魔法使いとヤクザの娘と(藤ねえ with切嗣 その2)


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1: sasahara (2004/04/05 09:57:50)[sasahara_desu at hotmail.com]

「実は、僕は魔法使いなのだ」

 切嗣さんが変な人だっていうのは後からいやになるほど思い知ったけど、最初の出会いからして、あの人は変だったと思う。一言で言うと、ぶっ飛んでいた。どこの世界に初対面の女の子に、実は、僕は魔法使いなのだなんて言う人がいるというのだ。さらにその後、得意げに、でも内緒ね、と来たもんだ。
 おまけに、その切嗣さんは、その自己紹介の直前まで口封じのために私を殺そうとしていたりなんかしていたりしていたのだ。
 もう滅茶苦茶。
 そして、極めつけ。それが私の初恋の相手(佐藤君のはノーカウントだ)。
 でも、思う、あの日あの時あの場所で切嗣さんに出会っていなかったら、って。ねえ、切嗣さん。
 思うんだ、会えて良かったって。本当にあなたと会えてよかった。
 だって魔法使いとヤクザの娘の恋物語なんて、素敵じゃない?
 そう、それは一風変わったラブロマンス。



 魔法使いとヤクザの娘と



 泣いてなんかやらないんだからって決めたって悲しいものは悲しいし、まさか学校の道場へなんか行けやしない。
 子供の頃からの訓練でいくら不感症になったからといって、さすがに今日はあの二人を見て平静を保っていられる自信はなかった。
 見た瞬間に私はきっと暴れ出す。
 家にも帰りたくない。お爺様は、なんだかんだ言っても私の変化に敏感で気を使ってくれる。今変に気を使われたら、それこそ狂ってしまいそうだ。
 
 プラプラ歩いてたら、いつのまにか柳堂寺の前にいたりなんかして。
 することもないので、境内をフラフラ。
 ギィー。バタン。
 失敬して、お堂の中に入る。お堂の中はひっそりとしていて、どこか荘厳な空気を漂わせている。

「失礼しまーす」

 ひんやりとした風が頬に当たる。どこか壁に穴でも開いているのかしら。
 ちょっとだけいさせてくださいね、と誰へともなく断ってから腰を下ろす。
 あ、ここ掃除してない。制服汚れちゃうかな。ま、いいや。

 こうしてみると、つくづく私って一人だと思う。
 だって、私にはこんなときに悩みを打ち明けられる友人もいない。

 オハヨー、ねえねえ昨日のアレ見たー、そうそう、あいつがさー、面白かったねー、ウッソー、ホントー、何よ冗談でしょ、じゃね、バイバーイ、またねー。

 上っ面の表情と会話。エンドレスに続くリピート機能。テープは終わりまで行っては巻き戻される。
 誰かと真剣に向き合って付き合ったこともないし、付き合おうと思ったこともない。
 だって私はヤクザの娘だ。きっとそんなの迷惑に違いない。
 キイキイ。
 心が錆びついた音を立てる。歯車は、もしかしたらとっくの昔にはずれてしまっていたのかもしれない。
 欲しい。さびついた心を滑らかに、凍てついた胸を溶かしてくれるような、そんな…。
 でも、ダメ。きっと断られる。
 だって私はヤクザの娘だ。
 友人でさえこんな体たらくなのだから、恋人なんか勿論だ。…って、さっきフラれたばっかだったけ。
 そういえば、あれって私の初恋だったのかなぁ。
 竹刀振ってばっかで、第二次性徴の悩みとか何とか無縁だったからなぁ。
 む、そういえば、私の胸、ちっとも成長しないけど、ひょっとしてもう終わり? そんなことないよね、これからなのだ。
 そう、これからよ。人生、これから。まだ私15歳なんだから。
 …でも、ひょっとしたら、これから先も一人だったりしてー、ハハ。
 笑えない。
 あれ? あれれ?
 気が付いたら、さっきまで出なかった涙がボロボロ溢れ出ていた。
 人間の三分の二が水で出来ているってホントだったんだ。だってこんなに一杯水が自分の身体の中から溢れ出てくるなんて信じられない。
 そんなことを思いながら、いつしか私は眠りに落ちていたりした。



 キンキン、ガキンッ!!!
 ズカッ!
 バキッ!!
 ガキッ!!!
 ドカッ!!!!

「うるさいなー、人がせっかく寝てるのにー」

 寝ぼけ眼をこすりながら身を起こすと、いつのまにやら辺りは暗くて。
 あらら、ちょっとだけのつもりだったのに。
 漆黒の闇に包まれたお堂に、何か大きな音が響いてくる。何だろう、これ。何かをすごい勢いでぶつけ合っている……。
 こっそりお堂の戸を少しだけ開けて外を覗いてみて、私は自分の目を疑った。
 ……剣と槍!?
 よくわからない格好をした二人が、互いの武器を視認できないほどの速さで交わしている。間違いない、あれは本物だ。
 信じられないことだが、そこで行なわれているのは本物の殺し合いだった。お堂の中にいてもビリビリと伝わってくる殺気と緊張に、情けないことだが私に出来るのはその場にへたり込むことだけだった。

「はは、どうしたセイバー。その程度か!」
「私を侮るか、ランサー」
「侮りはしねえよ。ただその程度かって聞いただけだ」
「ならばその身をもって知るがよい。私が本当にその程度かどうかを」
「望むところだ」

 短く視線を交わしたかと思ったら、近くで拮抗していた二人が間合いをとって離れる。
 これでも剣道有段者。なんとなくわかってしまう。二人が本当に「殺しあう」ために、わざと間合いをとったことが。
 あ、これ本当に殺し合いなんだ。どっちかが死ぬんだ。

 キィ。
 立てるつもりなんて全然なかったのに、お堂の床が鳴った。思わず後ずさってしまったのかもしれない。
 向かい合っていた二人がバッとこちらを向く。
 ヤバイ。ばれた。

「……」
「…、セイバー、勝負はちとお預けだな。なあ、遠坂のおっさんよぉ、あそこに誰かお客さんがいるみたいだぜ」
「…衛宮に任す。」
「いいのか?」
「無益な殺生は私の好むところではない。衛宮ならためらいもすまい。」
「ひどいですね、僕ならかまわないと?」
「そのようなことを気にする男か、君は? いや、正確にいえば、それだけの血を我が身に沁みこませておきながら、それだけの血の色と匂いを身体に髪に服にとなすりつけておきながら、まだ自分には良心があるとでも? ま、資格がないことに関しては私も似たり寄ったりだがね。では帰るとするよ、これでも家に帰ればかわいい娘が待っている身分なのでね。また会おう、衛宮。」
「ええ、今度はきっちり殺します、遠坂さん」
「ああ、私もちゃんと殺されるとしよう、…君を殺してからね」


 二人が立ち去る足音。
 でも、まだ二人残ってる。
 一人は背の高い男の人。もう一人は鎧を身にまとった小柄な…。

「キリツグ、…そこにいるのは普通の民人だ。あなたなら記憶を消すこともできるだろう。殺すことはな…」
「セイバー、闘いは終わった。消えろ」
「キリツグ!」
「三度は言わない。闘いは終わった。消えろ、セイバー」
「…了解した、マスター」

 え? うそ!?
 突然、本当に突然、小柄な人の方が消えた。いなくなったとか立ち去ったとかそういうのじゃない。もう一人の人が言ったとおり、本当にその場から「消え」てしまったのだ。最後に見えたのは翻った黄金色の髪だけ。それすらも本当に見えたのかどうか、今となっては怪しく思える。


「さて…」

 男の人がお堂の方に近づいてくる。
 ギギイ。
 開くな、開くなと念じてみても、私にテレキネシスはないし、漫画じゃあるまいし危険を前にしても超能力なんか目覚めやしない。
 危険、危険、危険。
 私の第六感が告げている。生物としての本能が私の脳みそに直接危険信号を響かせている。よくわからないけど、この人は危ない。そして、私じゃ絶対敵わない。だって殺すことをためらわない人間に、どうして私なんかが立ち向かえる? この人は、きっと朝にパンをかじるのと同じ感覚で人を殺せる人間だ。有段者だろうがなんだろうが、そんなものは何の役にも立ちそうにない。
 あ、私殺されるの?
 近づいてくる影は紛れもない殺気をたたえていて、そのぴりぴりした空気に私は怖くて怖くてジリジリ座ったまま後ずさるだけ。
 友達もいない。恋人もいない。誰かと心を通わせたこともない。
 なんだ、ずいぶんさびしい人生だ。だったら、ここで終わってもいいかな、なんて。
へへ。悔し紛れに笑ってみた。
 最後くらい潔く死んでやるんだから。あ、死んだら、佐藤君のところに化けて出てやろう。あと萩原優子も。親友の恋人(まだ恋人になる前だったけど)を寝取る人間なんかたたられても文句は言えないだろう。幽霊だったら呪い殺すってのも簡単そうだし。
 死後も死後で割と忙しそうだ。おじい様やお父さんのところにも顔出さなきゃいけないだろうしなぁ。

「あらら?」

 さあ、来い。こちとら花の乙女。花も恥らう15の美少女。殺されるのが怖くて剣道やってられるか(本当は怖いけど)。

「えぇーーーー!」

 さ、どした。もう覚悟はできている。

「……なんだ女の子だったの?」

 もう覚悟はできている。
 ……できているってのに、なぜかいつまで経っても向こうからのアクションはなし。恐る恐る目を開けてみると、そこには困った顔をした、心底困ったなあ、という顔をしたおじさんがいるのだった。

 そして、そのおじさんは、

「じゃ、やめた」

 なんて、実にあっさりのたまうのだった。







「そっかー、大河ちゃんて言うのかー」
「はい」

 さっきまでの殺気はどこへやら、なぜか私は、おじさん、あ、「ひどいなー、僕はまだ24だよ」だから「お兄さん」か、ま、とにかく衛宮切嗣さん(24歳、職業:魔術師、♂)と、お堂の前で仲良く腰を下ろしながらなごやかに談笑しているのだった。

「それでね、さっきも言ったけど、僕は魔法使いなんだ。ま正確にいえば、魔法使いじゃなくて魔術師なんだけどね」
「はぁ…」

 たしかに、さっきからのことを見ていると、魔法使いだろうが魔術師だろうが何でもありっていう気はしてくる。引田天工じゃあるまいし、パッと人を一人消すなんて、ねぇ。手品だったらイリュージョンで済ませられるんだけど。
 そんなことを考えていたら、思わずすごいですね、という呟きが口からもれていた。そしたら、でも内緒だよ、っていたずらっ子めいた笑顔とともにウインクが一つ返ってきた。なんだかお茶目な魔法使いさんだ。

「それでね、魔術師っていうのは、魔術師だって普通の人に知られちゃいけないんだ」
「なんでですか?」
「お、大河ちゃん、いい質問だ」

 なんだかNHK教育番組みたい。風邪のときは、桃缶とアレなのよね。

「うーん、いい質問なんだけど、答えるのは面倒くさいからパスね」

 どうやら切嗣さんは教育番組のお兄さん向きではないようだ。

「うーん、でも困ったなぁ」
「何がです?」
「魔術師は人に魔術師だってことを知られちゃいけない。だから万一知られてしまったら、口封じのためにその人を殺す、殺さなくちゃいけない。でも、僕は大河ちゃんを殺したくないなぁ……どうしよっか?」
「どうしましょうかね?」

 なんだか話している内容と口調にずいぶんギャップがあるような気がする。目の前でニコニコ愛想笑いをしている人からは、殺すだの殺さないだのといった話題には当然あってしかるべき緊張感がかけらも感じられない。

「大河ちゃんが男だったら、問答無用で殺しちゃって終わりなんだけどなー」
「そうですか」

 ヤクザの娘でも何でも、女に生まれてきてよかった。問答無用で殺されるなんて願い下げだ。しかし、それって明るく宣言するような類のことなんだろうか。
 それと切嗣さん。出会って間もない女の子を、すでにファーストネームで「ちゃん」付けで呼んでいるのは、ちょっといかがなものだろうか。この人、ひょっとしたら相当の女たらしかも。

「僕、根っからのフェミニストだしねー」

 そういうのって自分から言うことなのかしら。それとフェミニストと女たらしは違うのではなかろうか?

「かわいい女の子は泣かせたくないしー。ま、大河ちゃんなら話しそうにないし、…ま、いいっか。ね?」
「はぁ、どうも…」

 ノリが軽いけど、やっぱりこういう場合ありがとうございますって言うべきなのかしら。
 でも、男なら問答無用で殺すのに、かわいい女の子なら『ま、いいっか』なのね。かわいい女の子に産んでくれて、お母さんありがとう。
 ん? 「かわいい」!?

「切嗣さん!」
「わ、何、大河ちゃん? そんなに近づいてきて。僕たち出会ったばっかりだし、いくらなんでも、まだそういうのは早いと思うよ」
「そんなんじゃなくて! 私、かわいいですか!?」
「え?」
「私は!」
「うん?」
「・・・・・・・『かわいい』の?」
「・・・・・・・そりゃ、とっても」
「うそじゃなく?」
「うそなんかつかないよ」

 僕、ブスは嫌いだしねー、と切嗣さん。ブサイクに人権はないのだ。でも、大河ちゃんは、とってもかわいいから許しちゃう。

「ホントのホントのホント?」
「ホントのホントのホント」
「嘘ついたら針千本飲む?」
「飲む、飲む」
「指きり出来る?」
「出来る、出来る」
「じゃ、切嗣さんだったら、私を恋人にしたい?」
「したい、したい」



「・・・・・・・・・・・・・・・私がヤクザの娘でも?」


「・・・・・・・・・・・・・・・僕なんて魔法使いだよ。魔法使いとヤクザの娘なんて、素敵な取り合わせじゃない?」

 そっか。論より証拠っていうもんね。
 そんな呟きとともに立ち上がると、切嗣さんは、さ、お嬢さん、お手を拝借、とばかりに私の手を引いて、私を立ち上がらせる。
 え?
 ええ?
 ……気が付いたときには、私の唇には何かやわらかい感触があったりなんかして。

「僕は魔法使いだからね。恋の魔法をかけてみました」

 どう、かかった? なんてニヤニヤしながら聞いてきやがります、目の前の男は。
 キス、私のファーストキス。
 あったかかった。やわらかかった。そのぬくもりが気持ちよかった。
 それは不意打ちの、まさに「魔法」。
 だって、だって、こんなにも嬉しいもの。受け入れてくれた。大丈夫だよって言ってくれた。私でもいいよって言ってくれた。
 切嗣さんは、私が傷ついているのに気づいて、たとえ一時でも僕でいいなら、と側に寄り添おうとしてくれた。その気持ちがとってもとってもあたたかい。

 うんうん、どっかでつらい目にあったんだねー、いい子、いい子、なんていいながら、もう切嗣さんはちゃっかり腕の中に私を抱きしめている。でも、切嗣さんのがっちりした腕に抱きとめられるのは心地よくて、正直悪くない。
 振られたの? そんなバカ男は忘れちゃえー。何なら僕が忘れさせてあげるよー。

 もう! 軽いことばっかり言って! この女たらし!
 でも、「魔法」の効き目はばっちりだ。かかっちゃった、かかっちゃった、恋の魔法に。
 切嗣さん、本当にあなたは「魔法使い」。
 だって私の心をこんなにも簡単に溶かしてしまった。あんなに冷たかったのに、いまはこんなにもあたたかい。
 カチャリと歯車がはまり、さび付いた回路が動き出す。


 こっちがこんなに感動しているって言うのに、「魔法使い」は

「もう一回魔法かけてもいい?」

 なんて聞いてくる。その軽いノリがちょっと癪に障る。
 だからお返しに今度は私から魔法をかけてみようと思った。尤も目の前の女たらしには、どの程度効き目があるのか、疑問だけど。


 あ、ちょっとびっくりしてる。でも嬉しそう。
 ……私の「魔法」、かかったかしら?

「かかった、かかった」
「ホントのホントのホント?」
「ホントのホントのホント」
「嘘ついたら針千本飲む?」
「飲む、飲む」
「指きり出来る?」
「出来る、出来る」

 あーあ、どうやらかかったのは私だけみたい。いいもん、時間をかければ、私だってきっと「魔法使い」になれる。切嗣さんが呆れるくらいに、何度も何度も繰り返し繰り返し魔法をかけてあげるんだから。
 今は、ちっぽけなヤクザの娘の境遇を哀れんで、おかしな魔法使いと出会わせてくれた神様に感謝することにしよう。
 魔法使いとヤクザの娘、うん、悪くない取り合わせ。
 魔法使いとヤクザの娘と、とりあえず手をとり家路を辿る。なんだかおかしくて笑みがこぼれた。
 ふと見あげれば空は満点の星空。
 世界は魔法でいっぱいだ、なんて思った。











「あら? あなた誰? 切嗣さんの…」
「……衛宮士郎。切嗣の息子だ」

 そして、出会いは続く。
 出会った同士で魔法をかけあう、そんな世の中。


 終わり。


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