Der Wecker einer weisen Prinzessin−届け奇跡は聖杯へ 完結(前)  M:アルク 傾:シリアス


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1: 唄子 (2004/04/04 23:01:04)[orange.peco.chipi@m2.dion.ne.jp]

茜色だった空は、今は紫に染まっている。


透き通るような青と赤の混合色―――


藤色、とでも言ったところか―――切なくなる何かがこの色にはある。


空は無限を感じさせる、雲ひとつ無い完全なる黄昏。






やがてそれは優しく、緩やかに、透き通った闇になるのだろう。










そんな黄昏の中、俺達は、柳洞寺の前に集まっていた。




凛、セイバー、志貴さん、そして俺。

今は、誰も口を開かず、ただ、ただこの夕暮れを見つめていた。



彼女は―――凛は、手持ちの宝石を手で遊ばせている。

しかし、瞳は遥かかなた、春紫の空を―――

強い意志を映し出す漆黒の瞳は、今は空の紫を受けて輝いているように見える。




「どうしたのよ、士郎?緊張してきたの?」

少し微笑みながら凛が俺のほうを見た。

こっちが見つめていたのに気づいたんだろう、俺、そんなに不安そうな顔をして…。
―――いつもそうだ。

凛は、俺の辛さを背負ってくれる。

自分の辛さもおくびに出さず。

桜がいなくなって、お前も不安なはずなのにな、悪い…。

心の中で謝る。


「士郎、大丈夫、心配は要りません。貴方も凛も私が守るのですから。
だから、私に背を任せて、貴方達はやるべき事をやればいい」

セイバー…。
いつも俺達を守ってくれた。

あの、いつ死んでもおかしくない『聖杯戦争』の中であっても、
彼女の瞳から絶望は無かった。


ありがとう、二人とも…。


だから、俺はお前たちを守ってやるから、

決して、どこにも行かないでくれ。

そして、桜。

かならず助けるから。

絶対に―――――




「もう一度確認しとくけど、士郎。
あいつも助けるんだな?」



少しはなれた所から志貴さんが、俺に尋ねてくる。
その目は、すこし心配しているようだった。


「ええ…。すいません、志貴さんには悪いのですが…」


「いや、別に気にはしてない。
俺も2度あいつと戦ったけど、そう嫌な感じはしなかったから。
まぁ今思えばだけど…。
ただ、つい知ってる奴に見えて殺そうと思ってしまったけどね。
…士郎や遠坂が良いって言うんだったら、…あいつも助けよう。
俺も手伝うって決めたんだから」


それで終わったようだった。
もう志貴さんは何も言わない。



だから、


さぁ、行こう。




聖杯にまつわる全ての悲しみは、これで終わるのだから――――













『Der Wecker einer weisen Prinzessin−届け奇跡は聖杯へ』
        最終話   黄金の奇跡















早めに起きたつもりだったがのだが、それでも時計は12時を回っていた。

まだ、正直言うと体がきつい。

が、とりあえず腹に入れるものを作る事にする。
このままでいても体力は回復しないだろうし、

まだちょと重たい体を、うんせと台所へ向かわせる。

昨日はそう感じなかったけど、改めて起きて体が重いなぁ…。




「あー、士郎、早いわね…」



凛がだるそうに居間へ入って来た。


「おーっす。…凛お前もか?」


凛は頭を振って本当にだるそうに返してくる。

「ええ。それに、昨日あんたの『固有結界』が…まぁ文字通り殺された時にね。
パスが繋がっていた私の魔力、持ってかれたみたい。
ふわぁぁぁ〜…んっ!!」

あくびを一つ。
凛はコキコキと背筋を伸ばして、パタッとちゃぶ台にうつ伏せた。


そうやって暫く動かないから、心配になって近づくと、



スゥスゥ…と、規則正しい寝息が聞こえてきた。



「はは…、よっぽど疲れてたんだろうな。
…わりぃ、昨日はお前の魔力かなり浪費させちまった…」

あいつの部屋から、毛布を持ってきて、そっと掛けてやる。

春の陽気に、俺もこいつの隣で眠りたかったけど、
やっぱり昼飯の準備はしとかないと…。




そう思って、エプロンに手を伸ばした。


そのとき、ふっと目をやった先の、



隣にかかってる、桜のエプロンが酷く懐かしい物に感じた――――

居なくなって、まだ1日もたってないってのに…。


「待ってろ、桜…」















「わぁ…。士郎!今日は何か特別なことでも?」

席についたセイバーの一言目。
目はキラキラと輝いている。

「士郎…、えらく張り切ったんじゃない…?」

凛の唸るような声。


その目の前には、控えにもお昼御飯とは思えない豪華絢爛な料理―――

鳥のから揚げ餡かけソース、カルボナーラ、蒸し焼き鮭のパイ包み、等など。
品種や量がバラバラなのは冷蔵庫に在る物を全て使ったからだった。



「…まぁな。それにセイバー、今日は特別な日になる。
聖杯戦争の終わり、本当の終わりが今日、それが特別の日なんだ。
皆で幸せになるんだよ…桜を助ける、それに…」

俺は、桜も助けたい。

でも、それだけじゃない。

あの、最後に悲しそうな目で桜を見た、
俺の事『強いんだね』って言ってくれた、もう一人の遠野さんも助ける。

そう決めたんだ…。


「…はぁ。『遠野さんも』って言うんでしょ。
分ってたわよ、あんたがそう言うだろうって事くらいね。
あんな得体の知れない奴でも、一晩屋根を一緒にしたらもう仲間なのね、
士郎にとったら…。」


以外にも、凛はそれ以上言ってこなかった。
俺はてっきり…

「な!?凛、彼は間桐の者なのでしょう?倒すということは在っても、助けるなどと…。
士郎も何故そのような事を…」

むしろセイバーの方が不服そうだった。

「ええ、ええ。そうかもしれない。きっとそっちの方が確率が高いと思うんだけど、
士郎がこう言い始めたら…何言っても聞かないわよ。
あっちの志貴に、なにか感じるところがあったんでしょ?
確かにあいつは桜に、なにか思い入れがあったみたいだけどね…」


そうか、凛も気づいてたんだな…。
遠野さんは、ほんとうに桜を大切そうに、見守るような目で見てた。

昔じゃ気づかなかったかもしれない。
でも、今はわかる…。

それは、俺が凛を見るような、凛が俺を見るような、
きっとそんな目をしていたから。



「はぁ…。分りました。凛や士郎がそういう風な考えならば、従います。
でも、危険を感じた場合は…彼を倒します」


「セイバー…。大丈夫だ、きっと遠野さんは何か訳があるんだ。そう思えるんだ…」




「何でそう信じれるんだ?」



振り向いた先には、志貴さんが居間の入り口に立っていた。

ゆっくり俺のほうに歩きながら続ける。


「士郎、あいつは君達を騙していたんだぞ?大切な人の心を利用して孔と繋がった。
そんな奴を助けるなんて…なんでそう思えるんだ?」


その表情には怒りは浮かんでいない。
別に責めるわけでもなく、志貴さんは本当に不思議そうに聞いてくる。


「理由なんて…。遠野さんはどこか苦しそうだった。最後に桜を見つめた…あの目が、
桜を本当に心配する目だったから…、志貴さんには悪いと思うんですが…俺それでも…」

志貴さんにとったら迷惑な話だろう。
自分の偽者を、しかも自分が殺そうとまで思った奴を助けるなんて…。

でも、見殺しになんて出来ない。
少しの間だったけど、俺達は仲間だったんだ。
俺の心の中には、あの人が死んでもいい人だなんて思えないから――――――






でも、そんな思或は吹き飛ぶくらい自然に、
志貴さんは納得したような表情になって、

「分った。俺も手伝おう」

って言ってきたんだ。


「え…?」


意外だった。
もっと反対されるものと思っていたから。


「志貴さん…、その…いいんですか?」



「ん?いいんじゃないのか?それだけ理由があれば。
あいつの目に何か感じたって言うんなら、信じてみれば良いさ。
俺もそう思った時は、いつもそうしてきたし…」


そう言って、志貴さんは俺の隣に座った。


嬉しくなる。

この人もそうだったんだ。

志貴さんは、衛宮士郎にとって先輩みたいに感じられる人なんだ…。

もっともあっちの遠野さんは、悪友といった感じだが。


「それじゃぁ、話は決まりね。さぁ、冷めないうちに食べちゃいましょ。
せっかく士郎が作ったんだし。
それにセイバーが暴れ出す前にね」

フフッとセイバーの方を横目でちらりと見る凛。

「だ、誰が暴れますかー!!」

セイバーも自覚があるんだろうなぁ。
図星を付かれて真っ赤になって怒ってる。


「ほらほら、セイバーも。じゃあ、いただきま〜す」


こうやって、俺達は昼食をとった。

いろいろ在るけど、美味しい御飯を食べてれば元気が出てくる…。

そうやって、俺達はしばらく食事を愉しんだ。





家を出たのは、それから暫くして、

空が焼けるような茜色になってからだった―――――――
























もうどれくらい下っただろうか…。

柳洞寺に着いた俺達は、志貴さんの後ろを付いて、
いま、その地下へと足を運んでいる。


ここは、きっと一成も知らないのだと思う。


隠された入り口までの道。

そして、入り口には魔術で巧妙に細工されていた。

あたかも、岩では入れないような幻術の類で。


それを通り抜けると、あとは下へ下へと緩やかに坂道が続いていた。

鍾乳洞か何かだろうか、

湿った空気が重く肌に纏わりついてくる。


志貴さんを先頭に、俺、凛、セイバーの順に、この闇の中を

ゆっくりゆっくりと進んでいく…。



「…もうすぐだ。みんな此処からは敵に警戒しろ…」

志貴さんが後ろも見ず、そう言ってきた。



周りが徐々に明るくなっているのが分る。

光ごけの類だろうか、壁自体がうっすらと明るい…。


少しずつ、ここがどんなところか見えてくる。

そこは、学校のグランドをまるまる飲み込んでしまえるぐらい広い空洞だった。
後ろを振り返ると、自分たちが通ってきた細いトンネルみたいな入り口が見える。


「この奥に、…間桐臓硯が…、桜がいるのね」


「ああ、間違いない。それに此処に漂う雰囲気…
あと少し先に行けば間違いなく起動式があるはずだ」


起動式…大聖杯。

俺達が、セイバーや凛と知り合えた戦争の根源がここに…。

そして、今は呪いの中心になり、間桐臓硯の手の中にある恐ろしい凶器。

桜や遠野さんを縛り付ける忌々しい楔となっているモノ…。










「着いたぞ…」

志貴さんが言わなくても分かる…いや感じる…か。

「これって…!?ちょっと想像してることより、酷いことになってるんじゃない!」

「くっ、なんて禍々しいまでの…士郎、凛、決して離れないように…これは…」










そこから暫く進んで、目の前に広がった光景―――――――





まるで地獄へ来たような―――





明るい闇が立ち込める、

大気は全ておぞましい程の生々しいマナに塗り替えられて、

それは悠然と息づいていた――――――



一番奥にある、呪いの塊のような繭…。
今にも飛び出しそうなまでに、その脈動は早く、強く…


あれが呪い…。


そして、その繭を紡ぐように開かれた孔には、

桜が祈るように姿勢のまま…浮いていた…。

孔は、桜を通して、繭を紡いでいる。



その下に悠然と構える人影―――

「士郎…、あれ…」

「ああ、遠野さん…だろ…」

喉がかすれる。
呼吸しても、唾を飲んでも、全てが中半端にさえぎられる。

ここでは、こうしているだけで体に毒のような錯覚すら覚える…




そして、その繭のがある丘の上に、俺達を見下ろすようなカッコで、

遠野さんが笑っていた。

















「やぁ、待ってたんだ。良く来てくれたね…はぁ、少し待ちくたびれたけど、
間に合ってくれてよかった」



遠野さんは、さっきからさも楽しそうな笑顔を張り付かせたまま、
こちらを見つめている。


「志貴っ、あんた桜をどうしたのよっ!それに間桐臓硯はどこにいるの!
正直に言ったら、助けてあげるわよ」

そうだ、臓硯は…、てっきりあいつが構えているだろうと思っていたから、




「遠野さん、臓硯の居場所を教えてください!!俺達助けに来たんです!桜と遠野さんをっ!
あいつさえ倒せば、遠野さんだって…だから、あいつの居場所をっ!!」


俺の叫びが、この空洞にゆらゆらと広がる…



遠野さんは、少し驚いた表情をして、そして少し悲しそうに笑った。




「士郎…、君は本当にいい奴だね…。ああ、それに遠坂さん、セイバーちゃんも…。
殺人貴、君もそうなのかい?」


「ああ。士郎がお前を救いたがっている…。お前の中の何かを信じているんだ。
だったら手伝う、そう決めた。
…、だが、お前の後ろの化け物には、死んで貰う」

志貴さんは、遠野さんの後ろにいる、それを睨んで言った。



「あはは、流石は退魔の一族か…。もうこれが何か分ったのかい。
遠坂さんも良く知ってるんじゃないかな?こいつの背中を一回歩いてるんだから…」


「何ですって!?それじゃ、これはあの慎二と一体になっていた肉隗…」

「そうだよ。あの時は不完全だったけど、今度は完璧だ。聖杯からの供給も
あんな急ごしらえの物とは違うからね。桜は良く適しているよ…
そしてアレはもうすぐ生まれる」



生まれる…、生まれるだって!?

アレとは、あの繭の中身のことだろう。

一体アレはなんなんだ。

呪いの塊じゃなかったのかっ!?






溜息を一つついて、遠野さんは俺に向かって言った。

「士郎、わからないって顔をしているね…。これはね、僕の半身、いや、本体なんだ」



遠野さんなんては言った…?

本体だって、あれが本体だって言ったのか…?




「もちろん、君達と会ったときはあんな物には繋がってなかったさ。
あの時は小さな思念を持った、ただの……人間だ。
でも、間に合った。桜が変わり果てる前に。僕がその流れを全て背負えた。
だから、桜は…今は濾過機として機能しているが、それも次期に終わる。
そうなって生まれたアレは僕を食らうだろう。そうして一つになり、世界を破滅へ誘うのさ…。
だから、桜にも、君達にも僕が、僕でなくなってしまう前に…うぅぅ!!」




遠野さんが体を苦しそうに、くの字に折っている。


「遠野さんっ!」

「来るなぁぁぁ!!…ハァ…ハァ、来るな士郎…、桜は返す、だから、早く逃げ…ろ…」

そう言って、遠野さんが浮いている桜を、こちらに促すように手を動かす。


桜は、フワフワと俺のところまできて。糸が切れたように倒れこむ。
慌てて受け止める俺。

「士郎!桜は、桜は無事!?」

「ああ、…今は気を失っているだけだ…。無事だよ」


凛も、セイバーもほっと息を吐き出す。



「ははは…。桜は助かったんだ、安心してくれ…。あとは僕が…。」


「遠野さん、あとは貴方だけだ!はやく臓硯を倒そう!」



早くしないと遠野さんが…。
早く臓剣を倒して、孔を閉じさせなければ…。


「…、ああ、そうだったね。臓硯だったね…。」


遠野さんは少し苦しみから解放されたようだった。

前かがみだった姿勢を正して、こちらに向き直る…


「だから!早くあいつの居場所を、そして孔を閉じて、その化け物を…」

















「あの老人なら死んでしまったよ、士郎…」





遠野さんは、なんでもない事の様に言った。

「僕がね、消してあげたんだ。だから、もう桜を縛る物は無い。
もう、彼女はね、大丈夫なんだ…。だから後は僕とこいつが同化している
間に、こいつを――僕とアンリ・マユ殺せば全てが終わる…」



「そう、臓硯は死んでいたの…。
それで貴方が、桜の身代わりにそいつを受け持つというのね…」

凛が苦しく呟く。

「でも、…後ろの奴を殺せば、遠野さんは助かるんですよね?」


「殺人貴の力の事を言っているんだろ…?ああ、恐らくはそうすれば助かるだろうね…」


「だったら!」

「多分無理だ…。アンリ・マユ…この世全ての悪…。
今や、この体はこいつと一体となっている。
魂もね…。だから…、こいつを殺そうとするならば…」


こちらを向いた、遠野さんが静かに瞳を閉じる…。









そうして、遠野さんの顔に黒い刺青のような…


「なんなの、…それって…。」

凛は、少し身を引く。



遠野さんの変化は続いている。

遠野さんの顔に見られた文様は、
手、首、服で見えないが、きっと体中に出ている…。

元々黒かった髪は、今は光すら吸収するような漆黒。
濡れているような闇になっている。










そして、閉じていた瞳を開けると、そこにはもう黒い瞳は無く

血のように濡れた、ガラス球のような紅い二つの――――



「不快なはずのこいつの感情…でも何故だか今、凄く気分が良いんだ…。
多分事を終えた安堵感と…
こいつが持ってきた憤りの無い無尽蔵の憎しみ…、こんな思いに身を焼かれながら
凄まじい力が湧いてでてくる!
僕の憎しみがどんどん膨らんでいく!!
どうでもいい事も、殺したい!大切な人を無茶苦茶に!!
アハッ、クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」




「と、遠野さん…」

嫌な予感がする。いや、予感なんて物じゃない!!

間違いなく、危険なんだ!

いまの遠野さんは後ろのアレに操られている!


「ハハハハハ、ハァ、ハァ、ははは、もう…持たないね…。
いいかい?俺を殺したら、すぐに後ろの奴を殺せ!
次は桜を狙ってくるだろうから…。
俺はきっと邪魔をする、いまでも…、目の前の君達を無茶苦茶に殺したくてたまらないんだよ!!
あはは、変なことは考えなくていい、士郎。本当に嬉しかった、
こんな僕を助けようと思ってくれて…。
それで充分だ!こんな木偶がそんな物もってあの世にいけるんなら、
それ以上の喜びは無いんだから…」


「遠野さん!!」
「志貴っ!?」


「いいか、殺人貴…。お前の考えは分る…。だったらまず僕を殺せ!
その後にあの呪いを消して、無色の聖杯にすればいい!
まずは…、まずは…、まずは―――――――
―――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
まずは、そう、僕が君達を消して終わりだろうからね」



遠野さんは、微笑を張り付かせたまま、
ゆっくりと手を挙げる…




そこには、青い騎士の槍が握られていた…。











「ちょっと士郎!!
助けるのは無理よっ!」

「士郎!彼はもう…。戦うしかありません。
助け様などと思ったら、私達が消されるでしょう。
せっかく彼が身を呈して守った桜まで…。
士郎、覚悟してください!」





嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ!!


あんなに苦しい思いを…
桜の為に身代わりになってまで守って、殺されるだけってのか、遠野さんは!?


馬鹿げてる!
そんなのは馬鹿げてるんだよっ!



「嫌だ!
遠野さんは何をした?桜を守ってくれたんじゃないか…。
それを苦しいのを全部押し付けて、あの人一人不幸になって、それでいいのかよ…。
そんなのはない…!そんな事があっていいはず無いじゃないか!!」

凛もセイバーも言い返しては来なかった。

「士郎…」

「志貴さん、俺は…!」

志貴さんは、俺の隣に並んで、昨夜の短刀を構えて言った。



「手伝うってい言ったろ?ほら構えろ。俺があの後ろの奴を消す。
お前は、お前達はなんとか抑えろ。後ろのが消えれば、あいつは助かるんだろ?」




「はいはい、無茶ばっかりね。士郎も志貴も…。本当に似た者どうしじゃないの?
ったく…。セイバー、いいわね。なんとか3人でアレを止めるわよ!
志貴もちゃっちゃと終わらせてよね?そんなには待てないわよ…」

「本当に士郎も志貴も無茶すぎます…。」


「志貴さん…、それに凛、セイバー、…ありがとう」


「別に良いわよ。あっちの志貴がいなくなったら後で桜に何を言われるか…。
あの子怒ったら怖そうだしね…」

「私は貴方の剣となり、盾になると誓った…。
ならばその約束を守るだけです」


「可能性があるなら、助けるだけだ。俺もそうだから…」


セイバーが正眼に構える、
凛は宝石を手に、俺達の背後に回った。

俺は桜を少しはなれたところへ寝かせた。

それで準備は終わった。

もう、やる事は分っている。

後ろにいる呪い―――この世全ての悪――――

それを無に還し、遠野さんを助ける!

それで全てが終わる――――――!!



「準備は良いみたいだね?もう我慢できそうに無いんだ…。
士郎、遠坂さん、セイバー…君達の事は短い付き合いだったけど…とても好きだよ。
あの日常が僕の幸福の殆どだから…。
そして、桜…。愛していた…、君が無事にと…祈って止まなかったけど…もう…。
でも、寂しくは無いよ…皆一緒に送るのだから。
どうせいずれは滅びる身なれば…僕もいずれ君の元へいけるだろう…」


遠野さんは、あの日の、
俺の心臓を串刺しにした英雄の構えと全く違わず…


「さぁ、殺し合おうか…」

「ああ、殺し合おう…」


俺達と、青と赤の殺人貴が凶器を交えていた――――――


















蒼い残像を、紅い双眼は追っている。

「―――――投影、装填」

俺は、遠野さんの足を狙って

「全工程投影完了――――――全投影連続投層射――――!!」


8つの投影した剣を打ち込む。


遠野さんの足に吸い込まれるように、
矢は放たれる―――!!



「ハッ!」

が、巧みに魔槍で弾かれ、消えた。

くっ!能力もそのままの赤い目の殺人貴。

彼は完全にあの槍を使ってみせる。


「行かせないって言ったろう!殺人貴っ!!」


「!!」


その隙を突いて、一気に走り込もうとした志貴さんに
鋭い一閃で牽制する。

なんとか短刀で流してやり過ごす志貴さん――――

その目は苛だたげに前方の影を睨む!

「ったく!!助けてやろうってのに、困った奴だな!」

その独特の足運びで、次々と繰り出される必殺の突きを避け、
後ろに下がる。


「はぁははは、まったくだ!なんで僕は助けてくれる君を殺さなきゃいけないんだろうなぁ?
アハハハハハハハ!!愉快だねぇ、でも君とこうやって殺しあうのは心地がいいなぁ。
あの時は一方的だったけど、今ならこうやって愉しむ余裕がある…。
っと!」

ガギッ!

槍の腹で、横からのセイバーの一撃を弾き返す!

「そらぁ!!!」

セイバーは二撃目を放とうと構えたところで、
遠野さんの蹴りを食らって後方へ吹く飛ばされる

「っつ!!!」


「はぁはぁははは!!セイバー今のは良かったよ。
でも、やっぱり本気は出せないようだね…。まぁ、聖杯無しのの君では
これが精一杯だろうけどねぇ!!」


槍を払って、起き上がって踏み込もうとするセイバーを斬りつけようとする。

セイバーは、剣でそれを受け止め、弾くと同時に離れる。


「くそっ!これじゃ埒があかない!志貴さん、ここは俺が隙を作るから、
強行突破で…!」


「まだ無理だ!俺が離れたらお前達一瞬で死ぬぞ!」

志貴さんは前方の赤眼を確認し、駆け出した。

くっ!
俺に力があれば!!

セイバーは、凛の魔力だけが全て。
俺も同じくそうだ。

対して、遠野さんは今や聖杯と繋がっている。
引き出せるものの差があり過ぎた。

そこで、志貴さんがいなくなったら、それこそ一撃だろう。

しかし、後ろの繭を浄化できるのもまた志貴さんのみ―――――


となれば俺達だけで遠野さんを止められなければ、
体力に限界があるこちらの負けだ。



「ははははは!殺人貴、君の動きは面白いなぁ。
この英雄の力を持っても倒せないとは…。
じゃあ、この一撃はどうだろうか?」


発せられる殺気は――――――
あの夜見た、一撃の構えと共に放たれる、
一面を死に塗り替える、一撃必殺の閃光―――――


「ゲイ…」


「させないわよっ!!」


突風が、切り刻む為の刃が―――構えを解かない遠野さんに当たって

霧散する。


「ボルグッ!!」


突き出された――――紅い貫くそれは
志貴さんの心臓へと収束していく!!


「はぁぁぁ!くっ!!!」

ギィィィン!!


だが、その収束は、短刀によって弾かれた。


「くっ!なんて一撃放ってくるんだ!」

「へぇ、流石は死に直結しているね。その運命を読んで干渉するなんて…。
君のその『殺す』という能力…実際に目にするのは初めてだが…なるほどどうして。
これならば、確かに私を殺すには充分だな…」


まずい!
志貴さんはさっきので体勢を崩してしまった!

そこに、追いかけるように遠野さんが―――


「遠野さん止めるんだ!」

手に干将莫耶を握り、駆け込む!


それを見透かしていたかのように

「僕に勝てるなんて思ってないだろ、士郎?
早死にすることなんてないだろうに…、君は最後だよ」


ブワァ…

目が開けられない!

突風に体をさらわれてしまう。

気持ち悪い浮遊感―――それは1秒にも満たなかっただろうが
背中から強か体を打ちつけ、息が出来ない―――



気力を振り絞って体を起こすと、
軽く10mは飛んでいた。
必死になって、首だけは動かし、

遠野さんは―――――――











「殺人貴、さぁはやく僕を殺せ。
あの繭はそれからで良いじゃないか。
いつまで続けさせる気だ?
それとも、本当に私を、いや僕を救うというのか?
無理だ!早く、じゃ無きゃ僕は…ああああああああああああああ!!!!」



「うるさい奴だな。
少し黙ってろってんだ!
俺だって救いたい人がいる。
こんなところで手間取ってなんかいられないんだよっ」


俺の拳が、あいつの頬を掠める。

チッ!すばしっこく成りやがった!


「ははははぁ、
……くっくっく、ようやくこの体も馴染んできたな。
ふむ、まだ少し雑念が残っているようではあるが、
時期に消えるだろう」

そう呟くと、
すっと、あいつは身を引いた。

距離にして7mぐらいか。

まだだ、まだあいつを撒ける距離じゃない…!



「志貴さんっ!」


視界の端に、走る影。
士郎がこちらに向かってくる。










志貴さんと遠野さんが対峙している。

鏡写のような二人。

今は、睨み合いといったところか。


俺が来たのを、一瞥し、遠野さんは溜息をつきながら言う。


「はぁああ、いい加減鬱陶しいな君達は。
さっさと死のうよ。
苛々するんだよ、なんだい一体?」


「なっ、遠野さん?」

遠野さんの態度が明らかに違う。


「遠野さん?ああ、あの雑念のことか…。
アレならとっくに奥にすっこんでるよ。
もっとも今ベースにしているのは彼の性格なんだけどね」


二重人格…?




いや、そうじゃない。

これはあの呪いが具現化したものだ!


「なんなんだよお前!遠野さんから出て行けよ!」



「おいおい、出て行けって、もともと私とこいつ一つなんだよ?
表層上は雑念がでていたが、深層心理は繋がっている。
あいつはいい子ぶっていたけど、私は正直だよ。
君達が鬱陶しくて堪らないんだ。俺も、彼もね…。
知っていたかい?君達が桜のこと何も気づかなかったから、
あいつが少し苛立っていた事に。
本当にそんなので桜は大事な人だなんて言えるのかな?」


「そ、それは…」

「それにね、桜は自分が聖杯だと、初めから知っていたんだよ。
じゃあ、何で言わなかったって?
そんなのは簡単。
君達に心配させたくなかったのさ。
幸せそうな、君とそしてお姉さんの事を思ってね。
ところが君達は、そんな気遣いも知らずに毎日のほほんと過ごしていたわけだ。
いやぁ、責めてる訳じゃぁないんだよ?君だって君の幸せが大切だろうからね」


「そんな事は…知らなかったんだ。俺、桜がそうだったなんて…」

そう、俺は本当に知らなかったんだ。
桜がそんな事になっていたなんて…。



「士郎!そんな奴の言う事に耳を貸さなくて…」


「君はすっこんでろよ、殺人貴。」


ズワァァァァァァァ―――――――!!


志貴さんに黒い霧みたいなモノが覆い被さる。

「なにッ…」

そのまま、倒れて起き上がってこない…。


「志貴さんっ!!」


「安心してくれ、少し眠って貰っただけだよ。
彼がいるとお喋りが出来ないからね。
おっと、セイバー君もだよ…」


セイバーにも霧みたいなものが、纏わりついたかと思うと、
彼女も眠ったように倒れてしまった。

「あんたっ!!」


まずい、アレがなんだか分らないけど、こっちは俺と凛だけになってしまった。
それに、寝てるだけって言葉も信用できない!
はやく、二人を…




「まぁまぁ。遠坂さん、君はなんとなく気づいていたんだろう?
ああ、それとも気づけるのに、考えていなかっただけかな?
毎日が幸せすぎて、桜の事なんかどうでもよくなったのかな?」


凛が、こちらに詰め寄ってくる。
が、顔には怒りは浮かんではいない。


「誰もそんなこと思ってないわよ。
私だってそこまでは解らなかったわ。
あの子が口に出さない悩みは、分らない。
そしてあの子が助けを求めなければ助けられない。
間桐と遠坂は不干渉で通っていたから。
それでも、あの子が助けを求めれば、いつでも助けようと考えていた。
それが全てよ。今はあの子は助けを求めている。だから、助けるのよ」


遠野さんは、愉快そうに肩をゆすっている。
そして、目線は凛へ―――


「そうかそうか、君は魔術師だもんなぁ。生粋の…。
無駄な事はしない主義なんだろうね。
良くわかったよ…」



あいつが身構えるのが分る――
来るのかっ!

そう思い、双剣を構える。

どこまで戦えるかは分らないけど、
その間に、凛に二人を起こしてもらわないと…。





「君達にいくら話しても分らないだろうね。
虐げられて来た者の話をしても…。いつも理不尽な理由で、
いつも何で私だけがと思ってきた。
だから桜の気持ちは痛いほど分るよ。
まだ人間だった頃の話だ…、私もそうだったから…。
士郎…幸せとはね、不幸の上に積み重なる、埃みたいな物なんだよ。
100の不幸で、ようやく幸せが1つ生まれるんだ。
なのに人は幸せを、願いを追って止まない。
だから『聖杯』なんて歪んだ物が出来たんだろうね。
そして、その聖杯に僕は宿った。全ての人の希望として、
皆を幸せにする為の、60億の悪―――。
僕さえ不幸になれば、皆は幸せでいられるんだろう…。
だから――――――その責務果たさせてもらおう!」



遠野さんは、あの紅い双剣を構える。


もうお喋りは終わりのようだ。


「どうしてもやるんですね…」

「ああ、そうだよ。もういい加減君達を見るのも辛い。
そんな希望を持った君達を打ち砕いて、私は私の役目を果たすのみ。
憎しみ、恨み、暗く冷たい感情でこの世を全て塗り替えよう。
誰も救われないから…全てが平等である世界を…」

背後に、無数の宝具が展開知るのが見える。

あれはあの英雄王のものだろう…。


「士郎っ!あれって…!!」


「ああ、だがやるしかない…!」




一斉に飛び掛る、恐ろしいほどの凶器。

その奥に、双剣を持って駆け寄る、真紅の双眼が見えた―――――――
























「わ、私は…」

言い淀んで、この先の言葉が出てこない。

見渡した一面、焼け野原…。

焼ける匂い…、乾いた風が運ぶ、ここいら中に広がる死の―――

ふと振り返ると――――――

私の後ろには――幾重にも折り重なりあった、死体、死体、死体。

手には剣や弓を掴んだまま、


―――――そう、戦争があったのか。


もうだいぶ見慣れていたそれは、今は遠い物と感じていたのか…


動揺している自分がわかる。

戦争で人が死ぬのは当たり前だ。

1の犠牲で100を救う。

それが戦争。

言うなれば生贄なのだ。

最悪、50の犠牲で、51しか救えなくとも、それが勝利なのだ。




――――――

風の音に紛れて、なにやら聞こえてくる。

子供の泣き声?

かすかに聞こえるそれを頼りに、足を進めた先には、

きっと父親なのだろう――娘が亡骸にしがみ付いて泣いている。

あの男――我が軍の者か。

男の亡骸には、紅い竜の紋章が手に巻かれていた。


「娘よ。泣き止みなさい。お前の父は立派にその責務を果たした。
私、アーサー・ペンドラゴンの名において、天に召されんことを―――」

もう幾度となく、こなして来た追悼の式。

自分の兵が死ぬことにも、もう心は麻痺していた。

それが戦争だと信じて。

だが―――――

私が優秀であれば、いや私以外にもっとふさわしい者があの剣を抜いていれば―――

そう思わなかった事は、ない。

幾度となくそれは、心を締め付ける。

戦いで疲弊した時、軍での死傷者がでた時、罪も無い農家に火が放たれたとき、

そして、軍を勝たせるために、村を干上がらせた時――――


その心の歪みは大きくなっていったではないか―――

そして、この目。

この子が、私を見る目がどれほど、この心を締め付けていくことか。

その瞳は『なんで私の父は死んだのか?』と訴えているように見える。

なんで?

何で死んだのか?

それは戦争があったからだ。

それはこの男が戦ったからだ。

それは私が指揮した戦いだったから――――

「貴方が父を殺したのですね?」

少女は、私を指差している。

「私は…」

返す言葉が出てこない。
それは戦争だったから、と。

しかし、少女の言いたいことはそうではないだろう。
なぜ、戦争で父が死んだかということだ。
それは戦の技量が足りなかったのかもしれない。
運が無かったのかもしれない。

だが、それでも戦えと、進めと言ったのは私だ。

ならば殺したのは私なのか?

「そうだ、お前は俺の村を、俺の家族を殺した…」

顔をあげると、そこには沢山の人が…。

皆が私を指差し、憎悪に満ちた顔で罵る。

「あんたのせいで息子は死んだ。あんな戦争をするから…」

「お母さんを帰せっ」

「私の夫を帰して」

「お前なんかが王になるからだっ!」

「私の娘は、夫は、火あぶりになって…」


延々と続く責め。
だがどれも言い返せない。

私は納得した上で、この戦争を続けている。
1の犠牲で、100のを救う。

だが、実際は1の犠牲が必ず出る。

全てを救うことは出来ない。

分っていた。

だから、この者達が言うように、私が殺したのだ。

『犠牲』になると分った上で。


耐えられなかった。

やり直したかった。

私ではない、もっと優秀な者が王になれば。

だから願った聖杯に。

ああ、まだまだ責めの言葉はなくならない。

あの戦争で大切な者を失った者たちの、罵りがこの身を焼いていく。

意識が沈む。

感情は焼ききれんばかりに張り詰めている。

しかし、涙は見せられない。

それは死者を、この戦いに志を向けてくれた者への冒涜になる。

だからじっと耐える。

この心が砕けて、なにも感じなくなるその時まで――――――









―――――――イバー

セ――――イバー


なんだろうか。

懐かしい声がした。

罵りや、野次、責めの言葉ではない何か―――


――――――――ちょっとセイバー!!

―――――――――しっかりしなさい!!

ったく、セイバー!!
士郎がまずいのよっ!!

起きて、起きなさいってば!!

御飯抜くわよ―――――――――――――――――!!!!














「はっ!凛、それは非常に困ります」


と、身を起こすと、見覚えがある顔が目の前にある。

私の今のマスター、遠坂凛―――。


「はぁ、あんた御飯に反応するなんて、ちょっと悲しいかも…」

「凛、私は別に…。それよりも私は一体…?
それに何故凛がここに?確かあれは最後の戦場で…」

「セイバー、夢を見ていたのよ。それも悪夢をね。
貴方があの黒い霧に包まれて…」

「ああ、そうでしたね…!
それでは士郎は…?」


「今戦ってる、志貴も起こさなきゃいけないし、セイバー、士郎の援護頼むわね!!」


そう言って、凛は志貴の倒れている方へ駆け出した。
その途中振り返って、

「セイバー!貴方は精一杯やったんでしょ?でも後悔が拭えない。
だから士郎の生き様これからも見るって決めたんでしょ?
しっかり守ってやってよね、生き様見れなくなっちゃうわよっ!」

ああ、そうだ。

私は後悔して、そして聖杯を求めた。

だが、その聖杯もそれを叶える物ではなかったんだ。

それでも、今回の聖杯戦争は無駄ではなかった。

衛宮士郎に出会えたのだから。

彼には、まだまだ教わらなくてはならないことが沢山ある。

私にとっても、凛にとってもかけがえの無い人。

「士郎!援護します!」

少しだけ軽くなった気持ちで、士郎に駆け寄った。

今はまず、この戦いを終わらせなければ。
まだまだ、花見とやらにも行っていないのだから――――――



後編へ 続く


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