三枝さんの正義の味方


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1: うが (2004/04/14 19:49:42)[ueharahetta at yahoo.co.jp]http://www.springroll.net/tmssbbs/newpost.php

                  三枝さんの正義の味方
                                         ウガ・作

いつもと変わらない穂群原高校の平穏な昼休み。二年C組の教室の傍らで、
いつもどおりの三人組、三枝由紀香・蒔寺楓・氷室鐘・がいつもと変わらずなんでもない会話に花を咲かせていた。
「私はね、やっぱ昨日のあの発言はまずいと思うって」
「何を言う、やはりあの状況での主人公の返答はあれで最適であったと思うぞ」
鐘と楓は昨晩最終回を迎えた話題のドラマについて、購買で買ってきたパンを齧りながら口論をしていた。しかし何かその会話に物足りなさを感じ、二人同時に一人無言な三枝に話し掛ける。
「由紀っち、黙ってないでなんかいいなよ、昨日のやっぱりおかしいだろ?」
「三の字、やはり君はあれが正しかったと思うだろう?」
由紀香の顔を伺った。だが彼女は先ほどと同じようにただじっと物思いに耽っているように昼下がりの校庭を見つづけていた。
「三の字、哀愁に浸るにはまだいくばかか早いと思うのだが」
鐘がその様子を見て由紀香の思考を教室の自分達に戻させた。由紀香はその声に、はっと我を戻して今までずっと悩んでいたことを切り出そうと唇を強く結んだ。
「どうしたんだよ、なんかあったのか?」
そう言いながらも二人はその由紀香のただならぬ気配に思わず息を飲む。
「私・・・正義の味方になりたいの・・・・」
「「はあっ!?」」
二人して、先ほどまでの緊張感は一体なんだったのだろうか?という風な顔をしながら音を立てて椅子から立ち上がった。先ほどまで賑やかだった教室は一瞬のうちに静まり返った。
「一体君は何を言い出すんだ・・・・」
ずれた眼鏡を人差し指で治しながら、鐘は呆れた声で由紀香に質問を返しながら椅子に座る、楓も同様にため息を吐きながら椅子に腰掛けた。由紀香は人差し指を合わせながら上目伝いで話を続けた。
「だって昨日、弟たちが見てたヒーローがかっこよかったんだもん・・・・」
頬をやや膨らませながら、由紀香は瞳を薄っすらと湿らせた。
「ま、・・・まあ確かに誰だってあこがれるよな!正義のヒーローに!・・・なっ!お前もそう思うよな」
静まり返った教室は更に重さを増し、堪らなくなった楓と鐘は慰めるようにと由紀香の肩を揺する。
「あうううううぅ」
頭が前後に大きく揺れ、由紀香は頭を回した。
 事が済んだと判断したのか、教室はいつのまにか元の賑やかな昼下がりの教室に戻り、騒ぎの発端の三人組に注目する人はいなくなっていた。・・・が、ある優等生が教室に戻ってくるなり、三人の話を聞きつけてその話に加わり再び注目が集まった。優等生で普段なかなか話に加わろうとしない学園のアイドル・遠阪凛が三人組が取り囲む机に手を掛ける。
「三枝さん、正義の味方になりたいのならそれを目指している人知ってるわよ」
それまで唖然としていた由紀香は顔を赤くしながら凛に向き直った。その姿を見ていた楓と鐘も興味深そうに凛を見つめた。・・・・ついでに教室に居合わせた生徒も一斉に凛に顔を向けた。どこからか息を呑む声まで聞こえてきた。
「士郎よ衛宮士郎、ほら同じクラスのやたらと人の頼み聞くアイツよ・・・」
教室がその名前を聞いて騒然とした。凛は何故そこまで驚くのだろうと首を傾げた。
「遠阪・・・お前、衛宮のこと“士郎”って前から呼んでたっけ?」
楓の鋭いツッコミに凛は自分の犯した失敗に思わず顔を真っ赤にさせた。そう、人前では衛宮と呼んでいた凛だが、ついうっかりといつもの癖が出てしまったのだ。
「そういえばよく放課後に誰かがくるのを待ってるかのように校門付近をうろうろしてるって聞いたことあるぞ・・・・」
教室の端で凛の失態を一部始終見ていた男子が、内緒話のように小さな声で隣の席の友人に話し掛けていた・・・・しかし普段の昼休みならこんな小さな声も静まり返っている現在においてはいささか大きすぎた。遠阪は顔を真っ赤にしながらもその男子生徒を睨んだ。それは優等生であり学園のアイドルである遠阪凛ではなく、素の“あかいあくま”の遠阪凛であった。男子生徒はその豹変振りに、思わず開いていた口を固めた。
「と、とにかく正義の味方になりたいんだったら一応それを目指す先輩に聞いてみたら?」
そういって、未だにどよめきが治まらない教室から逃げ出すように顔を真っ赤にさせた凛は早足でドアまで向かった、そしてドアに手を掛けようとしたところ・・・・・まだ触れてもいないドアが勝手に動いた。
「あれ?遠阪どおしたんだそんなに真っ赤な顔して・・・・・」
そう言えばいつのまにか凛と親しげに話す衛宮士郎、が不思議そうな顔をしながら凛を見つめていた。
「士郎っ!あんたのせいだからねっ!!」
凛はこれ以上赤くならない顔を更に真っ赤にさせて廊下に走っていった。士郎は一瞬で廊下の先まで走っていく凛を見つめながら“なんでさ?”と呟いていた。
「衛宮っ!!お前、遠阪さんとどーいう関係なんだっ!?――――――」
先ほど遠阪に睨まれていた男子が鬼気迫る勢いでドアの前に立ち尽くしている士郎に駆け寄った。それにあわせて教室中の生徒達の視線は一斉に士郎に向けられた。
「いや別に、遠阪とは最近話をして仲良くなったばっかりでそんなのぜんぜん・・・・・」
顔を引きつらせながら士郎は苦し紛れの回答をただひたすらと精神力が続く限り、繰り返しに言っていた。しかし当然、最近の学校のマンネリ化を打破したその話題をたかがそれだけの返答で終わらせるはずもなくいつのまにか士郎の周りには教室中の生徒だけでなく廊下でその話を途切れ途切れに聞いていた生徒達も集まっていた。
「あ・・・・う・・・・」
教室の中で三枝由紀香・蒔寺楓・氷室鐘・の三人組は取り残されたように外の人だかりを眺めていた。
「あうう・・・衛宮君に話を聞いてもらおうと思ってたのにこれじゃあ聞けないよ・・・・」
「由紀香、それならば騒ぎが治まった放課後に聞けばいいだろう?」
瞳を潤ませる由紀香をなだめながら鐘と楓は先程まで食べていたパンを齧っていた。

 「・・・まだ衛宮君は戻ってないよね」
六時限目の授業が終わり、軽く済ませたHRの後すぐに、柳洞一成と鞄を机の上に置いたまま生徒会室へ行った士郎を由紀香は誰もいない夕焼けが差し込む教室で待ち構えていた。楓と鐘は陸上部の練習のため三十分も前に分かれているので、一人で暇を持て余しながら教室の窓から映る新都を眺めていた。校庭からは陸上部の掛け声が規則正しく聞こえてくる。・・・本来、由紀香も陸上部のマネージャーなので練習には顔を出さなければいけないが、なんとか楓と鐘が由紀香のためにと顧問を言いくるめてくれたらしい。二人に感謝しつつも窓から目を離し、廊下へと逸らした。
「いや、本当に助かった衛宮のおかげで仕事も早く済んだ。つき合わせてしまって本当に申し訳ない・・・」
「別に気にすんなって、俺も好きでやってるんだからさ」
そんな会話が廊下から聞こえてきて、由紀香はとてとてと教室のドアへと向かった。やがてドアが開き突然目の前に現れた士郎と一成に一瞬ビクッとしたが由紀香は呆然と立ち尽くす士郎に話し掛けた。
「衛宮君って正義の味方を目指してるんだよね」
士郎は“正義の味方”に反応して我に返って、恥ずかしそうにぽりぽりと顔を掻く。
「ああ、目指してるけど・・・・一体どこでそんなこと知ったんだ?三枝」
「今日お昼に遠阪さんが教室に入ってきて教えてくれたの・・・正義の味方目指すなら衛宮君も正義の味方を目指してるから聞いたほうがいいって」
今度は一成が“遠阪”に反応して二人に割って入った。
「三枝さん、君まであの目狐にたぶらかされたのか?」
「違うよ、遠阪さんはとてもいいひとだよ柳洞君」
一成はそのまま黙り込んで、しばらくすると机の上に置いてある鞄を持つと―――
「二人とも、あの遠阪には気をつけたほうがいいぞ」
といって帰ってしまった。教室には由紀香と士郎のみが残された。
「柳洞君どうかしたの?」
「・・・なにかと一成の奴は遠阪を敵視するからな・・・・前に何かあったんだろ・・・ところで三枝、俺に何が聞きたいの?っていっても俺も修行中だけどさ」
夕焼けが真っ赤に染まる中、五時近くになる教室で近くにあった椅子に二人は腰掛け質問を再開させた。
「衛宮君は正義の味方になるためにどんな事をしてるのかなって」
士郎は深く項垂れながら頭を捻り、やがてきっぱりとした口調で言った。
「俺は正義の味方になるために・・・って訳でもないけど困った人がいたら助けるようにしてるけどな・・・あと体を鍛えるために竹刀で打ち合ったりもしてるぞ」
由紀香は瞳をきらきらとさせ、食い入るように士郎の話を聞いていた。その態度に士郎はやや得意げに話を続ける。
「やっぱり正義の味方ってのは強くならないといけないからな」
自分で言ったことに、うんうんと頷きながら士郎は鞄を取ろうと机に向かう・・・と突然、由紀香は士郎の制服の裾を掴んだ。
「衛宮君、私強くなるためにも今日お家にお邪魔して色々教えてもらってもいいかな?」
「べ、別にいいけど三枝の家とか大丈夫なのか?・・・それに俺なんかじゃ教えることなんて出来ないと思うぞ」
「大丈夫だよ、さっき電話したけど“頑張ってきなさい”って言われたから」
“がんばるぞ〜”とガッツポーズをして、既に行く気満々な三枝を見るなり士郎は鞄を拾い上げて暗くなり始めた教室を出た。
 
 「はにゃぁ〜衛宮君のお家って大きいんだね〜」
穂群原高校を出て坂道を下り、やがて見えてきた衛宮邸の門を見て思わず声を上げた。
「さ、早く入って」
日が沈みかけて辺りが暗くなってきているため、午前中の麗らかな陽気とはうって変わって冷え込んできている。士郎は三枝を連れてガラス戸の玄関を空けた。
「ただいまー」
「おじゃまします・・・」
士郎の声と共に家の中に入った、途端に部屋の中から音が近づいてくる・・・?クラスで聞いた話だと衛宮君は一人暮らしのはずだけど・・・・と由紀香は頭の上にクエッションマークを掲げていた。やがてその音は廊下先の襖で止まり、乾いた響きの襖が開く音が心地よく耳に入った。
「お帰りなさいシロウ、それにしても随分と今日は遅かったのです・・・・・ね!?」
玄関先のシロウの横に佇んでいる女性を見るなりセイバーは思わず口を開いたまま固まってしまっていた、一瞬ではあるがセイバーから殺気のようなものがシロウに注がれているのに本人は全く気づこうともせずにいた。
「ああ、そういえばセイバーと三枝って初対面だもんな、紹介するよセイバー彼女は三枝由紀香さん、俺と同じで正義の味方を目指してるんだ」
「なるほど・・・・同じ夢を目指す者同士と言う訳ですか」
セイバーは納得したように頷き軽く微笑して見せた。士郎はその笑顔に見とれていたが由紀香が裾を引っ張ったことにより意識を下の場所に戻した。
「あの・・・衛宮君、このきれいな人誰ですか?」
セイバーは言われて嬉しかったのか少し顔を赤らめて俯いた。士郎は廊下の天井を数秒眺め、三枝に向き直る。
「ああ、セイバーは俺の親父が海外で暮らしてたときの友人の娘さんなんだ、つい最近この町に親父の墓参りに着てくれたからうちに泊まってもらってるんだよ。うん」
士郎は苦し紛れに思いついたデマカセに冷や汗を垂らすが三枝はそれで信じたらしく、はにゃっと微笑みながらセイバーに頭を下げた。

 鞄を置きに自分の部屋に行って、戻ってきたころには二人はまるで古くからの親友のように会話を楽しんでいた。もともとかわいい好きのセイバーと凛のような女性にあこがれる由紀香は気が合うようだった。この微笑ましい雰囲気を終わりにはしたくなかったが、さすがに遅くになってしまうと両親も心配するだろうと思い、士郎は熱いお茶と茶請けを、ちゃぶ台を囲んで話し込んでいた二人の前に置いた。
「ところで三枝、俺に何を教わりたいんだ?」
普段自分が座っている定位置にお茶を置き、士郎は三枝に理由を尋ねた。彼女は差し出されたお茶を眺めるようにしていて士郎ともセイバーとも顔を合わせようとはしなかった。
「衛宮君って竹刀で打ち合って強くなってるんだよね、私も自分のこと運動オンチって分かってるけど正義の味方になるためにはどうしてもって思って・・・」
そういって由紀香はもじもじさせながら士郎とセイバーの顔色を伺った。
「それは良いですね、それでは私がユキカの相手になりましょう、シロウよろしいですね」
セイバーは有無を言わせずに由紀香を道場へと連れて行ってしまった。居間には全く手を付けられていないお茶と茶請けが寂しそうに取り残されていた。そして一人残された士郎はそのお茶で軽くのどを潤し、既に二人が向かった道場に足を運んだ。道場に近づくにつれ二人の声が静けさ漂う廊下に染み渡ってくる。
 道場に入った時には丁度、由紀香が竹刀を握ったところだった。セイバーは竹刀を由紀香に向かって一直線に構えていた。
「さあユキカいつでもかかってきて下さい」
「いくよ〜セイバーさん」
由紀香は一体どこで覚えたのか、諸手上段に竹刀を構えて走り出そうとした。士郎はその姿をみて頭から知が抜けたような顔をして“くれぐれも力を出さないでくれよ”と無言でセイバーに訴えた。セイバーはその士郎の必死の訴えに気づき“分かっています”と目配せをした。――――由紀香が一歩を踏み出した――――――
「きゃんっ!?」
一歩目に踏み出した足と反対の足がぶつかり、豪快な音を立ててその場の床に倒れこんだ。
「だっ大丈夫か三枝っ!!」
三枝は涙を堪えながら、しかしやはり痛いのか瞳を潤ませていた。
「だいじょうぶだよ・・・この・・・くらい」
よろよろと起き上がりながら再び竹刀を構えて走り出した――――がまたしても数歩もしないうちに豪快な音がして三枝の痛みに耐える声が聞こえた。士郎はいたたまれなくなり三枝の下へと駆け寄った。
「ううう・・・やっぱり私じゃあ正義の味方にはなれないのかなぁ?」
涙を押さえながら三枝は士郎を見上げる。士郎は転がったときに放り出された竹刀を見つめて首を振った。
「・・・正義の味方って戦えばいいだけなのか?確かに俺が目指してるのはいざという時に助けられるように強くなろうとしてるけど、やっぱり正義の味方ってのは闘うだけじゃないと思うんだ・・・俺にはあんまり無いけど由紀香にはそれがあるじゃないか――――」
「そうですね・・・確かに正義の味方とは闘って人々を幸せにするものではないでしょう―――」
今まで黙っていたセイバーが顔を綻ばせて由紀香に歩み寄った。士郎も同じようにして由紀香の前に膝を突いた。
「たとえ闘うことが出来なくたって三枝は、その笑顔で人々を幸せにすることが出来る正義の味方じゃないのか?」
「ユキカ―――貴女のその笑顔は私たちに何よりの幸福感を与えてくれる・・・それは十分正義の味方の役割を果たしていると思う」
セイバーは由紀香の瞳に浮かぶ雫を拭った。
―――――――由紀香の表情に、誰もを救うことが出来るであろう笑顔が溢れた。





                                        END


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