三枝さん昼食事情 M:三枝 傾:ほのぼの H:なし


メッセージ一覧

1: 和泉麻十 (2004/04/01 09:12:02)[izumiasato]

注:凛グッドエンド後とお考え下さい

2: 和泉麻十 (2004/04/01 09:12:48)[izumiasato]

「お、由紀っちー!こっちこっち!こっちからならよく見えるぞ!」
「蒔の字、呼ぶよりも救出に向かった方が良いのでは?」
「あーもー、由紀っちー!あんたも陸上部の一員なら根性で来ーい!」
「無理を言うな・・・、蒔。」
「はうーーー。」

私の名前は三枝由紀香、穂群原学園の二年・・・、じゃなくて今日から三年生。
今日は始業式で、ここは校門から入ってすぐにある掲示板。
始業式でみんなが気になることといえばクラスわけ発表が一番だと思う。
だから掲示板の前は群がる生徒のみんなでとても活気に満ちている。
正直とても嬉しい、というのもほんの二ヶ月目、この学校で生徒職員が集団で倒れるという事件があった。
ほとんどの生徒はすぐに学校に復帰したけど、一部の生徒は入院したり通院してたりする。
私も、あれ以来半月ほど昏睡状態にあって、結局学校に通えるようになったのは今日が最初。
だからなんだかみんなが元気そうなのを見るとほっとする。

ああ、でも、ぜんぜん掲示板に近づけないどころか逆に遠くなっていくような・・・。

「こら由紀っち、それでも陸上部の一員かアンタ?」
「由紀香はマネージャーだと思うのだが・・・。」
「あ、蒔ちゃん、鐘ちゃん。」
「うるさい、それよりも早く行くよ!」

そう言ってぐいぐい私の手を引っ張る蒔ちゃん。
あ、蒔ちゃんて言うのは私の友達の蒔寺楓ちゃん、陸上部のエースで、走るのだったら誰にも負けない。

「まったく、マキジはそのいいかげんな性格を何とかしたほうが良いぞ。」

そう言って呆れるのは氷室鐘ちゃん、彼女も陸上部のエース、と言っても蒔ちゃんと違って高く飛ぶほうのエース。
それで私は陸上部のマネージャー。
なんだか陸上部で知り合ったみたいな三人だけど、実は逆。
知り合ったのは一年のときで、蒔ちゃんに陸上部に誘われて今に至ってる。
私も鐘ちゃんも本当は他の部活がしたかったけど、なんだか色々引っ張りまわされてるうちにこうなってしまった。
でも最近はこれでもいいかなって思ってる。

「はいはい通して!見たら早くどく!」

ぐいぐいと人並みを押しのけて進む蒔ちゃん。
あー、何かすごいなーと思ってるうちに掲示板の前についてしまった。

   ――あ、突然緊張してきちゃった。

クラスわけは嫌いじゃない、新しいクラスになるのはとてもわくわくするんだけど・・・。


「ん、俺はB組か、一成も相変わらず同じだな。」
「うむ、これから一年変わらず頼むぞ衛宮、これも御仏のお導きと言うものであろう。」
「ふうん、ということは僕が他のクラスになったのも御仏のお導きってヤツ?」
「まあそうだな、間桐が別のクラスになったのには御仏の何か思惑があるのだろう。」
「ふん、じゃああれも御仏の思惑?」
「ん、あれ?」
「な!何ゆえあの女狐が同じクラスなのだ!
ええいこれは陰謀だ!策略だ!あの女狐一体何を企んでいる!」
「一成、御仏の導きはどこ行ったんだよ・・・。」


そんな男の子達の話が聞こえてくる。
そう、新しいクラスは良いけど、仲の良いい人と別れるのは嫌だし、嫌な人と一緒になったりなんかしたらどうしよう・・・。

   ――いやだなぁ、なんだか見たくないなぁ。

「ふむ、A組だな、マキジ、そっちは?」
「あたしはD組だ、うわ、本気でばらけちゃうかもこれ。」

   ――ええ!そ、そんなのいや。

急いでA組とD組に私の名前を探す。
でも結局名前は見つからなかった。

「三枝、あったぞ、B組だ。」
「え・・・。」
「あっちゃー、完全にばらけちゃったか。
まあ、でも落ち込むな由紀っち、あたし達はどうせ部活で会うんだから。」

  ――それはそうなんだけど。

これから楽しいはずの三年生、なんだかすごく不安になってくる。

「三枝、そう悲観する事もないようだぞ。」

にっとカネちゃんが笑って掲示板を指差した。

「え?」

指差したのはB組の名簿で、私の名前の5,6人後。
そこに書いてあったのは・・・、






『遠坂凛』










<三枝さん昼食事情>











昼の時間が延びて、夜が削られていく。
延びる昼が伝えるのは春の終わり。
湿った風は雨の近さを告げ、その向こうに控える夏の到来を予感させる。





あの始業式から一ヶ月がたった。
なんだか時間の進み方が困るくらい早い。
もう夏が近いのか、部活が終わってもまだ照らしている夕焼けの中、私たち三人はいつものように並んで帰り道を歩いている。

「で、由紀っち。どう?クラスのほうは。」

いつものように何てことないおしゃべりしていると、蒔ちゃんがそんな事を聞いてきた。
うん、クラスのみんなに慣れた訳じゃないけど、何人か話せる人ができた。

そう伝えると、

「まあ、蒔の字と違って、三枝は嫌うのが難しい性質だからな。」

安心したように、鐘ちゃんはそう呟いた。

   ――ああ、心配させちゃってたのかな?

心の中で鐘ちゃんに謝る。
ごめんなさい、ちょっと言いにくかったの。

「あのな、由紀っち、あたしが聞いてんのはそういうことじゃない。」

でもなんだか不満そうな蒔ちゃん。

「え?」
「ああ、三枝、蒔の字は『あの事』を聞きたいそうだ」
「『あの事』って何?蒔ちゃん。」
「だーから、遠坂のことだ、由紀っちせっかく同じクラスになれたんだろ?
そろそろ昼飯くらい誘えたんじゃないのか?」

憤懣やるかたなし、といった感じで吼える蒔ちゃん。

   ――はう。

遠坂凛さん、学園きっての優等生。
頭脳明晰、眉目秀麗、運動神経抜群。
鐘ちゃんいわく、『完璧を絵に描いたような人間』。
私はそんな遠坂さんに憧れてたりする。
その、なんていうか、なんだか遠坂さんはとってもかっこいい。
いつも颯爽としてて、どんな事でもなんでもないようにこなしてしまう。
だからそんな人とお昼ご飯でも食べれたないいな、なんて感じでよく昼休みに誘ってみたりしている。
優等生なのに、それを鼻にかけたりしなくて、私なんかのお昼ご飯の誘いもちゃんと邪険にせずに聞いてくれる。

   ――聞いてくれるだけだけど。

それでもなんだろう、こっちの思い込みでなければ、嫌われては・・・、いないと思う、うん。

「全く、三枝のたっての願いを断れるとはたいした輩だな遠坂嬢も。」
「同感、そんな事ができるのはよっぽど薄情なヤツか鈍感なヤツかどっちかだな。」

   ――む、そんな事はないと思う。

遠坂さんは薄情ではないと思う、鈍感かどうかは知らないけど。

「遠坂さんは薄情なんかじゃないと思うけど・・・。」
「ああ、由紀っちはあいつの本性を知らないからな、怖いぞーアイツは、少しでも機嫌損ねたらコンクリ詰で東京湾直行って感じだな。」

くしし、となんとも嬉しそうに笑う蒔ちゃん。
そんな人じゃないと思うんだけどなぁ。

「蒔の字、御前にならありえるが、三枝にそこまでするほどの外道ではないだろう。」
「カネ、そりゃどーゆー意味だ一体。」

そういうと蒔ちゃんがじろりとカネちゃんを睨んでしまう。
鐘ちゃんは鐘ちゃんでどこ吹く風。

   ――わわ、ど、どうしよう。

「あ、あの、けんかは・・・。」

「由紀っち、あたしたちゃ別にけんかしてるわけじゃないっつーの。」
「ああそうだ、これは一種の親愛を表す儀式のようなものだ。」
「そーそー、すきんしっぷってヤツだな。」
「時に蒔の字、スキンシップとは肌と肌で触れ合う事だそうだが、試しにやってみるか?」
「冗談、汗臭いのに触れ合うくらいならタイガーに暴れられるほうがまだましだね。」
「あらかた同感だが、藤村教諭のくだりは同意できんな、あの傍若無人さ加減は体験したものにしか解からない。」

   ――あ、なんとなくわかるなそれ。

「あ、由紀っちタイガーのクラスなんだろ?どんな感じなんだ?」
「え?え…と。」

あんまり上手く言えない、なんだかとっても雰囲気の良い先生だとは思うんだけど、突然HRで

『あたしをタイガーと呼ぶなー。』

とか

『宿題、四葉のクローバーを一人一つ見つけてくる事。』

とか、そういったことは一体どう伝えれば良いんだろう…。

「うーーーーーん。」
「ああ、由紀っち、あたしが悪かった、だからそんなに悩むな。」
「全くだ、蒔の字、純朴な三枝を困らせるような事を言うものじゃない。」
「うるさい、ところで由紀っち、クラスで知り合い出来たとか言うけど、どんなヤツだ?」
「あ…、えと…。」

クラスでもよく話すような知り合いが出来た事は出来たけど、それはちょっと蒔ちゃんたちにいい辛い。

「ははぁ、さては男が出来たか。」
「ち!ちがうよ蒔ちゃん!衛宮くんはただの知り合いで…。」
「ほう、衛宮というのかその男は。」
「は、はう…。」

ほんの2週間くらい前、私は財布をなくして困り果てていた。
クラブ帰りで教室には誰も居なくて、私一人で探していた時の事。

『どうしたんだ?』

と聞いてきた男の子が居た。
それが衛宮士郎くん。

『その、財布をなくしたんです。』
『そっか。』

それだけ言うと、衛宮くんは教室中を捜し始めた。
何処でなくしたのか、とも、どんな財布か、とも聞かないで。

なんだかそれを止めるのがいけない事の様で、夜になるまで探しつづけた。
結局私の鞄の中から出てきて、もう泣きたくなるくらい申し訳なかった私に、

『ん、よかったな。』

とぶっきらぼうに、なんでもない事のように呟いた。

『もう遅いから、送ってく。』

それがきっかけで、毎日ほんの少し話す程度だけど、知り合いになった。
あと、衛宮くんの友達の柳洞さんとも話すようになっている。
生徒会長さんと知り合いになれるなんて考えても見なかったけど、男の子と知り合いになる事自体が始めてなので、なんだか嬉しい、けど…。

「なんだなんだ?もう男が出来たから遠坂なんかいらないってか?」
「うー―――――ん。」

その、知り合いになれたのはとても嬉しい、衛宮くんも柳洞さんもとってもいい人なんだけど…。

「衛宮くんと遠坂さん、なんだか仲悪いみたい…。」

柳洞さんと遠坂さんはよくけんかみたいな事するけど、なんというかそれは蒔ちゃんと鐘ちゃんのけんかみたいで「仲が悪い」というわけではないと思う。
でも衛宮くんと遠坂さんは少し違う。
なんだかお互いに無視しあっているみたい。
目も合わさないし言葉も交わさない、挨拶したってすごく機械的で、いつもの二人らしくない。

「ふーーん、カネ、えみやって知ってるか?」
「衛宮か?ああ知っている。
 なんでも棒高跳びの世界ではかなり有名なのだそうだ。」
「へぇ、選手かなんか?」
「いや、衛宮の出身中学でなにかあったらしい、詳しいことは知らないが、まあ、噂の類だな。」
「うわさかぁ、なんかそう言うところ遠坂そっくりだな。」

学校から商店街へと続く交差点に差し掛かる。
いつも部活帰りにそこによるのが楽しみ、太るけど…。

「時に、蒔に三枝、またぞろ学校で遠坂遠坂の妙なうわさが流れているのを知っているか?」

鐘ちゃんが思い出したようにそう言う。
遠坂さんには噂や伝説が多い。
多分遠坂さんが有名だから、そういった対象になるのだろう。

「あ?また根も葉もない噂なんじゃないの?
 遠坂がビルから飛び降りたとか遠坂が銃撃ちまくってたとか分けわからんのばっかじゃん。」
「まあ、聞け、これが傑作でな、なんでも…、


 遠坂が男と同棲しているらしい。」


「え!」
「はぁ?」

え?同棲って男の人と女の人が一緒に暮らすって事だから…えと…、遠坂さんは美人だし、付き合っている人が居ても言いと思うけど、でも、同棲って、ええ?

「ぷははははは!ありえねー!誰だそんなしょーもない噂流したやつ!
 まだ男飼ってるって言った方がまだましだ。」
「マキジ、男を飼うのも同棲の一つではあると思うが。」
「そっかそっか!じゃああの遠坂のヤツとうとう女王様ってか!」

にしし、と蒔ちゃんは笑うけど、私はなんの事だがさっぱり解からない。

「あー、いい、三枝は分からないほうが良い。」
「そ、そうなのかな?」
「まあ、そういうものだ、なぁ、蒔。」
「…。」
「蒔の字?どうした烏が豆鉄砲食らったような顔をして。」
「鳩だろそりゃ、いや、ちょっと。」
「どうしたの蒔ちゃん。」
「ん、あそこにだな、遠坂が居たような気がしたんだ。」
「ほう、噂をすれば影という奴か?」
「いや、見間違いだろ、男と買い物袋ぶら下げてるような奴が遠坂なわけない。」
「なんだ、いやにはっきり断定するな。」
「当たり前だ、遠坂の事はよく知ってる、アイツが男を好きになるような事は断じてないね。」
「遠坂さんだって人を好きになると思うけど…。」
「無理無理、あったとしても、男と並んで買い物袋下げてるようなたまじゃないって、それに遠坂の家とは逆の方に曲がったからあたしの見間違いだ。」
「妙に否定するのだな…、まあいいが、で、これからどうする?」
「どうって、決まってんじゃん、江戸前屋直行、因みに私のおごり。」
「ほう、明日は雹だな、してその心は。」
「由紀っちに男が出来たお祝い。」
「ええ蒔ちゃん!衛宮くんはただの…。」
「分かっている三枝、単にからかって楽しんでいるだけだ。」
「えーーー、あたしは色恋に発展すると思うほうにフルールのフルーツスペシャル一つ。」
「そうか、なら私は江戸前屋の白玉団子で。」

蒔ちゃんと鐘ちゃんはいつもこうやって何でも賭けの対象にしてしまう。
でも、その、私のことを賭けにするのはいいかげん止めにして欲しい。

「いよっし、そうと決まれば善は急げ、まずは前祝!」
「もう勝った気でいるのか蒔の字は、気が早いな、それで何度泣きを見た?」
「それは言わないお約束、さ、主役、早く来る、もたもたすると店がしまるよ!」

   ――あ…。

ぐいぐいと私の手を引っ張っていく蒔ちゃん。

「まったく、せっかちなやつだ。」

ちょっとあきれたような鐘ちゃん。

いつもの夕暮れの風景、クラスが変わっても、私たちが変る事はないし、多分変わってもいないんだろうけど、


『遠坂が男と歩いてた。』


それがなんだか、妙に気になった。

3: 和泉麻十 (2004/04/04 10:08:42)[izumiasato]

Interlude

「ええい、これは一体どうした事か!」

生徒会室の無いに等しい内装の中、生徒会長である柳洞一成が吼えていた、
無理も無い、彼は放課後ここで落ち合うはずの友人をずっと待っていたのだ。

「何故だ!何故衛宮は姿を見せん!」

もう日は落ちてわずかに闇が白やんでいる。
己の存在に恥じた真赤な夕日が顔を隠すまで彼はそこで待ち人を待っていた。

「やはりか…、この1ヶ月様子が妙だと思うておったがこうなっては疑う余地も無い。」

禅寺の息子とはとても思えないほど彼は激情している。
その感情は彼の親友である衛宮士郎が最近付き合いが悪くなったことに起因する。

「いや、付き合いが悪いのは今に始まったことではない。」

そう、衛宮士郎という人間は基本的に付き合いの良いほうではなく、むしろ悪いほうに属する。
ただ礼を逸するような人間ではない。
付き合えないなら付き合えない旨きっちり伝えなくて良いときまで伝えるなんとも律儀な奴である。

「だというのに…。」

ここ2、3週間衛宮士郎は柳洞一成の誘いや約束をほとんど断りつづけている。
いや、断ったならまだ良い、衛宮士郎が自主的に「断った」のではなく、結果的に「断った」事になってしまった事例がここ最近数多く証言されている。
有り体に言えば約束場所に来ないことが多すぎる。
それだけではすまない、いつもなら昼食に来る生徒会室に全く足を運ばなくなったのだ。
問い詰めればお茶を濁すのみで逃げるように去っていく。
まるで誰かに脅迫されているように。

「最早疑う余地も無い…、あの女狐め!衛宮に何をした?」

彼の脳裏に重要参考人…、いや、被告人の顔が脳裏に浮かぶ。
遠坂凛。
この学校一の優等生であり、学内のアイドル。
成績優秀、眉目秀麗、運動神経抜群、人当たりも良いとくればそうなるのも必然。
だが彼はそれが擬態である事を看破していた。
成績と秀麗と運動神経に関しては十万八千歩譲って認めてやっても良い。
「人当たり」に関しては例え達磨太子の言葉であっても頷くわけにはいかない。
証拠は無いが確信がある、なんだったら証言者を連れてきても良いと彼は考えている。

「終業式でのあの蛮行、普段の行状、すまん衛宮、いくら準備が整っておらなんだとは言え、友人として静観しておくべきではなかった。」

衛宮士郎は遠坂凛に「弱み」を握られている。
それは彼自身認めているので間違いない。

「衛宮の弱みと言うても、清廉潔白な奴故たいした弱みでもないと思うておった。
 不覚、一体どれほど真剣な弱みを握られたのか・・・。」

端正な眉根に皺を寄せて窓の向こうの暗闇を睨む。
その目に浮かぶは修羅の境地。
親と会えば親を殺し、仏と会えば仏を殺す。
禅において悟りに対する覚悟を示すその言葉こそ彼の心境。
正に不惜身命迷いは無し。

「待っているがいい遠坂、必ず衛宮を救い出してやるぞ!」

今の彼の決意を理解できるのはヒロイックファンタジーの主人公ぐらいだろう。
若干救い出すヒロインが男だという違いはあるものの・・・。

interlude out





《翌日》





くるる

「はう・・・。」

おなかの虫が鳴いている。

ぎゃるるる

「う・・・。」

もう一匹鳴いた。

くー

「む・・・。」

つられてもう一匹。
朝練帰りの学園の廊下、私たち三人の空腹の輪唱が廊下にこだました。

「お腹すいたなぁ・・・。」
「ほう、三枝が腹を減らしていると言う事は、また弟君達が一騒動起こしたという事だな?」
「うん、みんな遠足だって言うのに全員寝坊しちゃって。」

私には年の離れた弟が何人もいる。
それ全員今日の学校全体の大きな遠足の日に寝坊してしまった。

「あ、それ、なんか分かる。
 あたしも遠足の前の日は眠れなかったからなー。」

なんてしみじみと言う蒔ちゃん。

「ん?それで三枝が朝食を取れなかったという事は、三枝も寝坊したという事だな。」

なんてニヤリと笑う鐘ちゃん。

   ――うう、それは言わないで欲しいな・・・。

「そ、そんな事言ったら鐘ちゃんだって・・・。」
「うむ、朝練後は空腹になるというのはいつもの事だがここまで極端になるのは初めてだな。」
「珍しく同感、朝寝坊したからなーんにも食べてなくてさぁ、お陰でタイムが伸びないのなんのって。」
「全くだ、朝一食抜いてみただけで20センチも記録が落ちるとは思わなかったぞ。」
「なんだぁ?わざと朝食べなかったのかよ、遠坂じゃあるまいし。」
「ああ、朝食を食べなければどうなるか実験してみたのだが予想外にきついな。」
「ばーか、あれは帰宅部のぐーたらヤロウだからできる芸当だろ?」


「誰がぐーたらヤロウですか?蒔寺さん?」


「げ!」
「あ・・・。」
「え!」

――遠坂さん。

ふりむいたらとおさかさんがいる。

なんだかすごくきれいなえがおで。

「はう・・・。」

朝から遠坂さんに声をかけられてあたまがぼぅっとしている。
いや、声をかけられたのは私じゃないけど…、それでも私たちに声をかけたのは確かだし…。
それに遠坂さんの顔は何時にも増して綺麗。
本当になんだかバラの花を連想させるような笑顔でこっちを見ていた。

「どうしました蒔寺さん、『げ』などどアフリカベルツノガエルがハイヒールで踏み潰されたような声を上げてしまわれるなんて。」
「どんな声だ、そりゃ、そっちこそ朝っぱらからそんなキンキン声で高飛車に話し掛けてんじゃねーよ。」
「蒔の字、センスが無いぞ、そこは『極楽鳥が求愛行動を取るような声』くらい言うところだろう。」
「まあ、氷室さん、蒔寺さんと違ってよい表現能力をお持ちのようですね。」

   ――何がどう違うんだろう…。

「うわ、朝から本気モード入っちゃってるよコイツ。
 あたしは朝からアンタににらまれるほど悪い事をした覚えは無いっつーの。」

   ――遠坂さん、睨んでるの…かな?すごくきれいなえがおだと思うんだけど…。

「いけませんね、自分のしたことを忘れるようでは。
 何でしたら私がこれからじっくり思い出させて差し上げましょうか?」
「男割。」

   ――おとこわり?

「それはおことわりを捩ってみましたと言わんばかりではあるがまさかそうではあるまいな。」
「なんだよー、そんな顔でこっち見んなよー、センスがないっつったからあたしなりにだなぁ…。」
「いえ、近年まれに見るセンスをお持ちだと思いますよ蒔寺さん。
 ええもうおもわず絶句してしまうほどすばらしいセンスだと感じています。」
「そ…、そうなの?」
「三枝気付け、今のは皮肉だ。」
「うるさい、んなことはどうでもいい、それよりも遠坂、アンタがこんな遅い時間にカバン持って廊下歩いてるなんて珍しいが、どういった風の吹き回しだよ。」
「大したことではありません、ただ五月のうららかな風を感じながら登校しておりましたら少し遅れたというだけの事です。」

   ――やっぱりすごいな遠坂さん、そんな風流な人だったんだ…。

「よくもまあそんな歯の浮くような台詞が恥ずかしげもなく出てくるよなアンタは。」
「いえいえ、『お断り』を『男割』と仰る様な方には適いません。」
「うっさいっつーの、大体アンタ最近付き合い悪いんだよ、春休み中もあんたの家に電話かけてもでないし、ここ一ヶ月週末忙しいだの空いてないだのそんな目の下にくままで作って何やってんだ?」

   ――あ、本当だ、遠坂さんの目の下にくまができている。
      あれ?それに…。

「遠坂さん、首に怪我したんですか?」

遠坂さんの首筋に二つ大きな伴創膏が張ってある。

「ほんとだ、何やったんだよ遠坂、んなとこ怪我するなんてめったにないぞ。」
「…。」

   ――あ、あれ?

今遠坂さんがすっごく奇妙な顔をして…、戻った。

「いえ、大したことはありませんよ、蒔寺さん、三枝さん、氷室さん。


 先日我が家で動物を二匹飼う事になりまして…。」


「どうぶつ?犬か何かですか?」
「犬…、そうですね、そのようなものです。


 その一匹がこともあろうに昨日の晩一晩中騒いだかと思えば私に噛み付いたものですから折檻していて遅くなったのです。」


「ほう、遠坂嬢が犬を…。」
「あたしは飼われる犬に同情するね…。」
「あ…、あの!犬はどの品種なんですか?」
「そうですね、一匹は金色の毛並みの小さくい子犬、という感じです。
 ちょっと食い意地が張っているんですが、なかなか可愛いですよ。」

   ――ゴールデンレトリバーの子犬かな?

「もう一匹は赤毛で大きさは中ぐらいでしょうか。
 見ていて心配になるほど無鉄砲で、それでいて人懐っこくて大変に可愛らしいのですが、少々おいたが過ぎるようでして…。」

   ――柴犬…だろうか?

「因みに私にこんな傷を負わせたのは赤毛のほうです。
 一晩寝かしてくれなかった挙句このありさまですから、それはもうおしおきはきっちりと…。」

うふふ、と、花が咲いたように笑う遠坂さん。

「怖え…、その犬一生トラウマだぜきっと…。」
「なるほど、その所為で寝不足かつその犬の世話で付き合いが悪いと…。」
「ええ、申し訳ありません、何分慣れないものですからストレスが溜まっているようで、見苦しいところをお見せしました事をお詫びいたします、三枝さん、氷室さん。」

   ――え?って!とおさかさんわたしにあやまってる!

「え!いえ!そんな!」
「おいおい、あたしには何にもなしかよ。」
「蒔寺さん、誤解なさらないで下さい、私は何も虐待しているわけではありません。
 ただ飼い主として当然の義務を果たしているに過ぎません。
 ですからしばらく蒔寺さんのお相手はできないと思います、落ち着いたころにまたお誘いください。」
「まあ、犬は育て方を間違えると権勢症候群に陥るからな、遠坂嬢ならまずありえないと思うが…。」
「そうですよね、遠坂さんならきっと上手く育てられますよ。」
「ありがとうございます、三枝さん。」

   ――とおさかさんにおれいをいわれた。

きっと今日はすごく良いひだ、うん。

「奴隷って言葉がしっくり来るのはあたしだけだろうか…。」
「何か仰りましたか蒔寺さん?」
「う…、そんな怖い目すんじゃないよ。」
「別に私はいつもの目をしているだけですが…、怖いと感じるのは蒔寺さんに何かやましい事があるからではないでしょうか?」
「ああったく、わかったっつの、理由はわかったよ、あたしは気にしてないから落ち着いたら付き合えよ、あそこの古物屋品揃え変わったんだから、アンタがいると安く上がって助かる。」
「蒔の字、友人を利用するのは良くない事だと思うぞ。」
「え?利用しあうのが友人ってもんだろ?」
「違うと思う…。」
「蒔の友人に対する考え方がわかるな…。」

呆れる私と鐘ちゃん、いつものことだけど・・・。

「わかっていただけたようですね、ではHRも始まりますので失礼いたします。」

と、最後にいつもの笑顔を浮かべた後、綺麗なツインテールの髪を翻して教室に向かう遠坂さん。
背筋もぴんとしていて颯爽としている。
やっぱりすごくかっこいい。

「おお行け行け、全く、アンタなんかに飼われる犬がかわいそうってもんよ。」
「しかし遠坂嬢が犬とはな、あの噂もまんざら外れでもなかったようだ。」
「うわさ?」
「ほら、昨日言っていただろう、遠坂が男と同棲しているの何だの。」
「おお!言ってた言ってた、なるほどな、男じゃなくて犬か、なんだかわかると詰まらねーな。」
「あ!」

   ――そっか、犬だったんだ…。

なんだかほっとした、遠坂さんが恋人と暮らしていても問題ないと思うし、私なんか全然関係ないけど、とにかく少し安心する。

「まあ、人の噂等そのようなものだ、それではまた放課後な。」
「おー、もうすぐ時間だしな、んじゃ由紀っち、がんばって今日こそ遠坂誘えよ!」

ばたばたと駆け出していく二人。

   ――よし!

その二人を見送って今日こそ遠坂さんとお弁当を食べようと気合を入れてみる。
遠坂さんだって犬を飼い始めたばかりで犬の話がしたいはず…、と思う。
いや、私は犬を飼っている訳じゃないし、ちょっと好きでペットショップなんか良く見に行く、


キーンコーンカーン


といったくらいだからあんまり遠坂さんの役に立てるわけじゃないけど、そのへんのちょっとした知識くらいなら持ってるから、それを話のきっかけにしてそれから…。

「三枝さん?」
「え?はいぃ!」

   ――え?衛宮くん?

いつのまにか背後に立たれてしまったみたい。
何だか昨日の今日で顔をあわせづらい、別に衛宮くんが好きというわけでもないけど、昨日の事でついつい意識してしまう。

「お、おはようございます。」
「うん、おはよう、チャイム鳴ってるよ。」

いつものようにぶっきらぼうに、いや、いつも以上にぶすっとして挨拶する衛宮くん。
それを言うなりさっさと席に向かって歩き出してしまった。

   ――あれ?衛宮くんも犬を飼ったのかな?

さっきの遠坂さんみたいに目の下にくまを作っていて、さっきの遠坂さんとは違うけど、何だか機嫌が悪そう。

それに何より。


衛宮くんの左ほほが、真っ赤にはれていた。


interlude

「衛宮、少しいいか?」

4限後、昼休みという学生にとって至福の時の始まりを告げる鐘が柳洞一成にとっての戦いの鏑矢であった。

「あ、一成、すまないけど俺昼少し用があって…。」
「時間はとらせん、質問に答えてくれれば良い。」

真剣な彼の眼差しに何か感じたのか、彼の盟友衛宮士郎は立ち止まって訝しげに彼を見た。

「なんだよ一成、なんか怖いぞ。」
「とみに衛宮、今日は何故遅れたのだ?」
「え!あ、いや、今日のはただの寝坊…だ、うん。」

なんとも歯切れの悪い衛宮の言葉。
どうやら彼の予感は間違いではないようだ。

「ほう、そうか、昼に生徒会室に寄り付かなくなったのも、朝たびたび寝坊するようになったのも、放課後姿を消すようになったのもそういった『ただの』何の変哲もない都合だと言うのだな?」
「な!何言うんだよ一成!お前には関係ないだろ!」

衛宮士郎の言葉に、彼は視線でそれを返す。
目を合わせようとしない友人に、彼はますます不信感を募らせる。

「誤解するな衛宮、衛宮の為す事には衛宮の事情があるのだろう、それに首を突っ込んだり詮索したりという事をする意図は毛頭無い。」
「だったら…。」
「しかしだな衛宮、その事情というものが忌々しきものであるならば話は別だ、衛宮の友人として放って置く訳にはいかぬ。
近頃の衛宮は衛宮らしくない。
衛宮はできぬ事を約束するような男で無し、例え不都合になった時でもきちんとその旨伝えてくるはずだ、それが無いという事は何か悪しき者に絡め取られたと見ても詮無かろう。」
「あ…、すまん。」

悔いるように目を伏せる友人。
だが彼が聞きたいのはそのような事ではない。

「だから誤解するな衛宮、確かに友人として謝罪して欲しいことは確かだ。
 だが今問題なのは衛宮の身に何か良からぬ事が起こっておらぬかどうかだ。

 端的に言おう衛宮、誰かに、いや、遠坂に脅迫などされてはいないか?」

「いや!そ、それはないぞ!断じて!」

ぶんぶんと首を振る衛宮士郎。

「何を言う!終業式の折に弱みを握られている事は聞いておる!
 大したことはないと思うておった我が身の不覚!
 さあ、改めて相談しろ衛宮!白状しろ衛宮!」
「違う!違うんだ一成!」
「ええい見苦しいぞ衛宮!」
「違う一成!これには深いわけが!」
「なら其の訳というのを聞かして貰おう衛宮!」
「えーと…、その…。」
「やはり遠坂か!」
「ばっ!違うっての!俺が最近俺らしくない理由はなぁ!」
「理由は?」
「…。」
「やはり遠坂ではないか!」
「ばっ!ちがっ!そうじゃなくてだなぁ!」
「何が違うというのだ衛宮!よもや誰ぞが病気であった等と言うのではあるまいな!」
「そ!


 そのとうりだ!一成!」


「…。」
「…。」
「衛宮、虚言を申すならもっと真実味を帯びた物の方が…。」
「い、いや、本当だ!」
「そうか、なら一体病に臥せっているのは何処の何方か?」
「どなたってわけでもないんだがな…。」
「ほう、なら畜生の類か?」
「そ!そう!そうだ、家で買っている…。」
「犬か?」
「犬…、うん、あっちは犬だな。」
「あっちは?」
「あ、うん、もう一つは、多分猫だな…。」
「猫か。」
「うん、こっちの都合はお構いなしだし、機嫌悪かったら噛み付いてくるし、気分屋だし、そのくせあまえんぼだし、けどとっても可愛いし…。」
「なるほど、その面倒を見ている…、と。」
「そ…、そう…。」
「…。」
「…。」

柳洞一成は心底苛立っていた。
衛宮士郎は嘘をつくような人物ではない。
ましてや下手な言い訳など以ての外。

「衛宮…。」
「すまん一成!」

その気持ちを察したのか、もうこれ以上ないだろうというくらいの勢いで友人が頭を下げてきた。

「すまん!さんざっぱらいい訳した後になんだけどしばらく俺の事は構わないで置いてくれ!」
「…それはかまわんが、衛宮、本当におまえは脅迫されているとかそういうことはないのだな?」

衛宮士郎が顔を上げて彼を見返す。

「ああ、そういうことはない、今までの事は謝る、すまん。
 ただ、この事に関しては落ち着くまで黙っていてくれないか?」
「…。」

こういう男なのだ。
言えない事はそれこそ口が裂けても言わない。
この男が『手を出すな』と言うのならそれは本当に手を出すべき事ではないのだろう。
それにさっきの口上はほとんど嘘だが全てが嘘と言うわけでもなさそうだ。

『これ以上は無駄か…。』

彼はそう思った。
この友人がいったん口を閉ざしたら何かしらの物証でも持ってこなければ話が進まない。

『口惜しいが、今はここまでだな。』

「承知した、今はそれで納得しよう、衛宮。」
「ありがとう、一成。」
「だが完全に引く気はないぞ、衛宮に何ぞあれば必ず手を出すからそのつもりで居ろ。」
「わかった、気をつける。」

いつものようにはっきりとした返事を返してきた。

「話は終わりだ衛宮、行くところがあるならもう行った方が良いぞ。」
「げ!もうこんな時間か!わりぃ!」
「廊下は走るでないぞ、早足で行け早足で、喝。」

彼ら二人の口論で気まずげに沈む教室の中。
ばたばたと走る友人の背中を、柳洞一成はやれやれと見送っていた。

interlude out

4: 和泉麻十 (2004/04/04 15:56:06)[izumiasato]

「あれ…?遠坂さんどこに行ったんだろう…。」

4限後のチャイムがなると同時に遠坂さんに話し掛けようと思ったのに、遠坂さんの姿はかげもかたちもなかった。

「おかしいな…。」

教室を見回してもそれらしい姿はない。

   ――もう廊下に出たのかな?

そう思って廊下に出てみる。

   ――あ!

いた。
階段のほうに向かって歩いている後姿が見える。

   ――やっぱり遠坂さんは存在感がある。

なにしろ歩いて行く先の人たちが遠坂さんを見るなり道を空けていくくらいなのだから。

「うん。」

すーーーーーー

はーーーーーー

一つ深呼吸。

「よし。」

むん、と気合を入れて遠坂さんを追いかける。
今日こそ話し掛けてお昼ご飯を一緒に食べよう。
あ、でも遠坂さん用事あるのかな、私なんかが誘っても迷惑かも…。

「でも…!」

なんだか今日の遠坂さんは誘える。
誘える気がする。
誘えるのかな…。

「う、ううん、弱気になっちゃ駄目。」

がんばれ私、ともう一度気合を入れて遠坂さんを追いかける。

   ――と、遠坂さん足速いよ…。

ずんずんと歩く遠坂さんを必死に追いかける。

   ――遠坂さんってあんなに大股で歩く人だったっけ?

なんだかいつもの颯爽とした感じより重厚と言うほうが今の遠坂さんにはしっくり来る。

   ――あ、あれ?

下足箱に出たあたりで遠坂さんを見失った。
玄関あたりには誰もいないから外に出て行ったのだろうか。

   ――み、見失っちゃった。

外に出てみても影も見えない。

「ああ…。」

結局今日も駄目だったらしい。
なんだががっかりする。

   ――私ひょっとしたら遠坂さんと卒業までお昼ご飯食べれないのかなぁ…。

それでもあきらめきれずにきょろきょろと見回したり待ったりしてみる。

   ――むだなのはわかってるけど…。

おべんとうを抱えて溜息をつく。

「はあ。」

なんだか食欲もなくなってしまった。
今日はもう食べないでおこうかな…、でも食べないと練習つらいし…。
お腹すくと器具の準備、力が入らなくて大変だし…。
タイム計るときぼぉっとして蒔ちゃんに怒られるし…。
バーの高さ間違えて鐘ちゃんにいやみ言われるし…。

はぁ…。

「食堂行って食べようかな…。」

ふらっと向きを変えて食堂へ向かおうと…。

「あれ?」

目の前をすごい勢いで誰かが走っていった。

「えみやくん?」

あの赤い髪の毛は衛宮くんだ。
すごい顔で外へ走っていった。
なんだかテレビでみたチーターに追われるインパラみたい。

「どこ行くんだろう…。」

ちょっと気になった。
それになんだか悪い予感がする。

「…行って、みようかな…。」

衛宮くんが走っていったのは弓道場の方だ。

   ――何の用事があるんだろう?


−−−


弓道場の前に来た。
でも誰もいない。

「はぁ…。」

なんだかなにやってるんだろう、私。
遠坂さんは誘えないし、

「・・・!・・・!」

大体遠坂さんを追いかけていたのに何で衛宮くんを追いかけたんだろう?

「!・・・!」
「!!!!!!!!」

今日はいいひだと思ったんだけどな…。

「!!!!!!!!!!」
「!」

   ――あ、あれ?

誰かが言い争っている。
向こうの雑木林の方だ。

   ――と、止めなきゃ!

けんかはいけない、止めれるなら止めたいし、でも、誰か呼んだ方が良いのかなぁ?
でもとりあえず様子を見なくちゃいけないとそっと雑木林を覗くと…。

「・・・!!!・・・!」

え、衛宮くん?

「!!!!!!!!!!!!!!」

え?と、遠坂さん?

衛宮くんと遠坂さんが言い争っていた。
普段冷静な遠坂さんがすごく怒ってる。
怖い、すごく怖い。
普通無愛想な衛宮くんがすごく困っている。
でもやっぱり怒ってる。

   ――どど、どうしよう。

私じゃ二人を止められないよ…。

だれか…、


だれか呼ばないと…。

5: 和泉麻十 (2004/04/04 18:28:56)[izumiasato]

interlude

「生徒会長さん大変です!」

そう言って生徒会室に飛び込んで来たのは彼と同じクラスの三枝さんだった。

「雑木林が遠坂さんで走っていって怒っているのが弓道場で怖いのとけんかが衛宮くんしてるんです!」

言っていることは支離滅裂。
だか彼には何が言いたいのか何より良くわかった。

『衛宮め、一人で始末を着けようとしたな!』

詳しい事は知らない、だがあの友人がそういう行動にでる事など容易に予測できたはずだ。

悔やんでいる暇などないとばかりに脱兎のごとく走る。

『ええい無事でおれよ衛宮!』

立ち止まることなく雑木林に到着した。
たしかに衛宮士郎と遠坂凛が口論しているようだ。
雰囲気は険悪、男同士なら手が出ていてもおかしくない。

『いや、遠坂のことだ時間の問題だろう。』

三枝さんは置いてきてしまったようだが今は彼女が居ない方が都合がいい。
すうぅっと息を吸い込んで、言霊とともに吐き出す。

「衛宮ぁ!遠坂ぁ!貴様らそこで何をしている!」

それで彼に気付いたのかはっ、と一成に目をやった。
だか彼はそんな事に目もくれず彼らの隣に足を進めた。

「い、一成!」
「衛宮!最早辛抱堪らぬぞ!これ以上は捨て置けん!」
「りゅ、柳洞君。」
「言っておくが教室の見回りでも部室の手入れでもないぞ遠坂!
 貴様衛宮に何をしている!」
「あ、貴方には関係のない話じゃない!」
「ああその通り関係ない、全く持って関係ない!」
「なら!」
「奈良も京都も四条畷も無い!
 貴様が衛宮を脅迫しておる事は明々白々だ!」
「!」

遠坂凛は一瞬驚いたような顔をしてすぐいつもの冷静な顔に戻った。

『ふむ、少々外したようだな。』

この少女と彼はなんのかんのと付き合いが深い。
少女が冷静になったという場合その指摘が若干間違えているという事だ。

「あら生徒会長、私が衛宮クンを脅迫していると妄想するなんて、生徒会の仕事もなかなかストレスのたまるようですね。」

さも得意げにそう話す彼女。
いつもなら彼の方が食って掛かる方だが今日は状況が違う。

「ちょ、一成!遠坂も止めろ!」
「衛宮クンは黙ってて!
 …ねえ、柳洞君、これは私と衛宮クンの問題です。
 いくら生徒会長といえども越権行為ではありませんか?」
「生徒会長としてなら越権であろう、だが今は衛宮の一友人としてここにおる。」
「そう、でも友人だからと言ってプライベートにまで口を出すのは褒められたことではありませんね。」
「当たり前だ、衛宮の交友関係に口を出すつもりは毛ほども無い。
 だがそれが衛宮に危害を加えるような輩なら話は別だ。」

その言葉が気に食わないのか、少女は露骨に顔をしかめた。

「どういう意味かしら柳洞君?
 私が彼に危害を加えるとでも?」
「危害かどうかは知らぬが、少なくとも衛宮にとって有害なのは確かだ。」
「な!有害ですって?」
「有害極まる、貴様がどういう意図かは知らぬが昼休みやら放課後やら衛宮を連れまわしているのは貴様だろう!」
「!」

ぴた、と遠坂凛が強張る。
どうやら図星のようだ。

「やはりか、遠坂、衛宮と貴様にどういう関係があるかは知らぬし興味も無い。
 だが御前が衛宮の生活を乱しているのは明らかであろう。」
「一成、止めろって!」
「わ、私が衛宮クンの生活を乱しているですって?」

目の前の少女はぎり、と歯を噛み締めた。
明らかに興奮している。

『取っ掛かりを掴めた様だな。』

「貴様も短い付き合いながら衛宮がどういう輩かは存じているはず。
 約束を守れぬ時は理由その他求めなくとも言うてくる衛宮が最近はそれが無い。
 その他数え切れぬほど衛宮の行動パターンが明らかに狂っている。
 今は気付かぬかも知れぬが、衛宮を知っているものならいずれ気付くぞ衛宮の様子がおかしいとな。
 それが生活を乱している以外のどう考えればよいのだ遠坂!」
「み、乱してるからってどうだって言うのよ!」
「普通の人間が生活様式乱されれば体を壊すわ!
 それだけならいざ知らず、まだ衛宮だからいいものの他の輩なら人間関係まで悪くするぞ!
 それ位分からぬ貴様でも無かろう!
 よもや貴様…、


 衛宮を不幸にする気ではなかろうな!」


遠坂凛の顔色が変わる。
『逆鱗に触れる』、正にそのものであった。

「違う!私は士郎を不幸になんてしない!」
「一成!いいかげんにしろ!いくらおまえでもこれ以上は!」
「上等だ衛宮!先も申したようにこのままでは体を壊すか人間関係を壊すかどっちかだ!
 其れを衛宮との関係を気にしてこのままで居るくらいなら絶交してでも止めるぞ衛宮!」
「!…。」

その言葉の真摯さに圧倒されたのか、衛宮士郎は言葉を失った。

「答えろ遠坂!貴様は衛宮をどうす…。」

その言葉は遮られた。
少女に物理的に襟を掴まれて中断し、その目の傍に光があることが精神的にその先を言うのを躊躇わせた。

「もういっぺん言ってみなさいよ…、私が士郎をどうするですって…?」
「だから…、衛宮を…、不幸に…。」

襟を閉める力が強まる。

「しない…、そんな事しない、士郎を不幸になんて絶対にしない!」

『…?』

僅かに、襟を掴む左腕が光っている。

「遠坂!」
「あんたなんかに何がわかるってのよ…。
 私はこいつをあいつにしないって誓ったんだから…。
 幸せにするって決めたんだから…。」
「ばっ!止めろ遠坂!」
「邪魔なんてさせない、人の恋路を邪魔するような馬鹿は…、


 馬に蹴られて菩薩にでも面会してきやがりなさいこの糞坊主!」


ドン!

柳洞一成の腹に強烈な衝撃。
だがそれだけではない、強烈な吐き気が彼の内臓を駆け回った。

「!?!????」

肌という肌に鳥肌が立ち、関節は軋み、筋肉は重く、内蔵は半分以下に出力を落としていく。
意識は削り取られ、聴覚は遠く、視覚は回り、触覚は悪寒だけを伝え温覚はただひたすらに寒さを訴える。

僅かに遠く布団を叩くような乾いた音。

其れが何なのか確認するまもなく、柳洞一成は世界と切り離されていった。

interlude out

6: 和泉麻十 (2004/04/05 14:16:46)[izumiasato]

今日という日は一体どういう日なのだろうか。
悪い日なのかいい日なのか。
いや、どっちかというと悪いような気がする。
悪いのかな…?
良くは無い、それは確かだけど、『悪い』って一概に言い切れないような…。
でも悪いんだろうなきっと。

   ――私、混乱してるのかな?

きっとそうだろう、何しろ私が雑木林に駆けつけた時、もう何もかも終わっていた。

私が見たのは地面に倒れている柳洞さんと、

顔に青あざ作って地面に座り込んでいる衛宮くんと、

頬を赤く腫らして涙ぐんでいる遠坂さん。

なんだか悪い夢でもみているみたい。

ぎゅっと三人分のタオルを絞る。
もうお昼休みはとっくに終わっていて、ここは保健室。
多分授業はさぼることになりそう。
なんだか今までの事はよく覚えていない。
とにかく柳洞さんを開放しないといけないと思って。
なんだかすごく痛そうな衛宮くんの傷も冷やさないと痕腫れちゃうなとも思って。
ああでも泣きそうな遠坂さんも何とかしないと思って…。

はあ…。

もうなにがなんだかわからない…。

ちゃぷちゃぷと洗面器の水を揺らしながら保険室の天幕を前にしてぜんぜん動かない頭で考える。

ベットで眠っている柳洞さん。
その横で顔を抑えて俯いている衛宮くん。
ちょっとはなれたところで顔をハンカチで抑えてそっぽ向いてる遠坂さん。

むん、と気合を入れる。
三人が怪我してるんだから、とりあえず手当てをしないといけない。
とりあえずはそれだけ考えようと、天幕の中に入った。

「遠坂さん、顔冷やしてください、衛宮くんも。」

絞ったタオルを二人に渡す。
二人は黙りこくったまま、それでも受け取ってはくれた。
その後ベットでうなされている柳洞さんの額をそっと拭いてあげた。

   ――えっと、後何かする事は…。

「あ、その、柳洞さん本当に救急車呼ばなくていいんですか?」
「呼ばなくていいわよ…、しばらくしたら目を覚ますわ…。」

真っ赤に目を腫らした遠坂さんがそう言う。
こんなに感情をあらわにする遠坂さんははじめてみた。
その、こんな事は今思う事じゃないと思うんだけど、泣きそうになっている遠坂さんも綺麗なんだ、って思う。

「と、遠坂さん、顔の怪我は大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわよ、そこの馬鹿が思いっきり引っぱたいてくれたもんだから…。」
「え…。」

   ――え、えみやくんがとおさかさんを?

「当たり前だろ、あんなのぶちかましやがって一成を殺す気か?
 しかもナックルパートまでかましやがって…。」

   ――なっくるぱーと?

「女の子に手を上げといてよくそんな事がいえるわね…。
 ベアじゃなかっただけ感謝しなさい。」

   ――べあ?

「おまえね、脳髄揺れたぞ、一つ間違えれば落ちてたぞ俺。」
「ふん、アンタみたいなとうへんぼく地獄に落ちりゃいいのよ。」
「あのな、だいたいだれのせいでこんなことになったと思ってんだ?」
「士郎。」
「即答かよ。だから言っただろう一成は怪しむって…。」
「うるさい、元はといえばアンタが…。」

   ――わ、わわわ。

目の前でけんかが始まってしまった。
やっぱりこの二人仲が悪かったみたい。
でもどうしてこの二人仲が悪いんだろう。

   ――理由、聞いた方が良いかな…。

なんだかすごく止めといた方が良い気がするけど、ここまで来たら聞かないでおくわけにはいかないし。

   ――うん、やっぱり、聞いておいて方がいいよね…。

「あ、あの。」
「「   何!   」」
「ひっ!」

   ――こ、怖い。

「あ…、ごめんなさい。」
「…ごめん。」

目を伏せて黙りこくるふたり。
けんかは終わったけど、もう気まずくてしょうがない。

「はぁ…。」

なんでこんなことになったんだろう。
遠坂さんと一緒にお昼ご飯を食べようとしただけなのに…。
衛宮くんだって嫌いというわけじゃないし、大切な友達だし…。
できれば二人には仲良くなって欲しいのに、どうしてこんなことになったんだろう…。
何だかすごく悲しい…。

   ――う。

だめ、泣いてしまう。
遠坂さんはとてもいい人で、衛宮くんもとてもいい人だ。
なんでそんな二人がそんなにけんかしてるんだろう…。

「ちょ、ちょっと、何で三枝さんが泣くのよ。」
「お、おい、三枝さん。」

二人が私を気遣う、なみだをぎゅっと堪えて二人に聞くことにした。

「…おかしいです、何でけんかなんかするんですか?」

「…。」
「…。」

「仲直りしてくれなんていいません…、でもせめて理由くらい教えてください。
 じゃないと…、嫌です…。」

それを聞くと、二人は困った顔を見合わせた。
そのまま視線と表情だけを交わして会話をする。

しばらくそれが続いた。
やがて衛宮くんがコクン、と頷いて、

「はぁ。」

なんて遠坂さんが深いため息をついた。

「わかったわよ、説明するわ。」

そう言って立ち上がった遠坂さんは、首筋に張ってある伴創膏を丁寧にはがし始めた。

「論より証拠よ、三枝さん、これ見てくれる?」

そういってあごを上げて綺麗な首筋を見せてくる遠坂さん。

   ――ええ!

「い、いいんですか?」
「?良いも何も見て貰わないと話が前に進まないわ。」

そう言ってぐい、と首を近づけてくる遠坂さん。

   ――うう、なんだか緊張しちゃう…。

そっと遠坂さんの首筋に顔を近づける。
ああ遠坂さんっていいにおいがするんだとか肌白くていいなぁとか思っている私の目に入ったのは、

   ――あれ?

遠坂さんの首に、ちょっと丸めの赤いあざがついていた。

「これ、なんですか?」
「何だと思う?」

何だろう…。
でもどこかでみた覚えがある…。
どこだったっけ、ええと、確か…、そうだ、この前鐘ちゃんが持ってきた漫画に何だかそんな話があった。
確かあれちょっとえっちな漫画だったような…、て、あれ?

「あ!え、え?えっと…、え?」

   ――そ、それってもしかして…。

「き…、キスマーク…、ですか?」
「ご名答。そういうわけ。」
「え…で、でも、なんできすまあくなんて。」

自分でも信じられないほど声がひっくり返った。
だってキスマークって、その、あの、『せっくす』の時につくものだとあの漫画にはかいてあった。

「なんで、っていわれても…、そういうことよ。」

   ――つまりとおさかさんはせっくすをしたのだ。

「で、でも!だ、だれとですか?」
「流れでわからないかしら…、そこで肩身狭そうにしてるぼくねんじんよ。」

   ――え!えみやくん?!

「え!えみやくんと、と、とおさかさんが!」

あたまのなかがとうふみたいにゆれている。
えみやくんととおさかさんが…。
え?でもふたりはけんかしていて…。
あ、それにあのきずはとおさかさんのいぬがつけたってあさにとおさかさんが…。
ああもうぜんぜんわかんないよ…。

「え?え?え?え?」
「あのね、つまり私と衛宮クンは…。」



「つまり衛宮と遠坂は付き合うて居るというわけだな。」



7: 和泉麻十 (2004/04/05 20:44:31)[izumiasato]

「あ、柳洞さん。」
「一成…。」
「柳洞君…。」

柳洞さんが目を覚ましたらしい。
ベッドから少し腰を起こして、起き抜けでまだ気分が悪いみたいで、不機嫌そうに額に皺をよせている。

「一成、気分はどうだ?」
「悪い、最悪だ、ところで遠坂、何か言う事があるのではないか?」
「なによ、あんたなんかに何も言う事はないわよ。」
「…、まあいい、ところで衛宮、遠坂と付き合っているというのは真実だろうな。」
「…ああ、ほんとうだ、俺は遠坂を・・・、愛している。」

   ――あ、あいしてる…。

そんな言葉をテレビドラマ以外で聞いたのなんて生まれた初めて。
何だかすごく恥ずかしい、きっと私はまっかになっている。
柳洞さんもまっかになってるし、言った衛宮くんもまっかだし、遠坂さんなんて耳までまっかだ。

「と…、とおさかさんも、その…。」
「…愛してもいない奴にキスマークなんてつけさせないわよ。」

   ――そ、そうなんだ。

で、でもその傷をつけたのは遠坂さんの赤毛の犬で…。

   ――あかげ?

「あ!じゃあ、見ていて心配になるほど無鉄砲で、人懐っこくて可愛い柴犬って、ひょっとして…。」

   ――え、えみやくん?

「そ、このばかのこと。」
「ばっ!お、おまえ、ひとのことなんていってやがるんだ!」
「しょうがないじゃない、この痣つけたアンタのせいだからね。
 これ誤魔化すのに犬飼ってるってことにしたのよ。」
「だ、だからってそんなよけいなこという必要ないだろ!」
「なによ、嘘っていうのはね、ある程度本当の事混ぜないとすぐばれるのよ、現にアンタ可愛いもの、今みたいに照れ照れになってるとこなんて特に。」
「…!」

衛宮くんがまっかになって黙り込む、あ、遠坂さんじゃないけどちょっと可愛い。

「そうかなるほどな、都合はお構いなしで気分屋で甘え屋でとても可愛い猫というのは遠坂おまえの事だったのだな。」

   ――ねこ?

「ああ、こいつのことだ。」
「ばかっ!あ、アンタ、ひとのことなんていいかたすんのよ!」
「しょうがないだろ、俺の都合お構い無しの遠坂の責任だ。
 それ誤魔化すのに猫飼ってるってことにしたんだよ。」
「だ、だからってそんなよけいなこという必要ないでしょ!」
「なんでさ、嘘っていうのはな、ある程度本当の事混ぜないとすぐばれるんだよ、現におまえ可愛いぞ、今みたいに照れ照れになってるとこなんて特に。」
「…!」

遠坂さんがまっかになって黙り込む、あ、衛宮くんじゃないけどすごく可愛らしい。

「つまりこのところ衛宮がおかしかったのは昼時、放課後問わず逢瀬を繰り返しておったのだな?」
「う、まあ、そういうことだ。」
「じゃ、じゃあ、蒔ちゃんが遠坂さん付き合い悪いって言ったのは…。」
「そうよ、三枝さん、春休みも週末もずっとコイツといたから…。」
「え?じゃあ、遠坂さんが同棲してるってうわさは…。」
「遠坂、週6日は俺の家に泊まるから、同棲っていわれりゃそうだよな…。」

   ――ほ、本当だったんだ…。

「き、昨日遠坂さん交差点の辺りで…。」
「ん?やっぱり見てた?コイツと買い物に行った帰りよ。」
「なら、今日寝不足であったのは…。」
「察してくれ一成。」
「一晩寝かせてくれなかったって…。」
「言葉通りよ、このケダモノが寝かせてくれなかったワケ。」
「な!あれはしょうがなかっただろ!」
「なにがしょうがないよ、明日学校だって散々言ったじゃない。
 その上目立つところにキスマークなんてつけちゃうし…、張り倒されても文句言えないわよ。」
「実際張り倒しといてよくそんな事言えるよなお前は。
 それは悪かったって謝ってるだろ?」
「謝られたってしょうがないじゃない、今後こんなことがあったらマウントよマウント。」
「だからもうしないって言ってるだろ…。」
「あのね、するなって言ってるわけじゃないの、わかる?」
「遠坂、何言ってんのかさっぱりわからないぞ?」
「・・・、だからアンタはとうへんぼくだっていうのよ。」
「おまえね、ちゃんと言わないと何していいかわからんぞ。」
「ばか!」
「なんでさ。」
「ばかだからばかって言ってるの!わかりなさいよそれくらい!」
「わからないから聞いてるんだぞ。」
「おおばか!ばかばか!そんなのこんなとこで聞くことじゃないわよ!」
「ばかはどっちだ!それで二人に迷惑かけてんだぞ!いいかげんにしろ遠坂!」
「!…、ああもうわかったわよ!


首筋にキスするのはかまわないけど痕はつけないでって言ってるの私は!」



――あ、あわ…。

またあたまのなかがまっしろになってる。
とおさかさんはまっかっかでえみやくんもまっかっかでわたしはまっしろ。

――と、とおさかさんなにいってるんだろう。

あとがつくのはいやだけどきすはしていいっていうのはつまりきすはしていいけどあとはつけちゃだめってことであとがつくきすはだめだからあとのつかないきすはいいということになるからつまりとおさかさんはきすをしてほしいけどあとはつけてほしくないということはとおさかさんはえみやくんにきすをしてほしいといってるのだからこれって、あう、うあ。

「一寸待て二人とも、よもや先だって口論しておったのはその話題ではなかろうな?」
「…。」
「…。」

――きすで…けんかしてたんだ…。

「貴様ら…。」
「そ、それだけじゃないぞ一成!」
「そ、そうよ、さっき喧嘩してたのは違う理由よ!」
「あ、ああ、確か、俺が昼にいつものところに来るのが遅れたからだったな。」
「そ、そうよ、私を待たせるなんてそれだけで万死に値するわ。」
「いや、一成に詰め寄られてたんだけどな…。
っていうかこれは流石にお前のせいだぞ。」
「なによ、お昼くらいいっしょに取ったって良いでしょ。
二言目には一成、一成って、放課後までそんなこといわれたら腹立つわよ!」
「なるべく目立たないようにしようって言ったのはそっちだろ!
学校にいるときは意識しないようにするって決まりだったじゃないか。」

――ああ、だからあんなに素っ気無かったんだ。

「だからって私と居る時間削らなくても良いじゃない!
夜遅くに帰ってきた時は殺意まで覚えたわよ!」
「な!しょうがないだろ!手伝ってくれっていわれたんだから!
お前だってそういうこと納得してるだろ?」
「アンタね!私と正義の味方どっちが大事なのよ!」

――せいぎのみかた?

「とおさか!お前言ってる事めちゃくちゃだ!」
「そんなの承知よ!こんな思いするくらいならいっそ公表するほうがましよ!」
「ばっ!そんなことしたら…。」
「もう生徒会長にも三枝さんにもばれてるじゃない!
 どうせ蒔寺さんにも氷室さんにもばれるんだからもう学校中に触れ回ったようなものよ!」

――え?ええ?

「あ、あの、私そんなこと…。」
「そうだぞ、三枝さんがそんなことするわけないだろう!」
「アンタ私のことはどうでもいいくせに三枝さんのことはかばうワケ?」
「ばっ!どうでもいいわけないだろう!」
「なら私のこともっと大事にしてよ!」
「なっ!何言ってんだ!大事にしてるに決まってんだろ!」
「じゃあ態度で示してよ!私が居るのが迷惑じゃないかとか士郎が嫌じゃないかとかいっつも考えてるんだから!」
「嫌なわけないだろう!それは俺のせりふだ!俺なんかで本当にいいのかとか、べったりしたら嫌われるんじゃないかとかいつも思ってるんだからな!」
「そんなことあるわけないでしょ!好きでもない奴と始終一緒に居ないわよ!」
「こっちだって好きでもない奴のこと求めるわけないだろう!」
「私はアンタの事がね!…。」
「俺はお前の事がな!…。」



「かーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーつ!」


8: 和泉麻十 (2004/04/06 11:18:50)[izumiasato]

――はう!

耳が電車でトンネルに入ったときみたいにぼわんと聞こえにくくなる。
口を開けたり閉めたり、つばを飲みこんだりして耳の調子を戻していく。

   ――あ、ちょっともどってきた。

「何を考えておるかこのたわけどもが――――――――――――――――――!」

   ――あう…。

また聞こえにくくなった。
しょうがないから去年海に行った時鐘ちゃんに教わった息抜きをやってみる。
鼻をつまんで口を閉じて息を吹き込む。

ボコ

   ――うう、気持ちわるいよぅ。

でもなんとか耳が聞こえるようになった。

「なにが悲しゅうて貴様等の痴話喧嘩に付き合わんといかんのだ!」

   ――柳洞さん声大きいよぉ。

「馬鹿か貴様らは!いや阿保だ貴様らは!
 喧嘩するのか惚気るのかどちらかはっきりせんか!
 両方同時進行など言語道断だ!」
「一成、そんな言い方はないだろう。」
「そうよ、これは私と士郎の問題、貴方にどうこう言われる筋合いはないわ!」
「傍から見たら阿保らしいことこの上ないわ!
 そんな歯が浮くような戯言を聞かされるこっちの身にもなって見るが良い!
 家でやらんかそう言う事は!」
「家でもやってるんだが…。」
「やっとるのか!いい加減にしろ!昼飯やら情交やらの話しごときで気絶させられては身が持たんわ!」
「あれは貴方が悪いのよ!私が士郎を不幸にするなんて言うから思い知らせてやったんじゃない!」
「事情を知らなんだのだから詮方あるまい。
 大体水臭いぞ衛宮!言ってくれれば助力の一つもしようというのに。」
「「え?」」

遠坂さんと衛宮くんの疑問符が重なる。
なんだか柳洞さんの言っている事はおかしい。
だって、

「ちょっと、柳洞君は私のこと嫌いじゃなかったの?」

   ――うん、確か二人は深刻じゃないけど仲が悪かったはずだ。

「ああ嫌いだ、なるべくなら顔も合わせたくもないくらいだ。
 だが付き合いはそこそこある故貴様の性格ぐらい承知している。
 遠坂は身内と判断したものには極端に甘い、しかも溺愛するきらいがある。
 それが恋人となれば尚更であろう。」
「あー、なるほど。」

ふんふんと頷く衛宮君。

「ちょっとアンタなに感心してるのよ。」
「いや、あたってるな、って。」
「馬鹿言わないでよ!柳洞くんの言うことなんか信用できないわ、じゃあ何で最初私たちを別れさせようとしたのよ!」
「当たり前だ、貴様は身内には甘いが敵や無価値と見なした人間には非情極まるだろう?
 衛宮がお人よしな所を利用されているのかと心配したのだ。
 よもや衛宮と遠坂が恋仲になっておるなど考えもせなんだ…。」
「協力…、ってアンタね、じゃあ聞くけど具体的にどうするつもりなのよ。」
「昼時の生徒会室くらいならいつでも貸してやる。」

――そういえば、柳洞さん生徒会長だったっけ。

なんだかもういろいろありすぎてなにがなんだか…。

「あー、確かにそれはありがたい。」
「大方貴様らのことだ、碌でも無い所で昼餉をとっておったのだろう?」
「…、裏の雑木林よ。」

――ええ?あ、あそこ?

確かにあそこならお昼時誰もこない。
でも誰もこないというのはお昼ご飯を食べるには向いてない場所だから。

「あ、あんなところで食べてたんですか?」
「うん、誰も来なさそうなのがあそこしかなかったから…。」
「まったく…、愛するものと居れば地獄もまた極楽とはよく言うたものだ。
安心しろ、衛宮なら知っておろうが生徒会室ならまず誰も来ん。
鍵でも閉めてしまえば先生にもわからん。
逢瀬でも喧嘩でも情交でも安心して為すがいい。」

――せ、生徒会室で!

「一成、いくらなんでもそこまでは…。」
「しかねん、やりかねん、言っておくが情交は厳禁だぞ。」
「私はしないわよ、ただそこのけだものは保証の限りじゃないけど。」
「ばっ!するわけないだそんなこと!」
「ふん、風呂場で押し倒した男がよく言うわよ。」
「あ、あれはお前が突然入ってくるからだろ!」
「ただ一緒に入ろうとしただけじゃないの、それなのに襲ってくるなんて…。」

――おふろもいっしょにはいってるんだ…。

「人聞きの悪いこというな!ちゃんと許可取ったろ!」
「あんな強引にされたら拒否のしようも無いわよ!」

――あ、そろそろ来るかな。

そっと両手で耳をふさいでおく。

「もうしないって言っただろ!蒸し返すなよそんなこと!」
「だからするなって言ってるわけじゃないって何度言わせるつもりよ!」
「とおさか!だから意味がわからんからはっきり…。」
「ばか!鈍感!変態!アンタなんかね…。」



「かーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーつ!」



――うわ、耳ふさいでもおおきい。

「貴様らが仲がよいのは十分に解かった!
このことは内密にしてやる、だから残りは二人のときに存分にやるが良い!」
「い、いいのか一成?」
「いいも悪いも無い!貴様らが公然と睦み始めたら学内の風紀が乱れるわ!
そのうえ怪我人も間違いなく出るに決まっておる!」
「そ、そんなこと無いわよねぇ、三枝さん。」

――え、わ、わたし?

突然会話を振られたらすごく動揺する。
でも、とりあえず、ちゃんと返事しないと…。

「え、えと…、もう出てると思います…。」

柳洞さん、すごく痛そうだし…。

「「あ…。」」
「これ以上怪我人を出さぬためにもおとなしくしておれ貴様ら!
この怪我は見抜けなんだ己の未熟の証として不問にしておく!
三枝さんに言う必要は無いと思うが、これはくれぐれも他言無用…。」
「あ、はい。大丈夫ですよ、誰にも言いませんから。」

――言っても誰も信じてくれないと思うけど…。

「い、いや、二人に悪いぞ、ここまで迷惑かけてだなぁ…。」
「う、そ、そうね、生徒会長はともかく、三枝さんに悪いわ。」

――何が悪いんだろう…。

「ここまで迷惑かけて何にもなしってのは私の流儀に反するわ。」
「い、いいですよ、何もしていただかなくても、二人のことを話すつもりなんてありませんから。」

なんだかこんなにらぶらぶな二人を言いふらすのはもったいない。
普段の遠坂さんもクールできれいだけど、今の遠坂さんはもっと綺麗なんだし。

「それに私はお二人を見ているだけで満足です。」
「確かに、腹八分通り越して食傷気味だ。
しかしそれでは二人が納得すまい?」
「ああ、埋め合わせもなしじゃ気が引ける。」
「物事は等価交換だから、私たちにしてほしいことがあったらするわよ、口止め…って言い方は悪いけど…。」

――別にいいのに…。

してほしいっていってもこれといって遠坂さんにして欲しいことなんか…。

「あ…。」
「ん?何かあった?でもその、できる範囲でお願いね…。」

あ、ちょっと断られるかも。
でも、言うだけ言ってみようかな。

「じゃあ、私は…。」

9: 和泉麻十 (2004/04/06 16:13:20)[izumiasato]

epilogue

――で、結局、私はどうしたかというと。

「うう、この若竹煮とってもおいしいです…。」
「うむ、久方ぶりの衛宮の料理だが絶品だな、腕がさらに上がったと見える。」
「まあ、うるさいのが一人居るからな…。」
「誰がうるさいですって?」
「遠坂じゃないって…。」

――みんなでお昼ご飯を食べてたりします。

私の出したお願いというのが、『たまにでいいですからお昼を一緒に食べてください』というもの。
というわけで週の半分くらい生徒会室でこうしてみんなでお昼を食べて、残り半分は遠坂さんと衛宮君を二人だけにしてあげる、というのが約束事になった。
それはとてもうれしいんだけど…。

「はう、なんで同じ白いごはんなのにこんなに味が違うんだろう。」

衛宮くんと遠坂さんはお料理がすごく上手だったのには驚いた。
なにしろ二人ともお店で出てくる料理よりおいしい。

「そう?三枝さんのお弁当も美味しいわよ。」

なんて遠坂さんは言ってくれるけど、なんだかショック。
私も結構お料理自信あったんだけどなぁ…。

「でも三枝さんの料理って何か温かい感じがするんだよな。」
「んー、そうね、お袋の味ってヤツ?」

――わ、わわ

「そ、そんないいものじゃないですよ。」
「そんなことないわよ、きっと三枝さんなら良いお嫁さんになれるわよ。」
「え、ええ?」

その、最近になって分かったけど、遠坂さんはすごくいじわるだ。
こっちが困るとうれしそうにからかってくる。
衛宮くんは『赤いあくま』って言ってる。
なんで赤いのかは分からないけど、あくまなのは確かだと思う。

「遠坂、三枝さんからかうのもほどほどにしたほうがいいぞ。」
「ふーん、士郎ってばずいぶん三枝さんの肩持つんだ。」
「ばっ!おまえなぁ、そんなことあるわけないだろ。」
「ふーん、わっかんないわよー、このまえなんて…。」

なんでも遠坂さんは普段優等生を演じているらしい。
どうしてそんなことする必要があるのか知らないけど、なるべく素の自分を出さないように生活しているとか。
いままでお昼を断ってきたのはそういう理由だと説明された。

「だから遠坂なぁ…。」
「ふんだ、アンタが…。」

ちょっとそれは悲しかったけど、今の遠坂さんを見ているとまあいいかと思う。
いま衛宮くんと楽しそうに話してる遠坂さんは本当に綺麗で生き生きとしている。
これを見れるのがこの三人だけって言うのはちょっと自慢。
だから蒔ちゃんにも鐘ちゃんにもお昼を食べてることは言ったけど、このことは内緒。

『よかったな三枝、夢がかなったではないか。』
『うんうん、遠坂にもいっぱしの人の心があったんだな。』
『というわけだ蒔の字、賭けは私の勝ちだな。』
『え!なんで?これとそれと関係ないじゃん。』
『遠坂をこれから相手にするのだ、衛宮などにかまけてる場合じゃないだろう。』
『んなことないだろ、な、由紀っち。』

――蒔ちゃん、ごめんだけど蒔ちゃんの負けだよ。

目の前の二人はもうお互いに話すのが楽しくてしょうがないみたい。
そんな二人に割り込めないし、元からそんなつもりなんて全然ない。

「また始まりおった…。
よく飽きぬなこうも毎日毎日…。」

ぶつぶつとご飯を食べながらつぶやく柳洞さん。
なんで柳洞さんもいるかといえば、

『貴様ら二人が暴走してみろ、三枝さんなどひとたまりもないぞ!』

という理由らしい。
でもどっちかというと、衛宮くんのお弁当目当てで来ているのだと思う。
柳洞さんのお弁当は綺麗なんだけど、野菜ばっかりだから肉分が足りないってよく言っている。
だからいまも棒々鶏を平らげて…。

「あーーーーーーーーーーーー!」
「へ?」
「な!」
「ど、どうしたのよ三枝さん?」

――うう、全部食べられちゃった。

「いえ、柳洞さんが棒々鶏を残部食べちゃったですから…。」

へえ、なんて言って遠坂さんが髪をかきあげる。

――あ、あれはいじわるをするときのポーズだ。

「う、すまない、つい…。」
「一成、全部食べるのはさすがにないだろ。」
「むう、不覚、まだまだ修行が足りぬようだ。」
「でも以外ね、三枝さんがそんなにくいしんぼだったなんて。」

予想通りとっても素敵な笑顔でそんなことを言ってくる遠坂さん。
蒔ちゃんも言っていたけど、遠坂さんが笑顔のときは怖い。
いつもいじめられるときはそんな笑顔だったりする。

「違います、棒々鶏が美味しそうだったから、味を覚えて再現してみようかと…。」
「なによ、それくらいなら教えてあげるわよレシピ。」
「俺が作ったんだけどな。」
「教えたの私でしょ、今度家に来なさいよ、他のも教えたげるわ。」
「俺の家だけどな。」
「士郎うるさい。」

――わ、と、遠坂さんにお料理教えてもらえるなんて…。

私は本当はお料理の同好会に入りたかったけど、蒔ちゃんに引っ張られて陸上部に入った。
後悔はしてないけど、ちょっと残念だったなって思ってるけど、こういうことになったんなら結果おーらいだと思う、うん、あの日はいい日だったんだ、うん。

「あ、三枝さんならセイバー気に入るかもな。」
「むしろセイバーのほうが三枝さん気に入るんじゃない?」
「それあるな、結構懐くような気がする。」

――せいばー?

誰だろう、外人さんだろうか、でもなんだか人の名前っぽくないような…。

「あ!セイバーって遠坂さんが飼ってる犬のことですか?」
「「は?」」

え?違うのだろうか、柴犬は衛宮くんだったけど、もう一匹いぬがいるようなことを…。

「む?犬を飼っているのは衛宮のほうではないか?」
「えと、私は遠坂さんが飼ってるって聞きましたけど…。」

「いぬを…。」
「かってる…。」

「ふむ、と言う事は二人が飼っているという事か?」

――あ、そうかもしれない。

「綺麗な金毛って聞きましたから、私はゴールデンレトリバーだと思ったんですが、違いますか?」

――じゃあ、アフガンハウンドかな?

「ごうるでん…。」
「れとりばあ…。」

あれ?二人の様子がなんか変だ。

「セイバー、『剣士』、か、犬にしては小洒落た名前だな、衛宮がつけたのか?」

あ、あれ?二人ともとっても変な顔して…。

「ぷははははははははははははははははははははははははははははは。」
「あははははははははははははははははははははははははははははは。」

なんだかとんでもない勢いで笑い出した。

「ごーるでんか!れとりばーな!」
「ごーるでんれとりばー!ごーるでんれとりばーね!」


腹を抱えて笑い出す二人。

「ど、どうしたのだ二人とも?」
「だ、だめだ、つぼにはいっ…、ぷははははははははははははははははは。」
「だめ、い、息が!あはははははははははははははははははははははは。」

呆然とする私たちを尻目に、一通り笑いあう二人。

「さ、三枝さん、その表現は限りなく正解だぞ、ぷはははははは。」
「ひー、ひー、おっかし、うん、名答よ三枝さん、貴女最高だわ。」

――なんだかよく分からないけど誉められてしまった。

「え、じゃあ、飼ってるんですか?」
「まあそうだな、そういうことだな。」
「語弊はあるけど飼ってることになるんでしょうね。
うん、綺麗な金毛でとっても可愛いわよ。」

――わ、いいなぁ、触ったら気持ちいいだろうな。

「ほう、血統は良いのか?」
「言いも悪いも最高の血統よ、英国王室も裸足で逃げ出すわ。」

――すごい。

英国王室の犬なら多分すごい血統だと思う、それよりすごい血統なんて…。

「え?じゃあ、私なんかが触ったら…。」
「別にいいぞ、撫でるなり抱き上げるなりあいつが許すんなら。」
「きっと大丈夫よ、三枝さんならきっと気に入るわ。」

ふっと自分がそんなことをしている光景を思い浮かばせてみる。

――なんだかしあわせ。

「あ、そうだ、おやつも持っていっていいですか?」
「セイバーの?」
「はい、どんなのがいいですか?」
「江戸前屋のどら焼きが最近気に入ってるみたいだな。」
「え?犬にそんなもの食べさせていいんですか?」
「いいの、いいの、セイバーだし。」

――いいのかな?

でも二人が良いというのだからきっと良いんだろう。

「じゃあ、量はどのくらい持っていけばいいんでしょうか。」
「量?」
「はい、ゴールデンレトリバーは良く食べるって聞いたことありますから。」

「よく…。」
「たべる…。」

あ、また変な顔。

「ぷははははははははははははははははははははははははははははは。」
「あははははははははははははははははははははははははははははは。」

また笑い出した。

「何だというのだ一体…。」

何で二人が笑っているかは分からないけど、楽しそうだし、まあいいか。
うん、遠坂さんに料理を教わってワンちゃんと遊ぶのだ。
ああ、なんだかとっても楽しみ。

――早くその日が来ないかなぁ…。








(一方、衛宮邸居間)

くしゅん

「む、何やら侮辱されているような気がしますね…。」

大き目の御重を前にそう訝しげに目を細めるセイバーさんが居たとか居ないとか。


〔END〕

10: 和泉麻十 (2004/04/06 16:20:54)[izumiasato]

はい、和泉麻十です。
なんとも本編でいちシーンくらいしかでていないキャラを動かすのはなんとも難しい。
掲示板で指摘された方がいらっしゃりましたが、これには「一成友人事情」としてかんがえていたネタを使用しておりますので柳洞君男度高いです。
なおこの話は続編を作ることが決定しております。
いつになるかは知りませんが気長にお待ちを
では次回予告

恋する凛様保管SS第二弾!

「凛様初恋事情」


士郎に切嗣が残したものとは?

「衛宮家親子事情」


桜は本当に幸せなのか?

「桜性生活事情」


三枝さん再び

「三枝さん御宅訪問事情」

のどれか一本でまたお会いしましょうー。


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