さんですから、 なかったんでしょうね? 秋葉はわがままですから、そう解釈しちゃいますからね。 兄さんに貰ったこのペンダント、この前、初めて知ったんです。 こんな仕組みがあるなんて。 海蛍(しき)の発光物質が中にあるなんて。 しかも、水を入れるだけで・・・、ほら、こんなに綺麗に光を放つでしょう? こんなに綺麗な光を照らし出してくれるのですよ。 もっと、私を、兄さんの笑顔で照らして、私が兄さんを照らしていきたかったのに。 「あ!」 風が吹いて、スイセンの花が海に落ちました。 またたくように、海に光が浮かんでますよ。 海蛍が灯しているんですよ。この光は。 兄さんも、見てください。 こんなに綺麗なんですから。 そうして、少女は、視線を空に上げる。 そこには、銀色の満月が 少女を 海を 海に浮かぶ光を 照らし出して 海には、もう一つの「宙」が 水面に揺れていた。 まるで、そこにもう一つの「宙」があるように 〜〜〜F I N〜〜〜 あとがき
TAMAKIです。これは、以前瑞香さんが書いた「慕情」を、秋葉風にと思って書いたものです。 実際、慕情読んだ時のショックは凄かったですから。 もしも、まだ、読んでいない方がこれを見たのであれば、絶対、読むことをオススメします。 いい話ですから。 海蛍は、たまたま本で「しき」と読むのを知って書きました。 こういうのは、どうなんでしょう? 秋葉の口調できてますか? 今回のは、秋葉が、蛍の光で、頬を、顔を照らしているところがお気に入りです。 でわわ 02・6/5 A.M. □ index □ |