旅は道連れ 第二幕


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1: 九 千介 (2004/04/15 23:34:27)[sensuke_9 at hotmail.com]


世の中の人は何とも言わば言え。我が成すことは吾のみぞ知る。
      by坂本竜馬













旅は道連れ〜ギル様悠々衛宮家奇行〜
第二幕「王様、訪問する」




「久しいな、雑種」
 鷹揚な声でそんなことを言われて――
 とりあえずできたことは、何故かまだ手に持っていた包丁を突き出すことだった。
「うお! 何をする!」
 当然のようにあがる抗議の声。
 ギルガメッシュは顔面の中心を狙って突き出された刃先を右下にかがんでかわしていた。
 すばやくバックステップで距離をとる。
「ちっ」
「ちっ、ってなんだおい雑種! 貴様、本気で殺すつもりだっただろう!」
「やかましい! お前こそ一体なんのつもり……いや、そもそもなんでお前がここにいるんだ!?」
 油断なく包丁を握る手に力をこめながら、士郎は目の前の男を凝視した。
 純金をそのまま加工したと言っても通用しそうな、逆立った金髪。
 切れ長の眼窩に、真紅の瞳。触れれば切れる剃刀を思わせる、整ってはいるが怜悧な容貌。
 一目で上質の生地とわかる黒いスラックスとジャンパーを着込んでいる。服装こそ普段着ではあるが、その身から立ち上る威圧感とも言える空気が、視界を歪ませているようにも思える。
 何故か右手に下げている紙袋に目が奪われそうにはなるが、目の前の男は間違いなくギルガメッシュだった。
 人類最古の英雄王にして、二ヶ月前に打ち滅ぼしたはずの宿敵。
 向けられた包丁の先で、その宿敵は重々しく口を開く。
「ふん。この我を前にしてそれだけの口を叩くとは、な。相変わらずだな、雑種」
 す――とギルガメッシュの目が細くなる。それと同時に、それまでたわんでいた空気が一気に凝縮された。

ずん

「なっ――――!?」
 心臓を鷲掴みにされたような重圧が士郎の動きを封じる。
 目の前に悠然と立つ男……ほんの数メートル前にいる男の視線に射すくめられる。
 圧倒的な殺気。下手をすれば物理的な衝撃さえ錯覚させるそれは、一直線に士郎の体を射抜いた。
「ふむ。どうやらこの屋敷の結界も、一度中に入ってしまえば機能はせんようだな」
「何を……しにきた」
 かろうじてそれだけの言葉を搾り出す。
 何がおかしいのか、唇を吊り上げて周囲を見回す英雄王に対してできるのはその程度のことだけだった。
(く、そ……腕が)
 力を込めようとする意思すら身体が拒んでいるようだった。刃を握る掌が、固定されたように静止している。
 冷や汗は際限なく流れてくるというのに、首から下がまったく動かない。
 叩きつけられたプレッシャーに神経が麻痺を起こしているのだろう、と、頭の隅のほんのわずかに残った冷静な部分が分析する。
それも、ただどうしようもない、という現実を認識することしかできなかったが。
(心臓が……握りつぶされる、感、覚…………)
 魔力を流し込まれているわけではない。ただ一睨みされただけで、まさに蛇ににらまれた蛙のように身動きが取れないでいる。
 理性が本能に駆逐され、全身を支配する感覚が全力で赤色警報を鳴らしてくる。
 二ヶ月前の聖杯戦争以来、久しく忘れていた死の感触――
 極寒の吹雪の中にいるような感触が全身を撫でていた。
「俺を……殺しにきたのか。聖杯はもうない……んだ、ぞ」
「ふむ。あの毒の壷か」
 肩をすくめながらギルガメッシュが言った途端――かかっていたプレッシャーはきれいに霧散した。
「――――え?」
「あんな下手物にいつまでも執着するほど、我も見苦しくはないつもりなのだがな」
 やれやれ、といった具合に肩をすくめる。
 士郎は思い出したように自分の身体をぺたぺたと触りだす。
 先ほどまで感じていた重圧はまるでなくなり、身体のどの部分も思い通りに動くようになっていた。
「ギルガメッシュ――」
「そう呆けた顔をするな。別に貴様らを皆殺しにしに来たわけではない。……まあ、やろうと思えばできんこともないがな。ためしにこのあばら家ごと消して見せようか?」
「…………」
 無言。
 さすがにやってみろ、などと強がりはいえない。
 内臓を絞り上げるような重圧こそ消えたものの、目の前の男の放つ剣呑な気配は消えていない。
 かつて最強のサーヴァント・セイバーをすらあしらったこの男がその気になれば、言葉通り、ほどなくやってのけるだろう。
 駆逐殲滅などという言葉すら生ぬるい、まさしく視界を根こそぎ消し去るような……文字通りの『滅亡』を。
 ……ギルガメッシュの威圧を士郎がかろうじていなす、という一方的な視殺戦は一分ほど続いた。
 士郎に張り詰めた緊張の糸が後数秒で切れようかという限界を見計らったように、ギルガメッシュはふとその視線を外した。
「そう構えるなというのだ。別に貴様らを取って食おうというわけではない」
 あきれたような声。
 今度こそ、何の敵意もないといった風な様子で、下げた紙袋を目線の高さまで持ち上げた。
「? ……なんだそれは」
「土産だ。イギリスでいい酒を見つけてな。飯でも食いながら一献いこうではないか」
「はぁ?」
 あまりといえばあまりの言葉に、士郎は思わず肩をこけさせた。
チチュン、と雀が頭上を飛んでいくのが聞こえた。

 と。
「なぁぁぁぁにわけのわかんないこと言ってんのよぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!」
 怒声と共にひゅ、と耳元を通り過ぎる風切り音。
 通り過ぎた後の耳たぶが徐々に熱を帯びてくる(かすったらしい)のとその重苦しい音を重ねて考えると、どうも重量のある何かが背後から猛スピードで通り過ぎていったらしい、ということはわかった。
 が、その思索も無駄に終わる。
 半秒を待たずして、その耳元をかすっていったものが視界に入ってきた。
 瞬間に視界の半分をさえぎったそれ――引き戸のようなものが側面にある――は士郎が声を上げる間もなく一直線に進み、そのままギルガメッシュに衝突した。
「へぶっ!?」
 奇妙な悲鳴だか怒号だかを上げて、ギルガメッシュが仰向けに倒れる。
 奇妙なほどスローモーションに、きりもみなどしつつばたん、と盛大な音を立てて。
 そこでようやく気づいたのだが、それはどうやら玄関に置いてある靴箱のようだった。
 無論、軽々しく空を飛ぶようなものではないので、その全容が見えるまでそれが靴箱だとは想像もできなかったのだ。
 衝突のショックで粉砕された靴箱が木片となって飛び散る。
 それが雨のように降り注ぐ中、木片と一緒に宙を舞う靴の中にお気に入りの一足があったのは見ないことにして、士郎はようやく背後に向き直った。
「あー、その、なんだ」
 言って、黙る。
 散乱する木片と靴に、その最中で大の字で倒れている英雄王。なぜか紙袋だけは大事そうに胸で抱えている。
 そして、自分。
 朝も早い時間から、包丁片手に玄関先に立ち尽くす人間というのも中々に猟奇的な絵ではあった。
 包丁片手にさまようのに適切な時間があるのかどうかはさておいたとしても。
 とりあえず、頭の中で整理だけはしておく。
「その……イリヤ。靴箱は投げるものじゃない。というか、むやみに家のものを投げるな。壊すな」
「えー?」
 現状で出来る限りの整頓をした頭がひねり出した、実に適切なその一言に、開け放した玄関の正面に立つイリヤはなにやら不満顔でそんな返事を返した。




/



 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
 イリヤ。
 藤村イリヤ。
 悪魔っ子。
 ロリブルマ。
 幼女。
 妖女。
 ……誰がどう呼ぼうが、それが彼女を指していることを考えれば呼び方などどうでもいいようには思えた。
 問題は、呼ぶ側がどんな意思でその呼び名を使っているか、だろう。
 例えば士郎は、藤村大河を親しみと、ほんのわずかな、蚤の毛先ほどの敬意を以って「藤ねえ」と呼ぶが、そこに悪意はない。
 むしろ愛称であるからして、そこにはありったけの親愛の情が込められている。
 さらにいえばその呼称は本名と、彼自身にとって姉代わりであるという意味合いも含めているのだから実に似合った呼び名であろうとは思う。
 要は似合っていればいいんだ。
 と、士郎は自分に言い聞かせる。
 そして、声をかけた。
「なあ、スーパーイリヤ」
「誰がよっ!」
 がーっ、と諸手を挙げて抗議してくる。
「いや、だってスーパーだから。靴箱とか投げるし」
「わけわかんないわよっ! レディに向かってスーパーだなんて。戦闘民族じゃあるまいしっ! 魔術で筋力強化して投げただけじゃない!」
 本人は真剣に怒っているつもりなのだろう。
 が、無視して続けた。
「その右手は?」
「決まってるでしょ、シロウ」
 言って、こちらを見る。
 気がつけばイリヤは右掌だけを倒れたギルガメッシュに向けていた。
 その構えに覚えがあるというわけでもないが――士郎は唐突に思い出していた。
 イリヤとギルガメッシュの間に面識がないわけではない。
二ヶ月前、聖杯戦争において一度顔をあわせている。
キャスターの襲撃の折、月夜にあったほんの一瞬の邂逅。
黄金の鎧を着た王は自ら以外の全てを睥睨し、その視線が銀の少女と交わったのはほんの一瞬だったはずだ。
射殺すような視線と、敵意に殺意を塗り重ねた瞳。
それに相対して、彼女がとった行動は――
「まさか……」
 冷や汗が流れる。
 イリヤの掌が蒼白い靄のようなものに包まれ始めた。
 それは瞬時に収束し、色をなくす。凛のガンド撃ちによく似た挙動。
 攻撃魔術の発動。
「やめろっ!」
 士郎は飛び出していた。わずか数歩の距離を一足飛びで縮め、イリヤの腕を取る。
 瞬間、掴んだ腕が爆ぜた。
「がっ……!」
 思わず悲鳴を上げようとして、喉の奥まで出掛かったそれを噛み潰した。
 腕を吹き飛ばしたのは、衝撃波としか言いようのない力の塊だった。
 不可視のそれは、おそらくは狙いをはずして門の脇の壁を穿ち、着弾地点を中心にして土壁が盛大に崩れ落ちる。
 右腕から数瞬遅れで這い上がってきた激痛を全て奥歯に追いやって、士郎は崩れかかった身体を立て直した。
「シロウ……なんで?」
 震える声でイリヤが聞いてくる。
 痛みでにじんだ視界でははっきりと見えないが、どうやら怒っているのではないらしい。
 どちらかと言えば哀願してくるような、弱々しい声だった。
「なんで……じゃない! イリヤこそ何するつもりだったんだ!?」
「決まってるじゃない。そいつを殺すのよ」
 痛む腕よりも、平然とそう言ってくる少女に対して頭に血が上るのを感じる。
「殺すって……お前、何考えてるんだっ」
「シロウこそ何なごんでるのよ!? そいつが誰だかわからないの!?」
「わかってるよ。ギルガメッシュだろう。俺が言いたいのはそんなことじゃない」
「わかってるんならどいてよ! 今のうちに殺しておかないと――」

 ぱぁん!
 
 と。
 血だらけの手でイリヤを打ってはじめて、士郎は自分の腕がまだかろうじてではあるがつながっていることを知った。
 わざわざ傷だらけの腕で殴ることもなかったろうが、無事な左腕でやれば加減を忘れていたかもしれない。
「イリヤ。やめるんだ」
 返り血に塗れた頬を押さえ呆然とするイリヤに向かって、士郎は同じ目線になるまで腰を落として言った。
 じっと目を見る。
「俺が今殴ったわけ、わかるな?」
「シロウ……わたし……」
 ルビー色の瞳が不安げにこちらを覗いている。
 一瞬、生まれかけた憐憫と義務感とを秤にかける。答えはすぐに出た。
「イリヤは人間だ。魔術師かもしれないけど、人間だ。人間として生きていくんなら、簡単に殺すなんて言っちゃだめだ」
「でも、でもシロウ……あいつは!」
「イリヤ」
 語気を強める。
 有無を言わせぬほどのものではないが、こちらが本気であることがわかればいい。
「ごめんなさい……」
 うつむきながら、一言だけイリヤがこぼした。
「わかればいいんだ。さ、家に戻ろう。俺の腕も手当てしたいしな」
「うん……」
「待て」
 イリヤの肩に手を回し歩き始めたところで背後から声が上がった。
 忘れていたわけではないが、忘れたかったことでもある。
 が、結局は忘れることはできても無視することはできない。
「…………」
 士郎はゆっくりと振り返った。
 仰向けにひっくり返って目を回していたギルガメッシュが、いつの間にか起き上がって士郎の目の前まで来ている。
 額をこすりつつ、不平の声を漏らす。
「むう。何故かいきなり巨大な靴箱の直撃を食らったかのような理不尽な痛みが」
「ような、じゃなくてまんまなんだが……」
「そんなはずはあるまい。靴箱は空を飛ばん。したがって我はリアルシャドーを無意識に行っていたという説を採りたいのだがどうか」
 なにやら大げさに驚いているギルガメッシュに、士郎は嘆息しながら答えた。
「いや、好きにしてくれていいんだが……お前、そんなキャラだったっけ?」
 頭を抱えながら半眼で睨むように、というのはやってみれば意外に面倒なしぐさではあった。
 ギルガメッシュはつぶやくように言ったそれを耳ざとく聞きつけたようで、
「うむ。それについても色々とあってな。とりあえず――」
 どたどたと、ギルガメッシュの言葉を遮るように家の中から足音が聞こえてきた。
 小刻みに、しかし力強いそれは徐々に近づいてくる。
 程なく、足音の主が姿を現した。
「先輩? なんかすごい音が――ど、どうしたんですかその腕!?」
 そんな声はまるで耳に入っていないような口調で、ギルガメッシュは続ける。
「当面の用事はこれだ」
 言って、無造作に――どこからか――取り出した刀を、

とす

「え?」
 玄関から出てきた桜の心臓に突き立てた。












後書きに名を借りた弁解

こんばんは。九 千介です。
前回は「早く更新できるかも〜」とか言っておきながらこの体たらく、まことに申し訳ございません。
 何はともあれ、ようやく「旅は道連れ」第三話です。
 待っていてくださった方々、遅れて申し訳ありませんでした。
 どうも、なんというか私の書く文章というのは酷く稚拙で、描写の水増しでごまかしているような感があり、後で読み返して非常に悶えます。
 他のSS作家さんたちは読みやすく簡易な文章で面白い作品を作り上げているというのに……(泣)
 今後はもっと読みやすい文章を心がけたいと思います!
 面白いかどうかは……ご勘弁くださいッッッ!!
 では、次回にてお目にかかりたいと思います。千介でした。

追伸:第一幕の描写で「士郎は目覚まし持ってないよ〜」という旨の指摘をいただきましたが、まったくもってその通りでした。ここはひとつ、新しく買ったということで……(汗
とまれ、ご指摘非常にありがたく思います。今後もこのような点があればご指摘いただければ幸いです。では。


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