Purgatory【Gaia's Fall】02/14(M:オリ、セイバー、蒼崎橙子etc... 傾シリアス90年後クロスオーバー


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1: 心無鳥 (2004/04/08 18:35:44)[shina_lain at hotmail.com]http://www113.sakura.ne.jp/~the_470in/

 02/14

 槍を振るいながらランサーは走る。
 彼我の差は約500メートル。だが、その程度の距離など今の彼には短すぎる。
 注ぐ光の矢は射手に到達するまで、ゆうに五十に上るだろう。その全てを捕捉し、貫く。
 ランサーにとって、身に触れるものなど意に介す価値すらない。たとえ皮膚を焦がし、肉を抉るものであっても、真芯さえ貫かなければ問題は無し。
 後方にその分の矢が行くことになるが、だからどうしたというのか。
 橙子はランサーを評価したのだ。彼とてそれに値する信頼をマスターに寄せる心意気はある。大口を叩いておいて死ぬような者ならば、それでも構わない。
 彼の目は今、目の前の金髪金眼の女にだけ向けられていた。
 朱の槍は拡がらない。振り払う横も、打ち据える縦も無く、ただ刺突。それだけを武器に押し寄せる。
 アーチャーは驚愕もせずに身構えると、矢を撃つ手を止めた。弓が握られているはずの右手には、何もない。
 その代わり、両手にはいつの間につけたのかもわからない煤けたグローブが装着されていた。
 アーチャーは遠距離の者。近くに攻め寄せれば、ランサーの独壇場だ。
 だというのにこの余裕、そこには何らかの理由がある。
 考えながらも、槍兵は止まらない。弾幕を突き抜けた朱槍が、白衣の女に襲いかかる。
「打ち合いね、面白い!」
 戦の意思を示す声、それに応えるように、
「いい度胸じゃねぇか……!」
 ランサーも低く吼えた。
 バックステップを踏むアーチャー、しかしその速度はランサーに遠く及ばない。動きを越える槍の穂先が、秒間幾十もの速度で女を貫いていった。
 普通に受けるだけでも困難なその連突。加えて今の彼の気迫は、常のものではない。如何なる心眼を以てしても、この朱の雨は防げまい。
 当然のようにアーチャーの衣服が破れ、腕や脚にいくつもの傷が穿たれる。下着すらつけていない胸元が晒されるが、それに動じるランサーではない。
 ひたすら戦い、勝利する――獣のような戦闘思考。それは燃え盛る炎であったが、同時に分析を行う極寒の水。
 彼は心の中で歓喜に笑う。
 枷も何も無く戦えるのは何時ぶりだろうか、と。
 橙子の言う通り、彼は今までマスターに恵まれなかった。
 満足に戦わせてもらえないのは、決して実力によるものではない。性質的な要素が、その主な原因だ。
 誰も彼もが狎犬残ることに最も長けている瓩箸いδ構蠅砲世洩椶鮹屬い討い拭E然のように使われる用途は、敵の実力を確かめ、それから堅実に戦っていくこと。
 ランサーが求めていたのはそんな姑息な、つまらない戦いではない。互いの手の内を知らず――否、己のみ知られていても構わない。血湧き肉躍る、次に相手がどんな攻撃を繰り出すのかという緊張と期待感。そしてそれを打ち破るべく思考を巡らし、体を動かす喜びと到達感、それらを存分に満たしたかった。
 飢えていた。幾度なく巡る聖杯戦争の中で、彼はずっと待っていたのだ。
 それが今、目の前にある。
「何を笑っているのですか?」
「ん? ああすまねぇ。嬉しくてつい、な」
 いつの間にか、気持ちが顔に出ていたらしい。それを隠そうともせず、ランサーは更に笑みを深くする。
 アーチャーは笑っていない。かといって、焦りの汗も浮かべていない。
 だから良い、とランサーはまた笑う。
 己が押しているように見えるこの攻防は、実はどっちつかずだ。確かに負傷自体はアーチャーの方が多い。しかし英霊同士の勝負において、刺し傷など些細な問題にしかならない。その証拠に、アーチャーの受ける傷はすぐに消えていく。よほどマスターの魔力貯蔵量が多いのか、それとも何らかの宝具か。ともあれ、せめて足か腕をもぐくらいのことをしなければ大勢に変化はない。
 円を描くように動くアーチャーと、それを追うランサー。
 槍とは刺突が最速であり、薙ぎ払いと打ち下ろしはそれにやや劣る。周りこむように槍の射程ギリギリで受け続けるアーチャーの速度は、ランサーより遅い。しかし横に動く際に生じるわずかなタイムラグは、それを埋めるには十分だった。
 朱の槍を受けるグローブ。触れ合う度に火花が散り、夜の闇に華を沿える。
 ランサーは絶対に退かない。ただ敵を追い、猛るのみ。だが同時にそれは、フェイクをかけるゆとりもないことを意味していた。
 原因は互いの間合い。アーチャーが己の懐寸前の位置を維持し続けているため、一拍呼吸をおくだけでも彼女はランサーの攻撃から離脱できる。後に続くのは、手が届かない距離からの砲撃だ。
 またアーチャーもそれは同様。攻めようとすればその虚を突かれる。針ねずみのような刺突の雨に見舞われれば、絶命するは必死。
 攻めるしかないランサーと、守るしかないアーチャー。
 本来ならば、ここでそれぞれのマスターによる援護が入るのだろう。だがアーチャーのマスターはここにいないのか、それとも他に理由があるのか、何もしてこない。
 ならば橙子が魔術でも放つか、人形に攻撃させるだけでランサーの勝利は確定するだろう。しかしいつまで経っても、彼のマスターが動く気配はなかった。
 召喚されて初めて、ランサーは橙子に感謝する。
 横槍など無粋の極み。これは自分とアーチャー、二人だけの決闘だ。
 焼け焦げた大地と割れた木々。それらを更に砕きながら、蒼の槍兵と白の射手が円を描いて舞い躍る。
 幾百幾千合もの応酬の後、退屈を感じ始めたランサーが動かんとするまさにその時、アーチャーが口を開いた。
「――そろそろ、頃合か」
 透き通る笑みに似合うその声。ランサーは手を休めず、言った。
「ああ、いつまでもこんなお手玉してるわけにもいかねぇだろ?」
「そういうわけではありません」
 否定し、アーチャーは開手だった手を握り締め、拳をつくる。
 眉を上げるランサーに、彼女は言った。
「馴染んできた、ということです。さぁ行きますよクー・フーリン。オレの手とオマエの手、どちらが速いか確かめろ」
 端整な顔に似合わぬ、獰猛な響き。それに伴って、拳がその速度と速さを増す。秒に二度は身を貫いていた槍、その半数が打ちそらされる。
「へっ、試してみやがれ。後悔させる暇を与えるほど、俺は慈悲深かぁねぇぞ!」
 吼えるランサーの周囲の空気が凍る。相手が勝負を決しようとするのなら、こちらも必殺の一撃を放つのみ。
 刺突の勢いは変わらない。しかし内に秘める圧力が倍化する。空気を撫でる一突き一突きが、残滓すら伴って唸りをあげた。
 もはや朱の槍はアーチャーのみを突いているのではない。零点下の温度にあてられた水のように凝固するマナ、それを破砕しつつ進む削岩機に等しかった。
 足元も同様、風に揺られるはずの木の葉が動きを止め、金縛りにあったかのように動かない。ただ動かすはランサーの持つ魔槍のみ。
 ランサーの周囲全てが彼に動かされ、食われるのを待つだけの獲物と化す。
「やる気、ね。ではこちらも参ろうか!」
 通常の人間ならば吐き気をもよおすほどの威圧。そのただ一人の例外である好敵手が、初めて己から後ろに引いた。
 蒼き英霊が、裂けんばかりに目を見開く。体は脈動し、狩猟動物のように低く低く低く……しかし、切っ先はアーチャーを捉えたまま微動だにしない。
 筋が立つ顔に割れ目が走り、言葉を紡いだ。
「――ゆくぞアーチャー。我が一撃、逃れられるなら見せてみよ!」
 猛々しさの中に気高さを秘めたその一言。
 応えるアーチャーは体をひねる。
 相手もランサーと同じく渾身の一撃を放つ姿勢。拳は堅く堅く、今にも燃えんばかりに力強い。
 激情に身を焦がしながら、ランサーは己が宝具の名を呼んだ。

「刺し穿つ《ゲイ》――」

 今までの数倍に及ぶ速度で、蒼い獣が飛び出す。
 下から上に突き上げるように、音すら超える武器はただひたすらに朱い。
 アーチャーは逃げない。代わりに、彼女も先ほどまでとは比べ物にならない速さで前に出る。
 そうしてランサーに遅れること一瞬、アーチャーも叫ぶ。

「Mezo――」

 だが、遅い。アーチャーの腕は長槍の半分もない。届いたにせよ、呪いの一撃による死は免れぬ。
 勝者であるランサーに気の緩みはない。高まりに高まった戦闘意思は最後の時――否、その時が過ぎても、油断することはないだろう。
 交差する両者の武器。因果を逆転し、既に在る死へと呪いの槍が疾る。
 それがアーチャーの胸元に迫り、

「――FoLLte!」

 次の瞬間、ランサーの右脇腹が犹造蠻海笋気譴伸瓠
 何故、と思う暇もない。零コンマの間もおかず、彼は真名を締めくくる。

「――死棘の槍《ボルク》!」

 寸分違わず、槍の穂先が心臓を貫く。
 しかしそこに実感はない。この敵は、まだ生きている。
 傾ぐ体と反対方向に足を踏みしめ、背後に飛ぶ。
 アーチャーの左胸には明らかな風穴。致命傷であろうそれが、ゆるりゆるりと塞がっていく。
「く……!」
 片やランサーも無事ではない。燃やされたと言っても、それは超小にして極大の爆発に等しい。
 エーテルである肉は、液体という間を挟まずに蒸発していた。つまり、何かに斬られると同時に右脇腹が昇華されたのだ。
 血を吐いたアーチャーは、倒れもせずにランサーを見る。
「頃合、と言ったでしょう。オレがこうできるほどに、馴染んだということです」
「透明な刃、か」
 頷くアーチャーの、開かれた右手に剣はない。
 ランサーは舌打ちする。だが、決して迂闊だったわけではない。
 目の前の英霊は最初、それを持っていなかった。彼女の言の通り、最後の瞬間にそれは出現したのだ。
「卑怯と言いますか?」
「いいや。一対一の殺し合いに、卑怯も何もねぇだろう?」
 ランサーは薄く笑う。
 この勝負はこれからだ。既に腹部はマスターからの魔力を受けて復元を開始している。完治するのはおそらく、アーチャーと同時。
「しかし見事な一撃。オレでなければ、死んでいました」
「ふん、まだ終わりは遠いだろうが。第二ラウンドと洒落こまなきゃ、納得できねぇ」
 アーチャーはその言葉に微笑む。
「いや、今が最初で最後の、オマエがオレを殺せるチャンスだった」
 ランサーが歯を噛み締め、軋ませる。その顔には、確かな狂相。
「ごたく言ってる暇があったら殺してみやがれ。もっとも、先にてめぇが死ななけりゃな」
 槍を構えるランサーの傷は、既に八割がた治っている。だがそれは、アーチャーも同様。
 右手が光り、矢が放たれる。当然のように突き落とすランサーだったが、その槍が矢の一撃を受ける度に、しなった。
「重い、だと?」
「その通り、これで八割といったところでしょう。互いの名誉のために言っておきますが、決して手は抜いていませんでした。あの時の限界がああだっただけのことです。さぁこの連撃を受けてみよ、クー・フーリン」
 勢いを増す弾幕に、ランサーが押される。が、その心は未だ戦意を失っていない。
「当たり前だ。手を抜くなんざ、相手に失礼だろうが」
「ええ。誇りある者同士の戦いは、常に全力であるべきですから――!」
 圧倒的な圧力を以て、ランサーの正面のみを目標に発射される光の弾丸。
 唸りを上げるそれらが最初とは比較にならぬ風を巻き起こし、白の衣を波立たせる。
 眉間にしわを寄せながら光弾を捌いていたランサーが、目を細めた。
「ふざけんな。何でてめぇがそいつを持っていやがる!」
 意外を通りこして怒りを覚え、ランサーが叫び問う。
 アーチャーはその雄叫びに、こともなげに答えた。
「オレがそうであろうとあるまいと、ただ戦うだけ。それだけです」
 舌打ちするランサーの視線は、ただ一箇所に注がれている。
 風に煽られて露になった下腹部――
「ソレは、そういう問題じゃねぇだろうが……!」

 ――そこに、一筋の令呪が刻まれていた。






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