黒影森林・ぜんぶのせ M・衛宮シロウ 傾・再構成物 H・あり


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1: ハウス (2004/04/07 20:47:16)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

黒影森林の一話から最新までを貼り付けます。
長くて見難いと思いますが、どうぞご容赦下さい。

2: ハウス (2004/04/07 20:50:08)[hausu7774 at yahoo.co.jp]



黒影森林〜フォレスト・イン・ザ・ダーク〜

 ◆◆◆

―――1月26日―――

気がつけば、赤い風景の中に居た。
一面は燃える火の海。
黒コゲになった家々と、黒コゲになった人々が焔の中から見え隠れする。
その中を、歩いた。

―――タスケテタスケテタスケテ―――

瓦礫の下敷きになった人の声を無視して進む。

―――イタイイタイイタイイタイ―――

焼け焦げた身体をかきむしって苦しむ人を見捨てて進む。

―――クルシイクルシイクルシイクルシイ―――

焔に肺を焼かれた人達の声を背中に、ただ歩く。
だって、瓦礫に潰された足を引きずって、体中の火傷の痛みに耐えて、肺なんか既に呼吸をしているのか不明なほどに焼け焦げた7歳の子供なんかに、人を助ける事なんて出来るはずもなかったのだから。
ただ、生きなければと思った。
誰もが死んでゆく地獄のような惨状の中、自分だけが生きているのだから。
まわりを見捨てて自分だけが生きているのだから。
両親や双子の兄が命を賭して、生きろと告げたのだから。
多くの人を踏みつけにしておいて。
同じように苦しむ人々を地獄に置き去りにしておいて、諦めるのだけは、生きる意志を捨てるのだけは、そんな、苦しんで死んだ人達全てを裏切るような挫け方だけは、しちゃいけないと信じたから。

「――――――は―――」

グラリと身体が傾き、荒い呼吸が漏れる。
漏れると言う事はまだ息をしていて、ならばまだ歩けるのだと気がつく。
だったら、歩かなければならない。

「苦しい・・・なぁ」

そんな事も言えなくなった人達の分まで、生きぬかなければならない。

―――けれど、唐突に限界は来て。
無様に大地を背にして倒れ伏す。
胸にはぽっかりと、空虚な穴。
それが肉体の損傷なのか精神の欠落なのか、もはや区別すら出来なくなっていた。
空には雨を暗示する黒い雨雲。
この様子なら一日燃え続けた火事も、鎮火に向かうだろう。

「―――――――――」

言葉も無く、何かを求めるように天へ向かって手を伸ばす。
もちろん、掴める物など何も無くて。
そして――――――

 ◆◆◆

「っつ・・・・・・夢か―――」

そうして、悪夢から覚めた。
私は元々あまり荒唐無稽な夢は見ず、過去にあった事柄ばかり夢に見るタイプの人間なので、今の夢も実際にあった出来事だ。
10年前、まだ今の名前ではなかった頃、それまでの人生も家族も、自分の名を初めとして記憶すらも失う原因となった大火災の記憶。
この脳が覚えている、一番古い記憶。
この後、奇跡的に助け出された私は、衛宮切嗣という人物に引き取られて成長する。
その時点で、私と衛宮切嗣は顔見知りでも親戚でもなかったから、なぜ衛宮切嗣が私を引き取る気になったかは判らない。
ただ、初対面の切嗣が「オジサンは魔法使いなんだよ」と、奇妙な自己紹介した事とそれに感動した自分、それに自分が彼と同じ苗字―――衛宮シロウ―――になった事実が自分でも奇妙なほどに誇らしかった事だけは覚えている。

「ん・・・・・・えっと?」

目の前には知らない天井。
ここが何処だったかと記憶を掘り返せば、我がクラスメイトの柳洞一成の自宅でもある柳洞寺である事に思い至った。
街を見下ろす小高い御山にあるこの寺は、義理とは言え可愛い我が子をおいて帰らぬ人となった衛宮切嗣の菩提を弔ってもらっている墓所でもある。
放課後、バイトが休みだったので墓の掃除に来ていたのだが、一成君の父親でもある住職につかまって、調子の悪くなったストーブの修理を頼まれて、結局夜中までかかってしまったので宿泊用の離れに泊めてもらう事になったのだ。

 ◆◆◆

「すまんな、こんな時間まで」
「あー、いえいえ。けっこう、好きでやってる事だから」

すまなそうに謝罪してくれる一成君だが、別に彼が謝るべき事では無いだろう。
ストーブの修理を頼まれたのは御住職からだし、勝手に気になって頼まれたもの以外のストーブまで調子を見ているのは、単に私の勝手な行動なのだから。
基本的に、こういった機械をいじるのは好きだ。手を掛けた結果がはっきりと分かる所が良い。
常々誰かの役に立ちたいと思っている私だけど、自分の行為が本当に役に立っているのかどうか、客観的には分かりにくいのだ。
だけど機械の修理だとか家事や掃除などは、どれぐらい上手く行ったかが判りやすい。
そんなワケで、今柳洞寺の本堂に寺中の古くなったストーブをズラリと並べて解体修理しているのは、ほとんど私自身の趣味だと言える。
まぁ、それでも侘びでくれる責任感の強さが、柳洞一成という人物の良い所ではあるのだが・・・・・・

「ふむ。精が出るな、衛宮」
「!?」

突然声を掛けられて振り向くと、そこには見知った顔があった。
見知った顔なのだが・・・・・・柳洞寺の本堂で出会うとは思わなかった相手なのであっけに取られる。

「葛木先生・・・・・・なんでここに?」

私の通う穂群原学園の、2年A組の担任教師。
私や一成君が所属する2年C組にも現代社会や倫理の教科担当としてやってくるし、一成君が会長を務める生徒会の顧問でもあるので、よく見知った先生だ。

「ああ、衛宮は知らなかったか。葛木先生は3年ほど前からウチに下宿していてな」
「まぁ、居候のような者だ・・・・・・手が空いていたので客人に茶をだすのを頼まれた」
「へぇ・・・・・・」

一年生からは無口、三年生からは寡黙と称される学園随一の鉄面皮との称号を冠した葛木先生は、その評価に違わず無表情のまま手にしたポットから急須へとお湯を注いでゆく。
普通の来客用にしては随分と雅趣のある良い湯飲みに注がれたお茶が、お供え物のお下がりと思しきお茶菓子と共に差し出された。

「やはり本堂は寒い。すこしは、暖まるだろう」

この先生が、一年生には怖がられ、上級生になるにしたがって慕われるようになると言うのは、こういった分かりにくい優しさを持っているからなのだろう。

「はい」

ありがたく受け取って一口。
少しだけ苦めに入れられた緑茶が、冷えた身体に心地よかった。

まったり。
何を話すでもなく、三人で輪になってお茶を啜る。
心地よい沈黙の中、私達はゆったりと過ぎる時間を楽しんだ。

「さて、あまり衛宮の邪魔になってもいけません、我々はそろそろ退出しましょう」
「ふむ。そうか」

20分ほど過ぎただろうか。
言って、立ち上がる一成君と葛木先生。
私は神経質な性質なので、細かい作業をするときに他の人が周囲に居ると気が散って失敗してしまう。
そう云う事になっていた。表面上は。

「助かります。じゃあ、ぱぱっと残りを片付けちゃいますか」

そう言って二人が本堂から出て行くのを見送ると、私は並んだストーブの一つに手を触れて、精神を集中させ始めた。
――――基本骨子の読み取り。
脳裏に浮かび上がるのは、緻密で立体的なストーブの設計図。
物の構造を把握する。場合によっては、それを強化する。それが、私が唯一つ使える魔術。
そう。衛宮シロウは魔術師なのだ。
自身が名乗った通り魔術師だった衛宮切嗣に無理矢理頼み込んで弟子入りして3年。
切嗣が天に召されてから独学で修練し続ける事5年。
未だに唯一つ『強化』の魔術のみしか使えない半人前以前ではあるが、端くれとは言え魔術師なのである。
それが、他の人間に立ち会われては困る本当の理由。
魔術師は社会からはみ出し、淘汰され、捨て去られた異端の集大成。当然その社会からは隠れ潜むべき者達であり、おおっぴらに存在を誇示すれば死にも繋がるのだ。
・・・・・・まぁもっとも、私の知る唯一の魔術師・衛宮切嗣は、べつに神経質に隠す必要は無いと言い切ったりする人物であったのだが。

「ん。こっちは軽傷。電熱線の取替えだけで治る」

魔術を隠す事に腐心するよりも、他人のためにだけ魔術を使うことを考えろと。魔術師ではなく、魔術使いになれと教えられて、私は今もその言葉を実践している。
もっとも、出来る事と言えばこういったこまごました物の修理ぐらいでしかないのだけれど。
幸い、故障があったのは取替え可能な部品一つだけのようだったので、工具箱からスペアの電熱線を取り出して付け替えの作業をする。
物の構造を理解する能力は、こういう時に・・・・・・こういう時にだけ、便利な能力だった。
もっとも切嗣に言わせると、これは随分無駄な能力と言えるらしい。
本当の魔術師なら、構造など把握する前に問題になる場所、対象の中核を感知し、全体を一気に把握して改変を行うと言う。それを一々設計図を脳裏に構築している段階で、魔術師としては甚だ無駄な事をしているらしい。
本来魔術と言うものは家系・血統を積み重ねて研鑽する事で強くなってゆくモノだと言うから、魔術師に養子として拾われただけの一般人にはこの程度・・・・・・8年掛かってやっと、たった一つの術が使える程度が順当なのだろう。
それでもまぁ、単純な機械の修理に使うには便利な能力ではある。
私は片っ端からストーブの修理をして回り。
気がつけば時刻は11時になろうとしていたのである。

 ◆◆◆

自転車で来なかったのが失敗と言えば失敗か。
ここ、柳洞寺から衛宮の家までは2時間近く時間が掛かる。

「流石にこの時間に、女性一人で夜道を帰らせるわけにはイカン」
「一成君、私はホントに大丈夫だから・・・・・・」
「確かに女生徒の一人歩きは、推奨できん時刻ではあるな」

一成君と葛木先生にステレオで止められる。
だからと言って送ってもらったりしたら、相手がここに帰ってくるのは明日の3時と言う事になってしまう。
確かに、私・衛宮白兎は女の子だ。
白い兎と書いてシロウ。音だけだと「男?」とか、字だけだと「ネタ?」などと聞かれてしまう名前だが、自分ではそこそこ気に入っている。
藤ねぇ――家族のような、姉のような年上の女性――には「白兎ってば、外見とか小動物系だから名前とぴったりよね♪」などと言われてしまうが、名前自体は気に入っている。
童顔だしメガネだし、身長なんか最近やっと150に届いたばかりの、うっかりすると中学生に間違えられる外見にぴったりな名前だとか後輩の桜にすら言われたり、そんな外見のせいで藤ねぇの親父さんやここのご住職には「シロちゃんもそろそろ高校受験じゃないのかい?」などと毎回からかわれたりしてはいるが、そんな自分の外見はともかく響きそのものは気に入っている、大切な、私の名前なのである。

む・・・・・・なんだか途中から違う話になった気もする。

まぁ兎も角。確かに衛宮白兎の性別は女ではあるが、例えば万が一夜道で不埒者に襲い掛かられたとしても、大抵の相手なら撃退できる自信はあった。
切嗣に魔術師の弟子として教えを受けられるようになった日から、毎日格闘技・・・と言うか戦闘の心得みたいなものを教わってきたし、その切嗣が亡くなった後も、毎日の鍛錬は欠かしていない。
最近では剣道五段の藤ねぇから剣道の真似事を教わってもいるし、いざとなったら私が唯一使える魔術――物体を強化する魔術――を使ってそこらの棒キレを鉄パイプ並みにする事も・・・・・・まぁ、成功すれば可能なのだ。
私の『強化』成功率が『れーてんいちぱーせんとを切る』という事実はおいといて。
ともかく、そーゆーワケだから一成君に自宅まで送ってもらう必要は無いのだが、もろもろの理由は説明する訳にも行かず、で、あれば真面目な生徒会長殿と倫理教師殿はなかなか納得してくれない。
確かに私だって、桜――こちらも家族のような、妹のような後輩の女の子――が夜中に一人で帰るなどと言う時は送ってゆきたくなるのだから気持ちは理解できる。
だからと言ってそうそう迷惑を掛けたくないし・・・・・・と、悩んでいると。

「ふむ。ならば寺の客間に泊まって行くか? 明日は日曜だし、支障も無いだろう?」

そう葛木先生に提案された。
柳洞寺は歴史のある大きなお寺なので、参拝客もそれなりに多く、泊まって行く檀家さんもけっこう居るらしく、離れには旅館にも使えそうな客間が用意されているのだ。
結局、これ以上押し問答をしても一成君は折れないだろうと判断して、私はお言葉に甘える事にするのだった。

 ◆◆◆

そして、悪夢にうなされて深夜目を覚ます。
急な外泊で神経が昂ぶっていたのか、それとも他の理由があるのか、最悪の夢見だ。
身体は血管にドロリと溶けた鉛でも流し込まれたかのように火照って、口の中はカラカラに渇いている。
ふと時計を見れば、時刻はまだ夜中の2時。
何か冷たい飲み物が欲しい所だったが、こんな夜中に他人様の台所をあさるのも気がひける。
それに、あんな夢を見た後だけに誰とも顔を合わせたくない気分でもあった。
・・・・・・・・・よし。
手足の嫌な熱を冷ます意味も兼ねて外に出る事にしよう。



石段を降りて御山をくだる。
月は出ていない。
夜空は黒い雲に覆われて、あと数刻もすれば雨が降り出しそうな天気だった。
流石に雨に降られるのはゴメンこうむりたい。
僅かに足を速めて、小走りで参道を進んだ。
他の所に比べて冬の寒さが厳しくないこの冬木の街だが、1月の冷気は流石に全身から熱を奪い取っていくが、けれど、それが今はありがたい。
あの夢は私の原罪。
薄れかけた・・・けれど絶対に忘却など出来ない、してはいけない、私の罪。
その夢の名残のような、全身に溜まった熱が冷めてゆくのが、今は救いのように感じられるから。
てくてくと夜道を歩く。
これなら家に帰っても同じだったかな? だとか、今日は日課の鍛錬が出来なかったな。とか、そんな事を道すがら考えていた。
山門から30分ほど歩いた所に、確か自動販売機があったはず。いや、むしろ30分も歩かないと無いと言うべきだろうか。
お寺で修行を積む真面目なお坊さん方は、ジュースなんか飲まないのかもしれない。
そんな益体も無い事を考えていたせいで、ギリギリまで気がつかなかった。

ガサガサと道沿いの藪を掻き分け一人の女性が道路に飛び出してきた事に。

「―――!?」
「――――――あっ」

普通の女性では無い。
全身を覆うのはなにやら古代っぽい紫のローブ。
目深に被ったフードのせいで、その顔は口元しか見えない。
そのローブは、彼女のものかそれとも別の誰かのものか、真っ赤な血で染められている。
手にはなぜか心をザワつかせる、奇妙な形の血で濡れたナイフ。
どう見ても善良な一般市民には見えない。

いや、そんな事は実は些細な異質さだ。
未熟以前の出来損ないとは言え、衛宮白兎は魔術師なのだ。
本当に異質なのは、この女性が人間ではない何か・・・・・・おそらくは魔術と言う神秘の奥の奥、本当に完成された魔術師でもなければまみえる事も無いような別格の神秘によって存在する『何か』であると、一目見て気がついた。
まずは畏れ。あるいは歓喜。いや、もっと別種の、自分でも把握できない感情に身体は硬直する。

「は―――うっ」
「あぶないっ」

と、その『何か』は力尽きたように倒れこんだ。
咄嗟に素に戻って駆け寄り、受け止める。
細い肩。弱々しく震える呼吸。
その姿はただのかよわい女の人にしか見えない。

「えっと・・・・・・どうしよう」

彼女が単なる人間なら、これは警察か病院に通報するべき事態だ。
が、どうやらそういった『法』や『常識』の範疇に所属する存在では無さそうだと直感が告げている。
この事態は、魔術師として判断すべき事柄なのである。
魔術師は、一般社会から姿を隠す。
隠さなければ、魔術師の元締めとも言える魔術協会―――ロンドンだかに本部を置くらしい、世界的な組織で、しかもウチは切嗣も私もその『協会』から隠れてこっそり魔術師をやっているモグリ―――がその魔術師を粛清したりするらしい。
これは別に、悪事をやったら粛清されると言うわけでは無いそうで、バレなきゃどんな非道も非合法も問題にされないと言う。
ただ、魔術の存在が一般にばれるようなコトをすれば、それが悪行だろうと善行だろうと管理・捕縛・処罰・粛清の対象になるのだ。
ヒドイ話もあったモンである。

・・・・・・だったら。
この、多分人間ではない女性を病院やら警察やらに連れて行くのはマズい。
下手をすれば、協会の眼に止まって始末される事だって考えられる。
始末。粛清。抹殺。死。
たとえ人でないとしても。
人の形をした者が死ぬ。それは衛宮白兎にとって認められない、許せない事。

だから。
衛宮白兎は自分より背の高いその女性を担いで、えっちらおっちら今来た道を登っていくのだった。

 ◆◆◆

人を、殺してきた。
それ自体は別にどうこう言うべき事柄でも無い。
元々この身は、裏切りの魔女と恐れられ蔑まれた存在なのだから。

伝説にすら名を残す稀代の魔女。
英霊と呼ばれる、精霊の領域まで達したその身を呼び出したのは、聖杯戦争と云う戦いに身を置く魔術師だった。
あらゆる奇跡を可能にすると言う、たった一つの聖杯を手に入れるべく、七人の魔術師が七体のサーヴァントを呼び出して殺しあう魔術儀式。
そのために自分を呼び出した男を、彼女は数日で見限った。
自分からは何もせず、他人の自滅を夢想するだけの男。
剣の騎士・セイバー。
槍の騎士・ランサー。
弓の騎士・アーチャー。
騎馬兵・ライダー。
暗殺者・アサシン。
狂戦士・バーサーカー。
そして魔術師・キャスター。
七体のサーヴァント中で再弱とも言われるキャスターを引き当てた己の不運をただ嘆き、面と向かってキャスターを罵倒する男。
キャスターの身体を欲望に任せて蹂躙し、自分以上の魔術師であるキャスターにねじくれた嫉妬だけを募らせる男。
だから殺した。
サーヴァントを支配する令呪を無駄に消費させた。
媚へつらい、令呪など無くても自分を従えさせる事が出来ると慢心させた。
契約したサーヴァントへの絶対命令権である令呪はたった三回。
それを使い切った魔術師は、あっけなくキャスターの手で殺された。
契約その物が残っている事すら不快だったから、止めを刺すのにあらゆる魔術契約を破棄する自分の宝具まで使った。

「くっ・・・・・・ふう・・・・・・はぁ・・・・・・・・・」

それはいい。それは、それだけの話だ。

「あっ・・・・・・くっ・・・・・・」

今キャスターを苛むのは、生前の男の行為。
キャスターに嫉妬する男は、彼女の魔力を常に自分以下に限定していた。
それは、魔力を消費しなくては現世に留まれないキャスターにとって致命的な呪いとなっている。
その上、この時代に縁が無い。
サーヴァントはマスターと言う『縁』によってこの時代、この場所に結び付けられている。
ゆえに、マスターを殺した以上キャスターは消滅する以外の道は無いのである。

「あはっ、あははははははは。あはははははははははははははははははは」

狂ったように笑う。
おかしかった。くだらない男に呼び出され、蹂躙され、他になにを成す事も無く消える自分。
いつもそうだ。いつも、自分はなにも得られない。
だからと言って欲しいものがあるワケでも無かった。
魔女と蔑まれたから、いっそ魔女らしく振舞おうと、そう思っただけなのだから。
聖杯という物が何なのかも、既に男の元で調べていたから薄々は解っている。
すべての願いをかなえる万能の宝などと言われているが、あんなモノでキャスターの願いは叶えられまい。
いや、そもそも願いなど無かったし、もうあと数分で聖杯戦争に参加する事も無く消えてしまうのだ。
それでも足掻きたくて。
ただ消えてしまう事に耐えられなくて、キャスターは獣道を掻き分けて進んだ。

「―――!?」
「――――――あっ」

そして唐突に舗装された道路に行き当たり、キャスターは少女と出合った。
こんな時間、こんな山で何をしていたのかは知らない。
だが、きっとこれで最後。
この少女は血に汚れたキャスターの姿に驚いて逃げ出すだろう。
その後、警察に連絡するか、それとも怯えて黙っているかは知らない。どうでもいい。
ただ漠然と、自分はここで終わると、そう思って最後の気力が萎えた。
意識が暗転する。
後はただ、消えてゆくだけ―――

 ◆◆◆

「んっ・・・・・・んんっ」
「あ、目が覚めました?」

消えたはずの意識が戻る。

「・・・・・・ここは?」
「えーっと・・・・・・柳洞寺の客間です・・・・・・って説明でわかるのかな?」

キャスターが起きたときに額から落ちた濡れタオルを桶の水に浸して、少女が答える。
見たところ中学生ぐらいだろうか。
酸化した血のように赤みの強いセミロングの髪を首の後ろで軽く束ね、洒落っ気の無い丸いメガネをかけている。
そのメガネの下には大きな黒目がちの瞳。
純朴そうな、どこか小動物めいた雰囲気をもった少女だった。

「・・・・・・そう・・・それで私はまだ生きているのですね」

小さく呟く。
柳洞寺はサーヴァントを寄せ付けない結界に守られている。
けれど、その内部に入れば逆にサーヴァントを維持する霊地となるのだ。
だから、キャスターはまだ現界していられる。
けれど。

「貴女は・・・なぜ私を助けたのですか?」

それが不思議だった。

「えっ? いや、別になぜとか聞かれても・・・・・・えーっと、貴女って人間じゃ無いでしょ?」
「解るのですか?」
「一応魔術師の端くれ・・・って言うか心得見習い程度なんだけど・・・・・・とにかく、そっち側の住人なんで」

なるほどと納得する。
ようするにこの小娘は、古今稀有な存在であるサーヴァントの自分を手に入れようと言う魂胆なのだろう。
ひょっとしたら、聖杯戦争の事も知っているかも知れない。
ならば好都合。
逆にこの娘を傀儡に仕立てて聖杯戦争に復帰できる。

「それで、あのままほって置いたら危なそうだし、病院に連れて行っても仕方無さそうだし、とりあえず身体を温めて休ませるしかないかと思って・・・・・・そんなトコかな」

・・・と、思ったのだが、どうも様子が違った。
聖杯戦争どころかサーヴァントの存在も知らない様子だし、なによりその言動が魔術師らしくない。

「あの、私が聞きたいのは『助けた理由』なのですけど?」
「・・・・・・なんで?」
「なんでって・・・その、貴女が私に何を求めて助けたのかを知らないと・・・・・・例えばそう、どんなお礼をすれば良いかも分からないでしょう?」
「困っている人を助けるのに理由は要らないでしょ。別にお礼なんかが欲しくてする事でもないし」
「―――なっ」
「ああ、でもそう。あえて理由を言うんなら、私が正義の味方を目指しているからかな?」

絶句する。
表情からしてどう見ても本心からとしか思えないその言葉。
策謀と奸計に生きてきた裏切りの魔女であるキャスターにとって、それはあまりに荒唐無稽な理由であった。

 ◆◆◆

「ああ、でもそう。あえて理由を言うんなら、私が正義の味方を目指しているからかな?」
「―――――――――」

絶句している。
まぁ、だいたいこういうが返って来るのは覚悟の上だ。
もう慣れた。慣れましたよーだ。

どうやら思ったより元気そうだし、落ち着くためにお茶でも淹れよう。
先刻は遠慮してみたけど、勝手知ったる他人の家。
衛宮の菩提寺であるこの寺の台所の構造は大体わかっているので、桶とタオルを拝借したついでにお茶も失敬して来たのである。

「ええっと、日本茶で大丈夫なのかな? 見たところ外人さんみたいだけど・・・・・・」
「―――えっ、あ、大丈夫です。いえ、そうではなくて、聞いて欲しい話があるのですが」
「まぁまぁ、とりあえず一服して。この部屋はあったかいけど、まだ体は冷えてるでしょ?」

言いながら湯呑みを差し出すと、彼女は素直に受け取った。
自分の分も淹れて、差し向かいで座る。
お互い無言。
部屋にはゆっくりとほうじ茶をすする音だけが響く。
その間、チラチラと向かいの美女を観察する。
美人だ。桁違いに美人だ。
人間ではありえない、薄いラベンダーの髪。清楚な感じの整った顔、神秘的な色の瞳。
三流魔術使いの私なんかでも強力なアミュレットだとわかる魔力のこもったアクセサリーも似合っていて、全身無数に着けられたそれがまったく嫌味になっていない。
背筋を伸ばしてゆっくりとお茶を飲む姿にもなんだか気品が漂っているし、御伽噺のお姫様のような女性だった。
と、私の視線に気がついた彼女と眼が合う。
コクンと首をかしげる姿まで可憐で、私なんかとは別次元だと思い知らされた。

「―――なにか?」
「あ、いえその・・・・・・聞いて欲しい話って?」

うあ・・・・・・まさか見惚れていましたとも答えられない。
気恥ずかしくなって誤魔化すように逆に問うた。
だが、そこから語られた話は驚くべきものだった。

「貴女がおっしゃるように、私は人間ではありません。サーヴァントと呼ばれる、半霊体の存在です」

半霊体。
なかなか遭遇率のレアそうな言葉だがなんとなく理解できる。
気絶した彼女が地面に落とした妙なナイフは空気に溶けるように消えてしまったのをさっき目撃したばかり。
多分彼女自身、アレと同じような『何か』で出来ているのだろう。

「本来私のような存在は、マスターとなる魔術師との契約によって現界します。けれど私はその契約者を失ってしまいまして・・・・・・出来ればあなたに新たなマスターになってもらいたいのですが・・・・・・」
「失ったって・・・・・・ひょっとしてあの返り血はその人の?」

詰問口調で言う。
多分、眼つきも随分悪くなっていただろう。
けれどこれだけはきちんと聞いておかないと。
この女性は綺麗だけど、もし誰かを無闇に殺す悪人なら野放しにはできない。

「それは・・・・・・その、実は私が呼ばれたのは聖杯戦争と言う戦いのためにでして・・・」
「セイハイセンソウ?」
「どんな望みも叶えるという聖杯。それを手に入れるため、七人の選ばれたマスターがそれぞれサーヴァントを召喚して戦うという魔術儀式・・・・・・私はそのために召喚されたキャスターなのです。けれど敵に襲われて・・・・・・サーヴァント中もっとも腕力に乏しい、魔力もほとんど補充できていなかった私ではマスターを守りきれず・・・・・・」

うつむいて肩を震わせる彼女・・・キャスター。
前髪に隠されたその表情は読めない。
聖杯。
磔にされたキリストの血を受けたと言われる、最上位の聖遺物。
神の血に満たされたソレは、様々な奇跡を行うと言う。
それは、確かに・・・・・・・・・一般的な倫理観とは外れた所に居る魔術師達なら殺しあってでも求めるだろう。
いや、そもそも。魔術師となるという事は自身の死を受け入れると言う事に等しく、また魔術師同士が闘うと言う事は、互いの命を賭けると言う意味なのだ。

「マスターの無念を晴らす・・・とは言いません。
けれど私のマスターを殺したあの敵は、多くの無関係な人々も巻き込み、非道な手段を平気で行った、止めなければいけない危険な魔術師とサーヴァントです。
ですから、貴女が正義の味方だとおっしゃるなら、どうか私と契約を・・・・・・」

そうだ。
それは、その通りだ。
そんな戦いは間違ってる。
いや、間違ってるとか正しいとか、そんな事は私なんかが簡単に決め付けてはいけない事だろうけど。
その非道というのが実際どんな行為なのかはきちんと聞かなければいけないけど。
衛宮白兎が正義の味方であろうとするのなら、聞き流してしらんぷり出来る事では絶対に無い。
だから。

「わかった。私は正義の味方じゃなくて、たんなる正義の味方志望だけど。魔術師としても三流以下の出来損ないだけど。貴女が、キャスターさんがそれでも良いって言ってくれるなら、出来ることは協力する」
「では、契約してくださいますか?」
「うん。やり方を教えてくれたらすぐにでも」
「・・・・・・・・・そう。よかった」

嬉しそうに笑う目の前の女性―――キャスターさん。
ゾクリと。
突然背筋に悪寒が走った。
なぜか雰囲気の一変したキャスターさんの視線に、気圧される。

「え・・・・・・・・・えーっと?」

後じさる間も与えられず、気がつくと先ほどまでキャスターさんを寝かしていた布団に押し倒されていた。
覆いかぶさってくる彼女に両手も押さえつけられて抵抗を封じられる。

「ああああ、あのっ、何で?」
「契約は、性交を通じてでなければいけないので。仕方ないことですから大人しくして下さいね、マスター」
「せっ、性交って!? わっ、私達、女同士なんですけど!」
「それは大丈夫。ちゃんと気持ちよくさせてあげますから―――」
「―――んぐっ!? んむーっ! んっ・・・んんっ」

重ねられるキャスターの唇。
違う。
絶対違う。
契約云々が何処まで本当かは知らないけど、キャスターの本意は契約目的に仕方なくなんかじゃ無い。
だって彼女の眼が、獲物をいたぶる肉食動物の眼になっているのだから。
口の中をまさぐるようにのたうつキャスターの舌。
こんなの、知らない。
唇が、歯が、舌が、歯茎すらもが、こんな脳髄を蕩かせる様な快感を感じる部品だったなんて知らなかった。
いや、それを言うならコレが私にとってのファーストキスだったのだけれど。

「んーっ!! んぐーっ!!」

抵抗しようとする両腕にも力が入らない。
全身が熱病に浮かされるように熱くなって、手足から感覚が消えていた。
あるいは。
何らかの魔術によって身体を侵されているのかも知れない。

「クスクス・・・・・・ほら、これで問題はありませんよ・・・・・・」

整った美貌を上気させて、キャスターの手が私の股間に伸びていた。
異質な感覚を感じて、霞む視界のままソコを見る。

「―――っ!?」

そそり立っている異形。
見るからに『肉』といった感じの、蛇やトカゲのような爬虫類を想起させるグロテスクな器官は、まるで男の人の性器のようで―――

「ひゃあぁぁ!? なんでこんなモノがっ!?」
「魔力の残量は少なくても、これぐらいは出来ますから・・・・・・これでマスターと私は繋がる事ができるでしょう?」
「なっ、なっ、なっ、なっ・・・・・・」

つまりコレはキャスターが魔術で私の身体にくっつけたモノで、目的はナニをアレすると言う事で・・・・・・そんな、キスも初めてだったのに、しかもその相手はこんなとんでもない美女だったのに、初体験が男役なんて、私にどーしろと言うのだ。
キャスターは驚く私を尻目に肉の棒に手をのばし、あろうことかソコに舌を這わせた。

「きゃう!?」
「クス・・・・・・クスクスクス・・・・・・」

未知の感覚に悲鳴をあげる私を愉快そうに見上げるキャスター。
だってこんな感触、まるでむき出しの神経に触られたようで。
まるで自分の身体が消滅して、ソコだけが残って快楽を感じているような感覚は、当然ながら一度も経験した事の無いモノなのだから。

「ひっ・・・あっ・・・・・・あくうぅぅ!!」
「んっ・・・ちゅっ・・・ちゅぷっ・・・・・・」

キャスターの思うままに玩弄される。
こんな快感、耐えられない。
気がつけば私の腰は自ら快感を求めるように勝手に動いていた。
いや、そうではない。
快楽を求めているのは私に他ならない。
キャスターの口の温かさと柔らかさを求めて、私自身がみっともなく腰を動かしているのだ。
理性と言う手綱など簡単に撥ね退けて、浅ましい本能がもっともっとと快楽を望む。

「や・・・・・・だっ・・・こんなのっ・・・・・・ふあぁぁぁ!!」

それでも。
残ったなけなしの理性を総動員して強引にキャスターから離れようとした瞬間、彼女の指が男性性器の模造品の下にあった女の部分をつまみ上げる。

「逃げ出すなんて、酷いマスター。ちゃんと貴女とセックスしないと、私は消えてしまうと言うのに・・・・・・」
「ひいっ・・・やっ、やめ・・・・・・くあぁぁぁ!?」

悲しげな口調。
けれどどう見ても私をいたぶっているとしか思えない笑みを浮かべて、キャスターの右手は私の女の部分を・・・・・・むき出しにされた肉芽を弄んでいた。
しかも左手は、キャスター自身の唾液と、それに先端から湧き出している液体で濡れた男性器を握ったまま。
男と女の、もっとも感じる部分を同時にいじられる。そんな、ありえない快楽。
狂う。絶対だ。こんな行為を続けられたら、私は狂ってしまうに違いない。
と、唐突にその地獄のような快感から開放された。

「―――?」
「さぁ、それではそろそろ・・・・・・」

ぐっと、下半身にキャスターの体重がのしかかる。
肉の棒が何かに飲み込まれる感覚。

「あぐうぅぅ・・・・・・」
「―――はあっ」

つまり、私とキャスターと繋がったという事で。
その快感は、今まで以上の強さで。

「あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁ!!」

柔らかいくせに苦しいほど締め付ける膣の感覚に、私は一気にオルガズムに達してしまった。
ドクドクと膣内に放たれる精液のような何か。
だが、それで終わりではない。

「あらあら、そんなに私のナカは良かったのですか? でも、まだダメです・・・・・・マスターには、私と同時にイッてもらわないと『霊脈』が通じませんから。もうすこし、頑張ってもらわないと・・・・・・」

萎えかけたソレを弄るように、キャスターの肉壁がグニグニと締め付けてくる。
それで、私の股間についた異物はムクムクと力を取り戻してしまった。

「や・・・あう・・・ゆる・・・して・・・」
「ダーメ。ああ、そんな泣き顔を見せられたら、もっと虐めたくなってしまいますわ。ふふっ。こんなに可愛いマスターに出会えた幸運を感謝しないと」
「うぅ・・・やあぁぁ・・・・・・」

言って腰の動きを再開するキャスター。
結局。
その行為は私が気を失うまで続けられる事になるのだった。

 ◆◆◆

3: ハウス (2004/04/07 20:50:54)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

 ◆◆◆

―――1月27日―――

「ううっ・・・・・・なんだか全身が痛い・・・・・・」

弱音を吐きながら家路を急ぐ。
柳洞寺で朝食をご馳走になってからの帰宅なので、時刻はもうすぐ9時である。
目を覚ますと一成君のお母さんから借りた寝間着はまったく異常が無く、キャスターの姿も無かったので昨日の事は夢だったかとも疑ったのだが。

『おはよう御座いますマスター。今は霊体になっているので他人には感知できません。このほうが御都合よろしいでしょう?』

と、脳裏に響く声でそんな儚い希望も打ち砕かれてしまった。
まぁ、実際夢でない事はわかっている。
こんな、服で隠れる場所を選んで無数につけられたキスマークだとか、なんとなく手足に力が入らない感じだとか、妙に痛む腰だとか。
トドメは、なぜかまだ股間についたままの男性の器官で。

「何でまだ付いてるんですかーっ!!」

と、怒鳴ったら。

「3〜4日もすれば消えますから大丈夫です。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「サーヴァントには常時魔力を補充していただかないといけませんから、週に二回は頑張ってもらわないといけませんので・・・・・・」

などと返されてしまった。
つまりアレですか。
聖杯戦争とやらが終わるまで、私は常にこんなモノをぶら下げていないといけないワケですか?
ああ、なんだか闘うためのモチベーションがふつふつと湧き上がる感じ。
一刻も早くこんな戦いを終わらせたいです。
つーか、カンベンして。

そんな風に、疲れた体と、それ以上に疲れた心を引きずって、ノロノロと自宅に帰りついたのころには、もう太陽も頭上に昇っていたのでした。

 ◆◆◆

さて。
家に帰ってまずはじめにする事。
それはやはり昼食の準備だろう。
いやしんぼと言う無かれ。キャスターは朝食を食べていないし、お寺の朝は質素なお粥がメインだったのだ。
ああいった素食も良い物ではあるが、育ち盛りの女の子にとってアレだけと言うのはちょっと辛い。
なにより、昨日の夜に消費させられた体力を回復しない事には。

「―――――――――」

と、思い出しかけて頭を振って記憶を追い出す。
忘れろ、私。
アレはあくまで、キャスターにとってのエネルギー補給なのだと自分に言い聞かす。
と、台所に立った所で気が付いてキャスターに聞いてみた。

「ねぇ、キャスターって御飯は食べられるの?」
「ええ。多少ですが、活動のためのエネルギーにはなりますわ」

シャラランと現れたキャスターは、紫のローブを身につけた姿。
御伽噺の魔法使いのようで似合っていると言えば似合っているのだけど・・・・・・

「えっと、とりあえずローブは脱がない? 和室にはトコトン合わないんだけど」
「・・・・・・そうかも知れませんね。分かりました」
「うん。それにキャスターは美人なんだから、顔を隠すのは勿体無いし」

ん?
キャスターの動きが止まってなんだか変な顔をしている。
ひょっとしてローブを脱ぐのが嫌だったのかな?

「えっと、嫌なら別に着たままでも・・・・・・」
「いいえ、嫌などと言う事はありませんから」

やたら強い調子で言い切られた。
ふむ。
どうもキャスターは美人なんだけど、美人過ぎて感情とかが分かりにくい気がする。
とは言っても、まだ数時間の付き合いしか無いから当然と言えば当然だけど。
キャスターについて私が知っている事柄は、あまりに少なすぎる。
そう。例えば―――

「キャスターって和食で大丈夫? ってもまぁ、洋食にするほど材料は無いんだけど」
「さぁ? 前のマスターが食べているのは見た事がありますが、私自身現界してから食事を取った事はありませんし」
「・・・・・・・・・ふーん」

なんだかムッとする。
契約とか聖杯戦争とかについてまだ良く分かってない私だけど、いっしょに闘うパートナーとごはんも食べたことが無いなんて、それは正しく無いような気がしたから。
まぁ普通のサーヴァント・使い魔と言われるモノは、魔術師の手足になって働くような小動物や人形に過ぎないから、彼女もその延長の存在だと言うなら別に問題ない行為かもしれないけれど・・・・・・

とりあえず焼こうとしていた鮭をムニエルにするために小麦粉とバターを用意する。
缶詰のスイートコーンを使えばすぐにスープは出来るし、おひたしの予定だったほうれん草はベーコンといっしょにサラダに変更。
今からごはんを炊くよりもトーストの方が早いし。
ちょっと洋風も良いかなとか思ったし。
別にこの変更は深い意味なんてない、ただの気まぐれなのだ。

ただ、キャスターに喜んでもらいたいなー、などと。
少しだけ、思ったのは事実なのだけど。

 ◆◆◆

急な路線変更にかかわらず、おかずの鮭は焼き加減といいソースの出来といい会心の仕上がりだった。
そりゃもう、テーブルに並べて一口食べて、小さくガッツポーズをするぐらいに。
で、キャスターの口にあったかなぁ? と、覗き見てショックを受けた。
いや、別に美味しくなさそうにしているわけではない。
ただ、上品なのだ。それも圧倒的に。
我が家の居間での食事風景のはずが、なんだか高級レストランかなにかのように錯覚してしまうぐらい。キャスターの周囲だけ、空気の色まで違いそうなぐらい、上品だった。
ブルジョワジーと言うかノゥブルと言うか。容姿に相応しくその所作までもがお姫様チック。
その姿をみていると、昨夜の『あの』言動は幻だったのかと思えてくる。
と、言うか。ソレに関しては積極的に幻と言う事にしておきたいのだけど。

「マスター?」

思わず見入っていた私に気がついて小さく首をかしげる。

「あ、いや、なんでもない・・・・・・」

と、ブンブンと手を振ってから、ある事に気がついた。

「・・・そうだ、何か変だと思ったら」
「どうかしました、マスター?」
「その呼び名。面目ない。私ったら自己紹介もしてなかった。改めて、私は白兎。衛宮白兎」
「・・・・・・シロウ? この国の名前にしては、男性名のような響きですね?」
「あー、そうかも。でも字はシロいウサギと書いてシロウだから、けっこう女の子向けだと思うんだけど」

と、突然キャスターが私の頭のあたりに視線を向けて、それから顔を見て、なぜか頬を赤くして口元を覆う。
随分と挙動不審。

「キャスター、どうかした?」
「あ、いえ、別に。マスターの頭からウサギの耳が生えている所を想像したり、ニンジンを齧って首をクキっとかしげたりする姿を想像なんて、ほんの少しもしていませんわ!」
「―――――――――」

やばい。
なんだかキャスターの眼つきが昨日の夜に見たモードに切り替わっている気がする。
今の発言は全力で聞かなかった事にしよう。

 ◆◆◆

「さて」

食器の後片付けはキャスターが手伝ってくれたのですぐに終わった。
今は食後の一服なんかして、まったりとした空気も流れていたりするのだが、それを振り払って決然と立ち上がる。

「服を買いに行こう!!」
「は?」

ぐっ。
キャスターが呆れた顔でこっちを見てる。
あれは間違いなく頭のおミソがたりない子を見る目付きだ。

「えっとね、今日は良いんだけど、明日から朝と晩に二人ほどお客・・・って言うか家族みたいな、まぁそーゆー人達がウチに来るんで、その人達は魔術とか関係ないから、キャスターの服装がそのままだと問題かなー、と」
「ですが白兎さま、その時は私が姿を消していれば問題ないのではありません?」

うわ、様付けだ。
その呼び名はちょっと勘弁してもらいたい所ではあったけど、今はそれより先に説得すべき事がある。

「そーゆーのダメ。
なには無くとも、これから一緒に居る間は一緒にごはんを食べるの。
そのためには藤ねぇと桜に・・・・・・その、いつも一緒にごはんをたべてる二人に、キチンと紹介しないとダメでしょ?
だから、まずは普通の服を買ってこなきゃならないの!」

キャスターの背丈は藤ねぇと同じぐらいだから、藤ねぇがウチに置いてある服を借りるという手もあるのだけど・・・・・・体の一部分、ぶっちゃけ胸のあたりが苦しそうなので、やはり買いに行くべきだろう。
ちなみに見た感じのヒエラルキーは
桜>キャスター>(超えられない壁)>藤ねぇ>(将来性に期待)>私。
くそぅ。悔しくなんかないやい。

「私は今よりちっちゃかった頃、この家で独りになる事が多かったから、独りぼっちでごはんを食べるのは寂しいって事を知ってる。
それで、その頃からちょくちょくウチでごはんを食べていってた藤ねぇのおかげで、皆で食べるごはんが楽しいって教わったの」

ずずいっと詰め寄って説得する。
多少強引と思われてもかまわない。これは私にとって譲れない事なのだ。

「だから、皆でごはんを食べている時にキャスターが独りで隠れてるなんて絶対許せないの。魂的に。
私は、できればキャスターと家族になりたい。了解?」
「え、ええ。白兎さまがそうおっしゃるのなら・・・・・・」

気圧された様にうなずくキャスター。強気に出たのが功を奏したようだ。
うむ、勝利。
そうと決まれば藤ねぇの置いてった服から胸に余裕があって無難なのを選んでキャスターに着させて、新都にレッツゴーである。

 ◆◆◆

冬木市と言う街は、簡単に言って二つに分けられる。
市を二分する未遠川の西側が衛宮邸や柳洞寺、それに学校のある深山町。
東側にあるのが、市駅や駅前の百貨店、オフィス街などがある新都。
その二つの地区を、冬木大橋が繋いでいる。
新都はその名前の通り新しい街で、それまでの町を焼き尽くした10年前の大火災の後、行政指導の都市計画と共に急速に発展した都市なのだ。
深山町にも商店街はあり、食料品などはそこで十分手に入るのだけど、こと女の子が着る服を買うとなるとやはり新都に行くのがベストとなる。
バスに揺られる事20分。
私とキャスターは新都の駅前パークへと到着し、服を選んでいたはずだったのだけど・・・

「―――――――――あっ♪」

なぜか途中のヌイグルミ専門店で瞳を潤ませて誘引されたたキャスターに連れまわされていた。
いっそ夢遊病患者かとすら思わせる足取りで、あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。
気に入ったヌイグルミを指でツンツンとつついては、先ほどのような色っぽい声をあげていたりする。
うーん・・・・・・外見の印象でもっと硬派とゆーかお堅いタイプかと思っていたのだけど、どうも重度のカワイイモノ好きのようである。

「ふわふわ・・・・・・もこもこ・・・・・・」

まぁ幸せそうだから良いのだけど。

「キャスター、私、他の所を見てくるから。30分経ったらここの表で合流ね」
「は〜〜い・・・・・・あっ、ぽわぽわ〜♪」

むぅ・・・・・・・・・大丈夫なんだろーか。

 ◆◆◆

で、キャスターがふわふわの可愛いヌイグルミを見ている間、私はカチカチの可愛くない武器を眺める事にした。
ちょうど同じビルの展示場で、冬木市の文化財を展示するという催しがあったのである。
まぁ、文献や陶磁器なども展示されてはいたが、やはり熱心に見て回るのは自分の好きな物にかたよるわけで。
私は昔から武器、特に剣や刀の類に誘引される物騒な性質なのである。

パネルの説明によると、冬木市はかつての港町で、外国の文化なども古くから入っていたと言う。
そのためか、日本刀と西洋の直刀が並んで展示されていたり、西洋風の胴を供えた大鎧などもあって中々面白い。
一成の実家である柳洞寺の宝物庫から貸し出されたらしい薙刀や槍・弓など、昔の僧兵が使っていた武具に混じって西洋のランスやフレイル、マスケット銃やらレイピアーなど、実にバライティに富んでいる品揃えだ。
特に柳洞寺由来だと言う刃渡り5尺と言う超長尺の日本刀や、よほどの怪力でもなければ引けそうもない鉄製・六人張りの大弓、刀鍛冶が西洋の刀を参考に作ったと言うサーベル風刀剣など、変り種の展示品が見られたのは収穫と言っていいだろう。
で、たっぷり30分楽しんでキャスターの所に戻ると・・・・・・

「ああん♪ この子も可愛い〜〜」

彼女はまだヌイグルミに夢中で、トリップ中なのであった。

 ◆◆◆

バスに揺られて家路につく。
隣の座席には嬉しそうにぬいぐるみを抱えて微笑んでいるキャスター。
結局あの後、質屋に走って持っていた宝石を売ったキャスターは、そのお金で全長70センチはありそうな大きなぬいぐるみを買ってしまった。
残ったお金で服や夕食の食材なども買ったのだけど・・・・・・あの宝石、後から消えたりするんじゃ無いかと不安になった私。怖くて聞けなかったけど。
もう一つ怖くて聞けなかったのは、キャスターが買ったぬいぐるみがなぜ白いウサギのぬいぐるみだったかと言う事。
彼女がその直立歩行タイプのウサギに向かって『シロウちゃん』などと甘ったるい声音で呼びかけていたのは幻聴だと信じたい。

夕食はお米が食べたくなったのでキャスターに了解を得てごはん食。
その代わりと言う訳でも無いが、主菜はチキンとキノコのクリームシチュー。先に鳥の表面を焼いて少しだけ醤油味をつけてからシチューに加えるのがごはんに合う味のポイントである。
後は昼の鮭の残りを別の魚介と一緒にマリネにしたり、温野菜のサラダなどを作って手早く用意。

「・・・・・・・・・どうかな?」
「はい、とても美味しいですわ。特にこのシチューの味付けはとっても。ね、シロウサちゃん?」
「・・・・・・そう・・・良かった」

幸いキャスターの口にあったようで、美味しそうに食べてくれている。
・・・・・・ただ、食卓にキャスターと並んで鎮座しているウサギのぬいぐるみ『シロウサちゃん』の丸い瞳が妙に圧迫感があってアレな感じ。
あまりあからさまに視線を逸らすのも雰囲気が悪いので、冗談なんかを言ってみた。

「えっと・・・・・・なんならその子も分のごはんも要る?」
「残念ながら食べられませんし・・・・・・けれど、マスターがお望みなら食事が出来るような使い魔に改造いたしますが?」
「そんな事できるんだ・・・・・・あ、いや、やらなくて良いですよー」

うう、冗談も通じない。
見るとキャスターはそれがとても良い思いつきであり、ぜひ実行したいと思っているような、指を組んでオメメきらきらのヲトメちっくな表情になっていた。
使い魔の作成。
それはまっとうな魔術師にとってもそれなりの難易度の魔術のはずだ。
当然だけど、衛宮白兎には絶対不可能な芸当である。
けれどおそらく、キャスターにとっては容易な事なのだろう。なにより、食事が終わったら即座に始めそうな雰囲気が、その事実をあらわしている。
しかし、あまり何時までも趣味に走ってまったり過ごすだけと言うワケには行かないのだ。

「キャスター、この後話があるから、使い魔作るのはまた今度にして」
「・・・・・・・・・ええ、マスター」

私の話したい事が何かを感じ取ってくれたのだろう。
神妙な表情で、キャスターはうなずいた。

 ◆◆◆

「ふぅ・・・・・・」

交代でお風呂に入って一息。
さて、これからが真面目な話をする時間だ。

「さて、キャスター。何からどう聞けば良いのかよく分からないんだけど・・・・・・聖杯戦争って戦いの事、教えてくれるよね?」

テーブルを挟んで向かいに座る、ラベンダー色の寝間着を着たキャスターを見据えて問う。
二人の手元には今日買ってきた紅茶が湯気を立てている。
それを一口ふくんで、唇を湿らせてからキャスターは答えた。

「はい・・・・・・とは言っても、私もすべてを知っているわけではありませんが」
「うん、分かる範囲で十分。まず質問だけど、聖杯って、やっぱり『あの』聖杯?」

聖杯・ホーリーグレイル。
それは多分、聖槍ロンギヌスと並んで最も広く名の知れた聖遺物では無いだろうか。
この国でもアーサー王の物語や冒険考古学者の映画などで有名だと思う。

ちなみに、モンティパイソンは無しの方向で。

キリストの最後の晩餐で使われたと言われる杯とも、ゴルゴダの丘で磔にされたキリストの血を受けたとも言われる聖遺物。
神の仔の血潮を受けた杯は神秘の力を持ち、様々な奇跡を行いうると伝説にはある。
いわく万物の源。
いわく生命を生み出す坩堝。
いわく善・真・美を湛える正しき騎士道の具現。
ケルト神話に語られる父神ダヌゥの大釜がルーツとも言われるそれは、教会にとってはもちろん、魔術師にとっても重要な意味をもったアーティファクトと言える。

「そうですね・・・・・・
『それ』は神の血を受けた杯ではありません。けれど、重要なのはそこではないでしょう?
『それ』は聖杯の名を冠する。つまりはその名に相応しい神秘を成しうると言う事です。
聖杯と呼ばれる『モノ』を巡る戦いは、この冬木以外でも繰り広げられていると聞き及びます。
けれど他の地域で行われる戦いには私のようなサーヴァントを呼び出すような流儀は存在しない。
この冬木の聖杯だけが、英霊である私達をサーヴァントとして召喚し、使役するなどという奇跡寸前の行為を可能とする以上、この街の聖杯が持つ力はその名に相応しいに違いありません」
「ちょっと待った。英霊って? ずっと疑問だったんだけど、貴女は、サーヴァントって言う存在は一体何なの? キャスターの存在感・・・って言うか霊格は、とてもじゃないけど字義通りの使い魔とは思えない」
「私達サーヴァントは今言った通り『英霊』ですわ。かつて人であり、人を超越して祭り上げられた存在。伝説となって人に語り継がれ、伝承の中で世界に固定された魂。例えば私の真名はメディア。白兎さまも魔術師ならご存知ではなくて?」
「―――女王メディア・・・・・・・・・それって、ギリシャ神話の登場人物じゃない」

驚いた。
お姫様みたいだと思っていたら本当にお姫様だったとは。
あまり詳しくは知らないが古代ギリシャの悲劇の女王で、美輪○広だか劇○四季だかのミュージカルにもなっていたと思う。
魔術王国の姫君で、自身も竜を眠らせたり、海の流れを操作したりと強力な魔術・・・・・・いや、当時の文明レベルで考えればおそらく魔法だったに違いない術を操った稀代の女性魔法使い。
確かに、端くれでも魔術師を名乗る者なら名前ぐらいは聞いた事があって普通だろう。
ただし・・・・・・

「ゴメン。名前とスゴい魔術師だったってコトは知ってるんだけど・・・・・・」

いや、ギリシャ神話は小さい頃に読んだことがある。
どうも人間がわがままな神様に迷惑をかけられる話という印象が強いのだけど、正義の味方志望の子供としては、ヘラクレス十二の試練とかのくだりはワクワクした記憶があるし。
ペルセウスのメデューサ退治とかイカロスの墜落とかトロイ戦争のアキレスやヘクトール、アガメムノンやオデッセウス、アイアスなどの綺羅星の如き英雄達の物語、そういう記憶はけっこうあるのだけど。
なぜか女王メディアが出てくる辺りは記憶に薄い。
たしか冒険船アルゴーとか、イアソーンとか言う英雄が絡んできたような違うような?

「そっ、そうですか・・・・・・けれど認識としてはそれで十分ですわ。ともかく、我々は本来精霊に近い存在なのです」

残念がっているようにも、喜んでいるようにも見える不思議な表情のキャスター。
やっぱり感情が読みにくい気がするけれど、今の私にはそれを気にする余裕は無かった。

精霊。
それは仮にガイアと称される『世界そのものの意思』の端末、あるいは感覚器官に相当する存在。
また、実体化する事が出来るらしいので、世界の手足とも言えるだろう。
世界の管理者であり調整者たるモノ。
あるいは自然信仰における『神』と称してもそう間違いでは無い存在だ。
ならば、キャスターを初めとする英霊も、その『神』に準ずる存在と言って過言では無い。
その『神』を呼び出し、受肉させ、使い魔として人間に操る事を可能にする。
それを行うという聖杯なるモノがどれほどの力を持っているのか・・・・・・私程度の魔術使いには想像する事すら困難なとんでもないパワーだ。

「けれど聖杯はその英霊かりそめの肉体を与え、聖杯に選ばれたマスターに召喚され、それ程の奇跡を行う聖杯を手に入れる事を交換条件としてマスターに従うサーヴァントになる。
ただ・・・いかな聖杯とは言っても限界はありました。
無差別に英霊を呼び出して単独で現界させる事は聖杯にとっても不可能だったのです。
ですから、先に現界のための受け皿となるクラスを用意して、この時代と『縁』を結ぶためのマスターを用意する事によって七種七体のサーヴァントに実体を与える事をなさしめた」
「――――――え?」

ちょっと待って。
それは、何かがおかしい。
なにか・・・・・・そう、順番が、逆だ。

「待ってキャスター。それじゃあマスターが聖杯を巡って闘うためにサーヴァントを呼ぶんじゃ無い、サーヴァントを呼ぶためにマスターと聖杯を用意したみたいじゃ・・・・・・」
「そうです白兎さま。この冬木での聖杯戦争は、私が前マスターの元で調べた限り150年ほど前から既に3回行われていますが、その戦いはある種の魔術儀式の気配があるのです。
聖杯を争奪するためにサーヴァントを召還するのでは無く。
聖杯を顕現させるためにこその、サーヴァントの召還。
この街の何処か・・・・・・おそらくは歪んだ龍脈の中心である柳洞寺に聖杯を出現させるための魔法装置が隠されていて、サーヴァントが殺しあう事でそれが起動する・・・・・・そんなカラクリなのでしょう」

呼び出したサーヴァントを殺し合わせる魔術儀式。
蟲毒と言う言葉が脳裏に浮かんだ。
毒を持つ蟲を壷に収め、共食いの末残った一匹に濃縮された毒をもって呪いとする魔術。
壷はこの街。毒蟲はサーヴァント。餌は聖杯。
そしてその聖杯に、英霊と言う信じ難いほど高位の魂によって生成された毒が満ちる。
なんて―――最悪で不吉なイメージ。
『聖』杯などと言う名前から連想される美しいイメージなどカケラも無いおぞましさ。
そんなものを求めるために彼女は呼び出され、そしてその主を失ったって言う。
この後もサーヴァントは殺しあって、マスターも殺したり殺されたりするのだ。

「―――なんでよ」
「え?」
「なんでそんな下らない事でキャスターが辛い思いをしなきゃなんないの。人が殺されなきゃなんないの。魔術師だから、覚悟を決めてるから良いとか、そんな馬鹿な話が出来るレベルじゃ無い」

 ◆◆◆

苛烈な怒りを湛えた瞳で言う。
本気で怒っている。
世の理不尽に。キャスターが苦しむ原因に。殺された・・・本当はキャスター自身が殺したマスターの無念に。
そんなどうしようもない現実を向こうに回して、本気で憤慨して何とかしたいと思っている。
愚直に、大人気なく、蒙昧に。けれど眩しいほど直実な、それは世の善性を信じている――――――正義の味方の姿。

「止めなきゃ。やめさせなきゃ。
それぞれの魔術師が命を懸けて求める理想なら、全てを敵にしても進むべき求道なら、それは私が止められる事じゃないと思ったけど・・・・・・でも違う。そんな蟲毒じみた魔術儀式なんかに理想や求道を叶えられるはず無い。
そんなもののために誰かが傷つくのも、誰かが死ぬのも間違ってる。
殺し合いを、止める。
誰も、死なせない。殺させない」

決意を込めてそう言う少女は、滑稽な程に実力不足でしかない。
キャスターの見るところ、魔術回路は30にすら達せず、魔力の総量も20〜30が限度。
感情の起伏が激しい性質らしいので昨夜は思った以上の魔力(感情)を補給できたが、それは常に冷静であるべき魔術師としては不要な資質に過ぎないのだ。
工房であるはずのこの屋敷に蓄えられた知識は無く、それゆえか開かれた構造で結界も『警鐘』のそれのみ。
当初キャスターが用心していた彼女の指導者の姿も見えず、武器となる礼装も今まで見ていない。
肌の隅々まで触れて調べても一片の魔術刻印すら無いその肢体を含め、魔術師としての能力など望むべくも無いだろう。

その少女が、他のマスターを相手に戦うどころか、戦いをやめさせると言い放ったのだ。
馬鹿馬鹿しい。
出来るはずが無い。
第一、それではキャスター自身が聖杯を得ると言う望みに届かなくなるではないか。
こんな小娘の妄言に付き合えるはずが無い。
もう、自我を破壊して人形にしてしまうべきだ。
感情を糧に出来なくなるのは惜しいが、魔力を補給する手段は他にもある。
なに、簡単な事だ。
キャスターの魔術をもってすれば、ぬいぐるみを使い魔に変えるのと同じ簡単さで、少女を思い通りに動く傀儡人形に変えてしまえる。
令呪を持っているわけでもないかりそめのマスターにしか過ぎない彼女に、キャスターを縛る手段などあるはずも無く。
この至近距離なら、何の対魔術も持たない白兎相手なら。
高速神語という神代の魔術を操るキャスターなら、ただの一音節で成しうる魔術。

だって言うのに。

―――私は、できればキャスターと家族になりたいの。了解?―――

なんて言葉とその時の白兎の表情が思い浮かんでしまった。

あけすけで、あけっぴろげで、直情的で。
ごはんは皆で食べるのだと言い張って、料理を褒められると嬉しそうに微笑んで、他人の痛みに本気で怒り出して、目の前で苦しんでいる相手を救うのに理由なんか必要ないと断言する、名前に相応しく穢れの無い、真っ白な少女。

一度人形にしてしまえば、そのすべては失われるだろう。
家族になりたいと言った衛宮白兎のささやかすぎる望みは、果たされる事無く消えうせる。

―――かつて、女神の気まぐれで心を狂わされた少女が居た。
神の魔術によって吹き込まれた偽りの恋心に翻弄された少女が居た。
イアソンと言う、顔も知らない男のために、父を裏切り、弟を八つ裂きにし、故郷を捨ててしまった少女。
ただ男のためだけに謀略を成し、男を救うためだけに魔術を使った。
その果てに得たのは、邪魔者として男に切り捨てられた自分と、裏切りの魔女という呼び名。
全てが終わって、異国の地で正気に戻ったメディアの周りは、すべての元凶がお前であると憎悪する人々の視線と罵詈雑言だけで満たされていたのだ。
ならば、本当にそうなってしまえと思った。
周りが裏切りの魔女と呼ぶのなら、その名に相応しくなってやろうと。
そうする事は簡単だった。
本人の心にくすぶった悪意を、ほんの少しの言葉で後押しするだけで誰もが裏切り、裏切られた。
そして、魔女の姦計に乗せられたわが身を嘆くのだ。
それでいいと。
何度も何度も呪いの言葉を吐き掛けられてそれでいいと思った。
真の罪はその身の中に。けれどソレを誤魔化してメディアを魔女となじるなら、そいつらは永遠に地獄に落ちたままだろう。
自身にこそ罪ある事すら知らない者では、償いの機会など無いから。
永久に地獄で彷徨え。
そう嘲笑し続けた。
あざ笑う事だけが、自分の望みだと信じ込んで生きて、死んで、そして永遠に裏切りの魔女として存在するモノになって。
けれど求めたのは。
本当に欲していたものは―――

「あ、でも・・・・・・さっきの説明だと、キャスターは聖杯を手に入れるために召還に応じたんだよね。ねぇ、キャスターは何のために聖杯を求めたの?」
「―――現世で完全な受肉をして第二の生を生きる事。それを可能にするのが、聖杯なのです」

例えば神々の気まぐれによって失った、家族なんて言うたわいも無いモノでは無かったのかと、この瞬間に気がついてしまった。
渇望と言えるほど、そんなものを求めているのだと気がついてしまった。

「肉体を得て・・・・・・私は、多分、白兎さまの家族になりたいんです」

なぜか、そんな言葉が、口から転がり出る程に。

 ◆◆◆

「私は、多分、白兎さまの家族になりたいんです」

呆然となった。
あまりにも綺麗な表情に魂を抜かれたようになってしまった。
こんなのは反則だ。
ただでさえキャスターは人間離れして綺麗なのに、あんな邪気も含みも無い顔で、あんな事を言ってくるなんて、完全に不意打ちで反則だと思う。

「あ、うん・・・・・・そうなんだ」

おかげで視線も合わせられず、こんな間の抜けた返答しか出来ない。
多分今、私の顔は真っ赤になってる。
いや、顔どころか耳とか首までカッと熱くなっている。間違いない。
心臓はドクドクとうるさいぐらい脈打って、言葉もろくに思いつかない。
これじゃあまるで、恋する女の子みたいじゃないか。
あー、何か言わないと。
こんなんじゃ、キャスターに変に思われる。

「いや、うん、だったらやっぱり、目的のためには手段を選ばないと。家族になるために人を殺して回るような、そんな血塗られた団欒はゴメンだし。
とりあえず・・・・・・先に聖杯の正体を見極めよう。なんだか胡散臭すぎる。
それと、どうやったら他のサーヴァントとマスターに戦いをやめさせられるかを考えて・・・・・・あ、その前に何処の誰がマスターなのかも探さないとダメか」
「そうですね。とりあえず、昼間は情報を集めて、おそらく他のマスターが活発に活動している夜にこちらも探索に出る・・・・・・くらいのつもりで行動しましょうか?」
「ん。そーだね」

流石と言うか、キャスターの方針は具体的で分かりやすい。

「つきましては、この土地の管理者から情報を聞きだすか、白兎さまの師匠から聞きだすかして・・・・・・」

管理者。
それは魔術師を束ねる『協会』が選任した地域管理者・セカンドオーダーの事だ。
聖杯戦争とやらが、既に3回も行われている魔術儀式だとしたら、当然管理者は何か情報を持っているだろうし、あるいはその管理者自身がマスターなのかも知れない。
だけど・・・・・・

「あ、それは無理」
「え?」
「私は協会に所属してないし、切嗣・・・私の師匠もはぐれ魔術師だったらしいから、管理者って言うのが誰か知らないの」
「らしい?」
「うん。切嗣、もう随分前に亡くなったんだけど、詳しい事は聞いてなかった」
「――――――なっ」

今度はキャスターが呆然とする番だった。
が、それは私の時と随分意味合いが違う。
普通、魔術師と言うのは師匠に教えを受けて魔術を自身に刻んでゆく。
それはもう、何十年とかかって本当の魔術師になる者なのだ。
けれど、衛宮白兎には師匠が居ない。
協会に属していない以上、代わりの師匠が居る筈も無いし、切嗣以外の魔術師に教えを受けたいとは考えなかったし、そもそも衛宮白兎に魔術師の知り合いは居ない。
切嗣に魔術を教わったのはわずか3年で、しかもその大半を、切嗣は海外を飛び回っていたのだから・・・・・・私が教わった事の少なさは、それこそ魔術師としての常識を超える呆れた事なのだろう。
結果、魔力の生成と『強化』の魔術だけが出来る、三流と言ったら三流の人に申し訳ないような魔術師が出来上がったワケである。
で、その事を正直に話すと。

「―――――――――はぁ」

物凄く重いタメイキを吐かれてしまった。

 ◆◆◆

魔力を生み出し、魔法を使うのに必要なのは、魔術回路と呼ばれる擬似神経を開く事。
体内に生まれたときから持っている、しかし普通の人間は一生使わないその回路を目覚めさせなければ、魔法を使う事は出来ない。

「同調・開始(トレース・オン)」

呪文は世界を変える物では無い。
それは自身を変革する暗示の言葉。
この瞬間から、衛宮白兎は魔術を行うためだけに存在する装置となった。

イメージするのは焼けた鉄の棒。
その棒をゆっくりと背中に突き刺してゆく。
そうやって外部の魔力を取り込んで、体内に回路を生み出すのだ。

「あっ・・・ぐっ・・・・・・」

異物の侵入に反応した肉体が悲鳴をあげる。
魔力とは、健全な肉体にとっては毒素でしかない。魔術を行使すると言う事は、肉体の拒絶反応を抑制する事に他ならないとすら言えるのだ。
ゆえに、衛宮白兎が毎晩行うこの鍛錬は、多大な苦痛と危険を伴っている。
脊髄に突き刺した魔力と言う名の焼けた棒は、わずか数ミリのズレだけでこの身体を焼き尽くす恐れがあるのだから。
だから、失敗は許されない。
私の魔術が見たいと言ったキャスターの視線をつとめて忘却し、ただ行為の成功のみに腐心する。
その甲斐あって魔術回路は問題なく生成された。
後はそこに魔力を通し、目的に応じて起動させるだけだ。

―――基本骨子・解明

手に持ったグラスに意識を集中し、その内部構造を読み取る。
頭の中に形成される精密な設計図。
ガラスを構成する分子の一つ一つまで認識できるそれは、衛宮白兎の唯一の特技。

―――構成素材・解明

とは言え、それほど役に立つ特技でもない。
その存在の全てを読み取るための工程。それは、本当の魔術師なら一瞬で全てを把握する類のものだと言う。
それでも、衛宮白兎にはこうやって愚直に一つずつの工程を重ねていくしか無い。
衛宮白兎は真正の魔術師ではなく、ただ物に魔力を流す事が出来る魔術使いでしかないのだから。

―――基本骨子・変更

だが、物質に魔力を流し込むと言う作業は、毒物を流し込むのにも等しい。
必要な部分に必要なだけ。それが出来なければ強化は発動しないか・・・・・・

―――構成材質・補強

「―――くっ」

パリンと。
今手の中にあるグラスのように、砕けてしまうだけだ。
・・・・・・情け無い。これではキャスターも呆れているだろう。
とりあえず魔力を維持。
壊れたグラスを買いなおすのも面倒なので、自力で作り出す事にした。

―――基本骨子・想定

先ほどの設計図を元に、体内に残った魔力を粘土のように練り上げてカタチを作る。

―――構成材質・模倣

そのカタチに、ガラスと言う材質を付加。
元々ある物質に魔力を通す強化にくらべて、この作業は簡単なので気晴らしにもなる。
絵の具で緑色を作るのに青と黄色をまぜるより、初めから緑を使ったほうが簡単なのと同じ理屈で、最初から最後まで自分の魔力で作るほうが遥かに楽なのだ。
もっとも、機械のような中身のあるモノを作ろうとしても外見だけが似たガラクタが出来上がるだけなので、結局グラス程度を作るのが精一杯なのだが。

「は―――ふぅ」

手の中に重みが生まれてくる。
それを確認して背中にあったイメージの火箸を引き抜いた。

「ゴメン、やっぱり失敗しちゃった」

グラスを傍らに置いて汗を拭い、外していた眼鏡をかけた。
私の強化は成功率0.1パーセントを切ると言う不本意にして厳然たる事実は既にキャスター言ってある。
まぁ呆れられているとは思うが、魔術師としての衛宮白兎に対する評価の再底値はこれ以下に下がりようが無いと言う所まで下がっているので、別に良いやとキャスターの方に顔を向けると・・・・・・

「―――なんなんですか、貴女は」

物凄い顔で睨まれてしまった。

 ◆◆◆

信じられない事だった。
目の前のマスター。
自身を三流以下と称する魔術師―――確かに三流以下ではある。強化の魔術などと言う初歩の初歩しか使えず、しかもソレすらも満足に成功しない魔術師・・・それどころか一般的な魔術回路への切り替えすら間違って覚えているなど、本来魔術師などとは呼びがたいだろう―――が見せた常識外れの行為。

「何なんですって、そりゃ確かに、強化には失敗したから怒るのはわかるけど・・・・・・
ひょっとして、契約した事後悔とかしてる?」
「そうではありません。貴女は確かに強化には失敗した。けれど、その後に自分が何をしたか分かっているのですか?」
「ふえ? 単に壊れたグラスの代わりを魔力で編んだだけなんだけど・・・何か変な事かな?」

分かっていない。
ソレは、投影と呼ばれる魔術だ。
何も無い所から、魔力を固めて複製品を作る魔術。
けれどそれで生み出される品物は一瞬の幻。あのグラスや、この土蔵に転がっている中身のないガラクタのように何時までもこの世に残留しては居られないはずなのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

無言でガラクタの一つを拾い上げる。
ビデオデッキを投影しようとしたらしいそれは、外見だけが精密に模倣されているだけの四角い箱でしかなく、中にビデオを入れても動きすらしまい。
だが、うっすらと埃を被るほど前からそれは存在し続け、金属部分は金属の、プラスチック部分はプラスチックの質感をもって存在していた。

「白兎さま、そのグラスを持っていて下さい」
「あ、うん」

うなずいたのを見てから魔力を編み始める。
簡単な投影の真似事ならキャスターにも出来る。だが、それは実用的なレベルの術ではない。
手の中にイメージで出来たナイフの感触。
ぐっと握ると、それは実体として現出する。
出来上がったナイフを振り上げたキャスターは、それを白兎の持ったグラスへと振り下ろした。

「わっ!?」

パキリと、音を立てて壊れたのはナイフの方。
まるで発泡スチロールででも出来ているように脆く折れてしまった。

「あれ?」
「普通はこんなものです。ガラスを作ってガラスの、鋼を投影して鋼の硬度を持たせられるなど、よほど熟達した複製者(フェイカー)でもなければ出来ません」
「投影? フェイカー?」
「貴女のやった術は『投影』と言って、『強化』よりランクが上の魔術です・・・ですが、それは本来、一瞬だけ必要な道具を模造して使うための術。本来なら、投影された物は数分・・・・・・よほど注意して生み出しても数十分もすれば・・・・・・」

ポロポロと解けるようにして、キャスターが投影したナイフの柄が消えてゆく。
折れた刀身の方など、もうとっくに消えていた。

「・・・消え失せる。その程度の、あまりに効率の悪い魔術です」
「あ、そう言えば切嗣も効率が悪いから強化にしろって・・・・・・でも、別に、私が作ったのは消えたりしなかったけど? 固さだって、ほら」

そう言って、白兎は半年ほど前作ったモンキーレンチを拾い上げる。
幅を調節するネジ部分が動かないので実用には耐えないのだが、打撃武器として使えば金属パイプだろうが人の骨だろうがへし折れるぐらいには固い。

「―――だから、それが異常だと言うのです」

嫉妬さえ湧き上がるのを押し殺して言うキャスター。
原理すら不明だが、衛宮白兎は投影に特化した魔術師であり、その上投影自体、どうやら規格外の性能を持っている。
もちろん、そんな能力だけでは神代の世界でも屈指の魔術師であったキャスター=メディアの魔術にはまるで及びはしない。
しないのだが、万能に近い数々の魔術を持っていても届かない一点と言う意味では、衛宮白兎は稀代の魔女を上回っているのだ。
ならば。
その魔術を使いこなせれば、自分達が聖杯戦争を生き残る手段になる。

「わかりました、マスター。貴女は、今日から私の弟子になりなさい」
「え・・・・・・弟子?」
「そうです。今の白兎さまの魔術は到底実戦で役に立つレベルではありません・・・いえ、むしろ魔術を使う度に無駄に命の危険すらあります。ですから、私がその魔術を三日で使い物になるようにしてさしあげます。いいですね?」

力強く断言するキャスター。

「うぁ・・・・・・そっ、その・・・・・・」
「いいですね?」
「は、はい」

かくして。
衛宮白兎とキャスターは、マスターとサーヴァントでありながら弟子と師匠と言う奇妙な関係を結んだのである。

 ◆◆◆

弟子入りした相手は神話の時代に生きた稀代の大魔女。
そんな大物に師匠になってもらえるなど、5年も一人で鍛錬を続けてきた三流魔術使いには望外の幸運であって、それについて文句を言うつりなど欠片も無い。
だけど・・・・・・

「えーっと、それで、何でこんな格好にされてるんでしょう?」

キャスターの気迫に押されて弟子になる事を受け入れたものの、今の状況はあまりに奇妙だった。
なぜかレースやリボン満載の白いヒラヒラしたドレスに着替えさせられ、髪を纏めているのはウサギの耳を思わせる大きな白いリボン。
その上両手まで、可愛いリボンを使って背後で縛り付けられてしまっていた。
場所は私の部屋。
布団の上に転がされている私の姿を一言で表現するなら・・・・・・まな板の上の鯉。

「服は私の趣味ですわ♪ とっても良く似合っていますよ、白兎さま。そして、縛ったのは、これから白兎さまが暴れださないようにするため」

そう言って、キャスターは台所で用意していた毒々しいピンクの液体をグラスから一口、口に含んだ。
そのまま、逃げ出す事すら出来ない私の上にのしかかって、突然唇を重ねてくる。

「んむー!? んっ、んんーっ!!」

口の中に流し込まれるドロリとした液体。
口をふさがれ、息が出来ないので仕方なくその液体を嚥下した。

「!?」

その効果は途端に現れる。
背中に火箸を差し込まれたような感覚。それは、魔力回路を開いた時そのままの・・・・・・いや、その制御に失敗して、暴走しかかった時の感覚に酷似していた。

「なっ、なにを飲ませ・・・」
「白兎さま、最初に、貴女の勘違いを一つ訂正しておきます。
先ほど見た様子では、貴女は毎回魔術を使う度に魔術回路を作っていたようですが・・・・・・通常、一度作り出した魔術回路は意識のスイッチで簡単に起動させられます。
あんな、命の危険と多大な苦痛を伴う行為を毎回行うような魔術師は、まず存在しない」
「え? でも・・・」
「白兎さまか、貴女の師匠がどういう勘違いをしていたのかは判りませんが・・・・・・それでは何時、制御に失敗して命を失うかわからない。
それに、一々今夜のような工程を経ていたのでは、時間が掛かりすぎて実戦で魔術を使用するのはほぼ不可能ですから、まずそれを訂正します。
今貴女に飲ませた薬は、魔術回路を強制的に開いて、言ってみればアイドリング状態にする薬。
白兎さまが自分の意志力で回路を停止させる切り替えを成功させるまで、貴女の身体は魔力を生み出すためだけの機関になったままです」

冷静に、けれど私に覆いかぶさったままで言うキャスター。
けど、切り替えなんて言われても、全身が熱病のようになって、脳味噌が沸騰しそうな今の状態でそんな事をやれと言われても困る。
だいたい、ほっておいたら作り出された魔力を制御できなくなりそうなのだ。
刻一刻と熱を増す身体。軋みを上げる神経。暴走寸前の魔術回路。
内臓が暴れだして内側から弾けそうなこの状態で、制御するなんて無茶すぎる。

「ただ、このまま魔力が増え続けると切り替えどころでは無いでしょうから・・・・・・」
「あ、ストップしてくれるんですか・・・・・・助かった」
「いいえ―――暴走しない程度に吸い取らせてもらいます」
「ふぇ?」

ゴスロリなドレスの上から股間に這わされるキャスターの指。
そこには、昨夜キャスターによって生やされた男性の器官が存在している。
熱を帯びた身体に呼応するように、ソレははちきれんばかりにそそり立っていて・・・・・・

「キャ、キャスター、それは、ひょっとして手段と目的が逆転しているのでわ!?」
「そんな・・・・・・趣味と実益が一致していると言って下さい」
「やっぱり趣味ーっ!?」

ツツーッと頬を舐めてから、私の耳元に息を吹きかけて、囁くようにキャスターが言う。

「安心して下さいね、マスター。ちゃんと切り替えが出来るまで、イキそうでイけないギリギリの状態で魔力を搾り取ってあげますから」
「鬼っ、悪魔っ、変態いぃ!!」
「あらあら、弟子はきちんと師匠の言う事を聞かないと・・・・・・・・・御仕置きしますよ?」

ギリリっと、服越しに肉棒に爪を立てるキャスター。

「痛いっ、やだ、キャスター!! 聞く、言う事聞くから、手を離してっ」
「クスクス・・・・・・この程度で音を上げていては最後まで持ちませんよ、白兎さま?」
「ううぅぅ・・・・・・・・・」

うう・・・・・・ホントに鬼だ。
キャスターは「素直にしていれば優しくシテあげますからねー」などと言いつつ、幾重にもレースが重ねられたボリュームのあるスカートの中を弄ってくる。
下着など着替えさせられる最中に奪われているので、その手は容易く目的の場所にたどり着いてしまった。
スカートを捲りあげられ、露わにされる男女両性を備えた生殖器。

「あら、もうこんなカチカチになって・・・・・・本当は苛められて感じてしまうタイプだったんですか、白兎さま?」
「そんな・・・・・・ワケ無い・・・キャスターが、変な・・・薬を・・・・・・」

朦朧としつつ反論する。
けれどそんな抵抗など何処吹く風で、キャスターの白い指は露わになった肉棒をグニグニといじりまわしている。
飲まされた液体にはおそらく媚薬の効果もあったのだろう。
身体は魔術回路からの痛みすら受け入れ、それを快感として感じ取ってしまっている。
キャスターの指から性器に与えられる刺激が、体内の魔力から与えられる鈍痛が、絡み合うように脳髄を侵し、その快楽によってワタシを壊そうと襲い掛かってくる。

「やぁ・・・・・・やだよぅ・・・・・・キャスター、もう・・・許し・・・・・・ひゃうぅぅ!?」

肉棒の先端に食い込むキャスターのツメ。
私が悲鳴をあげると、彼女はそのツメ痕に・・・・・・

「クスッ、痛かったですね、白兎さま。ああ、跡が付いてしまいましたわ」

言って、ペロリと舌を這わせた。

「ひっ!?」

痛みと快感が交じり合う。
昨日初めてされたフェラよりも、その刺激は強い。強すぎる。
傷口に這わされた舌の温度と、ヌメヌメと塗りつけられる唾液の感触。
なによりも、可憐で清楚な造作のキャスターがその肉茎を口で刺激しているのだと言う現実―――その光景が、狂ってしまいそうなほど淫微だった。

「くぁぁ・・・やだぁ・・・・・・そんな所を・・・・・・あ・・・・・・」

昨夜と違って直ぐに口で咥えたりせず、舌先を使って丹念にそこを舐め上げるキャスター。
尖らされた舌が、先端から裏側、根元、そして女性器までチロチロと這い回る。
一晩ずっといたぶられたと言っても、この快感に慣れるはずもなく、私の身体は浅ましくも絶頂へと上り詰めてゆく。
ビクリと、肉棒が放出を望んで震える。

「いっ・・・イッちゃう、イッちゃうようキャスター!!」
「あら、それはいけませんわね」
「えっ?」

呆然となる。
私が射精してしまう寸前、キャスターは肉棒の根元をギチリと握り締めて愛撫を止めてしまったのだ。

「ダメじゃないですかマスター。これは特訓。鍛錬なんですよ? イッたりしたら、鍛錬にならないでしょう?」
「ううっ・・・だって・・・・・・酷いよキャスター・・・・・・こんな、途中で止めるなんて、変になっちゃうよぅ」
「だから鍛錬になるんでしょ? ホラ、ちゃんと自力で魔術回路を閉じないと・・・・・・気が狂うまでしちゃいますよ♪」

キャスターは髪を結んでいた自分のリボンを解くと、それを使って肉茎の根元を縛り付ける。
その上で私を抱き上げ、服の上から全身をまさぐり始めた。
むき出しの太腿、貧弱な胸、腰やお腹やわき腹まで、蜘蛛じみた動きで指先が這う。
耳元や首筋やうなじには舌が這い回り、時折私の淫蕩さをなじる言葉が吐息と共に吹き込まれてゆく。
なのにその間、股間に対してはまったく手を出さないキャスター。
絶頂寸前で根元を締め付けられたそれは、けれどまだ痛いほど張り詰めていて、女の部分もまた恥ずかしいぐらい粘液を吐き出している。

「ホントに狂っちゃう・・・・・・こんな・・・精神集中なんか出来ない・・・・・・」
「では私が満足して開放するまで、このまま感じまくってしまいなさい♪」

頬を辿り私の目元を舐める舌。
涙を舐め取ったキャスターは、冷酷な、熱いくせに冷たい奇妙な視線でそんな事を言った。
冗談じゃない。
昨日よりも身体が過敏・・・・・・いや、それどころか発狂寸前の熱さに晒されている状態だと言うのに、キャスターが満足するまで生殺しに弄られ続けたら本当に気が狂う。
いや、それもただの言い訳。
正直になろう。私は、私の身体は、射精したくてしょうがないのだ。
身体の中に溜まった熱を吐き出したい。叶うならば、キャスターの肌に、胸に、膣に。

「お願い・・・・・・します・・・出させて・・・一度だけで・・・いいからぁ」
「―――そうですね」

私の懇願を首肯するキャスター。
けれど、それは許可の言葉では無かった。
続けて言われたのは、ただの提案。

「ではこうしましょう。魔術は等価交換が原則。白兎さまが私をイカせられたら、その縛めを解いてあげます」

いや、提案と言うのは正しくない。
論を交えるまでも無く、従う以外の選択肢がないのなら、それはどんな形を取っていても命令でしかない。
うなずく私。
キャスターは発情期の雌犬でも見るような目で私を見る。

「ヘンタイ♪」
「ううっ・・・・・・」

立ち上がるキャスター。
このまま放って置かれるのかと不安になる。
が、その心配は杞憂だったようで、立ち上がったキャスターはゆっくりと服を脱ぎ始めた。
見せ付けるようにスカートを落とし、セーターを脱ぎ、下着を脱ぐキャスター。
ゴクリと、我知らず欲情に喉が鳴ってしまった。

「さぁ白兎さま、腕はそのままで。口だけで私を満足させて下さいね」
「うっ―――はい」

横になって誘うキャスターに、何とか両手を縛られたままで膝立ちになってにじり寄る。
女らしい裸身、豊かな乳房。私とはまったく違うふくらみ。
劣等感に導かれるように、私はそこに顔を近づけた。

「あむっ・・・んっ・・・チュッ・・・」
「あらあら、まるで赤ちゃんみたい」

クスクスと含み笑いをするキャスター。
軽蔑されているのだろうけど、そんな事も気にならない。
どうせもう、理性は壊れかけているのだ。
執拗なぐらい、舐り、吸い、軽く歯を立て、貧欲にキャスターの身体を味わおうとする。
私には無いもの。私が望んでいたもの。
それは女らしい体つきであり、柔らかな肌であり、豊かな胸の膨らみであり・・・・・・同時に記憶すら失われた母親だった。
心の底で求めていたもの。
今なら、熱病のようにうかされて理性の消えうせる寸前の今なら、普段は忘れようとつとめていた思いを恥ずかしげも無く口に出来る。

「んっ・・・おっきい胸・・・・・・いいなぁ・・・・・・ちゆっ・・・んちゅっ・・・・・・」
「クスクス、そんなに気に入りました?」
「うん・・・好き・・・大好きぃ・・・はむっ・・・・・・キャスター、大好きなの・・・」
「―――!?」
「ギュって、してぇ・・・・・・お願い・・・・・・」

ズリズリとキャスターの身体を這い登る。
なぜか硬直しているキャスターの顔。
整った、とても綺麗な、優しそうな、そのクセ意地悪ばかり言ってくるキャスターの顔。
紫のルージュが色っぽい唇。

「んっ」
「んむっ?」

唇を奪う。
ああ、考えてみれば、私からキスしたのは初めてだ。
それに、好きだと言ったのも。
キャスターの舌を捕らえてまさぐる。柔らかな口の中を蹂躙して、甘い唾液を飲み干していく。
うん。キャスターに軽蔑されるのも仕方ない。私はこんなにも、淫乱なんだから。
けど。でも。

「キャスター、好きだよ・・・・・・キャスター、抱きしめて。怖がらなくても平気だから。手をはらったりはしないから・・・・・・私に触れて・・・・・・メディア」

これだけは伝えないといけない。
意地悪なのに、エッチな事をするのに、どこかで嫌がられるのを恐れて、嫌われるのに怯えて、だから余計に意地悪をしてみせるメディアに、そんな事をする必要は無いって、そう伝えないと。

「好きだよ、愛してる」
「出会ってたった二日の、得体の知れない魔女を?」
「うん。出会ったその日にエッチしちゃった、私のサーヴァントでお師匠様な貴女を」

夜の中で拾い上げた、寄る辺の無い捨て猫のようなキャスターを。
その寄る辺に、私がなれたらなんて、きっとキャスターが怒るだろうから言わないけれど。

「大好き、だよ」

気が付けばリボンが解かれていた。
腕を縛っていたのも、股間を縛っていたのも。
だから、私は遠慮なくキャスターを抱きしめられる。
そっと肩に回された温度は、キャスターの細い腕。

「白兎さま、もし・・・もし私が、貴女に嘘を言っていたらどうします?」

震える手で、声で、そんな事を聞いてくる。

「・・・・・・怒る。でも、キャスターの事信じてるから」

何を聞きたいのか、どんな答えを望んでいるのか、分からないなりに真摯に答えた。
なぜか泣いているような顔で微笑むキャスター。
質問の意味を聞こうと口を開く前に、キャスターが「抱いて下さい」と言ってくる。
だから、私は限界まで張り詰めた肉棒をキャスターの中にゆっくりと沈めて行った。
溶け合う体と溶け合う心。
その最中、何度目かの絶頂をキャスターの膣内で迎えたとき。
ガチンと、頭の中で撃鉄が降ろされていた。

 ◆◆◆

4: ハウス (2004/04/07 20:51:51)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

 ◆◆◆

―――1月28日―――

イメージは撃鉄。
頭蓋の内にあるそれを引き上げれば、熱を帯びた身体はあっさりと普通の状態に戻った。
一晩中キャスターに犯されて身につけた回路の制御法、切り替えのためのスイッチがそれだった。
いやもう、必死で覚えましたよ。
あのまま続けられたら命にかかわると確信したから。
おかげでイメージの撃鉄を勢い良く叩き込めばスイッチが入り、スムーズに魔術回路が起動するし、戻す方も簡単にできる。
その事についてはキャスターに感謝してもし足りないのだが、いかんせん方法が・・・・・・
しかも個人の魔力と言うのは魔術回路を通して変換された生命力なので、衛宮白兎は朝からもうヘロヘロなのだった。

「うう・・・・・・死にそう」

毎夜行っていた魔術の鍛錬と並んで、日課である朝の運動も出来ないぐらい疲労しまくっている。
それでも朝食の仕度はしなければ。
ってゆーか、せめて食べないとホントに死ぬ。
不本意ながら徹夜してしまって朦朧とした頭は、シャワーを浴びてなんとか正常に戻したので、基本的に睡眠は無くても平気らしくて元気いっぱいなキャスターが入浴している間に準備をする事にした。

「ええっと、昨日買っておいた・・・・・・」

良い寒鰤が手に入ったので、それを照り焼きにする。
御飯は昨日の夜にタイマーセットしていたので炊きたてホカホカ。
後は田舎風具沢山の味噌汁ときんぴらごぼうなど。
これこそ正しい日本人の朝ごはんであろう。

「―――投影・開始(トレース・オン)」

で、調理の前に『投影』魔術の復習をしてみる。
口にする呪文は強化の時と同じ。
ただ、強化の時は四つだった工程を八節に増やさなければならない。
創造の理念を鑑定し、基本骨子を想定し、構造材質を複製する。
製作技術を模倣し、成長過程に共感し、蓄積された歳月を再現して。

「―――投影・終了(トレース・オフ)」

手にしたのは、一本の包丁。

「うん。見事な関の孫六」

去年、何を思ったのか自分でスペアリブを買ってきて調理しようとした藤ねぇの手で折られてしまった愛しのマイ包丁。
いくら一セット10万円近い錬造包丁だからと言って豚骨は切れないのですじょ、一年前の藤ねぇ?
まぁ料理人の腕次第では切れるんだけども。

「おお、良く切れる♪」

鰤の骨だってスパスパ切れるよ〜♪
あんまり切れ味が良いので鰤の身を切りすぎてしまい、急遽ブリ大根にメニューを変更したのはご愛嬌。
大根剥きだって楽々〜♪
お風呂上りの、やけにツヤツヤしたキャスターが居間でこっちを呆れたように見ているのも気にならない。
折られた時には一晩泣き明かしたぐらいの愛用品が戻ってきたのだ。
幸せをかみ締めるように野菜を刻む。
ああ、魔術って、人を幸せにしてくれるんだねぇ。

―――ピーンポーン

と、圧力鍋で煮た大根に下ゆでしたブリとショウガ、それに調味料を加えている最中にチャイムが鳴った。
続いてガラガラと玄関が開く音。
この時間、チャイムを鳴らして入ってくるのは桜に違いない。
もう一人朝からこの家に来る住人はチャイムなんか鳴らさないのだ。

「白兎さま、誰かがいらしたようですが?」
「あ、別に出迎えなくて大丈夫。昨日話した桜って娘だから―――」

そう言って振り向けばヤツが居る。
じゃなくて、キャスターの姿が消えていた。
まさか・・・・・・出迎えに?

「つっ―――キャスター!」

慌てて玄関へダッシュ。
流石に、玄関開けたら出会い頭に知らない美女が現れたら桜が混乱するだろう。
今朝は昨日買ってきた袖丈長めのクリーム色のシャツと紺の巻きスカートという質素で上品、かつ何処にでも居そうな服装に着替えてくれているキャスターだけど、とんでもない美人であると言う事には違いないのだ。
ちなみにラベンダー色の髪を金髪とか銀髪に魔法で変えると言う案もあったのだが、後から登場するヒロインキャラと被ると言う理由で却下。まぁ桜だって黒髪なのに紫だしー。

・・・・・・ヨクワカラナイ。

とにかく、あんな文字通り神話級美人が何の説明も無く登場したらびっくりするに違いないし、それ以上に何かとても悪い予感がして、全速力で玄関へと走り―――

「遅かった・・・」

キャスターを前に目を白黒させている学生服姿の女の子・桜と、こーゆー時だけ珍しく早起きな黄色に横縞という虎柄の服を着たおねぇさん・藤ねぇの姿がそこにあった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

うん。ものの見事に硬直している。
玄関先では、藤ねぇはポカーンと、桜は不安そうにキャスターを見つめていた。

「お、おはよう。二人とも」

意図的に状況を無視して二人に声を掛ける。
不覚にも声がうわずったのは修行不足ではあるが、一応何気なさを装う事が出来・・・・・・

「ちょっと白兎ぅぅ!! 何よ誰よあの美人は何者なのよう―――!!」

虎、咆哮。
こちらが反応する間も与えずに一足でクロスレンジにまで跳び込んでくるのは流石この若さで剣道五段の実力者と称賛はするけれど、胸倉を掴んでグワッシグワッシと私の脳をシェイクするのはカンベンして欲しいです、藤ねぇ。
って言うかマジダメです。
落ちる。
むしろ死ぬ。
意識が、もう、げんか・・・・・・

「藤村先生、ストップ、ストップして下さい! 先輩の顔色が紫にっ!」
「ありゃ、しまった。しろー、大丈夫ー?」

・・・・・・ちっとも大丈夫く無いやい。

 ◆◆◆

「いやー、ごめんごめん。しろーの家にいきなり知らない人がいるから、おねぇちゃんびっくりしちゃってー」
「びっくりしたからって人を殺しかけるな、このうっかり殺人鬼」
「む。私そんな物騒な人じゃないもーん」
「うわ、そーゆー人達って概ね自覚が無いって本当だったんだ。くわばらくわばら」
「なーによぅ、白兎の意地悪〜」

目の前で拗ねて見せつつ、しかし箸は止まらないという職人芸を見せているのは藤ねぇこと藤村先生。
私が切嗣に引き取られた当初から頻繁に衛宮邸に出入りしていた女性(当時中学生)で、切嗣が亡くなってからは殆んど毎日入り浸っていると言う、私にとっては姉のような人である。
・・・・・・なぜか時々妹のような錯覚がする性格がアレだけれど。
ぽわぽわしてて、25にもなって自炊している姿など片手で数えるぐらいしか見た事の無い自堕落さんだが、学生時代は冬木の虎と呼ばれて親しまれていたと言う凄腕の剣道家でもあったりする。
しかもその正体は、私こと衛宮白兎の通う穂郡原学園2年C組の担任教師。
教科は英語担当。なぜか弓道部の顧問も務めている。剣道家のクセに。

「厳然たる事実を言っただけなのに、意地悪とは心外な」
「ふーんだ、意地悪意地悪意地悪なんだからぁ!! 桜ちゃんもそう思うよねぇ?」
「えっ、その、えっと・・・・・・」

が、いじけた挙げ句弓道部の部員でもある桜を味方につけようとしている姿には教師の威厳も何もあったものじゃない。
ほら、いきなり話を振られた桜も困ってる。

「その、さすがにさっきのは藤村先生のやりすぎじゃないかと・・・・・・」

おずおずと、しかし藤ねぇに流される事無く答えたのは間桐桜。
一年下の後輩で、最初は友人の間桐慎二の妹として出会った女の子だったのだが、とある事情でその慎二君とは疎遠になった今も、毎朝家に来てくれている。
大人しく、おしとやかで、衛宮家の食事当番を私と交代で担当している料理上手な大和撫子。
それでいて押しの強い藤ねぇにも流されない芯の強さをもっていると言う世の殿方のロマンを結集したような女の子なのである。
そのワリに浮いた話を聞いた事も無いのもセールスポイントだろうか。
ちなみに、兄である慎二は穂群原学園きってのプレーボーイとして女子の人気を二分している遊び人。桜のツメの垢でも煎じて飲ませてやりたい。

「ホラ、桜もこう言ってる」
「うう・・・だってぇ〜、ホントにびっくりしたんだもん〜」

チラチラと向かいの席に座るキャスターを盗み見て言う藤ねぇ。
確かに、こんな同性でもドギマギするような美女がいつもの我が家に朝一番で現れたら驚くだろう。それに関しては藤ねぇの発言も正しい。
ただ、それで殺されかけてはこっちの身がもたないと言うだけのことで。

が、藤ねぇはそんな自分の罪など一瞬で忘却して次の話題に移っている。
藤ねぇは基本的に野生動物なので、嫌な事は2秒で忘れてしまうのである。もうちょっと落ち着けタイガー。

「それにしてもこんな美人さんと知り合いだなんて、切嗣さんも隅に置けないわよねー」

ほう・・・と、微妙に乙女チックな溜息をつきつつ言う藤ねぇ。
普段はチャカチャカ野生動物な藤ねぇだが、実は切嗣に片思いをしていたらしい時期があった。
あったと言うか、それは私が引き取られる前から、切嗣が病没するその日まで続いていたし、ひょっとすると今でもその感情はあるのかも知れない。
そんな藤ねぇにとって、自分とそう年齢の違わないだろうキャスターが切嗣の古い知り合いだと言う嘘はいささか気になるものなのだろう。
少し自分のついた嘘に心が痛むけれど、でもソレぐらいしか上手い言い訳が思いつかなかったのだ。
『彼女は切嗣が外国に行っていた頃の知り合いで、ちょっとした事情で切嗣を頼って日本に来た』と言うのが私がついた嘘。
年の半分以上、どこかしら旅に出ていた切嗣だから、この嘘は説得力があったと思う。
思うのだが・・・・・・

「ところで先輩、お父様の知り合いって、どういったお知り合いなんですか?」

桜に問われてしまった。

「えっと・・・・・・」
「キリツグさまとは、貿易商である私の父が仕事の関係で懇意にしていただいていたと聞いています」

答えあぐねる私の代わりにキャスターが立て板に水といった感じで返答してくれる。
助かったと、胸をなでおろしたのもつかの間。

「父とキリツグさまは自分達の子供同士を結婚させようと約束していたそうで、私も日本に来るまでは白兎さまは男性だと思い込んでいたんです♪」

不必要なディテールを付け足して頬を染めたりしてくれるキャスター。
なんでさ。

「けれど私、白兎さまとなら性別を超えて許婚となってもなんて―――ポポッ」
「ちょ、ちょっとキャスター?」
「昨夜は同衾してしまいましたし、いっそこのまま禁じられた関係をも悪くないかと―――ポポポッ」

ヤバイ。
何かわからないけれど、何か危険が迫っていると本能が告げた。
生存本能の声に導かれるまま、この場から離脱しようとした瞬間。

「しろーのえっちっちいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「先輩の馬鹿あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

ステレオで発せられた怒声が鼓膜を突き破った。

「なによなんなのよ同衾って! おねぇちゃんは白兎をそんなふらちな同性愛者に育てた覚えはないわよぅ!!」
「そうです先輩っ! だいたい同性といっしょの布団で寝るような趣味があるなら、何で先に私に言ってくれないんですか!!」

再び胸倉をつかまれてグワッシグワッシと揺さぶられる。
脳味噌は攪拌されて意識は遠くに飛んでゆくし二人の声もよく聞こえない。なんか魂とかが口からはみ出してきそうだし。
先程と違うのは、桜の仲裁が望めない事だろう。なにせ二人そろって私の脳を攪拌してくれてやがるのだから。
ああもう。
なんだって、朝っぱらから、こんな目に――――――

 ◆◆◆

「―――ふぅ」

弓道部の朝練のために先に出た藤ねぇと桜を送り出してから、熱い緑茶を淹れて一休み。
混乱した二人に絞め落とされた後、なんとか蘇生した私への弾劾裁判はキャスターの「冗談ですわ」の一言で終わり事なきを得た。
同衾の事実については、急なことで黴臭くない布団が一枚も無かったためと言い訳。
幸い今日は晴天なので、急遽キャスターに家中の布団を干しておいてもらう事になった。
藤ねぇ達が出かけた後、なんであんな嘘をついたのかキャスターに聞いてみると「見ていてあまりに仲が良さそうだったので、からかってみたくなった」なんてサラリとご返答。
・・・・・・やっぱりこのヒト、魔女だ。

「さて、それじゃあそろそろ・・・・・・」
「聖杯についての情報収集、ですね」
「え? いや、学校に行こうかと」
「―――は?」

呆然とするキャスター。
呆然としつつ、その中に静かな怒りを含んだ顔だ、これは。
そう言えば昨日言ってなかったっけ。

「正気ですか白兎さま!?
聖杯戦争はまだ始まっていないとは言え、すでに半分以上のサーヴァントは召喚され、戦いを始めている者もいるのですよ?
その上この身は不本意ながら不完全で十二分にあなたを護衛できないと言うのに。
なんの用意も無い今状態で、不用意に出歩くのは自殺行為です!」

そう言ってキャスターはつめよってくる。
だけど急に学校を休んで、もし身近にマスターとやらが居たら疑われるだろうし、護衛できないと言うのなら何処に居ても同じだと・・・・・・
と、その時キャスターの言葉に聞き逃せない部分があると気がついた。

「キャスターが不完全って?」
「あっ―――」

再び呆然と、しかしその中に「失敗した」という感想を込めた顔になるキャスター。
うん。幾らかは彼女の感情を読み取れるようになってきたぞ。
そう思っている間にも、口元に手をやって幾分逡巡したあと、大きく溜息をついてキャスターは話し始めた。

「そうです。今の私は不完全・・・・・・正確には私と白兎さまの『契約』が不完全な状態にあります。
本来、サーヴァントは令呪と呼ばれる聖痕の持ち主をマスターとします。
それは聖杯に選ばれた者の徴ですから、この聖杯戦争を知る七人の魔術師にしか現れない。
その意味では、白兎さまは本来マスターたりえる方ではありません」
「ふむ・・・・・・」
「サーヴァントは言ってみれば魔力の塊。
にもかかわらず、現世で自ら魔力を生み出す事は出来ず、マスターとの繋がりを介して聖杯から補給するか、人間の魂、あるいは感情を捕食するしか魔力を補給する術がありません。
その上この身はキャスターのサーヴァント
十分な魔力無くして、戦闘に耐えうる魔術行使は望めない。
ゆえに、不完全なのです」
「魂を・・・・・・捕食!?」
「はい。昇華した人間霊である私達は第一に同じ人間の魂を、第二に人間の感情を魔力源とする事ができます・・・・・・が、白兎さま。貴女がそれを望まないのは判っていますし、私もマスターの意志に逆らって魂喰いになるつもりはありません」

そう言いながら私の両手をおし包むように握るキャスター。
偽りの無い真摯な瞳が私にじっと向けられて、不覚にもドギマギしてしまう。
キャスターは卑怯だ。
自分がどれだけ美人がわかっていてこーゆーコトをするのだから。

「その事は、信じて下さいますね?」
「あ、うん。キャスターを信じるから」
「ただ、発散された感情を集めるのは許容していただきたいのです」
「感情を集める? どうやって?」
「柳洞寺ほどを求めるべくも無いですが、この屋敷も街を流れる地脈の上に建っています。
三日ほどかかりますが、その間に流れを操作すれば新都の繁華街や歓楽街などで発散された感情を居ながらにして吸収できるようになるでしょう。
もっとも、そうして集められる魔力は数日かかって私の魔術一回分と言ったところですので、白兎さまには引き続き協力をお願いしなければならないのですが」

協力―――
つまりはアレという意味だ。
キャスターのアレは殆んどイジメの域に達しているので正直嫌なのだけど、それを言うともっと酷い目にあわせられる予感とか悪寒とかがするので黙ってうなずいた。

「わかったけど、だったら私にはマスターの印が無いって事だよね? だったら、やっぱり学校に行く事にする。悪いけど地脈の操作とかはキャスターだけで出来るかな?」
「・・・・・・・・・・・・そうですね。確かにその方が安全かもしれません。けれど十分注意して下さい。もし単独でサーヴァントに襲われれば、マスターが生き延びる目など無いのですから」
「了解・・・・・・あ、そう言えばキャスター、前のマスターを殺したサーヴァントってどんなヤツだったの?」

ふと聞きそびれていた問いを口にする。
なぜか口ごもるキャスターだったが、結局答えてくれた。

「紅い槍を持ったサーバントでした。
豹のような身のこなしの男で、ホテルの一室に居たマスターを倒すためにホテルの従業員一人を脅して侵入し、そのルームサービスをよそおったボーイ共々マスターを槍で突き殺すという暴挙に出た狂犬じみたサーヴァント。
あまりの手際に、私が何も出来ないうちにそのまま・・・・・・・・・」

つまり、そのランサーと思しきサーヴァントは、聖杯戦争などとは無関係な人間を巻き込んだという訳だ。
それは確かに暴挙としか言いようが無い。
しかし、槍使いでありながら狭い室内でそれだけの能力を発揮するとなると、その実力は英霊の名にふさわしいモノなのだろう。
凶暴にして有能。
それは確かに、襲われればひとたまりも無いかも知れない。

「判った、気をつける・・・・・・って、何に気をつけるべきなのかよく分からないけど」
「はぁ―――とりあえず、マスターらしい行動を避けていただくぐらいでしょうね」
「つまり普通に過ごしておけって事か・・・了解。じゃ、行ってくるね」
「お気をつけて―――」

そうして、キャスターに送り出されて、私は学校へと向かった。

 ◆◆◆

何事も無く授業は終わり、今日はアルバイトも休みだったので、私は市立図書館へと足を伸ばした。
地方都市としてはかなりの蔵書量を誇る深山図書館は10年前に新設された市役所のビルに併設されていて、面積や設備も充実している。
そこで借りたのは神話や英雄譚の本。
あまり難解ではない、中高生向けの本を選んでザッと目を通し、めぼしいものを借りられるだけ借りて、家に帰った。

 ◆◆◆

「で、槍使いのサーヴァントの事なんだけど」
「はい」

商店街で買ってきたタイ焼きを前に、キャスターと差し向かいで三時のおやつ。
テーブルの上には借りてきた本が高く積まれている。

「はっきりしているのは紅い槍って事だけなんだよね?」
「ええ。申し訳ありません」
「いや、それは良いんだけど・・・・・・まず調べて思い当たるのはアーサー王伝説にある聖槍ロンギヌスね。
その穂先からは常に血が滴っていたとも言われる槍。
だとしたら持ち主はローマ兵ロンギヌスか、かの漁夫王って事になるんだけど・・・・・・」
「今更聖杯を求めるとは思えませんわね・・・・・・それに、武術に優れると言う伝説もありませんし」

そう。ロンギヌスにしても漁夫王にしても、華々しい武勇とは無縁の人物だ。
しかも、彼等は正真正銘の聖杯を眼にしている。
たとえ英霊となっていたとしても、今更聖杯を手に入れるために召喚されるとは考えにくい。
更に言えば、わずかに伝わる人となりも、キャスターを襲ったサーヴァントと同一人物とは思いにくいのも事実だ。

「槍つながりで、ケルト神話のエクネ三神が手に入れた魔槍『屠殺者』があるね。
穂先が常に灼熱していて、水に漬けていないと都市を燃やし尽くしてしまうと言うペルシアの毒槍」
「うーん・・・・・・でもアレは、灼熱という感じではありませんでしたが・・・・・・」
「同じくケルト神話だと、もっと有名所の光神ルーのブリューナグがあったけど・・・・・・これは穂先が五本になっていると言う特徴的な投げ槍、もしくはスリングの弾丸なんで・・・」
「それは違いそうですねぇ」
「散文エッダ・・・・・・北欧神話の主神オーディンの槍グングニールも有名かな。
ただ、性格はともかく身のこなしや服装の面が一致しにくいんだよねぇ・・・・・・」
「確かに、あの蒼い槍兵の背格好は、魔術神オーディンとは思いにくい服装でした」
「インド叙事詩マハ・バーラタの槍使いカルナ王子とかヒンドゥーの破壊神シヴァの槍ピカナ、日本の槍使いだと黒田槍日本号や蜻蛉切、中国なら関羽の青竜刀や張飛の蛇矛、呂布の戟を初めとする中国の武具なんかは、外見で違うと判ると思うし」
「そうですね。あの槍兵はどう見ても西洋の英霊だと思います」
「で、北欧の神である盲目のホズが持ったミステルティン、ギリシャ神話の英雄・アキレウスの大槍、アイルランド神話のフィン・マックールが持った大地の力を帯びた槍、それからウルスター神話群のクーフーリンが所持する槍なんかが怪しいと思うんだけど」
「その中で真紅にそまっている槍はあるのですか?」
「まぁ血に染まらない武器なんてめったに無い・・・・・・けど、『常に』と言う伝承がわずかなりともあるのは、やっぱりゲイボルクかな?」

本をキャスターにわたす。
そこに書かれているゲイボルクの槍は海獣の骨から魔女が作った槍とされ、穂先が30に分かれて敵兵を襲うとか、足で投げる血染めの槍であると言った伝承が語られている。

「クーフーリン、ですか・・・・・・」
「うん。槍の使い手って言うのは、神話や叙事詩でもそう多くない。あくまで剣士に比べての話だけどね。その中で、真紅の槍を使う英雄となると、クーフーリンがかなり有力だと思う」
「そう・・・ですね」

伝説に残る戦士や騎士の手に握られる武具は、やはり剣が多い。
名の有る剣士に名のある剣。
だからこそ、剣の英雄セイバーこそがサーヴァント中最強と言われるのだろう。
多くの母数の中から選ばれる最良の一なのだから。
それに対して、槍を最も得意とする英雄はある程度限定されていて、例えば先程上がったフィン・マックールや光神ルー、シヴァ神などは槍も使うが剣や戦輪、弓矢などをもっと得意とするし、アキレウスやホズも名剣を持ち他の武装に身を固める勇者だった。
つまり、槍こそを本分とする英雄だけを選び出せば10指に満たず、しかもヨーロッパの神話・伝承の英雄からと限定すれば片手で数えられるくらいしか居ない。
その中から選び出したクーフーリンという説は、かなり可能性が高いと思える。

「ところで白兎さま?」
「なに?」
「私の事も、調べられたのですね?」

うっ・・・・・・やっぱりばれたか。
借りてきた本の中には当然ギリシャ神話も含まれている。
しかも「アルゴー船冒険記」なんてタイトルの本もしっかりあるのだから。
ただ、その内容を読んでなぜ自分の記憶があいまいだったかの理由がはっきりした。
腹が立ったからだ。
アルゴー船の英雄、イアソン。
英雄としての勇気や能力はどうだか知らない。王位を取り戻すため冒険船を建造して航海に乗り出すのは、それは英雄として実に正しい運命と挑戦心だろう。
だけど、それにしてもこの男はダメだ。
例えば竜の牙の試練において、牙から生み出された戦士が同士討ちをするのをじっと隠れて待ち、そして殆んどが倒れて全員が傷ついた後、やっと出てきて竜牙兵に襲い掛かったのだと言う。
まぁ兵法としては正しい。けれど英雄としてはどうなのだろうかと思うぞ。
しかもイアソンが金羊の皮を手に入れるために、彼の守護者である女神ヘラ、あるいはアテネーが、皮の持ち主であるコルキス王の娘・メディア・・・つまりキャスターに偽りの恋心を植え付け、その魔術で金羊の皮を守護する竜をメディアの魔術で眠らせてもらって盗難を成功させる。
闘えよ、英雄。
その上メディアはこのダメ男が逃げるために弟を殺し、ダメ男を王位につかせるために王を暗殺した。ついでに言えば件の竜牙兵の倒し方を助言したのもメディアで、暗殺されかけたダメ男を助けたりもした。
そこまでしてそのダメ男は追放された果てにたどり着いた国で、そこの王女と結婚するからとメディアを魔女と罵って捨てたのである。
そのさまは、まるで出世のために社長の娘と結婚するからと付き合っていたOLに別れを告げるエセエリートの如し。
いやはや、そりゃキャスターもキレるって。
まぁその後、結婚式の参列者をイアソン以外皆殺しにしたと言うのはやりすぎと思うけど。
はっきり言って、私は正義の味方志願者としてダメ男イアソンを『英雄』と認めたくない。
だから多分、神話自体をあまり覚えて無かったのだと思う。

「えっとね、キャスター」
「・・・・・・はい?」

うわ、怒ってる。
オンナの過去は詮索するモンじゃないわよ〜と、なぜか胴着姿の藤ねぇとナゾの銀髪のちびっ子がイイ笑顔で忠告してくれる幻影まで見えたデスよ?
いや、顔は笑っているのだ、顔は。
ただし、その視線だけは人が殺せるぐらいの凶相を示しているので、なまじ絶世の美女だけに普通に怒られるよりも数倍の怖さがある。
そりゃもう、ワタシの本能がニゲロニゲロドアヲアケローと絶叫するぐらいに。

でも、これだけは言っておかないと。

「幸せになろう。絶対。裏切られた分だけ、裏切ったヤツなんかに負けないように幸せになろうよ」

ふっと、怒りの気配が収まった。
一瞬あっけにとられた後、とても綺麗な微笑を見せてくれるキャスター。

「・・・・・・はい、白兎さま」

こんな笑顔を、これから何度も見せてくれるように、頑張って彼女を守らないと。などと、まるで新婚夫婦の夫か何かのように、そう決意するのだった。

 ◆◆◆

カチャカチャと食器の音を立てて、女四人の楽しい夕餉。
今日図書館でナナメ読みした本にギリシャの人は魚介類が好きとあったので、メインのおかずはブイヤベース。
土鍋で。
・・・・・・・・・・・・良いんだい。ブイヤベースは西洋の寄せ鍋なのだー。
幸い藤ねぇにも桜にも好評で、藤ねぇなど何処から持って来たのか白ワインを開けて、上機嫌でキャスターにも勧めたりしている。

「わっわっ、手長エビおいしー♪ ワインにも良く合うわぁ、コレ」

ま、あの量ならトラも暴れだしたりしないだろうし、楽しく呑んでもらうのが良い。
桜にも勧めているあたり教育者としてどーよと思うが、意外に桜も呑みなれているようだから無粋は言うまい。
先程から魚の頭を解体しつつチビチビと呑んでいる割に顔色が変わらないのだから。
一方、キャスターはほんのりと頬を染めていた。
これまた今日読んだ本に書いてあった記述によれば、古代ヨーロッパではワインを水で割って飲む場合もあったそうで、そこから推測するにキャスターはあまりお酒に強くないのかも知れない。

「鍋はやっぱり、大人数でつつくのが良いねぇ」
「そうですね、先輩」

皆が上機嫌だと私も嬉しくなってくる。
微笑みながらカリカリとガーリックトーストを齧っていると、ふとキャスターの視線に気がついた。

「どうしたの、キャスター?」
「いえその・・・・・・昨日から気になっていた事なのですが、お聞きしても良いですか?」
「何?」
「その、どうして年上の桜さんが白兎さまの事を『先輩』と呼ぶのか不思議で。習い事か何かの御関係なのでしょうか?」

首をかしげて聞いてくるキャスター。
・・・・・・いや、まぁ、中学生にしか見えないって時々言われるけど。
ここまで悪意なく言われるのは、逆にキツイってゆーか・・・・・・
ふと藤ねぇの方を見れば、我慢できないとでも言う様に口が波線になっている。
で、そのまま。

「ぶわっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!! 言われちゃったねぇ、しろー」

爆笑してくれました。
つーか笑いすぎ。

「黙れタイガー」
「む、しろー横暴。でも許してあげる。だってしろーはまだちっちゃいからねぇ♪」
「うわ、虎のくせにもってまわった嫌味!!」
「ああ〜〜お腹痛い。キャスターさん、グッジョブ!」

キョトンとしているキャスターに親指を立ててイイ笑顔をする虎。
その隣では桜が必死に笑いをこらえている。

「はぁ・・・いいよー桜、笑っても。
えっとねキャスター、一応、私の方が桜より一歳年上なの。
そりゃ弓道部の先輩でもあったけど、ちゃんと学校の先輩なんだから」
「えっ? えっ? 年上? 白兎さまが桜さんより?」

うあ、更に傷つく追い討ち。
なんか涙出てきたし。

「だから、私は穂群原学園二年生で、桜は一年だから私が先輩なの! 証人はここにいる不良担任教師藤村大河さん!」
「あはははははははははははははははははははははははははしろーおかしー。必死になってー! おなかいたーい」
「えっ? 教師なんですか、こんな無茶な方が?」
「んなんデスとー!!」

怒りと共に立ち上がるタイガー。
ああ、わかった。キャスターは酔っ払ってる。

「ああ、すみません大河さん、つい」
「私をタイガーと呼ぶなあぁぁぁぁ!!」

当然藤ねぇも酔っていた。
吹き荒れる酔っ払いストームで、食卓は阿鼻叫喚の地獄と化す。
で、その嵐の中で桜の姿を探すと。

「うっ・・・クスクス・・・・・・ぷっ・・・・・・クスクスクスクス・・・・・・・・・」

なにやらツボに入ったのか、まだ笑いを堪えているようだった。
いや・・・・・・・・・ひょっとして桜も酔ってる?

「そうですわね。しっちゃかめっちゃかで大虎でも教員免許を持っていれば教師は教師」
「大虎って言うなあぁぁ!! って言うかメチャクチャ失礼だぞー!!」
「・・・うっぷ・・・クスクスクスクスクスクス・・・くくっ・・・・・・うふふふふふふふ」

ああ、誰か助けて。

 ◆◆◆

夕食を終え、酔いつぶれた藤ねぇと桜を送って帰った後、キャスターによる魔術講座が始まった。
場所は離れの一室、普段は使わない客間の一つだ。
衛宮邸は元々広い家で、増設された離れは二階建ての旅館かペンションのような造りになっていて、和室洋室合わせて10を越える客間が存在していた。
そんなに部屋があってどうするのか、唯一の住人である私にも不明なのだが、流石に使っていない部屋を毎日掃除するはずも無く、昨日まではただただ埃を積もらせていくだけであった。
が、今は地脈操作の合間にキャスターが布団を干して掃除までしてくれたので部屋はピカピカになっている。
そのピカピカ具合は、キャスターが意外と家庭的だと言う事を証明していて、その事実は桜や藤ねぇ、それに私を少し驚かせるに足るものであった。
いや、たいがい失礼な言い草なのだけど。

藤ねぇ達にはここにキャスターが宿泊する事になっている部屋だが、その実態は魔術師としてのキャスターの簡易工房のようなもので、今日買ってきたらしい実験器具じみたものが机の上に並べられている。
幾つもの怪しげな薬品が並ぶ中、キャスターはフラスコでコーヒーを煮出していた。
沸騰したそれをやっとこで掴んでろ紙で漉す。
なんだか化学実験にも見える入れ方だが、その苦くなりそうなコーヒーに練乳を加えるという、トルコ風なんだかベトナム風なんだかギリシャ風なんだかよくわからない作り方をしているようだった。
用意されたクッションに腰を下ろすと、そのコーヒーが差し出される。

「ドーゾウサ」
「あ、どうも・・・・・・って、ウサ?」

見ればおぼんを手にしたウサギのぬいぐるみ。
タキシードを着せられたソレは、礼儀正しく腰を折って一礼すると、もう一杯のコーヒーをもってキャスターに手渡した。

「ウサ・・・・・・昨日のアレ?」
「はい。かわいいでしょう?」

・・・・・・いや、良いんだけど。
とりあえず藤ねぇと桜に見つからないようにして下さい。
まぁ見つかっても、藤ねぇとかなら平気で受け入れそうではある。
ホテホテと歩くウサギのぬいぐるみがビーカーの薬品を温めているアルコールランプの火を調節したり、調合する粉薬の分量を一生懸命量っている姿は、文句なしに可愛いし。
この部屋から出なければ問題も無いだろうと。
そんな風に思いながらコーヒーを飲み干すと、キャスター先生による魔術教室が始まるのだった。

 ◆◆◆

「ぐっ・・・・・・くうぅぅぅぅ・・・・・・」

で、魔術教室が始まったとたんにこの体たらくである。
全身の魔術回路が軋みをあげ、身体の内部から火傷を負ったように絶え間無い痛みが襲ってくる。

「はっ・・・・・・ぐ・・・・・・ぎっ・・・・・・」

毛細血管がちぎれたのか、あちこちで内出血をしているのが感じられ、吐き気を押さえようと口に手をやって、初めて自分が吐血していることに気がつく。

「白兎さま、早くこれを!!」

キャスターが矢継ぎ早に渡してくる薬品を飲み干し、やっと身体が大人しくなったのは15分ほどのたうち回った後の事だった。

原因は私のおこなった投影。
最初、いくつかの道具や呪具などを投影しようとして失敗し、どうやら私の投影は剣を初めとする武器、それに次いで盾や鎧といった防具に特化した限定的なものだと判明するのにわずか10分。
昨日見てきた大弓や長刀などを投影して見せて、さてこの魔術をどう有効利用しようかと頭を抱えるキャスターの姿を見ながら、ふと思いついたのが15分前。
キャスターと出逢った最初の日、彼女が持っていたナイフを投影してみた途端、魔術回路からの反動で死ぬかと思うぐらいのダメージを受けてしまったのである。

「――――――」

その投影したナイフを手に、殺気を漂わせて思案顔のキャスター。
いや、その表情は理解できる。
あのナイフはルール・ブレイカー。あらゆる魔術を解呪できるというキャスターの宝具。
その情報は、投影を行っている工程で理解できた。
宝具などという物は、人間の手で作ることが出来る性質の道具ではない。
当然だ。それは固体化された神秘であり、人間の幻想を骨子として具現化した尊き祈りそのもの、ノウブル・ファンタズムなのだから。
時間と労力、それに莫大な資金と魔術をかければ制作可能なのだろうが(もし不可能なら、私は魔法使いと言う事になってしまう)、こんな一瞬で模造できるはず、本来有りはしないのだ。
しかも問題はそれだけではない。
真に問題なのはナイフに内包されている魔力が大きすぎると言う事だろう。
だからこそ、そんなモノを投影した私の魔術回路が耐え切れなかったし、それ以前に、私が持っている魔力よりナイフの持っている魔力量が遥かに多いと言う矛盾した現象が起こっている。
つまり私は、投影できないはずの道具を、投影できるはずも無い魔力量を保有させたまま、投影してしまったわけなのだ。
等価交換を原則とする魔術の正道から言えば異常極まりないことだと、それは私にすらわかる事実。
我ながら、確かに普通ではない。


かいがいしく口元の血を濡れタオルで拭ったり、着替えのパジャマを持って来たりしてくれるシロウサくん。
なかなか優秀な使い魔のようだ。
そうして、私の状態が落ち着いたのを確認すると、キャスターはなにやら魔術を使い始めた。
ベッドに寝かされたままで見ていると、ふところから取り出した動物の牙のようなもの・・・・・・あれこそ、カドモス王が倒した竜の牙とかいう物だろうか? それを一つ、地面に転がして聞きなれない呪文を唱えると、牙は骸骨のような兵士になって立ち上がる。
そのままストンと、ルール・ブレイカーを竜牙兵に突き立てるキャスター。

「『破戒すべき全ての符』よ!!」

開放される真名。
その途端、竜牙兵は元の牙へと戻り、ルール・ブレイカーは砕けて消えてしまう。

「あ、もったいない」
「・・・・・・確かにそうですけれど、とりあえず特性は理解できましたわ。
白兎さまはそれが剣ならば幻想すら複製できる。
ただし、その幻想は内包した魔力を使い果たせば消えてしまう・・・・・・と、言うところですね」
「む。流石に完全には無理かぁ」

そう言うと、キャスターは頭が痛いとでも言いたげに額に手をやる。

「本来、宝具を投影する時点で無理な事です。
いえ、それ以前に、投影した物がずっと残っているのも無茶な話。
この上宝具まで完全に作られたら、いくら大事なマスターとは言え解剖して脳味噌を調べている所ですわ・・・・・・いいえ、もし貴女が白兎さまでなければ、昨日の投影をして見せた時点でバラして専用の魔杖にしていますとも!」

とんでもなく怖い事を言ってくれるキャスター。
バラされるのも解剖されるのも御免こうむりたい。
にもかかわらず『大切なマスター』とか言う言葉だけで嬉しくなってしまっている自分は、わりとお人好しなのかもしれない。

「何をにやけているんですか、白兎さま?」
「いや、その、キャスターに大事に思われてて嬉しいなって」

素直に思ったことを自白する。
するとなぜか、真っ赤になるキャスター。
そのままじっとこちらを見つめていたかと思うと。

「はぁ―――そんな事を言われたら、また襲いたくなってしまうではありませんか」

なんて言ってくれた。

「なっなっなっなっ、ナンですソレはっ!?」
「冗談です。
いくらなんでも病人を組み敷くほど外道では無いつもりですから。
それより今日はもう休んで下さいマスター。
あ、明日の朝食は私が用意しますから、マスターはとにかく身体を休めて、魔術回路を回復させることに専念するんですよ?」

怯える私に布団をかぶせると、キャスターは人差し指を立てて「メッ」とか言う様に言い聞かせてくる。
その様はまるで「お母さん」みたいで、素直にうなずく他には出来なくなってしまった。

「了解。じゃあ、おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」

にっこりと微笑むキャスターの笑顔を最後に、休息を求める体に引き込まれるように意識は眠りに落ちる。
多分、さっき飲んだ薬に睡眠薬の類も入っていたのだろう。
次の日、キャスターの部屋で眠ったことを知られて藤ねぇと桜にまたも絞殺されかけるのだけど、この夜はただ安らかな気持ちで眠ることが出来たのだった。

 ◆◆◆

5: ハウス (2004/04/07 20:52:39)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

 ◆◆◆

―――1月29日―――

雨が降る。
赤い地獄に降った雨が、燃え盛る炎もくすぶる黒煙も消し去ってくれる。
その中で。
立ち上がる気力も力も無く。
起き上がる意味も自我も持てず。
けれど何かを求めるように天に向けて伸ばした腕すら、ついに力を失って崩れ落ちる寸前。
つよく。
つよくその手を掴んでくれた誰かに、私は救い出された。


そして私は、白い部屋で目を覚ます。
白いベッドに寝かされた、白い包帯に全身を巻かれた私は、周囲に居る他の子供と同じであの大火災から一命を取り留めたものの、帰るべき家も守ってくれる両親も失った憐れな子供の一人なのだと、否応無く理解させられた。
しかも、私はその上に自分の家族や自分自身についての記憶すら忘れてしまっていて、唯一覚えていたのは・・・・・・シロウ・・・・・・私の、死んでしまった、多分双子の兄だった、顔も思い出せない人物の名前の響きだけ。

「シロウか・・・・・・うーん、それはちょっと、女の子向けの名前じゃ無いなぁ」

そう言ったのは、身寄りの無い私を引き取ると言ってくれた自称魔法使いと言うオジサンだ。
だけど、私にはその名前しか無かった。
私の脳味噌の中には自分の名前のカケラすら残って居なかったから。
私を知るであろう人々は全てあの炎に飲まれてしまっていたし、戸籍すらも役所ごと炎の中に消えてしまったのだから。

「じゃあ・・・・・・そうだ白い兎と書いて白兎、これでどうかな? なかなか女の子らしいと思うんだけど」

そう言って、この上なく胡散臭いのにこの上なく優しい笑顔で笑った、私の養父。
その瞬間から、私は、衛宮白兎になったのである。
・・・・・・思えば、あの頃何一つ自分という物を持っていなかった私は、全てを切嗣から与えられていたと思う。
名前も、家族も、存在意義も、命も。

本当は覚えていた。
あの地獄の中。
誰もが助けを望んで、誰もが助けられなかった地獄の中。
ただ切嗣だけが、最後の力で天に向かって伸ばしていた私の手を掴んでくれたのだと。

 ◆◆◆

長く寝すぎて頭が痛い。
元々、8時間も眠ると頭痛がする体質なのである。
随分昔の、切嗣と出会ったあの頃を夢に見たりしたのも、眠りすぎた影響かもしれない。

「えっと・・・・・・」

時計を見れば既に午後1時。
いくら全身の魔術回路が痛いからといってもやっぱり寝すぎだと思う。

「―――よし、身体は動く」

朝、藤ねぇと桜が来た時には、自分の身体が錆び付いたブリキの人形のように感じたものだったが、どうやら普通の状態に戻ったようだ。
二人には二日酔いと風邪が一気に来たと言い訳しておいたが、その十倍ぐらい頭はガンガンするは神経は悲鳴をあげるはのヒドイ状態だった。
キャスターいわく、投影した宝具のランクが低めの物だからこれぐらいで済んだと言う事で、下手をすれば一生廃人になってもおかしくは無いとの事。
ゾッとしない話である。
そのキャスターはもう少し投影しやすい魔術武器を作ってくれると言う事で、材料の仕入れがてら今日も地脈の操作に出かけている。
その前に良いと言うまでは一切の魔術使用禁止とクギを刺して行ってくれたのだけど。

二度寝したのが9時からなので、もう4時間ほど経っている計算だ。
ふむ・・・・・・流石にこれ以上寝続けるのは逆に辛い。
何かしようと考えて、ふと『キャスター、ホットケーキなんかは好きだろうか?』と思いつき、商店街へ出かけることに決めた。
ついでに、今晩は食事もフンパツするのも良いだろう。

シャワーを浴びて着替えを済まし、一路商店街へ。
マウント深山商店街と言う微妙な名前の商店街は、衛宮家の大切な生命線である。
日用品、特に食品関係はほぼここで揃うのでわざわざ遠い新都に行く必要が無いのが嬉しい。
ホットケーキミックスと生クリーム、桃缶に苺にバニラアイス、ついでに夕食と明日の朝食の分の食材まで買って、家路に向かおうとした。
しかし・・・・・・病み上がりだと言うのに量が多すぎたようで、突然の目眩にふらついて通りがかりの人にぶつかってしまった。

「ひゃっ!!」
「むっ!?」

ぶつかっても微動だにしないその人のおかげで転ばずにすんだものの、外人さんと思しき金髪の青年は不快気に眉を寄せている。
ついでに口の中で「下郎めが」とか呟いたよーな気も。
うう・・・・・・どう見ても怒ってらっしゃる。

「すっ、すみません! ごめんなさい! 足元不注意でしたっ!! えっと、ソーリー。とってもソーリー・・・・・・じゃなくて、えーっと、英語で『とても』は・・・・・・その、ベリーソーリー・・・・・・あれ?」

ペコペコと全力で頭を下げる。
間違いなく非があるのは私だし、そりゃもう全身全霊で謝った。
外人さんのようなので英語でも謝ろうとしたのだけど、混乱して正しい英語になっていない気がする。
タスケテ藤ねぇ!!<現役英語教師

「ふん・・・・・・なかなか見事な謝りっぷりだな。良い、無礼のかどは不問にしてやろう」

あ、日本語通じた。
それはともかく、やたら尊大な調子であるが許してくれたようなのでホッと胸をなでおろした。

「ありがとうございます。あ、コレはせめてものお詫びに」

そう言って買い物袋からアイスを一つ取り出して、木のスプーンと一緒に手渡した。
と、その時。
神父さんらしき服装の長身の男性が、道の向こうから外人さんを呼ぶ。

「どうしたギルガメッシュ。帰るぞ」
「ああ、今行く・・・・・・この貢物はもらってやろう。光栄に思え」

ギルガメッシュと言うらしいその外人さんは、神父さんの後を追って去っていった。
なかなか味のある人だったが、商店街にどんな用だったのだろうか。
ふと、あの尊大な様子で「店主、豆腐二丁と厚揚げ一つを買ってやろう。光栄に思え」とか言っている姿を想像し。
やはり似合わないなと、失礼な感想をもってしまった。

 ◆◆◆

「ふむ。悪くはないな」

道をあるきつつ、ギルガメッシュは先程見ず知らずの女にわたされた氷菓子を食べていた。
数歩先を歩くのは黒衣の聖職者。
もっとも、聖職者など外面のみで、その内面は聖なる者とは最も遠いのだと、ギルガメッシュは知っていた。
その性質、性格、求めるもの、能力。
どれもいびつで、ゆがみ、そして異形であったが、しかしギルガメッシュにとっては『面白い性質』程度の問題だった。

ただ唯一、ギルガメッシュにとって問題がある彼の異常。
それは味覚に関しての事だ。
神父は最低で週に二度、先程の商店街の中華料理屋に足を向ける。
しかも時折ギルガメッシュを連れて。
その店の料理は、揃いも揃ってトウガラシと豆板醤にまみれていると言うのに。
中でも神父が好んで食す麻婆豆腐など、赤い悪魔とでも称せるようなシロモノだと言うのに。
だからと言って王たる者が「辛くて食べられません」などとは言えなかったが、正直料理の辛さに辟易していたギルガメッシュの舌にこの氷菓子の甘さは心地よかった。
そのせいか、普段は覚える事など無いこの時代の雑種にしか過ぎない女の顔が思い出される。
メガネをかけた、どこか小動物的な顔。
家事のためか、いくらか荒れた手指。
あの見事な謝罪っぷりといい、良い召使いになりそうな女だった。
それに、造作もなかなかに整っていた気もする。

「名前ぐらいは、聞いておいてやっても良かったか?」

彼らしくも無い事を一人ごちつつ、ギルガメッシュは棲家である新都の教会へと歩いて行った。

 ◆◆◆

ホットケーキに生クリームとフルーツを添えて。
メープルシロップは控えめに。
ほんの少しだけ、ココアパウダーで飾りつけ。
最後に、熱いうちに冷たいアイスを乗っけて召し上がれ。

「あ、美味しいです、白兎さま」
「うわあぁん、美味しいよぅ白兎〜、おねぇちゃん感激ぃ」
「ううっ・・・先輩ひどいです。これじゃあ今晩怖くて体重計に乗れません」

ホカホカのホットケーキは幸せの味がするのだ。
桜なんかは泣きながら笑うという器用な表情でフルーツ抜きのホットケーキを食べている。
まぁ確かに、甘味は食べ過ぎると後が怖いからねぇ。
かく言う私は食べてもあまり身に付かない体質なのだけど。

時刻は既に4時前。
おやつには少し遅いけれど、このメンバーなら夕食に響くと言う事も無さそうだ。
もっとも、ますます体重計の恐怖は増すだろうけど。

「ふっふっふっ、桜、今晩は美味しいおでんを用意しているので覚悟しておくべし」
「うっ!?」
「しかもガンモドキとさつま揚げ、巾着は自家製で、特に巾着はモチと肉と山菜の三種類を用意してみたり♪」
「ううっ!?」
「わーい、おねぇちゃん大感激だよぅ」

苦悩する桜と喜ぶ藤ねぇ。
見ていてナカナカ面白い。
朝方ヘロヘロだった私を心配して早めに帰ってきてくれた二人にできるせめてもの恩返しが夕食なので、きょうは時間も十分あったし気合をいれたのだが、さて、桜にとっては複雑だったようである。
ちなみに、藤ねぇの代わりに弓道部を監督してくれているのは葛木先生らしい。
藤ねぇの性格から予想して、きっと強引に押し付けてきたのだと思われる。
・・・・・・一成くんも心配してくれていたと言うし、明日二人にはお弁当でも差し入れするべきだろうか。

 ◆◆◆

夕食までの時間、キャスターに魔術回路の調子をみてもらって薬の処方をしてもらったり、掃除をしてくれる桜の手伝いをしたりして過ごした。
あれこれこまごました用事をしているとあっという間に日も沈み、圧力鍋で放置していた具材にもしっかりダシが滲みてきて良い頃合だ。

「ぬったあえ〜〜、ぬったあえ〜〜♪」
「適当に混ぜたら、人数分の小皿に分けてね〜」
「はいは〜い♪」

ゴキゲンな様子でカラシ酢味噌とワケギとハマグリその他の入ったすり鉢をグリグリ回す藤ねぇに声を掛けると、これまたゴキゲンな返事が返る。
藤ねぇが作業をしている間に、別のナベで煮ていた大根を他と一緒に土鍋に移してテーブルに運ぶ。
既にキャスターが鍋敷きと取り皿を用意してくれているし、ごはんは桜がよそってくれたので準備はすぐにととのった。
ちなみに、藤ねぇが熱燗を所望したが今日はアルコール禁止。
昨日の二の舞はゴメンこうむる。

「それではぁ、いただきまーす」
「「「いただきます」」」

カチャカチャと響く箸の音。
めいめいが好きな物を取れるのがこういった料理の良いところだ。
私も好物ばかりを皿にとって早速一口。
・・・・・・うん。ジャガイモはしっとり、牛スジもホロホロで、我ながら良い出来だと思う。

「わっ、やっぱり先輩のがんもどき美味しい。今度作り方教えて下さいね」
「じゃあ今度メインのおかずになるような大きいのを作ってあんかけにでもしようか」
「いいですねー、お願いします」

どうやら桜も諦めて普通に食べる事にした模様。
キャスターは上品な味付けの物が好みなようで、大根と湯葉巻きつくねを上品に食べている。
と、見ているうちに新たに皿に取ったのはクシに刺したタコ。

「あれ、キャスターさんタコ大丈夫なんだ?」
「えっ? ええ、おいしいですけど?」

藤ねぇに聞かれて首をかしげているキャスター。

「ああ、そう言えば欧米の人はデビルフィッシュって嫌がるとか何とか・・・・・・」
「でも、ギリシャの人は普通に食べるって聞きましたよ、先輩」

ふーん。それは知らなかった。
今後のためにも、後でキャスターの好き嫌いは聞いておくべきだろうか。

「白兎おかわりー! 大盛りでー!!」
「了解ー」
「あの、すみません、私も・・・・・・」
「ん。桜も大盛りで」
「そんなっ・・・・・・私は、そんなに大食いじゃ「白兎さま、申し訳ありませんが私にもおかわりを」
「はいはーい、順番にねー」
「ナニこれー? おでんにトマトが入ってるよぅ!? って、トマトおいしー!」
「あ、さつま揚げも美味しいです、白兎さま」
「・・・・・・うう、先輩のごはんが美味しいのがいけないんですっ!!」

少なくともこんな喧騒の最中には聞いている暇も無いけれど。
それにしても今日もテンション高いなぁ、藤ねぇ。
・・・・・・・・・・・・とか思っていたら、いつの間にか持ち込んでいた一升瓶を既に半分ぐらい開けてやがった。
そして当然、大トラさま降臨。

「むきょー!! 桜ちゃん、その大根とちくわぶとガンモはわたしんだーい!!」
「きゃーあ、藤村先生落ち着いてくださいー」
「コラ藤ねぇ、桜を襲うんじゃありません!!」
「じゃあしろーを襲っちゃうのだー♪」
「うきゃあぁぁぁぁ!?」
「ああっ、白兎さまっ!?」

二日続きで阿鼻叫喚。
そんなこんなで夕食も終わる。
ガチャガチャ騒ぎつつ、炊飯器が空になるほど健啖っぷりを見せてくれた三人。
料理人冥利に尽きるけど、今日は五合も炊いたはずだったんだけどなぁ・・・・・・

 ◆◆◆

戦いすんで日が暮れて。
いや、夕食だからとうに日は暮れていたのだけれど。
ともかく、藤ねぇと桜はお風呂に入たり、まったりみかんを食べたりしてから帰宅した。
家に残っているのは私とキャスターの二人。
これからが、私達の聖杯戦争の時間。

「白兎さま、まずはこれを」

そう言ってキャスターが手渡してくれる幾つもの武器。
キャスターのクラスは自分の領地を魔術的な要塞『神殿』にする『陣地作成』と、魔力を帯びた器具を作成する『道具作成』という能力を許される。
その神殿を使って集めた魔力を利用して今日一日で作ってくれた私のための武器が、目の前に並べられた剣二本と盾、そして弓矢の三つ。

「この武器はそれぞれが五大の象徴になっています。剣は地と風、盾は水、弓が空で矢は炎」

『同調』する事で受け取った武器の本質を理解していく。
丁度私の肘から指先までと同じ長さでしつらえられた肉厚の剣は、一本がひたすら頑丈さを高めた『地』の剣で、もう一本は魔力を通せば羽の様に軽くなる『風』の剣。
双子のように良く似た、精緻な装飾と魔術文字が施された剣は長さ三握ほどの柄をそなえている。
非力な女の身で力いっぱい打ち合うためには、両手で振るうのが良いというキャスターの判断だろう。
ただ、だからと言って片手で使えない訳でもなく、その気になれば二刀流でも盾との併用でも可能なバランスに仕上がっていた。
一方、盾の方は癒しを意味する『水』の魔力を有しているようで、込められた儀式魔術並みの魔力がいざと言うときに防御と回復に力を貸してくれる作りになっていた。
形状はいわゆるバックラーで、小型でとりまわしに優れた円形盾。
銀色に仕上げられた表面には様々な幻想生物が象嵌されている。
最後に出された弓矢は、押入れに片付けてあった私の和弓を改造したもののようだ。
『空』である弓の方は強化の魔術をかけられたような状態で、無色の魔力を消費して矢の威力を増すような作りになっている。
それ以上に作り変えられたのは矢の方で、びっしりと表面を覆う呪文は、魔力を通して放つ事で『炎』を発するように出来ているのだと判った。

「うわぁ凄い・・・・・・よくこんなモノを一日で作れたねぇ」

原型はどうやら私が昨夜投影した武器類で、それに『変化』の魔術で自前のアミュレットを組み込んで作ってくれたらしい。
普通にこれだけの魔術武器を作ろうと思ったら月単位で時間が掛かるだろうにわずか一日で完成するあたり、サーヴァントとしてのクラス特性があるとは言え、キャスターの魔術師としての技量の高さが良く分かる。

「失礼ながら白兎さま、この程度の魔術武器、私にとっては・・・・・・そしてほとんどの英霊にとっては、オモチャ同然の道具に過ぎません」
「そ、そうなんだ・・・・・・じゃあ、コレの意味ってあんまり無い?」
「ですから、これは白兎さまに投影の練習をしていただくためのサンプルでしかありません。これを使って少しずつ、より強力な武器を投影できるように魔術回路を馴らしていくのです」

なるほど。
良くみれば剣と盾、そして弓にも『魔力を蓄積する機構』が用意されている。
まだ容量の一割も満ちていないそこに毎日魔力を溜めていき、それを何度も投影していけば私の魔術回路も慣れてきて、投影もスムーズに上達すると言う訳だ。
で、実際に投影してみると・・・・・・

「――――――えっと」
「――――――はぁ」

出来上がった投影は、魔力が満杯の状態になっていたり。

「まったく、滅茶苦茶な投影ですね。ですが、これは予想してしかるべきでした・・・・・・貴女の投影は、その武器が完全な状態を想定して模倣する。英霊の宝具すら魔力が満たされた状態で作られるのだから、この程度の魔力容量は満たしていて当然でしたね」

とは言え、これでキャスターがせっかく考えてくれた特訓メニューが瓦解してしまった事になる。
ついでに言えば、私の方も予定外の魔力量に少し負担が掛かったようで、昨日とは比べるべくもないけれど、少しだけ魔術回路にピリピリと違和感を覚えた・・・・・・と、キャスターに告げると。

「では今夜はここまでです。特訓はもう一度メニューを考えて、明日からにしましょう」

そう言って、お茶の用意を始めてくれた。
ホテホテとシロウサくんが走り回り、昨日と同じ煮出したコーヒーが用意される。
二度目になる甘くて苦いコーヒーは、早くも私のお気に入りになってた。

「・・・・・・おいし」

呟く私に向かって、何も言わずににっこりと微笑むキャスター。
こういう時の彼女の笑みは、とても優しくて心が落ち着く。
と、その時。突然キャスターの表情が緊迫したものに変わった。

「どうしたの、キャスター?」
「サーバントの反応が・・・・・・新都の方に現れました」
「!?」

驚いて聞いてみるとキャスターは今日、地脈の流れを利用して感情のエネルギーを収集するシステムを冬木市の一部に張り巡らせたのだが、その網に巨大な魔力の反応が検知されたのだと言う。
サーバントと言うのは活動するだけで多大な魔力を消費する、いわば魔力のカタマリ。
つまり、システムにひっかかった魔力の反応とは、十中八九サーヴァントに違いないと言う訳である。

「それで、どうしますか、マスター?」
「行く。行ってから考えるしか、私には無いと思うから」

能力も判断材料も、私には少なすぎるから。
シロウサくんが先んじて用意してくれていたリュックサックに、投影したばかりの剣と盾と矢を押し込み、片手に弓を引っつかんで、私は霊体化して姿を消したキャスターと共に夜の街に走り出した。

 ◆◆◆

「はぁ―――キャスターに盾を創ってもらってて助かったぁ」

居間でお茶を淹れ、ふにゃりと机につっぷして大きな溜息をついた。
結局、自転車で急いで新都の路地裏に駆け込んでもすでに30分以上が経過していて、当然サーヴァントの姿などあるはずがなく。
そこで見つけたのは血液と生命力を吸われたらしい女性が一人倒れている姿。
早速盾を押し付けるようにして治癒力を発動させ、なんとか事なきを得、私達は救急車を呼んでその場を後にした。
ちなみに、魔力を使い切った盾は砕けて消えてしまった。私にとってアレは、『魔力が込められた道具』だったので、その魔力を失った以上幻想として存在を続けられなくなったのだろう。
盾などはまた投影すれば良いだけの事だったが、夜中に大慌てで駆け出しての収穫と言えば、一人の女性を助けることが出来たと言う事と、夜の街で吸血行為を行っているサーヴァントが居ると言う事実だけだと言うのは少々気が重い。
この調子で後手にばかり回っても、多分敵のサーヴァントは見つかるまい。

「明日からは、夜回りでもするべきだよねぇ」
「それはみすみす御自分がマスターだと喧伝するような行為ですよ?」
「あー・・・・・・その方が良いや。『誰か』より『私』を狙ってくれる方が、手っ取り早いし精神衛生上も良いし」

私が知らない所で犠牲が広がっていくなんて状況は、正直ゾッとしないハナシだ。
だったらこの命を的にして、敵をおびき寄せる方がずっと楽だろう。

「――――――」

呆れた様子のキャスター。
もちろん、それをするには実力が足りないのは自覚している。
おびき寄せたつもりの敵に、まんまと倒されるのがオチだと言いたげなキャスターの視線に、反論すべき言葉を私は持っていない。
けれど、正義の味方を目指した衛宮白兎にとって、それ以外の選択肢なんて存在しないのだから仕方無いではないか。

「――――――まぁ、もう何も言いませんが」
「うん。ゴメンね」
「高確率で戦闘になる以上、私の魔力も今まで以上に補給させていただきませんと」
「・・・・・・イヤ、今まで以上は流石に無理とゆーか、私が死ぬとゆーか」

そっと身を寄せてくるキャスターから仰け反るにして離れる。
が、それが災いしてそのまま後ろに転げてしまった。
覆いかぶさってくる華奢な身体。
サラサラの紫髪から覗くのは、ほそい首筋にくっきりとした鎖骨。普段は幻影で隠しているエルフ耳
女らしい二つのふくらみが私の胸に押し付けられた。
瞬間、カッと頭に血が昇り、キャスターにつけられた股間のアレが急速に存在を主張し始める。

「お嫌、ですか?」
「・・・・・・嫌な訳無いでしょ」

攻めの時はイケイケなのに、一転して不安そうなキャスターの髪を梳きながら答える。
サラサラの髪は指に絡みつく事無く、流れるように指が通り抜けた。
そのままなだらかな背中を撫でながらキス。
激しく深いキスではなく、ただ唇を重ねるだけの、小鳥がついばむような口付け。
たったそれだけの行為で、首筋まで桜色に染めて、伝わってくる鼓動も早鐘のようになっていくキャスター。
ぐっと股間のモノを腰に押し付けるだけで小さく息を呑む。

「あっ・・・・・・・・・熱い・・・・・・それに、こんなに硬く・・・・・・」
「そうだよ・・・・・・キャスターの膣内に入りたいって、こんなになっちゃってるんだよ」

私の言葉に顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
一昨日判った事なのだけど、キャスターは守勢に回ると途端にウブになるようで、そう云う時の姿はお姫様っぽい容姿だけにとても可愛らしい。
ドクンと、私の鼓動もスピードを増してくる。
愛しい。
愛しい。
愛しい。
腕の中の悲運の女王を幸せにしたいと痛切に感じる。
こんな小さな肩に、裏切りの魔女なんて名前を覆い被されたキャスターを守りたいと。
心の底から思った。
だから彼女が望むなら、エッチの10回や20回ぐらいやってやると、そう決意する。
私の魔力なんて、根こそぎ持っていかれたってゼンゼンかまわないのだ。

「キャスター、脱がすよ」

ガラス細工を触るように、優しく優しくタートルネックのセーターを脱がし、上品なロングスカートを下ろしていく。
下着も全て取り去って、月明かりが照らすベッドの上に身を横たえるキャスターの姿は神話から抜け出てきた女神のように美しい。
まぁ実際神話から抜け出てきた英霊で、どちらかと言うと女神とは敵対しているとは思うのだけど。

「キャスター・・・・・・綺麗」
「そんな・・・あっ!?」

今度は私が覆い被さる番。
手早く服を脱ぎさって、むしゃぶるように女らしい乳房に口付けし、もう一方にも指を這い回らせる。

「白兎さまは・・・あんっ・・・そんなに私の、はっ・・・胸がお好き・・・んっ・・・なのですか?」
「好きだよぉ・・・でも、胸だけじゃ無いよ―――」

開いている手で腰をなぞるようにしてキャスターの身体を降りてゆく。
くびれたウエストを。

「ここも―――」

まろみのあるヒップを。

「ここも―――」

張りのある太腿を。

「ここも、ここも、ここも―――」

ゆっくりと、指先で味わうように愛撫しながら進んでゆく。

「―――全部、好き」

女らしい曲線、女らしい膨らみは私には無いものだ。
だから余計に愛しい。
ガラクタいじりでガサガサの手が、染み一つ無い純白を這い回る。
女の子は守らなくちゃいけないと言うのは切嗣の口癖だったけど、それは本当にそうだと思う。
こんなに柔らかくて、こんなに細く綺麗な身体を持っている相手を、守ってあげなくて他にどうすると言うのだ。
優しく、優しく、決して傷つけないように。
舌で、指で、身体全体で、キャスターの裸身を味わい尽くすように愛撫しつづける。

「ふあっ・・・・・・はあぁぁぁ・・・・・・しろ・・・・・・う・・・さま・・・もう・・・」

淡い翳りに覆われた下腹部は既に濡れそぼり、いつでも私を受け入れられそうになっている。
でもまだだ。まだ味わいつくしていない。
ビショビショになったそこへ顔を寄せると、紅く張り詰めた肉芽にそっと唇を寄せる。

「―――ひあぁぁぁ!?」

ビクンと身体を弓なりにするキャスター。
けれど止まらない。
私はそのまま何度も口付けし、開ききった花弁に指を差し入れた。
温かな媚肉につつまれる指。

「はっ・・・あぁぁっ・・・やっ、ダメ・・・しろうさま・・・・・・そんな所なめちゃ・・・」
「んっ・・・ちゅっ・・・・・・甘い・・・」
「あ・・・・・・まい?」
「キャスターの蜜が、甘いの・・・んちゅ・・・んく・・・・・・ぷぁ・・・・・・うん、美味しい」
「し、白兎さま―――」

真っ赤になって顔を隠してしまうキャスター。
そんな様子が可愛くて、余計に意地悪したくなる。ちょっとキャスターの気持ちがわかってしまった。

「もっと吸っちゃえ」
「えっ、あっ!?・・・・・・ひゃっ、やっ、ダメです、そこは弱・・・・・・きゃっ!!」

ヂュルヂュルとわざと音を立てて吸い込む。
キャスターは恥ずかしさに脚を閉じようとしているのだろうけど、それは単に私の頭を太腿で挟み込んでいるだけにしかならない。
ってゆーか、柔らかな感触に挟まれてて、なかなか良い気持ちだったり。

「やぁぁ・・・ひっ・・・あっ、あぁぁぁ・・・・・・あぁぁ・・・・・・」

羞恥から首をイヤイヤするように振る涙目のキャスターだけど、その身体は貧欲に快楽を求めている。
指を飲み込みそうなヴァギナ。
熱く熱を放つ肌。
いくら吸っても溢れてくる愛液。
両腕はいつの間にか私の頭を押さえつけ、ついに自分から腰を押し付け始めた。

「はっ・・・いいッ・・・しろうさまっ・・・もっと・・・もっとおぉ・・・」

その痴態、その媚態。
それは、同性である私を魅了するのにも十分なもの。
ああ、もう限界。股間の肉棒もギチリと限界まではりつめている。

「行くよ、キャスター」

返事は待たず、身体を起こして蜜壺にシャフトをあてがい、一気に射し入れた。

「づくっ―――」
「うあぁぁっ!? はっ、ああ―――」

ドロドロに溶けた肉の壁に飲み込まれる感覚。
股間の一点に全神経が集中しているような『男性』の感覚にはまだ慣れない。
正直、快感が強すぎて射精を抑えるので精一杯。

「はあぁぁぁ・・・白兎さまぁ・・・・・・」

だけど、キャスターに気持ちよくなってもらうためには、動かなければ。
キャスターの、柔らかいくせに限界まで締め上げてくるという矛盾した肉壁の感触に目眩を覚えながら、ゆっくりとグラインドを始める。

「あっ、あっ・・・ああっ・・・・・・」

昂ぶっていく射精感に堪えて、少しずつ動きを早める。
濡れた瞳とうねる裸体、甘い体匂、加熱する肢体、絡み合う舌の柔らかさ、脳すら侵す声。
キャスターの全てが、私の五感を侵し、埋め尽くしていく。
動きは更に早まる。
もう、身体が、腰が、私の意志には従わなくなっていて。
ただ本能が命じる通りに、キャスターの細い腰を掴んで突き続けていた。

「ひあっ・・・ああっ・・・イイっ・・・しろうさま、しろうさま、もう・・・もうっ!!」
「私も・・・げんか・・・い・・・・・・イクよ、中で出すよ・・・キャスター・・・・・・キャスター!!」

名を叫んで。
お腹の底から感じる開放感と共に白濁液をキャスターの膣の奥の奥、子宮にぶつけるように注ぎ込んだ。

「あっ・・・あっ・・・ああ・・・・・・」

腰の震えと共にドクドクと吐き出され続けるスペルマが、キャスターを満たしていく。
永遠に出続けて吸い取られるかとすら思ったけど、そんなことはなく。
力を失ったソレを引き出すと、ゴポリと流れ出る精液。

「は―――あっ・・・・・・いっぱい、出しちゃった」
「・・・・・・はい・・・・・・白兎さまで、ナカがいっぱいです」

ぐったりと脱力したまま、そんな可愛い返事をくれるキャスター。
起き上がる余力も無さそうな姿に、すこし無茶をしてしまったかと不安になる。

「ごめんね、乱暴にしちゃった?」
「え!? いいえ・・・・・・その・・・・・・もっと乱暴でも・・・・・・」

あ、ヤバイ。
可愛すぎる。
消え入りそうな声で、けれどしっかり聞こえたキャスターの言葉に、ムクリとナニが起き上がってしまった。

「えっと・・・・・・じゃあ、もう一回シても良い?」
「――――――」

無言でコクンと首を振るキャスター。
ああもう。そんな姿も可愛いったらもう!!

――――――で、結局。
ついついキャスターが気を失うまでシてしまう私でありましたとさ。

 ◆◆◆

月が夜空の頂点に浮かんでいる。
深夜零時、眠っているキャスターを起こさないように寝床を抜け出た私は、庭の隅にある土蔵へと足を向けた。

「同調、開始―――」

土蔵の中で結跏趺坐の姿勢になり、魔術回路を開く。
鍛錬自体はキャスターの指導の下で行っているし、体内の魔力は殆んど残っていない状態だったが、この日課はなるべく休みたくは無かった。
思考は限りなくクリアー。
魔力を回路に通さぬま、イメージの投影を行っていく。
より精密に。
より高速に。
より現実味を帯びた幻想を―――否、現実をも陵駕する幻想を紡ぎ出す訓練。
そのために自己を抹消し、ただただその機能のみに特化した機械へと己を変えてゆく。

創造の理念を鑑定するために、不要になる自分の理念を抹消し。
基本骨子を想定するために、感情を廃して計算のための機構となり。
構造材質を複製するために、血と肉から成る事を忘却して鋼鉄に変わる。
製作技術を模倣するべく、自身の技術は忘れ去ろう。
成長過程に共感するべく、自我すらも封殺して。
再現される蓄積された歳月に至って、最早衛宮白兎は存在せず、ただこの身は一本の剣そのものとなる。

一振りの剣を成すために。
一本の矢を生み出すために。
己を殺す魔術の境地。

ああ、なんだ―――これは、この魔術は、衛宮白兎にとってとても簡単なこと。
なぜなら、それは私が八年間欠かさずに続けてきた魔術の鍛錬と同じものだったのだから。

 ◆◆◆

6: ハウス (2004/04/07 20:53:17)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

 ◆◆◆

―――1月30日―――

気がつけば赤い世界に居た。
燃え盛る炎は街の全てを飲み込みなお貪欲に。
蔓延する死滅はセカイの全てを蓋ってなお貪欲に。
その中で私は彷徨する。
もうどうあがいても尽きる命脈を抱えて、しかし弱々しく抵抗するように彷徨う。
失ったのに。
失わされたのに。
守るべきものだったはずの■■■■を無くしたのに。
守るものであった私だけが■■■■も無いままに。
生存するための生命力が失われてゆく。
手足から力が抜けていく。
最早自分の身体を支える力すら無く、無様に膝を―――

「――――――つっ」

消えられない。
消えたくない。
このままでは、終われない。
焼け焦げた大地に■を突き立て、それに縋る様に立ち上がって歩を進めた。
これは、意地だ。
最早未来(さき)の希望など無いのに続ける、無様なあがきだ。
ギリリと。
悔しさに歯噛みして奥歯を噛み砕きかけたその時。

私はそのケシズミを見つけた。
最早ケシズミとしか判別できない、その■■を私は―――

 ◆◆◆

目覚めは最悪だった。
吐き気すらもたらす数年ぶりの悪夢を、冷たいシャワーを浴びることで無理矢理振り落とす。
後で真冬にバカな真似をしたと後悔したが、おかげで起きぬけの憂鬱な気分からは開放された。
心機一転、共働きの両親と、中学生の弟、そして自分の分の弁当を作って学校へと向かった。
時刻は6時半。
穂群原学園弓道部の部長をつとめる美綴綾子としては、いつも通りの登校時刻である。

「おや、めずらしい顔をみるねぇ」

と、道場でいつも通りでない時刻に登校してきたヤツに出会った。
衛宮白兎。
元弓道部員であり、私のライバルの一人である。

「連れてきてくれたんだ、桜」
「あ、いえ、今日は先輩が御自分で・・・・・・」
「・・・・・・ちょっと家に居辛くて。ついでだから一成くんの手伝いでもしようと思ってたんだけど、桜に誘われたし見学に来たワケです」

まだ私達三人しか居ない弓道場の隅で、ほうじ茶を手にテーブルを囲む。
年頃の女の子三人が集まってこの姿とはちょっとアレだけど、私も桜も衛宮も日本茶党なのでこうなるのは必然だった。
チビヂヒとお茶を舐めつつ話を聞けば、衛宮は家に宿泊している外人さんと二人きりになるのが気まずいので桜と一緒に登校して来たらしい。
別にその外人さんと喧嘩などをしたわけではなく、単に照れるからとか何とか。
詳しい事を聞いても教えてくれそうに無いので、聞くのは止めた。
衛宮は一度言わないと決めた事は絶対言わないので無駄な事はしないほうが良い。

「さーて、それじゃあせっかくだし、久しぶりに衛宮の射を見せてもらおうかな?」

それが判っていて、一度弓をやめた衛宮を弓道場に連れてくるように何度も桜に頼んでいるのも、衛宮にしつこく部に戻るように言っているのも、コイツに勝ち逃げされたのが悔しいからだ。
いや、判っている。
勝ち逃げ云々など、結局私が一方的に思っているだけの事だ。
衛宮の弓は凄い。
たかが学生の射でしかないモノに、圧倒的とか戦慄すべきとか云う形容をするしかないほどの射手。
はっきり言って憧れだった。何時だって、その背中に見惚れていたと言ってもいい。
一年ほど前退部するまで、私はヤツが的中以外に当てたのを一度しか見なかった。
そのクセ。

「遠慮しとく。一度辞めた人間が軽々しく道場に立つのは不謹慎でしょ」

などとあっさりと言う。
私のように勝つ事に拘泥していないからこそあの技量を持てるのか、それとも射らない事に拘泥しているのか。
反感とイタズラ心がムクリと起き出した。
恨みがましい表情を作って衛宮に向けると、挑発の言葉を吐き出す。

「ふーん、じゃあ衛宮はお茶しただけで帰っちゃうつもり? 意外に薄情ものなんだ?」
「ん、そのつもり。顔をあわせ辛い相手も居る事だしねぇ」
「うわ、しれっと返しやがった。顔をあわせ辛いって、まさか慎二の事?」

間桐慎二。
間桐桜の兄で、弓道部の副部長。
衛宮はその慎二と揉めたのが原因で部をやめたのだ。
本人はバイトを増やすからなどと言い訳もしたが、そんな誤魔化しが通用していると思っているのは、関係者の中で衛宮自身ただ一人だろう。
事は一年前。
なんでも胴着に着替える最中、桜のおなかにアザが出来ているのを衛宮が見つけたのが発端らしい。
元々衛宮と慎二のヤツは同じ中学で友人であり、その妹である桜とも親しかった衛宮はしつこく桜を問い詰め口を割らせた。そのアザが慎二に殴られた跡なのだと。
そのまま早朝の弓道場で慎二と問答を始めた衛宮。
後で聞いた所によると「むしゃくしゃしたから殴ったんだよ、それがなに?」と言い放った慎二に「じゃあ私もむしゃくしゃしてるから殴るよ」と宣言したらしい。
私が騒ぎに気づいたのは、鮮やか過ぎるボディアッパー一発で慎二を沈めた場面で。
綺麗に入ったその一撃の見事さは、空手を始め色々な武道武術に手を出している私が惚れ惚れするほどのものだった。
慌てて衛宮を取り押さえる顧問の藤村先生と私。
普通なら停学間違いなしの行動だっただろうが、目撃者がごくごく少なかった事と、当の慎二が何も無かったと言い張ったので衛宮はお咎めなしとあいなった。
間桐慎二のその行為が、自分の非を認めて衛宮を庇おうとしたのか、それとも女にパンチ一発でKOされた恥を隠したかったからかは判らない。
ただ、結局衛宮はそのまま責任を取ると言って弓道部を退部してしまった。

「まぁね。流石に暴力事件を起こしておいて、被害者の前には顔を出しにくいもの」
「なーに言ってんだか。毎日顔を突きあわせてるクセに」

ちなみに、その慎二と衛宮は同じ2年C組のクラスメイトだったりする。

「一応ケジメと言うかね・・・・・・女に殴り倒されたってハナシは、男の子には不名誉だろうから」

諸々の話は二年生以上の、ごく一部の弓道部員以外には殆んど知られていないから、結局衛宮が気にしているのは慎二のプライドの事なのだろう。
あの安っぽいプレイボーイを気取っている慎二にとって、それは確かに重大な問題だ。
しかも相手は、見た目だけなら小動物のような衛宮なのだから。
だが、それであっされ辞められては、衛宮の射を初めて見た時からいつか越えてやると誓っていた私のプライドが治まらない。
ともあれ。

「すみません先輩・・・・・・私のせいで」
「だから、別に桜の責任なんて何も無いってば。アレは結局、私のイライラを慎二にぶつけただけの話だから。謝らないといけないのは私の方。迷惑かけてゴメンね、桜」

そんな事を言ってすまなそうにしている衛宮にしつこく弓を持てとせまれるほどには、私も厚かましくはなれず。
慎二が来る前にと退出する衛宮の背中に「また来なさいよ」と声を掛けるぐらいしか、私にはできなかった。

 ◆◆◆

あっと言う間にお昼休み。
お弁当を広げながらふと教室の入り口を見ると、立ち尽くす三枝さんの姿。
どうやら今日も遠坂に声を掛け損ねたらしい。
遠坂凛。
成績優秀・品行方正・文武両道・容姿端麗・清廉潔白・性格温厚。
あらゆる賛辞の四字熟語を背負った我がクラス・・・いや、我が学園一の優等生、又の名をミスパーフェクトであるが、私に言わせればダース単位で猫をかぶった油断なら無いライバルである。
それでもその猫に騙されてか、ヤツにあこがれる生徒は男女問わず多い。
ある意味、穂群原学園のアイドルとも言えるだろう。
そんな、あの女に騙されたいたいけな子羊の一人が三枝由紀香嬢。
小動物的な雰囲気と癒し系の笑顔が可愛い素直で良い子なクラスメイトなのだが、遠坂に憧れてしまうあたりはいささか趣味が悪いと言いたい。
このところ遠坂と一緒のお昼を過ごしたいと、お弁当に誘おうとしては生来の気の弱さから失敗を繰り返している。
今も早々に教室を出て行った遠坂の後姿を見送ってガッカリと肩を落としていた三枝さんだったが、突然ピョコンと顔を上げた。

「あ、しろちゃん」
「おや、ゆきちゃん」

その視線の先に居たのは衛宮だった。
片手にお弁当箱をもっている。
教室で広げるとハイエナのように襲い掛かる級友におかずを食べ尽されるので、生徒会室かどこかで食べるつもりだったと言う衛宮に、一年生の頃からそうだだったよねと笑う三枝さん。
そうか・・・あの二人、一年の時は同じクラスだったか。
で、一緒に昼食をとる事にしたらしく、教室に入ってくる衛宮。

「あれ、美綴?」
「今日はよく会うわね、衛宮さん」

猫を被った私の口調に苦笑して会釈する衛宮。
なお、衛宮の方は話す相手によって呼称が変化するのはクセのようなもので、態度そのものはあまり変わらない。
しかしあの衛宮が、三枝さんと「しろちゃん」「ゆきちゃん」などと呼び合う仲とは知らなかった。
まぁ、二人とも一見小動物系だから似合うと言えば似合う。
もっとも、衛宮のアレは外見だけで、実体は狼か何か・・・それも老いて智恵長けた森のヌシじみた白狼とかそんなモノだろうけど。

「私も御一緒させていただける?」
「あ、ええ。どうぞ」
「・・・・・・美綴?」
「げっ、なんでアンタが混ざるのさ」
「蒔の字、『げっ』と言うのはいくらなんでも失礼ではなかろうか?」

不審そうに呟く衛宮と、あからさまに嫌がる蒔寺楓は無視して机を並べる。
真冬だと言うのによく日に焼けた褐色の肌が目を引く蒔寺楓と、彼女をたしなめた眼鏡の似合うクールビューティーの氷室鐘嬢、それに三枝さんの三人は、たいてい一緒に行動している陸上部の仲良しグループと言うやつだ。
ちなみに、なぜか私を敵視しているらしい蒔寺は短距離ランナー。
ツッコミ担当の氷室さんは高飛び。
三枝さんは、大方の予想に反さず運動音痴なのでマネージャーである。
そして始まる楽しいお弁当タイム。
早速衛宮のおかずは、当然の如く我々の箸に奪われて順調に数を減らしていく。
まぁ普通に教室で食べている時の減り方からすれば、まだマシという物だろう。
ああ、やっぱりコイツの鳥唐揚げはいい味だよなぁ。もぐもぐ。
こっちの煮付けもなかなか。まぐまぐ。

「しかしこーして見ると、由紀と衛宮って良く似た二匹だねぇ」
「「二匹って・・・・・・」」

失礼な事をほざく蒔寺が失礼にも箸で指したのは衛宮と三枝さん。
確かに、仲良く並んでお弁当を食べている様子は、双子の子ウサギとでも云った風情で、なんだか無暗に癒されそうな光景ではある。
同じメガネキャラである氷室さんとは、ほぼ同じような形のメガネを着けているにもかかわらず、氷室さんはクールさを強調するように、衛宮は朴訥さを強調するように見えるあたり、キャラ性能の違いとは恐ろしい。
その氷室さんは、妙に迫力の有る瞳で衛宮を見やってボソリと口にする。

「とは言え、衛宮白兎嬢が噂に違わぬ人物なら、似ているのは雰囲気だけと言う事になるだろうが・・・・・・」
「「噂?」」

コクンと同時に首をかしげる衛宮と三枝さん。
む、これはまたお持ち帰りしたい可愛さである。

「噂ってアレだろ? 2年C組の衛宮は、我が学園女子の人気を二分する間桐慎二と柳洞一成の二人を手玉に取る魔性のオンナであるってハナシ」
「そこまで生々しい噂では無かったが・・・・・・まぁ概ねその通り」

ペシっと蒔寺の頭を叩きつつ、しかし肯定する氷室さん。
なかなかズ太い神経の持ち主らしい。
まぁその手の噂は一度ならず聞いたことがある。
慎二は見た目だけなら二枚目と言えるし、自分にだけ甘い所を度外視すれば規律を重んじて公平さを重んじるヤツだ。
男には厳しいが女には優しいと言う性格のため、男友達は皆無だが、とりまきの女子生徒にはことかかない。
ただ、複数の女子と軽薄な付き合いをする慎二が、衛宮白兎に対しては少し違う様子で友人付き合いをしていたのは端で見ていて感じられる事だった。
一方、柳洞一成は生徒会長を務める学園随一の堅物で、優しげな顔立ちと真面目な性格で隠れファンの多い男で、去年のバレンタイン同様、今年も匿名のチョコを大量に送りつけられそうだともっぱらの評判だ。
だが各種備品の修理にひっぱりだこで生徒会に出入りすることの多い衛宮と付き合っていると言う噂も根強く、実際生徒会長の方は衛宮に気があるのでは無いかと、私は睨んでいる。
―――けれど、まぁ。

「まさか。あの二人とは昔からの単なる友人ですって。それに、一成くんは恋愛とか興味無いし、慎二の方は・・・・・・もっと生々しい話があるでしょ?」
「ふーん。そうなんだ?」
「泣かした女子は数知れずというヤツだな。三の字は知らなくていい話だ」
「あ、でもさ、今朝衛宮が柳洞一成に弁当を渡してたって小耳にはさんだけど?」
「え? アレは別に、昨日迷惑をかけたんでお詫びと言うか・・・・・・葛木先生にも差し入れたし?」
「うわっ・・・・・・ひょっとして天然?」
「はい? 天然?」
「どうやらそのようだな、蒔の字」

顔を見合わせてうなずきあう蒔寺と氷室さん。
結局あの二人では、衛宮白兎という天然女を振り向かせるのには、少々不足なのだろう。
それは弓を引く時の透明な姿を見ていても思うこと。
衛宮白兎という人間は、自分に関心が無い。
だから、恋愛というある意味極度にエゴイステックな感情は持ち得ないのでは無いのだろうかと。
もし衛宮が誰かに恋をするとしたら。
それは、揺らがない、迷わない、高潔さと強さをもった誰かに憧れる時ではないだろうか。
この学園で、その誰かを喩えに挙げるとすればそれは―――

「あ、じゃあしろちゃんも遠坂さんに憧れてるの?」
「んー・・・・・・憧れと言うか、あんな風にシャンとしていきたいって思う・・・って、ソレはやっぱり憧れなのかな?」
「世間的には、そう言うだろうと思う」

気がつくと話題はもう替わっていて、氷室さんは食べ終わったお弁当を片付けつつうむうむと首を振っていた。
目の前では衛宮と三枝さん、そしてなぜか蒔寺による『遠坂凛に憧れる女の子同盟』が締結されて、三枝さんは遠坂の分のお弁当を用意して誘うべきだろうかとか悩んでいる。
オイコラ蒔寺、お前はそんなタマじゃ無いだろうとか、遠坂の本性は純真なアンタ達の思っているようなモノじゃ無いとか、なんとなく一番底知れないのは、実は三枝さんじゃないだろうかとか、色々ツッコミたい所はあったのだけど。

「あら素敵。頑張ってくださいね」

などと当たり障りの無い言葉を口にするに留めておいた。
だって、何か言って明日、三枝さんの口から遠坂に漏れたらそれは面倒だから。
それ以外に理由なんて無い。

 ◆◆◆

昼間の会話は、何処がどうとかは自分でもわからないけれど、しかし私を不機嫌にしていたようで、放課後の部活はイマイチの出来だった。
雑念は直ぐに射に現れる。
まぁ他の部員から見れば気にならない程度の不調だったのだろうが、藤村先生には「今日は早めにあがってゆっくりした方がいいよー」と言われてしまった。
むう。けっこう不覚。
衛宮の家に入り浸っているらしい藤村先生が、団欒の席か何かで今日のことを話題にとかしなければ良いのだけど。
そういえば、そろそろ衛宮家の夕食は終わった頃だろうか? 桜と藤村先生はもう帰宅したのだろうか? と、自室のベッドに寝転がって考える。

「――――――ダメだ。本格的におかしい」

なぜか今日は、何かと言うと衛宮の事が気になって仕方が無い。
あるいは今朝の夢見の悪さのせいもあるのか。
10年前、今新都と呼ばれている街は大きな火災に見舞われた。
たまたま友達の家に遊びに行っていた私は、昔から深山町に住んでいる一家の中で一人だけその火災に巻き込まれ―――九死に一生を得る。
その頃の記憶はあまり無いし、思い出したい事でも無いけれど、同じ火事の中で同じように生き延びたという衛宮の事は、不思議と同志のように感じているからだ。
ちなみに、その事を知ったのは慎二の口から。
衛宮は親無しだの何だのと部員達に喧伝している最中、たまたま備品を届けに来た衛宮の姿に顔を白黒させる様子は、怒りを通り越して哀れにすら思える馬鹿ぶりではあった。
あれはある意味、小学生並みの愛情表現に違いない。

「ああ―――ダメだ。自爆ぎみかも」

部に戻れ、勝負しろと、何度も衛宮を突っつく自分の行動もソレなのかもしれないと思い当たって、不意に赤面してしまう。
茹ったような顔を隠すように、遠坂あたりに言わせると女の子らし過ぎて美綴綾子には似合わないと言われる部屋の、無数に積まれたぬいぐるみから一体を掴んで抱きしめる。
そう。
遠坂になんと言われようと私は女の子だ。
男っぽいとか姐御とか、そう云う評価を受けているのは知っているし、そんな自分も好きなのだけど、女である事を否定する気も更々無いし、恋愛未経験者ではあってもちゃんと男性を恋愛対象として見ている。
だけど、だと言うのに、この感情は何なのか。
華奢で小さく見えて、そのクセ中に通った芯は鋼のように強くて乾いている衛宮白兎を、折れるほど抱きしめたいと想うこの気持ちは。

「――――――はぁ、頭冷やそ」

コートを引っ掛けて夜の散歩としゃれこむ事にする。
最近近所で殺人事件があったとかの話はまるで頭に無かった。
近所のコンビニエンスストアーで雑誌の立ち読みでもしようかと歩いていたはずが、気がつけば和風の御屋敷が立ち並ぶ辺りにまで出てしまう。
梅の枝でも愛でに来た・・・・・・などと自分に言い訳してみたが無理があるか。
合気道や薙刀の先生宅や、ヤットウばかりに熱中する娘を心配した両親の奨めで通っていた華道と茶道の家元宅もこの辺りだから・・・・・・これも夜中にうろつく理由としては弱い。
結局、私は用も無いのに衛宮の家にフラフラと向かっているだけの事。
それすらも途中で放棄して、きびすを返した。
常識的に考えて私の行動は変だし、私のキャラクターに合ってもいない。
だから帰る。それだけだ。

―――その途中。
私は出会ってはいけないモノに、出会ってしまった。

 ◆◆◆

私は、むせ返るほどの血の臭いなんて嗅いだ経験は無い。
当然だ。平和な平和な日本に住んでいて、そんな経験をするヤツなんて数えるほどだろう。
けれどその時、最初に感じたのは濃密な血の匂い。
暗い夜道の向こうにわだかまる、どんな闇より深い黒々とした鮮血。

「ミツヅリ・アヤコ、ですね?」

雲間から顔を出した月光に照らされる『それ』が人の形をしている事に気がついたのは、それが人の世界とは相容れない異質だと確信した後のことだった。

「貴女に恨みはありませんが、マスターの命令ですので」

それなのに、ソイツは人間のように口をきき、明らかな害意をもって私に向かってきた。
その様はまるで地を這う蛇。
そこだけは綺麗で、綺麗すぎて悪夢のように思える暗紫色の髪をうねらせて、黒衣の女は私に飛び掛ってくる。

「―――っく!?」

咄嗟に身を翻して横道に逃げ込めたのは日頃の鍛錬の賜物か。
伸ばされた手をかいくぐり、全速力で駆け出す。

「なんなのよ、アレはっ!?」

それの外見だけを述べるなら、露出度の高い黒装束に身を包み、奇妙な仮面で目を隠した長身の女と言うだけの存在だ。
けれどソレが纏う空気。その存在感。そう云うものが、尋常な人間社会の産物とは相容れないモノだと告げている。
アレはそう。
御伽噺や暗い噂の中、幻想や悪夢の中でだけ存在するはずの『何か』なのだと、十数年間培ってきた常識と、危険を察知する本能が告げていた。
アレはキケン。
アレにカカワッテハナラナイ。
空手の有段者だとか、居合で目録をもらっているだとかぐらいで手を出してはいけない、常識の外側に居る存在だ。
だから走った。
全力で、わき目も振らず走った。
捕まるわけにはいかない。
                         ワタシには戦う術か無い。
追いつかれたら命が無い。
                         この身では、対抗できない。
せめて、せめて人の居る場所へ。
                         せめて、■■さえあれば。
走って、走って、走って、走って。
心肺機能の限界まで走り続けて。

「っは、はぁはぁはぁ・・・・・・ここまで来れば・・・・・・」
「ここまで来れば、何だと言うのです?」

壁に寄りかかって立ち止まった私の眼前に、その女はまるで当然とでも言う様に立っていた。
逃げられない。
そう悟って、恐怖に全身が凍りついた。
ただみっともなく震える声だけが喉から漏れ出していく。

「あ・・・あああっ・・・・・・」
「なに、命までは取りません。少しだけ血を、魔力をいただくだけです・・・・・・むしろ代償に、最高の快楽すらプレゼントしてさしあげましょう」

そう言って奇妙なマスクに手を掛ける女。
その下から顕れたのは、水晶のような硬質の双眸。
そして、人にありえざる方形の瞳孔に灯る、淫靡なイロの焔・・・・・・・・・

 ◆◆◆

「その手を―――離せっ!!」

暗い夜闇に浸る深山町の路地裏。
私と同じぐらいの年頃であろう女の子と、長身の女の姿をとった魔力のカタマリを発見した私は素早くメガネを外し、八節を無視して構えた矢を即座に放った。
咄嗟に行動出来たのは、初めからサーヴァントが現れるのを期待して夜回りをしている最中だったから。
普段は見えすぎて疲れるため特殊なレンズで落としてある、裸眼視力9.0の両目が闇の中の標的を確実に捉えている。
この距離で狙いをはずす事は、衛宮白兎にとってはありえない。
魔力を込めていないとは言え、金属製の矢は十分な殺傷能力を持った高速の凶器。
魔力のカタマリ・・・・・・黒い女サーヴァントも流石に直撃を受ける気は無いようで、素早く後ろに下がって矢を回避した。
追撃は魔力を込めての二連射。
あらかじめ発火の呪法回路を組み込まれた矢が燃え上がって飛翔する。
女サーヴァントが焔を放つ矢を避けて、蛇を連想させる身のこなしで更に後退した隙に、女の子を守るように割って入った。
同時に腰の後ろに付けた鞘から抜き放つ『地』の魔法剣と『水』の盾。

「魔術師? 見たところマスターではない様ですが・・・・・・」

霊体化しているキャスターを感じ取れず、首をかしげるサーヴァント。
魔術によるキャスター自身の気配遮断はこの距離でも有効らしい。
壁に突き刺さった矢が噴き上げる焔に照らされ、女サーヴァントの美貌が浮かび上がる。
目に飛び込んできた姿は、身に纏う濃密な血の気配をも払うほどに秀麗だった。
調和の取れた卵型の輪郭に、純白の蛇を思わせるなめらかでツヤのある肌。
ややツリ目気味の双眸は灰水晶を削りだしたかのような輝き。
その顔を蓋うのは同性なら嫉妬を押さえきれない程に美しい暗紫色の髪。
女性らしいカーブを描く長身にまでその髪が絡みついている。
一瞬、その美貌に飲まれそうになった。

(―――白兎さま、危ない!)

その途端、脳裏に響くキャスターの叫び。
同時に、目の前の空間に突如展開された不可視の魔力壁が、これまた不可視のなにかを弾いて散る。
A級を越える強力な魔力同士の激突はほぼ互角。
咄嗟に盾を構えていなければ、余波だけで傷を負っていたかも知れない、それほどの力の奔流が路地裏に渦を巻く。

「私の魔眼を弾いた!?」

一度驚愕に目を見開き、次の瞬間姿を消す黒いサーヴァント。
撤退は鮮やか過ぎて、追わなければと思う間すら無かった。
入れ替わるように実体化するのはローブ姿のキャスター。

「危ないところでした・・・・・・あれで退いてくれたのは僥倖です」
「魔眼って言ってたけど、あの四角い瞳孔っていったい?」
「宝石のノーブルカラーをもった魔眼。私の生きた神代ですら噂にしか聞いたことの無いほぼ最上級の魔力回路です・・・・・・女性の英霊であのような眼の持ち主、しかも蛇のような身のこなしとなると、十中八九彼女はかの女怪ゴルゴーン。
知名度から考えればメドゥーサで間違いないでしょう」
「ってコトは、キャスターが助けてくれなきゃ石にされてたって事か・・・・・・ありがとう、キャスター」

咄嗟に投げてしまった眼鏡を拾ってかけながらお礼を言う。
魔眼と言うのは、簡単に言うと「見ただけで対象に影響を及ぼす魔術」のようなモノで、紅い魔眼とか蒼は浄眼とかランク分けされていて、『宝石』と言えば人間には手の届かない高位の吸血鬼が持つという『黄金』より上の、最早現代には存在しないであろうグレードのシロモノなのだ。
そしてキャスターの口にしたメドゥーサとは、女王メディアの伝説が語られるのと同じギリシャ神話に登場する、英雄ペルセウスに退治された魔物の名前。
ゴルゴーン三姉妹の末妹で、その視線を見たものを石に変えたと伝えられる女怪であ。
ただ、このゴルゴーン三姉妹もある意味メディアと同じで神々の気まぐれで酷い目にあった被害者とも思える。
海神ポセイドンに囲われていたところ、嫉妬したその妻だか女神アテネーだかによって魔物に変えられたとか、自分の神殿に閉じこもって静かに暮らしていたのに、女神アテネーの都合で退治された云々。
そう考えると、話し合えれば理解しあえるかもしれないとも思う。特にキャスターと。
とは言え、そんな魔眼持ちに石にされずに済んだのはキャスターが咄嗟に防御してくれたおかげ。
感謝してし過ぎと言う事はない。

「いいえ、マスターの身を守るのはサーヴァントの使命ですから・・・・・・それに、石化と限った話でもありません。
一説には、メドゥーサは吸精鬼の一種で、強力な性的魅了の視線を持っていたと言われていますし・・・・・・」
「――――――!?」

キャスターの言いかけた言葉に悪寒を感じる。
その源が背後から感じるプレッシャーだと気が付くか付かないかと言うタイミングで。

「っく・・・・・・衛宮ぁ」

聞き覚えの有る声の主に抱きつかれていた。

「みっ、美綴?」

そう。
メドゥーサと思われる黒いサーヴァントに襲われていたのは、私も良く知っている知人の美綴綾子だった。
だが、私に抱きついてくる様子は、いつもの気風の良い姐御肌の美綴のものとは思えない、熱く潤んだ瞳と上気した表情の、異常なほど『女』を感じさせるものになっている。
魅了の魔眼、吸精鬼、襲われかけていた美綴、熱く倦むような体温、私とは雲泥の差の女らしい柔らかな身体。

「あついの・・・・・・刹那いよぅ、衛宮ぁ・・・・・・んくっ・・・衛宮・・・衛宮・・・衛宮ぁ・・・」

瞬時に理解してしまったのは、美綴がこんな状態になった理由と、そして反応してしまっている、最近なんだかおなじみになって来ている感のあるわが身の一部。

「キャスター、解呪、解呪してはやくぷりーず!!」
「・・・・・・申し訳ありませんが、流石にそのレベルの呪詛となると、いったん完成したものを解呪する事は私にも・・・・・・」

なぜか頬を染めて視線を逸らして答えるキャスター。

「じゃあいったいどーしたら!?」
「・・・・・・やはりここは、家に連れ帰ってアレをナニするしか無いかと思います」
「ナンデストー!?」

それでも抵抗して、なんとか美綴を正気に戻そうと努力はした。
したのだが、その美綴にあやうく路地裏で押し倒されそうになって、結局泣く泣く家に連れて帰ることになってしまうのであった。

 ◆◆◆

―――なんて、ベタな。
運命の神とかSSの作者とかを呪いつつ、コートを脱がした美綴を空き部屋のベッドに横たえる。
まさかこんな事で、キャスターに客間の布団を全部干してもらっていたのが役立つとは。
見ていて可哀想になるほど呼吸を荒くした美綴は、けれど瞳だけはギラギラと欲情に輝かせて、私の袖を掴んで離さなかった。
その視線が求めているものは何かわかってはいたけれど、だからと言ってこのまま彼女を抱く事など出来るわけもない。
美綴は大切な友達だし、強く見えてもちゃんと女の子なのだ。
傷つけるようなマネなど、絶対にしたくは無かった。
キャスターは後で記憶を消すと言ってはいたけれど、覚えてなければ良いと言う事ではないし、ついでに言えば姿を消したキャスターはこの状況を覗いているに違いない。
一応気配でわかるんだぞー!
・・・・・・そんな事を考える間にもBGMが『抱擁2』になっていたりして、のっぴきならない状態になって。
だいたい、美綴はきれいだし、柔らかくて良い匂いだし、今の姿は色っぽいし、ここ数日でキャスターに目覚めさせられたアレでナニな自分が理性を無視して暴走しそうになってしまうわけで。

「好き・・・なの」
「美綴?」
「変・・・だよな。女の子同士でさ・・・好きで好きで・・・・・・衛宮を抱きたいとか、抱かれたいとか、そんな風に思ってこんなに身体が熱くなってるなんて・・・・・・気持ち悪いよな、あたし」
「そんなこと無い!!」

思わず、後先考えずに答えてしまっていた。
だってその、弱々しい美綴が、あんまりにも可愛かったものだから。

「本当に?」
「本当に! だって美綴は綺麗で、いつも強くって、凛々しくて・・・・・・だから、私も美綴の事憧れてて・・・・・・!?」

ぐいっと襟を掴まれて引き倒される。
流石は美綴綾子・柔道二段。
なんて的外れな事を考えている間にも、身体を入れ替えられて組しかれ、気がつけば唇を奪われていた。

「んーっ!? んんっ、んんんー!!」

強引に侵入してくる美綴の舌。
突然の事に驚いて抵抗したのだけど、ガッチリ極められたうではまったく動かない。
それなりに鍛えている私の筋力は同性どころか一成君や慎二と腕相撲しても負けないぐらいなのに・・・・・・今度藤ねぇの親父さんに柔術習おう。
って、現実逃避をしている場合ではない。
美綴のキスは、ぎこちないし歯も当たって痛いのだけど、彼女らしい息も出来ないような情熱的なもので。
それはまだ良いのだけど、掴まれている手首は痛いし、関節もギリギリと絞められて、これじゃあまるでレイプされているみたいな状態だ。

「ぷはっ・・・・・・衛宮・・・衛宮・・・・・・」
「ちょ、落ち着いて美綴! 私は逃げたりしないから!!」
「衛宮・・・」

私の言葉など聞こえないようにひたすら名前だけを呼びつつ、美綴の手は私のシャツを引き裂いてしまう。
続いて鮮やかにうつ伏せにされて、シャツの残骸で腕を後ろ手に縛り付けられてしまった。

「美綴!! コレは流石に洒落になってないっ!!」
「洒落? そんなわけ無い・・・だって、ずっとこうしたかったんだから」

背中から抱きすくめられたまま、スポーツブラを乱暴にズリ上げられてむき出しにされる胸。
一転して優しい手つきになった美綴の指がわずかに膨らんだだけの乳房と、その先端をやわやわと揉みしだく。

「あっ・・・やっ・・・」
「嫌? そうだよな、嫌だよな。でも止めない。ずっと、ずっと衛宮のことこうしたかったんだから・・・・・・あたしはもう止まらないから。止まれないから」

執拗に責められる乳首がピンと立ってきた。
背中には美綴の胸の感触。
ああもう、こんな立派なのがあるのに、なんで内心コンプレックスな私の胸なんか触ってくるんだ美綴は!
なんて、私の心の声は当然聞こえるはずもなく、美綴は私のうなじや首筋にキスの雨を降らせてくる。

「チュッ・・・衛宮の髪、いい匂い・・・チュッ・・・チュッ・・・肌も・・・チュッ・・・キメが細かくて・・・」
「み、美綴・・・恥ずかしいから感想とかは・・・・・・ひゃんっ」
「胸も小さいし・・・チュッ・・・なんだか子供にイタズラしてるみたいだ」
「余計なお世話だバカぁ―――うあっ!?」

あまりな言葉に本気で抵抗しようとするものの、腕を縛られていてはどうしようもない。
耳たぶを甘咬みされて震える私。
その隙を突くように、美綴の手が下半身へと伸びてくる。

「ダメっ、美綴!! そこはっ!」
「!?」

制止の言葉は遅く、股間のソレに触れる美綴の手。

「・・・・・・なんで?」
「ふふふ・・・驚きましたか?」

何も無い空間から突然現われたように美綴に覆い被さったのはキャスター。
実際に霊体からマテリアライズして突然現われたのだけど。

「なっ・・・・・・アンタは!?」
「私はキャスター。白兎さまの愛人です」
「・・・・・・・・・キャスター?」

許婚の次は愛人と来ましたか。
呆れている間にも美綴の手の上に自分の手を沿えたキャスターが肉の棒を握り、そのまま上下に擦り始めた。

「硬くて・・・熱いでしょう?・・・・・・女の子なのにこんなモノを付けて・・・・・・こんなイヤらしい身体で、汚らわしいと思いますか?」
「キャスタ・・・あうっ・・・ダメ、ダメだよっ・・・手を離して・・・」
「それとも・・・・・・欲しくなったかしら? この太いペニスに貫かれたいと、そう思った?」

溢れ始めた先走りの液体を塗りつけて、手を動かし続けるキャスターが美綴の耳元で囁く。
その言葉に、美綴は・・・・・・小さく、肯いた。

 ◆◆◆

締め切られた客間に、淫猥なく浮きが満ちている。
部屋に篭るのは、三人分の嬌声とむせ返るように甘い女の体匂。
机の上のライトスタンドだけが照らす室内で三人は絡み合っていた。

「クスクス・・・そうよ。しっかりと・・・はぁ・・・・・・舐めてもらいなさい・・・・・・んくっ・・・・・・せっかくの初体験、気持ちよくなるように・・・・・・あんっ・・・・・・しておかないと」

笑うキャスター。
仰向けにされた白兎の上に跨って、その剛直を熱く濡れたヴァギナで飲み込み、腰をくねらせている。

「んっ・・・んくっ・・・ぢゅッ・・・くんっ・・・・・・」
「衛宮・・・すごい・・・こんな、自分でした時は・・・・・・こんなに感じなかったのに・・・あっ・・・吸って・・・もっと、もっと吸って、衛宮・・・衛宮あぁぁ!!」

白兎の顔の上に跨っている美綴。
拘束されたままの白兎の舌に淫唇を、キャスターに胸を弄られ、何度も唇を奪われ、全身から女の匂いを発散させて狂ったように快楽を求めていた。
動く度に揺れる83センチの豊かな胸。
今の彼女を見て『男性的』と称する人間など一人も居ないだろう。
一方、キャスターの動きはごくゆっくりとしたまま。
それは白兎を焦らし、快感を与えつつも絶対に絶頂には至らないように抑制された動きだった。
真っ白な、雪のような肌は今は朱に染まり、潤んだ紫の瞳は情欲に輝いている。

「ほら、白兎さま・・・ちゃんとこの娘を・・・綾子をイかせないと、何時までもこのままですよ」
「んん〜〜んっ・・・んぐぅ!!」

グリグリと腰を回転させる動きに焦燥された白兎が必死になって目の前の『女』を貪った。
充血した淫唇、溢れる愛液、張り詰めた肉芽。その全てを飲み干すように、口を押し付けてむしゃぶりつく。

「きゃっ! あっ、ああぁぁぁ!!」

激しくなる動きに嬌声をあげ、ついに耐え切れず軽く絶頂する美綴。
クタリと、力を失って倒れ込んだ。

「ふふふ・・・良く出来ました、白兎さま。では、ちゃんとイかせてあげますね」

宣言したキャスターは一気に動きを激しいものに変える。

「あっ・・・あうぅぅ・・・激し・・・キャスター、来ちゃうよぉ・・・おちんちんがぁ・・・変に・・・やぁ・・・ダメ、ダメえぇぇぇぇ」
「・・・・・・あ」

グチャグチャとヒワイな音を立てる結合部。
そこへ、モソモソと起き上がった美綴が舌を伸ばした。
快感から逃れるように跳ねる白兎の腰を押さえつけ、根元を舐め、溢れる愛液を舐め取り、キャスターの肉芽に吸い付く。

「はっ・・・ひぃ・・・・・・やぁぁ・・・美綴・・・キャスター・・・ダメぇ・・・もう、許し・・・」
「早く・・・早くイッて、衛宮・・・私もう我慢できない・・・・・・ちょうだい・・・衛宮の、ちょうだい・・・」
「クスクス・・・可愛いお友達がお待ちかねですよ、白兎さま・・・ホラ、もう・・・出しておしまいなさい♪」
「あっ、あっ、あ・・・ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

ドクドクとあふれ出す白濁液が、キャスターの膣に納まりきれずに溢れ出す。
ペロペロとその流れを舐め取ると、熱に浮かされた目を細めて微笑む美綴。

「・・・・・・美味し」
「んふふふふ・・・思った以上にスジが良くて嬉しいわ・・・・・・舌を出しなさい、綾子」
「?」

キャスターは言われるままに舌を突き出した美綴の口に、いつの間にか手にしていた錠剤を口移しで飲ませる。
白兎は既に飲まされている、感覚を増大させて、かつ痛みすら快楽に結びつける薬・・・いわゆる媚薬だ。
それも神代の魔女メディアが調合した薬である。効果は並大抵ではない。
既にライダーの魔眼によって発情させられていた美綴の身体が一気に灼熱する。

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「さぁ、これで痛みなどカケラも無くロストバージンが出来ますわ・・・・・・さぁ白兎さま、開通式の時間です」

優しく自らのマスターに告げるサーヴァントは、息も絶え絶えな、しかし股間の異物だけは未だに限界まで反り返っている白兎の上に美綴を導いた。

「ま・・・まって、キャスター・・・」
「待ちません♪」

最後の理性で抵抗する白兎の制止を無視して、キャスターは美綴の腰を落とすように指示する。
グチュリと音を立てて飲み込まれる肉棒。
一気に処女膜を貫き、亀頭は子宮にまで到達する。

「「ひゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

声をあげたのは同時。
美綴の、キャスターとは違うキツく何段階にも締め付けられるような感触に白兎の理性は消し飛んだ。
美綴もまた、胎内に侵入してきた熱く脈打つ肉棒の感覚に一瞬でイッてしまう。
そのエクスタシーは薬の効果。
だがその薬は同時に、そのまま何度でも続けられるという効果も備えているのだ。

「はぁっ・・・衛宮が、私の中に入ってる・・・あぁぁ・・・づっ・・・衛宮・・・衛宮ぁ・・・」

快感を求めて腰を激しくグラインドさせながら。
身長差11センチ、頭半分ほど小さな白兎の身体を抱きしめて、美綴は鳴く。

「好きぃ・・・好きだよ、衛宮・・・んっ・・・初めてアンタの射を見てからずっと・・・ずっと・・・」

淫猥に喘ぎながら、泣く。

「好きって、言って・・・私の事、好きって・・・お願い」

悦楽に狂いながら、懇願する。

「・・・・・・好き、だよ、美綴・・・・・・私の、大切な・・・・・・」

友達と、言おうとした言葉は飲み込んで、替わりに腰を突き上げる事で誤魔化した。

「白兎さま、私にも・・・」

腕の拘束を解いて、その指を自分の秘所に導くキャスター。
自分にも愛撫をという意味か、好きだと言ってと云う意味か、あるいはその両方か。
白兎は自由になった右手でキャスターを抱き寄せて唇を重ね、左腕で美綴を抱きしめて髪を撫でた。
酔いそうなほど柔らかな二つの媚肉の感触。

「・・・美綴・・・・・・出るよ・・・」
「来て、衛宮・・・・・・私の中に・・・来て・・・いっしょに・・・いっしょにイこう・・・」

その感触に埋没しながら、白兎は美綴の膣内にありったけの欲望を吐き出した。

「はぁっ・・・あっ・・・くあぁぁぁぁ!!」
「衛宮・・・えみやあぁぁぁぁぁ!!」

子宮に熱い穂とほとぼしりを受けて達する美綴。
全身から力を失って崩れ落ちた。
・・・・・・だが、白兎の剛直はまだ硬さを失っていない。
媚薬の効果が継続しているのだ。

「・・・・・・では白兎さま、次は私の中に」

夜は、まだ長い。

 ◆◆◆

眠っている美綴とキャスターを起こさないようにそっと布団から抜け出す。
暗闇に浮かび上がる二人の成熟した裸体にちょっとドキドキしながら、私は作業着を着て土蔵へと向かった。
今夜もまた魔術回路を開いてみるが、どうも二人に根こそぎ吸い尽くされたようで魔力はスッカラカン。
まぁ、一晩眠れば回復するから良いけど。
仕方なく、土蔵の隅に積まれている投影した武器の中から弓を手に取る。
今日キャスターに受けた授業で投影した弓。
矢の方は、三本とも美綴を助けるときに使った後、サラサラと消えて無くなってしまった。
それも別に、明日また投影すれば良いだろう。
キャスターいわく、二本の剣は一本ずつでなく一対として、弓と数本の矢は別々でなくて一組であると『想定』して投影しろと。そうすれば、一回分の魔力で作り出せるとの事だった。
なんだかインチキ臭い話だったが、私の投影魔術自体がインチキっぽいので文句は言えないだろう。
今後しばらくは、そうやって『多くの武器』を『出来るだけ早く』投影出来る様にするのが課題だそうだ。

「同調、開始―――」

だが今は、魔力を使わず、ただ弓と意識を重ね合わせてゆく。

第一節にて、踏みしめた両足を通して自分が立つ『地』とも同調。
第二節では体勢を整え、『地』から『場』へと同調を進めて。
第三節で、手にした弓は既にこの身の一部となっている。
それを構えながら、その弓を『この身』から『場』へと開放する第四節。
第五節、つがえた矢をイメージしながら、ゆっくりと弦を引き絞り。
それは同時に、自己を越えて『場』となった己(弓)と『的』を繋ぎ、『的』を『場』に取り込むための儀式である第六節に繋がる。
第八節はただ、的であり己の中心であり世界の中心でもある一点を射抜く・・・否、既に射抜いたイメージをもって矢を開放するのみ。
第八節・『残心』は、ただその結果を心に留めるだけの事だ。

「・・・・・・貫いた」

存在しない矢を射ただけ。それでも的中を得た手ごたえは確かにこの心に伝わってきた。
魔力はカケラも使っていない。
ただ、魔力回路を開放したまま、かつてやりなれていた射を摸しただけの行為。
けれど、一射絶命。
この一射にて、私は的を射抜き、世界を射抜き、自分を射抜き、エゴを殺した。
一矢射るたびに死す。ならばその度に、新たな生命を享受する。
弓聖と讃えられた弓道の開祖の言葉だが、私にとっては魔術の鍛錬も同じ意味を持つ。
自己を殺し、自我を滅し、エゴを消し去ったその果てにある境地は、私の場合『無我』では無くて『正義の味方』と言う『我』なのだけど。

「遠い・・・なぁ」

嘆息が漏れる。
本当はエゴを殺す事など出来ていない。
世界を貫く矢を射る境地は、まだ私には遠すぎる。
誰もが幸せな世界。誰も傷つかない世界。全ての人を助ける事の出来る正義の味方。
射抜いた先にあるはずの、あまりに遠い理想に目眩すら覚える。
思い出されるのは切嗣の笑顔。
10年前のあの日、私を助けた切嗣の、まるで私が生きていた事で自分自身が救われたような、透き通るような笑顔。
そしてそれと重なるのは・・・もう名前しか覚えていないはずの『彼』の笑顔。
助けられた命だから、その分助けなければならない。
切嗣に、『彼』に、報いるためにも。

・・・・・・そう思っているクセに、助けたはずの友達を犯していたりする自分。
思い描く理想はあまりにも遠すぎて、進むべき道の方向すら解らずにいる。

「こんな私が、正義の味方になんか成れるのかなぁ・・・・・・切嗣・・・・・・士郎・・・」

うつむきながら呟きながら。
意識は、眠りへと落ちていった。

 ◆◆◆

7: ハウス (2004/04/07 20:55:12)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

 ◆◆◆

―――1月31日―――

火災は突然に町を被っていた。
何処から出火したのか、どうして延焼したのか、誰にもわからない火炎の海。
その海に飲まれた、なんと言う事も無い小さく平凡な家族。
幸せだった家族。

「父さんは母さんを助けてくるから。二人で逃げられるな?」

そう言ったのは私の父親。
もう、顔も名前も思い出せない。

「うん、大丈夫」
「士郎、お前はお兄ちゃんだからな。ちゃんと、妹を守るんだぞ」
「わかってる」

返事をしているのは双子の兄。
もう名前しか思い出せない兄。

二人で炎の中を走る。
ついさっきまで普通に暮らしていた家の中は黒と赤に染められてしまって、そこが私達のお家だと思えないほど異界。
早く外に出ないと。ここから逃げ出さないと。その一心で駆ける駆ける。
玄関までたどり着き、あと一歩で外と言う場所で。

―――ミシリと、頭上から音。

焼け焦げて崩れ落ちてくる天井は、まるでスローモーション。
ドンと、背中を押される。
転げながら後ろを見れば、私を突き飛ばしたままの姿勢のお兄ちゃん。
まるでスローモーション。

―――生きろ―――

つむがれる言葉。
透けるような笑顔。
自分自身の死への恐怖も、妹を救えた安堵も、ついていってやれない事を悔やむ悔恨も、この先にある苦難を想う憐憫も、全てを思いながら全てを飲み込んで浮かべた、それは何処までも透明な笑みで。
崩れ去る家と共に炎の中に消え去ってしまった。


―――生きろ―――
それが、私の中にある最も古い記憶。
―――生きろ―――
それが、私が一生背負うべき始まりの言葉。
―――生きろ―――
それが、決して消えない最初の罪

 ◆◆◆

軋む音は古くなった蝶番の音。
侵入してくる冬の外気と人の気配が、意識を覚醒させる。

「先輩、起きてますか?」
「―――むにゅ。おはよう、桜」

土蔵の入り口で朝の光に浮き上がるような桜の姿。
どうやら昨日は鍛錬の途中で眠ってしまっていたようだ。

「はい、おはようございます、先輩」

寝ぼけているようで奇声を発してしまった私を眺めてクスリと笑う桜。

「朝ですよ、先輩。まだ時間はありますけど、ここで眠っていると藤村先生に起こられます」
「んむにゅー・・・・・・確かに。いつも起こしてくれてありがとねー、桜」
「そんなことありません。先輩はいつも朝早いですから、こんな風に起こしに来られるのなんてたまにしかありません」
「そかな? 桜には随分起こされてると思うけど・・・・・・藤ねぇに起こされると本気で命の危険を感じるから、桜に起こされた方が助かる。・・・・・・ん、これに懲りずに次はガンバル」

寝起きの頭で返答した。
自分でもイマイチ何を言っているのか怪しかったり。
夢見が悪かったせいで、寝起きもあまり良くないし。
・・・・・・随分と久しぶりに見た『兄』の夢を思い返す。
何が原因なのか、どうもここのところ連日10年前の火災を夢に見ているような。

「はい、分かりました。でも頑張ってもらわない方が嬉しいです、わたし」

寝ぼけた私が妙な事を口走っていたようで、不思議な返答をする桜。
どう考えても毎朝こんな不出来な先輩を起こしに着てくれるのは大変だろうに。

「ゴメン桜、すぐに起きて朝食の仕度、手伝うから」

言って深く深呼吸。
こういう時に冬の凍えるような大気はありがたい。
冷気が肺を満たすと共にゆっくりと覚醒していく意識。

「そんな、先輩昨日も遅くまで作業をしてらしたんでしょ? 大丈夫です。朝食は私に任せて先輩はゆっくりしてて下さって」
「いや、でも」
「それならキャスターさんを起こしてきて下さい。朝食の下ごしらえはもうほとんど終ってますから」

―――!?
おかげで一気に覚醒した。
まったく、危ないところだ。
今桜がキャスターを起こしに行ったりしたら、ベッドには全裸の美綴とキャスターが居るはずなのだから。

「ああっ、じゃあ二人・・・じゃない、キャスターを起こしてくるから。そうそう、それとツナギのままじゃダメだよね。着替えもしてこないと。うん、じゃあちっょと時間が掛かりそうだから朝の仕度は桜にお任せしちゃうんで、悪いけどお願い!」
「あ、はい。お任せされちゃいます」

まくし立てる私にぐっと可愛らしく握りこぶしなんか作って言ってくれる後輩の笑顔に罪悪感がつのる。
なんだか加速度的に隠し事が増えてるもんなぁ。

「あ、あと、朝食はもう一人分よろしく」
「えっ? えっ?」

とは言え、言えないから隠し事なわけで、あっけに取られた桜を置き去りに、私は全速力で離れの客間へと走ったのだった。

 ◆◆◆

「「「「「いただきます」」」」」

昨日より一人増えた食卓が和やかに開始される。

「それにしても美綴さん災難だったわねぇ。でも怪我とかが無くてホント良かったわ」
「ありがとうございます。衛宮さんにはすっかり迷惑をかけてしまって」

もぐもぐと、今日も元気に大盛りごはんをかき込みつつ藤ねぇがコメント。
猫を被った美綴がそれに答えた。
キャスターの暗示を使って、美綴は『夜道で全裸コートの変質者に遭って慌てて逃げ出し、たまたま通りかかった衛宮白兎が保護して連れ帰った』と言う事になっている。
その上で『落ち着くまでウチで休ませたら、そのまま眠ってしまった』と口裏を合わせ、先ほど美綴家の方にも本人が電話を入れてもらった。
口裏を合わせたと言うのはつまり、昨夜のアレやコレやの記憶は消していないという事。
キャスターは記憶消去をすべきだと言ったのだけど私が頑なに反対し、結局私にアレが付いていると言う事だけ忘れてもらって、普通に・・・・・・いや、普通じゃないと思うんだけど、まぁその、器具を使ってレズ行為に及んだのだと錯覚させたのである。
それにしても、美綴は初めてなのに同性でしかも三人でなんて悪いことをした。
罪悪感とか羞恥心とかで、今もマトモに顔を見る事が出来ない。
だと言うのに。

「本当に、あの時衛宮さんが通りかかってくれて助かりました」
「あ、いや、そんな別に大げさな」

藤ねぇの手前見事な猫を被ったまま、こっちがシドロモドロになるような視線を向け、あまつさえ手なんか握ったりしてくる始末。
前から知っていたけど、彼女の猫は実に強力であった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

一方で、昨夜の出来事のもう一人の参加者は、なぜか終始無言。
時折じーっと睨みつけてくる視線を感じるのに、こちらが目を向けるとツィと横を向いてしまう。
なんでさ。

「えっと、キャス「ああ、桜さん。この鮭の照り焼きはとっても美味しいですわ」
「そうですか、お口に合って良かったです」

料理を褒められて喜ぶ桜。
これじゃあキャスターに無理矢理話しかけたりできない。
でも、負けるもんか!!
会話の途切れるタイミングを見計らってもう一度・・・・・・

「ねぇ、キャ「藤村さん、そろそろ出かけるお時間では?」
「ありゃ、ホントだー。ありがと、キャスターさん」

・・・・・・敗退。
残りの御飯を一気に飲み込んで、慌てて立ち上がり駆け出す藤ねぇ。

「ああ、じゃあアタシも行かないと」

美綴はこれから帰宅してから登校になる。
まぁ美綴の自宅は丁度衛宮邸と学校の中間ぐらいだし、体育会系の女子学生は早着替えが芸の内なので問題無いだろう。

「じゃあ私ももう行かないといけませんね」

慌てて食器を流しに運ぶ美綴と桜。
当然藤ねぇはそんな殊勝なマネはしない。
だって野生だから。
それじゃあ洗い物でもするかと立ち上がって、昨日学校で約束をしたのを思い出した。

「そだ、私も一成くんに手伝いを頼まれてたんだ」

生徒会長を務める一成くんからは、校内にある機械類の修理などを時々頼まれている。
昨日も視聴覚室か何処かのストーブが壊れたからと頼まれていたのだ。
だがそうすると、食器洗いの時間が無くなってしまう。うかつ。

「それでは洗い物は私がしておきますから。いってらっしゃいまし」

快く提案してくれたキャスターの言葉に安心して、穂群原学園の学生三人もバタバタと出かける用意をする。
仕方が無い。キャスターに視線の意味を聞くのは帰ってからにしよう。
そう思った矢先。

「じゃあ、キャス「白兎さまの浮気者」

桜達が居なくなった居間で、ジト目で言われてしまいました。
うう・・・・・・視線が痛い。
そりゃ確かに、美綴を抱いたのは私の意志だし、否定するつもりはまったく無いけど。
浮気と言われたら確かにそうかもだし、今更キャスターは恋人じゃないからなんて言い訳はする気は無いけど。

「でも、美綴を抱くのは、キャスターだって仕方ないって認めてたじゃないのさ」
「ええそうです。これは私の我侭。だけど嫌なものは嫌なんです。貴女が他の誰かを抱くのも抱かれるのも・・・・・・でもそれ以上に、白兎さまが、彼女の昨日の記憶を消すのに反対したのが何より嫌でした!!」

激してテーブルを叩くキャスター。
けれど怒った声音と行動より、目元に浮かんだ涙が、私の心を刺した。
確かに浮気だ。言い訳のしようの無い浮気だ。
けれど。

「ゴメン・・・・・・だけどそれは譲れない。美綴は大事な友達だし、経緯はどうあれ美綴の本心を歪めて、私が彼女を傷つけたんだから。それを、その罪を、なかった事になんてしちゃいけないから」
「・・・・・・・・・・・・アレが、彼女が望んでいない事だったと?」
「だって、そうじゃない。あの黒いサーヴァントの視線の魔力であんな風になっちゃったんだもの。助けるために仕方ないとは言え、美綴、初めてだったのに・・・・・・」

だから、せめて私はその罪を自覚しなければならないと思う。
眉根を寄せてじっと私を見据えるキャスターにそう答えると、彼女は心底疲れたように溜め息をついた。

「・・・・・・・・・はぁ。分かりました。どうも白兎さまのニブさは思った以上のようですわね」
「なんでさ?」

問い返す言葉に返事はくれず、早く学校に行きなさいとと告げて台所に立つキャスター。
んむ?
なんだか知らないけれど、どうも呆れられているらしい。

「浮気って言われたから言うんじゃ無いけどさ、キャスターも女の子なんだし、魔力の補給とか関係なしに好きになれる男の人とか探しなよ。私はそれで魔力を供給するのをやめるとかは言わないからさ」
「・・・・・・・・・はぁ」

キャスターの事を思って言ったつもりなのだけど、また溜め息をつかれてしまった。
仕方なく仕度をして玄関に出る。
桜と美綴が門の所で待ってくれているので、急がないとならない。
駆け出そうとした私の背中に、急にキャスターの手が触れた。
ギュッとつかまれるスカートの裾。

「白兎さま」
「何?」
「貴女が他の女を抱いても、他の男に抱かれても、私には文句を言うつもりも、権利もありません。今日のは、単なる気の迷いです」
「いいよ、文句、言って。私とキャスターは恋人じゃないけど、大切な家族なんだから」
「・・・・・・・・・・・・」

無言。
なにか不安になって振り向くと、深い、まるで湖水のような、いまにも溺れてしまいそうなキャスターの瞳がじっとこちらを見つめている。
この上無く真剣な表情は、なぜか泣き出しそうにも見えた。

「キャスター?」
「一つだけ、約束を下さい」
「どんな約束?」

聞き返す意味などあるのだろうか。
こんな表情を見せられた以上、私に断ると言う選択肢など無いと言うのに。
直ぐにでも肯くつもりの私に、キャスターは静かに、けれど激情を含んだ声で告げた。

「私を、捨てないと。この先貴女に恋人ができても、決して私を捨てないと、誓ってください」

ああ―――なんて愚か。
今更、キャスターの気持ちに気が付くなんて。
キャスターは。いや、コルキスの女王メディアは、イアソンの不実な裏切りによって最後の拠り所を失った悲劇の少女だったのに。
その彼女が、私が裏切る事を恐れ、不安になるのは当然のことだ。

「ずっと、きっと、一緒に居よう。捨てるとか、捨てないとかじゃなく。私達は、家族なんだもの」

そっと、手を取って告げる。

「変節は無いよ。私は、キャスターを信じるって決めたから。こう見えてもね、私ってけっこう頑固なんだよ」
「それは、嫌になる程知ってます」

苦笑するキャスター。
・・・ああ、私ってば単純。
苦笑であれ何であれ、張り詰めた彼女が笑ってくれたらそれだけで嬉しくなってしまう。

「・・・・・・そう言う事で、許してくれる?」
「わかりました。今はそれで満足します。けれど、もし裏切ったら・・・・・・生きたまま魔杖に作り変えてしまいますからね?」

嬉しくなっていたから、そんな怖い事を言われても素直に肯けた。
だってそんな事。
傷を負った女の子を裏切るぐらいなら、殺されたほうがずっとマシなのだから。

「先輩ー! まだですかー?」
「おーい、衛宮ー!」
「今行きますよー!!」

痺れを切らした二人を追って、今度こそ駆け出して合流する。
なんだかその時、さっきのキャスターばりの視線で二人に睨まれたりしたのが謎だったけど。

 ◆◆◆

しくじった。
家中の時計が残らずきっかり一時間進んでいたなんて言う怪奇現象のせいで、いつもより一時間早く学校についてしまったのが運の尽きだった。
自分の失敗に呆然とする私こと遠坂凛を見つけた弓道部主将の美綴綾子に、お茶をしようと弓道場へ引きずり込まれたのはまだ良い。
校長の趣味なのか、学び舎の一施設としては不釣合いに立派な我が学園の弓道場は、寒さが続くこの街の冬の朝、落ち着いて渋い日本茶などををいただくには適した場所であるし。
問題はそう―――

「部長、遠坂先輩、どうぞ」

そっと熱い緑茶を出してくれる大人しそうな雰囲気の髪の綺麗な下級生。
間桐桜も同席している事実に他ならなかった。
綾子とはクラスメイトであり、まぁライバル兼友人であり、こうして弓道場に上がりこんでお茶をいただく事はこれまでも少なからずあった。
けれど桜は・・・・・・単に後輩だとか顔見知りだとかで片付けられる相手ではない。
そのくせ、彼女との共通の話題なんて見い出せるほど、親しく言葉を交わした事も無かった。
最も遠い気になる相手。あるいは、最も近い他人。
それが、彼女と私の間柄。距離感の掴み方は途轍もなく難しい。
・・・・・・仕方が無い。
ここで綾子に変に思われたら絶対に色々と聞かれるだろうし、不自然では無い程度に桜を意識から外して会話を続ける事にしよう。
さて。
遠坂凛と綾子の、共通の、今一番ホットな話題と言えば・・・・・・

「ねぇ美綴さん、貴女『あの話』の首尾はどうななっているかしら?」
「おや、珍しく単刀直入ね、遠坂さん」

む。
それじゃあ私が普段まわりくどいみたいじゃない。
まぁ否定はしないけど。

「あら、話をはぐらかすなんて美綴さんらしくない。まさか勝負に勝てないと諦めたんじゃないでしょうに」
「んー・・・・・・・・・まぁそうかもね」

驚いた。
挑発しようと言った言葉を、綾子は素直に肯定してしまったのだから。

「好きな相手は出来たんだけど、色々問題がありそうな相手でさ」
「な―――」
「え―――」

思わず絶句。
見れば桜も隣で目をまんまるにしていた。
そりゃあ驚く。
美綴綾子は、学園生徒一般からは男嫌いと噂されている。
だが、何を隠そう半年ほど前、私と綾子は『どちらが先に恋人を作るか勝負。負けたほうは一日勝者の言う事を聞く』なんて賭けをした。
恋人とは当然男性なのだから、彼女は男嫌いと言う事は無い。
だから驚く事は無いのだが・・・・・・正直、私はこの女が誰かに恋をするという姿が想像できなかった。
文武両道、武芸百般。
幼少の頃から様々な武術を収め、唯一心得が無かったから入部したという弓道で当然のように主将を務めている女丈夫。
カラっとした気風のいい性格、頼りがいのある姐御気質で、生徒会長である柳洞一成や弓道部副部長の間桐慎二の二人に次いで女子生徒に人気があると云う彼女。
・・・・・・まぁ女としてソレはどうなんだと思うけどさ。
とにかく、その美綴綾子に、私より先に好きな相手が出来たと言うのは、失礼ながら完全に予想外だった。
でも、それ以上に信じ難いのは、あの美綴綾子が諦めとも取れる言葉を口にした事だ。
それだけは、天地がひっくり返っても無いと思っていたのに。
一体どんな相手で、どんな問題があったと言うのだろう。

「それで、相手って言うのは誰なんです?」
「・・・・・・・・・それは言えない」

そう言って顔をそらす綾子。
よく見れば頬はかすかに紅潮していて、まるで恋するオトメのよう。
いや、本人がハッキリ恋していると言ってるんだけど・・・・・・ますます『らしくない』態度だ。
と、妙なプレッシャーを感じて見てみれば、なぜか桜が綾子の方を見ている・・・・・・いや、あれは睨んでいると表現すべきか。
今朝の綾子の言動もレアだけど、こんな表情の桜も始めて見た。

「まさか主将、危ないところを助けられた相手に一目ぼれなんて、言いませんよね?」
「そっ、そう云うんじゃ無いよ。うん」

いま、朗らかな朝の弓道場が凍りつくほど冷え込んだ気がする。
意味は分からないが何か無数のトゲが込められていそうな桜の言葉に、冷や汗まじりで答える綾子。
桜は「はい、主将がそうおっしゃるなら信じます」と言っているが・・・・・・あの目はこれッポッチも信じてないんじゃないだろうか?

「それより、遠坂さんの方の首尾はどうなのよ?」
「残念ながら。そういった気になれる殿方がまだ見つかりませんもの」

肩をすくめて答える。
私はどうも人の情という物に疎い人間なようで、恋愛と言われてもなかなかピンと来ないのだった。
それに、今はそれよりも大切な事の準備で大忙しなのだし。

「殿方・・・・・・そーだよなぁ・・・・・・普通は、そうだもんなぁ・・・・・・」

ふと見ればブツブツと小声で何か呟いている綾子。
その後、私は詳しく話を聞きたがる桜に賭けの事を簡単に説明して、弓道場から退出する事にした。

「ありゃ、射は見て行かないの?」
「見ても分からないもの。それに、顔を合わせたく無い人がもうすぐ来ますから」
「それって・・・・・・慎二の事?」
「それはご想像にお任せします・・・・・・ええまぁ、他にいませんけれど」

なぜか綾子は笑い出しそうな顔を、桜は随分複雑な表情をしている。
そうして。

「まぁ二日連続で嫌われるとは、アイツもかわいそうな事だね」

そんな意味不明の事をのたまった。

 ◆◆◆

8: ハウス (2004/04/07 20:55:36)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

 ◆◆◆

気が付けば放課後。
あの後弓道場前で顔を合わせたくなかった間桐慎二に遭って呆れたり、校舎に入れば生徒会長とばったり会って軽くイヤミを応酬したり、その時小柄な女の子のクセにやたらスパナの似合うアイツに逢ったりしつつ、三枝さん達のお誘いを断って一人で昼食を食べたり、相変わらず優等生を演じたりと、いつも通りの学生生活を無事に過ごした。
ここまでが学生・遠坂凛の時間。
ここからが魔術師・遠坂凛の時間となる。

そう。遠坂凛は魔術師だ。
しかもこの冬木の土地を管理するセカンドオーダー。
魔術師の世界においても、一応名門を名乗れるぐらいの、由緒正しい家柄なのだ。
そんな遠坂の家系も、今は私一人。つまり私が現当主と言う事になる。
前の当主であった父が亡くなったのが10年前。
死因は、老衰でも病死でも事故死でもない。
父は戦争に行って死んだ。
それは聖杯戦争と呼ばれる、この冬木市でのみ行われる魔術師の戦い。
目下私の最大関心事だ。
もっとも聖杯戦争と称される戦い自体は他の土地でも行われているらしい。
ただ、この土地の聖杯戦争だけは、他の土地のそれと明らかに違う部分がある。
それはサーヴァントと呼ばれる使い魔を使役しての戦いだと云う事。
その使い魔を召喚する触媒を探して、私は連日連夜屋敷に残された遠坂家の遺産を探し回っていたのだが、どうにもかんばしい結果が訪れてくれない。
それだけでもイライラすると言うのに。

『ピ―――凛、そろそろ結果を出せ。残る席はあと三つ。お前にはマスターたる予兆が既に顕れているのだ。聖杯戦争に参戦する意思があるのなら、今晩にもサーヴァントを召喚しておけ。お前が不参加の場合、代わりの魔術師を用意する時間がかかるのだから・・・・・・まぁ、死ぬのが怖いと言うのなら早々に教会に駆け込むのだな―――プツ』

なんて留守電が、家に帰るなり入っていた。
この横柄な口調の男は言峰綺礼。
私の父の弟子、つまり兄弟子であり、ついでに今の私の師匠でもある。
魔術協会から教会に鞍替えした変り種で、しかもまだ協会とも繋がっているというエセ神父。
今回の聖杯戦争の検分役であり、教会に駆け込むと言うのはマスターがマスターたる権利を放棄して聖杯戦争を脱落し、検分役に保護を求めると云う意味なんだけど・・・・・・

「安い挑発してくれて・・・・・・やってやろうじゃない」

本当は、最強と言われるセイバーのサーヴァントを召喚する触媒を探していたのだけど、もうかまわない。
散々家捜しして出てきたのは、父の遺品でもある膨大な魔力が込められたペンダント。
強力だが、召喚の触媒になる魔具では無かった。
でも、別に触媒など無くったって、セイバーを扱えるマスターなんて私だけに決まっているのだ。
そう意気を挙げて、私は自分の魔力が最高潮に達する時間―――深夜2時になるのを静かに待つ事にした。

 ◆◆◆

静まり返った夜の街を衛宮白兎はキャスターと歩く。
とは言っても、キャスターは姿を消しているので、端から見れば夜道を一人で歩いているようにしか見えないだろうけど。
背中に盾を背負って、腰に剣を下げて夜道を歩く姿は一発で職務質問を受けそうな姿ではあったけれど、まぁ背に腹は変えられない。
未熟な私では、投影の魔術を使うのに現時点で最短27秒の時間がかかる。
このタイムを縮めるのが目下の課題なのだけど、とりあえず実戦になる可能性がある現在、こうやって持ち歩いたほうが遥かに実際的なのだ。
まぁもう一つの問題として、土蔵に積み上げてある投影した武器類がそろそろシャレにならない量になってきているという事もある。
日曜日に展示会で見てきた武器防具の数々から、キャスター謹製の魔術武器、藤ねぇの家である藤村組で見たドスとかポン刀などなど。
このまま行くと土蔵が武器庫になりそうなので、とりあえず使える分は使おうという方針なのであった。

『どうやら、今夜は収穫無しのようですね』
「そーだね・・・・・・まぁ、事件が無いのは良い事だよ。うん」

新都を一回りして、深山町に帰り着いたのは深夜11時。
何事も無いまま、町の中心とも言える交差点までたどり着く。

「ここから学校や柳洞寺、洋館の方にも行けるけど・・・・・・」
『サーヴァントの気配は、今の所ありません・・・・・・それよりその、早く家に帰って・・・・・・』
「うっ・・・・・・」

念話でも恥ずかしがっているのが判るキャスターの声に、こっちの方が真っ赤になってしまう。
彼女が求めているのは、つまり夜のアレのお誘いである。
どうも日を重ねる毎にキャスターは積極的になっていて、しかも今日など一緒に台所に立ってベッタリひっつくものだから桜や藤ねぇに変な目で見られて・・・・・・と、言うか睨まれてしまった。
私だって嫌なわけじゃないけど、女の子としては羞恥心とか慎みとか、そう云うのを忘れて欲しくないぞ。
周囲の目とかも・・・・・・って、今のキャスターの声は私にしか聞こえていないのだけど。

が、考えてみればキャスターの姿と声は他人には見えも聞こえもしない。
つまり私が一人で喋ってひとりで赤面する変な人に見えているわけで、ただでさえ珍妙な格好だと言うのに顔見知りにでも見られたら目も当てられない。
思わずキョロキョロと辺りを見回して―――

「あれ?」

人影が目に入った。
もう400メートルは離れているだろうか。私の異常に良い視力でなければ気にならなかったであろう遠くの影。
黒いシャツに黒いズボン。
ご丁寧に走りやすそうなシューズと目深に被った帽子、それにウエストポーチまで黒い。
なにより奇妙なのは、片手に下げた日本刀らしき物。
そんな格好の人物が、明かりの落ちた住宅に入ったかと思うと玄関には向かわず、その横の大きな窓にガムテー部を貼り付けていって・・・・・・・・・

「!?――――――そこの貴方っ!!」

叫んだ私の声に驚いたのか走って逃げ出す人影。
ここ数日深山町を騒がせている強盗殺人事件が頭をよぎる。
犯人は不明。
凶器は―――鋭利な大型刀剣類!

「待ちなさいっ!!」

全速全力全疾走。
逃げる影を追って走る走る走る。
こんな事なら弓を持ってくるんだったと思いつつ、絶対に逃がさないと勢い込んで脚を動かす。
平和な家庭。突然押し入る影。理不尽な暴力。そして人の死。
アレがその犯人なら。
アレがまだ同じ事を続けるのなら。
アレは正義の味方である私が、絶対に逃がしてはならない相手だ。

「追跡・開始(トレース・オン)」

脳の中にある撃鉄を落とす。
魔力を込めるのは両足と両目。
決して見失わないように、必ず追いつけるように。。
魔術以前の基礎技術ではあるが、こうやって強化した脚力はオリンピック選手並みの疾走を可能にしてくれる。
更に万全を期すためには・・・・・・

「キャスター、110番! 警察に連絡してっ!!」
『なっ!? 何を言っているのですか! マスターが前に出てサーヴァントが後方に回るなど・・・・・・』
「いいから早く!! あれはサーヴァントじゃ無いでしょ! だったら私で十分!!」
『でもっ・・・・・・ああもう、判りました!!』

背後に感じていたキャスターの気配が消える。
最寄りの電話を探しに行ってくれたのだろう。
ならば、私は私の役目をキッチリ果たす!!

気がつけば夜の公園に入り込んでいた。
縮まる距離。最早目前にある相手の背中。
走りながら背中から盾を降ろして取っ手を握り締めた丁度その時。
振り向きざまに抜刀した影が、その刃で切りつけてきた。

「―――おらぁ!!」
「――――――」

だが、甘い。
既に予想していたその斬撃を、疾走のスピードを殺さぬまま剣で弾き、ほとんど同時にきつく握り締めた盾を相手のわき腹に叩き込む。

「ぎはっ!?」

もんどりうって倒れる男。
速度と体重をありったけ乗せて金属製の板で強打したのだから肋骨の一本や二本は折れたかもしれない。
脇腹を押さえながら上体を起こしたのは、まだ若い20歳ぐらいの男だった。
顔で他人を判断してはいけないのだけど、鼻と言わず唇と言わずピアスを通したその顔は、控えめに言っても善人には見えない。
もっとも、追いかけてきた私を日本刀で斬り付けたのだから、真っ当な善人なはずも無いが。

「なっ・・・・・・なんだよテメェはよぅ!?」

驚いた顔でこちらを見ている。
そりゃそうだろう。私の今の格好は動きやすいツナギ姿に西洋風の剣と盾だなんて、時代錯誤と言うかなんと言うか、まるで中途半端なコスプレみたいなのだから。
その困惑は重々理解できるけど、今は先に聞いておくべき事があった。

「私の事はどうでもいいんです・・・・・・ここ最近の強盗事件、貴方が犯人ですね?」

剣を突きつけて詰問する。
その私に。

「はっ、何の事だかさっぱり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああそうだよっ!!」
「っく!?」

言って、掴んでいた砂と石を投げつける男。
反射的に盾で弾いている隙に、立ち上がった男は再び逃げ出した。

「逃がしま―――!?」

走り去るその先に、別の人影が一人。
男の手には抜き身の日本刀が握られたまま。

「そこの人、危ない!!」
「邪魔だぁ、どきやがれえぇぇぇ!!」

振り上げられる兇刃。
脳裏に次の瞬間の惨劇がよぎる。

「邪魔は貴様だ、雑種」
「!?」

刀を振りかぶった男がそれを振り下ろす前に。
しかし圧倒的に早い動きで男の懐まで踏み込んだその金髪の青年の膝が腹へと突き刺さっていた。

「がふっ!?」
「・・・ふん」

鮮やかに膝を支点に回転する脚。
迅速に跳ね上がったつま先が男の側頭部を蹴り飛ばした。
あっけなく昏倒する男。
そこに及んで、金髪の青年は両手をポケットに入れたままだった。
圧倒的な強さ。容赦の無い攻撃。男を見下す無慈悲極まりない瞳。
そこに感じたのは、恐怖。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ん、この前の女か? また逢ったな」

言われて思い出す。
その青年は一昨日商店街でぶつかった人だ。

「あ・・・・・・こ、こんばんは」
「ほう。端女かと思っていたが、夜警の類だったのか」

一瞬感じた恐怖も忘れて思わずペコリと頭を下げて普通に挨拶してしまう私に、そんな事を言ってくるギルガメッシュさん。
ハシタメだとかヤケイだとか、なかなか古風な人だ。

「夜警じゃなくて正義の味方です」
「っく・・・・・・くははははは・・・・・・はははははははははははははははははははははは」

思わず反射的に答えた言葉に、近所迷惑も考えずに大笑いされた。
まぁ予想通りの反応だけど、ここまであからさまだと逆に清々しさすら感じてしまう。

「ははははは・・・・・・はは・・・・・・なるほどなるほど、そうか。今の世の人間にしては面白い女だ。気に入った、名を名乗る事を許すぞ」
「はぁ・・・・・・・・・衛宮白兎です。貴方はギルガメッシュさん、ですよね?」
「ほう、我の名を何処で知った?」
「ほら、商店街で神父さんが貴方を呼んでいたじゃないですか。あの時です」
「神父・・・・・・ああ、綺礼のヤツか」

随分と尊大な態度のギルガメッシュさんだが、やはりここまで突き抜けていると腹を立てるのも馬鹿馬鹿しくなる。
と、公園の外からパトカーのサイレンが聞こえてくる。
キャスターが呼んでくれたのだろう。

「―――ふん、五月蝿くなってきたな。今宵の散歩はここまでにするか」

呟く言葉はあくまで平静。
刀で切りかかられた事など気にも留めていないようだ。

「あの、この強盗犯退治のお手柄は貴方の・・・」
「知らん。煩わしい」

一言で斬って捨てると、クルリとサイレンの音に背を向けて去っていくギルガメッシュさん。
背中越しに片手を挙げてヒラヒラと手を振る彼に、私も小さく手を振った。
まぁ警察にあれこれ説明するのが面倒と思う人なのだろう。
・・・・・・ってゆーか、私の格好なんかは絶対警察に説明できない類の物だと今更気がつく。
強盗自身が持っていたガムテープで刀ごと街灯に縛り付けて、ポーチに入っていたマジックで『強盗犯につき逮捕を願う』と顔に書いてから、慌ててパトカーの来ていない方向に逃げ出した。

「それにしても・・・・・・」

走りながら考えたのは金髪の青年の事。
強盗に一撃を加えた動き、どこか剣呑な空気、それにギルガメッシュという名前。
それは人類最古の叙事詩の英雄と同じ名前だ。
ひょっとすると彼は・・・・・・

「・・・・・・まさか、ね」

英雄の名前を子供につける事なんて良くあるだろうし、あの人は魔術師としての目で見ても肉体をもっていた。
だから、きっと。彼はサーヴァントでは無いはずなのだ。

 ◆◆◆

海浜公園の街頭時計の針が12時を指す。
夏にはカップルと覗きのメッカとなる公園だが、冬木市の長い冬の真っ只中、川風も厳しい公園にたむろしている人影は二つだけ。

「まったく、美綴一人襲えないなんて。随分と無能なサーヴァントだよな、ライダーは」
「・・・・・・・・・・・・」

ベンチに腰掛けて悪態をついている男と、それに何の反応もせずただ立っているだけの黒衣の女。
女の方は、昨夜美綴を襲撃しようとした女サーヴァント・ライダーである。
彼女は既に昨夜は魔術師らしき敵の介入で邪魔をされた事、その女は強力な魔術防壁を一瞬で使ってきた事、まだ聖杯戦争が始まっていない今、派手に暴れるのは危険であるという事を説明していた。
にもかかわらず彼女のマスターはライダーに対する悪口雑言を吐きつづけている。
結局、何事にでも難癖をつけたくて、だから何時までも難癖をつけ続けているだけなのだ。
原因があって結果苛立つのではなく、苛立ちをぶつけるために原因を求める。
彼はそう云う類の人種であった。

「まぁいいさ。僕は寛大だからね・・・・・・とりあえず今夜は、適当なエサを喰って帰るとしようか」

軽いウェーブのかかった髪を掻き揚げ、黙って微笑んでいれば秀麗だとか可愛いだとか形容されるであろう顔をいびつに歪ませて立ち上がるマスター。
その時、公園の入り口から足を踏み入れる人影があった。

「ん? ちょうど良いエサが来てくれたじゃないか。どうやら女みたいだし・・・・・・アレにしろ、ライダー」
「・・・・・・待って下さいシンジ、アレは・・・・・・」

言って、自らの主を守るように立ちふさがるライダー。
近づいてくる人影。
街灯の下にたどり着き、照らし出されたその姿に、ライダーのマスター・間桐慎二はやっと異常に気がついた。

「な―――なんだアイツは!?」

その身を被うのは細かな銀の鎖で編まれた鎖帷子。
胸と手足の部分は板金鎧で補強され、頭には二本のツノを模した装飾のある兜を被っている。
右手には赤黒い不吉なヴァイキング風の長剣。
左手には鎖に繋がれた白骨を象嵌してある大きな盾。
北欧神話のヴァルキューレを彷彿とさせるこんな格好をした女が何者かなど、今の時期を考えれば答えは一つしかあるまい。すなわち。

「サーヴァント・・・・・・セイバーですか!」

言うり早く、うねる蛇のような動きでライダーが飛び出す。
どう見ても槍兵でも弓兵でもなく、まして魔術師や暗殺者にも見えない以上、それはセイバーかバーサーカーであろう。
だが、そのサーヴァントの気配に狂気は無い。
あるのはただ、研ぎ澄まされた殺気。

「ハアッ!!」

投げつけた杭のようなダガーを目くらましに、四肢の全てを使った奇怪な走法をもって相手の背後に回るライダー。
手にした盾でダガーを弾くものの、自分の動きにまったく対応できずにいる相手を見て無表情な顔の下でほくそえむライダー。
相手が宝具を使う前に倒すべく先手必勝を成そうと考えたライダーではあるが、セイバーかも知れない相手に真っ向から討ちかかるほど無謀では無い。
手の中に愛用のダガーをもう一本実体化させ、真後ろから投擲する。

「ジャッ!!」

これがかわされても―――いや、当然回避される。相手はサーヴァントなのだから―――ライダーの攻撃は終わりではない。
今は実体になっていない、最初に投げたダガーに付属した鎖を出現させれば敵を絡め獲る事が出来る。
そのまま魔眼を叩き込み、動きを封じた所で必殺の一撃を打ち込めばいい。
そう考えていた。

「!?」

だが、相手は避けない。
ただ、飛来するダガーよりも迅く、彼女のマスターに向かって疾駆しただけだ。

「――――――殺ね」
「ひいっ!?」

死の臭いを纏った剣が振り上げられた瞬間、ライターはためらう事無く魔眼を発動させた。
空間そのものまで圧殺するかのような重圧。
余波だけで慎二をも巻き込んだ呪縛の呪いが公園の夜気を軋ませる。
その中で、なお剣を振り下ろそうとしているサーヴァントに向かって、ライダーは身体ごとぶつかった。

「シンジに手出しはさせません」
「ちっ!!」

数歩分の距離を弾き飛ばされたたらを踏むサーヴァントだったが、すぐさま体勢を整えて―――ライダーを無視して慎二へと向かった。

「逃げなさい、シンジ!!」
「あ・・・はあぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」

即座に魔眼の威力を解いて叫ぶライダー。
だが、肝心のマスターは恐怖に縛られて震えるだけだ。

「くっ」
「―――殺す」

二人の間に割って入って、激しく斬りつけてくる敵の剣から慎二を守り二本のダガーを振るうライダーに内心焦りが浮かぶ。
このままでは不利だ。
ライダーのクラスは進軍スピードが高い事が特徴。
その戦い方もまた、奇襲や一撃離脱を旨とした速度を生かしたものである。
にもかかわらず、動けないマスターを守っての戦闘となるとまったく長所が生かせない。
まして、魔術師ならぬマスターを持ったことにより十分な魔力供給が受けられないその身。
このままでは敗北は必至だった。

「殺す。殺す。殺す」
「ひいっ! 来るな、来るなよぅ!!」

それでも、執拗な攻撃を捌き切る事が出来たのは、相手がマスターである慎二だけを狙い、言葉と裏腹にライダーを傷つけないように切りかかるという不思議な行動をしているおかげだった。
それにもう一つ。
そのサーヴァントの内包する魔力量が、今のライダーよりも劣る程度しか無かったことだろう。
ならば。

「シンジ、撤退します!!」

叫んで、しかし背後ではなく前に突っ込むライダー。
案の定敵サーヴァントは驚いて剣を退いた。
即座に反転し、いまだ青い顔で硬直したままの慎二を小脇に抱えて走り出す。
そのスピードは、現状でさえランサーを覗く全サーヴァントの追随を許さない。
あのサーヴァントの魔力量では、追ってくる事は無いだろう。

「この屈辱、忘れませんよセイバー」

短く呟きながら、ガタガタと震えるマスターを抱えたままビルの谷間を疾走するライダー。
予想通り敵の追撃は無く、主従はそのまま夜の闇に消えて行った。

 ◆◆◆

―――時計の針が、2時を指す。

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出て、王国に至る三叉路は循環せよ」

私、遠坂凛は魔術師である。
生命力を根源とする小源(オド)と自然界に偏在する大源(マナ)、総じて魔力と呼ばれるエネルギーを操って様々な神秘を行う者。
一般人には無としか思えぬ状態から火炎や雷撃を生み出し、不可逆を可逆に変え、現実の諸相を変容させ、箒をつかって空を飛び、黒猫や鴉を使い魔として従える御伽噺の登場人物の末裔。

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する」

ゆえに今宵、遠坂凛の魔力がもっとも満ちる深夜の二時、彼女が自らの工房にして住居でもある遠坂邸の地下室にて、召喚の魔法円の前に立ち魔道の儀式を執り行うことはなんら不思議ではない。

「―――Anfang(セット)」

呟いたのは切り替えの言葉。
自らの肉体を遠坂凛という名の少女から、魔術を成すためだけの装置へと変革するスイッチ。
瞬間、呼び集められた大気中の魔力が、私の体内を走る魔術回路へと流れ込み始めた。

「―――――――――告げる」

ザリザリと体内を破損させるエネルギーの奔流に満たされつつ、充ると同時に失われる感覚。
喪失する端から尽きる事無くエネルギーは流れ込む。
流れ込む端から満ちていたエネルギーは喪失される。
流入と喪失は円環を描き、肉体は魔方陣の一要素にして中核へと変貌していった。
循環する魔法円。その円内を疾駆する魔力。
魔力という異質に拒否反応を示して、その主の意識を刈り取ろうとする自己の肉体を制御。制御。制御。
いかなる魔術師であろうとこの拒否反応は無くす事は出来ない。ただ制御を行うのみ。
否。より激しい拒否反応を制御可能な者こそが達人と呼びうるのだ。
その意味で、この私は魔術師として完成の域に達しているだろう。
肉体と精神を侵す激痛を、全て圧して耐え切って見せる。

左腕では魔術刻印が吼え猛る。
魔術装置であり、魔杖であり、魔法書であり、一族の知識の結晶でもあるそれは、儀式を成功に導くために独自に詠唱を開始して、少女の魔術回路に更なる魔力を流し込んでゆく。

「―――――――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば答えよ」

その信じ難い激痛をすら制御しきって、遠坂凛は自らの魔術行使の成功を確信した。
確かに感じた手ごたえを現実のものとすべく、最後の一節を高らかにとなえる。

「誓いを此処に。
我は常世全ての善と成る者、
我は常世全ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――!」

魔方陣に循環する魔力が変換される。
それは第五架空物質。エーテルと呼ばれる不在の要素。
荒れ狂う『ありえないモノ』の奔流が、定められた儀式により編まれる力場に収束する。
収束するはずだ。

この儀式はサーヴァントの召喚儀式。
聖杯戦争と呼ばれる戦いへの参加権を手に入れるもの。
聖杯という人の手に余る物を手に入れるため、人の手に余る英霊―――人の中から生まれて人を超え、精霊や神に近い存在へと昇華したゴーストライナー―――を召喚し、使役する七人の魔術師がお互いに戦い合う大儀礼への最初の一歩。
通常の使い魔などとは比較にならない、最強の使い魔・サーヴァントを聖杯の力を借りて呼び出すための魔術儀式だ。
なればこそ、収束したエーテルは魔法円の中心に収束し、サーヴァントとしてのカタチを得ていなければならないのだが・・・・・・

「あれ・・・・・・?」

私の前には何者も現れていなかった。
それどころか魔力やエーテルの残滓さえない。
あまつさえ上の部屋、居間のあたりから何か派手な破壊音が鳴り響く。

瞬間、慌てて駆け出す。
跳ねるように階段を駆け上がり、衝撃で歪んだのか開かなくなったドアを蹴り開けて居間に飛び込んだ。

「・・・・・・なっ!?」

絶句。
まず目に入ったのは嵐でも通り過ぎたかと思えるほどにグチャグチャになっている居間の惨状。
続いて、その部屋の真ん中で妙にえらそうな態度でふんぞり返っている真紅の服を着た人物を視認した。
紅い外套につつまれた、筋肉質の男。
色を失った真白の髪に、引き締まった褐色の肌。
鷹を思わせる鋭い双眸は、しかし気だるげに細められていた。
赤い外套を纏う身長は190にも及ぶだろうか。
真紅の外套の下には拘束具めいた黒い鎧。
強靭な騎士を連想させるその男は、まるでこの部屋の主でもあるかのように私に尊大な視線を向けている。
けれど、何より気になったのはその背後。部屋の惨状にもめげず健気に時を刻んでいる柱時計だった。
時刻は丁度二時。遠坂凛の魔力が最大限に高まる刻限であり、だからこそこの時間に召喚の儀式を執り行ったのだが・・・・・・

「・・・・・・・・・また、やっちゃった」

遠坂家の『遺伝的な呪い』。
大事な局面で決まって凡ミスをしてしまうと言う欠点。
私は今朝から時計がまるまる一時間進んでいたという事実を失念していたのである。
つまり現在の時刻は一時。魔力が最高値になるまであと一時間という時刻だった。
屋敷中の時計が狂っていた原因は不明。
まるで凛が儀式に失敗するように、世界自体が時計を狂わせたかのような偶然の出来事だった。

「やっちゃった事は仕方ない。反省」

まったく自慢にならないが、大ポカをやらかす事には慣れている。
私の切り替えは早いのだ。
とりあえず失敗は失敗として、目の前の男に目を向ける。

「それで、アンタ、なに」
「開口一番に出てくる言葉がソレか? これはまた、とんでもないマスターに引き当てられたようだな」

赤い外套の騎士は、これ見よがしに眉根を寄せて、同時に嘲笑するような視線でそんな事を言った。
その後小声のくせに聞こえよがしに「これは、貧乏クジを引いたかな」などと付け足したりしやがる。

「―――――――――」

怒りと、そして驚きに言葉を失った。
マスターに引き当てられた。
その言葉は、彼が召喚されたサーヴァントであることを示している。
しかし服装こそ奇矯ではあるが、目の前の男はまるっきり人間に見えた。

―――否。
遠坂凛の魔術師としての知覚が、その感想を圧殺する。
アレは魔力のカタマリだ。強大で危険。人間の中から生まれながら、精霊の域まで達したバケモノ。ニンゲンを超越した『亡霊』、神域に達した魂『英霊』なのだと。

カチリと、柱時計が分針を刻む。
まるで私がこのサーバントを引き当てる事を仕向けるために狂いを生じさせたような、一時間キッカリ進んでいた時計の音。
その音で我に返る。
アレは、私の。
どれほど強力だろうと、アレはサーヴァント。魔術師・遠坂凛の使い魔だ。
問題とするべきは、この初対面で性格が悪いと分かるこの男をいかにして従え、コントロールするか。
そう自分に言い聞かせて頭を切り替え、白髪のサーヴァントへ問うた。

「―――確認するけど、あなたは私のサーヴァントで間違い無い?」

これが魔術師・遠坂凛と、そのサーヴァント・アーチャーのファーストコンタクトであった。

 ◆◆◆

―――2月1日―――

攪拌された過去が再構成されてゆく。
自分が何者であるか、思い出してゆく。
私の記憶。
それは殺戮に彩られた地獄の記憶だった。
私は英霊であり守護者。
その在り様は、輝かしい呼称とは裏腹に最悪だった。
世界の滅びを回避するべく、人が滅びをもたらした場所に現われて、その一切合財を刈りとる死神。
生きるものも、死にゆく者も、全てをなぎ払い殺しつくす破壊者。
けれどそれが、その場所以外に生きる人々を守るためならばそれで良いと、自分に言い聞かせた事もある。
そう。
そんな、自分の手が血にまみれる事よりも最悪なのは。
滅亡の淵に現われる人間の醜さだ。
怒り。殺戮。不義。殺戮。嫉妬。殺戮。欺瞞。殺戮。狂気。殺戮。我欲。殺戮。悦楽。殺戮。妄執。殺戮。破壊。殺戮。殺戮。殺戮。殺戮。殺戮。殺戮。殺戮。
あらゆる悪意が、そこにはあった。
浮き彫りにされたそれを見せ付けられ、全てを、殺して殺して殺して殺しつくす。
その繰り返し。

ああ、そうだ。
誰かを助けるためなら良いなどと言うのは大嘘だ。
だって、この手はただの一人も救う事など出来ていないのだから。

果てしない死と死と死の道程。
ココロを磨耗させる血塗られた在り方の果てに、望んだ理想は、胸に抱いた正義は、ただ絶望へと変って行った。
そして何時の頃からだろう。
私が望むのは、たった一つの醜悪な奇跡だけになっていたのだ。

 ◆◆◆

―――さて。
ここに剣(セイバー)と本(トオサカリン)と闇(マトウサクラ)がある。
君が挑むのは十年前だ。
何を選んで何を倒すべきかは。
決して、自分にだけは知られてはいけないよ――――

 ◆◆◆

何を選んで何を倒すのか。
ああ、そんな事はもう決まっている。
殺すのはエミヤシロウ。かつての自分自身に他ならない。
私は冬木市の聖杯戦争に呼び出されたアーチャーのサーヴァントだ。
人であったこの身が死んだ日から約十年の過去。
死後守護者となって世界の掃除屋に成り下がってから幾年月。
磨耗したココロで、ただ過去の世界に現界して自分を殺す事だけを唯一の希望としてきた私に巡ってきた、千載一遇のチャンスだった。
過去の自分を自分の手で殺す。
その行為によって、世界は矛盾を孕み、結果英霊エミヤの存在が消滅する。
それだけが、今の私の希望だった。
不運にも私を召喚したマスターの不備によって混乱していた記憶も朝日が昇る頃にはほぼ回復している。

マスターである女魔術師に令呪まで使って『命令に服従する』などという呪縛をかけられたのは予定外だが、どの道聖杯戦争はマスター同士の殺し合いだ。
過去の私が『私の過去』の通りマスターであるなら殺し合いになるのは必定。
無限に分岐する多次元宇宙の『ゆらぎ』によってこの次元の『衛宮士郎』が万一マスターになっていない場合でも、マスターの目を盗んで小僧一人殺害するぐらいは容易いだろう。
その時は・・・・・・衛宮士郎の魂を『喰って』しまえば矛盾は更に増すかもしれない。
その行為を想像して、私の魂は暗い悦びに震えた。
まぁその令呪の命令のせいで、不完全な召喚の儀式のせいで半壊した部屋の掃除までさせられたのは、なんと言うか不本意もいいところなのだが。

「それより―――貴方、自分の正体は思い出せた?」

夜を徹して完璧に修復と掃除をした部屋のソファで、私が淹れた紅茶を傾けながら聞いてくるマスター。
その質問の答えはYESだが・・・・・・私は黙って首を横に振った。
思いもしない所から『自分』に知られないとも限らない。私怨の事は誰にも漏らさない方が良いだろう。

「そっか―――なかなかに深刻ね。
まぁいいわ、貴方の記憶については追々なんとかしていくって事にして。
まずはアーチャー、着替えてくれる?」
「着替え? なにをするつもりだマスター」
「街を案内するわ。どうせ学校は休む事にしたし、おおまかな道や建物がわかった方が作戦なんかも立てやすいでしょ?」

確かにもう日は高く、これから学校に向かうにはいささか遅い時間だ。
この街の地理に関しては『知っていた』のだが、その細部は摩滅して思い出し難い・・・・・・確かに簡単に把握しておくべきだろう。
だが。

「ああ、それならマスターからの魔力パスを切ってもらえば良い。そうすれば我々サーヴァントは霊体化して人の目には映らなくなる」
「あ、そうか・・・・・・元々英霊って霊体だもんね」
「そうだ。そうやって魔力消費を抑えて、普段はマスターの負担を減らしている。まぁ戦う時には実体化しなければならないが・・・・・・霊体でもマスターとの会話は可能だから、偵察ぐらいは出来る」

ポカンと、感心したようなマスターの顔。
魔術師としてはまだ若いが有能な、綺麗な顔に底意地の悪さを隠している小悪魔のような彼女がそういった表情を見せるのは・・・・・・うむ。少し気分が良いぞ。

「ほんっ気で便利ね、サーヴァントって。よし、じゃあ早速出かけて・・・」
「待ちたまえマスター。君、大事な事を忘れていないか」
「え? 大切な事って、なに?」
「・・・・・・まったく。君、まだ本調子ではないぞ。契約においてもっとも重要な交換を、私達はまだしていない」

心底不思議そうにキョトンとこちらを見るマスター。
む。そう云う表情は年頃の娘らしくて大変可愛らしいが、魔術師としてはいかがなものか。
まぁ彼女の内面の強さは昨夜の会話で十分確認したので、それほど心配はしていないが・・・・・・今朝はどうも鈍さが勝っているような気もする。
ああ、そう言えば先刻朝は弱いと言っていたか。

「君な、朝は弱いんだな。本当に」
「悪かったわね・・・・・・って、そうか、名前!」
「やっと思い当たったか。まぁ今からでも遅くは無い。私は君をなんと呼べば良い、マスター?」

遅ればせながら、自分がまだ名乗っていない事に気がついてくれたらしい。
一瞬、心底すまなそうな表情を見せる彼女。
だが、次の瞬間、満面に嬉しそうな笑みを浮かべる。
・・・・・・・・・まさか私をイイヒトだとか善人だとか思っているのではないだろうな?
そんな思い違いを確信にまで至らせないように、私は顔を背けた。
その途端。

「・・・わたし、遠坂凛よ。貴方の好きなように呼んでかまわないわ」

そんな、頭が真っ白になるような事を告げられた。
凛。
トオサカリン。
かつて、私が衛宮士郎だった頃憧れていた少女。
かつて、聖杯戦争のマスターとして共闘した少女。
その戦いの結末は、年月に磨耗して霞のように定かではないが、彼女はエミヤシロウにとってかけがえの無い人だったはずだ。
欠けた記憶を埋めるピースが嵌り込む。
そう。遠坂凛のサーヴァント・アーチャーは、衛宮士郎の家に駆けつけ、■■■■に切り伏せられ・・・・・・■■■のサーヴァントと・・・・・・衛宮士郎と手を組み・・・・・・■桐■二がマスターの一人で・・・・・・柳洞寺にキャ■■■と■■■■二郎が・・・・・・バ■■■■■の宝具は■■の重ね■け・・・・・・だめだ・・・・・・頭痛が酷い・・・・・・世界が、未来を知って行動するのを阻害しているのか?
ああ、だがそんな事は関係ない。
今重要なのは、俺の目の前に居る彼女が遠坂だと言う事だ。
顔形すら忘却しきっていた少女が、声すら忘れていた少女が。
ただその生き方に、在り方にふさわしい凛と言う名の響きだけしか覚えている事が出来なかった彼女が。

「・・・・・・遠坂、凛」

俺・・・私の、マスターだと言うその事実こそが重要。

「では凛と。ああ、この響きは実に君に似合っている」

万感の思いを込めて、けれどその気持ちは押し隠したまま、告げた。
だって言うのに、凛は風邪でもひいたかのような顔色でこちらを見ている。

「凛? どうした。なにやら顔色がおかしいが」
「――――――う、うるさいっ! いいから行くわよアーチャー! と、とにかくのんびりしている暇なんて無いんだから・・・・・・!」

あまつさえ顔を真っ赤にして怒鳴られてしまった。
・・・・・・なんでさ。
不可思議な凛の行動に溜め息一つついて、私は彼女のあとを霊体化してついていくのだった。

 ◆◆◆

「くぅ・・・あ・・・あうぅぅぅ・・・み、美綴、駄目ぇ・・・こんなっ・・・・・・誰かに、見られたら・・・あぁぁっ・・・」
「んっ・・・ちゅっ・・・・・・くぷっ・・・・・・はんっ・・・・・・」

・・・・・・いったいなんで、こんな事になっているのか。
昼休みの学校、弓道場の裏にある雑木林の中。
人気の無いその場所に衛宮を呼び出した私は、制服のスカートを捲りあげ、股間に生えた女の子にはありえないモノを膝まづいてしゃぶっていた。
一昨日から記憶が時々あいまいで、自分の事ながらおかしいと思っていた。
昨日など気がついたら海浜公園にパジャマ姿で立っていたし、今日は今日で昼休みに入った途端記憶が無くなっていて、こんな事をしている。
まぁそれでも・・・・・・相手が衛宮でよかったとも思っている。
これでもし見ず知らずの誰かにこんな事をしていたのなら、それこそ目も当てられない。
それに比べれば衛宮とはもう一回エッチした間柄だし、私に舐められて、スカートを握る手をプルプル震わせて声を出さないように耐える衛宮の顔なんかは可愛いし、反り返って先走りの液を滲ませているコレなんかに対しても嫌悪感は無く、むしろ熱いソレが愛しいとすら思えてくるのだから。

「そうだ。衛宮はこんな事されたことは無いだろう?」

そんな感情の赴くまま、あたしは制服のタイを解き、胸を肌蹴て、ブラをずらす。
露わになった私の胸をみて衛宮がゴクリと喉を鳴らした。
ふーん・・・・・・自分が『無い』からか、衛宮はおっぱい好きなのかも。
桜には負けるとは言えケッコー自信があるその胸で、私は衛宮のソレを挟んだ。
所謂パイズリというやつだ。

「美綴! なっ、なにを!?」

衛宮の慌てる様子からすると、どうやらあの『キャスターさん』にはしてもらったことは無いようだ。
とは言っても、中学生になる弟がこっそり隠していた雑誌で見ただけで私も初めての行為なんだけど、なんでも男にとっては夢の一つらしい。
私の唾液でドロドロになっている反り返ったソレを包むに胸を押し付けて、それでもなおはみ出た先っちょを舐めてあげると。

「うあっ・・・・・・ダメ・・・ホントにもう・・・・・・出ちゃうから・・・・・・出しちゃうからぁ、お願いだから、止めて・・・・・・」

などと、泣き出しそうな顔で懇願してくる衛宮。
だけど止めてなんかあげない。
だって◆◆◆マリョクをホキュウしなければワタシはマタカツドウをテイシしなければナラナクナル◆◆◆衛宮に気持ちよくなって欲しいから。
それに、衛宮が胸でイかされるのはキャスター◆◆◆あのコンカイショウカンされたのだろうさーばんとはキケンだが、そのますたーをミカタにトリコメレバ、ワタシとヨリシロのアンゼンをカクホするのにチョウドヨイ◆◆◆さんにもまだされた事の無い、初めての行為なんだと思うと優越感も湧いてくる。
衛宮が好き。
だからキャスターさんに嫉妬している。
だからこんな場所に無意識に衛宮を連れ込んでいるんだ。
自分のあさましさを痛感しつつ、でももう気持ちは止まらなかった。

「出ちゃう・・・出ちゃううぅぅぅ・・・・・・ちんぽが・・・爆発しちゃうようぅぅ・・・」
「いいよ衛宮・・・んっ・・・わたしの顔に、全部・・・出していいよ」

理性の融け切った衛宮の顔が可愛くて、私は少し乱暴に舌先で尿道口をつついた。
その途端。

「うあ・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

大量の精液◆◆◆マリョクをホウシュツするきゃすたーのますたー。◆◆それを、一滴残らず飲み干す。
喉の奥に絡みつくような、青臭い液体。
それでも、それが衛宮のだと思うと嫌じゃない。
◆◆◆そう。依代である綾子が嫌だと思わなかったのは僥倖だった。しかし、この身に味合わされた屈辱は忘れない。
あのライダーのサーヴァント。そしてそれ以上にそのマスター。
昨日は仕留め損ねたが、今度は必ず抹殺してくれる。
我がクラス、盾の騎士ディフェンサーの名にかけて。
・・・・・・そのためには、もっと魔力を補給しなければ。
幸い、私の心は綾子の心。
この可愛らしいキャスターのマスターともっと◆◆◆
もっと、欲しい。

「衛宮♪ 今度はわたしにしてよね」
「ちょ、美綴・・・・・・学校でこれ以上の事はあぁぁぁ」

枯葉の積もった地面に押し倒す。
遠くで、始業のチャイムが鳴っていた。

 ◆◆◆

「はぁ、疲れたぁ・・・」

夜の新都をとぼとぼと歩く。
街には仕事帰りのサラリーマンやOL、まだまだ遊び足りない若者などでごった返している。
ネオンに照らされた新都の空は深山町よりも星が少なく、くすんだ月光だけが存在を主張していた。
今日の衛宮白兎の仕事は、藤ねぇの実家・藤村組と縁のある・・・と言うか実質組の子会社である土木建築業者でのアルバイト。
体力には自信があるものの、性別とか年齢の関係でなかなか見入りの良い日雇いのバイトで雇ってもらえない私なので、雷画おじぃさん―――藤ねぇの祖父―――にはいつも感謝している。
で、建築業者の日雇いだけに当然仕事は肉体労働なのだから疲れるのは当然なのだけど、普段から鍛えてあるしもう何度も雇ってもらって手慣れた仕事なので、そっちではそれほど疲れたわけじゃ無い。
こう見えても、現場のおじさん達からは『マメトラ』なんて愛称で呼ばれているほど馴染んでいるのだ。えっへん。
ちなみに愛称の由来は「マメっちょいのにトラックみたいに馬力がある」のと「トラ(藤ねぇ)の妹分だから」というのを掛けているのだとか。
・・・・・・現場で働く藤村組の若い衆のお兄さん達。その呼び名は藤ねぇの前でだけは出さないように。あなた方の身の安全のために。
閑話休題。
じゃあどうしてこんなにくたびれているかと言うと、昼休みに美綴に拉致されて、雑木林で野外プレイなんて事になってしまった事が最初の原因。
続いてそのせいで午後の授業をサボってしまい、結果担任教師(当然藤ねぇ)にサボリの理由を聞かれた事・・・・・・って、聞かれても答えられるわけが無いデス。
あげく一旦家に帰ったらキャスターにも美綴との事を問い詰められて「今夜はオシオキですね♪」などと言われてしまった事が原因なのだった。

「・・・・・・家に帰るのが怖いなぁ」

誤魔化しきれた自信は無いので、多分藤ねぇは家で(タイガーだけに)虎視眈々と待っているだろうし。
キャスターなんか、嬉々として例の『薬』とか用意していそうだし。
ついでに今朝、出かける前に桜とキャスターのどっちが夕飯を作るかで言い合っていたのも、なにか不安をさそうし。

・・・・・・街行くサラリーマンのお父様方、これが帰宅恐怖症という物でしょうか?

そんな風に現実逃避ぎみに夜空なんかを見上げていたら、妙なものを見つけてしまった。
新都でもひときわ高いビルの屋上。
そこに立つ見覚えのある人影。

「あれって・・・・・・」

切嗣謹製視力抑制メガネを外して、眼球へと魔力を送った。
この状態の私は、昼間なら空すら成層圏の紫色に見えてしまう視力になる。
それまで星が見えなかった夜空に無数の星々が現われ、くすんでいた月光も夜気を切り裂くように輝き始める。
その夜のパノラマを背負って。
二つに結んだ長い髪や、夜空の黒に浮かび上がる赤のコートを風に弄らせるままに凛と・・・そう、名前の通りに凛と立って下界を見下ろしている姿。
私があんな風になりたいと憧れている我が学園一の優等生・遠坂凛だった。
けど、なんであんな場所に立っているのだろう?

「ん?」

なにか、眼が合ったような気がする。
いや、この距離ではありえない。
人並み外れて視力の良い私が、魔力まで使ってやっと見える距離なのだ。
彼女があの高さから、しかも人ごみの中に居る私を見つけられるはずなんて無いはず。
と、じっとその姿を見ていると、遠坂さんは唐突にきびすを返して姿を消してしまった。

「はて、なんだったんだろ・・・・・・でも・・・」

でも、月を背にして立つ遠坂さんの姿は。
まるで御伽噺の中の、塔に立つ魔術師のようで。

「なんだか似合ってたな、遠坂さん」

 ◆◆◆

「ただいまー」

せめてもの御機嫌取りにと買ってきたケーキを手に居間に入る。
新都の美味しいケーキ屋さん・フロマージュ特製のショーケーキは学校でも女子の間で大人気の逸品。
これさえあれば藤ねぇの暴走を抑えることができるだろうし、よしんば桜も不機嫌だったとしてもリカバリーは可能。
キャスターに効果があるかは不明だけど、意外と女の子らしい所の有るキャスターだから、期待はできるはず。
箱の中身は、だいぶ多めでケーキ8つ。
うむ。武器の貯蔵は十分だぞ。
そう思って襖を開けたら。

「衛宮、お邪魔してるよ」
「美綴?」

思わぬ伏兵が居ましたとさ。
・・・・・・余分に買っておいて良かった。

「あーっ、しろー遅いよー。お姉ちゃんお腹ペコペコー」
「お帰りなさい。お疲れ様です先輩」
「白兎さま、お帰りなさいませ」

美綴以外はいつも通りの風景。
テーブルには大皿に盛られた、桜やキャスター作にしてはちょっと大味かなー? でも十分美味しそうだなー。的な料理が並んでいて、その周りに行儀良く座ってお茶を飲んでいる余人の姿。
うん。平和な我が家だ。

「・・・・・・・・・・・・」

やめよう。
自分すら騙せない嘘は相手を不快にさせるから。
うん。現在の居間の空気は、なぜだか知らないけど妙に重い。
こう・・・空気が硬化しているような感触だ。
各人の手元を良く見れば、桜が玄米茶、美綴がミルクティー、キャスターが何時ものコーヒーを飲んでいて、藤ねぇの前にはその三種類が勢ぞろいしていたりする。
これって多分、全員が別々に二人分ずつだけ淹れたって事で・・・・・・なぜか背中がうそ寒くなってきた。

「あ、夕飯待っててくれたんだ。お、美味しそうだね。うん」

とりあえず会話をと思ってそう口にした瞬間、空気の重圧が10キロほど増した気がする。

「昨日のお礼にと思って、わたしが作ったんだ。口に合うといいけど」
「よーし、ろしーも帰ってきたし、早速御飯にしよー!!」

重い空気を無視して答える美綴と、気がつきもせずに元気に言い放つ藤ねぇ。
対照的に桜とキャスターの周囲は光が屈折するかと思うほど重圧が増している。

「うんうん。私もお腹ぺこぺこだし、御飯よそっちゃうね」

そう答えてキッチンに向かう。
なぜか途中で桜とキャスターに睨まれた。
・・・・・・ほんとに、なんでさ。

 ◆◆◆

先輩の鈍感。
ついつい心の中でなじってしまう。
厨房は私と先輩の二人だけの領域。
藤村先生は料理なんかしない人だから、それは破られる事のないきまりのような物だと、私は思い込んでいた。
かく言う私も、以前は料理をした事なんて学校での実習ぐらい。
そんな私が、アルバイト中に右腕を怪我した先輩の手助けをすると言ってこの家の厨房に立ったのはほんの半年ちょっと前。
丁度兄さんが先輩に殴り倒されて、先輩が退部した直後の事だ。

最初は包丁の正しい握り方すら知らなかった私に「まずはおむすびから」と言って、丁寧に料理を教えてくれた先輩。
あの日から、私にとってこの家の厨房に立つ事は幸福の象徴だった。
なのに。
なのに。
なぜ突然現われたキャスターさんと言い争って、ジャンケンの末に敗北してその場所を明け渡さなければならないのか。
なぜそうやって決めた事も無視して、美綴主将がこの家でごはんをつくっているのか。
なぜ藤村先生はそれに反対してくれないのか。

・・・・・・なんてあさましい。
こんなのは、ただの八つ当たりだと判っている。
判っていて、なのにその気持ちを抑えられない自分。
あげく大好きな先輩を恨めしく思って睨んでしまう。

だけど、ふと気がついた。
丁度向かいの席に座っているキャスターさんも、私と同じような目で先輩を見ている事に。
と、同時にキャスターさんも私の方に目を向ける。

「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

・・・・・・ああ。
目が合って直感した。この人は、私と同じなんだ。
なぜかそう確信できた。
確信して、少しだけ気持ちが軽くなる。

「藤ねぇ、ちょっと横開けて」
「はーい。しろー、ざぶとん」

私の隣でも、キャスターさんの隣でも、美綴主将の隣でもなく、藤村先生の隣に座る先輩。
多分、他の誰かの隣に座ったらダメだって、本能的に察知したのだと思う。
私達の気持ちに気付いてなんかいないだろうに、そんな所でだけ鋭い先輩だった。
私達三人のトゲを含んだ視線が先輩に集中する。

「あ、そーだ。食後のデザートにと思ってフロマージュでケーキ買ってきたよー」

その視線に、冷や汗を流しつつ言う先輩。

「わ、ラッキー」
「ケーキ、ですか・・・・・・初めて食べるものですね」

急に表情が柔らかくなる主将とキャスターさん。
それは私も同様だろう。
うん。せっかくの先輩の家での団欒なのに、ギスギスした雰囲気じゃ勿体無い。
弓道部合宿で美綴主将のごはんが美味しいのは保障付きだし、ここは楽しく食事をしないと。

「わーい、しろー偉い偉い」
「わわっ、藤ねぇ!?」

でも、先輩に抱きついてキスするのは止めてくださいね、藤村先生。

 ◆◆◆

食事の後、藤ねぇが美綴を、私が桜を家まで送る。
それからキャスターと魔術の訓練をして、新都を巡回。
・・・・・・帰宅してからやっぱりキャスターに苛められ、それでも土蔵での鍛錬をしてから寝床に入った。
今夜は巡回の成果は無く、訓練もあまり劇的に進歩したりしていない。
だけど、こうしている今も聖杯戦争の準備は刻々と成されているのだろう。
キャスターは昼間のうちに聖杯戦争の裏に隠されているであろうカラクリを探ってくれているけど、今のところ手がかりすら無く日々が過ぎている。

なのに、私は今の、キャスターが居る生活になれてしまっていた。
それが、幸福で、あたりまえな日常だと錯覚してしまっていた。

まだこの夜は。
運命と出会うだなんて。
自分が死にかけるだなんて、予想もしていなかったのだ。

 ◆◆◆

9: ハウス (2004/04/07 20:56:27)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

 ◆◆◆

―――2月2日―――

今日も紅い地獄を夢に見る。
燃え盛る荒野には救えなかった人達の遺体。
だが、なぜそこに立っているのは現在の私だった。

「あー。こりゃ夢だよねぇ」

今の自分なら、この悲劇から誰かを救えると。そんな妄執がこんな夢を見せているのだろう。
やり直す事なんて出来ないのに。
やり直す事なんて許されないのに。

「・・・・・・でも、あれはどんな願望の現われなんだろ?」

見上げれば暗黒の月。
それは、ありとあらゆる色彩を混ぜた結果、どんな黒よりも醜悪になった闇の色をした月だ。
なぜか直感する。
死と滅びに満ちた赤い世界の天空に君臨するあの黒月こそ、この惨劇を生み出したモノだと。
ギリリと握り締めた手に、いつのまにか握っている弓と矢。

「ああ、そうか。つまり―――」

月に向かい立ち、そして嘲笑する。
夢は結局本人の記憶の産物だと言う。
ならばあの忌まわしい闇の闇は、この衛宮白兎の心そのものに違いない。

「この悪夢の元凶を。あの地獄を生み出した明確な『敵』が明確な『悪』が」

それを打倒すれば全てが許されると言う具現化した悪が存在して欲しいと言う願望か。
なんて無様な想い。
そうやって、自分の罪から逃げ出そうとするなんて。

「―――愚か」

弓を番え、引き絞る。
弓の道にて最初に教えられる事。最後に辿り着く境地。
いわく『射抜くのは的にあらず。ただ我を射抜け』と。
夢の中で、私はその死の世界と一体化し、黒い月と一体化した。
その中心を疾走する矢すらもまた、私。
射抜くは我。
射抜かれるのも我。







穿つは――――――月。

 ◆◆◆

「・・・・・・変な夢」

天空に飛翔した矢が月を砕き、世界を砕き、私を砕いて目が覚めた。
訳の分からない夢ではあったけど、まぁ夢なんて本来訳が分からないものなのだろう。
私はつい一週間ほど前までは、あまり夢を見ない体質だったのでよく分からないけれど。
でも、なんでこんなに夢をみるんだろ?
毎晩欠かさずと言うのは、すこし変だと思うのだけど・・・・・・・・・

「疲れてるのかな?」

毎日エッチしてるから。
なんて事を考えて、一人で顔を赤くしてしまう。
あー自爆だ。
自爆ついでに自己主張を始める股間の異物。
もうなんだか馴染んでしまっているようなソレは、キャスターの言葉通り4日ほどで消えて・・・・・・また生やされた2回目のブツ。
お風呂でよく観察したら、一回目より一回り大きくなっていた事に気がついた。
コレのおかげで美綴ともあーゆーコトになってしまった訳だし、万一藤ねぇや桜に見つかったら大事なので、明後日あたり消えたら次は無しにしてくれるように頼まないといけない。
・・・・・・それにしても、美綴はなんで、私にこんなモノが付いている事を不審に思わなかったんだろう?
昨日の様子も変だったし、美綴とは二人きりで話をしないといけないかも知れない。
いや、その不自然さとかは昨日だって気が付いていたし、色々聞いてみないとと思ってはいたのだ。
ただ、いざ押し倒されると流されて、それどころじゃ無くなるってゆーか。
はぁ・・・・・・弱いなぁ、私。

「いつまでも落ち込んでても仕方ない・・・・・・っし、とにかく桜が来る前に着替えて台所に行こう!」

無理矢理元気に立ち上がって伸びをする。
幸い考え事の間にアレも大人しくなってくれたので、安心して制服に着替えられる。
・・・・・・いや、朝っぱらからそんな事で悩む女の子ってなにさ?

まぁ深く考えても空しくなるだけだし、気持ちを切り替えて朝食の献立を考えよう。

 ◆◆◆

「―――くら―――桜」
「―――――えっ!?」

お茶碗と箸をもったまま、とろんとした目で明後日の方向を見て呆けている桜は、何度も呼びかけてやっと気が付く。
今日の桜はなんだかおかしい。
朝食を作っている最中もボーっとしていたし、顔色も悪いみたいだ。

「大丈夫? 体調が悪いんだったら、藤ねぇに言って朝練は休んだほうが良いんじゃない?」
「あ、いえ、平気です先輩。別に病気とかじゃ無いですから。ただ、ちょっと血が・・・」
「血?」
「その、あの、単にちょっと貧血ぎみかなーって」
「ああ、あの日なんだ」

パタパタと手を振って言う桜に、ぼへーっと身も蓋もない事を言う藤ねぇ。
まぁ女ばっかり四人の食卓。どうしても慎みに欠けるてしまうのだが、顔を赤くしてうつむいてしまう桜の慎みとかを藤ねぇは少し見習うべきだと思うぞ。
とは言え藤ねぇも伊達に教師では無い。
一転してキリリと教育者の顔になって。

「桜ちゃん、部活をがんばるのは良い事だけど、身体を労わるのはもっと大事よ。それに、集中力の欠けている時にいくら射ても、ぜ〜〜ったい上達しない・・・ううん、むしろ変なクセが付いちゃうんだから」

と、人差し指をフリフリとさせて桜を諭す。

「藤ねぇの言うとおりだよ。貧血ぎみなんだったら、少し食休みをして今日は一緒に登校しよう?」

私も藤ねぇの尻馬に乗って言う。
桜は辛い時も自分から弱音を吐かないから、その分こっちが気を使ってあげないと。
すると桜はなぜかまた頬を朱に染めてしばらくブツブツ言ったかと思うと。

「はい。私も先輩と一緒に登校したいです」

と、コクンとうなずきながら答えた。
そのはにかんだような微笑に、不覚にもドキンと大きくなる動悸。
初めて会った時は私より小さかった桜。
なのに今ではすっかり、私より遥かに女の子らしくなってしまった。
身長は言うに及ばず、女らしい身体の曲線はこの四人の中でも一番育っているし、細やかな仕草も見入ってしまうほど色っぽい時がある。
よく気配りができる性格に加え、料理の腕も最近メキメキと上達して、既に洋食では師匠だった私を追い越している。
例えば私が男だったら、こんな娘をお嫁さんにしたいと思うのだろうけど・・・・・・
一応チンクシャとは言え女の子のはずなのに、後輩で、友達の妹でもある同性を相手に劣情を感じてしまうのはどう考えても異常だろう。
うう・・・やっぱりキャスターに目覚めさせられたんだろーなぁ。
もしかして潜在的にそうだったのかもなぁ。
でも藤ねぇと一緒にお風呂に入った時は何も感じなかったのに。
・・・・・・まぁそれは中学一年生の頃までだけど。
あの頃は、藤ねぇは女子大生で・・・・・・ああ、今とあんまり変ってないや。

「じゃあ、私は先に出かけるから。桜ちゃんはしっかり休んでから登校する事。これは顧問命令ですからね」

腰に手を当てて胸を『えっへん』と反らす藤ねぇお得意のいつものポーズ。
なのに、ついその胸を目でなぞってしまって、慌てて頭に浮かんだ肌色の映像を打ち消した。

「ん? どしたの、しろー?」
「なんでもない。それより、遅刻しないように早くでかけるよーに」
「わかってるよーだ。じゃ、いってきまーす」

ダメだ。
なんだかどんどん見境無くなってる。
これは、女として、否人として、なんとかしないといけない。
手始めにエッチの回数を減らさすべきなんだろーなぁ。
今日は一成くんの手伝いが終ったら、バイトも無いしすぐに帰ってキャスターと交渉するしか。
桜に休んでいるように言いつけて、キャスターと二人で食器を洗いながら囁く。

「キャスター、今日はちょっと遅くなると思うけど、帰ったら話があるから」
「それは良いのですが・・・・・・それより、出かけられるまえに私もお話が」
「?」

水の音がうるさいので顔を寄せ合って内緒話。
なぜか背中に痛いぐらいの視線が突き刺さっているよーな?

「はっきりとは分かりませんが、桜は生命力が低下している様子ですよ」
「生命力が低下って・・・・・・なんで!?」
「理由までは分かりませんわ。ただ、何らかの原因で抜き取られたように感じますが」
「それって・・・・・・血を吸われたとか、魂を啜られたって意味?」
「まぁそれに近いかと。もっとも、致死量にはまだまだ至らない程度でしょうが」
「・・・・・・・・・・・・」

わからない。
血を吸うバケモノや魂をエネルギーにする存在が実在しているのは知っている。
一般社会ではいい加減なオカルトに登場する架空の存在とされている者達が、厳然と存在しているのは魔術に携わる者にとっては常識だ。
吸血鬼、幽霊、獣人。なにより、今隣に居て会話しているキャスターだって、魂を栄養にできるゴーストライナーなのだから。
でも桜は、そんな世界と関りの無い人間だ。
後輩で、友達の妹で、私にとっても妹のような日常の象徴。
その桜が『こちらがわ』と係わるな事、あるはずが無いと無意識に決め付けていた。
なのに。

「ひょっとして、この前のサーヴァント?」
「ええ、その可能性はあります。ここから帰る途中襲われて、その後記憶を改ざんされていても不思議は・・・・・・それに、他のサーヴァントもマスターの命令次第では同じような行動をとるかも知れません」
「そんな・・・・・・」
「でも、だとしても幸運だったと言えますわ。もしマスターかサーヴァントが人を殺す事を気にしない手合いなら、殺されている場合だってあるのですから」

―――ガツンと。
頭を鈍器で殴られたような気がしてクラクラと目眩がする。

本来、サーヴァントを維持する魔力はマスターの令呪を通して聖杯から自動的に供給される。
私のように令呪を持っていない人間は本来マスターになったりしないイレギュラーだから、基本的にサーヴァントの魔力は十分なはずなのだ。
だけど余分に魔力を補給するのは無意味では無い。
ゲーム的な表現になるが、サーヴァントは体力と魔力が同じになっている。つまりHP=MPだ。
そして、このMPの上限は普通に供給される量よりも大きい。むしろ上限は無いとすら言えると言う。
だから、魔力を余分に吸収すればするほど死ににくくなる。
結果、実力的に劣るサーヴァント程、魔力を吸収するために人間の魂を得ようとするようになりやすい。
実際、キャスターが市民図書館へ行って調べてきた10年前の新聞には、冬木町で連日起こる爆発事故や失踪、猟奇殺人などの記事が目白押しだった。

だから、今この町ではいつ人が殺されるかわからない。
藤ねぇや桜が。美綴が。一成君。葛木先生。慎二。遠坂凛。ゆきちゃん。氷室さん。蒔寺さん。藤村組のみんな。クラスメイト達。弓道部の皆。コペンハーゲンの店長さん。ネコさん。商店街の人たち。柳洞寺のお坊さん達。もっとたくさんの、知らない人達も。

―――気が、狂いそうになる。
想像しただけでこみ上げた吐き気を押さえて、自分の行動を思い返した。

「キャスター。私、まだ聖杯戦争を甘く考えていた。帰ったら話し合おう。この馬鹿げた戦いの本質はなんなのか。どうしたら、終らせられるのかを」
「・・・・・・はい。マスター」

紫の瞳に真摯な光を浮かべてコクリと肯くキャスター。
この日が、私にとって本当の聖杯戦争が始まった日になった。
・・・・・・そりゃもう、色々な意味で。

 ◆◆◆

穂群原学園は小高い丘の上に建っている。
そのため、学校へくるには坂道をのぼらねばならず、これが生徒にはすこぶる評判がよろしくない。
通称・地獄坂。
見晴らしは良いし、春には街路の桜も綺麗なのだけど。
その坂を、周囲の視線に晒されながら上ってゆく。

「ねぇ桜」
「なんですか、先輩?」
「えっとね・・・・・・」

なんで、ワタクシタチは学校に行く道で腕を組んで歩いているのでしょうかサクラさん?
そう聞こうと思ったのだけど、キラキラと純真な輝きに満ちた――そのくせ、異様なプレッシャーを伴った――桜の瞳に気圧されて言葉を飲み込む。
だから代わりに今朝思いついた事を告げた。

「あのさ、最近物騒だから夜はウチに来ないほうが良いと思うんだ」
「えっ?」
「だからしばらくは、桜は自宅で・・・」
「嫌ですっ!!」

めったに聞けない、桜の大声。
・・・・・・びっくりしたぁ。
桜はギューッと、更に強く腕に抱きついてくる。
もう身長は桜の方が10センチも高いのに、その姿は母親にしがみ付く子供のように見えた。

「桜?」
「嫌です。わたし、先輩の家でごはんを作りたいです。先輩の家じゃないと、ごはんおいしくありません。我侭なのはわかってます。でも、でも・・・・・・」

じっと、今にも泣きそうな桜の瞳が私を見つめる。
だけど、ここで折れるわけにはいかない。
これは桜の安全のためなんだから。

「わたし、邪魔ですか?」
「邪魔なんかじゃ無い! でも、夜遅くに女の子の一人歩きは危ないでしょ? 最近はほら、強盗事件だって・・・・・・」
「強盗事件の犯人は捕まったってニュースで言ってました」
「うっ・・・・・・」

そうだった。
あの犯人はを警察に突き出したのは私なんだし。

「キャスターさんが居るから、わたしは要らないんですか? 藤村先生は良くて、わたしはダメなんですか? わたしじゃ、先輩の家族にもしてもらえないんですか?」

激昂している。
あの大人しい桜が、とうとう本当に涙を浮かべて叫んでいた。
でも、これは桜のため。
桜のためなのに。
桜のためだけど。
桜の・・・・・・

「ゴメン、私が考えなしだった。桜は私達の家族だもんね。なのに、追い出したりしちゃダメだった・・・・・・うん。夜道はさ、私か藤ねぇが送っていけば良いだけの事だもんね」

折れちゃった。弱いなぁ、私。
でもこれ以上、桜の涙なんか見たくなかったから。

「あっ・・・す、すみません。わたしこそ、こんな自分勝手な事言って・・・・・・わたしは単に先輩のおうちにお邪魔しているだけなのに」
「お邪魔じゃないって。桜は間違いなくウチの家族だし、それに衛宮家はもう、桜無しじゃやっていけないんだから」
「・・・・・・・・・・・・すみません」

自分よりも背の高い桜の頭をヨシヨシとなでながら、少し心が痛むのを感じる。
大人しい桜がこんなにも取り乱すほど、桜はウチに来る事に幸福を感じていてくれる。
なのに、私はそれを気付かなかった。
他者の気持ちだから、全てを理解するのは、それは不可能な事だ。
だけど推測する事はできる。できるはず。
・・・・・・この心に、幸福の在り方が確固として存在するのならば。

衛宮白兎には『それ』が無い。
こうなれば幸せだという、明確なビジョンが存在しない。
だから、他の誰かの幸福を望んでいながら。その手助けをしたいと思いながら。一番近くにいる家族のような少女の幸せにすら思い至らなかった。
・・・・・・なんて、矛盾。
ここ数日で見た夢が思い出される。

―――イタイイタイイタイイタイイタイ―――
―――クルシイクルシイクルシイクルシイ―――

あの日の葬列の中で、自分の幸福のカタチなんて忘れてしまった。

―――生きろ―――

あの日、最初に見捨てた人の言葉が、私の全てだった。
切嗣に救われて、切嗣の望んだ正義の味方に憧れて、切嗣の遺志を追い求めた。
その根底にある、その言葉。その姿。
誰かのために命を賭して。
それ以外の生き方を、兄と父と、そして自分自身に誓って許しはできないから。
なのに、どうすれば本当に『誰かのため』になるのかを、私は知る事が出来ないなんて。

―――黒い月―――

ああ、あれは象徴だ。
私の弱さの。私の狡さの。私の限界の。
あの月を射抜いた果てに、きっと私が望んでいる全ての人の幸福があるのだろう。
あの炎の世界を射抜いて初めて、私は幸福と言う言葉の意味を思い出せるのだろう。
天の果ての、果ての果て。
なんて、遠い理想郷。

―――でもまぁ。

「不器用だからなぁ」
「先輩?」

呟きに顔を覗きこんでくる桜に手を振ってなんでもないと答える。
気が付けば坂は終って、もう校門の直前まで来ていた。
まぁそうだろう。歩き続ければいつか目的地に辿り着く。
今更、別の道を歩けるほど器用でもなし。
翼を広げて月を目指して飛べるわけでもなし。
目指す場所が遥か遠い月の向こうだとしても、不器用な凡人は凡人なりに、朴々と歩いていくしか無いのだ。
ああ、たとえその途中で力尽きて倒れようとも。








―――きっと私は、悔いる事すら出来ないのだろう。

 ◆◆◆

「おーい、衛宮ー」

呼ばれて振り返るとヒラヒラと手を振る袴姿の美綴。
一成くんの手伝いをしている間に時刻はすでに夕方。
いそいで帰ろうと足早に校門に向かう途中の事だった。

「美綴・・・・・・まだ部活?」
「ああ、今終わった所。で、丁度衛宮を見かけてさ。一服してから帰るろうと思ってたんだけど、どう? 一緒にお茶でも」
「・・・・・・じゃ、ちょっとだけお邪魔しようかな」

断るのも無粋なので素直にお誘いを受ける。
ついでに弓道部顧問でもある藤ねぇに、夕飯のリクエストを聞いておくのも良いだろう。
・・・・・・と、思ったら。

「美綴、残ってるのは貴女だけ?」
「そ。他ね皆はもうとっくに帰っちゃったわよ♪」

急須にお湯を注ぎながら答える美綴。
その口元はチシャ猫のように歪んでいる。
だいたいおかしいとは思ったんだ。
弓道場の休憩室に入った途端、美綴が後ろ手にカギを閉めた時から。

「つまり私は・・・・・・誘い込まれたの?」
「人聞きの悪い。ちゃんと招待したんじゃない」

飄々と言い返す美綴だけど、明らかに眼が笑ってた。
まぁ良いか。美綴とは、話しておかないといけない事もいくつかあるし。

「はいどーぞ。粗茶ですが」

テーブルに湯呑みを差し出す美綴。
ポスンと、そのまま私の隣に腰を下ろす。

「・・・・・・いただきます」

それについては何も言わず、湯呑みを手にとって一口。
む。

「美味しい。お茶の淹れ方、上手くなってるね」
「そりゃまぁ、衛宮が居なくなってから藤村の茶坊主を務めてたからねー」

ソファに背中を預けてガハハと笑う美綴。
妙に風格が有ると言うか、少しオヤジっぽい。
・・・と、思っていたらそっと手を伸ばしてきて私の髪を指で梳く美綴。
ますますオヤジっぽいぞ。

「・・・・・・えっと」
「ん? なに、嫌だった?」
「別に嫌って事は・・・・・・ってゆーか楽しい?」
「たのしーよ。衛宮の髪って結構柔らかいからね」

眼を細める美綴。
まぁ、そう云う風に言われるのは割と嬉しい。
が、その指が耳たぶをいじったり首筋を這うのはどうかと思うなぁ。

「んっ・・・美綴、ちょっと」
「嫌じゃ無いんでしょ? ひょっとして感じちゃった?」
「あのねぇ・・・・・・そうじゃなくて、話があるからイタズラはやめてって言ってるの」
「ちぇー」

ペシっと手をはたくと、しぶしぶと引っ込めてくれる。
その行動は悪ガキのようだ。
・・・・・・男勝りな美綴。乙女のような美綴。オヤジちっくな美綴。悪ガキのような美綴。
なかなかに掴みにくい人柄だと思う。
美綴の本当と言うのは、未だによくわからない。

「で、話って?」
「えっと・・・・・・昨日の事なんだけど・・・・・・」

事が事だけになんとも照れくさい。
美綴がなんであんな事をしたのか、それに私のアレを見たのに驚きもしなかったのは何故か。
それを聞き出そうと思うのだけど、顔がカーッと熱くなって言葉が出てこないのだ。
隣に座る美綴も、頬を赤くしている。

「・・・・・・ん、ああ、アレね。うん」
「うん。その、美綴はアレを見たでしょ? なのにあんまり驚いてなくって・・・普通変に思うんじゃないかと・・・・・・」
「あー、そうか・・・そうだよなぁ」

腕を組んでうんうんとうなずく美綴。
そのポーズだと胴着の胸が強調されて・・・・・・少しドキドキ。
ああもう、本格的に衝動が男じみてきたぞ。

「あのさ衛宮、あたし最近記憶が途切れてる事があるんだ」
「え?」

私が自分の肉体の変化を抑えようと気を散らせている間に、美綴はなんだか聞き捨てなら無い事を言う。

「今日だって廊下に居たはずなのに気が付いたら屋上に居たりしてさ。さっき校門で衛宮に合ったのも、実は気が付いたらあそこに居たからなのよ」
「それって・・・・・・不安にならないの、美綴?」
「それがさ、なんだか平気なんだよ・・・・・・私、三つ下の弟が居るんだけどさ」
「うん?」
「これがまぁ、あたしに似ない良い子でね。その子に「大丈夫」って言われると、なんか大変な時でもホントに大丈夫な気がするんだ。武術の大会とか、受験の時とか」

照れくさそうな美綴。
その表情から、本当にその弟が可愛いのだろうとわかる。
わかるのだが・・・・・・それがどう先ほどの話と繋がるのか分からない。

「それに近いのかな? なんだか、長年一緒の兄弟とかが大丈夫たって言っているような、そんな気がしてさ。記憶がとんでるのに別に不安にならないんだ、コレが」

肩をすくめる美綴。
なんだかよくわからないけど、本当に不安は感じていないらしい。
と、美綴はそっとこちらに倒れかかって、スカート越しの股間へと手を伸ばしてきた。

「それとおんなじで、コレも特に気にならないんだ。何故かって聞かれても説明できないけど、不自然だとも嫌だとも変だとも思わない・・・・・・」
「ちょ、やめ―――」

ぐっと、大きくなりかけたソレを布越しに掴まれる。

「・・・・・・むしろ、愛しいぐらい」
「み・・・つづり・・・・・・」
「綾子って呼んでほしいなぁ、し・ろ・う」

チュッと、唇に触れるだけのキスをする美綴。
そのままじっと、私の眼を見つめている。
・・・・・・その間も掌を押し付けるようにナニを擦っているのだけど。
じっと、こちらの視線から外れようとしない美綴のすこしキツめの印象がある双眸。
この眼は言っている。
綾子と呼ぶまで、ずっとこのままだと。
綾子と呼べば、きっともっとキスをくれると。
・・・・・・キス、して欲しいなぁ。

「・・・・・・綾・・・子・・・」
「白兎♪」

じゅっと、のしかかられるようなキス。
口の中に舌が侵入し、その部分で繋がったまま、ソファの上に押し倒された。
柔らかな美綴の肌を包む胴着の感触。
長身の綾子に抱きしめられてスッポリと包まれた体に、服越しにも分かるほど火照った体温が感じられた。

「んっ・・・ちゅ・・・」

気が付けばスカートが捲り上げられ、下着もずらされている。
むき出しになったソレは既に天を突くように反り返り、先端には先走りの液体が期待に震えていた。

「うわ・・・・・・昨日より元気そうね」
「うっ・・・・・・」

昨日の事を思い出して羞恥に見も縮む思いに囚われる。
にもかかわらず、更にビクンと大きくなる肉の棒。
なんだってこう、私の身体は節操という物が―――

「クスクス・・・そっか、またアレ、して欲しいんだ?」

私の返事も待たず、胴着の袷を開いて胸を露出させる綾子。
その大きな双丘が、私のペニスを包み込む。

「うっ・・・・・・やわらか・・・・・・」
「ふっふー、気持ち良い、白兎?」
「うん・・・・・・綾子の胸、とっても・・・・・・大きくて・・・羨ましい」

ついつい本音で答える私に苦笑しつつ、綾子は胸を使ってソレをしごいた。
グニグニと、力の入れ方によって変形する肉の丘。
その弾力と柔らかさが、そして突き出した亀頭を舐る綾子の舌が、早くも私を一回目の絶頂へと誘った。

「ダメっ・・・でる・・・綾子、離れてっ・・・」
「良いよ、全部、飲んであげるから」
「やっ・・・ダメだって・・・あっ、あ、あうぅぅぅぅっ!!」

ニヤリと笑ってソレを口に含む綾子。
その途端、止める間もなく堰を切ってあふれ出す私の欲望。
ドクドクと吐き出されたそれを、綾子は言葉の通り飲み干してしまった。

「うぅぅ・・・綾子・・・ごめんなさいぃ」
「別に謝らなくっても・・・・・・ああもう、カワイイなぁ白兎は」

言ってキューっと再び抱きしめてくれる美綴。
射精して力が抜けてしまった私の頬にキスの雨を降らせてくる。

「んふふ〜〜、じゃあ、お詫びとして私にもシテもらいましょうか♪」

そう言って袴の裾を持ち上げて顔の上に跨る。
薄桃色のレースで飾られた上品な下着の股部分をずらす綾子。
外気に晒されたその部分は、淫蕩な期待にトロトロと濡れていた。

「・・・・・・・・・あ・・・」

ノロノロと、しかし言われるままに舌を伸ばす。
赤く充血した秘唇にチロチロと舌を這わせ、溢れる愛液を舐め取る。

「あっ・・・イイよ、白兎。もっと、激しく・・・きゃっ・・・・・・」

我慢しきれなくなって唇をつけ、貪るようにそこを責めた。
熱い襞、はちきれそうになっている淫核。
白い太腿と紺の袴に覆われた場所で、私は思う存分綾子を貪った。
・・・・・・いや、そうじゃない。
こんなんじゃ足りない。
綾子が欲しい。
私の男根で、綾子のナカを犯しまくりたい。
と、その内心を読んだかのようなタイミングで、綾子が言う。

「入れたい、白兎?」
「・・・・・・・・・はい」

欲望に抗う術も無く、うなずく私。
綾子はそんな私をクスクスと笑いながら、仰向けになったままの私の腰の上へと移動した。

「じゃあ、イクよ♪」
「・・・うっ」

既にお互い準備は万端だ。
張り詰めた亀頭に綾子の陰唇が触れただけで、もうイきそうになってしまっている。
だと言うのに、恐ろしいほど緩慢に、こちらを焦らすようにゆっくりと降りてくる綾子の腰。
その上、ヂュブリ――と、亀頭が飲み込まれた所でその動きも止まってしまう。

「あ、綾子ぉ」
「そんなに涙まで浮かべて・・・ますますいぢめたくなるじゃない」

意地悪く笑う綾子。
キャスターといいアヤコといい、私の周りはサドっ気のある娘ばかりが集まっている気がする。

「どうして欲しい? ちゃんと言ったら、その通りにしてあげるわよ?」
「うう〜〜」

恥ずかしさに唸る。
けれど、結局逆らうことなんでできなかった。

「・・・・・・て、下さい」
「ん〜? 聞こえないよぉ?」
「入れさせて下さい! 私のペニスで、綾子のそこをいっぱい犯したいですっ!!」

クッ、と笑って。
良く出来ましたなんて言って綾子は腰を落としてくれた。
一気に根元まで飲み込まれる男根。
まだほぐれきっていない、きつく締め付けてくる膣が信じられないほどの快感を送り込んでくる。
一瞬で灼熱する脳髄。
快楽を求めて、乱暴にしたから突き上げる。

「あっ・・・ちょ、ちょっと・・・・・・イキナリ激し・・・あっ・・・きゃあ・・・」
「綾子・・・・・・綾子ぉ・・・イイよぉ・・・きもち、いっ・・・あぁぁぁ・・・・・・」

気がつけば、綾子の両腕を掴んで突きまくっている。
それでももっと貪りたくて、止める事なんて考え付きもしなかった。
あふれる愛液。
あふれる気持ち。
綾子の胸にむしゃぶりついて、片手は指を綾子の口に差し入れて蹂躙し、もう片手で腰を掴んで逃げ出さないように捕まえる。

「しろ・・・うぁ・・・え、衛宮・・・・・・ダメぇ、奥に・・・奥にゴリゴリってぇ・・・当たって・・・うぁ、うあぁぁぁ・・・・・・イッちゃうよぅ・・・もう・・・いっちゃ・・・う・・・うあぁぁぁぁぁぁ!!」

目の前が灼熱する。
絶頂した綾子の膣が更にキツく締まるのに耐え切れず、私は二回目の射精を綾子のナカで解き放っていた。

 ◆◆◆

「はぁ、月が綺麗だぁ」

月明かりに照らされる弓道場で、現実逃避のヤケクソぎみに呟く。
気絶するまでエッチされたあげく、目が覚めたら美綴は居ないわ、夕日どころか既に月が頭上に昇っている時間だわ。
今日は早く帰ろうと思ってたのになー。

「・・・・・・うわ、魔力もほとんど空になってるし」

自分の体をチェックして驚く。
魔力は生命力であり、精もまた生命力だから、魔術師の精と言うのは魔力の塊りだ。
魔術師に限らず、淫魔などの幻想種は人間の精から生命力=魔力を奪取するし、元より私のコレはキャスターが魔力補給のために付けた器官。
だからあんな風にエッチをすれば、相手が魔術師では無い美綴だったとしても魔力を奪われて当然なのだけど。
まぁ、見事にカラになっている。
とは言え、元々の魔力量が少ない上、キャスターの妙な薬のおかげか回復が割合早くなっている私にとっては、それほど問題では無かった。
強化にしろ武器限定の投影にしろ、私が使える魔術なんて日常生活ではあまり使い所が無いし。
キャスターの奨めで『変化』の魔術も練習しているものの、そちらはサッパリ上達しない。
強化→変化→投影と言うのは同じ系統の魔術らしいのだけど、どうも衛宮白兎は徹頭徹尾『武器』の『模倣』に特化しているようなのだ。
実に、平時には無駄な能力である。

「・・・・・・無駄って事も無いか」

馬鹿か私は。
つい今日の朝、今この町で起こっている戦いを甘く見ていたと後悔したばかりだと言うのに。
今は平時では無い。
いま、冬木市は戦争の渦中に巻き込まれているのだから。

「帰り道に何があるか分からないし・・・・・・護身用に武器でも出しとこ」

残り少ない魔力は投影にしてほぼ一回分。
ふと思いついて弓と矢を投影する事にした。

・・・・・・イメージするのは私の弓。
キャスターの手によって魔術武器へ改造された、けれど手に馴染んだ感触はそのままの弓。
同時に、その弓と比翼のように寄り添う矢も思い描く。
二つは揃ってこそ武器として完成する。
例えば剣と鞘、例えば陰陽の双剣、例えば鴛鴬の環刃。
それと同じように、弓と矢は二つの物では無く合わせて一つの完成形となる。
そのイメージ。
この手に掴まれたままの、しなやかな武器のイメージを。
幻想をもって現実と成す!!

「・・・・・・うん。良い出来」

軽く弦を弾いて確認する。
右手の弓も、左手の五本の矢も、寸分の狂い無く再現できているだろう。

さて。
ちょっとだけ酔狂。
下らない遊び。
月明かりに照らされる道場の端に立ち、胴を作り弓を引き起こす。
見つめるのは的ではなく、天に浮かぶ白い月。
月を、穿つ。
出来るはずも無い、ただの戯れ。
けれど心は何処までも静謐に、何処までも無に。
弓を開いたままじっと、秒針が数回周る程度の時間、自己のイメージを研ぎ澄ませてゆく。
引き絞られた弦には限界近くまで力が蓄積される。
矢は月へとその鏃を一直線に向けている。
後は、ただそれを開放するのみ―――

「―――駄目か」

小さく息を吐いて、肩と、弓矢を降ろした。
私程度の鍛錬では、月を射抜くイメージなど持てないようだ。
まったくもって未熟未熟。

「帰ろ」

片手に弓を。
矢は制服のリボンを解き纏めて結わえ、腰の後ろに括りつける。
そうして、カバンを取って弓道場を後にした。

 ◆◆◆

最初は、聞き違いだと思ったのだ。

「剣戟の・・・・・・音?」

弓道場を施錠して、帰路につこうとした私の耳に飛び込んできた音は、なにか硬い金属同士がぶつかり合うような音だった。
でもまさか、そんなはずは―――

「サーヴァント!?」

ああもう、自分の警戒心の薄さ加減に腹が立つ。
この町で行われる戦争。
それは、たった七体の騎士達とたった七人の魔術師達によって争われる、けれど『戦争』と呼ばれうるほどの強大な力のぶつかり合い。
ならば。
剣戟の音が聞こえるのなら、それは騎士―――サーヴァントと呼ばれる、地上を未だ魔術と刃金が征していた時代の英雄達―――の戦いに決まっているじゃないか。

「あっち・・・・・・校庭の方?」

物陰を選んで、可能な限り早く移動する。
その先に見た光景。
私は今度こそ今度こそ本当に、聖杯戦争という超常の戦いを知ったのだ。

 ◆◆◆

真紅の槍を携えた蒼い鎧の騎士が、閃光の速さで得物を振るうこと十度。
一対の剣を握る赤い騎士が、旋風の速度で得物を振るうこと十度。
相対する鋼のぶつかり合いに火花が生み出されること十度。
否。
常人の目には、それはただ十度の火花が一瞬に散ったとしか見えないだろう。
それほどに攻め手の槍は超絶であり、受け手の剣閃もまた絶速であった。
けれどその技量は紙一重で槍の使い手が上手。
十一度目の火花と共に、赤い剣士の双剣の片方が弾き飛ばされる。
瞬時、蒼の騎士は得物に喰らい付く魔獣と化して敵の隙へと槍を突き込む。
そは絶殺の一撃、必殺の魔槍。
けれど、赤の騎士はそれすらも受け止めてみせた。
その手には、連理の運命に結ばれた一対の剣。
片方を弾き飛ばされたはずの夫婦剣は、何事も無かったように騎士の手に納まっていた。

「チッ―――」
「―――ハッ」

憎々しげに頬を釣り上げつつ、蒼の槍兵は更なる一撃を繰り出すべく踏み込んでゆく。
対する赤の剣士の表情は不変。
ただ鷹の如き両眼に鋼鉄の意志をみなぎらせ、一歩も退かぬと魔槍の雨を受けつづける。
それは、異様な戦いだった。
槍の持つ最高の機能はすなわち長さ。
敵の武器の間合いを凌駕して、その外側から一方的な攻撃を行うのが常道だ。
それに対抗する双剣の機能ならば速さ。
反りのある刀に近い中国風の双剣ならば『刀即黒』と称されるようにスピードをこそその真価とするべきだ。
槍を相手とするならば、脚を使って動き回り、翻弄して一瞬の隙を突いて間合いの内に飛び込む事こそ上策。

「シイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!」

それを、蒼の槍兵は瀑布の如き槍雨を押し込まんと前進し。

「ハアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

赤の剣士は巨岩の如く一歩も引かずに迎え撃っているのだ。
ありえない、咬み合わない、起こりえない剣戟。
その激突を実現しているのは、あまりに高い双方の技量。
本来『戻り』の隙がどうしても生まれる槍の刺突を、戻る手も見せずに次段を打ち込む槍兵の怒涛。
打ち込まれる『点』を見切り、ことごとくを弾く剣士の磐石。
そして、無数に弾き飛ばされながら無限と思えるほど生み出される双剣の不思議。

「・・・・・・投影?」

自分と同じ・・・いや、自分の投影はあれほど鮮やかには出来ないが、次々と双剣を作り出すその技は同じ原理に基づいた魔術に見える。
その事実に疑問を感じた瞬間、一際高い激突音と同時に二人の騎士が離れた。
瞬時に間合いを開いたのは蒼の槍兵。
最早視認すら困難な速度で後退した騎士は、困惑を纏わせた苛立ちを露わに赤い剣士を睨みつけた。

「・・・・・・二十七、それだけ弾き飛ばしてもまだ有るとはな」
「どうしたランサー。様子見とは、君らしくない」
「はっ、ぬかせタヌキが。減らず口を叩くか」

軽口を叩き合う二人の騎士。
けれど、それは魔術師の目からみれば怖気を誘う光景だ。
あの二人の身に宿る膨大な魔力量。
なるほど、あの魔力をもってすれば、この町を壊滅させる事すら可能だろう。
正式のマスターを持たないキャスターと、夜の街での一瞬しか見ていないサーヴァントだけを基準にしていたから見誤っていたけど、アレこそが本当の意味での『サーヴァント』なのだ。
しかも、その片方はおそらくキャスターのマスターを殺したというサーヴァント。
人を殺すことに良心の呵責を感じないであろう具現した暴力。

「いいぜ、聞いてやる。貴様、何処の英霊だ? それだけの剣を操る弓兵なぞ、聞いたことも無い」

蒼い槍兵・ランサーが赤の剣士に問うた。
弓兵・・・・・・つまりあの騎士がアーチャーなのだろう。
その割には弓を使わずに剣で槍兵と戦っていたけれど。

「そう言う君は分かりやすいな、ランサー。それだけの速さを誇る槍兵など、三人ほどしか居るまい。しかも豹の如き身のこなしともなれば―――」

・・・・・・やはり、クーフーリン。
アイルランドの名高き大英雄。
ならばその手に持つ真紅の槍こそは、魔槍・ゲイボルクか―――

「・・・言ったな」

瞬間、空気が凍結した。
瞬間、空気が沸騰した。
吐き出されたランサーの殺気が、離れた場所に隠れている私にすら襲い掛かり、心臓を鷲掴みにする。

「ならば喰らうか、我が必殺の槍を―――!」

それは凍結する燃え盛る紅蓮の業火。

「止めはしない。いずれ越えねばならぬ敵だ」

それは燃焼する不動なる永久の氷壁。
ぶつかり合えばどちらかが砕かれる、正反対にして相似の殺気と殺気。
ゲイボルクを構えるランサー。
槍尻を高く、切っ先を低く、地面スレスレに。
奇妙な型に構えられた槍が次の瞬間、辺りの大気を一変させた。

喰らう、喰らう、喰らう、喰らう。
大気に満ちた魔力という魔力を、一切合財残す事無く暴食する。
必殺の意味を纏い、必殺の意思よって構成された高貴なる幻想(ノーブル・ファンタズム)。
その結実した意味を開放し真の姿となるべく、根こそぎに魔力を飲み干してゆく。

アレは、ダメだ。
あの槍が発動した瞬間、赤い騎士・アーチャーは敗北する。
アレはまさに必殺。
相対した全てを殺しつくす魔の槍。
アーチャーにいかな秘密、いかな手段があった所で、アレが決定した死を覆す奇跡は無い。
絶対に、死ぬ。
あのサーヴァントは、死ぬ。
人のカタチをして、人のコトバを喋る存在が、死ぬ。
私の前で、死ぬ。
それは。
それは、決して、衛宮白兎が容認してはいけない事。

「ダメ―――!!」

ほとんど反射的に、矢をつがえて弓に蓄積された魔力を開放していた。
飛翔する炎の矢。
矢は40メートル以上の距離を正確無比に飛び、蒼い槍を持つサーヴァントの足元へと突き刺さる。

「誰だ!?」
「―――!?」
「なっ!? 魔術師!?」

分かっている。これは愚か過ぎる失策。
自分の生命を優先させるなら、今の行為は絶対にすべきで無い事だ。
事実。
蒼の槍兵・ランサーの殺気は、彼我の距離を一顧だにせずこの身に突き刺さってきているのだから。

「っく!!」

全速力で走り出す。
キャスターのマスターを殺した男。
追いつかれれば、私も殺されるだけだろう。
だから、脚も肺も心臓も、限界まで酷使して逃げ出した。

―――だって言うのに。

「なんでっ・・・私はっ・・・校舎の・・・・・・中なんかにっ・・・・・・」

冷たい月明かりに照らされる廊下で一人自分を罵倒する。
そのクセ身体はまるで別の装置のようにスムーズに動いていた。
校舎の両端にある階段から等距離を取りつつ、後ろ手に教室のドアに手を触れる。
魔力は既に枯渇し切っているが大丈夫。
生命力を削っていけば、まだ数回の魔術行使は可能だ。
・・・・・・正直明日は寝込みそうだけど、命には代えられない。

「同調・開始―――」

扉の鍵と同調し、わざと『強化の失敗』をする。
流し込まれた魔力という名の毒素に耐え切れず砕ける鍵。
限界以上に魔力を搾り出したせいで手足から力が抜けそうになるのを黙殺。
ドアを脚で開きつつ、二本の矢をまとめてつがえた。

「ハッ・・・はぁっ・・・どっちから・・・来るか」

ランサーは追って来る。
それは奇妙に確信めいた予測。
呼吸を静めろ、神経を研ぎ澄ませろ。
最悪、霊体化して近づいてこられれば眼前で実体化していきなりの攻撃もありうる。
右か、左か、目の前か。
その全てに対処して攻撃すべく、即座に弓を引ける態勢をとって待つ。

「――――――」

わずか数秒。
けれど永遠とも思える時間の後、左の階段から足音!

「つっ・・・火葬せよ、焔群!!」

矢に刻まれた魔力を解き放ち、射る。
現われた蒼い槍兵の右足と左肩を狙った一撃は、狭い廊下でかわし切るのは困難なはず!
私はそのまま第二射をつがえ・・・・・・

「なっ!?」

燃え上がる二本の矢をすり抜けるように疾駆するランサー。
その速度はまさしく疾風。
私の矢など、足止めにすらなっていない。

「―――っく!!」

つがえた矢を放ちつつ、弓を捨てて背後に飛んだ。
当たったかどうかなど確認せず―――むしろ当たっていない事を確信しながら教室の中に飛び込み、そのまま躊躇なく窓ガラスに突進。

「ぎっっ―――」

砕け散るガラス。
幸いここは二階なので命を削る覚悟で引きずり出した魔力を両足に籠めて着地してそのまま逃げる逃げる逃げる瞬間・脳髄を焼く危険信号。
咄嗟に方向転換して真横に跳んだ。
躊躇も遠慮も無く全力。でなければソレを回避など不可能なのだから。

「ぐっ!」
「ほう・・・良い勘してるじゃねぇか、嬢ちゃん」

身体は校舎裏のフェンスにぶつかって急停止。
一瞬前まで自分のいた場所を貫いた辛苦の槍が地面をえぐり、その使い手はこちらを向いて愉快そうに笑っている。

「判断は冷静かつ早い。魔力は微弱だが使い所を心得ている。この期に及んで生き残る事を諦めてねぇその目も悪くない―――急所を狙わない甘さも、個人的には嫌いじゃ無いんだが・・・・・・もったいねぇなぁ、後5年もすりゃイイ女になったろうに」

やれやれと肩をすくめてから、槍をかまえるランサー。
最後の矢。火葬の術式を組み込んだ矢を右手に握って立ち向かおうとする私を目の前にして、その余裕の態度。
だがそれは当然だろう。
彼我の戦闘能力の差は、比べる事が愚かしい程に絶望的な開きがある。
倒すどころか逃げ出す事すら、私には不可能。

「女を殺すのは趣味じゃねぇんだが・・・・・・運が無かったと諦めてくれ」

無造作に、けれど高速で突き出される槍。
脆弱な矢で防ぐことなど不可能な刺突。
その間際に。

「お気になさらず、クーフーリン」
「―――な!?」

唐突にランサーの真名を口にする。
刹那の半分の更に半分ほどの動揺。
瞬間、その瞬時のみランサーを凌駕した私は左手で槍を払った。

「ばっ―――素手でだとっ!?」
「ぐ―――――火葬せよ焔群っ!!」

爆ぜる左手。
怪力によって振るわれる槍に、指先から肘に至るまで抉り砕かれる。
そうして片腕を犠牲にして、残る右手に掴んだ矢を発動させた。
燃え上がる矢。
その炎で自分の腕も焼かれるが、関係ない。
激痛に沸騰しそうな肉体を制御して、狙うはランサーの右腕。
槍を振るう利き腕を封じればあるいは―――

「飛べ」
「―――つっ!?」

下腹部に衝撃。
それがランサーの蹴りだと気が付いたのは、再びフェンスに身体を叩きつけられてからだった。
衝撃に麻痺寸前の身体。
手から離れて転がる、唯一の武器であった燃える矢。
駄目だ、駄目だ、駄目だ。
動かなければ。避けなければ。次に来るのは間違いなくあの槍の一撃―――


――ドン・・・と。
胸を貫くその衝撃。

「が・・・あ・・・あっ・・・あああアあアアああああアアァぁぁァぁァァ!?」

ヒきヌかれるヤリ。
ドボドボとこぼれおちるセンケツ。
カロうじてシンゾウへチョクゲキはサケた。
ツラヌカれたのはサコツ。
ムネにウガタれたキズグチから。
ケッカンがブチブチとオトヲタテテハレツしてゆク。

「かっ・・・は・・・はぁ・・・うぐっ・・・・・・・・・」

コレは呪いだ。
槍に籠められた死の棘の呪詛。
おそらく心臓に直撃されれば、痛みを感じる間もなく全身の血管がズタズタにされて死んでいたであろう、呪い。

「今ので心臓を避けたかよ・・・つくづく殺すのは惜しい女だな」
「ギツッッ・・・ぐうぅぅ・・・」
「だがもう助からねぇ。大人しくしてな、介錯して―――」

肺も掠ったのか、呼吸が制御できない。
それでも生き残るため。
生きて、ここから逃げ出すため。
動かない・・・両足に・・・・・・力を・・・・・・・・・込めて・・・・・・・・・・・・

 ◆◆◆

10: ハウス (2004/04/07 20:57:08)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

 ◆◆◆

「だがもう助からねぇ。大人しくしてな、介錯して―――」

倒れ伏す少女の背中に槍を向けて告げるランサー。
その行為は、言葉通りの介錯だ。
ほおって置いても白兎は死ぬ。だが、その瞬間を激痛に侵されながら待つのはあまりに憐れ。だからせめて、慈悲でもってトドメを刺そうと。
その寸前、一本の剣が飛来した。

「―――チッ!?」

ランサーの頭蓋を砕くべく放たれた剣を弾く槍。
視線を向ければ、弓を引き絞る赤い弓兵の姿。

「やっと弓を持ちやがったなアーチャー・・・・・・だが、なんだ今の剣は?」
「ここで奥の手を見せるつもりは無かったのだがね。マスターがその少女を助けろというのだ・・・・・・退いてもらうぞ、ランサー」

つがえる矢も無く弦を引くアーチャーの弓に、一振りの剣が織り上げられる。
幻想をもって鋼鉄を生み、幻想をもって容を作り出し、幻想をもって魔力をも生み出す。

「―――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻れ狂う)」

顕現するは螺旋を描いた異形の剣。
その名はカラドボルグ。神々の世界にて妖精に鍛えられたという魔剣。

「な―――アーチャー、なぜ貴様がその剣を持つ!?」

ウルスター神話に曰く。
旧知の間柄であったウルスターの英雄クーフーリンと、魔剣カラドボルグの担い手たるウルスターを追放された廃王子フェルグス・マクローイは、お互いが殺しあうのを良しとせず、最初に戦場で出会った時にはクーフーリンが、次に出会った時にはフェルグスが、それぞれ軍を退くとの誓約を友情にかけて結んだと言う。
だがアーチャーはフェルグスではない。
フェルグスであるのなら、幼馴染でもあったクーフーリンにわからないはずは無いのだから。
にもかかわらず、弓につがえられた剣は間違いなく螺旋剣・カラドボルグだった。
ランサー・・・クーフーリンが驚くのも無理は無い。
その驚愕を、アーチャーは冷笑をもって返す。

「そこまで私が手の内を明かすと思うかね?」
「チッ、何処までもふざけた野郎だ・・・・・・まぁ良い。ウチのマスターの命令もある上、そいつを出されちゃあ退かぬわけにはいかねぇ。この場は退いてやるさ」

豹のような身のこなしで、フェンスの向こうへ飛ぶランサー。
油断無くアーチャーを見据えたままゆっくりと後退する姿を確認して、アーチャーは弓を降ろした。

「だが覚えておけよ。次に逢った時、かならずその剣を持つ理由を聞き出すぜ」
「答えなければ?」
「ふん・・・・・・殺してから聞くさ」
「―――ククッ」

野獣の笑みで言うランサーの言葉に、再び冷笑で返すアーチャー。
それを最後に、ランサーの姿は闇へと消えた。

「行ったか・・・・・・それにしても、こちらの魔術師は何者・・・・・・なっ!?」

倒れている白兎へと目線を向けて驚愕するアーチャー。
ランサーの一撃を受けたはずの白兎は立ち上がり、這いずるように歩き去ろうとしていたからだ。

「・・・えらなきゃ・・・・・・帰らな・・・・・・こんな所で・・・・・・死ねな・・・・・・」

鮮血は口からは一言毎に逆流し、傷口からも止め処なく零れ落ちている。
おそらく両目はなにも見えていないも同然の死に体でありながら、校舎の壁に半身をあずけて、なお幽鬼のように歩む事を止めない。

「あぐっ!?」
「―――っと、危ない」

遂に力尽きたのか倒れかけたそのか細い身体を受け止めるアーチャー。
温かい鮮血が抱きとめた腕を濡らし、同時にどんどん熱を失う少女の身体を感じる。
このままならもってあと数分。
いや、今すぐに失血死してもおかしくは無いだろう。
と、そこへ彼のマスターが駆けつけた。

「アーチャー! ランサーは!?」
「すまない、追い返すだけで精一杯だった」
「そう。それで桜は・・・・・・えっ!?」

アーチャーの腕に抱かれている白兎を見て驚く凛。
この学校に居る魔術師は凛を含めて三人。
凛は逃げ出した制服の後姿を見て、その魔術師を間桐桜だと勘違いしていたのだ。
二年近く同じ学び舎に通って、それとなく観察したモグリの魔術師・衛宮白兎の能力は決して高くない。
それが凛の判断だ。
さっきの火矢のような魔術は使えないだろうというのが、凛が下した衛宮白兎の評価だった。
だから、逃げ出した相手をランサーが追ったと聞いて真っ先に脳裏に描いたのが桜の姿。
彼女の適性は架空元素だったとか、間桐家の魔術は蟲使いだとか云う事実はその瞬間忘れてしまっていた。
あったのは、ただ助けなければという思い。
それほどに、間桐桜という少女は遠坂凛という少女にとって大事な相手と言う事なのだろう。

「・・・・・・私もまだ甘いわね・・・・・・この娘も、見ちゃった以上見殺しって訳には行かないし」
「ん? 初めから助けるつもりでは無かったのかね?」
「ちょっとした人違いってヤツよ・・・・・・まぁいいわ。アーチャー、貴方はランサーを追って」
「了解した、マスター」

姿を消す赤いサーヴァント。
凛は残された瀕死の少女を前に、真紅のペンダントヘットを取り出した。

 ◆◆◆

「はぁ、やっちゃった・・・・・・まぁ半分以上残っただけでも僥倖か。まぁあの娘がアーチャーを助けてくれたんだから、等価交換よね、うん」

不覚にもランサーを逃がして、戻った遠坂邸で最初に聞いたのが凛の盛大な溜め息だった。
理由はわかる。
彼女が父親から受け継いだ宝石。流動の魔術を得意とし、宝石に魔力を込める遠坂の魔術師に伝わる膨大な魔力を保有したアーティファクトを、あの少女の治療につぎ込んでしまったからだ。
だが、わからない。
その宝石と同じものを、私は持っている。
同じ形と云う意味ではない。本当に同一の存在なのだ。
かつて、私がまだ未熟な魔術使い・衛宮士郎であった頃。
聖杯戦争が始まる寸前、夜の校舎でランサーとアーチャー・・・つまり私の戦いを目撃し、そのせいでランサーによって心臓を貫かれた。
そうやって9割がた死んでいた私を治療するため、凛はその宝石の全魔力を使ってしまったのだ。
その宝石を。
魔力を使い果たした空っぽな宝石を、私は生涯、そして死後である今も持ち続けていた。
だと言うのに・・・・・・凛の手でゆれるその宝石には、まだ半分ほど魔力が残っている。
半分とは言え十分に強力な、使い方によってはサーヴァントすら打倒できる魔力量。
当然凛が手放す理由も無いのだが、それでは『衛宮士郎』がこの宝石を持っている理由が無くなってしまう。
その一点だけでも私が知る『流れ』とは違うと言うのに、夜の校舎で負傷したのは名も知らぬ少女だ。
その上、魔術師。
衛宮士郎の知る聖杯戦争において、通っていた学校内に魔術を使える人間が他に居たという記憶は無い。
まぁ、磨耗している上、思い出せないよう世界からの妨害を受けている以上、それは絶対では無いが・・・・・・

「それにしても、なんであんな所でうろついてたのかしら、あの娘」

呟く凛。
どうやら凛は、あの少女について何か知っているようだ。

「凛」
「ああ、アーチャー。首尾は?」
「すまない。逃げられた」
「そっか。まぁいいわ」

実体化して話しかけるが、凛にはいつもの覇気が無いように感じる。
それとも、単に慣れない大規模治癒の魔術に疲労しているだけだろうか?
少し気になったが、今はそれよりも聞きたい事の方を優先する。

「所で凛、あの魔術師は君の知り合いかね?」
「え・・・・・・ああ、助けろって言った事ね。あれは人違い。あの娘とは、顔と名前は知っているって程度の知り合いよ」
「そうか」
「衛宮白兎って言ってね、魔術回路も魔力も大した事無い、魔術師よりも一般人やってた方が似合いそうな娘で・・・・・・」
「なっ―――エミヤ・シロウだと!?」
「え? アーチャー、どうしたの?」

おそらく今の私の表情はみっともないほど強張っているだろう。
凛もただ事でない雰囲気を察してびっくりしている。
だが、私はそれどころでは無くなっていた。
エミヤシロウ。エミヤシロウだと?
世界は一つではない。
無限に分岐し、様々な可能性の現れたる多重次元世界。
万華鏡の異名を持つ魔道元帥・キシュア・ゼルレッチという魔法使いなど、その多次元を移動する魔法を使うと言うし、私自身がその多次元の『外側』に存在している守護者であるのだから、その事は十分心得ている。
そもそも『英霊エミヤ』という存在自体、単一の『流れ』の果てに生まれた守護者というわけではなく、幾つもの可能性世界において様々な、少しずつ異なる流れの果てに誕生した英霊なのだ。
無数の流れの中から、多くの確率で衛宮士郎は英霊への道を歩み、その結果が統合された存在が『私』と言う事になる。
だが、エミヤシロウは男だ。無数の私の『道程』は単一ではないものの、決して女では無かったはず。
この世界での『私』は女として生まれたと言うのだろうか?
だとしたら・・・・・・あの少女は私の同一存在か? あの少女を私の手で殺して、歴史を改変する事は可能なのか?
・・・・・・とてもそうとは思えない。
千載一遇の好機、万に一つの可能性が、ここでいきなり座礁した感じだった。
はぁ、この後どうなるんだったか。
確か、エミヤシロウを放置するとランサーにまた殺されるだろうと気がついた凛が助けに行くと言って駆け出すのだったか?

「凛、あの魔術師の少女は・・・・・・」
「魔術師?」

ギギギギギーっと、凛がこちらを向いた。
正直怖いぞ、その動きは。

「そうよ! あの娘ったら私が思ってたより随分使えるじゃない。何よあの黒鍵モドキの火矢は!? アレだったら、ひょっとしてマスターになっちゃうかも知れない・・・・・・いえ、もうマスターなのかも! クッ、失敗したわ!!」
「えーっと、凛?」
「アーチャー、今すぐ威力偵察に行くわよ。付いて来て!!」
「威力偵察・・・・・・要するに殴り込みに行く気かね、凛」

ありったけの宝石をポケットに押し込んで、真っ赤なコートを引っ掴んで居間を飛び出す我がマスター。
結局衛宮邸に出かける訳だが・・・・・・やはり『流れ』が違うよな?

 ◆◆◆

「さ、白兎さま、着きましたよ」
「うう・・・ありがと、キャスター」

ドサリと崩れ落ちるように、居間の畳に寝転がる。
疲れた。
一度死に掛けた体は、まだ十分には動いてくれないでいる。
キャスターが迎えに来てくれなかったら、途中で力尽きたかもしれない。
私の帰りがあまりに遅いのを心配したキャスターは、電話機の横に置いてあるアドレス帳を見てバイト先に電話をかけまくっていたそうだ。
酒屋さんや土建屋さん、喫茶店などに電話をかけまくる神話の英傑ってのもけっこうスゴイかも。
で、私の学校で二体のサーヴァントが戦っている気配を察知。
慌てて駆けつけると、誰かに治療されて校舎裏に放置されていた私を見つけたらしい。
誰の治癒魔術か知らないけど、火傷した右手も、皮一枚で繋がっていただけのボロボロの左手も見事に元通りになっている。
キャスターいわく『復元治癒』という魔術の類で、再生したのではなく『身体を怪我する前の状態に戻す』術らしい。
言ってみれば時間遡行の魔法みたいなモノだが、魔法と言うのは結果が大事で、術の特質として時間を遡る面があっても、実際に過去へ移動していないなら魔術の領域なのだとか。
キャスターは私に肩を貸して夜道を歩きながら、固有時制御がどうだとか、空間転移がどうだとか言っていたけど、正直私のオツムではついていけなかった。

「それで、学校で何があったのですか?」
「それが、ランサーとアーチャーが戦ってる所に出くわして。ランサーに殺されかけて、アーチャーに助けられた」

トテトテとやってきたヌイグルミ、シロウサくんが濡れタオルを差し出してくれるのを受け取りつつ答える。
それにしても良く気がつくヌイグルミだ。

「アーチャーが貴女を助けた?」
「うん。それに、多分アーチャーのマスターらしき人もそこに居たみたいだから、多分治療してくれたのもその人だと思うよ。顔は見てないけど」

だからお礼のひとつも言いたいのだけど、あれはいったい誰だったのか。

「・・・・・・そうですか。貴女が令呪を持っていないのが幸いしたようですね」
「ほえ? なんで?」
「令呪があれば白兎さまがマスターだと一目瞭然でしょう。そうなれば、マスターが他のマスターを助けるなど、決してありえません・・・・・・もっとも、そのマスター、魔術師としては随分お人好しのようですが」
「そっか・・・・・・うん。だったら、アーチャーのマスターとは話し合えば協力できるかも知れないんだ」
「あまり楽観はしない方が良いと思いますけど・・・・・・学校に結界を張った魔術師かもしれませんし」
「結界?」

聞き返すと、キャスターがまたアホの子を見る眼でジロリと睨んでくる。

「はぁ・・・・・・良いですか、白兎さま。あの学校には結界が張られています。それも、内部に取り込んだ人間を溶かして魂を啜る宝具が」
「なっ!? って、宝具?」
「はい。アレは魔術と言うより宝具でしょう。ですから、アーチャーのサーヴァントが使っている可能性も皆無ではありません・・・・・・私は学校に近づいただけで気がつきましたよ?」
「うぐ・・・・・・そんな結界があるなんて、ぜんぜん気がつかなかった」
「まったく・・・・・・決めました。明日からは私も学校へお供しますよ。良いですね?」

それはちょっと・・・・・・と言おうとしたのだけど、キャスターの無言の圧力に口ごもる。
確かに、今日は殺されかけたし、学校にはアーチャーのマスターが居る可能性大。しかも物騒な結界が張られているの上、私はちっとも気がつかなかったのだから、反論の余地は無い。
それに、聖杯戦争がいかに危険なものか、今日こそ思い知った。

「そうだね・・・・・・うん、じゃあ明日から―――」

言いかけたその時、鳴子のような音が居間に響いた。
その音は、切嗣が張った警報の結界。
害意ある何者かが侵入した事を知らせる音だ。

「―――ランサーか?」
「!?」

一瞬考えて思い当たる。
キャスターのマスターを殺した、あの獰猛な男があっさり私を殺すのをあきらめてくれるなんて保障は無いのだから。
だとしたら、自力で撃退するしか無い。
とは言え・・・・・・今の私には投影一回分の魔力も無い。
無理すれば何とかなるけれど・・・・・・その場合、また命を削る事になる。
実のところ、もう一回の投影で衰弱死しかねない。

「何か武器を・・・・・・」
「今はコレぐらいしか」

キャスターが差し出してくれたのは『水』の盾。
まぁ贅沢は言えない。
こうなったら、これでなんとか攻撃を凌いで土蔵に逃げ込むのが正解だろう。
あそこなら、不必要なほど武器があるのだから。
そう決定して盾を受け取る。
ほぼ同時に、居間の電気が消えた。
いや、これは屋敷中の灯りが消えたのか。
間違いなく侵入者の仕業だろう。

「キャスターは一旦消えて外に。部屋の中じゃ、どうしても接近戦になる」
「・・・・・・・・・わかりました」

答えるキャスターの姿が消える。
対サーヴァント用に気配遮断魔術を使っているので、この状態なら、たとえ隣に居てもキャスターを見つけることは出来ないはず。
後は・・・・・・おそらく必殺を期してくる相手の初撃をいかに防ぐか。
全神経を集中し、息すら止めて物音を立てないようにする。
その時。
ガタンと音を立てて机の上に飛び乗る影。
長い耳のキュートなキャスターの使い魔、シロウサくんだ!

「―――!」

ほとんど同時に天井で実体化して襲い掛かるランサー。
シロウサくんの感情の無いボタンの瞳が、私を見てキラリと輝いた。
一瞬で理解する。
シロウサくんはみずからを囮にして私にチャンスをくれたのだ。

「ゴメン、シロウサくん―――!!」

赤い槍に貫かれ、綿を撒き散らして切り裂かれるシロウサくんを見捨て、私は窓を破って庭へ飛び出した。

「―――なっ、人形!?」

ランサーの驚いた声が聞こえるが無視。
ひたすら全力で土蔵へ向かって走り・・・・・・悪寒を感じて振り返る。
突き出す手には唯一頼みの盾を―――

「逃がすかよ―――!!」
「―――ぐっ!!」

衝撃を軽減するはずの盾が一撃で捻じ曲がる。
それほど熾烈なランサーの槍。
受けられたのは幸運。その衝撃で土蔵まで弾き飛ばされたのは更に幸運だろう。
分厚い扉に背中から叩きつけられた私に、信じ難い速さで踏み込んできたランサーの槍が襲い掛かる。
頭を狙うその一撃を。

「トドメだ、嬢ちゃん」
「くうぅ」

ガクリと膝が崩れたおかげでかわせた。

「チィィ、運の良いッ!!」

弾けるように内に開く土蔵の扉。
正しく運が良い。
文字通り転げるように、私は土蔵の中に逃げ込んだ。
ここまで、大幸運の四連続。
これ以上幸運が当てになる程私は強運ではない。
ランサーと私の距離は槍一本に満たない以上、キャスターも援護は困難に違いない。
だから、一瞬でも早く武器を手にして、自力でなんとかしないと・・・・・・

「づぁ!?」

途端、片足に灼熱。
ランサーの投げた槍が右足を抉ったのだ。
間髪入れず左から衝撃。
武器を積んである場所とは反対の壁まで吹き飛ばされる。

「あっ・・・ぐぅ・・・・・・・・・」

槍を投げつつ、それに追いつく速度で疾駆し、蹴りの一撃で私を飛ばしたのだろう。
それだけで、腕の骨と左肋骨の何本かがイカレたようだ。
・・・・・・腕は折れていないのが救いか。

「トコトンしぶとい嬢ちゃんだな・・・・・・マスターの命令が無ければ口説いてる所だぜ。だが、出会い方が悪かったと諦めて―――」
「そこまでです、ランサー!!」
「―――ぬっ!?」

振り返るランサー。
土蔵の外には、魔力弾をランサーに向けて構えるキャスターの姿。
紫のローブを纏ってその顔は見えないけれど、そこには戦う意思が溢れている。
でもダメだ。距離が近すぎる。
ランサーのスピードなら、あの魔力弾を解き放つ前にキャスターに槍の一撃を見舞えるだろう。
実際、窓を飛び出してからここまでの攻防に、キャスターは入り込むことすら出来なかったのだ。
そして・・・・・・あの槍の一撃は、キャスターを一撃で殺すことが出来る。
一度この身に槍を受けたからか、私はそれを確信していた。

「キャスターだと? なぜ貴様がここに居る?」
「白兎さま―――その少女が、私のマスターだからです。それ以上マスターに危害を加える事は、この私が許しません」
「・・・・・・この己に、この距離で勝てると?」
「確かに貴方の魔槍は私の魔力弾より早いでしょう・・・・・・けれどサーヴァントである私を即死させるのは困難。ならばその一瞬にこの魔術が貴方を殺す事も出来る」

壮絶な決意をみなぎらせて言い切るキャスター。
そんな、私なんかのために相打ち覚悟なんて。
そんなの、ダメだ。
早く立ち上がって、逃げるように言わないと・・・武器を取って、せめて援護をしないと。
なのに、この体は動かない。
右足が、まるで壊死したように感覚を失っている。
裏腹にズキズキと痛みを告げる左半身。
壁に叩きつけられた衝撃も、まだ体内にわだかまっている。

「ほう・・・・・・変われば変わるものだな、キャスター。以前のマスターならそうまでして守ろうとはしなかっただろうに・・・・・・令呪も無いマスターにそこまで忠義を立てるか」
「お黙りなさい!! 退くか、共に消えるか、私が聞きたいのはその答えだけです!!」
「・・・・・・やれやれ、おっかねぇ。ま、そこまで言えるマスターにめぐり合えたってのは正直羨ましいとは思うが・・・・・・残念だったな、俺は一度目に戦った俺とはワケが違うぜ」
「なんですって!?」
「腐れマスターの令呪でな。一度目の戦いは勝たずに退くように命令されてたのさ。だからこそ、アンタのマスターも殺せる間合いでも殺さなかっ―――」
「その減らず口、今すぐ閉じさせて―――!!」

何か、言われたくない事を告げられたかのように絶叫するキャスター。
けれどそれは失策だ。
集中を欠いたキャスターに向かって、蒼い槍兵が動き出す。
まるでスローモーションのように見えるその様子。
ダメだ。
間に合わない。
私では、どう足掻いてもランサーを止められない。
力が、欲しい。
今こそ、力が。
大切な人を守れる力。
誰も傷つけないための盾では不足。
誰かを傷つけてでも、守りたい者を守れる、剣が欲しい。
剣を。最強の。何者にも破れ得ぬ。不壊の剣を―――

 ◆◆◆

襲い掛かる槍は迅雷。
それはキャスターの反撃など許さず頭蓋を砕くと思えた。

だが。
その槍が反転する。
狭い土蔵にもかかわらず最高速度で一閃された槍の穂先が、背後から振るわれた神速の一撃を受け止める。
誰も居なかったはずのそこに、白銀の騎士の姿。

シャランと、涼やかな音。
否。降り立ったその音は真実鉄よりも重い。
ただ、無骨な鋼鉄を纏ったその騎士のあまりの流麗さが、そのような錯覚をさせただけだ。

「なっ―――六人目のサーヴァント!?」

驚愕するランサー。
騎士は、ただ無言に対峙するのみ。
にらみ合い、お互いに膠着する二人の横を抜けて、一瞬姿を消したキャスターが主の元へと現われた。

「白兎さま、大丈夫ですか!?」

抱き上げたマスターの手の甲に浮かぶのは、間違いなく令呪。
ならば銀の騎士を召喚したのは、衛宮白兎に違いあるまい。
キャスターが移動した事で退路を得たランサーが土蔵の外に飛び出す。
それを見送って、初めて少女騎士が口を開いた。

「我が名はセイバー。召喚により参上した」

状況も怪我の痛みも忘れ、呆然と少女を凝視する白兎。
それ程に彼女は美しい。
キャスターですら一瞬見惚れ・・・・・・そして白兎の様子に気がついて一瞬嫉妬を過ぎらせる。

「問おう―――」

金色の髪、聖碧の瞳。
息を呑むほど美しい少女は、しかし蒼い戦用舞闘服に白銀の鎧を纏った戦う者であり、その装束が決して装飾などではない事を確信させる風格を纏って、可憐でありながら威風堂々と立っていた。

「―――貴女が、私のマスターか?」

少女騎士の問いかけ。
ズキリと疼く手の甲の令呪を意識して、衛宮白兎は首肯する。

「これより、我が剣は我が主のために。主が運命は我が剣と共に―――契約はここに完了した」
「あっ!」

そうして、土蔵の外へ撤退していたランサーを追って飛び出すセイバー。
慌てて追おうとする白兎を、キャスターがおし止めた。

「白兎さま、その怪我で無理はいけません。それより、私の言葉を復唱して下さい」
「なにを・・・・・・今はそれどころじゃ―――」
「良いからお願いします!」

キャスターの迫力に気圧されてうなずく白兎。
土蔵の外では、激しい剣戟の音が続いている。

「―――告げる。
汝の身は我の下に、我が命運は汝の法に。
聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら―――」
「ええっと・・・・・・告げる。汝の身は我が下に、我が運命は汝の法に。
 聖杯のよるべに従い、この意、この理ら従うのなら」

言われるままに復唱するそれは、先程セイバーが告げた言葉に似ていた。

「―――我に従え。ならばこの命運、汝が魔術に預けよう」
「我に従え? ならばこの運命、汝が魔術に預けよう―――」

キャスターの手が白兎に触れる。
愛しそうに、優しく頬を撫でる指先。そして接吻。
唇を触れさせるだけの一瞬のそれの後、厳かにキャスターが告げた。

「キャスターの名に懸け誓いを受けます。 白兎さま、貴女こそ我が主」

立ち上がり、土蔵を出るキャスター。

「セイバー、援護します! 私達は、共に同じマスターの剣となる者!!」
「―――!? わかった、ならば背中を任せよう」

そして炸裂したのは、キャスターの魔術だろう。
だが、戦いの音は収まらない。
なお続く剣戟の響き。
ならば―――自分も参戦しなければと、衛宮白兎は立ち上がった。
脚の怪我はいつのまにか治っている。
不思議だが、今は考える時ではない。
土蔵に積まれた武器の中から弓を取り出した。
矢は、持たない。

「―――投影・開始」

命を賭けて。
それぐらいしか、賭ける物など無いのだからと決意して。
本来の魔力を超えて、本来の能力を超えて投影を始めた。
基本骨子は理解している。
なにより、その身体に打ち込まれた凶器だ。わからないはずが無い。
製造理念―――ただ独りの英雄のために作られた武器。
構成材質―――伝説には海獣の骨から作られたとある、その武器。
製造技術―――魔女スカザーハの魔術の粋により生み出された武器。
成長過程―――そして、彼と共に幾多の戦場を駆け抜けたのだ。
神話の時代から、この現在に至るまでの時間を蓄積して。

「ぎっ・・・ぐっ・・・・・・」

内部から焼け付く魔術回路。
その激痛を、歯を食いしばって耐える。
理解せよ。想像せよ。模倣せよ。創造せよ。
かくて手の中に結実する幻想。
出現と同時に白兎は理解する。

―――刺し穿つ死棘の槍・・・・・・死翔の槍、ゲイボルク。

この宝具は危険だ。
絶対に、その真名を開放させてはいけないのだと。

「二人とも、無事でいて―――」

祈る気持ちで槍と弓を持って土蔵から出て。

「―――な」

その戦いを眼にして、絶句した。

ランサーの槍の恐ろしさは十分に体感したつもりだった。
それは反撃など出来ない、ただ逃れるだけで精一杯の暴力。
圧倒的な力でありながら、白兎を相手にはまだ本気では無かったその槍兵が、今は本気で戦っている。
いや、その表現は正確ではないだろう。

―――本気で、守勢に回っているのだ。

ランサーに切り掛かる少女騎士・セイバーの持つ武器は不可視。
その武器を手の動きや足捌きだけで見極め、ランサーが受けるたびに飛び散る火花。
一撃ごとに込められた圧倒的な魔力が爆発しているのだ。
反撃など許さない。
学校で見せたランサーの槍が瀑布なら、セイバーの攻め手は雪崩と言うべきか。
わずかな隙も見せず打ち込まれるその全てに必殺と称しうる威力が込められている。

「くっ―――」
「逃がしません!! 魔弾よ・砕け!!」

だからと言って、ランサーには退くことも許されていない。
もし間合いを外せば、次の瞬間飛んでくるのはキャスターの魔術。
その一撃ですら白兎の知るどんな魔術よりも高速でありながら破壊力に満ちた攻撃魔術は、八連に放たれるその一発でランサーに死を与えられるだろう。

「チイィィ!!」

それでも、次々飛来する魔術をただ敏捷さだけで回避するランサー。
大地を穿ち土煙を上げる魔弾の余波にまぎれて更に距離を取ろうとする。
だが次の瞬間、再び間合いを詰めたセイバーの見えない武器による一撃が打ち込まれて、その場に縫い止められる。
今手を組んだばかりとは思えないコンビネーション。
強固な前衛を得たキャスターが、堅実な後方支援を得たセイバーが、その能力を存分に発揮していた。
その戦い方も超絶なら、それを捌き切るランサーも超絶。
けれどこれ以上攻め手が増えればランサーとて耐え切れないだろう。
たとえそれが、半人前の魔術使いの手であっても。

「そこまでです、抵抗を止めて下さいランサー!!」
「―――な!?」

声の方を見て呆然とするランサー。
その眼に映るのは、矢の変わりにゲイボルクをつがえた弓をひきしぼる白兎。
真紅の穂先はランサーを正確に捉えている。

「ばっ・・・・・・英霊の宝具を投影するなんて、なんて無茶を!!」
「投影・・・だと?」 

取り乱すキャスターの言葉に信じられないという顔をするランサー。
セイバーすら、その行為の法外さに驚いて攻撃の手を止めている。
その反応も当然だ。
宝具の投影をする魔術師など、聞いたことも無い。
・・・・・・たった一人、先程ランサーが戦ったサーヴァントを除いでだが。

「ランサー、貴方は初めて戦うサーヴァントは倒せないのでしよう? なら、セイバーとは初見のはず。ここは退いてくれませんか?」
「なっ・・・・・・マスター!?」

白兎の言葉に驚いたのはセイバーのみ。
キャスターは頭痛を堪えるような仕草で「ああ、やっぱり」などと呟いている。

「・・・・・・・・・見逃すって言うのか?」
「そうです・・・・・・ですから、貴方のマスターに伝えて欲しい。この聖杯戦争は何処かおかしい。なにか、ルールに意図的なトラップすら感じられる。私はそれを調べているんです。だから、出来るなら誰も殺したくない」
「・・・・・・ふん」
「証拠はありません。だから、今すぐ聖杯戦争をやめろとは言えませんが・・・・・・その事を知っておいて欲しいんです。貴方にも、貴方のマスターにも」

槍を向けたままで言う白兎にランサーはゲイボルクを消して肩をすくめ、苦笑した。

「ああわかった。ちゃんと伝えよう。どうせこのままやったら負けは確定してそうだしな・・・・・・まぁそれを聞いたからって、素直に大人しくしそうなマスターじゃ無いんだが」
「ええ、それで十分・・・・・・助かります」

槍を下ろすと、深々と頭を下げる白兎。
苦笑するランサー。
もうキャスターとセイバーはそれを呆れて見ているだけだ。
その行動は、どう考えてもお人好し過ぎるから。
撤退するランサーは一足飛びに塀の上に飛び上がると、人好きのする笑顔をみせて言う。

「じゃあな、嬢ちゃん。出来ればアンタとは仲良くしたいぜ・・・・・・それとセイバー、貴様とは、次は本気でやりあいたいな」

告げて、ランサーは闇の中に消えた。
残されるのはキャスターの魔術によって穴だらけになった庭と、三人の主従。
その中で最初に動いたのは、白銀の鎧のサーヴァント・セイバーだった。
去ってゆくランサーを見送ったセイバーは、くるりと向き直り白兎に詰め寄る。

「さて・・・・・・それでは説明してもらいましょうかマスター。私の他にキャスターを有し、サーヴァントの宝具を投影する貴女が何者なのか。それに、先程言った今回の聖杯戦争がおかしいと言うのはどういう意味か」
「ああ、うん・・・・・・でも、その前に」

殺気すら感じさせるセイバーを前に、白兎はのほほんと笑って右手を差し出す。

「?」
「キャスターを救ってくれてありがとう、セイバー。私は衛宮白兎。出来ればマスターじゃなくって、名前で呼んでくれると嬉しい」
「・・・・・・・・・ではシロウと。それで、貴女の―――!?」

困惑の表情で白兎の手を取ったセイバーと、その様子をニヤニヤと傍観していたキャスターが突然屋敷の門の方へと振り返った。
二人の顔に、先程ランサーと戦っていた時の緊張感が再び浮かんでいる。

「キャスター? セイバー?」
「シロウ、新たなサーヴァントです・・・・・・近い」
「こちらな向かっているようですね。迎撃に向かいましょうか?」
「・・・・・・いえ。戦力を分散させる愚は避けましょう。このままここで迎え撃った方が良いんじゃないかと」
「わかりました、シロウ」
「ええ、白兎さま」

早くもライバル意識が芽生えたのか、お互いをチロと見てから自分が攻撃を行いやすい場所に移動する二人。
白兎も手近な植木の陰に隠れ、ゲイボルクをつがえた弓を門へと向ける。
もちろん、塀を飛び越えたり空間転移かなにかで突然現われる事への注意も怠らない。
息を潜め、相手の侵入を待っていたと言うのに・・・・・・

「たのもおぉぉぉ!! 衛宮白兎うぅぅぅ!!」

敵はバッチリ大声を上げて正門から突入してきた。
ザッツ無謀。
いやまぁ、奇襲を目論んで手痛い反撃を受けるよりは、あるいは良い選択なのかも知れないが。
とりあえずの効果として聞き知った声に驚いた白兎が立ち上がったので、ある意味有効だったと言えよう。

「遠坂さん!?」
「衛宮白兎、アンタ・・・・・・って、サーヴァントが二人も!? しかも何よ、その槍は!?」
「あ、いえ、その、遠坂さんこそ、そのサーヴァントの人は?」

お互いに困惑し合う二人に、セイバーとキャスター、それにアーチャーも手出しして良いものか判断がつかず立ち尽くす。
その中で、赤いコートを纏った少女は、ぐっと仁王立ちに踏ん張って胸を張り、しかも見事な猫の皮を被って告げる。

「見ての通り、わたくし聖杯戦争の参加者ですの。けれど今日は、冬木市の管理を任されたセカンドオーダーとして、不法に居住しているモグリの魔術師にお話を伺いに来ましたのよ・・・・・・お付き合い、願えますでしょうねぇ・・・?」

語尾にとっても不穏なモノを含ませて凛が聞く。
いや、聞くと言うよりも、強制が決定している事態をあえて聞いて見せているだけなのだが。
思わずコクコクとうなずく、先天的に押しに弱い白兎。
だって、今更猫を被っても、さっきの登場シーンは消えやしないのだから。
あれはそう、藤ねぇの実家(ヤの付く自由業)的に言うならブッコミ、もしくは出入りの時のそれに極めて近いのだから。

「えっと・・・・・・じゃあ外で立ち話もアレですから、とりあえず中に。セイバーにも一緒に説明するんで、皆こっちに・・・・・・」
「ではお邪魔しますね、衛宮さん」

優雅に白兎を追い越して玄関に足を踏み入れる遠坂凛。
言動と所作はともかく、家主より先に上がり込むのってどうよ? なんて抗議も許さず、此処が我が家とでも言うが如く堂々とふるまう、あかいあくまの降臨であった。

 ◆◆◆

11: ハウス (2004/04/14 00:28:32)[hausu7774 at yahoo.co.jp]

 ◆◆◆

「どーぞウサ」
「あ・・・ありがと」

兎のヌイグルミからお茶のおかわりをもらって冷や汗を流す凛。
ランサーによって壊されたらしいのを、先程キャスターがチョイチョイと縫って修復し、魔術で元通りにした物だ。
凛は別に、この使い魔の存在に驚いているのではない。
魔術師にとって、この手の使い魔の使役はポピュラーなのだから。
だが、ある程度自立駆動し、簡単な言葉を話すなどという高度な使い魔を、ああも簡単に修理・再生するキャスターの能力の底知れなさに驚いているのだ。
まぁ他にも、キャスターが使っていた道具が、魔力も何も無い、ごく普通のソーイングセット(ただしなぜかトラ柄)だったと云う事にも驚いていたが。
それでも、お茶を秘と啜りすると、気を取り直して凛は衛宮白兎に向き直って聞く。

「なるほど。つまり白兎は強化と投影しか出来ない魔術師で、あの火矢なんかはキャスターが作った魔具だと」
「ええ。だから、遠坂さんが思ってらっしゃる通り、間違いなく三流魔術使いですよ、私」
「三流ねぇ・・・・・・宝具の完全コピーなんて離れ技が出来る魔術師を三流とは言わないと思うけど」

ほんの数十分で被っていた猫の皮が完全に剥がれた凛は、やれやれとでも言う様に眉間を揉みほぐしている。
その姿は敵陣に突撃してきた魔術師としては多分に問題があるのだが、わずかな間でたっぷり見せ付けられた衛宮白兎のお人好しぶりを考えれば、まぁわからないでも無い。
かく言う私も、なぜか実体化して他のサーヴァントと共にお茶と茶菓子をごちそうになっているのだから、凛の事をどうこう言えないが。
ただでさえ、この家は中に居る者を落ち着かせる雰囲気がある。
私にとっては特別そうなのだが、普通の人間にとってもやはり『落ち着ける』空間になっているのだ。
その上キャスターが割れたガラスを修復するや、家主自らが「じゃあ取って置きの玉露を開けちゃいますね〜♪」などと友好的に、あまつさえウキウキしながら言って、江戸前屋のドラ焼きと共に上げ膳据え膳で出してくるのだからたまらない。
霊体化して控えていようとした私まで「学校で助けてくれた命の恩人なんですから、お茶ぐらいは出させて下さい」などと外套の裾を掴んで縋りつく始末。
ああもう、あんな仔兎のような目で見られて断れるものかと言うのだ。

「だいたい、その三流がキャスターを拾ってセイバーを引き当てるなんて、どういう事よ、ホントに」
「え、だから、単に偶然で」

明らかに不機嫌な凛の様子に困惑気味に答える衛宮白兎。
ああ解る解る。
きっとこの娘もかつての私と同じように、学校での品行方正な遠坂凛に憧れていたのだろうなぁ。

「確かにキャスターの言うとおり聖杯戦争のシステム自体が怪しいし、いがみあっている場合じゃなさそうだけど・・・・・・ただの偶然で最強の前衛と最強の後衛を引き当ててダブルマスターになるなんて、アンタ実は世の中ナメてるでしょ!!」

拳を握り締めてガーっと吠える。
その様子を、不機嫌そうにしていたキャスターが見てコメカミをピクっと震わせていた。
事前に衛宮白兎が「恩人だしお客様なんだから手出しは厳禁」とクギを刺していなかったら雷撃の一発も打ち込みそうな目付きをしている。
動の凛と静のキャスター・・・・・・怖いぞ、両方とも。
ちなみにセイバーの方は、鎧姿でドラ焼きを食べながらしきりにコクコクと肯いていて、周りの状況を認識していないようだ。
ああ・・・・・・そう言えばこーゆーヤツだったよなぁ。
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・ああイカン。思わず和みそうになってしまった。
気を引き締めて話に集中する。
話題は既に今後の行動に移っていた。

「ウチの書庫や大師父の書斎は明日から調べるとして・・・・・・とりあえずは、綺礼のヤツに捻じ込んで、何か聞き出すしか無いね」
「キレイ?」
「ああ、言峰綺礼って言ってね、アタシの後見人兼暫定師匠みたいなヤツだけど・・・・・・今回の聖杯戦争の監督役でもあるの」
「監督役なんて人が居るんですか?」
「当然よ。仮にも聖杯なんてブツが出てくるなんて言われたら、聖堂教会も魔術教会も黙って放置なんかしないわ。戦いの行方を監視して、あわよくば横取りしようって虎視眈々と狙ってるんだから」
「そうなんですか」

人差し指を天井に向けて、教師のように答える凛。
衛宮白兎はそれを生徒のようにコクコクと素直に聞いている。
生徒と言うか、幼い外見もあってなにか尻尾を振る子犬のような感じもするが。
いや・・・・・・私が言うのもなんだが、あまりに素直すぎないか?
もっとこう、魔術師としての独立性とか、マスター同士の緊張感のようなモノを持たないと、その・・・・・・今にも凛のペットとかにされそうで。
と。
同じように感じたのかキャスターが自らのマスターをぎゅっと抱きしめながら押しのけて、凛に対して真正面から対峙する。

「で、その監督役は何処に?」
「新都の教会よ・・・・・・そうね、白兎もマスターとして登録する必要があるし、今から一緒に行きましょうか」
「一緒に行く必要は無いでしょう! それに何で貴女は白兎さまを名前で、それも呼び捨てで呼んでいるのですか!!」
「白兎は命の恩人の誘いを断ったりしないわよねー? あ、ひょっとして白兎って呼ばれ方は男の子みたいでダメだった? 三枝さんみたいに、シロちゃんって呼ぼっか?」
「シロちゃん・・・くっ、貴女は敵のくせに何を馴れ馴れしくっ!!」

凛に食って掛かるキャスターと、それを無視して衛宮白兎だけに向けて話しかける凛。
流石あかいあくま。いじめっ子の本領発揮だ。
それはそれとして、少し馴れ合いすぎだと思うぞ、我がマスターよ。
ついでに、自分のマスターを抱っこしたままと言うのもどうかと思うぞ、キャスター。
それと、そろそろ誰かセイバーがドラ焼きを食べるのを止めろ。
もう4個目を終らせて5個目に突入しているじゃないか。
衛宮白兎は衛宮白兎で、鈍感なのか図太いのか天然なのか、キャスターに抱っこされたままほにゃっとした空気を全開に口を開く。

「あ、えっと、しろうって名前は大事な名前なんで、ダメとかそう云うのは無いです」
「・・・・・・大事な名前?」

ふと引っかかりを感じて問うた私に、自らの生い立ちを説明する衛宮白兎。
魔術の師である衛宮切嗣とは義理の親子である事。
本当の両親は10年前の火災で死に別れた事。
その両親の顔も名前も、自分の名前すらも思い出せなくなった事。
そして、士郎という名の双子の兄が、命と引き換えに自分を救った事。

顔も名も思い出せないから悲しくは無いと。
兄だった人の名前だから大切なのだと。
ほにゃっとした笑顔のままで話す少女。
その心にどれ程の墓標を立てて生きてきたのか。
どれ程の死と向き合って笑顔を浮かべているのか。
どんな覚悟と共に、エミヤシロウを受け継いで生きる事を選んだのか。
ただの童顔の、穏やかなだけに見えていた笑顔が、かつての衛宮士郎よりもなお『終っている』シロモノなのだと、今ようやくに気がついた。

「君は・・・・・・正義の味方を、目指しているのかね?」
「え? ええ、そうですけど・・・・・・なんでご存知なんですか?」

その時の気持ちをなんと言い表そうか。
絶望。
希望。
憐憫。
嘲笑。
慟哭。
軽蔑。
尊崇。
憤怒。
全てがない交ぜになった感情が胸中を駆け巡る。
そう。この世界の『私』は、既に死んでいた。
死んで、それでもなおエミヤシロウをこの世に残した。
妹を救って、あまりにも愚かで救いようの無い望みをその妹の肩に乗せた。
よりにもよってエミヤシロウと言う、憐れで、愚かしく、救いようの無い人間を、助けた気になって生み出してしまったのだ。
ギリリと、奥歯が砕けるかと思うほど歯をかみ締める。

「あ、あの・・・・・・何かお気に障る事を言いました?」
「ああ気に障るね。ひとつ忠告しておこう・・・・・・いいか、正義の味方などという物は存在しない。アレはただの殺人者で、都合のいい掃除屋にすぎない」
「な、何を・・・・・・」
「誰かの替わりに、誰かのために、そんなモノを目指すと言うのなら・・・・・・理想を抱いて溺死するがいい!!」

言い放って、逃げるように霊体化して姿を消す。
愚かしい―――私はこの胸の激情を、八つ当たりにぶつけるしか出来なかっただけでは無いか。
けれど放った言葉は本音でもある。
正義の味方など、自分自身の望みであったとしても、何一つ報われることの無い空しい夢想でしかない。
それが、まるで世界によってエミヤシロウのコピーになるべく運命づけられたように正義の味方を目指して何になる。
死んだエミヤシロウやエミヤキリツグの代理としてそんな殺戮者になって何になるというのだ。
これは、怒りだ。
私の消えた辺りに視線をやって、不思議そうに首をかしげて見ている少女の姿にこんなにも胸が痛くなるのは、衛宮白兎の在り方に怒りを覚えているから。
ただ、それだけのはずなのだ。

 ◆◆◆

「・・・・・・なっ、なによアイツ」

遠坂さんは呆然としている。
ついさっきまで遠坂さんや、なぜかセイバーの様子を面白そうに口の端をちょっとだけ歪めて見ていたアーチャーさんが、突然怒り出して消えてしまったから。

「ちょっと! 出てきなさいよ! 馬鹿アーチャー!! 捨てゼリフ残して消えるなんて、アンタそれでも男なのっ!?」
「ま・・・・・・まぁまぁ、落ち着いて」

激昂して何も無い空間に怒鳴る遠坂さん。
事情を知らない人が見たら、正気を疑われかねない行動だ。
その袖を掴んで落ち着かせると、申し訳無さそうに謝ってくれた。

「ごめん、後でちゃんと誤らせるから。今のアーチャー、なんか変だった」
「あ、いえ、謝ってもらう必要はありませんから・・・・・・怒鳴られたのは初めてですけど、正義の味方になるって言って笑われたりするの、慣れてますから」
「慣れてる? だったら平気だって言うの? 自分の理想を貶されてるって言うのに」

一転、今度は心底不機嫌そうになる遠坂さん。
それで、分かった。
この人は、随分学校でのイメージとは違うけれど、でもやっぱり遠坂凛だ。
とても誇り高い人で、だから他人の誇りも大切にする人。
私の理想のために、怒ってくれる。他人の理想を穢さないために、胸に怒りを燃やせる人なんだ。

「私にとって、口にする理想はただの言葉ですから。誰に笑われようが、だれに怒られようが、私にとっての正義の味方の意味が変わるわけじゃ無いですから。ただ自分を偽らないこと。それさえ守っていれば、理想は穢れません」

だから、その怒りに答えるために。
真直ぐに遠坂さんの目を見据えて。
堂々と、誇りをもって口にする。

「私は、絶対に正義の味方になるんです」
「「ああもう、かわいいなぁ、この子は・・・・・・むむっ!?」」
「むぎゅ!?」

言ったら、いきなり遠坂さんとキャスターに押しつぶされた。
く・・・くるしい・・・・・・
しかもなんだか、キャスターと遠坂さんの間に殺気がビシバシ飛び交っているような気が・・・
うう、怖いよぅ。

「シロウ」

その時。

「話が決まったのなら早く監督役とやらの所に行きましょう。今後の行動を決めるのは早い方が良い」
「あ、うん、そうだねセイバー。じゃあ遠坂さん、よろしくお願いします」
「ええ、わかったわ」

冷静に告げられたセイバーの一言のおかげで、そこから開放される。
セイバーに感謝。
感謝しているので、机の上にある菓器に12個あったはずの江戸前屋のドラ焼きが、一つも残っていない事には気が付かない事にしよう。
別に食べるものが無くなったから声を掛けたんじゃ無いはずだ。うん。

「じゃあ、キャスターは普段着に着替えてもらって、セイバーの服は・・・」
「私はこのままで。どんな危険があるか分かりませんから、武装は解けません」

着替えてもらおうと思ったら、鎧姿のセイバーは頑なな拒絶。
いや、でも、その格好で夜道を歩いて、職務質問なんかされたらどーする気さ?

「でも、その格好じゃすごく目立つと思うんだけど・・・」
「そんなの、霊体化させれば問題ないでしょ」
「残念ですが凛、私は霊体にはなれない」
「霊体になれない・・・・・・それってどう言う事!?」

助け舟を出してくれた遠坂さんの言葉にもにべもない返事のセイバー。
なにやら驚く遠坂さんの質問を、セイバーは「そこまで他のマスターに内情を説明する気はありません」と斬って捨てる。
遠坂さんは怒るかと思ったら、「ああ、そりゃそうよね」なんて納得していた。
・・・いいのかな、それで?

で、結局鎧の上に雨合羽を着て行く事になった。
その姿は、黄色いテルテル坊主っぽい。
見ようによってはヒヨコっぽいとも言える姿は、先程ランサー相手に剣(?)を奮っていた彼女と同一人物とは思えない可愛さがある。
玄関に立っている姿は、少し異様だけど。

「じゃあ、後はキャスターの服だけど・・・・・・あ、霊体化してもらっておけば良いのか」

先程紫ローブになったままで居たキャスターにそう云うと、意外な事に深々と頭を下げられた。

「その事ですが・・・申し訳ありませんが、白兎さまの護衛はセイバーに任せて、私はこの屋敷の結界を調整しておきたいのですが」
「一緒に行かないの?」
「はい。早い内に手を打っておきたいので」
「ん、了解。じゃあ、よろしくお願いね」
「ええ。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

そうして、私達はキャスターに見送られて出かけるのだった。

 ◆◆◆

土蔵に明りが灯される。
白兎の性格ゆえか、きちんと整理されたガラクタ。
片隅に積まれているのは訓練のために投影された武器類だ。
白兎の投影した武器は消えない。
魔力を持たない物ならおそらく100年経っても存在し続けているだろう。
では魔力のある物はどうか言えば、これも使わなければ消えはしなかった。
ただ、内包した魔力を使い果たせば消えてしまう。
『力ある物』のイメージが『力を失う』事で破綻するからだろう。
そこから視線を外し、キャスターは土蔵の床を見る。
赤茶色に汚れているのは、先程センサーの槍で傷つけられた白兎が流した血の跡だ。
その下。床に彫り込まれている図形。
それは、まごうかたなくサーヴァント召喚の魔方陣。
これが、セイバーを呼び出した原因と見て間違いないだろう。
だとしたら、この屋敷の住人は10年前の聖杯戦争の参加者だったと言う事になる。
そして、白兎の養父であり師でもある衛宮切嗣。
彼はおそらく、前回の生き残りであるのだろう。

「話が聞ければ良かったのだけれど・・・・・・」

誰に言うとも無く呟いて、キャスターは陣図に流れる魔力を探り始めた。
用意された回路に接続する感覚。
まだこの陣は生きている。
令呪のきざしの持ち主が、しかるべき術さえ行えば、サーヴァントを召喚できるだろう。
そして。
ぐっと捲られたキャスターの腕にはマスターの証たる令呪が浮かんでいる。
自分の手でマスターを殺したとき、ルールブレイカーの魔力で奪い取ったものだ。

「これを・・・・・・役に立てる時が来たようね」

そう言って腕を魔方陣へとかざす。
流れるように口をついて唱えられるのは、サーヴァント召喚の詠唱。
キャスターは、サーヴァントの身でサーヴァントを呼び出そうとしているのだ。

(あの時・・・セイバーが召喚されなければ私もマスターも殺されていたわ。所詮私はキャスター。計略をもって勝ちを拾うだけのサーヴァント。いざ実際の闘いとなれば、他のサーヴァントにどうしても遅れを取ってしまう・・・・・・ならば)

ならば、自分の盾となり剣となる手駒が必要だった。
そのためのサーヴァント召喚。
残るクラスが何かは知らないが、どんなサーヴァントでも魔術を使うための時間稼ぎぐらいにはなる。
全ては白兎のために。
どんな手段を使ってでも、キャスターはこの戦争を生き残るつもりだった。

「―――――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

光が放たれる。
それは、圧倒的な量のエーテルがそこに流れ込んだ印。
収束した第六架空元素は、速やかに人型を創り上げる。

―――それは、青年と呼ぶには老いた、中年と呼ぶには若い、コート姿の男の形をしていた。

「・・・・・・・・・まさか、聖杯戦争のサーヴァントとして呼ばれるとはな。いったいどういう因果なのだか」

ポツリと呟く男。
気だるげな様子に無精ひげの生えた顎。
その姿は決して英雄と呼ばれるような存在には見えない。
ただ、その瞳。
チラリとキャスターを見た双眸だけは、触れれば切れる刃のような鋭さがあった。
一瞬だけ気圧されるキャスター。
それを押し隠すため、殊更高圧的に問うた。

「貴方のマスターとして聞きます。クラスと真名を答えなさい」
「クラスはアサシンだが・・・・・・さて、カスパールとでも名乗ろうか。あるいは、魔王ザミエルとでも?」

キャスターの悋気をそよと受け流し飄々と答える。
アサシンの答えた名はどちらも戯曲・魔弾の射手の登場人物だ。
気が付けばアサシンは片手に回転弾装式の拳銃を持っているが、それでは戯曲の時代や内容と武器が一致しない。
魔弾の射手に登場する銃ならば、フリントロック式の猟銃でなければならないのだから。
第一、あれは創作された物語であり、カスパールはまだしも魔王ザミエルなどという『人間』は存在していたはずが無い。
ひょっとしたらそう云う名の、架空の人格から生まれた英霊が居るのかもしれないが・・・・・・男の外見も態度も、その言葉がただの戯れだと示している。

「くだらない戯言に興味はありません!! 私は貴方の真名を聞いているのです!!」
「ああ、失礼。美女を怒らせるつもりは無かったんだがね。だが、真名を答える前に聞かせて欲しいんだが」
「つっ―――なにを、かしら?」

怒気を孕んだキャスターの様子も何処吹く風。
平然とした様子で、アサシンは聞く。

「今が西暦で何年なのかと、この家の住人がどうなっているのかを」

一瞬。
ただ一瞬だけ、アサシンから殺気が漏れる。
答えによっては、たとえ令呪の縛りがあろうとも殺すと、そう言わんばかりの鬼気。
怒りも忘れて、キャスターはその問いに、自分自身のマスターの事まで含めて答えてしまった。
それ程、アサシンが放った冷たい殺気は恐ろしかったのだ。
だが、答えを聞いた途端、また空気が激変する。
それは安堵と、困惑と、それに苦笑か。
そして。
―――実に実に複雑な表情で、アサシンは自分の真名を答えた。

 ◆◆◆


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