Purgatory【Gaia's Fall】02/13(M:オリ、セイバー、蒼崎橙子etc... 傾シリアス90年後クロスオーバー


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1: 心無鳥 (2004/04/07 01:02:13)[shina_lain at hotmail.com]http://www113.sakura.ne.jp/~the_470in/






 02/13

 存分に煙草を吸いながら、橙子は前方の鮮花を見据える。
「橙子師、そんなに怖い顔をすることはないでしょう。それとも、オレがそんなに憎いので?」
「いいや、憎くなどないさ。有り体に言えば、お前のことは好きだ」
 笑みから真顔に戻った鮮花の言葉を、橙子は否定する。
 元々黒桐鮮花はそうヘラヘラと笑う女ではない、どちらかというと今の顔でいることの方が常だった。
 否、この場合は常だ、であろうか。
 鮮花は不思議そうに首を捻る。
「では、何故」
「わかりきったことを聞くな。それとも一度死んで、感性がふやけたか?」
「それはありません。ここにいるのは正真正銘、オレですから。もっとも、真偽は自身に判断できない面があるのですが……」
「それなら心配いらん。お前は鮮花に違いない。骨格、筋肉のつき方、共にそのままだ」
 言って煙草を足元に落とし、踏みにじって火を消す。
「中身の方は私の担当分野ではないし、関係も無い。いいか鮮花、今この時重要なのはただ一つ――」
 橙子の言わんとすることを察してか、鮮花が身構えた。
 ゆるり、と白い衣が夜の空間を撫でる。
 胸元から煙草をもう一本取り出しながら、橙子が言った。
「――お前が私の敵であるということ、それだけだ。やれ、ランサー」
「ッ! さすが橙子師、割り切りが早いっ!」
 橙子の声に従って前に飛び出したランサーが、一瞬で100メートルの間をつめる。
 だが、そこまでだ。何の動きも見せない鮮花から放たれた光の矢が、防壁となってその進行を阻む。
「チッ、さすがにこの距離じゃあ、分が悪ぃか!」
 舌打ちしながらもランサーは槍を回し、突き、薙ぎ払い、襲いかかる全ての矢を弾き返す。
 しかし質量に差があるのか、それとも勢いの差か、足元からじりじりと押されていく。
 橙子は悠然と蒼の騎士の後方で煙草をふかし、銀迩は唖然としてその情景を見守っていた。
「血色が強い方だとは思っていましたが、できれば戦いたくはありませんでした」
 呟く鮮花。その声を耳に止めたのか、橙子が鼻を鳴らした。
「嘘も方便、とは言うがね。あからさまなそれは甚だ不愉快だ。戦いたくなかった、というのはお前の本心だろうが、同時に理解していたはずだ。サーヴァントとして出張ってきた以上、戦わないという選択肢はありえない。そもそも戦う気がないのなら、最初から銀迩を殺そうとはしまい。少なくとも私の知っている黒桐鮮花は、自分に害を為さない者に対して、無駄な殺生はしなかったぞ」
「ええ、オレもしたくはなかった。けれど、どうにもならないんですよ。こうして呼ばれたなら、戦って勝利することが私の責務」
 憮然として言う鮮花の右手は光で見えない。そこから、全ての矢が迸っていた。
 後退するランサーと、佇む鮮花。その両者を見比べ、橙子は溜息をついた。
「なら最初からそう言え。取り繕う秀才よりは、歯に衣着せぬ単細胞の方が好ましい」
「そりゃあ、俺のことかよ!」
 矢を弾き飛ばしながら、ランサーが叫ぶ。その腕や頬には、既に幾筋かの火傷の跡が見受けられた。
 橙子は頷き、
「多少は察しがよくなったか。まぁ、好ましいと言っているんだ。あまり悪いようには受け取るな」
「あいにくそんな単純には受け取れねぇ単細胞なんでな。苦労してもらうぜ!?」
 ニヤリと笑うランサーに、橙子も笑みで応える。
「構わんとも。倍返しにさせてもらうがね」
 ランサーは眉間にしわを寄せながら、それでもふてぶてしい笑みを浮かべる。
「では参りましょうか、橙子師」
「ああ、鮮花。いや、今はもうアーチャーか。私に断る必要はない、好きなように暴れるがいい。だが、不意打ちなどという下らない真似はしてくれるなよ? 弟子如きの姦計に嵌るほど、私は耄碌していない」
「ええ、わかっています。最高位の人形使いに、小細工をした程度で追いつけるわけもない。真正面から、打ち砕かせていただきます」
 矢を放ち続けながら、鮮花――アーチャーは宣言する。
「では橙子師、オレの邪魔です。サーヴァント諸共、さっさと死ね」
 端整な顔立ちに似合わぬ、残酷な言葉。それに応じて、射撃が砲撃へと変わった。
 一撃一撃はもはや矢ではなく砲弾。受ける度にランサーの体が傾ぎ、槍がしなる。
 逸らすのが精一杯なのか、そのうちのいくつかがランサーの体をかすめ、灼いていく。
 速度自体はサーヴァントのものとしてはごくごく一般的、ランサーに見切れないほどではないし、勿論他のサーヴァントでも同様だろう。
 だがその連射回数は無限、秘める力は極大。一つでもまともに受ければ、その時点で敗北は必死。
 歯を噛み締めるランサーの体は、最初に進んだ位置から50メートルも押し戻されていた。
 顔には筋が浮かび、腕には力がこもっている。それでも、降り注ぐ流星雨には釣り合わない。
 橙子はもう十本目になる煙草を吸いながら、その様を見守っている。
「……助けなくていいのかい?」
 銀迩の問いにも、こともなげに、
「最初から甘やかしては、クセになるからな」
 などと、余裕綽々に答えた。
「ちょ、そんなこと言ってて平気なのか!?」
 橙子はゆっくりと、声を上げる銀迩の頭に灰を落とした。
 憮然とした顔で、銀迩はその灰を落とす。
「お前も少し落ち着け。これが終わったら、たっぷり話を聞かせてもらうからな。そもそもあれほど言ったはずだがね――魔法は、もう使うなと」
 にらむ橙子に、銀迩は肩をすくめた。
「仕方ないだろ? やらなきゃ今頃やられてたんだ」
 橙子は無言のまま、銀迩の腹を軽く蹴る。たったそれだけだというのに彼はうめき、苦しげに腹部を押さえた。
 目の前で展開されている死闘もどこ吹く風で、師は言う。
「お前の魔法は諸刃の剣だ。大方、連発したせいで内部に異常をきたしているのだろう。ルーンの補助があったからいいようなものの、本来なら今頃内臓破裂で死んでいるぞ」
「……ひょっとして、俺があいつのマスターだって疑ってる? だったら、脱ぐけど」
「そんな必要はない。お前とて、サーヴァントを御せないほど愚か者ではあるまい。そもそもマスターであるなら、私がとっくに気づいている。今のは勝手に魔法を使ったことに対する戒めだ。次にやったら、もっときついのがいくぞ?」
 体を震わせて、銀迩が手をひらひらと振る。
「俺だってできれば使いたくないけど、そうでもしなきゃあの矢は防げないよ」
 銀迩が視線でランサーを指す。
 それもそうか、と橙子は呟き、段々と自分たちに近づいてくる蒼の背中を見た。
「ランサーどうした、その程度か?」
「っざけんな! 最初っからこっちの不利は確定してんだ。アーチャー相手に遠距離戦なんざ、無謀もいいとこだぜ!」
 不満気に、それでも喜びに満ちた声でランサーが言う。それは、純粋に戦いを愉しむ闘争者の顔だ。
 橙子は空になった箱を捨て、カートンの中から新たな煙草を取り出しながら、微笑む。
「ああ、やはり煙草はいいものだなランサー。人生の潤いだ。酒が命の水なら、こちらは命の煙か」
「んなこと言ってる場合じゃねぇ! この地形、距離、アーチャーのホームグラウンドだ。どうにかできるもんならするが、こいつは荷が重過ぎる、さっさと退くぞ!」
 悔しさに満ち満ちた声に、橙子は目を細くする。
 そして煙草をくわえながら、言った。
「ふん、何故無様な逃亡などしなければならん?」
「あぁ!?」
 地面にカカトの跡を残しながら少しづつ、しかし確実にランサーは押されている。だというのに、オレンジ色の魔術師はいささかも焦らず言い放った。
「私の前にはお前がいる。なら、私に攻撃が届くはずもないさ。そのまま進んで奴を倒せ、ランサー。その程度ができないお前ではないだろう?」
 絶対の信頼を含んだその言葉。それをどう受け取ったのか、ランサーは高らかに笑った。
「っははははははははははは! ああ、そうだ橙子。爐修猟度瓩里海箸覆鵑饗ず遒發佑А△笋辰討笋襪箸癲なんせマスターの命令だ、従わないもんならバチがあたる」
 爛、とその瞳が輝きを増す。朱の長槍がわずかに光を帯び、空間に軌道を残し始めた。
 砲撃を弾きながら、ランサーの目の前に赤い華が如き残光が咲いていく。
 もはや後退はない。足は地面に張りついたまま動かず。上体すらも揺るがない。ただ腕の動きだけで槍を操り、矢をあしらう。
 光の向こうで、アーチャーが眉を上げた。
 蒼の槍兵の姿とその朱槍を見比べると、歩き出す。
「クー・フーリン……いいでしょう、相手に不足はない」
 丁寧さと粗暴さが入り混じった声。それを受けて、ランサーが何度目になるかわからない舌打ちをして言い捨てた。
「姿と槍だけでバレるなんざ、俺も有名になったもんだ。しかしこれはこれで、張り合いがねぇな」
「そう言うなランサー。知名度が上がれば、それだけお前の格も上がる。英霊内での知名度が果たして関係するのかは、わからんがな」
 灰を落とす橙子は、矢を放ちながら近づくアーチャーを見る。相変わらず右の手元は見えない。だが、矢の光を反射して輝く金眼ははっきりしていた。
 浮かぶのは完全な敵意。橙子たちを打ちのめし排除しようという、確固たる殺意だ。
「口では言っていても懐かしさにまだ躊躇していた、か? 私ともあろう者が、いつからそんな感傷的になった」
 言って、魔術師は自嘲の笑みを浮かべた。
 そして振り切るように顔を上げ、厳かに告げる。
「一番回路開放、爛薀鵐機辞瓩鮃垰箸垢襪海箸魑可する」
 空間に響くその声と共に、ランサーの槍を包む光が量を増し、紅の瘴気へと変化していく。
 もはやアーチャーの槍にしなりすらしない。そこにあるのは頑強にして鋭さを秘めた、必殺の宝具。
「てめぇ、今まで制限してやがったな」
 恨めしい声を上げるランサーを、橙子は鼻で笑った。
「当たり前だ。そうそう思う存分使われては堪らんからな。こちらで手綱を握っておかなくては、いつガス欠にされるかもわからん」
 灰を落とす橙子を背中に、ランサーは低くうめいた。
「そう不満気にするな。手数が足りないだろうと思い、手を足してやったのだから」
「何だと?」
 橙子の言葉に、ランサーは己の槍の穂先を見る。一つ一つの矢を墜としていく赤の閃光。その筋が、二度に一度は二つになっていた。
 残像ではない。それはどちらも彼が持つ呪いの槍だ。だとするなら、これは如何なる不可思議か。
「多重次元屈折現象――それが、爛薀鵐機辞瓩離ラス能力ですね」
 アーチャーがゆっくりと歩みながら告げる。
「その通りだアーチャー。重複刺突B、大量の標的を相手取る時に限り、ランサーの槍は五割の確率で二つになる。これならば、お前の矢に追いつかなくなることもない」
「へぇ、便利なもんだ」
 感心するランサーの顔に、もはや焦りの色はない。時折増える槍は軽やかに、風のように舞い散りながら光と踊る。
「何をしているランサー。折角の機会だ、存分に戦ってこい」
「言われなくてもそうするが、なんだずいぶんと好戦的じゃねぇか。やっぱ恨みでもあるのか?」
 橙子は酷薄な笑みを浮かべると、やけに平静な声で言った。
「さっきまではなかったんだが、今はある。奴はこの私に無礼な口を利いた。赤の他人であるならまだ百歩譲って許そう。だがこともあろうに師である私に言ったとなれば、千歩譲っても許せんさ」
「そんなにお気に召しませんでしたか?」
 問うアーチャーにああ、と短絡的に答え、一拍置いて橙子は続ける。
「とても召さなかった。いいかアーチャー」
 煙草を踏みにじり、眉間にしわを寄せながら彼女は宣告した。

「お前こそ私の邪魔だ。さっさと死ね」

 ヒュウ、という口笛の音と共に、槍兵が矢の合間を縫って飛び出す。
 姿勢は低く、地面と触れ合うほどに。
 触れる矢はマスターに及ばぬように弾き、正面のものは突き通して狙撃手の元へと送り返す。

 ――宙に放たれる矢が白光なら、地を走るそれは、蒼い流星だった。





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