死する門番


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1: ラ・クンパルシータ (2004/04/18 13:07:21)[Winchester_397 at hotmail.com]

 斬られながら、自分は思う。門番とは、門を破られるために存在しているのだろうか。
 斬られながら、自分は思う。否、門番とはその門を潜るに相応しい者を選ぶためにいるのだ。
 そうして、自分は彼女に斬られ、彼女を山門の奥へ行かせた。傷は深く、自分を呼び出した魔女ももういない。
 唯一の居場所であった山門は近いはずなのに遥か彼方に見え、尚、生を渇望するかのように、そちらを見る。
 しかし、それが無意味なものだと気付いたとき、自分は笑っていた。

 自分は、名も無い侍であった。学も無く、財も無く、あるのはただ無銘の一刀のみ。
 剣の相手を探しては、国を跨ぎ、また国を跨ぐ。尚、己の力を欲するが故に、国を跨ぐ。
 そうして、彼が出会った猛者たちは、全員が全員、彼に敗北した。それ故に生まれた慢心が、あのような敗北を生み出すとは。
「お前の剣は、驕り高ぶっている」
 自分を絶望の淵に追い込んだその侍は、言った。彼は特別強いわけではなかった。
「驕りを持った剣は、か細い枝よりも脆い。そのような剣で、お前は何を望む?」
 言われてみれば、自分には誇りなど微塵も無かった。ただ、力だけを欲する剣鬼であった。
 そうして、彼は大敗を喫し―――いつかまた、彼と刀を交えるために、名を変え、刀を変え、国と言う国を放浪した。
 
 しかし、それは永久に叶わなかった。

 あれは、周防に立ち寄ったときであっただろうか。
 何気ない町人の言葉が、自分の胸に深く突き刺さった。
「巌流、武蔵に敗れたってさ」
 まさか、そんなはずは。信じられなかった。いや、信じたくも無かった。
 あの男が、自分を敗北させた男が、そんな簡単に敗れるものだろうか。いや、あれは敗れても何ら疑問は無かった。
 自分を負かした時、男は人生の翳りを見せていた。無理も無い。男は、すでに老人だったからだ。
 だから、武蔵なる猛者に、敗れるのは当然のことであっただろう。それでも、信じたくは無かった。
 焦燥に駆られ、舟を漕いで島へ向かった。無残にも、男の死体は波に晒されており、腐敗を始めていた。
 しかし、その手に握った無銘の長刀は、錆びる事無く、輝いていた。

「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす」

 そんな言葉をふと思い出し、彼は泣いた。声も無く、顔を顰めることも無く、ただ泣いた。
 そうして、男の亡骸を葬り、彼の長刀を手に取った自分は、武蔵なる猛者を探して放浪した。
 だが、それも叶わなかった。男が復活したと聞いた細川の手のものにかかり、自分は死んだ。
 
 そして今また、自分は死ぬ。佐々木小次郎の名を騙った剣鬼は、門番としての自分は、此処に死ぬ。
 されど、そこに一切の未練は無し。全力で打ち合って、負けた。それで、満足であった。
 石畳に腰を落ち着け、彼は目を閉じる。
 
 そうして、風が吹き抜け、流麗な剣士の姿は、そこに無かった。

後述
多分、生前のアサシンはこうだったのだろうな、と想像してみました。
もちろん、実際どのようなものだったかは、わかりませんが、あくまでも仮定の一つとして。


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