Purgatory【Gaia's Fall】 一日目昼まとめ(M:オリ、セイバー、蒼崎橙子etc... 傾シリアス90年後クロスオーバー


メッセージ一覧

1: 心無鳥 (2004/04/06 00:38:42)[shina_lain at hotmail.com]http://www113.sakura.ne.jp/~the_470in/

*凛ED後です、ご承知下さい。







 ここに在るは一つの器、全てを飲み込み全てを拒む。
 ここに入るは一つきり、ただ一つの願い、ただ一つの意思。
 強き者、勇み猛りて彼の器の御許まで馳せ参じよ。
 器に入るは一つきり、されど中には全て在り。
 さればこそ、無用のものは疾く去ね。
 此度の戦は最強の為に非ず。
 本分を全うしたくば汝ら、自らの力を以て存在を証明せよ。

 Purgatory【Gaia's Fall】


 00/01

 ……夢とわかっている夢は夢ではないと、誰かが言った。
 それならこれは、夢でもなければ現実でもない。
 わかりきっていることだ。私の体は今、車に揺られているはずなのだから。
 ならば今、私が見ているものは単なる記憶なのだろう。
 現実というイマでもなければ、夢というゲンソウでもない。過去の出来事の焼き直し。
 周りを見渡すが、黒い闇に覆われて何も見えない。
 手を這わすと、ぬめりとした柔らかい感触。
 目をやると、ピンク色の肉が蠢いていた。
 それには目があった、口があった、肩があった、だけどそれだけ。胸から下は、綺麗なピンク色に染まっている。
 不思議だった。誰も彼もが灼かれているのに、どうした火傷をしていないのか。
 不思議だった。周りが屍肉とうめきで溢れているのに、どうして私はこんなにも冷静なのか。
 
 ――ソレハキット、コワレテシマッタカラ

 ああ、なるほど。もうとっくに、私の中身は壊れていたんだ。
 誰もいないのにさっきから聞こえる泣き声は、きっと目覚める前までの私の残響。
 まったく、どれもこれも本当に馬鹿げている。
 立ち上がろうと思い、地面に手をつく。
 だが、さっきから蠢いている肉塊の血で滑り、中々うまく手元を確保できない。
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返す。
 だけど、泥の沼にはまったように立ち上がれない。
 肉塊が、焼け残った服を引く。
 気持ち悪い。腐り始めた肉の匂いが鼻をつく。
 そんな姿でも、まだそれは生きていた。顔もしっかり残っていたし、意識も消えていないようだった。
 生き汚い、哀れなもの。
 邪魔なそれを蹴り飛ばそうとすると、最後の力を振り絞ったのか、飛びかかるように覆いかぶさってきた。
 濁り始めた鮮色をにらみつつ、ふと思い出す。

 ――ソウイエバ、コレハワタシノオカアサンダッタッケ


 01/01

「……きて……だ……起きて……起きてください、煉」
 体を揺すられる感覚と、焦っているような声に目を覚ます。
 寝ぼけ眼で目を開くと、綺麗な金髪が目に入った。それだけで、もう誰だか検討がついた。
「……何、セイバー」
 頭をかきながら体を起こすと、強烈なめまいと頭痛に襲われ、思わず頭を押さえる。
 目の前の、明らかに外人と思しき美少女が息を呑むのがわかった。
「セイ……ばぁ、ちょっと待って……」
「え、ええ。私はいくらでも待ちますが」
「衛宮煉、早くしてください。こちらも悠長に待っている時間はないのです」
 顔を押さえる指の隙間から、声のする方を見た。
 そこにはこれまた美人な、ブリッツスカートの外人の姿が。
「……あなた、誰?」
 寝起き特有の、気だるいような痛いような、とにかく気持ち悪い感じに満ち溢れた体から、必死で声をひねりだす。
 その女性は腕を組んでこちらを見下ろすと、さも自信たっぷりといった風にため息をついた。
「あぁぁぁぁもうシオンさん! そんな倣岸不遜な態度とっちゃ駄目ですよぅ。ただでさえ、自信過剰に見えるんですから!」
 大きな声と共に、シオンという名らしき外人の横から、セイバーと同じくらい綺麗な金髪の少女が飛び出してきた。
 いや、正確にはそのヒヅメで思いっきり横殴りにどついた。
 コキャンッ、という骨が折れるにしては軽やかな音を立ててシオンの体が吹き飛んだ。
 そのまま路肩の木々に突っ込んだのだろう。木の折れる音が連続して鳴り響き、続いて静寂。
 ヒズメを持った少女が目を丸くして、車のドアの前――つまり、先ほどまでシオンがいた位置に停止する。
「……折れました?」
 笑顔から泣きそうなひきつり顔に表情を変え、尋ねてくる。
 そんなことは知ったことか、こっちにはそんなのに構っている余裕はない。ったくどこのどいつがこんな不機嫌な目覚めをお届けしたんだか。
「はい。しっかりと」
 冷や汗をかきながら、セイバーが答える。
「セーーーーーーブーーーーーーーンーーーーーー!」
 地を震わせるような低い声と共に、ゆっくりとシオンの声が近づいてくる。頭に響いて、気持ち悪いったらありゃしない。
「シ、シオンさん。ご無事だったんですね。よかったぁ、心配したぁひゃふぅぁぁ!」
「なんでそうやってお気楽能天気なんですかあなたは!」
 赤い瞳を鬼のように煌かせながら、シオンがセブン(馬少女の名前らしい)の両頬をつねり上げる。
 宙をかく馬のヒヅメは高速。一度でもかすれば骨を粉砕するだろう。
「仮にも教会から派遣されてきたならもっと毅然とした態度を見せるくらいのことができないのですか! 私がこうやって真面目に職務をこなしているというのに!」
「シ、シオンさんだって私のこと、正式名称じゃなくてあだ名で呼んでるじゃないですかぁぁぁ!」
 ようやく解放されたセブンが、頬をさすりながら反論する。
「さぁ、何を言っているのかわかりませんね、第七聖典。あなたがななこと呼んで下さいと何度も繰り返した結果、双方の間で爛札屮鶚瓩箸いΩ鴇里認められたはずですが?」
「う……シオンさん、記憶力いいんですね」
 まるで漫才のような二人の会話を横目に、私はもう一度シートに横になる。
「煉、大丈夫ですか?」
「あー……うん、しばらく寝てれば平気」 
 セイバーが差し出してくれた濡れタオルを取り、顔にかける。外からの言い合いはまだしばらく終わらないようだった。
「それで……着いたの?」
 静かにうなづく気配と共に、セイバーが状況を説明してくれる。いつまで経っても、そういう献身的なところは変わらない。
「現在地は富士、青木ヶ原樹海内を通る東海自然歩道の中ほどです。先ほどの二人は、魔術協会から派遣されてきた魔術師と、聖堂教会から派遣されてきた……シスター、と言えばいいのでしょうか?」
 タオルを少し上げ、困ったように首を傾げるセイバーに笑いかける。
 じくじくと、体の二箇所が痛む。
 一つは手の甲に刻まれた、セイバーを律するための令呪。もう一つは、私が受け継いだ魔術刻印。
 これも、聖杯の影響なのだろうか……?
「これからは、くれぐれも気をつけて下さい」
「ふ、ふぁい……」
 シオンに言い負かされたのか、セブンの涙声が外から聞こえた。
「それで、シオン――でいいのですか?」
 まだ私が普通に会話できる状態でないことを見取ってか、セイバーが声をかける。
 シオンは居住まいを正すと、速やかに頷いた。 
「正確にはシオン・エルトナム・アトラシアです。こちらが第七聖典。もっとも受肉していますから、聖典と呼べるかどうかはこころもとないですが」
「シオンさん、遠まわしに馬鹿にしてませんか?」
 こざっぱりとしたシンプルなデザインの修道衣をまとったセブンが口をとがらせる。見た目は確かに人間なのだが、手先から伸びるヒヅメがそれとまったくつり合っていない。
「馬鹿になどしていません。ただ、私見を言っただけです」
「それで、シオン。今、煉の他に来ている魔術師はいるのですか?」
 この二人を絡ませておくとキリがない、そうセイバーも感じたのだろう。さっさと話を進めようとする。
 しかし焦りすぎだ。公平を期すための監視役が、そう簡単に他の魔術師の情報を教えるはずがない。
「いません」
「は?」
 思わず声を上げると、その場にいた全員の視線が私に集中した。
 構うものか、疑問は早いうちにぶつけておくに限る。
「いないってどういうこと。今回は九十年前と同じ、サーヴァントを使った聖杯戦争じゃないの?」
「その通りですが、いないものはいないのです」
「私たちも、困ってるんですよぅ。それはつまり、私たちの管理しきれていない魔術師が、この聖杯戦争に参加するということですし」
 セブンが泣きそうになりながら目元を押さえる。
 ……なんだかこう、沸々と煮え切らないものが腹の底から沸いてきた。
「ハァ!? ちょっとそんなのってないでしょ!? だったら何とかしてよ、そのためにあなたたちいるんでしょうが!」
「そんなことを言われてもいないものはいないのです! 幸い、まだ開始までは半日以上あります。その間に、誰かが来てくれることを祈るしかありませんね」
「神にお願いOh my god!? 魔術協会の職員がそんなことでいいの?」
「神様を馬鹿にしちゃいけませんよぉー」
 本当にどうにもならないらしいが、口論でもしなくてはこの苛立ちは収まらない。
 唯一参加していないセイバーはといえば微笑みながら、
「寝起きが苦手で不機嫌。本当にそこだけは、凛そっくりですね」 
 などと、いつもの言葉を呟いていた。
 
 ――私の名前は衛宮煉。花も恥らう十四歳の、引退した魔術師だ。


 01/02

 もう何年経つだろう、と不意に思う。
 あの聖杯戦争から九十年。凛は死に、四年前にシロウも死んだ。
 彼らの生涯は辛く苦しいことばかりだったのかと問われれば、はっきり否、と答えられる。
 凛もシロウも、納得して死んでいった。
 あの二人は子をもうけたものの、結婚することはなかった。変と言えば変な話だが、納得できないことでもない。
 結局のところ遠坂凛は魔術師であり、衛宮シロウは魔術使いだった。ただそれだけの話だ。故に、二人の道は別たれたのだが。
 凛が魔術師として至った後、シロウは国々を周りながら日本へと帰っていったようだ。凛もついていこうとしたが、もはや彼女は魔術協会から離れられるような立場にはなかった。
『俺は、もっと沢山の人を助けたいんだ』
 そう言ってシロウが去っていった時、凛は涙も流さなければ、不満を言うこともなかった。
 ただ一言、
『……ええ、それがエミヤシロウだものね』
 と、呟いた。
 満ち足りていたのだ、そう思う。
 甘い蜜月は過ぎ、それぞれが為すべきことを為す時が来たと、わかっていたのだろう。それはまるで、幼い少女に別れを告げた私のように。
 私は凛の元を離れるわけにはいかなかった。見かけのわりに苛烈な性格が災いしてか、彼女には敵が多すぎた故に。
 それから三十年が経ち、子孫にしっかり魔術刻印を受け継がせて凛は死んだ。ご丁寧に、私を維持するための令呪を移植するというオマケつきで、である。
 凛のあの性格は血筋だったらしく、彼女の子も孫も美しさの影で血の気が多かった。結果、私は遠坂家付きの護衛兼家族としてこの時代に留まっている。
 今も、あの日抱かれた疑問は解けていない。
 はたしてあの道は、ひたすらに王を目指したことは間違っていなかったのか。
 間違ってなどいないと、シロウは言うだろう。
 しかしそう思おうとする度に脳裏をよぎるのは、死体に埋め尽くされた大地と、そこに立っている自分。
 信じようとする心と、王として間違っていたという疑念が渦巻き、結局何も決められない。
 ――私は、弱い。
 だがいつの日か、答を出せる時がくるのだろうか?
 出せないのであれば、それこそが私の贖罪。延々と生き長らえ悩み苦しみ続ける罰だ。
 私の真名を知る者はもはや亡く。過去を語る友もいない。
 それでも、構わない。
 あの聖杯戦争は疑問を生んだが、同時にかけがえのない思い出をくれた。
 凛の子供たちを見ていれば、鮮やかにあの頃を思い出せる。
 ただそれだけのことだが、それはきっと、何よりも大切なこと。
 今の私がすべきことは、この目の前の――彼女の母親、凛の孫とシロウ本人から託された少女を守ることだ。
「煉、少し落ち着いてください」
「何言ってるのよセイバー。これが落ち着いていられるわけないでしょ!? 派遣されてきたってのに役に立たない人たち相手に、落ち着く必要なんてあるはずもない!」
「っな! 役立たずとはなんですか衛宮煉。私たちはただ事実を述べているだけです。私本人に過失があるならまだしも、あなたに対して何の負い目もない今、誹謗中傷を受けるいわれはありません!」
「そ、そうです。役立たずなのは私たちの上司であって、私たちじゃありません!」
 先ほどとは打って変わって、見事な連携を見せるシオン・エルトナム・アトラシアとセブン。だが、煉にそんな言い訳が通じるはずもない。
 百四十センチほどの身長しかないちびっ子であっても、彼女は凛の曾孫なのだから。
 少し赤が入った艶黒髪のポニーテールを手で払い、煉が笑う。それは相手を追いつめる危険の兆候だ。
「へぇ、まるで子供の言い訳ね。狄討やったことだから私には関係ありません瓩覆鵑董⇒鎮佞發いい箸海蹐茵上の罪は下々の者の罪、しっかり責任とりなさい」
「そういえば、いっつも苛められるのはヒラ代行者の私なんですよねぇ……うう……」
「意気消沈している場合ですか!」
 シオンに焦りの色が見え始める。そろそろ、助け舟を出した方がいいようだ。
 もっと早く助けることもできたのだがそれはそれ、私とて彼女らの仕事ぶりに疑問を抱いていたということだ。
「そこまでです」
「ちょ、セイバー。邪魔しないでよ!」
 煉と二人の間に割って入ると、不満も露に彼女は叫んだ。
 がなりたてる口を押さえ、声を止める。
「むぅぅぅぅーーーーーー!」
「一つ聞きますが、今の自分の状態がわかっていますか?」
 静かに問いかける。背中の側にいる二人は何も言わない。やはり、自分たちが劣勢であることくらいは察していたのだろう。
「む?」
 相変わらず顔を赤く染めながらも、煉は首を傾げる。
 私もできればこんなことをしたくはないのだが、冷静さをかいている状態ではどんな支障が生じるかわからないし、ずっと口論しているわけにもいかない。いつでも、時間は限られているのだから。
「わからないなら言いましょう。……煉、あなたが起きてから、まだ三十分と経っていません」
 赤が一瞬にして蒼白へと転じる。口元にあてがわれた私の手を振り切って、煉はよろめくように車の中へと戻っていく。
「う……せいば……あと、よろしく」
「はい。ゆっくりと休んでください」
 できる限りの笑顔を作って、その後姿を見送る。
 ワゴン車のドアが閉まったのを見届け、おもむろに振り返った。
 あっけに取られていた二人のうち、シオンの表情がすぐに引き締まり、セブンの頭を小突く。
 セブンは声をあげたが、自分の役目を思い出したのか、礼儀正しく拝礼したのちに直立した。
「はぁ、扱いに慣れてますねぇ」
「まぁ、長年同じようなタイプを相手にしていれば、慣れるのは当然でしょう」
 ほっと胸を撫で下ろすセブンに比べて、シオンはどこかまだ不服そうだ。
「申し訳ありませんお二方。煉は寝起きが酷く悪く、起きてから一時間はあんな風なのです。普段はもっと丁寧なのですが……」
「あぁ、いえいえ。気にしないでください。こっちが情報不足っていうのは、事実なんですから」
「それでも、先ほどの言い方は過分に私情が混じっていたようですが」
 朗らかに笑うセブンと、むすっとして呟くシオン。最初はまったく正反対だと思った二人だったが、対照的すぎて逆にバランスがとれている。
「あなたが遠坂家の使い魔。九十年前の聖杯戦争のサーヴァント、セイバーさんですね?」
「ええ、今は遠坂家ではなく、衛宮家のセイバーですが」
「エミヤ……ああ、九十年前の聖杯戦争に参加し、その後遠坂凛と共に倫敦の魔術学院に在籍。大成したあと出奔した魔術師ですね。消息がめっきり途絶えていましたが、なるほどこの国なら私たちの手も届き難い」
 頷きを返し、詳細を問おうとした私の言葉を、シオンが遮る。
「だとすれば、遠坂煉が落ちのびたのがこの国なのもうなづけますね。いや、或いはそれしか行くところがなかったのか。何しろ、あれだけのことをした――」
「そこまでです。シオン・エルトナム・アトラシア」
 シオンが顔を上げ、目を見開く。
 おそらく今の私の目は、剣呑な光を放っていることだろう。
「マスターを辱めることは私にツバを吐くと同じこと。それ以上要らぬ発言を続けるのならば、私の剣はあなたを敵と見なします」
 非常に気分が悪い。確かに煉は言い過ぎたかもしれないが、彼女が体験してきたことを何も知らずにそんな言葉を吐くことは、絶対に許せない。
「……失礼しました。確かに今の言動は、少し行き過ぎていましたね」
 目を伏せ、深呼吸をするシオン。私も体の力を抜き、楽に構える。
「それで、何故今回の聖杯戦争の魔術師がわからないと?」
 会話に混ぜてほしそうにそわそわしていたセブンが、跳ねながらヒヅメを上げた。
「ええっとですね。そもそもここで行われる聖杯戦争は、私たちの把握しているものじゃなかったんです」
「その通り。つまりこれが、初めてだということになりますね」
 シオンも頷きながら声を同じくする。だが、それはおかしい。
「ならば、サーヴァントと魔術師を用いて行われるとわかる道理もないはずですが」
「単純な話です。タレコミというものをご存知ですか?」
「タレコミ……つまり、匿名での情報ですね」
 それこそ信じられない話。この富士青木ヶ原樹海を舞台として行われる、サーヴァントを用いた聖杯戦争など、デマカセもいいところだ。
「協会と教会は、本当にそれを信じているのですか?」
「無論信じていませんが、完全に否定することもできません。九十年前、件の聖杯戦争がこの国で起こった事実がありますし」
「それに、危険だからこそ教会と協会。互いに相反する組織にあえて知らせたのかもしれません」
 自分の言葉に、セブンが頷く。
「それがもし逆だとすれば? 双方を混乱させて利益を得るものが……」
 と、言いかけて私には察しが付いた。そもそも、この二人がここにいる時点で気づくべきだったのだが。
「……過剰に反応するわけにも、放置するわけにもいかない。だから一応監視役だけを派遣し、魔術師は送らない。何事もなければそれでよし。何かがあれば監視役によって、自分たちに利益があるように事を運ぶ」
「察しがいいですね。さすがは英霊、と言っておきましょうか」
 だが、この地に満ちている魔力は尋常ではない。協会も教会もまだそれを知らないか、数日前に知っただけのはずだ。この国の機関と折り合いをつけ、大量の人員を投入するには遅すぎる。
「だけどあまりにここがすごいことになってるので、私たちが独断で煉さんを呼んだんですよ」
 ――つまりはそういうことだ。
 両キョウカイの手は長く、そして目的のためなら何でもするフシがある。
 何らかの交換条件を提示し、見返りとして教会か協会の息がかかった魔術師の居場所を教えさせるくらいのことをしてもおかしくない。
 その結果として呼ばれたのが、煉だった。
「つまり、魔術師がわからないのではなく居ない。そして呼ぼうにも呼べない。そういうことですね」
「情けない話ですが、イェスと答えるしかありません。今宵より何が起こるかわかりませんが、誰も呼ばないよりはマシでしょう」
「またシオンさん、そんなことばっかり言ってるから友達できないんですよ?」
「っな、どうしてそんな――」
 慌てて後退るシオンを見ながら、セブンが照れながら頭をかいた。
「いや、カマかけてみたんですけど、やっぱりそうでしたか……」
 猛然と反論し始めるシオンを尻目に、私は踵を返す。
 煉のことが心配だし、何よりこの聖杯戦争について、もう一度整理しなおす必要があるだろう。
「それではシオン、セブン。今の話は私から」

 ぐぅ

「…………」
「…………」
「…………」
「私から、煉に伝えておきますので」
 二人から顔が見える位置にいなかったことを、心から神に感謝する。
 恥ずかしさに火照る顔も、背後から聞こえてくるクスクス笑いもいつものこと。
 今はとりあえず。車に乗っている弁当を食べにいこう。
「ああ、セイバー」
「なんですか、シオン」
 足早に進みながら返事を返す。
 意識すればするほど空腹感は進み、もはや耐え切れる限界三歩手前まで達していた。
「一つ聞きますが、遠坂家以外にエミヤシロウの子孫はいるのですか?」
 体が止まる。呼吸も止まる。
 動悸を落ち着けるように深く深く深呼吸し、つとめて冷静な声で返事を返す。
「――いません。彼は生涯、独身でした」
 青い空を見上げながら、幾度目かになる綺麗な思いを抱く。

 結婚こそしなかったが、二人は確かに生涯の誓いを結んでいたのだと。


 01/03

 それは、廃墟のような建物。
 樹海の奥に、うずもれるようにして佇む、崩れかけた被造物。
 しかし、存外に作りはしっかりしているようで、コンクリートの隙間から覗く鉄骨はまだまだ現役。否、まるで十年程度しか経っていないもののそれだ。
 ならばそれはいかなる業か。この建物はツタや太めの木々によって大地に固定されている。ここまで育つには、幾十年の年月が必要であろう。
 赤茶色の鉄骨が木の色に混じり、一種の保護色となっている。そもそもこんなところまで来る人間がいるかは疑問だが、もし来たとするならば、気がつかずに通りすぎることだろう。
 その廃墟モドキの建物の三階。外見と違い、汚れのない部屋のソファーで一人の女が眠っていた。
 一言で言えば男装の麗人。細い線に凛々しい目尻と眉。眼を開けば鋭い眼光が放たれることが、容易に推測できる。黒いタイトなパンツが優美な曲線を描き、二本の脚を形づくる。純白のYシャツは動くのに支障がないだけのゆとりをもって、整えられていた。
 髪は短く、顔は美しく、片の耳には橙のピアス。
 少しだけズレた眼鏡が、呼吸と共に頭が動く度、上下する。
 ソファーの傍らのみならず、部屋の壁という壁に置かれているのは、大小様々な大きさのハコ。それこそアタッシュケースから人が入りそうなトランクまで、きちんと壁に整列している。その色すべてが、女のピアスと同じ橙。
 そうして眼を開き体を起こした女こそ、最高位の人形使いの名を受けた魔術師だった。
 蒼崎橙子、魔法使い爛潺后Ε屮襦辞瓩了个砲靴読印指定。協会の手から逃れて日本に渡り、細々とツクるものとして生活している、世間一般でいうところの奇人。
 三十年前に滅ぼされた真祖、ディ・ダークネスの眷属と成り果てた吸血鬼。
 ――だが、白塗りの天井に向かって顔を上げ、背筋を伸ばす彼女の眼は、人外の赤ではなかった。
 Yシャツの胸元から出した煙草をくわえる歯にも、さして異常はない。
 ふぅ、と一息つき、橙子はズレていた眼鏡を取った。
「人が隠遁している傍らで……物騒なものだ」
 よく通る声で呟き、ため息をこぼす。
 物騒、という言葉の割に、その声には随分と余裕がある。その猜騒なもの瓩、まるで自分には関係ないというかのように。
 室内に設けられた唯一の窓。そのカーテンを開けると、外からは眩しいばかりの日光が射しこんできた。今日も今日とて快晴。真夏の蒸し暑さはここ数十日の間、まったく弱まる気配を見せていなかった。
 だが、ここ青木ヶ原樹海にしつらえた橙子の住居は別物だった。避暑地に劣らぬ涼やかな空気が、常に建物内を巡っている。樹木と木陰によって育まれた、天然のクーラーだ。
 冷蔵庫を思わせるその中で、橙子はただ黙々と煙草をふかしている。
 不意に、ソファーとは真反対に置かれた机の上の電話が鳴った。静寂に酷く不釣合いな騒音。そこに不快感を感じてか、橙子はかすかに顔をしかめた。
 灰皿に煙草を置くと、音を立てながら歩み寄り、受話器を取る。
「なんだ朝っぱらから。黒桐か、それとも伏見か?」
『あっはは、橙子師。その様子だと、まだ寝起きのようだね」
「伏見か、簡潔に言おう。健やかな寝起きを貴様の声に邪魔された私は今、すこぶる不快だ。これで下らない用件だったら、それこそ腕の一本か二本、材料として貰い受けるぞ」
 不機嫌極まりない声で橙子は告げる。それに反して、呑気な声が受話器からかえってきた。
『やれやれ、少しくらいは時間を意識してもいいと思うよ? 今はもう昼の十二時、普通は起きてる時間だろ。それとも、まだ昼間はおねんねの吸血鬼をやってるのかい?』
「お前もいい年になったろうに、まだあの時のことを蒸し返すのか。存外に根に持つ方らしい――ああ、魔女は執念深いと相場が決まっていたな。今のは失言だ、許せ」
『まぁお互い様ってことで、言葉遊びはここまでにしよう。橙子師が俺に反動のない魔術を教えること、俺が橙子師を殺して人間に戻すことで、あの件はケリがついたはずだからね』
 心底口惜しそうに、橙子はかぶりを振った。
「よもやこの年になって、新しい弟子を取ることになるとは思わなかった。まったく、魔女を弟子に持つ魔術師なんぞ、私くらいのものだろう」
『それは自讃かな?』
「いいや、自嘲さ」
 かすかな笑い声をもらす橙子と同じく、向こう側の男――伏見からも、同じ笑いがこだまする。
 カツン、と大きく床を踏み、仕切りなおすように顔を引き締め、橙子が言った。
「で、本当のところはどんな用だ? 大方、暇を持て余した私をからかおうという算段だろう?」
『半分は当たり、でも他にもう一個あるんだ』
「ほう、言ってみろ」
 悪びれもなく肯定する伏見に気分を害した風もなく、橙子が問う。
 この二人にとって、このような会話は日常茶飯事だ。腹をたてていてはキリがないことを、お互い知っていた。
『黒桐ちゃんの曾祖母、鮮花さんだっけ? お盆が近づいてるから、彼女の墓参りに来てくれだってさ』
「ああ、もうそんな時期か」
 遠くに思いを馳せるように視線を上げながら、橙子は再び胸元から煙草を取り出そうとした。だが、ない。
『引きこもってるから、日にちなんてわかんないだろう。今年こそはちゃんと知らせて来させてください。そう、黒桐ちゃんに頼まれたよ』
「黒桐本人が伝えればいいことだろう? 最近教えを請いにも来ていないが、アレはいったい何をやっている」
『なんか学校のほうが色々大変みたいでね。この前伝言を頼まれて、それっきりさ』
 ニヤリ、と口元を歪ませ、橙子はいたずらを思いついた少女のような笑みを浮かべた。
「アレは鮮花に似てムラがあるからな。よくないモノに首を突っ込んで、やりたくないながらもやる羽目になってしまうタイプだ」
『ああ、わかるわかる。からかわれてるフリしてからかうのが楽しいんだよね、あの子』
「……で、伏見。残念ながら私は、墓参りには行かんぞ」
『うえぇ!?』
 一転、伏見は喉がひっくり返ったような声をあげた。
『ど、どうしてさ橙子師! 来てくれないと、俺が黒桐ちゃんに燃やされちゃうって! 伝言頼まれた時、思いっきり目が据わってたし……』
「まぁ落ち着け伏見。いいか、私は金輪際外の世界に出ないと決めた。昔から憧れていた、仙人のような生活をしたいと思ってね。ただそれがあまりにも退屈だから、お前と黒桐の面倒をみてやっているだけだ。故に、私が墓参りに行くなどということはありえない。もしどうしても参らせたいなら、鮮花の墓と骨を持ってこい。そうすれば、線香代くらいはこちらで出そう」
『そ、そんなぁ』
 意地の悪い笑みを浮かべながら橙子は一つ息を吸い、言葉と共に吐き出した。
「――だが、別に献花くらいはしてやらんでもない。もちろん、お前が取りに来るという条件つきでだ」
『えぇ!? 勘弁してよ橙子師。あそこの樹海、行く度に景色が変わるから、わかりにくいったらありゃしない』
「ふむ、こなくても構わんぞ。単純な天秤だ。犢桐ちゃんに焼かれちまう瓩、ここまで花を取りに来るか。どっちが重いか、よく考えるといい」
 しばしの沈黙の後、体の中の空気を全てひねりだすようなため息が、長く長く受話器の向こうから流れ出る。
『わかったよ。取りにいけばいいんだろ? すぐ出れば夜の九時にはつけると思うから、よろしく』
「ああ、ゆっくり来るといい。時間だけはたっぷりあるからな。こちらもせいぜい時間をかけて、準備させてもらおう。おとついか、新種の食虫植物を見つけたばかりだ」
『橙子師。鮮花さんに怨みでもあるのかい?』
「あるわけなかろう。鮮花に似合う花としての選択だ」
『はぁ、じゃあ無事につけたら、夜に会おうか』
 冷静に答える橙子に生返事を返し、伏見が電話を切ろうとする。
「待て!」
 大声でそれを静止し、橙子は表情を真剣なものに変える。
『……何かあったのかい?』
「いや、別に損失があったわけではない。ただここ数日、指向性のない無秩序な魔力がこの地に溢れすぎている。お前も来ればわかるだろうが、悪意や作意は感じられない。だが万が一ということもある、気をつけろ」
『わかった。それじゃ今度こそ――』
「待て待て、誰が終わりだと言った」
 受話器を持ったまま椅子に座り、橙子は深く腰かける。
『はいはい。もう最後までちゃんと付き合うよ』
「まぁそううんざりとした声を出すな。ここからが本題なんだから」
 机の上、二枚の写真立てを見ながら彼女は言った。
「煙草が切れた。二十カートンほど買ってこい。銘柄はいつものだ。吸えない苛立ち、同じ喫煙家のお前ならわかるだろう?」
 二つのうちの一枚、一際古ぼけているほうを倒し、もう一つを手にとって見つめる。そこには着物を着た少女と、純朴そうな青年。それに今と同じ姿形の橙子と、パリッとした服装の少女が写っていた。
『これで着くのは夜中の十二時過ぎ決定、っと。ひょっとしてそれが一番の目的かい?』
 その写真立ても倒し、橙子は爽やかな笑みを浮かべながら答えた。

「さぁ――どうだろうね」


 01/04

 体調が通常に戻る頃、すでに太陽は中天を過ぎ、傾いていた。
 寝起きとは比べ物にならない、すっきりとした頭を振る。顔に張り付いた髪を払うと大きく背を伸ばした。体の筋が締まって、心地良い。
 そうしてワゴン車の後部座席にあぐらをかく。と、運転席から何やら物音がする。
「……ああ、お昼過ぎ」
 がっつくでもなく、せわしなくでもない、規則正しく食べる音。その音に惹かれるように、私も這いつくばって移動し、座席の間から体を出した。
「ごめんねセイバー。色々迷惑かけて」
「煉」
 箸を止めたセイバーが顔をあげる。口元にはご飯粒一つついていない。うん、まったく正しい礼儀作法だ。
 時々それが物足りなくなるのは、私だけの秘密なのだが。
「気にすることはありません。生まれつきというのは、どうにもなりませんから」
 真摯な瞳で、微笑みながらそう告げる。
「ん、そう」
 短絡的に答え、頷く。おそらく私の声も顔も、気だるそうにしていることだろう。
 だけどそれは照れていることの裏返し。そのことを知っているセイバーは、可笑しそうにもう一度笑う。
 なんだか私ばかり照れて、割に合わない。
「そうだね。セイバーの食欲も、生まれつきだからしょうがないか」
 セイバーが箸を止め、じっとこちらを見つめてくる。その頬が、わずかに赤く染まっていた。
「ち、違います。これはただ単に、サーヴァントといえども食事をしていたほうが労働意欲も上がるというもので……」
「でも、セイバーは食べなくても平気なんでしょ? じゃあ今回の聖杯戦争、食事は要らないよね? ただでさえ何日かかるかわからないんだし。戦うのは私のサーヴァントに任せればいいんだから」
 時間が、止まった。
 セイバーの瞳孔が開き、玉子焼きを取り落とす。シートに落ちそうになるそれを、手を伸ばして受け止めた。
 口に含むと、半熟と完熟のハーモニー。丁度良い焼き心地と、絶妙の甘さ加減が融合した見事な食感。
 うん、これこそ日本の食。さすが間桐のお姐さんが作った弁当だ。なんだかんだ不満を言いながら、仕事はしっかりしてくれている。
 早熟の梨に手をつけながら、まだ固まっているセイバーに声をかけた。
「あれ、どうしたの?」
 我に返ったようにセイバーが頭を揺らし、差し迫った視線を送ってくる。
「それは、酷く困ります」
「どうして? サーヴァントは、魔力供給だけで十分なんでしょ?」
 言葉に詰まり、セイバーが喉をうならせた。そして伏せ目がちに、非難の視線を送ってくる。
「……煉。私をからかうのもいいですが、時と場合を考えてください」
「私は本気だけど?」
「いいえ、本気ではありません。煉が本気なら、もっと高慢な口調になりますから」
 事実をぴしゃりと叩きつけて、セイバーは押し黙った。
 こればっかりは私も降参するしかない。どうも遠坂家の血筋は多かれ少なかれ、性格に裏表が出るらしいのだから。
「ごめんごめん。ちゃんと食事は出すから、安心して」
「ならばいいのです。ああ、魔力供給と言えば、私も今回は戦えるかもしれません」
 満足気に、しかしため息を吐きながらセイバーが薄く笑う。
「ほんとにっ!?」
 思わず声を上げてしまう。士郎さんから、セイバーは前の聖杯戦争ではナンバーワンのサーヴァント。最良にして最強に近い者だと聞いている。ならば、これほど心強い味方はいない。
「でも、なんで?」
「これはサーヴァントを用いる聖杯戦争なのでしょう。ならば聖杯からの魔力供給が私にまで及ぶことが、絶対にないとは言い切れません。元々、私がセイバーとして戦えないのは、それをするとこの時代に留まっていられなくなるからです。ですが、あの時の聖杯戦争と同じならばそのようなこともないはずです。事実、この地に満ちている魔力はそれを行うに十分なもの。あとはマスターであるあなたの、凛曰く犲惴瓩量簑蠅任垢――」
「それなら安心。だって私の蛇口は、もうとっくに壊れてるもんね!」
 心配そうにこちらを見るセイバーを元気づけるように声を張り上げた。
「だから心配なんです!」
 青筋を立てて、セイバーが叫ぶ。心を落ち着かせるように深呼吸したあと、彼女は本当に心配そうに、私の頬に手を寄せてきた。
「くれぐれも、タガを外さないようにしてください。壊れた蛇口は水を出し続けるだけ、もし水が無尽蔵なら、水圧に押し広げられて砕けるだけなのですから」
「……大丈夫。大丈夫だから、そんなに心配しないでよ」
 セイバーの手に右手を重ね合わせ、自分を励ますように目をつぶる。
 瞼の裏に、六年前の光景がフラッシュバックする。
 焼ける時計塔。炎の海。腐肉の底。蠢く巨大な――影。
 目を開き、自分に言い聞かせるように呟いた。
「もう、あんなことは起こさないから」
 見つめる私に満足したのか、セイバーは頷いて体を引いた。きちんと置かれていた箸を手に取ると、再び食事へと取りかかる。
 私もそれに負けじと、自分の箸を取って応戦する。
「煉、それは私の唐揚げです」
「む、セイバー。いいでしょ? 私からも春巻きあげるから」
「いいでしょう。物々交換、異存はありません」
 ほのぼのとした会話を展開しながら、和気藹々と弁当を食べる。
 いつも通りの風景、二人きりの食事。
 家族はいない。そう呼べる者は、全部英国に捨ててきたか、死んでしまった。だけど、後悔なんてしていない。
 あのままあそこにいたら、今も機械のように魔術ばかりを学んでいただろう。
 恐ろしい。周りがそれ以外何も入れなければ、このような人間が出来上がるのだと。
 そんな自分が――本当に恐ろしい。
「これから、どうするのですか?」
 箸を止めていた私をいぶかしげに見ながら、セイバーが問いかけてきた。
 思考を内面から外面に切り替え、考える。
 まだ私以外に魔術師が来ていないとなると、他の魔術師とハチ合わせになるこの場所はまずい。
 そもそも、今回の聖杯戦争が何を目的としたものかもわかっていない。まぁ、それは勝ち残ればわかることだから問題ないけど。
 積載した食料は三日分。出来る限りコンパクトにまとめたつもりだ。
 もっと大量に用意してもよかったのだが、場所の特性上、それほど時間がかかるとは思えなかった。
 青木ヶ原樹海――富士の裾野に広がる、40平方キロメートルに及ぶ迷いの森。
 普段から立ち入る者は少ないし、今回は大規模な結界が聖杯によって発生している。すでに侵食し始めているそれは、内部の音、衝撃、光景を全てシャットアウトする一種の空間隔離だ。
 ならば、手加減をする必要もない。広すぎて敵が見つからないのなら、いぶり出せばいい。つまりもっとも警戒すべきは、そういうことのできる対軍宝具だ。
 森を焼き払うなんていうのは、わざわざ全員に自分の居場所を教えるようなもの。だけど最後になれば一対一のぶつかり合いだ。横槍なんて、考える必要もない。
「それなんだけど、セイバーの宝具って何? あなたの真名は?」
 問いに、セイバーは口をつぐんだ。何か不都合なことでもあるんだろうか。
「味方の戦力を把握しておくことが、一番大事なこと。手持ちのカードが何であるかわからなきゃ、予定の立てようもないから」
「……煉、すみません。それに関しては、口を閉ざすことを許して欲しい」
 言って、セイバーは顔を伏せた。
 その刹那に見えたのは凛々しい表情だったが、それは同時にとても儚げなもの。まるで、罪を問われているけれど、何を犯したかわからないのに自分が悪いと感じている、愚かな罪人のよう。
 だから私も、それ以上問うようなことはしなかった。家族の心にずけずけ踏み込むなど、してはいけない。
「うん、わかった。だけどセイバー、あなたの宝具がどういうタイプのものなのか、それくらいは教えて。駄目?」
「……ありがとう、煉。そして、それは確かに教えておいた方がいいですね」
 顔を上げ、引き締まった表情のセイバーが言う。
「私の宝具はセイバーという名の通り剣、故に対人のものです。対軍としても使えますが、本来そういう用途のものではありませんから、一対一で使うものと考えてください」
 剣。女の英雄で剣を使う人といったら、やはり真っ先にジャンヌダルクが浮かぶ。セイバーの正体は彼女だろうか。
 だとしても、今はそれを問うてはいけない。
「なるほど。で、自信はどれくらいあるの?」
「自信、ですか?」
「うん。あなたが自分を過剰評価することはないだろうし、過小評価しすぎるということもないと、私は思ってる。だから、威力の程度を知るために聞いておきたいの」
 あごに手を当てて考えること数秒、透き通った明晰な声で、彼女は答えた。
「少なくとも、全力を発揮できるのなら負けることはありません」
 ……驚いた。
 何を驚いたって、セイバーが本当にそう思っているのだと自分でもわかるからだ。
 それにしたって負けない? ありえない? まだ敵がわからないのにそう言い切れる彼女に、その要因を問うた。
「すごい自信だけど、その理由は?」
「マスターがあなただからです」
 迷いもなく、即答。
 こうも真っ向から言われると、こちらも気恥ずかしい。
「煉、あなたは魔術師――いえ、今はもう魔術使いですが、マスターとしては最良です」
「むー、そんなに持ち上げられるのは嫌い。ほら、はやく食べて樹海に入ろ」
 顔が熱くなるのを自覚しながら、食事を再開した。
 セイバーも苦笑しながら私に続く。
 幸せそうに食事をするセイバー。
 彼女の笑顔をたくさん見たせいか、ふと士郎さんのことを思い出した。
「ねぇ。あなたって、昔はそんなに笑わなかったの?」
「何故ですか?」
 疑心丸出しで、セイバーが首を傾げる。
「うん、士郎さんとはこっちに来てから一年しか一緒にいなかったけど、あなたの話が出る度に『セイバーは感情をよく出すようになったなぁ』って言ってたよ?」
 士郎さん、私の曾祖父。お爺ちゃん、と呼ぶのも変なので、私はそう呼んでいた。
 日本に落ち延びてきた時、暖かく迎えてくれたのが士郎さんだった。百歳を越えているにも関わらずやけに元気なその人は、同時にある一点に特化した魔術使いだった。
 半ばボランティア的に活動しているという彼は、家を空けることも多かった。もちろん、私は学校があるから一緒には行けない。代わりにセイバーがついていったが、その時の彼女はずいぶん嬉しそうだった。
 ただ……なんだろう。士郎さんの喜び方は、まるでずっと待ち続けていたものが来た。そういう種のものであるように思えた。
 そうして一年後、私に魔術刻印を遺して彼は死んだ。争いでもなんでもない、ただ春の暖かな日差しの射しこむ縁側で、ゆっくりとただ静かに生涯を終えた。
 末期の会話は、今でも覚えている。

『煉。君には、できるだけ多くの人を助けられる人になって欲しい』
『そんなの無理。士郎さんも知ってるはずでしょ。私はもう、沢山の人を殺してる』
『殺しているから、助けられないのか?』
『助ける資格が、ないと思う』
『そう言って、助けられる人を見捨てるのか?』
『それはっ……殺す、っていうことだよね』
『ああ、きっとそうだ。君はとても優しいから、自分が殺したと思うだろう。だから助ける資格がないと思う前に、助けなきゃいけない』
『でも、私が殺した人は生き返らない』
『当然だろ。いつだって後戻りなんてできないんだ。忘れることは、できるけど』
『そんなことはしたくない。忘却は、弱々しい逃亡にすぎないから』
『やっぱり君は、優しい子だ。とても大きな傷を負っている。だからそれ以上、傷つかないでほしい。そのために、目に映る人を助けてほしい。人の死で傷つくなら、それは人の生で癒されるということだから』
『士郎さんの言ってることはわからないよ……だけど、うん、なるべくそうする。あなたの言うことは、間違ってないと思う』
『――――』
『どうしたの?』
『俺は、間違っていないか』
『うん、少なくとも私はそう信じてる。不安なら安心して。これでも私、強情で有名なんだから。たとえ誰が間違ってるって言ったって、正しいものは正しいって言い張るよ?』
『ははっ、そうか。そうか――』

        『――ああ、安心した』

 その言葉を最後に、衛宮士郎は息絶えた。
 どんな気持ちで話していたのか、そんなこと私は知らない。
 だけど正しいと思ったのだ、認めたのだ、言ったのだ。
 ならば爐覆襪戮瓩修里箸りに生きていこう。
 彼が遺した魔術刻印に、そう誓った。
「……そうですね」
 熟孝していたセイバーの声に、我に返る。
 彼女はいつになく恥ずかしそうに眉根を下げて、、
「きっと、シロウや凛、あなたたちのせいでしょう」
「私たちの?」
 ええ、とセイバーは頷く。
「私がずっと押し黙っていると、心配してきてしょうがない。だからできるだけ感情を表に出せば、そんな無駄な心配をしなくて済む。ただそれだけのことです」
「で、それは不満?」
 更に突っ込んだ問いかけをすると、彼女はかすかに歯を見せて笑い、言った。

「嬉しいと言って、構わないでしょうね」






一日目、昼Recollection










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