Fate/Casterとnightその1 M:キャスター・独自キャラ 傾:ギャグ・壊れ


メッセージ一覧

1: 黒の衝撃 (2004/04/05 03:09:13)[dzeden at ybb.ne.jp]

彼は道に迷っていた。
夕方、確かに冬木の駅に到着したはずなのに気が付けば道なき森を歩いていた。辺りはすでに暗くおまけに雨まで降っていた。
「・・・何故、俺はいつもこうなのだろうか・・・?」
道に迷うことは彼にしてみればいつものことである。
住宅街で遭難、繁華街で迷子、森で行方不明。
毎度、毎度のことながら少し情けなくなってくるのも事実である。
彼は旅行用のトランクを傘のかわりにして気を取り直して前進する。雨は止む気配はなく、逆に酷くなる一方である。寒さで手がかじかんでくる。冬の雨は厳しい。
と、彼は足を止めた。
雨と緑の匂いの中に嗅ぎなれた匂いを感じとったからである。
足を匂いの元に向ける。草を掻き分け、枝を払い進む。そして彼は匂いの元を発見した。
「おい!大丈夫か!?」
トランクを放り出し駆け寄る。そこにはローブを血に染めた女性が倒れていた。
「しっかりしろ!おい!目を覚ませ!!」
抱きかかえペチペチと頬を叩く。体をゆする。そのかいあってか彼女はわずかに目を開ける。そして何か言おうと口を開き再び意識を失った。
「あ、おい!」
焦るがどうやら気を失っただけのようだ。ほっと息をついて彼女の様子を見た。ローブは血にまみれ、雨を吸い彼女の肌に張り付いていた。しかしこれといった外傷はなく、どうやらこの血は彼女のものではないらしい。ただ、蒼ざめた顔と色を失いつつある唇、半ば透けて消えかけている手をみると彼女は酷く衰弱しているようだ。雨に長時間打たれていたのだろう。
「まずいな、急いで医者に診せないと・・・・って、手ぇええええええええ!!!!」
彼女の手は透けていた。今はもう肘ぐらいまで消えかけている。
「・・・人間じゃない・・・魔力切れ・・・?」
つまり、なんらかの理由で魔力が不足し、体を保っていられないということか。ならば魔力を分けてやれば元に戻るであろう。しかしここで彼女を助けても良いのだろうか。自問自答する。
もし、彼女がよろしくない妖物・悪霊の類ならこのまま消えていってもらうのが良いだろう。
逆の場合はもちろん助けなければいけないのは当然だ。
「・・・・・」
しばしの沈黙ののち、彼は彼女の顔に張り付いた髪をかきあげてあらためて顔を見た。
先ほどは人命救助が先行してわからなかったが彼女はとてつもなく美人だった。
ごくり、と彼の喉がなる。救助確定。

「いただきます」

そう一言呟いて、彼は彼女に盛大なくちづけをした。

2: 黒の衝撃 (2004/04/05 04:56:36)[dzeden at ybb.ne.jp]








 目を覚ますとそこはどことも知れぬ薄暗い一室で、彼女はベッドに寝かされていた。ゆっくりと状態を起こす。かけられていた毛布を胸に抱き室内を見渡す。部屋には彼女が寝ていたベッド以外何もないひどく殺風景な部屋だった。一つある窓にはグレーのカーテンがかかっており、その隙間から差し込む光が今は昼間だと告げている。
どれぐらいの間、意識を失っていたのだろう。
そして何故、私は現存しているのだろう。
聖杯戦争のために彼女を召喚した魔術師はとんでもない下種だった。
サーヴァントの中で最弱といわれているキャスターのクラスを引いた己を嘆き
彼女に当たり散らした。
彼女はさまざまな葛藤を経てマスターを殺し、自由の身になった。
しかしそれは身の破滅をも意味していた。
マスターの魔力供給なしにサーヴァントは現存できない。
しかも彼女のマスターだった魔術師は彼女の才能を妬み、彼女の魔力供給を最低におさえていた。
ゆえに彼女がどんなにあがいてもあの後、半日とて彼女が現存できるすべはなかったはずだ。
しかし
体を構成する魔力はマスターの元にいた時以上に存在していた。
誰かが彼女に魔力を分け与えてくれたようだ。そして倒れていた私をここまで運んだ。
そこまで考えて、記憶の糸をたどり、最後、意識を失う前に見た男の顔を思い出した。
彼が助けてくれたのだろうか・・・?

と、ガチャリとドアが開いてその男本人が部屋に入ってきた。
「お、どうやら気が付いたようだな。よかった、よかった」
その姿を見て彼女は硬直した。彼はなぜかパンツ、トランクス一丁だった。硬直した彼女に気が付かず男はゆっくりと近づいてくる。
「いやー、もう少し遅かったら君は消滅するところだったよ。危ない、危ない」
男は疲れているけど、いやーいい仕事をしたなぁ、と達成感のある笑顔で彼女に微笑む。
「・・・・っておーい。大丈夫?」
顔を覗き込んだ男を硬直から立ち直った彼女は問答無用で吹き飛ばした。
男は悲鳴を上げる間もなく、ドアを巻き添えに隣の部屋まで吹き飛んでいった。





「いや、もう少しで死んだ親父に会うところだった」
アフロと化した頭をかきながら男は言う。彼の名前は早瀬 修一郎。
職業は「お宝ハンター」と彼女に自己紹介するあたりかなり胡散臭い男である。
むろん彼女も「キャスターよ」と一言で自己紹介をするあたりかなり世間一般から見て怪しいが。


あの後、修一郎を吹き飛ばしたキャスターは自分が何も着ていないことに気がつき毛布を体に巻きつけて止めをさそうと魔弾をぶっ飛ばしたり、脅威の回復力で起き上がり回避した修一郎が
「いや、雨に濡れて風邪をひきそうだったから脱がしたんだ、他意はない!」
と叫んでそのあとに
「でも少し、刺激的でどきどきした」
などとほざいたものだから再び部屋に魔弾の嵐が吹き荒れたりでその様はまさに悪夢だった。
結局、キャスターの魔力切れと修一郎の土下座でこの悪夢は終了したが・・・。



「でもホテル側としてはこの状況は悪夢だろうなぁ」
お互いに自己紹介後、修一郎は室内の惨状を見てぼやく。半壊した室内はもはやごまかし様のない状況だ。窓も7つに増えているし。2つの部屋を仕切っていた壁はなくなっているし。
ついでに弁償させられる自分にも悪夢だなぁ、と思ったりする。
「誰が悪いのよ・・・」
暗くひどく低い声で顔の半分を暗くしながら言うキャスターはひどく迫力がある。なまじ美人なだけにとても怖い。(自称)幾多の修羅場をくぐり抜けてきた修一郎でさえもカクカクプルプルだ。
それなのに
「なんでこう私は男運が悪いのよ、出会う男、出会う男みんなみんなみんな・・・・」
と、どす黒いオーラを出してブツブツ言っているキャスターに
「それはお気の毒に、同情するよ」
なんて声をかけたものだから
「あなたに言われたくないッ!!!」
怒りのゲージMAXの魔力切れを忘れた一撃で修一郎は今再び吹き飛んだ。

3: 黒の衝撃 (2004/04/05 23:15:33)[dzeden at ybb.ne.jp]

「はぁ、はぁ、はぁ」
荒い息をつくキャスター。その前方には吹っ飛ばされた修一郎。
「・・・痛。まったく、激しいなぁ。でも少しはすっきりしたかい?」
ムックリと起き上がりそう尋ねる。
「全然。でも少しはすっきりしたわ。マスターが丈夫で助かるわ」
「へぇ、俺をマスターだと認めてくれるの?」
「あなたから魔力供給を受けている以上それはしかたないわ。ただし、私があなたを認めてあげるのはその手の令呪が無くなるまでよ」
「なるほど、肝に銘じておく。お互いに馬鹿な芝居はもうやめよう結構楽しかったけど」
「私はうんざり」
ぷいっと横を向くキャスターに修一郎は苦笑する。
「ま、仲良くやっていこうよ。この戦争を生き残るために、さ」
「それについて依存はないわ。それよりマスター、私のローブ返してくださる?」
「ああ、そうだなお互い服を着よう。風邪をひく」
部屋は半壊。壁はボロボロで見通しが良くなっていた。入り込む冬の風が冷たい。
「じゃ、君は向こうで着替えてくるといい。脱衣所に君の服は置いてある」
瓦礫の下敷きになったトランクを引っ張り出す。キャスターは無言でその横を通り過ぎた。
「ふむ、俺はマスターに向かないかもしれないなぁ・・・きりっち」
古い友人の名をつぶやく。そして彼はごぞごぞと着替えを始めた。






脱衣所には確かに彼女のために着替えが用意されてあった。
下着から用意された服まで全てサイズがばっちりだったことはあえて考えないようにする。
最後に髪を梳かそうと鏡を見る。
「なっ・・・」
絶句。そのまま思考停止。







「遅いな、もう着替え終わったのか?」
30分たっても出てこないキャスターを呼びに脱衣所に向かう。
「なんだ、もう着替え終わっているではないか。こっちは待ちくたびれたぞ」
「・・・マスター、一つ聞いていいかしら?」
ぎぎぎ・・・と音を立てて振りむくキャスター。
「なんだ。言ってみろ」
「この服は一体どういうことかしら?」
「ふむ、今朝までかかって作り上げた俺の自信作だ」
「そうではなくて、私の着ていたローブはどうしたのかしら」
「それ」
と、キャスターが着ている服をさす。
「あんなローブで街を歩かれたら困るからな。現代風にアレンジしてやったんだぞ」
「・・・・」
「どうだ、着心地もばっちりだろう。布の質がよかったから仕上がりも上出来だ」
無言で手に魔力を込めるキャスター。
「いや、サーヴァントの服にまで気をかけるやさしいマスターだろう、俺は」
笑顔のまま修一郎は吹き飛ばされた。
壁に叩きつけられ崩れ落ちる修一郎の前には暗い笑みを浮かべ次弾を準備するキャスター。
「・・・くっ、カチューシャか、カチューシャを忘れた俺がそんなに憎いかキャスター」
メイド服に身を包んだキャスターが再び魔弾をぶっ放す。
「くう、駄目なのか!時代はメイドじゃ駄目なのか!やはりナースかチャイナ服か!?」
更に吹き飛ばされる修一郎。
「いや、巫女か!? それとも着物か!?」





その日、新都のホテルが一つ崩壊した。



4: 黒の衝撃 (2004/04/06 04:37:10)[dzeden at ybb.ne.jp]

新都郊外にある冬木教会。
ここの主任司祭は言峰綺礼神父である。
そして、彼は聖杯戦争の監督役でもある。
夜、彼の元を訪れる1組の男女の姿があった。


「ここは教会であり、西館でもイメクラでもない。悪いが他を当たってくれ」
「なんでさっ!!」

言峰の言葉に抗議の声を上げる男。
キャスターのマスターになった修一郎である。
そしてキャスターはもう涙も枯れ果てたと言った様子で彼の背後に控えている。
むろんメイド服姿で。
どこで購入したかカチューシャをつけ、更にオプションとしてハタキを持っている。
ここまで来る間の人々の視線は彼女をいたく傷つけた。
「写真とってもいいですか。はぁはぁ」
などと言ってよってくる男たちやあきらかに侮蔑の視線を向ける女たちによって
彼女はひどく傷ついていた。
彼女は魔女とか悪女とか言われていたが根は清純なお姫様である。
彼女がそうなった原因は全て男と気まぐれな神にあるのだ。
そして今、彼女の仕える男は神父にくってかかっていた。


「おまえは聖杯戦争の監督役なのだろうが。俺がマスターだとわからないのか?」

手の令呪を見せ付ける。
1つ減っていた。
何に使ったかは実体化してやってきたキャスターを見ればわかっていただけると思う。

「ふむ。どうやら本物のようだが・・・冬木の聖杯戦争に呼ばれるサーヴァントは
 セイバー
 ランサー
 アーチャー
 ライダー
 キャスター
 アサシン
 バーサーカー
 の7種類であってメイドなどというサーヴァントは存在しない」

「いや、彼女はキャスターなんだが」
「なに―――」

驚愕の視線をキャスターに送る言峰。
その視線はキャスターの傷を更にえぐった。
人の不幸に幸福を感じる人格破綻神父・言峰綺礼。
サーヴァントでも容赦なし。

「それは気が付かなかった。まさか、サーヴァントがメイド服を着ているとは
 夢にも思わなかったのでな」

「ふっ、エルフ耳とくればメイド。それは男のロマンであろう」

直球でキャスターをえぐった言峰に気が付かずボケた答えを放つ修一郎。
振りかえれば彼女はまさにあと一歩のところまで来ていた。いろんな意味で。

「よかろう。おまえをマスターとして認めよう。メイドのマスターとして思う存分この聖杯戦争を戦うがよい」

「おう」





「だがまずは今を生き残ることが先決だな」

「は?」





瞬間、修一郎は吹き飛んだ。
いってしまったキャスターの大魔術が教会内部に吹き荒れる。

「あは、あははははは、あははははは!!」

泣き笑いで魔術を放つキャスターを止めるすべはなく。教会は廃墟と化した。





数刻後

「な、何これ、一体どうなってるわけ!?」

廃墟と化した教会に訪れた4人は変わり果てた姿に唖然とするしかなかった。

「遠坂・・・」

「綺礼のやつマーボー作る最中にガス爆発でも起こしたのかしら」

「ふ、兄弟子にむかってひどい言いようだな凛・・・ぐはぁ!!」

瓦礫の山から生還を遂げた言峰は凛のガントで再び瓦礫の下に消えた。

「綺礼、一体何があったの?」

「凛、メイドとそのマスターに気をつけろ」

凛の問いにそう答えて言峰は気絶した。

5: 黒の衝撃 (2004/04/06 21:48:58)[dzeden at ybb.ne.jp]






 (ナレーションは森本○オで)

新都の繁華街に一つの小さな居酒屋がある。
その名は「静盃」
店長 佐伯 隆俊 51歳
チェーン店化が進む飲食店業界の中
個人で多くの大衆に愛される居酒屋をつくろうと日々努力している彼の店に
今夜、一組の男女が訪れる。

佐伯 隆俊 51歳

その夜、運命に出会う








その客が来るまでは店はいつもと変わらない雰囲気だった。
仕事帰りにサラリーマン。家族連れに団体で来ている学生たち。
もう少しすれば仕事を終えたお姉さんたちが団体で訪れるであろう店内を見渡し彼は満足そうに見渡して中華鍋を振るう。
「はい! あんかけ焼きそば完成!!持って行って!!」
バイトの学生に指示を出す。その間も手は休ませずに次の品に取り掛かる。
と、ガラリとドアが開いて新たな客が店を訪れた。

「はい!いらっしゃ・・・・」

元気良くいつものように挨拶しようとして、その客の異様さに絶句する。
20代後半ぐらいの男女だ。別にそれだけならば問題はなく普通のカップルだと思うだろう。
だが、服装があまりにも異常だった。

男は黒いスーツを着ていたが何故か全身ボロボロで袖が千切れて二の腕からむき出しになっていた。
靴は片方なくなって裸足、破れたズボンから膝が見えていた。
しかもアフロである。
女は何故かメイド服を着ていた。こちらは汚れ一つなく神々しいまでのメイド服だった。
更に手にはハタキを持ち、脇にシルバーなトレイを挟んでいた。

「グッド・ジョブ」

どこからかそんな声が漏れたが、その客の登場に店内は水を打ったように静まり返る。
焼き鳥が焼けるジュウジュウという音が遠くの世界の出来事のように虚しく響いていた。
それはグスグスと泣いている女を男が疲れた顔で空いている席に座らせ
「生2つ、それと焼き鳥盛り合わせ」
と、注文するまで続いた。



修一郎は疲れていた。
初撃で吹っ飛ばされたあと、次々と襲いくる炎や吹雪や雷を

「なんだ、騒がしいぞ言峰」

と、奥から出てきた金髪青年を盾にやり過ごし、崩れ落ちる教会を
放心して少女のように泣き出したキャスターを抱えて命がらがら逃げ出したのだ。
そして彼女を落ち着かせようととりあえず店に入ったのである。

「泣くなよキャスター、綺麗な顔が台無しだぞ?」

キャスターは泣き止まない。
顔を伏せてぐすぐす泣いている。
修一郎は周囲からの刺すような視線と泣き止まないキャスターに逃げ出したくなった。
しかし、1人で席を立とうものならここにいる全員に袋にされそうな予感に浮かせた腰を再び下ろす。むかえの席のサラリーマンがドスを構えているのが見えた。
なんだよ、その「一人一殺」のはちまきは。
辛くなって視線をそらすと隣の家族連れが4人そろって修一郎を睨んでいる。

「ふぁっく・ゆー」

いや、小学生に上がるか上がらないかの少女までそんなジェスチャーとは俺は悪人ですか?
ドンッ!!とテーブルにジョッキが置かれる。
中身が半分ぐらい飛んで修一郎のスーツを濡らした。キャスターの方には静かに置かれる。
顔を上げてみると店員が殺意のこもった目で彼を睨んでいる。

「どうぞごゆっくり」

あきらかに棒読みでそれでいて迫力のあるセリフを吐いて店員は去っていく。
呆然とそれを見送る修一郎。

「すみません、同じのあと4つ」

「はい!?」

視線を戻すと泣いていたはずのキャスターがジョッキを2つ空にして今去っていった店員に声をかける。驚愕の視線でキャスターを見る修一郎に

「・・・なによぅ、わたしがおさけのんじゃあダメっていうのぅ・・・?」

「いえ、どうぞ、どうぞ、好きなだけお飲みください」

泣きはらし、潤んだ瞳で言うキャスターに修一郎は首が飛んでしまうのではないか、と思うぐらい横に振ってこたえた。





6: 黒の衝撃 (2004/04/07 00:17:05)[dzeden at ybb.ne.jp]



2人が来てからすでに2時間が経過していた。
佐伯は厨房から客席を覗く。
そこにはいつもと同じ騒がしい喧騒があった。
それが妙に緊張したものをはらんでいるのを除いて。
誰もがあの2人から目が離せない。
お互いにジョッキを傾け、談笑しているにもかかわらず意識はそこにはない。

「店長、3番テーブル春巻きとキムチチャーハン追加です」
「5番テーブル焼き鳥盛り合わせと刺身セット追加です」
「7番テーブル烏龍茶2つ追加!」

誰もがあの2人を気にしてか席を立とうとしない。
ちょうど帰ろうとしていた3番テーブルのサラリーマンは2人が来るまで散々飲み食いしていたにも関わらず11回目の追加注文をした。
肉体的にも財政的にも限界に近いのだろう青い顔をして注文をするサラリーマンに店員の一人は呟く。

「注文しなければいいのに」



2時間。
それは修一郎の生涯においてトップ10入りするぐらい壮絶な2時間だった。
彼の誇るしめ縄級の図太い神経は、今や磨り減り、ねじれ、切り刻まれて糸くず程度になっていた。
目の下はすでに黒くその目はうつろだ。
キャスターは彼の前でまた一つジョッキを開けて追加注文を頼んでいる。
彼女は2時間、休むことなく飲み続けた。
ビール、ワイン、焼酎、日本酒、ウイスキー・・・店内にあるほぼ全ての酒類を制覇し、今またビールに戻ってきたところだった。
途中何度も「飲みすぎじゃないですか〜」と止めたがその度に

「・・・ぐすっ、なによ、なによ、わたしがおさけのむのいけないっていうの・・・?」

などと涙目で上目使いに言われてはフルフルと首を横に振るしかなかった。
そのたび彼女の背後に幽鬼のように立つドスをちらつかせるサラリーマンも怖かったし。
だから、その「一人一殺」のはちまきはなんだ。


テーブルの上には最初に注文した焼き鳥が冷たくなって置かれたままだった。
修一郎は食欲を失くし、キャスターはひたすら酒類を飲み続ける。
が、ここにきてキャスターの動きが止まる。
そりゃ、2時間もひたすら飲み続ければなぁ。

「キャ、キャスターさん?」

テーブルに顔を伏せて肩を震わすキャスターに修一郎はおそるおそる声をかける

「う、く、く・・・私が、私が一体何をしたって言うのよ・・・」

「は、はい?」

「私はねぇ、お姫様なのよ、プリンセス」

「は、はい」

「それなのに何よ、何よ!! 魔女だとか悪女だとか裏切り者だとかっ!! 私は操られただけよ!!そこに私の意志なんてないわっ!! みーんな、みんな、私に魔法をかけた神様が悪いんじゃないッ!!」

「キャ、キャスターさん。そーゆー話はこの場でしない方が・・・」

「黙って聴け!!」

打ち付ける拳一発。魔力の乗ったその一撃はテーブルを一瞬にして塵へと返す。
静まる店内。集まる視線。
修一郎は目の据わったキャスターに睨まれてプルプルガクガク震えながら何度も頷く。

「それなのに、それなのに・・・あの男は私を魔女呼ばわりして新しい女といちゃつくし、追い出されて行く先々で民衆から迫害されるし・・・私の最後は孤独で悲惨きわまりなかったわ・・・」

よよよよ・・・と泣き崩れるキャスター。
店内のあちらこちらから漏れるすすり泣き。
気がつけば店員の一人がキャスターの頭上の照明以外全て消していた。

「しかもサーヴァントになってからも悲劇よ! そんなに魔女、魔女言うから魔女らしくやってやろうじゃない、裏切り者あつかいしてくるから絶対に裏切らないって決めたのに・・・決めたのに最初のマスターはとんでもない下種だし次のマスターはこれよ! これッ!!」

びしっ! と指さされる修一郎。
点く頭上の照明。
頼むから点けないでくれッ! 命の危険を周囲に巻き起こる殺気。
スイッチを操作する店員にアイコンタクトをかけるが店員は「あきらめろ」とばかりに首を振る。

「何でこんなに男運が悪いのよ! せっかく魔力を織り上げて作ったローブをメイド服に変えるし。 これを着たまま衆人環境を歩かされるし! サーヴァント・キャスターをなんだと思っているのよッ!! 答えなさい! マスター・早瀬 修一郎ッ!!」

暗がりの中、潜むものたちが息を呑むのを感じた。
ここで答えを間違えれば俺は死ぬ。
暴徒と化した居酒屋の客たちに襲われて。
聖杯戦争始まって以来のもっとも恥ずかしい死に方として歴史に名を刻むことになる。
さぁ早瀬 修一郎 覚悟をきめろ。
君は「      」になりたいと常日頃思っているじゃあないか。

「俺は・・・・」


修一郎はゆっくりと口を開いた。

7: 黒の衝撃 (2004/04/07 13:16:43)[dzeden at ybb.ne.jp]

「俺は初めて君を見たとき、とても淋しいと思った」

修一郎は思い出す。彼女と初めて会った夜を。
雨に濡れ、森の中で独り消えていくだけだった彼女を。

「君はさっき言ったよね。生前、孤独で悲惨きわまりない最期を迎えたって」

彼女は泣きながら、初めて俺に自分の過去を訴えた。

「その最後と俺が君を見つけたときとどこが違うっていうのさ」

その最後は、生前の君の最後と一緒じゃないか。

「それに君は魔女になりたくて魔女になったのかい?」

魔女と言われ続け迫害されてきた。それならば言われたように魔女になってやる。
それは悲痛な叫びに聞こえた。

「違うはずだ。君は魔女になんかなりたくない。なりたくなかった」

修一郎はそこまで言って正面から彼女を見た。
彼女は顔面蒼白で唇を震わせ修一郎を見ている。

「だったら君は無理に魔女を演じる必要はない。君は君自身のままでいてくれればいい」

「そ、そんなの、そんなの勝手じゃない!」

震える声で彼女は悲痛な叫びを上げる。

「私は・・・私はキャスターのサーヴァントとして召喚されたのよ。それなのに魔女としての私を否定されたら・・・私は・・・私は・・・」

うつむき、肩を震わせる彼女はひどく儚く脆そうだった。

「不安かもしれない。けれど俺は無理して魔女を演じる君より今の方がいい」

メイド服も含めて、とは口には出さないが。

「マスター・・・・」

キャスターは涙でぐしょぐしょになった顔を上げた。
両手で口元を押さえる。こみ上げてくるもので胸が一杯なのだろう。
キャスターは潤んだ瞳で修一郎を見た。
修一郎は両腕を広げる。俗に言う「さぁ、僕の胸に飛び込んでおいで」状態だ。
店員が2人を中心にして照明を次々と点けていく。
拍手が巻き起こる。
サラリーマンがおいおい泣いていた。
家族連れの母親が涙で潤んだ目を押さえている。
父親は両の目に溢れる涙を止めようともせず、ただひたすら拍手をし続ける。
大学生が抱き合ってこの感動を分かち合っている。
客も店員も関係なく。






佐伯は感動で一杯だった。
厨房から気になってずっと見ていた。
店をやっていて良かったと思う。
自分の店でこんな大勢を感動させる出来事に会うなんて・・・。
自分は生涯この夜を忘れないだろう。
そう思い拍手を続ける。















「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・吐きそう」

一瞬で場が凍りついた。



























「まったく・・・・最後の最後。感動の瞬間になぁ・・・」
修一郎はキャスターを背負って深夜の新都を歩く。背中で彼女は穏やかに眠っている。
その安らかな寝息を聞きながら修一郎は顔をニヤつかせて立ち止まる。
「やっぱりローブ姿よりその格好の方がいいよ。かわいい寝顔も見えるしね・・・」
そして彼はまた歩き出す。
「ああ、今夜はどこに泊まればいいんだろう・・・」










閉店後の清掃を今日はスタッフ全員でやることになった。
あの後の出来事を自分は生涯忘れることはないだろう。
佐伯はそう思いつつモップブラシで床をゴシゴシ擦る。
悪夢のような出来事だった。
中央で爆発した爆弾は次々と連鎖反応を起こしそれは見るも無残な光景を佐伯の目に焼き付けた。

阿鼻叫喚。
まさに居酒屋の地獄。

その結果、床は水溜り・・・もといもんじゃの大海と化し足の踏み場もない状態になった。
明日は臨時休業だな。
この臭いは取れないだろう。
そう考えて彼はモップを動かす手を止めた。

「メイド服か・・・」

佐伯の目には神々しいまでのメイド服が焼きついていた。






半年後、佐伯がオープンさせたメイド居酒屋が大ブレイクを起こし
彼は外食産業の風雲児として全国に名をはせることになるのだが
それはまた別のお話。





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