baroque(M:弓 傾:シリアス)


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1: 砂さんど (2004/04/11 00:46:10)[sunasando]




 ───その体は、きっと、剣で。





 ***** baroque *****





 その戦場において、それは正に死に体といえた。
 幾重もの刃にその身を貫かれ、数多の銃弾をその身に受けた。

 それでもこの身は倒れない。

 何度血反吐を吐こうと、四肢を引き裂かれようとも決して倒れない。

 視力はその殆どを奪われ、聴こえる音も遠い。
 右腕はありえない方向に捩れ、左脇腹には大きな風穴。

 きっと体は死んでいた。
 自身を突き動かしているのは“護りたい”というただ一念。

 ───そう。心はまだ死んでいない。

 断線した神経など、魔力で代用すればいいだけのこと。
 しかしその魔力も枯渇した。
 ならばどうすればいい。

 簡単だ。

「───契約だ。我が死後を預けよう。その報酬を、今ここに貰い受けたい」

 世界の奴隷(サーヴァント)となる契約。
 その契約書に、サインをすればいい。

 途端、自らの裡より沸き出ずる、莫大な量の魔力。
 契約成立の証。
 既にこの身は、エミヤシロウのモノに非ず。 

「───ク」

 そんなことは承知の上。
 だからこそ、笑みが零れた。

 自分でもわかるほどに、歪んだ、貌。

 いつからか、昔のように自然に笑うことが出来なくなっていた。

「───I am the bone of my sword」

 言霊を以って立ち上る赤き本流。

 体内を流れる二十七の魔術回路。
 傷つき、欠損だらけのそれが、最後の大仕事の為に今一度稼動する。

「Steel is my body, and fire is my blood」

 思い浮かべるのはいつだって一振りの剣。
 かつて共に在った騎士王。
 彼女に生涯王であることを求め続けた、ただ一振りの聖剣。

「I have created over a thousand blades」

 ジュクリ、と、焼けるような痛みが全身を駆ける。
 まるで溶けた鉄に、空っぽになった全身を満たされるような地獄。

 魔術回路が悲鳴を上げていた。
 いくら世界と契約したからといった、肉体そのものが変革する訳ではない。

 自らの死後を差し出し、代わりに求めたモノは魔力。

 エミヤシロウの肉体には収まりきらない魔力量。
 流れる魔術回路は耐え切れずに瓦解、脆くなった箇所から破裂していく。
 灼熱の激痛は、それによるもの。

 けれど、詠唱を止めるには至らない。

「Unknown to Death,───Nor known to Life」

 パキン、と、何かが砕けた音がした。
 それは過去の記憶か、それとも硝子の心だったのか。
 砕け、飛び散った破片は心臓を穿ち、霞んだ意識に突き刺さる。

 狂いそうなまでの激痛。

 きっと本当に、これが最後なのだろう。
 あまりの痛みに飛びかけた意識の隅で、漠然と理解する。
 エミヤシロウは既に限界。
 この魔術を最後に死に絶える。

「Have with stood pain to create many weapons」

 だが恐怖は無い。

 お前はやるべき事をやったのだ、エミヤシロウ。

 胸を張れ。

 顔を上げろ。

「Yet, those hands will never hold anything」

 ───セイギノミカタには、全てを救うことなんて出来やしない。

 九を生かす為には、必ず一を犠牲にしなければならない。

 ならば今度はこの身を捧げ、九を救おう。

 それがエミヤシロウに出来る唯一の、“セイギノミカタ”の在り方なのだから。

「So as I pray, unlimited blade works」

 真名を唱える。
 地を走る獄炎を境界に変革していく世界。

 固有結界。

 世界を術者の心象風景で塗りつぶす、魔術師最大の禁忌。

 視界に広がるは無限の荒野と、千の剣。
 その剣達は贋作故に“担い手”などなく。
 ただ独りの“使い手”に引き抜かれることを待ち望んでいた。

 逆流する血の塊を飲み下しながら、一歩踏み出す。

 引き抜くのは双剣。
 数多の戦場において、数千の敵を切り捨ててきた黒と白の夫婦剣。

 その剣の在り方は、かつて自分が焦がれたもの。
 何があろうと離れることなく、必ず互いの元へ帰ってくる。

 “セイギノミカタ”で在り続けた自分には、遂に手に入れることのできなかったもの。

 間違いだったとは思わない。
 それは彼女に対する最大の侮辱だから。

 あれから、一度たりとてその名を口にすることはなかった。
 彼女から何もかもを奪った自分に、どうしてそんな資格があろう。

 もう二度と逢うことはできない。

 もう二度と、その笑顔を見ることはできない。

 もう二度と、その声を、聴くことも。

 でも、せめて。

 許されるのなら、最後にもう一度だけ、その名を呼ぶことを許して欲しい。


「───さくら───」




   ───体は剣で出来ていた


   血潮は鉄で、心は硝子


   幾たびの戦場を越えて不敗


   ただの一度も敗走はなく、


   ただの一度も理解されない


   彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う


   故に、生涯に意味はなく


   その体は、きっと、剣で───







 あとがき?

 セイギノミカタENDを迎えたアーチャーってどんな心境だったのか。
 それを考えて書こうとしたのですが……。
 あれ? あれ? 桜?

 ───なんでさ。


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