春には、甘い口付けを 傾向:シリアスほの M:セイバー


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1: 唄子 (2004/04/11 07:34:59)[orange.peco.chipi@m2.dion.ne.jp]



…暖かい。

締め切った縁側には音もなく、まるで無音の世界。
照らす陽光のみがガラスをすり抜け、入ってくることを許される。

慌しかった日常は影をひそめ、いつもの風景がそこにはある。

音もしない庭には、庭木と、芝、
そして、日頃は気づきもしなかったが、2羽の雀がいた。

少しだけ風が出てきたのであろう、
庭にある木々の葉の陰が、ゆらゆらと揺れる。


―――そして影はまたゆっくりと、動かなくなる。


何度そうやって影が揺れるのを見ているのか。

顔を上げても、庭の終わり、塀の向こうには薄水色の空しかなかった。

そしてまた視線は、庭へと。

雀はもういなかった。

誰もいなくなった庭では、
少しずつ色濃くなって来た芝が、さらさらと吹かれていた。





時刻はもう正午を回っている。

食事を作るべきなのだろうが、
あいにくと空腹感はない。

それにまだ―――――



答えがまとまらず、また庭を眺めようとしていると、
そっと、背中の方で襖がゆっくりと開かれ―――


遠慮深く…、足音を立てまいとしているのが分かる。

もっとも、縁側に腰を下ろしているのだから、
こちらに歩む気配が、床を伝わり少しだけ伝わってくるのだが。


そうして、彼女はそっと―――背中にその身を寄せた。
大事なものを慈しむように、こちらに負担をかけぬようにと。
少しずつ、少しずつ、丸めた背中に、肩に、頬を。
手には、手を重ねて。

温もりが、鼓動が体に染みこんでゆく。


「今日は、随分とよろしいんですね」


耳元で囁かれる、安堵を含んだ声。


「ああ、最近は随分と調子が良いんだ。もうすぐ学校にも行けるだろう…」


喜ばしい事を告げているはずが、
その声音はそれと異なり、少しだけ後悔を含んでいた。


「学生の本分は勉強だ、とタイガも言っていました。貴方がここにずっといない事は寂しい。
しかし、それは貴方が良くなって日常を取り戻すことですから―――
やはり、何事にも代えがたい」


返す声も、やはり少しだけ寂しさを含んでいた。
だが、決して甘えるようなものはない。

彼女もやはり喜んでくれている。
こうやって自分の身を案じてくれている。

それが何より嬉しかった。
こうやって、ようやく手に入ったもの。

彼女がいれば、もう、何もいらなかったのだから。

背中の思い人を驚かさないように、
そっと首だけを後ろへ向ける。

彼女の髪が、頬をかすめ、日向の香りがした。


「じゃぁ、昼飯にしようか」

「私の顔を見るなりそれですか?」


口調は怒っていようとも、瞳は笑っている。
分かっていても、やはりその表情一つで俺はどうしようもなく
幸福を認識してしまう。

今度は笑って欲しくって、

「ごめん、ごめん。でも、飯にしよう。少しでも補わないとな」

そう言って、彼女の髪をそっと撫でた。
金の絹糸のように、手に絡まる事無く流れていくそれは、
暖かくこの地上を照らし上げる、日の光のように眩しかった。


俺の撫でる手を、くすぐったそうに目を閉じて応じる彼女。
強い意志を秘めた、眉目。
軽く閉じられた瞳から、時折覗く浅緑の瞳。
その全てが美しく、あまりに無防備だったから。



そっと、口付けした。



一時を置いて、離れる。


その目は名残惜しそうだったが…


「んじゃあ、サクッと作っちまうか。
アルトリア、今日は卵チャーハンにしようと思うけど、いいか?」

と、昼食を促す。
彼女は聞くまでもないといった表情で

「シロウが作るものでしたら、なんでも頂きます」

と笑顔で応えた。

わかった、と目で返事を返して、
俺は台所へ向かった。

はりきって美味しいものを。
そう思い、コンロに火を入れた。













別に眠いって訳じゃない。
ただ、酷く空虚なだけ。


別に鏡を見ているわけじゃないが、
きっと目は光を失い、表情には色がないだろう。
唯でさえ鋭い目つきは、今は射るように一点を見つめる。

クラスの友人達が見たら、なんと思うだろうか?

ああ、遠坂は限りなく不機嫌なんだ、と
遠巻きで足早に離れていくだろうか?

その証拠に。
この視線の先では――授業中だというのに此方の方を見て
ひそひそと女子が話している。

まったく。
酷い誤解だ、もっとも言い訳する気もないが。

私には貴方達が見えているだけ。
別に見るつもりはない。
そう、ただ其処が空いているのだから、貴方達が気づくだけだ。


私の視線の先――――空席が一つ。

もう新学期が始まって一ヶ月が経つというのに、
其処に居る筈の奴がいない。

衛宮士郎―――――

胸中でそっと呼んでみた。

いい加減ウンザリする。
なんだってあんな奴の事で…。

私達は、あの異常な時間を共有した。
確かにそれは原因の一つだろう。

でなければ、彼と私の道は交わることなどなかったのだから。

しかし、本当にそれだけならばもう終わり。
こうやって空席を気にする必要なんてない。
あの時間は幕を閉じ、お互いにまた知らない顔で日常に戻る。

元来、私は魔術師。
深く誰かと係わり合いになるなんて、それこそ異端。
誰も気にせず、誰からも気にされず、ただ道を、終端へと続く場所を目指すのみ。

もっとも、あまり極度に嵌まってしまうと、本当に帰って来れないが。

少しずれた。

じゃあ、なぜこんなにも空席が気になるのか?
あの半人前とも言えない魔術師の事など。
確かに彼の師になった事もやはり、原因の一つだ。
別にこれからだって彼が望みさえすれば…

そうやって挙げて行く『原因』。
馬鹿な。
それらこそ、そうなってしまった後付の言い訳。

だから、本当にウンザリする。
ああ、本当に面倒だ。
なぜ核心へ辿り着けない?

自分に正直に生きるなんて、今まで楽にやって来たのに―――――



あの日―――

あいつはボロボロになって帰ってきた。

だってのに、私の無事を確認すると、
自分の事の様に笑ったのだ。
本当に嬉しそうに。

あの時は、そう思った。

でも、今はそれが何故だかすごく勘違いしていたような気がする。

彼は確かに私の無事を喜んだ。

いや、正確にいうと私の無事も喜んでいた笑顔ではなかったのかと?

その証拠に、彼の傍らには居なくなっている筈の彼女が居たのだから。

あの半人前は、恐らく自分の力で聖杯を塞ぎ、残る令呪で命じたのだろう。
自分と共に居る事を。

なんという傲慢さだ。
あれを人の身で塞ぎ、剰えあの英霊と再契約しているなどと…

呆れを通り越して、怒りが湧いた。
そんな事をして、いったい自分の体をどう思っているのか、と。


そうして、結局無茶がたたり、こうやって新学期にも顔を出せずに居る。

せっかくこうして同じクラスに慣れたというのに!


そう、結局はそれに尽きる。
こうやって空席を見つつめて、鬱が入ってくるのもその所為だ。

見舞いに行こうというのに、気を使って断ってくる。

いや、本当にそうかと思う。
自分たちの逢瀬を邪魔されたくないだけなのかも…。

そう、答えは単純だった。
私はきっとあいつに惚れて…彼女に妬いているのだ。

はぁ、認めてしまうと案外楽になるものだ。

なぜなら、しなくてはいけない事が決まるのだから。


そうと決まれば――――――――


「今日はここまで」

教師の声が、今日の終わりを告げる。


チャイムが鳴り終わるのも待てない。
私は鞄に教科書を投げるように詰め込んで
教室を出る。


廊下に出ると、数少ない友人にばったりと―――

「おお、遠坂もう帰りか?んじゃ、今日は部活も休みだから…」

友人の誘いがなんだか知らないが、こちらは本命が控えている。
一刻も無駄には出来ないのだ。

「ごめんなさい美綴さん、今日はお見舞いがあるの」

とだけ言って、昇降口へ走る、走る、走る。
今こうしている間にも、あの半人前は何を仕出かしているか分からない。
抜き打ちでいかなければいけないだろう。

そう、心配しているのは彼の健康。
と、しておこう。
けして下世話な想像は控えておく。

理性が持たないから。

「まったく心配かけんじゃないわよっ!」

素直になるとは、ここまで気持ちが良いものなのか。

そう言っている傍から笑みが浮かぶ。

見舞いなのだから、手ぶらで行くのも気が引ける。
土産は何がいいだろうか―――

そうだ花がいい。
それも毒々しい真っ赤なバラが。
あの鈍感、きっと気づかない。

だから、そうしよう。

まだまだ、この気持ちは伝えられないが
いつかあいつが気づいた時――――

「知らないうちに地雷原に踏み込んでいたと…思わせてやるんだから」

日差しはもう低く。
緩やかに空を茜に染めていた。













床一面茜色に染め尽くされた―――弓道場。
一つだけ黒い床―――影がまた同じ操作を繰り返す。

シュンっと放たれた矢は、また外れた。

別にそれで落胆などしない。
もとより当てる気がない。

体はこうして同じ動きを求め、
思考はあの日の事をぐるぐる繰り返す。

そうやって、今日はもう20もの矢を外した。

今日はもう止めだ。

だが、その後の事を考えると気が滅入る。

家に帰っても誰もいない。

いつもだったらあの家に…

それが出来ないから、
こうやって部活が休みの日にもこうやってここに居るのだが。


そして、茜色の空を見ながら、思考はぐるぐる同じ場所へ。






あの日から、あの狂った、馬鹿げた時間が終わった次の日から
先輩は床に臥した。

私は、それは何度もお見舞いに行ったものだ。

そうして見てしまったのだ。

あの少女が甲斐甲斐しく世話し、それを嬉しそうに受ける先輩の姿を
何度も。

もう私の居場所は本当になくなってしまったと思った。

せっかく…、せっかく邪魔するものが居なくなったというのに。

先輩は今も学校には来ない。来られない。
でも、私は分かる。先輩が起き上がって来られないのはあの少女が居るからだと。

先輩は知らないかもしれないが、私とて魔術師。
あの戦いこそ参戦しなかったが、サーヴァントと呼ばれるものを召還した身。

今は、もうその戦争が終わったというのに、彼女は其処に居た。
聖杯の加護もなしに。

これがどういう事か。
考えればすぐわかること。
そう、彼女のせいで先輩の回復は極端に緩やかになっているのだ。
彼女が居るせいで、先輩の傍に居る人が、先輩を心配する人が、その原因なのだ。

そうして、私は我慢出来なくなっていた。
先輩が学校に来なくなって、一週間が過ぎた頃、
あの少女にその思いをぶつける事にした。


時刻は10時を回った。
先輩はとうに休んでいる。
といっても、浅い眠りを繰り返すあの人はまた起きるのであろうが…。
その前にと、少女を庭へと呼び出していた。


「サクラ、話とは…?シロウは今眠っていますが、起きた時に私がいなければ…」

心配そうに、二階を見上げる少女―――

全くもって度し難い、と思う。

この女はこうやって先輩を心配する素振りをして
少しずつ先輩を弱らせていっていうのに。
そうして人のいい先輩を食い物にしているのだ。
それなのに…!

これはヤキモチなんかじゃない。
先輩の体を案じているに過ぎない。
そう思うと、口が楽に開いた。


「セイバーさん…知ってるんでしょう?先輩の回復が遅いわけ…」


少女の顔が苦渋に満ちる。
ほらやっぱり、分かっててやっているんでしょ?
私の暗い気持ちが満たされていく。

そうやって貴方は先輩の気持ちを独り占めしてるんでしょ?
それが嬉しくて、いつまでもいつまでも…。
でも、先輩は良くならないじゃない。
貴方が…、貴方が居るから!

「セイバーさん…、貴方をこの世に留めておくにはそれはとても骨が折れること。
なのに先輩は人がいいから、そうしているんでしょう?
ねぇ、本当に心配なら………
消えて仕舞えばいいんじゃないですか?
貴方が先輩の前から」


そうして私は―――――







自分がどうしようもなく醜い人間と知ったんだ。

私がトドメとばかりに、彼女に告げると…
彼女は儚げに微笑んで答えたのだ。



「サクラ…あなたが魔術師だったとは知らなかった…。
確かに貴方が言うように、シロウは持っている魔力の多くを私に注いでいる。
その所為で彼は未だに満足には歩けない。
ええ桜、分かっているのです。私がいかにシロウに負担をかけているかなど…。
しかし、私は誓った。もう決して振り向かない、後悔しないと。
この身は英霊なれば…、いつか彼と離れていくでしょう。
しかし、その時が来るまで、この身は彼と共にあろうと誓ったのです。
彼との約束、私は決して破棄出来ない。
それは私も望むことだから。
だから、どうか許して欲しい。私もなるべくは彼の負担にならないようにします。
彼の足となって、手となって、目となって、彼を助けていく。
だから桜…」



最後まで聞けなかった。
走って門をくぐる―――
ただひたすら、ここから1秒でも早く離れたかったから。

そうしないと、体がどろどろに腐っていきそうだったから。
心も。

分かっていた。

先輩が望んで、彼女がそれを受け入れて其処に居ることなど。
初めからわかっていたではないか!

だけど、それを許すことが出来なかったのだ。
自分の大切な人の寵愛をその身で独り占めし、
眩く輝いている彼女を。
それを優しく見つめている先輩を。

そんなものを見せられて、何も感じないわけがない!
私も、私も先輩の気持ちを少しでも受ければ、
こうやって腐った体も心も綺麗になるのに!

それを彼女は独り占めにしていた。
だから、だから―――――――――――!!!




気がつけば、誰もいない公園へと来ていた。

疲れた体を、ベンチに落とす。

肺は空気を求めて、呼吸を速める。

思考はそれと同時にゆっくりゆっくりと回りだす…。

分かってしまった。
彼女が輝く理由が。


先輩の思いが?
彼女が輝いているのは、そんな理由じゃない。

彼女はその澄んだ魂、
尊いまでの自身の想いで輝いているのだ。

そして、そんな彼女に先輩が惹かれたのだと。

私だったら絶えられない。
自分の所為で愛する人が苦しんでいくことなど。
いっそ消えてしまいたいと思ってしまう。
…そして引き止めて欲しいと。
私を必要だといってくれて、引き止められて、それで愛をかみ締め
酔っていくだろう、その想いに。

だから!
だから、私はあんな事言われたのなら耐えれない!
だから言ってやった!
彼女に言ってやったのに…!!

彼女は答えた。

誓ったのだと―――

そう言われてもなお微笑んでいったのだ、

彼のそばに居ると―――

揺るぎのない、不純を含まぬ清らかな思い。
―――誓い。
彼の思いを全身で受け、全身で彼に還す。
そんな事を、そんな事を言われて、
もう駄目だった。
私はもう駄目なんだ。

心も歪み、嫉妬に駆られ、自己を正当化して彼女と対峙して
思い知った。
この身の薄汚さを。
心は闇より深く、暗い水を揺蕩うのみ。

ああ、だから彼女は選ばれて、私は選ばれなかった。
すべて分かりきった結果だった、と。

そうして、重くなった体と、もう考えられなくなった心を引きずりながら
岐路に着いた。

その日は、何も考えられなくて泣いていた。
何も考えられなかったけど、泣けばこの暗い水が少しでも体から
抜けていくような気がして。
ただ泣いた―――――





茜色の空は、燃えるように今日最後の輝きを見せている。

これで終わりなのだろうか。
今更、どの顔を下げて彼女のいるあの家に行くというのだ。

でも…

分かっている。
私はやっぱりあの人無しでは歩いてはいけない。
たとえそれがただの後輩を見る目だとしても。


そう、ずっとあの夜から考えていた。

まずは謝罪を。

彼女に暗い気持ちをぶつけた事を。

いつまでも考えているだけでは、伝わるはずも無い。
その為に、彼女の喜ぶものを作ってきた。
いや、なんども作ったけど、持っていく勇気が無かった。

仕舞うつもりだった弓をもう一度構える。

これが当たったら、今日こそ…

内心外れてくれても、いいという考えもあったが、
それじゃあ、いつもの繰り返し。

許してくれはしないかもしれない。
だが、それでも―――――――




はぁ。
溜息が零れる。

弓を仕舞って、着替えなければ。
ゆくりと、更衣室へ歩みを向ける。

「セイバーさん、気に入ってくれればいいけど…」

不安が胸を締め上げる…。
だが、決めたこと。
今日を逃せば、本当にもうあそこには顔を出せないかもしれない。


矢は、的の真中に刺さっていた。












俺達は昼食をとった後、昼寝をする。

これは最近の日課なのだが、俺の体力がまだ本調子ではない事もあり、
アルトリアが薦めてきた事だった。
最近はあまり眠くは無いが。
それでも、この習慣はやっぱり嬉しかったりする。



もっとも最初は




「いいよ、そんなの。そうな事したらお前とあまり話せないじゃないか」

と言ったのだが、

「シロウ、今のあなたは私を維持することで、魔力が底を尽き掛けている。
もっとも体力が戻れば今よりは随分と良くなるでしょうが、このままでは危険だ。
寝るという行為は、それを補ってくれます。
精神を落ち着かせ、消費を控える。
それに、私も一緒に寝ます。私の消費も減らせば、貴方の回復も早くなるでしょうから」

なぜだか知らないが、彼女が赤くなって捲くし立てる。
それで気づいてしまった。

そうか、それは嬉しいことだ。
だが、最後はこちらから言ってやるものだろう。
いつもなら気づきもしないが、こと彼女のことが少し分かってきた。

これも、もう戦うことも無く、こうやって一緒にいるからだろう。
笑みがこぼれてしまう。

「シ、シロウ!?何がおかしいのですか!
私もあの戦いの時は、消費を抑える為に寝ていたのです。
べつにただ惰眠を貪っていたわけでは…」

「ああ、ごめん。そんなつもりじゃないよ。
で、セイバーは俺が寂しいから一緒に寝てくれるんだよな?
同じ布団で」


うっ、と赤くなって言葉に詰まるアルトリア。

やっぱり図星だったようだ。
彼女も俺と一緒にいたい気持ちは同じ。
でも、案ずるが故に寝てくれと。

そして寂しい気持ちも。


「その、シロウが、望むなら…同じ布団でも…」


そうやって、今は手を繋いで眠る。
彼女の温もりがゆっくりと眠りに誘う。
こうやって俺達は夢を見る。
もう、あの丘の夢は見なかった。

代わりに、彼女と二人、青空の下をどこまでも手を繋いであるいて行く、
そんな日常が見えるのだった。











私はふと目を覚まして、そっと布団を抜けた。
シロウが眠っている事を確認して。

二階の廊下、その窓を放ち風を引き込む。
空は朱に、茜に。
春も半ば、この時刻の風は本当に気持ちがいい。
頬を擦る暖かさと涼しさ――その両方を感じれる最高の季節。



そうして、また思い出す。
彼が私と共に歩くと決めた時の事を―――



あの戦いの後、私は胸に決めていた。
消える前に、彼に告げねばならないと。

私の為に傷つき、倒れ、何度も体は刻まれて、
それでも愛していると言ってくれた少年。

彼は私のあり方を示唆すると共に、その曇った目を開かせてくれた。
本当に心から感謝しても足りない。
出来うる事ならば、ずっと一緒に居たかった。

だが、聖杯を失うと共に、この身は消えてしまうだろう。
だから―――その前に告げるつもりだった。

「貴方を愛している」

と。




だが、その思惑は外れる。

彼は私に聖杯の破壊を命じなかった。
自ら生み出した、私の剣――エクスカリバーの真名を開放し
聖杯を破壊したのだった。



だというのに、彼は倒れず立っている。
そうして、真っ直ぐに私の目を見て
謝罪したのだった。

「お前の誇りを、その尊さを汚しても…お前が欲しい」

そう言って、私を抱きしめる。


その言葉には、どれほどの重みがあっただろうか。

私達は、同じように考えていたに違いない。
この戦いが終われば、別れが来ると。
それがかけがえの無い尊いものだと知って。

私は王としてその生を終わり、あの人はこれからを生きていく。

だから、最後は潔く…。

それを彼はやめた。
彼は最後に自分に正直に言ったのだ。
私を愛し、そして欲しいと。
私の理想を曲げてでも、尊さを汚すと罪を背負って。

なんと言う事だ!
その罪は私が背負うべきもの。
私は決して幸せにはいけないと思っていたから、
踏みにじってきたものに申し訳ないと思ってきたから
だから―――――――

私が汚れるべきだったのだ。
彼は何も悪くは無かった。
私とて彼と居たかった。
だから…。

でも、それは出来ない。
私を抱えていては、彼はその身を枯らしてしまう。
そんな事を願えるものではない。
それに私は王なのだ。
今は一時の夢を見ているだけ、またあの戦場へと戻らねばならないのだから。


それらを全て包み込むように、彼は私を抱きしめた。

ならばもう私も―――受け入れよう。
彼の全てを。

そう思い、彼と共に居る。

もう今は王ではなく、一人の女として。

決して振り返らず、今までの事を受け入れ、今からを生きる。
それが、最も大切だということ。
振り返って改竄するなどとは、卑怯な考えだった。
そう気づかせてくれたあの少年といつまでも一緒に居る。


たとえいつか還る時が来ようとも、私は決してその闇にとらわれない。
彼がいつか示してくれた道。
それを辿って行けると信じて。





気づくと、風が少し冷たくなってきた。
茜色だった空は、冷たく紫へと変わっている。

窓を閉めようとしたとき、ふと下を垣間見る。


そこには、あの魔術師の少女がそわそわとやって来ていた。
リン――――
少年の助けとなり、ある時は師として彼を心配していた少女。
その手には真っ赤なバラが…。

何かの錯覚かと思ったが、間違いなくバラだった。
すこし胸に暗い影が落ちる。
これがヤキモチというものだろうか…。
あの少女が、嬉しそうにシロウにバラを手渡すところを想像してむっとする。

いっそのこと、二人で寝ているところを見せ付けてやろうか?
そんな考えすら浮かんでしまう。

もっとも、恥ずかしくて出来はしないが。


更に目を凝らすと、その後ろにはこっそりと後をつけている少女が……サクラだ。
あの夜から来なくなって心配してはいたが、よりによって今日とは…。


「はぁ…。シロウにはちょっと酷かもしれないですね…。病み上がりであの二人は。
それに…、私もヤキモチを妬くようになりましたか」



クスッと笑って私はシロウを起こしに行く。
もうすぐ彼も学校に行けるだろう。
今日はいいリハビリだ。

それに、学校でリンやサクラに絆されぬよう、楔を打っておかねば。
思い切り二人の前で甘えてやるのだ。
なかなか、今まで出来なかったが、やはり恋敵が居れば私も変わるのだろう。
その変わり具合に驚いているのは、やはり私自身なのだが…。

「セイバー…?あれ?居ないのか…」


彼が起きたようだ。
丁度よい。
さっそく彼に甘えてみよう。
上手く出来るかどうかは分からないが――――




「シロウ、おはようございます」

そう言って、そっと首に手を回し、

口付けをせがもう。

そう決めたのだった。




END






あとがきだったり

 いや、なんか気張った割りにありきたりなもんですね。
 なかなか、セイバーの幸せそうなところを書けなかったので
 初めて書きました。
 うーん、やっぱりセイバーはかわいいなぁ。
 妹に欲しいくらいです、いやなってくれ!
 
 てな訳で、ここを読んでくれている方、付き合って頂いてありがとう御座います。

 あのTrueエンドを汚すつもりは無いのですが、
 つい我侭書いちゃいました、ははは。

 設定の無茶は、目をつぶりましょうw

 唄子


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