ある魔術師の手記(ロワイン ぱちもん 無)


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1: みちあき (2001/06/24 00:40:00)[mitiaki at mx.biwa.ne.jp ]

 月すら顔を隠す、闇の深い夜。風に押された窓帷が、窓辺で漣の如く裾を寄せては返す。だが、幾らその身がひるがえろうと、室内の奥の凝った闇は揺らぐことがなかった。
『――では、次に基本に立ち戻り、生物学的な見地から考察を進めることとする』
 漆黒の中で紙をめくる小さな音が響いた。
『およそ霊的、超自然的な存在であるとはいえ、死徒もまた一種の生物であることに違いはない。復元呪詛による再生能力を考慮しても、その生命力、六感の鋭敏さ、肉体の頑強さは遥かに人間を凌駕しているといえよう。よって、死徒は人の上位捕食者であると考える向きが、死徒自身だけでなく『教会』や『協会』内にも根強くはびこっているが――果たしてそれは真なのであろうか?』
 紙上を滑るペン先がつい、と止まった。だが間を置くことなく再びそれは走り出す。
『まず死徒の持つ肉体能力、各種魔術といった知識技術について考察をおこなう。確かに死徒に匹敵する能力を持つ人間はまず存在しない。しかし、皆無というわけではない。『教会』や『協会』の連中が良い例だ。また、死徒であれば必ずしもそれらの能力が備わっているというわけでもない。その点に関しては、為り立てのリビングデットどもを見ればいい。
 既に明らかなことではあるが、死徒の固有能力は基本的に人間の能力の延長に過ぎない。人より遥かに長い年月を経ることによって、経験による成長を際限なく繰り返し、常人を凌駕する能力を得るのである。逆にいえば、人であろうと、死徒と同等の能力を有することは可能なのだ。
 ――死徒と人とは、基本スペックに何ら変わりはない』
 何度も推敲を重ねた結果なのだろう。男の持つペンは欠片の躊躇いも迷いもなく、常に一定の速度で紙上に文字を刻んでいく。
 男性にしては白く長い指が、ずり落ちかけていた眼鏡の中蔓を押し上げる。

『――では、不老不死性こそが生物としての死徒の優越性の証かといえば、それも否。そもそも生物種としての人の寿命は僅か三十年。人ですら己が限界寿命を遥か越えることを可能としているのに、たかだか数十の例外が数百の年月をけみした程度で、一体何の優越性の証であろう』
 再び、紙の繰られる音。だが、他には微かな衣擦れ以外、男の吐息すら聞こえてこない。静寂だけが彼の綴る文字を追う。
『闇の民として夜の加護を受ける一点にしても同様。死徒二十七祖ならばともかく、多くの者は昼に動けぬどころか、陽光の一浴びで容易に塵芥へと帰す。人や獣、昆虫ですら昼夜の別なく活動できるというのに、一日の半分を動けぬどころか、生死に関わるというのは生物種として最早致命的な欠陥である。死徒は夜の加護を受けているのではない。夜にのみ脆き生の底を這いずることを許されているに過ぎぬ。多くの者は、見かけ上のその強靭な生命力に惑わされ、本質を見極め損ねているのだ』
 ふと。男の視線がノート斜め上に位置する三角フラスコへと向かう。中には何が入っているのか、黒とも灰色ともつかぬ液体が、色を変え濃度を変え緩やかに交じり合っていた。
『吸血衝動についてもまた同様。死徒という眷族を産み出し、死者という僕を作り出す、効率良き栄養摂取手段と取られがちだが、実は違う。死徒として生まれ変わるには被吸血者側の稀な霊的素質が必要であり、死者に至っては便利な道具以上の意味は欠片も無い。
 この世界に数多く生息する人という種を糧とする点においても、一見捕食行為を容易にしている利点と思えるが、反面、人以外のものでは満足できぬという枷を持つ。確かに、肉体の劣化を止めるため、獣や魔獣、幻獣といった幻想種を取り込むことは可能だ。だが、それで肉体の崩壊は防げても、死徒の吸血衝動はなくなることがない。――そもそも、崩れゆく肉体の修復のために人の遺伝子情報を取り込むというのならば、何もわざわざ吸血を行う必要はない。髪にも、唾液にも、肉にも、人の遺伝情報は等しく含まれており、血にしたところで輸血用血液の入手など、言うまでもなく容易い。
 死徒が血を啜るのは、あくまで欠損した遺伝情報の補完は二義的なものに過ぎず、本質は吸血衝動の充足にあるのだ――』
 白く骨張った男の指先が、また静かに紙をくる。
『余談ではあるが、死徒の非優越性は文化面からも証明できる。人間と他の動物の一線を何を持って為すかという議論は、まだ尽くされたとは言い難いが、その一つとして高度な文化の蓄積。文明の有無を仮の一線と引くこともできよう。
 これは個体の差異ではなく、その生物種全体の積み重ねてきたものの差異であり、種の優劣を比較するのに適した一線である。
 死徒の文明、文化とは果たして何か? 無い。そんなものは一つたりとて存在せぬ。芸術家を自称する死徒もいるが、それが死徒特有のものかといえば、そうではない。音楽、文学、絵画、舞踏。芸術に限らず、医学、科学、工学。どれ一つ足りとも死徒の手によるものではない。魔術にしたところで、元は人の産み出した物だ。『死徒は優秀なコレクターにはなれても、創造者足ることは出来ない』とは良く言ったものだ。
 死徒は人の言葉を喋り、人の論理で思考し、人の文化に包まれ、人の芸術を嗜好する。元が人間であったとはいえ、人以上どころか人並みの創造力さえ失った種に優越性などあるものか。二十七祖の座を奪い合う愚かなゲームに興じている者どもを見よ。あれが死徒の限界だ』
 そこで、彼は一端顔を上げた。やがて、卓上ランプすらない漆黒の闇の中、先程までよりやや落ちたペースで、ゆっくりと続きを書き進めてゆく。
『では、そろそろ結論に入るとする。
 今まで見てきたように、死徒はただ特定の場合にのみ、長寿で死ににくいというだけで、生物種としては明らかに欠陥品。人の奇形種に過ぎず、真の意味で人を越える存在ではない。

 ――断言する。我ら死徒とは失敗作に過ぎぬ。

 真祖は歪んだ精霊であり、その歪みを受けて変質したのが死徒だという。しかし幾つかの吸血種は別として、人間のうち魔術師が研究の末、吸血鬼化したものも存在する。これは何を意味するのか?
 変質の結果が間違った歪みを内包したものになるというのならば、それはそもそも素材か変質過程、もしくはその両方が間違っていたことになる。
 つまり死徒とは、本来人間が正しく進化した存在、もしくは人を越えるものとして次代に現れる新にして真なる存在、魔術の奥義に言うところの『真なる人間』の失敗作だという可能性が出てくる。
 
 ――これはあくまで仮定に過ぎず、実証するには真なる吸血鬼。いや、それが最早血を吸うかどうかはどうでも良い。新たなる、より高次の存在が人か死徒、あるいはそれ以外の場所より現れ、旧き種を駆逐していくのを待つしかない。
 だが進化とは環境適応種達の繋がりの記録に過ぎず、幾らより高次の存在への可能性が生物種の中に眠っていようとも、適切な環境と機会を得ねば、ただの可能性のまま、発現せずに終わるだろう。
 ならば、証明する方法はただ一つ。進化の系統樹を再現し、人より先に現れるべき存在を、可能性の海より救い上げる他はない。
 『教会』が用いる概念武装に『摂理の鍵』と呼ばれるものがある。肉体の構成を無理矢理開いて、自然法則を死徒にかけ直し、元通り施錠するというものだ。これにより元の肉体に戻った死徒は塵に帰す、という訳だが今回盟友たる『蛇』と『教会』の協力により、別の摂理を開く鍵を作り出した。
 我が魔術の精華ともいえるこの鍵により、私は自らの肉体、存在、全ての構成を開く。そうして固有結界とした我が内に、同じく摂理の鍵によって開き取り出した獣や幻想種の因子、六百六十六素を封入、施錠する。
 これにより我が内は混沌の坩堝と化し、私は原初の海と等しい存在となるであろう。
 私は、自らの存在をもってこの仮説の証明を為す』
 そして男は最後に筆を走らせ、自らの名前をノートへと書き込んだ。

『フォアブロ・ロワイン』

 魔術師から死徒になった男はそこで初めてペンを置き、古びた眼鏡を顔から外した。人であった時の癖で、今でも書き物の際にはこの眼鏡をかけていなければ落ち着かない。
 しばらくの間、彼は余韻に浸るかのように指を組み、目を閉じてその背を椅子に預けた。
 相変わらず窓の外からは虫の声も聞こえてこない。見る者もなく窓帷の裾が踊り続ける。
「――ふむ」
 何か聞こえでもしたのか、男は片目を開けた。無音の奥、夜闇の向こうをその超感覚で探る。居た。一つ、二つ、三つ……十を越えた辺りで飽きて止める。恐らくは『教会』の人間だろう。『摂理の鍵』の概念自体は『蛇』より知識を貰い受けたが、その材料が足らず、『教会』より幾つかの聖遺物や幻想種の遺骸を拝借した。ついでに邪魔となった者達も排除したが――余程それが気に障ったらしい。押し殺しているはずの殺気の端が、縒り細って夜闇に漏れ出ている。
「……真理の探究に価値を見出せぬ愚か者どもが。
 詰まらぬ邪魔が入る前に、為すべき事を為すとするか」
 そう呟くと彼は机上の三角フラスコを手に取り、無造作に中身を嚥下する。
 顔の横に古ぼけた板壁が現れた。
 それが床であり、自分が倒れていると気付くより早く、男の躯の中身が灼熱の温度で流動する。
「……ガッ、カハッ!」
 反射的に吐き出そうとするが、どろりとした塊は溶けたアスファルトのように喉奥を塞ぎ、体の中へと流れ込んでいく。胸と腹にそれぞれ突き立てた指がシャツの生地を裂いた。しかしそれ以上は何をも突き破ること無く沈み込み、混ざってゆく。
 ……私が……私までも……が……溶けて…………
 それは驚愕であり狂喜であった。恐怖であり歓喜であった。死と消失、苦痛と未知なる感覚の全てが、探求者たる彼の魂の祝福であった。
 オ……ヲオオオッッッ……
 最早言葉ですらない悲鳴を上げながら、フォアブロ・ロワインという名の存在は、内なる混沌へと溶け消えていった。



 『彼』が目を覚ましたのは、周囲に満ちる焦げ臭い匂いのためであった。見ると、周囲の全てに火がまわっており、机の上では彼の研究精華の綴られた記帳が一枚一枚、炎に身を捩らせては灰と変わり散っていた。
 だが、それに一瞥をくれただけで彼は己が腹へと手を伸ばした。首から下が黒く変質しているのが見える。
「ふむ……」
 飽きるまでその部位を観察してから、彼はようやく炎に包まれつつある周囲の壁へと目を向けた。



 火を放った死徒のねぐらを包囲していた『教会』の面々は、突然四方の壁を突き破り、飛び出してきた複数の影に表情を変えることなく各々の概念武装を叩き込んだ。死徒は一人だが、使い魔や待機させておいた死者を戦闘の前面に押し出してくることは良くあることだ。だから、例え『埋葬機関』の欠番を埋めるため、選定を兼ねた訓練中の自分達であろうと、この程度の奇襲に後れを取ることは断じてない――はずだった。
 虎ほどもある巨狼をタール状の液体へと変えた男は、仲間の悲鳴が聞こえてきた方へと淀み無い動きで得物を構え、そして――凍り付いた。
 燃え上がる炎が赤々と照らしあげる中、多くの仲間は熊や大鷲、鰐といった使い魔とも互角に渡り合い、或いは今しもとどめを刺している。だが、その中で不幸にも使い魔の餌食となった者が二名。問題は、その片方の喉笛を食い破る大トカゲの背に揺れる皮翼と、もう一人の頭蓋を踏み潰す大馬の額に伸びる、血まみれの一角であった。
「幻想種が二匹だと……そんな馬鹿な」
 並の生物とは比べ物にならない力を有する幻想種は、簡単に使い魔に収まるようなことはない。例え下ったとしても、その力の大きさから使役できるのは一種が限界だといわれている。複数の異なる幻想種を操るなど……ありえないはずだ。ありえないはずなのに――
「――ふむ。出ては来るが、種まで思い通りとはいかぬようだな。
 全く厄介なことだ。厄介なことだが――それでこそ甲斐もあるというもの」

 振り返ると、いよいよ激しく炎を吹き上げる建物を背に、病的までに白い肌の男が立っていた。いや、白いのは顔と首まで。鎖骨の辺りから下は、夜の中に、火の影にあって、なおも黒い淀みで成っていた。
「――戻れ」
 その声に、死者を貪っていた魔獣や未だ戦っていた獣達のみならず、滅ぼされた後に残っていた黒い液体までもが、男の体へと吸い込まれていく。
 異様な事態に顔を強張らせながらも、怯むこと無く自分を滅ぼそうと包囲の輪を狭めてくる『教会』の面々へ、男――後にネロ=カオスの名で呼ばれる死徒は両手を広げ、不敵な顔で笑いかけた。


「――では、諸君。証明を始めよう」



                              ――――了


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『ネロ・シリアス・Hなし』『秘密♪・ぱちもん・Hなし』のどちらにするか、
三秒だけ迷った挙句の妥協点がこの分かり辛い属性紹介の正体です。
ちなみに『月姫』『PLUS-DISC』『白本』しか持っていません。またはっきりと
書かれていることを読み損ねるは結構得意です。つまり私が言いたいのは――

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
月姫ssのふりしてパチモンぽい作品あげました。

……しかも先にあげ損ねて嫌がらせにしか見えないもの前にあるし。
これは上手くあがってくれるといいなぁ……

――まあ、広い世界色んな奴がいるさと、どうか暖かい目で流してやって下さい。
最後まで読んで下さった皆さん。どうも有り難うございました。


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