七夜の大冒険(前編の1)(M:全員? 傾:シリアス?)


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1: Keis (2001/09/08 02:34:00)[keis28c at netscape.net]

 「遠野志貴」は8年間の不在の後、実家である遠野の家に帰った。
 2週間弱そこで過ごした後、消息を絶つ。
 そしてそれから3年の歳月が過ぎた頃の事である・・・





ざしゅっ

・・・ばた・・・さああぁぁ・・・

「志貴くん、大丈夫ですか?」

「ああ。」

 志貴は自分が再び死を与えた死体が灰に還るのを見守りながらシエルの問いに短く答えた。

「今夜はこんなものですね。帰りましょうか。」

 シエルに軽く頷いて答えると志貴は踵を返し、宿へと向った。

 シエルはそんな志貴の態度に溜息をつきつつ、慌ててその後を追う。

 深夜とみるか、早朝と見るか、微妙な時間、午前3時半。

 二人は霧に包まれたハンガリーのとある地方都市に居た。






七夜の大冒険(前編)





−日本

「おはようございます、秋葉様。」

 遠野秋葉は朝日に包まれた居間に入り、翡翠の挨拶に答えた。

 ソファに腰をおろし、翡翠が用意を整えたティーセットで紅茶を嗜む。

 ふ、と軽く吐息を漏らした。

 大学に入学して四ヶ月、夏期休暇である。

 大学は手近な所に手頃な大学があったのでそこへ通っている。

 高校を卒業した後、再びこの思い出深い自宅へと帰ってきていた。

 今でも庭の中の広場や和風の離れを見るとココロがざわめく。

 だが、それは決して悲しいだけの思い出ではない。

 幼少期の楽しい思い出。

 そして3年前の甘美な思い出。

 悲しみと同時にそれらもまた喚起される。

 兄・シキが引き起こしたあの事件から数ヵ月後、広場で七つ夜の短刀を拾って以来そうなった。

 自分の中に感じるかすかな重み。

 それは依然として自分の義兄にして恋人でもある志貴が生きてどこかにいることの証である。

「秋葉さま、朝食の用意が整いましたぁ。」

 明るい琥珀の声に答えて食堂へと秋葉は向いながら、小さく呟いた。

「兄さん、元気にしてますか・・・?」





−ハンガリー

 秘め事が終わり、シエルは熱い溜息を吐く。

 隣に同衾する志貴も若干息を荒げており、汗をかいている。

 彼の左腕を広げさせるとシエルはそれを枕とし、半分うつ伏せになりながら左手を志貴の胸板に這わせる。

 そこには大きな痕がある。





−回想

 その痕は11年前、シエルが殺されてロアが遠野四季に転生し、四季が遠野寄りに反転、志貴を殺した時の物である。

 その時、志貴は秋葉がその命を共有することによって蘇生した。

 だが、時の当主・槙久によって処断された四季は共融の能力によって志貴の命を奪い、生き延びた。

 志貴は死を経験する事によって直死の魔眼の能力を得るが、四季との命の共融によって常に生命力が不足していた。

 また、秋葉は志貴と命を共有しているために遠野の血を抑える事が難しく、段々遠野寄りになっていた。

 そんな複雑な事情は、志貴の遠野家帰還、琥珀の策謀などによって一気に混迷の度を増した。

 そして志貴と秋葉が思いを交わした後、二人は四季の強襲を受ける。

 反転してしまった秋葉を前にして志貴は彼女との約束を守れず、自分の命を秋葉に返したのである。

 志貴が四季(ロア)討伐に失敗した時に備えて遠野家に侵入したシエルは丁度それを目撃した。

 彼女はすぐに状況を見て取り、志貴を抱えて自分の部屋に文字通り飛んで帰った。

 結界に入って外部を遮断、ありったけの神聖治療をほどこし、魔眼によって殺された志貴の一命を取り留めることに成功した。

 だが、それは完全なものではなかった。

 彼女がロアの討伐完了を埋葬機関に報告して休暇を貰い、志貴を看病しつづけて三ヶ月ほどした後、志貴は目覚めた。

 彼が目覚めて喜ぶ彼女を迎えたのは、

「・・・誰だ?」

 という言葉だった。

 シエルは致死性の怪我を蒙った事による一時的な記憶の混乱を疑った。

 だが、真実はより残酷なものだった。

 志貴は7歳以降の記憶を完全に失っていたのである。

 つまり志貴は「七夜」志貴であり、退魔士であり、遠野家での暮らしやシエルのことなど全く知らないのである。

 シエルはショックを受け、志貴が動けるようになってから国外の病院へ連れて行き精密検査を受けさせた。

 国外を選んだのは偏に遠野家より志貴を匿うためである。

 志貴と遠野家の面々を引き合わせるのは双方にとって良い結果を齎さないと思われた。

 検査の結果は器質的な障害、脳の記憶保持能力の損傷。

 志貴が7歳以降の記憶を取り戻す可能性は全く無かった。

 それから間も無く、志貴は全快する。

 シエルは予想外の速さに驚きの念を抱いたが、それは皮肉にも志貴が記憶を失ったからであった。

 彼は「七夜」の一員としての技術を完全にマスターしており、それを行使していたのである。

 シエル宅に張られた神聖魔法による結界、そして周囲の自然の気の流れに身を浸し、回復を早めた。

 そして全快した彼がすぐに始めたのは鈍った体の鍛錬である。

 周囲の気を利用する事によって彼は知らずに秋葉の命をほとんど使わずとも健康を維持する事が出来た。

 そしてシエルに教わった自分にだけ見える線と点の持つ意味、力。

 それを使いこなすべく彼は鍛錬を続け・・・

 彼、「七夜志貴」は史上最凶の攻撃力を持つ退魔士となった。

 そしてロアの消滅によってその不死性を失ったものの未だに埋葬機関の第七位をはるシエルと行動をともにしているのである。





−現在

 傷をなぞっていたシエルの手を志貴が掴んだ。

 気分を害したのかと思い彼女が志貴の顔を見やると、彼は厳しい顔つきで扉を睨んでいる。

 シエルもすぐさま気分を切り替え、霊的触角を張り巡らし・・・敵の存在をキャッチした。

 二人ともすべるようにベッドを降り、服を着るヒマが無いのでバスローブを身に纏い、武装する。

 シエルは黒鍵を、志貴はボケットにコンバットナイフ、手には名銃ベレッタ。

 二人が其々壁に張り付き障害物の背後で身構えると共に扉が弾けとんだ。

 シエルが牽制の黒鍵を六本投擲、志貴が腰を落としてベレッタを両手で構えて乱入した敵の「死」を見ようと・・・

「やっほー、志貴。」

 そこにいたのは白い吸血鬼。

 腕の一振りでシエルが投じた黒鍵を払い除けると、無邪気な笑顔で志貴に挨拶した。

 志貴は無言でベレッタのセーフティを戻し、ホルスターに戻すと溜息をついた。

「またあなたですか、アルクェイド・ブリュンスタッド。」

 そしてシエルは依然として戦闘用の鋭い目付きのまま乱入者である真祖の姫君・アルクェイドを睨んだ。

「朝っぱらから一体何の用ですか?」

「別にシエルに用は無いよ。私はただ志貴と遊びに来ただけだから。」

 相変わらずな「あーぱー吸血鬼」ぶりにシエルは頭痛を感じた。



続く


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