運命/魔を断つ剣 2話 M:桜とアル シリアルっぽい


メッセージ一覧

1: TAN (2004/04/06 21:18:56)[tan666 at jcom.home.ne.jp]

デモンベインVSFateの正式タイトルを、運命/魔を断つ剣にしました。以下本文です。


2−1.

「私をどうしようと言うんです?」

 桜は震える声で尋ねた。
 本当に聞きたいことは、そんなことではない。
 目の前で、ゴミのように投げ捨てられた、衛宮士郎のことが気がかりで仕方が無い。
 確かに、殺されてはいない。
 だが、ウェスパシアヌスと名乗る男の左手に棲み付くソレが、士郎に絶望的なまでの瘴気を叩き込んだのを桜は確かに見た。

「我々の儀式に協力してもらう。安心したまえ。それが済めば、君は愛しい男の元に戻れるわけだ」

 にこやかな笑みを浮かべ、諭すように紳士然とした男は桜を諭した。だが、桜にはわかってしまった。この男の言ったことの後半部分は嘘であると。
 紳士の浮かべた笑みが、かつて、桜の体を弄り回した、祖父と義兄が桜を懐柔する時と同じ表情だったからだ。
 未来に希望は持てなかった。けれど、士郎とライダーと姉は助けに来てくれると解っていた。
 彼らは、桜のために命を捨てて戦うだろう。ならば、どれほど苦しい目にあおうとも、絶望に浸ろうとも、桜もまた戦わなければいけない。4年前、姉と士郎が彼女に教えてくれたように。
 桜が生きていなければ、士郎達の戦いは無駄になるのである。
 かつて、自分の弱さ故に、愛した男は人道を外れた。彼は、自分と共に血塗られた罪を背負った。
   ツガイ
 この番は咎人、誰にも裁かれること無く、故に、絶対に許される事の無い罪を背負い、自らを罰しながら尚生きる。
 全てが終わった時、二人でそう誓った。
 例え苦しくても、悲しくても、生きなければならない。それは欺瞞。他人の血肉を犠牲にして生きる者が、何を言っても欺瞞に過ぎない。
 それでも、生きたいと願った。
 これは罰だ。
 この身に襲い掛かる不幸は全て罰である。だが、桜はその罰が心地よい。罰を受けて尚、生きようと思う。
 彼女は強くなった。
 例えどんなに怯えようとも、恐怖しようとも、彼女は歩む道を誤らない。そう、愛しい者の背中は、常に見えていた。

2: TAN (2004/04/06 22:41:05)[tan666 at jcom.home.ne.jp]

2−2

「汝、魔術をなんと心得るか」

 その声を聞いて、大十字九郎はうんざりした。これで5度目である。

「仕方ないだろう。遅刻しそうなんだから」

「魔術とは隠匿すべき秘術ぞ。己が手抜きの為に使う物ではない」

「今日の遅刻は、アルがいつまでも起きないのが原因だろうが!」

 頭のてっぺんで小言を言うパートナーに、大十字九郎は流石に怒鳴りつけた。そもそも自分とて、都合のいいときに魔術で暴れているではないか。

「何を言うか、妾は大学になぞ行く必要が無い。故に、早起きなぞする必要が無い」

 得意満面で頷いているだろう魔導書の姿を想像し、九郎は舌打ちしたくなった。どうして、こう我侭いっぱいと言うか、俺の周りには、人の言うことを尊重しない女ばかり集まるのだろう。と首をひねる。

「そもそもだ、汝、魔術の腕前はちっとも上がらんでは無いか」

「う・・・」

 邪悪な運命の螺旋から解放されて2年の歳月が過ぎていた。
 二人は悠久の果てに再会したものの、その後の生活は至って平和だった。無論、その事に不満は無い。
 九郎はミスカトニック大学で陰秘学を専攻し、魔術師としての修行を続けていた。が、その結果は芳しくない。
 かつて身につけた技術の大半は覚えていたが、そこから先の進歩が無い。

「まあ、汝は、いざと言うときにはすさまじい力を発揮するが、普段は見た目どおりのボンクラだからな。諦めろ」

 アルは思った事をそのまま口にした。

「ボンクラって・・・」

 実力がまったく伸びない事を、人一倍気にしているのは当の本人だ。がっくりとうなだれながら空を飛ぶ。
 そう、空を飛んでいた。
 全身ピッタリとしたボディスーツに身を包み、背中には紙を束ねたような翼が生えている。
 髪の色は鮮やかな白銀で、瞳は爛々と赤い。
 その頭の上に、不機嫌そうに座る、手のひらに乗るほど小さな少女が乗っている。

「まあ、汝は、今のままでも突き抜けておる。無理に修行などする必要もあるまい。それに・・・」

 それに、もはや汝が戦う必要もあるまい。
 聞こえないようにそう呟いた。
 平和すぎる二年間。
 最強の魔導書として生を受けたアル・アジフにとって、これほど安らいだ時間を送った事は無かった。
 戦士の休息であり、泡沫の夢である事は解っている。
 大十字九郎は、自分より先に死ぬ。
 すぐの事ではない。
 50年先か、ひょっとすると明日か。それは解らない。
 だが、彼女よりも先に死んでしまう事だけは確実だ。
 アル・アジフは齢1000年をはるかに超える。彷徨った時間も入れれば、その年月は計り知れない物となる。彼女にとって人の一生など、僅かな時間の出来事であり、そして、同時に、どれほど大切な物かを理解していた。
 かつての自分はそれを知らなかった。否、それを感じつつも、気付かないふりをしていたのだ。そうでなければ前に進めなかったから。倒れ行く者を理解してしまえば歩けなくなるから。
 だが、その事を知った今、人と営む僅かな平和をひどく愛せるようになった。
 戦いはないと感じている。
 歪んだ連鎖から抜け出した世界に、異界の神々の手は伸びてこない。アル・アジフが再びこの世界に戻ってきて1300年。彼女が戦わなくてはならない状況など、1度たりともおきてはいなかったのだ。

「九郎?」

 自分も黙っていたから人のことは言えないが、むっつりと黙りこくってしまった九郎を不審に思った。

「感じないか、アル」

 その声色は真剣だ。戦いの場に赴く時の彼の姿だ。普段はどこまでも3枚目で、真面目に生きている時が無いように見える。そんな彼が真剣な顔をしている。

「む・・・これは」

 アルも感じた。感じないほうがおかしかった。自分がどれほど平和ボケしているかを悟った。
 数万年宇宙を彷徨い、地球に再び現われてからも戦うことなく眠りつづけたせいか、アルの感覚はひどくボケているように思えた。

  デウス・マキナ
「機械仕掛けの神か」

 その発散する魔力を感じないわけが無い。
 模造品とはいえ神であるそれは、隠し切れないほどの魔力を常に周囲に撒き散らしている。

サイクラーノシュ
「木星と言う奴だな」

「アンチクロスか」

 苦々しげにアルが呟く。

「どうする?」

 解りきった事をアルは尋ねた。彼の愛した主がどうするかなどわかりきっていた。

「もちろん、接触する」

      デモンベイン
「こちらに魔を断つ剣は無いぞ」

「ほうって置いたら「後味悪い想いをしそうだから」な」

 お得意のフレーズ部分にアルの声がかぶる。

「からかうなよ」

 アルは、すねたような主を見つめて、目を細めた。

「汝はほんと変わらんな」

 心底嬉しそうに、アルは笑った。 

3: TAN (2004/04/06 22:43:43)[tan666 at jcom.home.ne.jp]

2−3

「やっぱり、サイクラーノシュだ」

 上空から、その怪異なる物体を見下ろし、九郎は呟く。
  アンチクロス
 逆さ十字と呼ばれた、7人の魔術師達。
 その一人一人が、デウス・マキナと称する、神の模造品を召喚出来る程の実力者たちだ。
 九郎の知る限りでは、目の前のデウス・マキナを操るのは、ウェスパシアヌスと言う男だったはずだ。
 もっとも、あまり面識は無い。
 他の、何度も血反吐を撒き散らしながら戦ったアンチクロスとは違い、九郎の印象にはあまり強く残っていない。どちらかと言えば、そんな奴もいたなあと言う話だ。
 だが、今の九郎には、デウス・マキナは無く、己が肉体一つで神と闘わなくてはならないのだ。

「ふむ、どうする。デウス・マキナ相手に、生身はちと辛いぞ」

 アルも同様に思っているのだろう。

「とりあえず接触する」

 九郎はそう答えた。
 邪悪な運命の螺旋から解き放たれた人類は、本来の姿と本来の歴史に戻っている。もっともオリジナルとなった世界にはやはり魔術があり、アンチクロスがいる以上、それに類する組織はあるのだろう。
    マスターテリオン トラペゾヘドロン        ニャラルトホテップ
 それに金色の獣と輝く多面体を加えたのが、這い寄る混沌だったわけだ。
これら3つの要素が取り除かれた世界は、微妙に変化していたが、大方、大十字九郎とアル・アジフが知る世界そのままだった。
 だが、あの世界で悪人だった者が必ずしもそうとは限らない。九郎はそう考えている。

「そんな甘い物ではないと思うがな」

 アルは醒めた口調で答えた。アル・アジフの見立ては少々異なる。
 確かに這い寄る混沌が手を加えたのは、獣の誕生と多面体という存在だろう。大十字九郎という存在も、アンチクロスも元々あった物なのだ。
 這い寄る混沌の最大の誤算は、大十字九郎が担った役割を、自分の手で生み出さなかった事である。
 元々、そう言う属性だった大十字九郎を、自分の計画の一端にあっていると言う理由だけで選抜してしまったことが過ちだった。
 結果、彼の心は決して折れることなく、綴じた鎖を断ち切る楔となった。
 故に、オリジナルの世界でも、大十字九郎はどこまでも大十字九郎である。同時にアンチクロスはどこまでもアンチクロスだった。
 だが、甘いと言う九郎の性格は強さの裏返しでもある。言っても無駄なので、アルはその決定に従うのだ。同時に、そんな主を好ましく思ってしまうのも事実だ。九郎の考えが及ばない部分は、自分が補えばいい。そう思っているし、それが出来るからゆえの番(ツガイ)なのだ。

4: TAN (2004/04/06 22:55:58)[tan666 at jcom.home.ne.jp]

2−4

 九郎は、サイクラーノシュの進路をふさぐように降下した。向こうも無論、彼に気がついているだろう。魔術師たるものが、これほどの魔力を感じて、気付いていないはずは無い。ましてや、魔術師としては規格外の能力を持つ九郎だ。更に空を飛ぶためにマギウススタイルと言う魔術戦闘用の形態をとっている。ならば魔術師からその姿を隠すことは不可能と言っていい。

「ウェスパシアヌスと言ったか?」

 九郎はそう尋ねた。

「ほう、私の事を知っているのかね」

 流石に驚いた声色が帰ってくる。
 内心ウェスパシアヌスは驚いた。
 ウェスパシアヌスは、サイクラーノシュの内部にいる。サイクラーノシュを見て、彼が操っていると看破できる人間がいることにまず驚いた。アンチクロスの同朋くらいしか、彼の操るデウス・マキナを知る者はいないはずだ。

「何者かな?」

「大十字九郎」

 男は朗々と名乗った。
 知らない名前だ。これほどの魔術師なのにその名前を知らない。これは驚嘆する事だった。目の前にいる魔術師。こと単純な戦闘に関しては、自分より強い。ウェスパシアヌスは冷静にそう判断した。もっともデウス・マキナがある以上、敗れることは無い。

「して、大十字君、この私に何用かな?」

「デウス・マキナなんて大層な物を見かけたのでね、何をしているのかを尋ねに来た」

 その声には怯えも無ければ焦りも無い。
 デウス・マキナを目の前にして、これほど堂々としている事がまず信じられない。確かに無名の存在ではあるが、魔術師ならばありえない事でもない。魔術の基本は隠匿する事だ、彼自身隠れて研鑚してきたと言うことはありえるだろう。
 だが、ならば、何故、人前に姿をあらわす。隠れているならば人前に出てくることが道理に合わない。永遠に隠遁し、自らの世界を極め、弟子もしくは一門にそれを伝えれば言いだけの話だ。もとより魔術師とはそう言うものだ。

「何を、とは、何かな?」

「そうだな・・・例えば、C計画とか」

 それはただ、カマをかけただけだった。九郎はブラックロッジの計画をそれほど詳しく知っているわけではない。
 だが、ウェスパシアヌスには効果的だった。
 この男・・・どこまで知っている。
 ウェスパシアヌスは冷静を装っていたが、その仮面がはがれそうになる。排除せねばならない、だが、サイクラーノシュには現在余計な客分が乗っている。
 とりあえず、とぼけてしまえば済む話だと考えた。
 ふと、目の前の魔術師の顔色が変わった。ウェスパシアヌスもその微妙な流れは悟った。
 わずかに忌々しく思う。今までおとなしくしていたのはチャンスを狙っていたのか。見た目よりしたたかな桜の意識を起こしていたことをわずかに後悔した。
 桜は、ほとんどその体内にのみ向けられている魔術回路を開いて、その有り余る魔力を外に出したのだ。魔術師であれば見習いでも異変に気づくだろう。
 そして…。

「待て、後ろにいる者は誰だ」

「ぬう・・・」

 ウェスパシアヌスは唸った。
 桜は、確かに人が一生かけても手に入れられないほどの魔力を秘めている。だが、それは常に閉じられている。周囲には発散していないため、簡単な護符で僅かに漏れ出す魔力を隠すことが出来る。だが、桜のわずかな抵抗心ゆえに、この男に気づかれた。

「彼女は、私の客人でね。非常に大切な客人ゆえに、わざわざこんな大層な物を使って移動しているのだよ」

 だが、あくまでも冷静な紳士の仮面は外さずにそう答えた。ことごとく邪魔が入る現状を苦々しく思いながら。

「アル。どうおもう」

「どう思うも何も、女を誘拐して来たに決まっておろう」

 先入観だけでアルは答えた。
 アルにとってはどちらでもよかった。結果アンチクロスとは事を構える。ならば九郎をたきつけるには女のほうがいい。
 それに、アンチクロスならそれはありえた。だが、アンチクロスの導師ほどの人間が自ら誘拐しなければならない人物とは。
 大十字九郎の脳裏には一人の少女の姿が浮かび上がる。

「エンネアか!」

 魔力が微量なのは納得がいく。かつて戦った時、エンネアは最強の魔人マスターテリオンに匹敵する実力を見せた。そんな彼女を捕らえるには、魔力を殺す必要がある。
 全て合点が行くではないか。
 サイクラーノシュからもれる微妙な魔力。それは知らない魔力と言えた。だが、ウェスパシアヌスは彼女と言った。アンチクロスがそこまでこだわる人物はエンネア以外にありえない。
 C計画という言葉にも反応した。C計画と言うアンチクロスの計画は一部の概要しか知らないが、エンネアと言う少女が核になっていることは知っている。そして、その計画の到達点も知っていた。

「エンネア?」

 ウェスパシアヌスは眉をひそめた。該当する人物がいない。だが、エンネアとは9を指す言葉だ。9番目の実験体ネロの姿が、ウェスパシアヌスの脳裏に浮かんだ。
 C計画を知り、そしてネロを知るかのような発言をする。ネロはいまだ夢幻心母から外に出した事の無い秘蔵の切り札だ。
 紳士の仮面を捨てて、この男を殺すべきだと判断した。

「大十字九郎君。魔術師は自分の研究を秘密にするものだ。それに無闇に触れると言うことは、殺されても文句はいえまい?」

 サイクラーノシュから分離するように、のっぺりとした巨人が姿をあらわす。

「謳え、ガルバ、オトー、ウィテリウス!」

 命令に反応するように、三人の巨人は音を発する。それは人語ではいい表せない奇妙な声色だ。

「なるほど、以前はわからなかったが、この3匹、神々の言葉を発するように作られておるな」

 アルの言葉を九郎はとっさに理解した。
 魔導書の多くは、地球の言葉に訳されている。地球人が書いた書物も存在する。アル・アジフなどはその代表例と言っていい。
 だが、ナコト写本をはじめとする古き書には、人の声帯では決して発音できない呪文が存在する。それを人語に訳して利用した場合、術としての精度が落ちるのだ。
 呪文とは2種類存在し、一つは、自らを鼓舞するための物。ようは自分が魔術を使うときのきっかけであり呼び水であり、精神切り替えのスイッチのような物だ。
 そして、もう一つが神への呼びかけである。
 地球外の神に呼びかける際には、無論その神の知る言葉で話し掛ける方が効果的なのだ。
 自分にできない事を使い魔にさせる。ウェスパシアヌスはそうする事で、自らの術の精度を上げている。
 彼の持つ、エイボンの書という書物はオリジナルであればアル・アジフに勝るとも劣らない書物であろう。だが、残念な事に、ウェスパシアヌスが持つ物は写本されて200年と経たない英語版であったのだ。
 故に、魔導書の精度の低さを補うために、こうした使い魔を3体生み出したのである。

「雑魚には構うな。所詮こやつらは、ウェスパシアヌスの魂のリザーブ。吸血鬼の真似事をしているに過ぎん。本体を叩けば一時とはいえ動きは止まる」

「そのつもりだ」

 大十字九郎は、空を翔けた。音速よりも更に速い速度でサイクラーノシュに接近する。その速度は、先日、日本で繰り広げられた漆黒の天使とライダーと呼ばれた英霊の戦いにも劣らない速度だ。

「バルザイの偃月刀!!」

 九郎の右手に漆黒の、しかし炎に包まれた刃が現われる。

「それでも、デウス・マキナの装甲は敗れんぞ」

 デウス・マキナ使用時に召喚したバルザイの偃月刀ならば、それも可能だろうが、このサイズでは不可能だ。アルは九郎の注意を喚起した。

「そんなことは解ってる」

 だが、九郎は意に介さずにサイクラーノシュに突撃した。そもそも、ここに留まれば、包囲した3体の巨人の術をもろに喰らってしまう。
 サイクラーノシュに肉薄すると、巨人はそのうめきとも叫びとも取れる奇妙な声を止めた。そのまま術を放てば、主を巻き込むからだろう。
 だが、サイクラーノシュ自身が、大十字九郎を迎え撃つ。
 蜘蛛にも似たその4本の足の一本が振るわれた。大きな物が動く時、その動きが緩慢に見えるときがある。この場合もそうだった。見た目は遅く感じる。だが、実際の速度は恐るべき物だった。

「くぅ」

 急ブレーキ、急上昇を一気に行う。先ほどまで九郎が居た空間を、サイクラーノシュの足が薙いだ。

「こ、こら、目が回る。無茶な動きはするな」

 髪の毛にしがみつくと言うより絡みつきながら、アルが抗議する。

「だまってろ、舌をかむぞ」

 4本の足を巧みに使ってサイクラーノシュは攻撃を繰り出す。九郎はそれを必死に回避した。

「やっぱ、デウス・マキナはきついな。破壊ロボならなんとでもなるんだが」

 苦々しく呟いた。

「九郎!」

 サイクラーノシュに近づききれない九郎が僅かに、その巨体から距離をおいた瞬間、衝撃波が襲ってきた。

「しまった!」

 ガルバ、オトー、ウィテリウスという3体の巨人の術だ。
 見えない糸に束縛されるように空中に縫いとめられた。

「いやいや、大十字九郎君。生身でありながらデウス・マキナに戦いを挑む。なかなか勇気ある行動だ」

 ウェスパシアヌスは、余裕を見せながら声をかける。

「てめえ、そんなとこに隠れてないで、出て来やがれ」

 身動きできないながらもそう叫んだ。だが体はピクリとも動かない。

「いや、君のような野蛮人の前に姿をあらわすのは少々怖くてね。私は臆病なのだよ」

 そういいつつ、サイクラーノシュの胴体部分の中央に穴があく。そこはコクピットの出入り口なのか、そこからウェスパシアヌスが姿を見せた。

「始めまして、大十字九郎君」

 絶対的な勝者の余裕か、慇懃に礼をして見せた。

「君ほどの魔術師を殺すのは忍びないのだがね。こうしなければ私の計画に支障が出てし
まう。いや、世は無情だな」

 自慢の髭をしごきながら、右手で目を追おう。残念がっていると言う芝居だ。目は笑っていないし悲しんでもいない。そこにあるのは暗い欲望と殺意だけだ。

「では、さようなら、大十字九郎君。いい勉強になっただろう。余計な事に首を突っ込むと死を招くと言う教訓だ。あの世で役に立てたまえ」

 まったく動けない九郎を嘲るように笑いながらウェスパシアヌスは右手を差し上げた。

「くそ、動け動け!」

「何をしておるか九郎、早く逃れんか!」

 九郎とアルは必死でもがく。

「無駄なことだ。それは神による呪縛。人の身で逃れる事は不可能。術者の私とて、解く事が出来ない術でね。いやいや、非常に心苦しい。解いてあげれるのならば、君を是非仲間に迎え入れたいのだが。私が未熟ゆえに、それもかなわぬ。せめて一思いに止めを刺してあげよう」

 差し上げられた右手の指が鳴ろうと構えを取る。

「さら「ウェスパシアヌス、汝にも教訓をくれてやろう」」

 だが、不敵に笑ったアルが突然そう言い出した。九郎も既にもがいてはいない。
 ウェスパシアヌスはようやく気がついた。手に握られていたはずのバルザイの偃月刀がない。
 同時に、背後から腹部に衝撃が走った。
 胴体が真っ二つにされる。

「馬鹿・・・な」

 いつ、投げた。
 ウェスパシアヌスが出てくるまでは確かに手にもっていたはずだ。もがいたとしても指一つ動かない。いつだ、いつ投げた。

「魔術師と戦う時は、止めを刺すまで油断はしないことだ」

 大十字九郎が見下しながらそう告げた。
 サイクラーノシュの上に地を撒き散らしながら上半身が崩れ落ちる。

「サイクラーノシュ!」

 その状態で尚、合図を送った。
 サイクラーノシュの爪が大十字九郎を突き刺す。大きさが違いすぎて突き刺すと言うより潰すと言う方が近い。
 同時に、巨人の1体が消滅した。

「くそ・・・」

 紳士に似合わない汚い言葉を吐きながらウェスパシアヌスは立ち上がる。
 アンチクロスの同胞すら知らない魂のリザーブ。それにより肉体を瞬時に再生する。変わりに、自分の使い魔たる巨人ウィテリウスが消滅した。
 バルザイの偃月刀を見るのは初めてではない。世に、ネクロノミコンと冠する書物は五万とある。そのうち、魔導書たりえるのはほんの一握り。だが、それでもその一握りの書物は、他の魔導書に比べ多くの数が現存している。
 そんなネクロノミコンの所持者達の中で、バルザイの偃月刀を使う者も多数居た。だが、どの術者のものも、一撃でウェスパシアヌスの魂の一つを奪い去るほどの威力は持たなかった。
 並みの魔術師ではないと見抜いていたが、予測の一歩上を行かれた事になる。
 それでも、魂を一つ犠牲にしたが、ウェスパシアヌスは大十字九郎と名乗る魔術師をしとめる事に成功した。
 そう考えると笑いがこみ上げる。
 恐らく、ウェスパシアヌスを倒すには外に引きずり出すしかないと考えたのだろう。故にわざと巨人の術にかかった。
 何らかの方法で、バルザイの偃月刀を投じ、彼を倒して終わりにするつもりだったのだろう。
 だが、大十字九郎は知らない。
 ウェスパシアヌスが、使い魔の魂をいつでも身代わりにできることを。並みの術者なら、バルザイの偃月刀の一撃で終わっていただろう。見抜いていれば、死の間際のような勝ち台詞は出てこないはずだ。

「くくく・・・」

 魔術師を出し抜く瞬間ほど心地よい物はない。
 誰もが自分を至上の物と考える魔術師。そんな彼らを屈服させる瞬間がとてつもなく心地よい。
 意図した事ではなかったとはいえ、騙しあいの結末は自分の勝利だ。常に魂の保険をかけていた事を、あ奴は見抜けなかった。否、見抜ける魔術師などいない。

「とんだ邪魔が入ったが、高い見物料の価値はあったかな」

 悦に浸りながら、白い外套を翻し振り返った瞬間、ウェスパシアヌスは、息を飲んだ。
 サイクラーノシュの外壁にぽっかりと穴があいている。そこは自分が先ほど出入りしたエレベーターの入り口だ。
 本来なら、魔力の障壁で守護されている場所だ。だが、自分が先ほどまで立っていたため、外壁的な防御はおろそかになっていた。
 認めよう、確かに、大十字九郎を捕らえた時、ウェスパシアヌスは油断していたと言うことを。

「ありえん・・・」

 だが、油断があろうとも、このオリハルコンで構成された外壁に穴をあける事など不可能。確かにハッチ部分であるが故に、他の部分よりは強度が低い。だが、1匹の蟻にとって、10センチの鉄の壁も5センチの鉄の壁もたいした差は無い。それを破壊する事など不可能なのだから、厚みなどは些細な問題なのだ。
 空けた瞬間はわかる。ウェスパシアヌスの胴体が一瞬泣別れになったときだ。あの瞬間確かに前後不覚に陥った時間が数秒あった。
 外壁の穴の縁は溶けたような跡がついている。いや、確かに熱で溶かされていた。オリハルコンの精製には1万度以上の炎が必要だ。これほど見事に打ち抜いていると言うことは、それ以上の温度で焼いたと言うのだろう。
 一瞬だけでもそれだけの熱量を出すのは非常に難しい。魔術を持ってしても容易ではない。
 だが、誰が・・・。大十字九郎は確かに死んだはずだ。
 そう考えながらもウェスパシアヌスは焦燥に駆られ振り返る。
 そこには2体の巨人とサイクラーノシュの腕、そして、大十字九朗の貫き潰された肉塊があるはず・・・

「やられた・・・」

 そこに、肉塊などは無かった。
 そこにはキラキラと輝く、砕けた鏡が散らばっているだけだ。
 ウェスパシアヌスが捕らえたと思っていた大十字九郎は、その鏡が生み出した幻影だったのだ。
 恐るべき事に、術で捕らえた瞬間も、それが偽物だとは気がつかなかった。
 穴をあけて内部に侵入したのは大十字九郎だろう。追おうとも考えたが、それを止めた。あの魔術師の戦闘力は自分のそれを上回る。
 魔術勝負ではいざ知らず、サイクラーノシュの内部で肉体戦闘も交えた魔術戦となると、それは彼の本分ではない。彼の同僚のうち3人ほどはそれを好んで行うのだろうが。

「だが、浅はかだよ大十字九郎。敵の臓腑に潜り込めば安全だと思ったのかね」

 できるだけ嘲るような笑みを浮かべてウェスパシアヌスは独白する。そうでもしなければ自分のプタイドが保てなかった。敵を思いっきり侮蔑する。そうする事で、完全に出し抜かれた忌々しさを補わなければ精神がどうにかなってしまいそうだったのだ。

5: TAN (2004/04/08 23:11:12)[tan666 at jcom.home.ne.jp]

注:以下作品内で『』の台詞は英語、「」は日本語です。英語部分と日本語部分のうまい区別のさせ方が思いつかなかったので・・・。


2−5

 ウェスパシアヌスが何かしらと会話を始めて数分。幾度となく、桜が閉じ込められている場所は揺れた。
 閉じ込められていると言っても、先ほどまでは目の前にウェスパシアヌスがいたし、拘束されているわけでもない。
 そこはなにやら書庫のような場所であった。
 ただし、周辺を覆い尽くしているのは、壁ではなく、モニターだった。足元ですら、モニターになっており、全面から周囲が見渡せる。無数の本棚はまるで空に浮いているようだ。当然、桜も宙に浮いている錯覚を覚える。だが、確かに足元に床は存在した。
 何が起きたのかはよく解らない。
 空を飛ぶ人間! と接触したウェスパシアヌスは問答の果て(その問答の内容はウェスパシアヌス側の言葉しか聞き取れなかった。しかも会話は英語だったため内容は半分ほどしか理解できなかった)に舌打ちをすると、唐突にその人間と戦い始め、そして、動きを抑えると、堪えきれない笑みを浮かべたまま、どこかに行ってしまった。 
 取り残された後もする事が無く、ただただ、モニターで行われている、二人の魔術師(もう一人もそうなのだろうと見当をつけた)の戦いの行く末を見るだけだった。
 そして、今、目の前にいる男こそ、さっきまでウェスパシアヌスと戦っていた男そのものである。

『こりゃ、すごいな』

 全天を見渡せる内部を見て、男は感嘆の声を上げた。

『デウス・マキナの内部は、そのデウス・マキナによって違うのか』

『うむ、妾も、デモンベインとアイオーン以外は知らないが、そうらしいな』

 奇妙な事に、男は一人で問答している。それも声色を変えながら。

『九郎、お目当ての人物がおるな』

『エンネアか?』

 本棚の影に隠れるように座り込んでいた桜を、男は目ざとく見つけた。もっとも、ここはそれほど広くない。せいぜい、小学校の教室と言った程度の広さだ。少し歩けば桜などすぐに見つかっただろう。

『やけにこだわるな、あの女に』

 少し拗ねたような声色を使う。流石に気持ち悪く感じた。

『あ・・・』

 男は、本棚の影から顔を出し、桜を見つめる。そのあと困ったように頭をかいた。その仕草は、なんとなく士郎に似ているた。

『えっと・・・』

 男は少し考えている。

『俺の名前は、大十字九郎』

 君は? と言いたげにしながら、男は英語で名乗った。

「衛宮。衛宮桜です」

 桜は、日本語で答えた。

「なんだ、日本人か」

 九郎と名乗る、銀髪と赤い瞳の青年はニパっと笑いながら流暢な日本語を口にした。素敵な笑顔だなと見入ってしまってから、
(先輩ごめんなさい)
 と、心の中で謝る。

『九郎。もたもたしておる場合ではない。この小娘を助ける助けない関わらず、いつまでもここにいるわけにはいかんぞ』

『入ってきたら返り討ちにしてやる。デウス・マキナ抜きの勝負で俺が負けると思うのか?』

 自身ありげに、九郎は宣言した。

『うつけ』

 だが、冷たい一言がその高揚に水を指す。九郎の表情が翳った。

『ウェスパシアヌスは一角の魔術師ぞ。彼奴とて力量の差を十分に感じておる。理性ある魔術師ならば、デウス・マキナの内部に侵入されたからとてお主を追っては来ん』

 桜はようやく、女の声の主に気がついた。
 なんと、九郎の頭のてっぺんで、彼の長髪に絡みつくように髪の毛とこんがらがっている小さな少女を見たのだ。
 思わず目を丸くしてそれを見つめた。
 いろんな経験もしているし、魔術師の家系で育ったのだ。相当変な物は見ている。正直、聖杯戦争で見たもののどれもが、間桐の家に伝わった物に比べればおぞましさが足りないように思える。
 だが、小人の少女などと言うものを目撃するとは思えなかった。

「あ、これか?」

 九郎は、桜の視線に気がついたのか、いまだ髪の毛に絡まってもがいているアルをの襟首をつまんだ。そのまま、桜の前に持ってくる。

「こいつはアル・アジフ。俺のパートナーだ」

『こら、はなさんか、九郎。妾を何だと思っておる』

 アルは、ばたばたと暴れる。

「か、かわいい」

 思わず手を伸ばしてアルを掴んだ。

『こら、小娘離さんか。九郎、何とかしろ』

 おもわずほお擦りしてくる桜に辟易しながらアルは助け舟を主に求めた。

『アル、しばらく、桜ちゃんを守ってろ。所でアル、日本語はわかるか?』

『ふん、妾を何だと思っておる。それくらい理解できる』

「なら、しばらくは日本語で会話するぞ。もっとも、10年近く使ってないから、俺がちゃんと話せるかどうかが不安だが」

「好きにしろ」

 いきなりアルが日本語を話したので、桜は目を丸くした。
 アルは大人しくなると、桜の頭の上に乗った。自分の今の役目は彼女を守る事だと言わんばかりに。

「気が利くな」

「汝のやりそうな事などとっくにお見通しだ。さっさとやってしまえ。ウェスパシアヌスは、自分の飛行術を完成させたら、デウス・マキナを元の世界に戻してしまうぞ」

 九郎は頷いた。
 デウス・マキナは、そもそも神を模した限りなく神に近い存在である。これらは魔導書を介して次元を超えてこの世に具現する。元の次元に戻されてしまえば脱出する手段は失われたに等しい。次に、召喚されるまで、デウス・マキナから出る事すら不可能になるだろう。

「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ なふるたぐん いあ! くとぅぐあ! 」

 九郎は、右手の甲に刻まれた赤い魔方陣を前に出しながら、呪文を唱えた。
 桜とて魔術師の端くれ。
 その目の前で起きる怪異がどれほどのものか悟った。
 このとぼけた青年は、彼女が見たことのある魔術師の中でも比較にならないほどの魔力を秘めている。
 彼女の姉とてこの青年に対抗するには、かつて自分を追い詰めた宝石剣という切り札を使わなければ無理かもしれない。

「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ なふるたぐん いあ! くとぅぐあ! 」

 一度目の呪文で、その右手に黒い大きな銃が握られる。漆黒の本体に、まるで血管のように無数の紋様が赤く刻まれている。それが恐るべき力を持った魔具であることは見て取れた。しかるべき時代の流れの結果、もし、目の前の青年が英霊となったとする。その時、この銃はこの青年の代名詞たる宝具となるであろう。
 二度目の呪文で、弾丸が込められる。

「神獣弾を使う気か・・・確かに、このサイズでデウス・マキナのサポート無しでオリハルコンに穴をあけるにはそれしかないが・・・」

 既に神獣弾を今日撃つのは二度目。一度目は、このデウス・マキナの昇降用ハッチをぶち抜いた時だ。
 桜にもアルにも見せないようにしているが、九郎の右手は半ば炭化している。生身の体で、クトゥグアの力を100%引き出すのだ。焼け死なないだけマシだともいえた。

「小娘、下がれ」

「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ なふるたぐん・・・」

 アルは、桜の紙を引っ張り後ろに下がる事を命じた。
 言われなくても桜は足を引いた。

「いあ! くとぅぐあ!!」

 呪文は完成した。
 桜は目を見張る。
 自分が有り余る魔力を利用したとしても、作り出す事の出来ない物が目の前にある。
 それは、小型の太陽。その全ての力が、九郎の握るその威力に対してあまりにもちっぽけな銃に集中する。

「いっけええええええ! クトゥグア! 神獣弾!!!」

 引鉄を引いた。
 そこから放たれるのは、圧倒的な暴力だ。瞬時にあらゆる物へ干渉し化学変化を起こさせる。
 オリハルコンと言う物質は瞬間的に原子レベルにまでバラバラにされ、更に分裂と融合と言う二次的な変化を起こそうとする。
 そして、連鎖。
 引鉄になった一撃は更なる分解から融合と言う過程に至り、圧倒的な熱量が更に生み出される。

 エルダーサイン
「旧神の印!!」

 桜の頭の上で、アルが吼える。
 それに呼応するように、五芒星が煌き、大十字九郎を含めた3人の前に、壁のように立ちふさがる。
 外は荒れ狂う核融合の嵐。しかし、五芒星を挟んだこちら側には一切の熱量が入ってこない。
 異常事態は一瞬の出来事だった。僅かに3秒ほどで、熱量は収まり、平常な空間へと戻る。あれほどの熱量が発生した事がまるで嘘のようにだ。
 だが、嘘ではない証拠に、今まで居た一室の端に大きな穴があいていた。

「よし、行くぞ」

 桜が、その穴をのぞくと、雲が見える。そう、今までの映像が正しいかどうかは不明だったが、穴があいて始めてわかる。ここは地上数千メートルの世界だと言うことを。
 それに穴が相手からずっと、暴風が吹き荒れていた。
 外部と内部との気圧の違いが原因だ。

「ぐずぐずしている暇は無い」

 九郎は、桜の腰に手を回した。

「しっかり捕まってろよ」

「汝、どさくさまぎれて変なところに触るんじゃないだろうな。許さんぞ、妾より胸があるからといって、破廉恥なまねをしたら、即刻、マギウススタイルを解くからな」

「この状態でそんなことするか」

「この状態じゃなければするのか!」

「そう言う問題じゃねえだろ」

「いや、ここははっきりさせておかねばならん。そもそも汝は、ライカの所におるときもチラチラと胸を見ておるではないか」

「そりゃ、アルの被害妄想だろうが」

「いいや、あれは間違いない。その後決まって妾を見てため息をつく。いいか、そんなにでかいのが好きならば、はじめから妾に構わなければいいではないか、う・・・う」

「なに、そんなくだらない事で涙目になってやがる」

 桜の頭の上の少女と、魔術師らしき男は、この非常事態に痴話げんかを始めてしまった。

「あの〜」

 控えめに、桜が声をかけるが、二人はエスカレートする一方だ。

「大体お前はだな」

「うるさい、人外ロリペド野郎!」

「今はそんな時ではないかと」

「んだと、ロリペドってお前が言うな」

「大体、汝は出会ったときからそうだ。どさくさまぎれて妾の胸を揉んだではないか」

「逃げないと、閉じ込められてしまうのでは・・・」

「揉んでねえ、大体俺は、こうバッキューンと揉み応えがあるのがすきなんだ」

「やっぱりそうか、シスターのところに入り浸っているのも、いつかあの乳に顔をうずめたやろうとか考えての事だな」

「いいかげんにしてください!!!!!」

 一瞬空気が止まる。
 アルも九郎も驚いた表情をしたあと、神妙そうな顔つきになって、『はい』と呟いた。

「よ、よし、こんなことしている場合じゃない」

「急げ九郎、ウェスパシアヌスが、デウス・マキナの維持を止めたぞ」

「大体お前が・・・」

「そんなこと言ってる場合じゃありません!」

 桜が再び怒鳴る。
 敵か味方かもいまいちわからないはずの二人の主導権をいつのまにか桜は握っていた。

「しかし、随分時間がかかったな」

 外に飛び出しながら、九郎は呟いた。

「ウェスパシアヌスはどちらかと言うと研究者タイプの魔術師だ。無論、黄金の夜明け団の流れを汲んでおろうから、実践魔術を理念には上げておるだろう。だが、浮遊の術を自在に使いこなせるとも思えん。思い出せ九郎。かつてアンチクロスと戦った時、時際に空を飛べたものなど居なかったであろう?」

 九郎は頷いた。

「そうだったな、クラウディウスが飛んだ位か」

「そのとおり、浮遊の魔術はそれほど簡単な物ではないのだ。それより、小娘。必要以上に体を密着させるな」

「だって、怖いんです」

 桜は涙目になって抗議した。
 九郎は役得と思いつつも納得する。

「そりゃ、ここは上空8000メートルだからな。怖いだろう」

「九郎、汝、鼻の下が伸びておるぞ」

 アルがジト目で睨みつけた。

「ん、っん〜。それより、追ってこないな」

「先ほど言ったであろう。我らほど高速に移動出来んのだ。無論こちらに人質がいるのも原因だろう」

「今のうちに引き返して倒しとくか?」

「やめておけ、デウス・マキナ相手ではさっきのように出し抜くのが精一杯だ。奴の使い魔を1体倒せただけでも上出来だ」

「アンチクロスか。他の6人もいるとすれば厄介だな」

 アルと九郎は沈黙する。桜はそれどころではない。絶えず襲い掛かる浮遊感に耐えながら、九郎の体を抱きしめるしかなかった。

「最強のアンチクロスがいないことを祈るしかないな」

 二人は二人の記憶に残る共通の少女を一瞬思い出し、顔をしかめた。エンネアとは戦いたくない。それ以上に、戦って勝ち目などあろうはずが無かった。
 デモンベインがあればとは二人は言わない。今の二人がるのは、デモンベインのおかげなのだから。
 朝もやが煙る、アーカムシティの上空をゆっくりと滑空しながらも、薄ら寒い嫌な予感をいつまでも二人は消す事が出来なかった。

6: TAN (2004/04/08 23:14:32)[tan666 at jcom.home.ne.jp]

2−6

『く、九郎ちゃんが、見知らぬ巨乳の女の子なんか連れまわして、エロエロのグチャグチャよ〜。きっとおっぱいの大きな女の子が欲しくて、その毒牙にかけたのね…』

 教会に足を踏み入れた3人を迎えた第一声がそれだった。
 九郎はため息をつく。つうか、人の事巨乳言える立場か。
 もう慣れた。

『アルちゃんもかわいそうに・・・、私たち弄ばれて捨てられるのね・・・。ああ、いつもいつも健気に甲斐甲斐しく食事の世話から下の世話までしたと言うのに』

『いつ、下の世話したんだよ! っつーか、アル。お前も一緒になって、泣き崩れてるんじゃない』

『わー、九郎のスケベ〜』

『お、お兄ちゃん・・・』

『でも、ロリショタじゃなくなったんだから僕たちに危険はなくなったんじゃない?』
 いつもどおり追い討ちをかけてくる、3人組。コリンだけが随分と冷静な反応だ。

『いや、コリン。俺はロリでもショタでもないから・・・』

『は・・・。そうなると、今度は私の体が目当て? いや、子供の前でそんなことするのは駄目よ、九郎ちゃん! やめて、服は破かないで!』

『何、盛り上がってんだ!』

『けーさつだー、けーさつを〜』

『お、お兄ちゃん(オドオド)』

『わー、強姦魔だ〜』

『だからドサクサ紛れに何言ってんだチクショー!』

 九郎は叫ぶと、子供達を追いまわし始めた。桜はじゃれているんだと思いたいが、どう見ても目がマジだ。

『ふん、毎度毎度、騒がしい奴らめ』

 最初は一緒に九郎をからかっていたアルが、どこか優しげな目で、その光景を眺めている。桜はその視線を知っている。かつて、自分が衛宮士郎に日常と言うものをまぶしげに見ていたときの視線そのものだ。
 10代前半にしか見えない少女にしては、ひどく年よりじみた視線である。まるで、老婆が孫を慈しむかのようだ。
 最初見たとき、桜は思わず声をあげた。
 何しろ、桜の頭に載っていた手のひらサイズの少女が、いきなり普通の人間サイズになったのだ。驚かない方が無理である。
 同時に、銀髪の青年は、黒髪へと変貌を遂げた。
 二人は躊躇いも無く、町の片隅の少し寂れた教会に足を踏み入れた。桜はそれについていくしかなかった。右も左もわからない外国の土地で逃げ出すわけにも行かない。
 桜は英語はそこそこに得意だったが、英会話が出来るほどでもないのだ。
 教会に入れば入ったで、自分を出汁に大騒ぎだ。もっとも出汁にされたと解ったのはもう少し経ってからの事だ。

「あの〜」

 控えめに声をかける。
 二人の男の子と、少し臆病そうな女の子は興味深そうに桜を観察していた。

『ああ、そうだ。ライカさん。しばらく子のこの様子を見てあげてほしいんだ』

 九郎はそう切り出した。無論英語なので桜にはここまで詳しい内容はわからない。おおよその内容を聞き取れる程度だ。九郎の英語は流暢で、その国の人間とさほど変わらないレベルの発音だったから、尚更聞き取りにくかった。

『どうも、迷子らしい。そう言うのを探すのも、探偵の仕事だからな』

 九郎は、詳しい事情を話さずに、それだけ言った。もっとも九郎も詳しい事情はわかっていないのだろうが。

『探偵って、汝、彼女から金が取れると思うのか?』

『ほんとよ〜、九郎ちゃん。お仕事って言うのはお金もらって成り立つ物なのよ』

『てめえら、人情って物が無いのか』

『かわいそうだから助けてあげるって言うのなら、探偵のお仕事じゃないでしょ』

 ライカはからかうように言った。もっとも、彼女の身柄を引き受ける事に反対は無いように九郎は思えた。
 九郎は、桜のほうに向くと、日本語で話し掛けてきた。

「そうだな、リビングのほうで、お茶でも飲みながら事情を聞かせてもらいたいんだが。いいかな?」

 人懐っこそうな笑みを浮かべながら、九郎は、桜にいった。その横で、アルが不機嫌そうにしている。

『ふん、でれでれしおって・・・』

『あら、アルちゃん、ヤキモチ?』

『何を言う。九郎のすぐに首を突っ込みたがる性格に、辟易しておるのだ』

『ふ〜ん』

 ライカはニヤニヤ笑いながらアルと九郎と桜を見た。

『結構かわいい女の子じゃない。おっぱいも大きいし。九郎ちゃんああいうの好きそう』

『つくづく嫌な女だな、汝は』

 アルは忌々しそうにはき捨てた。だが、その表情には微妙な不安がある。
 アルは常に不安だ。自分は人ではないから。大十字九郎は、自分を愛してくれている。それは解っている。だが、本心は不安でたまらない。
 九郎はいつも他人の事を気にかける。自分の危険も省みずに、死地に首を突っ込む。何か深い考えがあってのことではない。ただ単にお人好しなのだ。だが、彼を知ってしまうと、その人の良さと暖かさが、離れられないくらいに心地よい。自分のように、九郎無しでは生きていけない人間が現われてもおかしくないのだ。
 もし、そういう存在が、普通の人間だった場合。自分より、そっちを選ぶのではないか。九郎はそんな男ではないと知りながら、それでもアルは不安を隠せないのだ。
 そして、もっとも気に入らないのは、九郎を信じきれない自分であった。
 嫌な女だなとライカに言ったのは、ライカはからかいながらも、アルの心のうちを正確に読み中てているからだ。

『大丈夫よ、アルちゃんはかわいいし、将来、すごい美人になるんだから』

 彼女は自分が永遠に成長しない魔導書の精霊である事を知らない。だが、それでも、

『もちろんだ。妾ほどの美少女が、年輪を重ねれば、すさまじい美女になる事は間違いない。今のうちに、誇っておるがいいわ、人間ホルスタイン』

 そう、減らず口を叩いて、彼女を安心させるのだった。アルは内心で、九郎のお人よしがうつっている事を感じながらもどこかしら嬉しい気持ちでいっぱいになった。
 リビングで出された物はあまり誉められた物ではなかった。インスタントコーヒーだからだ。
 元々桜はコーヒーは好まない。士郎との生活の中ではもっぱら日本茶を飲んだし、姉がロンドンに行く前は、彼女の家で紅茶を嗜んだ。アメリカンのような薄いコーヒーも、泥のように濃いコーヒーも苦手と言えた。
 苦手なので、砂糖とミルクを多めに入れた。ただ、いつも食事量が多いので、桜は糖分は基本的に控えている。
 ばかすか食べて全然体型の変わらない藤村先生がうらやましく思えた。そういえば何故体型が変わらないのか不思議に思う。運動量は自分とそれほど代わらないのにだ。彼女が風呂場の体重計に乗って悲鳴をあげたのを聞いた事が無い。

「で、何がどうなってるんだ?」

 九郎はそう切り出した。彼はコーヒーに砂糖もミルクもいれずに、口に運ぶ。正直桜には、ブラックコーヒーを飲める人間が信じられなかった。だが、なんとなく彼にはそれが似合っていた。
 ウェスパシアヌスのところから逃げ出す時にしがみついてから感じていた事だが、大十字九郎という男、随分とかっこいいのである。
 桜の夫である衛宮士郎は、高校卒業後も身長が伸びつづけ、以前より更にたくましい体つきになった。最近は背中の広さに驚嘆する。
 九郎の体つきも、その士郎に比べて、遜色が無い。いや、むしろ筋肉のつき方や肉体美的には彼の方が上かもしれない。それに、顔かたちも整っていた。お化粧すれば、美女でとおるくらいの造詣だ。ただし、その瞳の意志の強さは男性特有の物に思えた。これは女性蔑視とかそう言う話ではなく、彼の瞳が、彼の雄性を主張しているのだ。
 先輩に先に会ってなかったら、惹かれてたかもと、桜は考え、その後で士郎に頭の中で謝った。

「よくわからないんです。買い物の帰りに、ウェスパシアヌスという男の人に声をかけられて、そのまま、さらわれました」

 桜は簡潔に述べた。簡潔に言わざるを得ない。説明しても納得してもらえない事もあるし、大筋ではこれ以上述べられない。それに何故自分がさらわれたかもわからないのだ。
 立て続けに出来事が起こり、教会はにぎやかだったので、中々落着けなかった。だが、落着けば、日本の状況が気になる。

「先輩が、私を助ける為に、倒れて・・・」

 そこまで言ったら涙がこぼれた。

「並みの人間で、魔術師には向かったか。その男、死んでおろうな」

 アルは冷たくそう言った。

「アル!」

 九郎が強く、非難するように名前を呼んだ。
 非難された方は、鼻をふんと鳴らしてそっぽを向いた。

「とりあえず、国に電話するといい」

 そういいつつ、隣りでボーっと九郎を眺めていたライカに声をかける。

『ライカさん、電話を貸してくれ』

『いいけど、国際電話は高いわよ』

 内容はわからなかったが、大体の話の筋は予測できてたのだろう。ライカはそう切り替えしてきた。九郎は一瞬だけ顔をしかめる。

『・・・つけにしといてくれ』

『いくらつけになってるかわかって言ってる九郎ちゃん?』

『じゃあ、出世払い』

『汝、出世できるのか?』

 九郎は机に下に入り込み、さめざめと涙をこぼした。

「小娘、電話をかけるが良い」

 アルは、落ち込む九郎の変わりに桜にそう告げた。日本語ができるのが、アルと九郎の二人だけなので仕方の無い配役だろう。

「ありがとうございます」

 桜は頭を深々と下げた後、ライカの後について電話のほうに言った。

『いつまで拗ねたふりをしておるのだ』

 足元の九郎に話し掛けた。

『なあ、アル。アンチクロスは復活してるのかな』

 復活と言う言葉は正しくないだろう。彼らは元々この世界に居たものなのだ。だが、アルと九郎からすれば復活である。
 恐るべき実力を秘めた、ブラックロッジの7人の導師達。そのほとんどと一度以上矛を交えた二人は、彼らの実力を思い出し、暗澹たる思いに駆られる。

『元より、彼らはこの世界に居たのだろう。C計画と言う言葉に反応した事も考えれば、彼らの計画を、マスターテリオンと這い寄る混沌が利用したに過ぎない。獣がいなくても、混沌がいなくても、彼らは彼らの計画を遂行するかもしれんな』

 その一環として、桜の誘拐か。二人は口に出すまでも無くそう結論付けた。そうなると、自然、桜には秘密がある。彼女がその秘密を知っているか知らないかはともかく、もし、アンチクロスと戦うことになった場合、桜こそが戦いの鍵になると自ずと悟らざるを得なかった。
 アルは苦々しく九郎を見た。恐らく、エンネアと言う少女の事を思い出しているのだろうから。なぜなら、アルもまた彼女の事を思い出していたのだ。

7: TAN (2004/04/08 23:15:38)[tan666 at jcom.home.ne.jp]

2−幕

 トゥルルルルルルルルル
 トゥルルルルルルルルル
 既に10回以上のコールを鳴らした。
 だが、誰も出ない。

「先輩・・・」

 誰も出ない電話越しに、愛しい人の名前を呼ぶ。
 一人になるとこんなにも不安だ。
 桜は塩の味を感じて、自分が泣いてることに気がついた。
 大十字九郎と、アル・アジフ。
 彼らは信用できる人物だと思う。それに、この教会にいれば、ホッとする。言葉が通じなくても、ここには暖かさがあった。 
 それは、衛宮の家で桜が感じつづけていた暖かさ。かつては遠くあこがれて、たまに焚き火に混ぜてもらうように、心を温めていた暖かさ。
 今では、手に入ったはずの暖かさ。
 なのに、何故こんなに不安なのだろう。
 理由はわかっている。
 彼女の側に彼が居ない。
 暖かいだけでは彼女は満たされない。
 自分は貪欲な人間なのだと思い知らされる。

「先輩。桜は弱いままです・・・。先輩がいないと、一人で歩く事も出来ないくらいに・・・」

 だから我侭を聞いてください。

「先輩、私のそばにいて・・・」

 電話には誰も出ない。
 コールが50回を越えた。
 それでも誰も出ない。
 桜は、声を立てずに泣いた。


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