〜 For Martha 〜―――こんばんは。志貴。 月の照らす中、病室に窓から、入る。 「・・・ん・・・・。」 息を呑むような風景だった。 それは、遠野志貴という男が横たわるベッド以外は何もない。 まるで、空白・・・。 真っ白い壁の中、志貴だけが、色を持っていた。 それは、私の中の志貴を表しているようなものだ。 厳密に言えば、志貴と出会ったばかりの私のよう。 まだ、無駄なことが少ない、ただ、そこにいて、死徒を狩り続けるだけの 真祖の姫君であったころの私。 でも、それは違う。 また戻るのだろう。 志貴がいなくなれば、二度と、傷つかないために私は、完全な 「白」になっていく。 純白よりも・・・白く・・・。 志貴の頬に手を当てる。 明確に、意志を表せない志貴にとっては、この「温もり」が答えなのだろう。 そのまま、頬を撫でる。 愛しい人を、心の底に沈めて、忘れられなくするために。 私の心が、志貴に伝わるように、包み込むように、顔を両手で覆った。 ただ、志貴を感じる。 こうしていると、体を重ねるときよりも、もしかしたら、志貴のことを 大切に想って、感じているのかもしれない。 志貴の体の中を泳いでいるような、そんな感じになる。 志貴が目覚めることがなくなってから、何度かこういうことがあった。 多分、志貴の死期がそう遠くないのだろう。 それは、わかる。 本人も、意識を失くす前の日、 「じゃあな。」 と少し、物言いたげな顔をしていたけれど、私はわざと見なかった。 なぜならば、聞いたら、もう終わりのような気がしたからだ。 「ねぇ、志貴、今度、一緒に住もうね・・・。」 ただ、答えない志貴に話すことにも慣れた。 入院する前、二人で住もう、と部屋を一緒に探したりもした。 それを思い出しながら、志貴に呟く。 その少し温かな手を握りながら。 「アルクェイド・・・」 後ろから、いきなり声をかけられた。 ハッと後ろを向けばそこにはシエルが佇んでいた。 よく見ればバツの悪そうな顔をしている。 「貴方も、本当に変わりましたね。こんなに私が近づくまで気配に気付かないなんて。」 いつものような憎まれ口。 でも、シエルもそうだ。 志貴がいなくて寂しい、ただそうなのだ。 「シエルこそ、見回りは・・・。」 そう言いかけた瞬間、ふわっ、とシエルのほうから匂いがした。 死徒を殺したときに付く、独特の匂い。 「そうか・・・。もう、そんなに狩ってたんだ。シエルも、ここを離れることになったのね。」 あくまでも、志貴の顔を見つめながら言う。 「えぇ。遠野くんに在る、私の記憶を消しに来ました。」 シエルの任務のときの声。 でも、どうしてそんな悲しい響き方なのだろう。 ―――私が悲しいと気付く・・・。 ―――前の私には感じられなかったもの・・・。 「消さなければならないの?」 私は少しの決意のこもった声で言う。 「えぇ。」 感情の押し殺した声。 夜中に女二人でこんなやりとりなんておかしいだろう。 でも、大切なこと。 無駄だけれど、何よりも大切な・・・。 「このまま、帰って。」 私は、意思のこもった声で一言だけ、シエルに言った。 1秒、2秒・・・、部屋にある時計の秒針の、時を刻む音だけが響く部屋の中。 「・・・わかりました。埋葬機関には、『遠野志貴の魔眼はなくなった』と報告しておきます。 あと、貴方は千年城に帰った、とも。」 シエルも覚悟を決めた声をしていた。 「さようなら。」 とだけ、ささやくようにして、言って・・・。 「ねぇ、志貴?貴方はどうしても、『あちら側』に行かないといけないの?」 何も、志貴は答えてはくれない。 「ねぇ、最近、私、絵を描くようになったの。」 そう言って、部屋の片隅に置いていたキャンバスをベッドの隣に持ってくる。 月明かりに照らし出されたそれは、志貴の顔だった。 「ねぇ、やっぱり、こうしていても、寂しいよ・・・。志貴。」 キャンバスを抱き締めながら、消えそうな声で言う。 涙が混じってくる。 こんなことなんてなかったのに。 ふと、顔を上げて言った。 「もしって・・・イフの話したよね?もしも、志貴が『あちら側』に行ったら、いつか私も 志貴を探して、『そちら側』に行くよ。」 志貴の眠る体を抱きながら言う。 「だから、また・・・出会えるよ・・・。きっと・・・。」 そう告げた真紅の瞳からは、透明な雫が、ただ、流れた・・・・。 〜〜〜Fin〜〜〜
あとがき こんばんは。 いかがでしょうか? 今回は10万HITのお祝いです。 そして、おめでとうございます。 というか、ここって8ヶ月で10万ですよ? すごいですね。 4月の最初に、僕はここに顔出しさせていただいてるので 見ていて、「あぁ、すごいなぁ、」と思っています。 現に、すごい数ですよ? ただ、それだけ、瑞香さんの文章に魅力があるのだと思います。 だから、これからも頑張ってください。