Purgatory【Gaia's Fall】 (M:セイバー、蒼崎橙子etc... 傾シリアス 月空運90年後クロスオーバー


メッセージ一覧

1: 心無鳥 (2004/03/28 11:05:10)[shina_lain at hotmail.com]http://www113.sakura.ne.jp/~the_470in/

*凛GOODエンド後の話です。
*この話は月姫などの60年後であるういんぐさん(永遠を呼ぶ声)の『魔狩る朱鷺色』から更に30年後の話となっております。多少引用する箇所もありますので、そちらもお読みになっているとより楽しめると思います。






 ここに在るは一つの器、全てを飲み込み全てを拒む。
 ここに入るは一つきり、ただ一つの願い、ただ一つの意思。
 強き者、勇み猛りて彼の器の御許まで馳せ参じよ。
 器に入るは一つきり、されど中には全て在り。
 さればこそ、無用のものは疾く去ね。
 此度の戦は最強の為に非ず。
 本分を全うしたくば汝ら、自らの力を以て存在を証明せよ。

 Purgatory【Gaia's Fall】



こちらをメインに代えて投稿させていただきます。
皆様、よろしくお願いします(礼
先ずは現在まで書いている、02/03まで……

2: 心無鳥 (2004/03/28 11:05:59)[shina_lain at hotmail.com]http://www113.sakura.ne.jp/~the_470in/


 00/01

 ……夢とわかっている夢は夢ではないと、誰かが言った。
 それならこれは、夢でもなければ現実でもない。
 わかりきっていることだ。私の体は今、車に揺られているはずなのだから。
 ならば今、私が見ているものは単なる記憶なのだろう。
 現実というイマでもなければ、夢というゲンソウでもない。過去の出来事の焼き直し。
 周りを見渡すが、黒い闇に覆われて何も見えない。
 手を這わすと、ぬめりとした柔らかい感触。
 目をやると、ピンク色の肉が蠢いていた。
 それには目があった、口があった、肩があった、だけどそれだけ。胸から下は、綺麗なピンク色に染まっている。
 不思議だった。誰も彼もが灼かれているのに、どうした火傷をしていないのか。
 不思議だった。周りが屍肉とうめきで溢れているのに、どうして私はこんなにも冷静なのか。
 
 ――ソレハキット、コワレテシマッタカラ

 ああ、なるほど。もうとっくに、私の中身は壊れていたんだ。
 誰もいないのにさっきから聞こえる泣き声は、きっと目覚める前までの私の残響。
 まったく、どれもこれも本当に馬鹿げている。
 立ち上がろうと思い、地面に手をつく。
 だが、さっきから蠢いている肉塊の血で滑り、中々うまく手元を確保できない。
 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返す。
 だけど、泥の沼にはまったように立ち上がれない。
 肉塊が、焼け残った服を引く。
 気持ち悪い。腐り始めた肉の匂いが鼻をつく。
 そんな姿でも、まだそれは生きていた。顔もしっかり残っていたし、意識も消えていないようだった。
 生き汚い、哀れなもの。
 邪魔なそれを蹴り飛ばそうとすると、最後の力を振り絞ったのか、飛びかかるように覆いかぶさってきた。
 濁り始めた鮮色をにらみつつ、ふと思い出す。

 ――ソウイエバ、コレハワタシノオカアサンダッタッケ


3: 心無鳥 (2004/03/28 11:06:31)[shina_lain at hotmail.com]http://www113.sakura.ne.jp/~the_470in/


 01/01

「……きて……だ……起きて……起きてください、煉」

 体を揺すられる感覚と、焦っているような声に目を覚ます。
 寝ぼけ眼で目を開くと、綺麗な金髪が目に入った。それだけで、もう誰だか検討がついた。

「……何、セイバー」

 頭をかきながら体を起こすと、強烈なめまいと頭痛に襲われ、思わず頭を押さえる。
 目の前の、明らかに外人と思しき美少女が息を呑むのがわかった。

「セイ……ばぁ、ちょっと待って……」
「え、ええ。私はいくらでも待ちますが」
「衛宮煉、早くしてください。こちらも悠長に待っている時間はないのです」

 顔を押さえる指の隙間から、声のする方を見た。
 そこにはこれまた美人な、ブリッツスカートの外人の姿が。

「……あなた、誰?」

 寝起き特有の、気だるいような痛いような、とにかく気持ち悪い感じに満ち溢れた体から、必死で声をひねりだす。
 その女性は腕を組んでこちらを見下ろすと、さも自信たっぷりといった風にため息をついた。

「あぁぁぁぁもうシオンさん! そんな倣岸不遜な態度とっちゃ駄目ですよぅ。ただでさえ、自信過剰に見えるんですから!」

 大きな声と共に、シオンという名らしき外人の横から、セイバーと同じくらい綺麗な金髪の少女が飛び出してきた。
 いや、正確にはそのヒヅメで思いっきり横殴りにどついた。
 コキャンッ、という骨が折れるにしては軽やかな音を立ててシオンの体が吹き飛んだ。
 そのまま路肩の木々に突っ込んだのだろう。木の折れる音が連続して鳴り響き、続いて静寂。
 ヒズメを持った少女が目を丸くして、車のドアの前――つまり、先ほどまでシオンがいた位置に停止する。

「……折れました?」

 笑顔から泣きそうなひきつり顔に表情を変え、尋ねてくる。
 そんなことは知ったことか、こっちにはそんなのに構っている余裕はない。ったくどこのどいつがこんな不機嫌な目覚めをお届けしたんだか。

「はい。しっかりと」

 冷や汗をかきながら、セイバーが答える。

「セーーーーーーブーーーーーーーンーーーーーー!」

 地を震わせるような低い声と共に、ゆっくりとシオンの声が近づいてくる。頭に響いて、気持ち悪いったらありゃしない。

「シ、シオンさん。ご無事だったんですね。よかったぁ、心配したぁひゃふぅぁぁ!」
「なんでそうやってお気楽能天気なんですかあなたは!」

 赤い瞳を鬼のように煌かせながら、シオンがセブン(馬少女の名前らしい)の両頬をつねり上げる。
 宙をかく馬のヒヅメは高速。一度でもかすれば骨を粉砕するだろう。

「仮にも教会から派遣されてきたならもっと毅然とした態度を見せるくらいのことができないのですか! 私がこうやって真面目に職務をこなしているというのに!」
「シ、シオンさんだって私のこと、正式名称じゃなくてあだ名で呼んでるじゃないですかぁぁぁ!」

 ようやく解放されたセブンが、頬をさすりながら反論する。

「さぁ、何を言っているのかわかりませんね、第七聖典。あなたがななこと呼んで下さいと何度も繰り返した結果、双方の間で爛札屮鶚瓩箸いΩ鴇里認められたはずですが?」
「う……シオンさん、記憶力いいんですね」

 まるで漫才のような二人の会話を横目に、私はもう一度シートに横になる。

「煉、大丈夫ですか?」
「あー……うん、しばらく寝てれば平気」 

 セイバーが差し出してくれた濡れタオルを取り、顔にかける。外からの言い合いはまだしばらく終わらないようだった。

「それで……着いたの?」

 静かにうなづく気配と共に、セイバーが状況を説明してくれる。いつまで経っても、そういう献身的なところは変わらない。

「現在地は富士、青木ヶ原樹海内を通る東海自然歩道の中ほどです。先ほどの二人は、魔術協会から派遣されてきた魔術師と、聖堂教会から派遣されてきた……シスター、と言えばいいのでしょうか?」

 タオルを少し上げ、困ったように首を傾げるセイバーに笑いかける。
 じくじくと、体の二箇所が痛む。
 一つは手の甲に刻まれた、セイバーを律するための令呪。もう一つは、私が受け継いだ魔術刻印。
 これも、聖杯の影響なのだろうか……?

「これからは、くれぐれも気をつけて下さい」
「ふ、ふぁい……」

 シオンに言い負かされたのか、セブンの涙声が外から聞こえた。

「それで、シオン――でいいのですか?」

 まだ私が普通に会話できる状態でないことを見取ってか、セイバーが声をかける。
 シオンは居住まいを正すと、速やかに頷いた。 

「正確にはシオン・エルトナム・アトラシアです。こちらが第七聖典。もっとも受肉していますから、聖典と呼べるかどうかはこころもとないですが」
「シオンさん、遠まわしに馬鹿にしてませんか?」

 こざっぱりとしたシンプルなデザインの修道衣をまとったセブンが口をとがらせる。見た目は確かに人間なのだが、手先から伸びるヒヅメがそれとまったくつり合っていない。

「馬鹿になどしていません。ただ、私見を言っただけです」
「それで、シオン。今、煉の他に来ている魔術師はいるのですか?」

 この二人を絡ませておくとキリがない、そうセイバーも感じたのだろう。さっさと話を進めようとする。
 しかし焦りすぎだ。公平を期すための監視役が、そう簡単に他の魔術師の情報を教えるはずがない。

「いません」
「は?」

 思わず声を上げると、その場にいた全員の視線が私に集中した。
 構うものか、疑問は早いうちにぶつけておくに限る。

「いないってどういうこと。今回は九十年前と同じ、サーヴァントを使った聖杯戦争じゃないの?」
「その通りですが、いないものはいないのです」
「私たちも、困ってるんですよぅ。それはつまり、私たちの管理しきれていない魔術師が、この聖杯戦争に参加するということですし」

 セブンが泣きそうになりながら目元を押さえる。
 ……なんだかこう、沸々と煮え切らないものが腹の底から沸いてきた。

「ハァ!? ちょっとそんなのってないでしょ!? だったら何とかしてよ、そのためにあなたたちいるんでしょうが!」
「そんなことを言われてもいないものはいないのです! 幸い、まだ開始までは半日以上あります。その間に、誰かが来てくれることを祈るしかありませんね」
「神にお願いOh my god!? 魔術協会の職員がそんなことでいいの?」
「神様を馬鹿にしちゃいけませんよぉー」

 本当にどうにもならないらしいが、口論でもしなくてはこの苛立ちは収まらない。

 唯一参加していないセイバーはといえば微笑みながら、

「寝起きが苦手で不機嫌。本当にそこだけは、凛そっくりですね」 

 などと、いつもの言葉を呟いていた。
 
 ――私の名前は衛宮煉。花も恥らう十四歳の、引退した魔術師だ。


4: 心無鳥 (2004/03/28 11:07:10)[shina_lain at hotmail.com]http://www113.sakura.ne.jp/~the_470in/


 01/02

 もう何年経つだろう、と不意に思う。
 あの聖杯戦争から九十年。凛は死に、四年前にシロウも死んだ。
 彼らの生涯は辛く苦しいことばかりだったのかと問われれば、はっきり否、と答えられる。
 凛もシロウも、納得して死んでいった。
 あの二人は子をもうけたものの、結婚することはなかった。変と言えば変な話だが、納得できないことでもない。
 結局のところ遠坂凛は魔術師であり、衛宮シロウは魔術使いだった。ただそれだけの話だ。故に、二人の道は別たれたのだが。
 凛が魔術師として至った後、シロウは国々を周りながら日本へと帰っていったようだ。凛もついていこうとしたが、もはや彼女は魔術協会から離れられるような立場にはなかった。

『俺は、もっと沢山の人を助けたいんだ』

 そう言ってシロウが去っていった時、凛は涙も流さなければ、不満を言うこともなかった。
 ただ一言、

『……ええ、それがエミヤシロウだものね』

 と、呟いた。
 満ち足りていたのだ、そう思う。
 甘い蜜月は過ぎ、それぞれが為すべきことを為す時が来たと、わかっていたのだろう。それはまるで、幼い少女に別れを告げた私のように。
 私は凛の元を離れるわけにはいかなかった。見かけのわりに苛烈な性格が災いしてか、彼女には敵が多すぎた故に。
 それから三十年が経ち、子孫にしっかり魔術刻印を受け継がせて凛は死んだ。ご丁寧に、私を維持するための令呪を移植するというオマケつきで、である。
 凛のあの性格は血筋だったらしく、彼女の子も孫も美しさの影で血の気が多かった。結果、私は遠坂家付きの護衛兼家族としてこの時代に留まっている。
 今も、あの日抱かれた疑問は解けていない。
 はたしてあの道は、ひたすらに王を目指したことは間違っていなかったのか。
 間違ってなどいないと、シロウは言うだろう。
 しかしそう思おうとする度に脳裏をよぎるのは、死体に埋め尽くされた大地と、そこに立っている自分。
 信じようとする心と、王として間違っていたという疑念が渦巻き、結局何も決められない。
 ――私は、弱い。
 だがいつの日か、答を出せる時がくるのだろうか?
 出せないのであれば、それこそが私の贖罪。延々と生き長らえ悩み苦しみ続ける罰だ。
 私の真名を知る者はもはや亡く。過去を語る友もいない。
 それでも、構わない。
 あの聖杯戦争は疑問を生んだが、同時にかけがえのない思い出をくれた。
 凛の子供たちを見ていれば、鮮やかにあの頃を思い出せる。
 ただそれだけのことだが、それはきっと、何よりも大切なこと。
 今の私がすべきことは、この目の前の――彼女の母親、凛の孫とシロウ本人から託された少女を守ることだ。

「煉、少し落ち着いてください」
「何言ってるのよセイバー。これが落ち着いていられるわけないでしょ!? 派遣されてきたってのに役に立たない人たち相手に、落ち着く必要なんてあるはずもない!」
「っな! 役立たずとはなんですか衛宮煉。私たちはただ事実を述べているだけです。私本人に過失があるならまだしも、あなたに対して何の負い目もない今、誹謗中傷を受けるいわれはありません!」
「そ、そうです。役立たずなのは私たちの上司であって、私たちじゃありません!」

 先ほどとは打って変わって、見事な連携を見せるシオン・エルトナム・アトラシアとセブン。だが、煉にそんな言い訳が通じるはずもない。
 百四十センチほどの身長しかないちびっ子であっても、彼女は凛の曾孫なのだから。
 少し赤が入った艶黒髪のポニーテールを手で払い、煉が笑う。それは相手を追いつめる危険の兆候だ。

「へぇ、まるで子供の言い訳ね。狄討やったことだから私には関係ありません瓩覆鵑董⇒鎮佞發いい箸海蹐茵上の罪は下々の者の罪、しっかり責任とりなさい」
「そういえば、いっつも苛められるのはヒラ代行者の私なんですよねぇ……うう……」
「意気消沈している場合ですか!」

 シオンに焦りの色が見え始める。そろそろ、助け舟を出した方がいいようだ。
 もっと早く助けることもできたのだがそれはそれ、私とて彼女らの仕事ぶりに疑問を抱いていたということだ。

「そこまでです」
「ちょ、セイバー。邪魔しないでよ!」

 煉と二人の間に割って入ると、不満も露に彼女は叫んだ。
 がなりたてる口を押さえ、声を止める。

「むぅぅぅぅーーーーーー!」
「一つ聞きますが、今の自分の状態がわかっていますか?」

 静かに問いかける。背中の側にいる二人は何も言わない。やはり、自分たちが劣勢であることくらいは察していたのだろう。

「む?」

 相変わらず顔を赤く染めながら、煉は首を傾げる。
 私もできればこんなことをしたくはないのだが、冷静さをかいている状態ではどんな支障が生じるかわからないし、ずっと口論しているわけにもいかない。いつでも、時間は限られているのだから。

「わからないなら言いましょう。……煉、あなたが起きてから、まだ三十分と経っていません」

 赤が一瞬にして蒼白へと転じる。口元にあてがわれた私の手を振り切って、煉はよろめくように車の中へと戻っていく。

「う……せいば……あと、よろしく」
「はい。ゆっくりと休んでください」

 できる限りの笑顔を作って、その後姿を見送る。
 ワゴン車のドアが閉まったのを見届け、おもむろに振り返った。
 あっけに取られていた二人のうち、シオンの表情がすぐに引き締まり、セブンの頭を小突く。
 セブンは声をあげたが、自分の役目を思い出したのか、礼儀正しく拝礼したのちに直立した。

「はぁ、扱いに慣れてますねぇ」
「まぁ、長年同じようなタイプを相手にしていれば、慣れるのは当然でしょう」

 ほっと胸を撫で下ろすセブンに比べて、シオンはどこかまだ不服そうだ。

「申し訳ありませんお二方。煉は寝起きが酷く悪く、起きてから一時間はあんな風なのです。普段はもっと丁寧なのですが……」
「あぁ、いえいえ。気にしないでください。こっちが情報不足っていうのは、事実なんですから」
「それでも、先ほどの言い方は過分に私情が混じっていたようですが」

 朗らかに笑うセブンと、むすっとして呟くシオン。最初はまったく正反対だと思った二人だったが、対照的すぎて逆にバランスがとれている。

「あなたが遠坂家の使い魔。九十年前の聖杯戦争のサーヴァント、セイバーさんですね?」
「ええ、今は遠坂家ではなく、衛宮家のセイバーですが」
「エミヤ……ああ、九十年前の聖杯戦争に参加し、その後遠坂凛と共に倫敦の魔術学院に在籍。大成したあと出奔した魔術師ですね。消息がめっきり途絶えていましたが、なるほどこの国なら私たちの手も届き難い」

 頷きを返し、詳細を問おうとした私の言葉を、シオンが遮る。

「だとすれば、遠坂煉が落ちのびたのがこの国なのもうなづけますね。いや、或いはそれしか行くところがなかったのか。何しろ、あれだけのことをした――」
「そこまでです。シオン・エルトナム・アトラシア」

 シオンが顔を上げ、目を見開く。
 おそらく今の私の目は、剣呑な光を放っていることだろう。

「マスターを辱めることは私にツバを吐くと同じこと。それ以上要らぬ発言を続けるのならば、私の剣はあなたを敵と見なします」

 非常に気分が悪い。確かに煉は言い過ぎたかもしれないが、彼女が体験してきたことを何も知らずにそんな言葉を吐くことは、絶対に許せない。

「……失礼しました。確かに今の言動は、少し行き過ぎていましたね」

 目を伏せ、深呼吸をするシオン。私も体の力を抜き、楽に構える。

「それで、何故今回の聖杯戦争の魔術師がわからないと?」

 会話に混ぜてほしそうにそわそわしていたセブンが、跳ねながらヒヅメを上げた。

「ええっとですね。そもそもここで行われる聖杯戦争は、私たちの把握しているものじゃなかったんです」
「その通り。つまりこれが、初めてだということになりますね」

 シオンも頷きながら声を同じくする。だが、それはおかしい。

「ならば、サーヴァントと魔術師を用いて行われるとわかる道理もないはずですが」
「単純な話です。タレコミというものをご存知ですか?」
「タレコミ……つまり、匿名での情報ですね」

 それこそ信じられない話。この富士青木ヶ原樹海を舞台として行われる、サーヴァントを用いた聖杯戦争など、デマカセもいいところだ。

「協会と教会は、本当にそれを信じているのですか?」
「無論信じていませんが、完全に否定することもできません。九十年前、件の聖杯戦争がこの国で起こった事実がありますし」
「それに、危険だからこそ教会と協会。互いに相反する組織にあえて知らせたのかもしれません」

 自分の言葉に、セブンが頷く。

「それがもし逆だとすれば? 双方を混乱させて利益を得るものが……」

 と、言いかけて私には察しが付いた。そもそも、この二人がここにいる時点で気づくべきだったのだが。

「……過剰に反応するわけにも、放置するわけにもいかない。だから一応監視役だけを派遣し、魔術師は送らない。何事もなければそれでよし。何かがあれば監視役によって、自分たちに利益があるように事を運ぶ」
「察しがいいですね。さすがは英霊、と言っておきましょうか」

 だが、この地に満ちている魔力は尋常ではない。協会も教会もまだそれを知らないか、数日前に知っただけのはずだ。この国の機関と折り合いをつけ、大量の人員を投入するには遅すぎる。

「だけどあまりにここがすごいことになってるので、私たちが独断で煉さんを呼んだんですよ」

 ――つまりはそういうことだ。
 両キョウカイの手は長く、そして目的のためなら何でもするフシがある。
 何らかの交換条件を提示し、見返りとして教会か協会の息がかかった魔術師の居場所を教えさせるくらいのことをしてもおかしくない。
 その結果として呼ばれたのが、煉だった。

「つまり、魔術師がわからないのではなく居ない。そして呼ぼうにも呼べない。そういうことですね」
「情けない話ですが、イェスと答えるしかありません。今宵より何が起こるかわかりませんが、誰も呼ばないよりはマシでしょう」
「またシオンさん、そんなことばっかり言ってるから友達できないんですよ?」
「っな、どうしてそんな――」

 慌てて後退るシオンを見ながら、セブンが照れながら頭をかいた。

「いや、カマかけてみたんですけど、やっぱりそうでしたか……」

 猛然と反論し始めるシオンを尻目に、私は踵を返す。
 煉のことが心配だし、何よりこの聖杯戦争について、もう一度整理しなおす必要があるだろう。

「それではシオン、セブン。今の話は私から」

 ぐぅ

「…………」
「…………」
「…………」

「私から、煉に伝えておきますので」

 二人から顔が見える位置にいなかったことを、心から神に感謝する。
 恥ずかしさに火照る顔も、背後から聞こえてくるクスクス笑いもいつものこと。
 今はとりあえず。車に乗っている弁当を食べにいこう。

「ああ、セイバー」
「なんですか、シオン」

 足早に進みながら返事を返す。
 意識すればするほど空腹感は進み、もはや耐え切れる限界三歩手前まで達していた。

「一つ聞きますが、遠坂家以外にエミヤシロウの子孫はいるのですか?」

 体が止まる。呼吸も止まる。
 動悸を落ち着けるように深く深く深呼吸し、つとめて冷静な声で返事を返す。

「――いません。彼は生涯、独身でした」

 青い空を見上げながら、幾度目かになる綺麗な思いを抱く。

 結婚こそしなかったが、二人は確かに生涯の誓いを結んでいたのだと。


5: 心無鳥 (2004/03/28 11:08:09)[shina_lain at hotmail.com]http://www113.sakura.ne.jp/~the_470in/


 01/03

 それは、廃墟のような建物。
 樹海の奥に、うずもれるようにして佇む、崩れかけた被造物。
 しかし、存外に作りはしっかりしているようで、コンクリートの隙間から覗く鉄骨はまだまだ現役。否、まるで十年程度しか経っていないもののそれだ。
 ならばそれはいかなる業か。この建物はツタや太めの木々によって大地に固定されている。ここまで育つには、幾十年の年月が必要であろう。
 赤茶色の鉄骨が木の色に混じり、一種の保護色となっている。そもそもこんなところまで来る人間がいるかは疑問だが、もし来たとするならば、気がつかずに通りすぎることだろう。
 その廃墟モドキの建物の三階。外見と違い、汚れのない部屋のソファーで一人の女が眠っていた。
 一言で言えば男装の麗人。細い線に凛々しい目尻と眉。眼を開けば鋭い眼光が放たれることが、容易に推測できる。黒いタイトなパンツが優美な曲線を描き、二本の脚を形づくる。純白のYシャツは動くのに支障がないだけのゆとりをもって、整えられていた。
 髪は短く、顔は美しく、片の耳には橙のピアス。
 少しだけズレた眼鏡が、呼吸と共に頭が動く度、上下する。
 ソファーの傍らのみならず、部屋の壁という壁に置かれているのは、大小様々な大きさのハコ。それこそアタッシュケースから人が入りそうなトランクまで、きちんと壁に整列している。その色すべてが、女のピアスと同じ橙。
 そうして眼を開き体を起こした女こそ、最高位の人形使いの名を受けた魔術師だった。
 蒼崎橙子、魔法使い爛潺后Ε屮襦辞瓩了个砲靴読印指定。協会の手から逃れて日本に渡り、細々とツクるものとして生活している、世間一般でいうところの奇人。
 三十年前に滅ぼされた真祖、ディ・ダークネスの眷属と成り果てた吸血鬼。
 ――だが、白塗りの天井に向かって顔を上げ、背筋を伸ばす彼女の眼は、人外の赤ではなかった。
 Yシャツの胸元から出した煙草をくわえる歯にも、さして異常はない。
 ふぅ、と一息つき、橙子はズレていた眼鏡を取った。

「人が隠遁している傍らで……物騒なものだ」

 よく通る声で呟き、ため息をこぼす。
 物騒、という言葉の割に、その声には随分と余裕がある。その猜騒なもの瓩、まるで自分には関係ないというかのように。
 室内に設けられた唯一の窓。そのカーテンを開けると、外からは眩しいばかりの日光が射しこんできた。今日も今日とて快晴。真夏の蒸し暑さはここ数十日の間、まったく弱まる気配を見せていなかった。
 だが、ここ青木ヶ原樹海にしつらえた橙子の住居は別物だった。避暑地に劣らぬ涼やかな空気が、常に建物内を巡っている。樹木と木陰によって育まれた、天然のクーラーだ。
 冷蔵庫を思わせるその中で、橙子はただ黙々と煙草をふかしている。
 不意に、ソファーとは真反対に置かれた机の上の電話が鳴った。静寂に酷く不釣合いな騒音。そこに不快感を感じてか、橙子はかすかに顔をしかめた。
 灰皿に煙草を置くと、音を立てながら歩み寄り、受話器を取る。

「なんだ朝っぱらから。黒桐か、それとも伏見か?」
『あっはは、橙子師。その様子だと、まだ寝起きのようだね」
「伏見か、簡潔に言おう。健やかな寝起きを貴様の声に邪魔された私は今、すこぶる不快だ。これで下らない用件だったら、それこそ腕の一本か二本、材料として貰い受けるぞ」

 不機嫌極まりない声で橙子は告げる。それに反して、呑気な声が受話器からかえってきた。

『やれやれ、少しくらいは時間を意識してもいいと思うよ? 今はもう昼の十二時、普通は起きてる時間だろ。それとも、まだ昼間はおねんねの吸血鬼をやってるのかい?』
「お前もいい年になったろうに、まだあの時のことを蒸し返すのか。存外に根に持つ方らしい――ああ、魔女は執念深いと相場が決まっていたな。今のは失言だ、許せ」
『まぁお互い様ってことで、言葉遊びはここまでにしよう。橙子師が俺に反動のない魔術を教えること、俺が橙子師を殺して人間に戻すことで、あの件はケリがついたはずだからね』

 心底口惜しそうに、橙子はかぶりを振った。

「よもやこの年になって、新しい弟子を取ることになるとは思わなかった。まったく、魔女を弟子に持つ魔術師なんぞ、私くらいのものだろう」
『それは自讃かな?』
「いいや、自嘲さ」

 かすかな笑い声をもらす橙子と同じく、向こう側の男――伏見からも、同じ笑いがこだまする。
 カツン、と大きく床を踏み、仕切りなおすように顔を引き締め、橙子が言った。

「で、本当のところはどんな用だ? 大方、暇を持て余した私をからかおうという算段だろう?」
『半分は当たり、でも他にもう一個あるんだ』
「ほう、言ってみろ」

 悪びれもなく肯定する伏見に気分を害した風もなく、橙子が問う。
 この二人にとって、このような会話は日常茶飯事だ。腹をたてていてはキリがないことを、お互い知っていた。

『黒桐ちゃんの曾祖母、鮮花さんだっけ? お盆が近づいてるから、彼女の墓参りに来てくれだってさ』
「ああ、もうそんな時期か」

 遠くに思いを馳せるように視線を上げながら、橙子は再び胸元から煙草を取り出そうとした。だが、ない。

『引きこもってるから、日にちなんてわかんないだろう。今年こそはちゃんと知らせて来させてください。そう、黒桐ちゃんに頼まれたよ』
「黒桐本人が伝えればいいことだろう? 最近教えを請いにも来ていないが、アレはいったい何をやっている」
『なんか学校のほうが色々大変みたいでね。この前伝言を頼まれて、それっきりさ』

 ニヤリ、と口元を歪ませ、橙子はいたずらを思いついた少女のような笑みを浮かべた。

「アレは鮮花に似てムラがあるからな。よくないモノに首を突っ込んで、やりたくないながらもやる羽目になってしまうタイプだ」
『ああ、わかるわかる。からかわれてるフリしてからかうのが楽しいんだよね、あの子』
「……で、伏見。残念ながら私は、墓参りには行かんぞ」
『うえぇ!?』

 一転、伏見は喉がひっくり返ったような声をあげた。

『ど、どうしてさ橙子師! 来てくれないと、俺が黒桐ちゃんに燃やされちゃうって! 伝言頼まれた時、思いっきり目が据わってたし……』
「まぁ落ち着け伏見。いいか、私は金輪際外の世界に出ないと決めた。昔から憧れていた、仙人のような生活をしたいと思ってね。ただそれがあまりにも退屈だから、お前と黒桐の面倒をみてやっているだけだ。故に、私が墓参りに行くなどということはありえない。もしどうしても参らせたいなら、鮮花の墓と骨を持ってこい。そうすれば、線香代くらいはこちらで出そう」
『そ、そんなぁ』

 意地の悪い笑みを浮かべながら橙子は一つ息を吸い、言葉と共に吐き出した。

「――だが、別に献花くらいはしてやらんでもない。もちろん、お前が取りに来るという条件つきでだ」
『えぇ!? 勘弁してよ橙子師。あそこの樹海、行く度に景色が変わるから、わかりにくいったらありゃしない』
「ふむ、こなくても構わんぞ。単純な天秤だ。犢桐ちゃんに焼かれちまう瓩、ここまで花を取りに来るか。どっちが重いか、よく考えるといい」

 しばしの沈黙の後、体の中の空気を全てひねりだすようなため息が、長く長く受話器の向こうから流れ出る。

『わかったよ。取りにいけばいいんだろ? すぐ出れば夜の九時にはつけると思うから、よろしく』
「ああ、ゆっくり来るといい。時間だけはたっぷりあるからな。こちらもせいぜい時間をかけて、準備させてもらおう。おとついか、新種の食虫植物を見つけたばかりだ」
『橙子師。鮮花さんに怨みでもあるのかい?』
「あるわけなかろう。鮮花に似合う花としての選択だ」
『はぁ、じゃあ無事につけたら、夜に会おうか』

 冷静に答える橙子に生返事を返し、伏見が電話を切ろうとする。

「待て!」

 大声でそれを静止し、橙子は表情を真剣なものに変える。

『……何かあったのかい?』
「いや、別に損失があったわけではない。ただここ数日、指向性のない無秩序なマナがこの地に溢れすぎている。お前も来ればわかるだろうが、悪意や作意は感じられない。だが万が一ということもある、気をつけろ」
『わかった。それじゃ今度こそ――』
「待て待て、誰が終わりだと言った」

 受話器を持ったまま椅子に座り、橙子は深く腰かける。

『はいはい。もう最後までちゃんと付き合うよ』
「まぁそううんざりとした声を出すな。ここからが本題なんだから」

 机の上、二枚の写真立てを見ながら彼女は言った。

「煙草が切れた。二十カートンほど買ってこい。銘柄はいつものだ。吸えない苛立ち、同じ喫煙家のお前ならわかるだろう?」

 二つのうちの一枚、一際古ぼけているほうを倒し、もう一つを手にとって見つめる。そこには着物を着た少女と、純朴そうな青年。それに今と同じ姿形の橙子と、パリッとした服装の少女が写っていた。

『これで着くのは夜中の十二時過ぎ決定、っと。ひょっとしてそれが一番の目的かい?』

 その写真立ても倒し、橙子は爽やかな笑みを浮かべながら答えた。


「さぁ――どうだろうね」


6: 心無鳥 (2004/03/28 11:09:07)[shina_lain at hotmail.com]http://www113.sakura.ne.jp/~the_470in/


 01/04

 体調が通常に戻る頃、すでに太陽は中天を過ぎ、傾いていた。
 寝起きとは比べ物にならない、すっきりとした頭を振る。顔に張り付いた髪を払うと大きく背を伸ばした。体の筋が締まって、心地良い。
 そうしてワゴン車の後部座席にあぐらをかく。と、運転席から何やら物音がする。

「……ああ、お昼過ぎ」

 がっつくでもなく、せわしなくでもない、規則正しく食べる音。その音に惹かれるように、私も這いつくばって移動し、座席の間から体を出した。

「ごめんねセイバー。色々迷惑かけて」
「煉」

 箸を止めたセイバーが顔をあげる。口元にはご飯粒一つついていない。うん、まったく正しい礼儀作法だ。
 時々それが物足りなくなるのは、私だけの秘密なのだが。

「気にすることはありません。生まれつきというのは、どうにもなりませんから」

 真摯な瞳で、微笑みながらそう告げる。

「ん、そう」

 短絡的に答え、頷く。おそらく私の声も顔も、気だるそうにしていることだろう。
 だけどそれは照れていることの裏返し。そのことを知っているセイバーは、可笑しそうにもう一度笑う。
 なんだか私ばかり照れて、割に合わない。

「そうだね。セイバーの食欲も、生まれつきだからしょうがないか」

 セイバーが箸を止め、じっとこちらを見つめてくる。その頬が、わずかに赤く染まっていた。

「ち、違います。これはただ単に、サーヴァントといえども食事をしていたほうが労働意欲も上がるというもので……」
「でも、セイバーは食べなくても平気なんでしょ? じゃあ今回の聖杯戦争、食事は要らないよね? ただでさえ何日かかるかわからないんだし。戦うのは私のサーヴァントに任せればいいんだから」

 時間が、止まった。
 セイバーの瞳孔が開き、玉子焼きを取り落とす。シートに落ちそうになるそれを、手を伸ばして受け止めた。
 口に含むと、半熟と完熟のハーモニー。丁度良い焼き心地と、絶妙の甘さ加減が融合した見事な食感。
 うん、これこそ日本の食。さすが間桐のお姐さんが作った弁当だ。なんだかんだ不満を言いながら、仕事はしっかりしてくれている。
 早熟の梨に手をつけながら、まだ固まっているセイバーに声をかけた。

「あれ、どうしたの?」

 我に返ったようにセイバーが頭を揺らし、差し迫った視線を送ってくる。

「それは、酷く困ります」
「どうして? サーヴァントは、魔力供給だけで十分なんでしょ?」

 言葉に詰まり、セイバーが喉をうならせた。そして伏せ目がちに、非難の視線を送ってくる。

「……煉。私をからかうのもいいですが、時と場合を考えてください」
「私は本気だけど?」
「いいえ、本気ではありません。煉が本気なら、もっと高慢な口調になりますから」

 事実をぴしゃりと叩きつけて、セイバーは押し黙った。
 こればっかりは私も降参するしかない。どうも遠坂家の血筋は多かれ少なかれ、性格に裏表が出るらしいのだから。

「ごめんごめん。ちゃんと食事は出すから、安心して」
「ならばいいのです。ああ、魔力供給と言えば、私も今回は戦えるかもしれません」

 満足気に、しかしため息を吐きながらセイバーが薄く笑う。

「ほんとにっ!?」

 思わず声を上げてしまう。士郎さんから、セイバーは前の聖杯戦争ではナンバーワンのサーヴァント。最良にして最強に近い者だと聞いている。ならば、これほど心強い味方はいない。

「でも、なんで?」
「これはサーヴァントを用いる聖杯戦争なのでしょう。ならば聖杯からの魔力供給が私にまで及ぶことが、絶対にないとは言い切れません。元々、私がセイバーとして戦えないのは、それをするとこの時代に留まっていられなくなるからです。ですが、あの時の聖杯戦争と同じならばそのようなこともないはずです。事実、この地に満ちている魔力はそれを行うに十分なもの。あとはマスターであるあなたの、凛曰く犲惴瓩量簑蠅任垢――」
「それなら安心。だって私の蛇口は、もうとっくに壊れてるもんね!」

 心配そうにこちらを見るセイバーを元気づけるように声を張り上げた。

「だから心配なんです!」

 青筋を立てて、セイバーが叫ぶ。心を落ち着かせるように深呼吸したあと、彼女は本当に心配そうに、私の頬に手を寄せてきた。

「くれぐれも、タガを外さないようにしてください。壊れた蛇口は水を出し続けるだけ、もし水が無尽蔵なら、水圧に押し広げられて砕けるだけなのですから」
「……大丈夫。大丈夫だから、そんなに心配しないでよ」

 セイバーの手に右手を重ね合わせ、自分を励ますように目をつぶる。
 瞼の裏に、六年前の光景がフラッシュバックする。
 焼ける時計塔。炎の海。腐肉の底。蠢く巨大な――影。
 目を開き、自分に言い聞かせるように呟いた。

「もう、あんなことは起こさないから」

 見つめる私に満足したのか、セイバーは頷いて体を引いた。きちんと置かれていた箸を手に取ると、再び食事へと取りかかる。
 私もそれに負けじと、自分の箸を取って応戦する。

「煉、それは私の唐揚げです」
「む、セイバー。いいでしょ? 私からも春巻きあげるから」
「いいでしょう。物々交換、異存はありません」

 ほのぼのとした会話を展開しながら、和気藹々と弁当を食べる。
 いつも通りの風景、二人きりの食事。
 家族はいない。そう呼べる者は、全部英国に捨ててきたか、死んでしまった。だけど、後悔なんてしていない。
 あのままあそこにいたら、今も機械のように魔術ばかりを学んでいただろう。
 恐ろしい。周りがそれ以外何も入れなければ、このような人間が出来上がるのだと。
 そんな自分が――本当に恐ろしい。

「これから、どうするのですか?」

 箸を止めていた私をいぶかしげに見ながら、セイバーが問いかけてきた。
 思考を内面から外面に切り替え、考える。
 まだ私以外に魔術師が来ていないとなると、他の魔術師とハチ合わせになるこの場所はまずい。
 そもそも、今回の聖杯戦争が何を目的としたものかもわかっていない。まぁ、それは勝ち残ればわかることだから問題ないけど。
 積載した食料は三日分。出来る限りコンパクトにまとめたつもりだ。
 もっと大量に用意してもよかったのだが、場所の特性上、それほど時間がかかるとは思えなかった。
 青木ヶ原樹海――富士の裾野に広がる、40平方キロメートルに及ぶ迷いの森。
 普段から立ち入る者は少ないし、今回は大規模な結界が聖杯によって発生している。すでに侵食し始めているそれは、内部の音、衝撃、光景を全てシャットアウトする一種の空間隔離だ。
 ならば、手加減をする必要もない。広すぎて敵が見つからないのなら、いぶり出せばいい。つまりもっとも警戒すべきは、そういうことのできる対軍宝具だ。
 森を焼き払うなんていうのは、わざわざ全員に自分の居場所を教えるようなもの。だけど最後になれば一対一のぶつかり合いだ。横槍なんて、考える必要もない。

「それなんだけど、セイバーの宝具って何? あなたの真名は?」

 問いに、セイバーは口をつぐんだ。何か不都合なことでもあるんだろうか。

「味方の戦力を把握しておくことが、一番大事なこと。手持ちのカードが何であるかわからなきゃ、予定の立てようもないから」
「……煉、すみません。それに関しては、口を閉ざすことを許して欲しい」

 言って、セイバーは顔を伏せた。
 その刹那に見えたのは凛々しい表情だったが、それは同時にとても儚げなもの。まるで、罪を問われているけれど、何を犯したかわからないのに自分が悪いと感じている、愚かな罪人のよう。
 だから私も、それ以上問うようなことはしなかった。家族の心にずけずけ踏み込むなど、してはいけない。

「うん、わかった。だけどセイバー、あなたの宝具がどういうタイプのものなのか、それくらいは教えて。駄目?」
「……ありがとう、煉。そして、それは確かに教えておいた方がいいですね」

 顔を上げ、引き締まった表情のセイバーが言う。

「私の宝具はセイバーという名の通り剣、故に対人のものです。対軍としても使えますが、本来そういう用途のものではありませんから、一対一で使うものと考えてください」

 剣。女の英雄で剣を使う人といったら、やはり真っ先にジャンヌダルクが浮かぶ。セイバーの正体は彼女だろうか。
 だとしても、今はそれを問うてはいけない。

「なるほど。で、自信はどれくらいあるの?」
「自信、ですか?」
「うん。あなたが自分を過剰評価することはないだろうし、過小評価しすぎるということもないと、私は思ってる。だから、威力の程度を知るために聞いておきたいの」

 あごに手を当てて考えること数秒、透き通った明晰な声で、彼女は答えた。

「少なくとも、全力を発揮できるのなら負けることはありません」

 ……驚いた。
 何を驚いたって、セイバーが本当にそう思っているのだと自分でもわかるからだ。
 それにしたって負けない? ありえない? まだ敵がわからないのにそう言い切れる彼女に、その要因を問うた。

「すごい自信だけど、その理由は?」
「マスターがあなただからです」

 迷いもなく、即答。
 こうも真っ向から言われると、こちらも気恥ずかしい。

「煉、あなたは魔術師――いえ、今はもう魔術使いですが、マスターとしては最良です」
「むー、そんなに持ち上げられるのは嫌い。ほら、はやく食べて樹海に入ろ」

 顔が熱くなるのを自覚しながら、食事を再開した。
 セイバーも苦笑しながら私に続く。
 幸せそうに食事をするセイバー。
 彼女の笑顔をたくさん見たせいか、ふと士郎さんのことを思い出した。

「ねぇ。あなたって、昔はそんなに笑わなかったの?」
「何故ですか?」

 疑心丸出しで、セイバーが首を傾げる。

「うん、士郎さんとはこっちに来てから一年しか一緒にいなかったけど、あなたの話が出る度に『セイバーは感情をよく出すようになったなぁ』って言ってたよ?」

 士郎さん、私の曾祖父。お爺ちゃん、と呼ぶのも変なので、私はそう呼んでいた。
 日本に落ち延びてきた時、暖かく迎えてくれたのが士郎さんだった。百歳を越えているにも関わらずやけに元気なその人は、同時にある一点に特化した魔術使いだった。
 半ばボランティア的に活動しているという彼は、家を空けることも多かった。もちろん、私は学校があるから一緒には行けない。代わりにセイバーがついていったが、その時の彼女はずいぶん嬉しそうだった。
 ただ……なんだろう。士郎さんの喜び方は、まるでずっと待ち続けていたものが来た。そういう種のものであるように思えた。
 そうして一年後、私に魔術刻印を遺して彼は死んだ。争いでもなんでもない、ただ春の暖かな日差しの射しこむ縁側で、ゆっくりとただ静かに生涯を終えた。
 末期の会話は、今でも覚えている。

『煉。君には、できるだけ多くの人を助けられる人になって欲しい』
『そんなの無理。士郎さんも知ってるはずでしょ。私はもう、沢山の人を殺してる』
『殺しているから、助けられないのか?』
『助ける資格が、ないと思う』
『そう言って、助けられる人を見捨てるのか?』
『それはっ……殺す、っていうことだよね』
『ああ、きっとそうだ。君はとても優しいから、自分が殺したと思うだろう。だから助ける資格がないと思う前に、助けなきゃいけない』
『でも、私が殺した人は生き返らない』
『当然だろ。いつだって後戻りなんてできないんだ。忘れることは、できるけど』
『そんなことはしたくない。忘却は、弱々しい逃亡にすぎないから』
『やっぱり君は、優しい子だ。とても大きな傷を負っている。だからそれ以上、傷つかないでほしい。そのために、目に映る人を助けてほしい。人の死で傷つくなら、それは人の生で癒されるということだから』
『士郎さんの言ってることはわからないよ……だけど、うん、なるべくそうする。あなたの言うことは、間違ってないと思う』
『――――』
『どうしたの?』
『俺は、間違っていないか』
『うん、少なくとも私はそう信じてる。不安なら安心して。これでも私、強情で有名なんだから。たとえ誰が間違ってるって言ったって、正しいものは正しいって言い張るよ?』
『ははっ、そうか。そうか――』

        『――ああ、安心した』

 その言葉を最後に、衛宮士郎は息絶えた。
 どんな気持ちで話していたのか、そんなこと私は知らない。
 だけど正しいと思ったのだ、認めたのだ、言ったのだ。
 ならば爐覆襪戮瓩修里箸りに生きていこう。
 彼が遺した魔術刻印に、そう誓った。

「……そうですね」

 熟孝していたセイバーの声に、我に返る。
 彼女はいつになく恥ずかしそうに眉根を下げて、、

「きっと、シロウや凛、あなたたちのせいでしょう」
「私たちの?」

 ええ、とセイバーは頷く。

「私がずっと押し黙っていると、心配してきてしょうがない。だからできるだけ感情を表に出せば、そんな無駄な心配をしなくて済む。ただそれだけのことです」
「で、それは不満?」

 更に突っ込んだ問いかけをすると、彼女はかすかに歯を見せて笑い、言った。


「嬉しいと言って、構わないでしょうね」



一日目、昼Recollection

7: 心無鳥 (2004/03/28 11:09:47)[shina_lain at hotmail.com]http://www113.sakura.ne.jp/~the_470in/


 02/01

 鳥も寝静まった真夜中。都会の光が届かない闇の中を、私とセイバーは進んでいく。
 時刻は既に十一時半を指している。今回の聖杯戦争が始まるのは午前零時。
 ――正直、自分たちが今どこにいるかなんてわからない。だけど、夕刻シオンたちと別れてから決めたベースキャンプから、どれくらい離れているかくらいはわかる。

「ところで、サーヴァントをどうやって呼び出すか知ってる?」

 先を行くセイバーに声をかけると、彼女は足を止め、肩越しに振り向いた。

「前回は全て、そのサーヴァントにゆかりの品を持っていることが条件でしたね。凛は丁寧に魔法陣を敷いていたようですが、シロウの場合、本人は何もしていません」
「つまり、適当でも構わないの?」

 困り顔で首をひねり、セイバーは黙した。
 彼女も、情報量が少なすぎてわからないということだろう。

「まぁ、ここでの聖杯戦争は初めてなんだから、わからないのも無理ないよ」
「はい。残念ながら煉の言うとおりですね」

 前に向き直り、セイバーは再び前へと歩を進める。足元に気をつけながら、私もその後をついていった。
 サーヴァントを呼び出す方法がわからない以上、その来訪は唐突だと考えるべきだ。ならばベースキャンプからは離れていなければならない。セイバーの話によると、サーヴァントの召喚には光と衝撃、その他もろもろ目立つ要素が満載だそうだから。
 私も深く問いはしなかった。
 いつだって、イベントの幕開けは派手と決まっている。
 祭りの開幕、競技会の開幕、そして殺し合いの開幕。種は違えど、始まり華やか終わりしんみりは変わらない。
 それに何故と問うことは、まったく無粋と言えるだろう。

「それにしても……厄介な樹海。印でもつけておかなきゃ、戻れなくなってるところね」
「確かに、この大気中のマナ密度は異常です」

 セイバーの言葉に頷く。昼はまだマシだったが、今ではここのマナ濃度は人造異界のそれだった。
 生暖かい空気が五感全てを通じて感じ取れる。あと少し手を加えてやれば簡単に物質化できるほど濃密。

「うぷっ……」

 吐き気がする。呼吸が辛い。息を吸い込むだけで、体中の魔術回路が悲鳴を上げる。通常の神経が、この空気を吸い込むことを拒否している。
 強いて言うなら瘴気。密度の上がりすぎた酸素が人を害すのと同じように、マナが人を侵食する。

「大丈夫ですか?」

 セイバーが心配そうに身を寄せてこようとする。それを手を突きつけて止め、立ち上がる。

「うん、平気。この程度の密度、あれに比べたら大したことない」

 大きく息を吸い、吐き出す。ビクン、と体が反応し、左手の令呪と右腕の魔術刻印がうずく。取り込みすぎたマナ全てを変換し、物にこめた。
 幾分楽になり、力を抜く。そう、この程度の密度なら人はまだ生きていける。

「さぁ行こ。刻限が、迫ってる」
「わかりました。ですが、また体調が悪くなったら言って下さい。背中をさするくらいは、私でもできます」

 険しい表情で言って、セイバーは歩き始めた。置いていかれないよう、駆け足気味に後を追う。樹木が絡み合っている地面はでこぼこで、とても歩き難かった。
 セイバーの背中と足元に視線を行き来させながら、樹海をたたひたすらに歩いていく。五メートルごとに足元にビー玉を転がしておくのも忘れない。これがなければ、きっと後戻りはできないだろう。

「――煉、一つ質問があります」

 目の前を塞ぐ樹を退けながら、不意にセイバーが問いかけてきた。

「ん、何?」
「もしも聖杯が万能であるのなら、あなたは何を望みますか?」

 真摯な声。それは虚偽を許さぬ、詰問に近い。

「それは強制?」
「いえ、何も答えなくとも構いません。ですが、できる限り答えてほしい。それは私にとっても、重要なことなのです」
「ならばあなたのマスターとして答えましょう、セイバー。私はね、願い事なんて何一つないの」

 即答する。セイバーは一瞬呼吸を止めた後、何事もなかったかのように作業を続けた。

「本当に、何もないのですか?」
「うん、今のところは何にもない。だって、私にできるのは衛宮煉としてできることだけだもん。自分にできないことを他のものに頼るなんて、ただの怠惰でしょ。私が昔をなかったものにしたいって願うと予想していたなら、それは大きな間違い。現実はいつだって残酷で過酷で、だからこそ現実たりえるもの。なら、その痛みと悲しみをなかったものにするという願い自体が、非現実的だよ」

 後半は半ば、自分に当てたものだったが、それに何か感じることでもあったのか、セイバーは静かに肩を震わせた。

「……あなたは、強いですね」
「強くならければいけないのよ。そうしないと、今まで殺した人たちに申し訳が立たないでしょう?」
「煉、あまり背負いすぎないでください。あれは、あなたのせいではない」
「私のせいではない、ね。笑わせないでセイバー。たとえ責任がこの身にないとしても、この心が犯した罪過は私にあるわ」

 口調が真剣なものになっているのが自分でもわかった。言葉が熱を帯び、悪くもないセイバーに刃を向けている。
 いけない。落ち着け私。たとえ家族であったとしても、これだけは言ってはならない。
 熱い息を吐き出し、頭を冷やす。

「背負うことは、贖罪でしょうか?」

 セイバーが再び問いを発した。その声からは、未だ憂いの色が感じられた。
 否定の意で首を振り、己に誠実な答を紡ぎ出す。

「それは贖罪じゃなくて、ただの自己満足でしょ? 誰も幸せになれない、ただ自分が不幸になるだけ。苦痛で苦痛が赦されるなら、この世界からとっくに犯罪なんて消えてるよ」
「確かに、そうですね」

 苦笑しながら、セイバーが完全に樹木を除去した。どうやらこの会話はこれで終わりらしい。
 けど、まださっきの言葉では伝えきれていないことがあった。

「待って」

 セイバーが足を止め、振り返る。もう彼女の心は戦闘に入っているのだろう。いつになく引き締まった表情が美しかった。
 今更ながらに思い知る。それがこの少女の、本来の顔なのだと。
 だから私も精一杯のカタチで、それに応えよう。

「さっき私は自分にできるのはできることだけだと言った。だけど、誤解しないでほしい」
「煉……? 一体、何を誤解するというのですか?」
「できないことなら諦める、という意味に取らないで欲しいってこと。できないことは、あくまで爐任ない瓠I垈椎修世ら、諦めるという選択もできない。だけど、できることなら選ぶこともできる」

 息を吸い込み、誓言する。そう、これは誓いだ。セイバーに対してだけではなく、自分が大切だと思うもの全てに対する枷。だがそれは望んだこと、ならば後悔など微塵もなく。迷うことは無に等しい。

「私はできることならば、必ずそれを成し遂げる。諦念を持たず、ただひたすらに私とあなた、そして加わるサーヴァントの道を歩んで行く」

 セイバーが息を呑む。しかしそれも刹那のこと。静かに首を縦に振ったその姿は、気高き英霊のものだった。


「――ならば問おう、貴方が私のマスターか?」


 口元には不敵な微笑み。それはこの戦争の始まりのように、木々のざわめきすら切り裂く言葉。
 私は言葉を続け、それに応えた。


「――たとえそれが命を賭すものであっても。セイバー、私は貴方のマスターとなろう」


 不意に、空気に満ちていたマナが消えた。
 それも束の間、急激に木々が発光、大地が鳴動し始める――!
 零時、聖杯戦争始まりの刻。
 だがこれはどういうことか。樹海全てが輝き、大地の揺れは止まることがない。

「セイバー、これは!」
「……信じがたいことですが、間違いないでしょう」

 空気中の大量のマナ、そして大地から吸い上げた同じく膨大なマナ。それら全てが今、一種の魔力に変換されようとしている。
 木々の発光はその余波。今や周囲は昼間のように明るく、目を灼くほどに輝いていた。
 それが示すのはただ一つ。この富士青木ヶ原樹海こそが、サーヴァントを呼ぶための呼び水だということ。
 だとするのなら、この樹海は元からそれを前提にして育まれたものだ。超巨大な、樹木の内に創りあげた生命の異物、即ち魔術回路。
 だが、こんなものを構築できる魔術師がどこにいるというのか。木々は成長と腐敗を繰り返す。今、人造の魔術回路を施したところで、次代に受け継がれるとは限らない。
 それをもなお乗り越えるというのなら、それは個々の調律ではない。大規模な魔術というのもおごましい、禁断の呪いだ。
 呪海の群れがざわめき、理解のできぬ声を上げる。雑多なざわめきではない。それは規則正しく謳われる、神代の呪文。
 馬鹿げている。これはただの木の軋み、自然現象だ。しかしそれすらも味方にし、儀式は続く。
 足元の木々が、囲む木々が走る。ただ一点を目指して動き、向かっていく。
 転ばぬように臨機応変、足場を確保しつつ呆気に取られて、ただ見送った。
 止まっているセイバーに追いつくと、微動だにしない彼女を支えとして、私は前を見る。
 気持ち悪いとはまったく逆の意味で、私の呼吸は止まった。
 美しいという言葉だけでは足りないほどの光のダンス。地に描かれる魔法陣はツルやツタ、中には太い木まで混じっている。
 放出される過剰な魔力が純粋な力へと変換され、天へと続く光の柱を打ち立てる。風が吹き荒れ、私とセイバーの服を揺らす。
 だが、呪海は揺るがない。ただ大地の鳴動のみを友として、紡ぐ呪文を子として、終末に向けて加速し続ける。
 私もセイバーも何も言えない。誰がこの中で、人の言葉など語れるものか。
 これこそ神代、まだ定まりが定まりたりえない頃の、神秘が日常であった時代の再現。そう思わせるには十分だった。
 やがて一層高まった詠唱は周囲の光を招き寄せ、一つと成す。
 私たちの足元を光の尾が通りすぎ、魔法陣の中心へと吸い込まれていった。
 そうして、光が爆ぜた。
 閃光がまぶたを灼き、思わず目を閉ざす。その刹那に、私は白金の風を見た。
 魔法陣の形から急激に元に戻ろうとする木々が足をすくい、転びかける。が、寸前のところでセイバーに腰を抱かれ、胸を撫で下ろす。
 そのさなかに耳を揺らすは、さきほどとはまったく異なる無作為な音。
 大地を駆ける樹木。雷にも似たそのいななきをかき消さんばかりに、火山の噴火と聴きまごうばかりの重音が轟いた。
 その音を最後に、呪海は樹海へと帰し、静寂だけが場を支配した。
 うすく開いたまぶたの向こうに、最初に映ったのは銀よりもなお明るき白金の鎧。髪もそれと同じくして輝き、端整な顔立ちがその下に座していた。
 重というより軽い装甲。俊敏さを重視しているであろうその姿。鎧の下には黒の服、胸元には朱を沿え、単純に終わらぬ優美さをかもし出す。
 ――その美しさに、私は時を忘れた。
 目を開き、彼が口元に笑みを浮かべる。
 瞳は紅玉、笑みは相応しき傲慢と雄々しさを合わせ持つ。
 ゆっくりと彼がこちらに歩を進める。軋む鎧の音すら、今やこの耳には気高き音楽の音色として聴こえた。
 動くこともできず、ただ白金の騎士を待ち続ける。
 私の元に辿り着くまで後数歩というところで、私は視線を下に向ける。真正面から見つめるには、彼の姿は眩しすぎた。
 だがそれが良かったのか悪かったのか、私は正気を取り戻す。
 原因となったのは、騎士が腰元に帯びている一振りの剣。ロングソードと思しきその剣の鞘は美しい。しかし、それに収まっている剣があまりにも汚すぎた。
 いや、汚いというのは訂正しよう。血生臭すぎたのだ。
 血でさび付いた柄、その上からは更に血、血、血。
 いったいどれだけの血液を浴びればこうなるのか想像もつかない。それほどまでにその剣は、穢れていた。
 一気に熱が冷め、視線を上げる。それと同じくして、眼前に迫った騎士がひざまずいた。
 今度は戸惑いに思考が塗りつぶされる。それに構うことなく彼は私の左手を取り、セイバーの令呪と交差するもう一つの令呪を見、顔を上げた。
 目が合う。間近で見ると更にその姿は美しく、勇猛な騎士のものとなっていた。
 彼は再び笑みを浮かべると、私の左手に口づけた。

「初めまして我がマスター。私が君のセイバーだ」

 冷ややかな感触に背筋が震える。
 自信は深く信義は厚く、しかしどことなく気だるげに、白金の騎士は続けた。


「――そして私は最弱の英霊。勝利は、諦めてもらおう」

8: 心無鳥 (2004/03/28 11:10:38)[shina_lain at hotmail.com]http://www113.sakura.ne.jp/~the_470in/


 02/02

 時間はやや遡る。
 セイバーと煉が語り合っている頃、蒼崎橙子はまんじりともしない夜を過ごしていた。
 いつもゆったりと構えているはずの彼女だったが、この夜はどこかせわしなさそうに部屋の中を歩き回っていた。
 その度に、むき出しのコンクリに音が響き、夜の闇にこだまする。
 最高位の人形使いともあろう者が、周囲の異変に気づいていないとは考え難い。だが、そんなことなどおそらく彼女には関係ないのだろう。兎に角、橙子はいらついていた。
 黒桐幹也が生きていたならば、逃げるように自分の家に帰るか、黙々と仕事をこなしていただろう。
 そんな橙子の不機嫌の原因はといえば、この大気中に満ちすぎたマナともう一つ――

「……伏見はまだ来ないのか」

 などと呟きながら、空の煙草の箱が入った胸ポケットをまさぐっている姿を見れば、一目瞭然であった。
 控えめに言ったとしても、橙子はスモーカーである。禁煙を勧められたこともあったが、彼女はそれをことごとく断っていた。そもそも、肺癌になっても取り替えればいい話なのだから、こと体調に関することなら橙子にはまったく意味がない。
 効果があるとすれば心象的なものだが、それも他者にとっては望み薄なことだった。この魔術師は魔術師のセオリーにとてもよく合っている。即ち、賢いということ。もちろんそれはずる賢いと同義であるのだが。
 橙子は机に腰をあずけると、いつも吸っているものとは別の煙草を引き出しから取り出した。そのカートンの口は開いているが、だいぶ古ぼけていた。加えて、一箱しか使用した痕跡が見られない。
 カートンとにらみ合うこと数分、彼女にしては珍しく諦めに満ちた溜め息を吐き出して、橙子はそれを引き出しの奥へと叩き込んだ。
 机と引き出しのぶつかり合う音が響くが、それっきり。あとにはやはり、舌打ちをする橙子の姿。

「やはり来るのを待つか。あの煙草は、荒耶との一件以来吸っていない。否、吸いたくもない味だったからな」

 一人ぶつぶつと呟きながら、まるで夜鬼のように部屋を歩き回る。
 つ、と足を止め、橙子は窓の外を見る。
 次の瞬間、大地が鳴動し、外を光が覆い尽くした。この廃墟のような建物を固定しているツタや木が輝きながら動き、ある一点に向かって走り始める。
 彼女はそれに驚いた風もなく、やはり胸ポケットをまさぐりながら言った。

「誰だか知らんが、ずいぶん綺麗な祭りだ」

 言葉だけを聞けば、それは至極当然の感想だっただろう。だが、目を見ればそれが反意だとわかったはずだ。
 もし今、誰かが彼女に危害を加えようものなら、喫煙家の怒りを身をもって知ることになっただろう。
 木々の脈動は止まらない。支えを失ったビルが、一際大きく傾いた。その時でさえ、魔術師は顔色を変えない。
 その代わりに、彼女はペン立てのペンを一本取り、指先でクルクルと回し始めた。
 まだ揺れは止まらない。それに従って、建物もどんどん揺れる。しかし橙子の指先のペンは、バランスを保ったまま回り続けていた。
 ますます光が激しさを増し、カメラのストロボと見紛うばかりになった。それに比例するように大きくなった呪文が、建物を揺らして埃を舞わす。
 耳を塞ぐことすらせず、橙子はペンを飛ばして口に加えた。
 それを煙草をつまむように掴み、また同じように唇から離し、くわえる。むぅ、とうなって首をひねり、スパスパとふかす真似をした。
 最後に轟音。それとは別に、階下何かが砕け散る大きな音がした。同時に建物が大きく縦に突き上げられる。
 そして静寂を取り戻した夜。暗い室内に魔術師は一人立つ。
 橙子は表情にさしたる変化も見せず、机から腰を上げる。その口元にペンはなく、ただその破片だけが歯型を残して床に転がっていた。
 鉄筋むき出しの階段を、コンクリ床とはまた違う音を立てて下っていく。
 二階の踊り場で止まると、彼女はごちゃごちゃと物が詰め込まれた倉庫に目を走らせた。

「……チッ、ないな。買った覚えもないが」

 どうやら、煙草がないか確認していたらしい。ますます不機嫌極まった溜め息を吐き出して、橙子は更に階段を下る。
 そして一階に到着。しかし、そこは既に牾瓩噺討屬里發ごましい状況に成り果てていた。
 まず、地面にはコンクリートがない。代わりに木やツタと、所々に地面が覗いている。元々そこにあったと思しきコンクリ塊は、あるものは壁に叩きつけられ、またあるものは天井へと飛ばされて食い込んでいた。
 ここを樹木が走り回り魔法陣を形成し、また衝撃や風を撒き散らしたのだと考えれば、ごくごく自然なことだろう。
 だが、橙子はそんなことを事前に言われていたわけでも、知っていたわけでもない。
 ただ何となく、爐△◆何かが始まるのか。せいぜい頑張ってやってくれ瓩函完全に傍観者を決め込んでいたに違いない。
 その証拠に、今の彼女の顔は酷く――そう、嵐の前の静けさのように平静だった。
 橙子が三歩前に進み、瓦礫の手前で立ち止まった。その目が見据えるのは、さっぱりとした地面の上に立っている一人の男。
 どう思う? と問えば十中十の者が格好いいと答えるだろう。何故ならその男は長身痩躯、確かに美形ではあったが、あふれ出る雰囲気が人間というより獰猛な肉食獣のものだったからだ。それもがなり立てて追うのではなく、冷静に獲物を追いつめるタイプの。
 全身を蒼の服に包み込み、重要な部分は金物で補強が為されている。それだけで、彼が速さを得手としているのが見てとれた。
 首をコキコキと鳴らし、伸びをして、蒼の獣が橙子を見た。
 どことなく人懐こい笑みを浮かべ、ふてぶてしく言い放つ。

「よぉ、あんたが俺の――」
「黙れ」

 男の言葉を切り捨てて、橙子が考えるようにポケットから手を出し、胸の前で組んだ。その右の甲には、光輝く一筋の令呪。
 不満そうに目を丸くしていた男は令呪を見て納得したのか、やれやれと肩をすくめた。

「ふん、今回の主人はずいぶんと気が短そうだ。なぁあんた、何を怒ってんだ」
「黙れ、と言っている。何者か知らんが、もう喋ってくれるなよ? 今私は物事を整理し、気持ちを落ち着けている最中だ。これ以上無駄口を叩くようなら、即座に貴様を殺しかねん。それでもいいなら、いくらでも鳴くがいい。一秒後に、そんな真似ができるという保障はしかねるがね」

 男が笑いを止め、橙子へと注ぐ視線をにらむようなものへと変えた。双方の間に剣呑な空気が流れるも、橙子はそんなものどこ吹く風と言わんばかりに床を見、コツコツとカカトを鳴らしながら考えている。

「もうそろそろいいか? こっちも、色々と言いたいことが出てきたところなんだがな」

 数分の後、男が言う。
 橙子は腕を解き、再び胸ポケットに手を伸ばす。が、何も発見できずに、力なく下ろした。

「……ああ、大体状況は把握できた。で、なんだ英霊? 今回の聖杯戦争に狩り出されて、何か不満でもあるのか?」

 男は目を見張り、次に素の顔に戻って、安堵したように息を吐いた。

「高慢だが、どうやら馬鹿じゃねぇみたいだな」
「高慢? お前こそ馬鹿を言うな。これはね、高慢ではなく余裕というものだよ。その程度の差異もわからずに、よく英霊になれたものだ」
「ああ、確かにな。馬鹿でも強けりゃ英雄になるさ」

 そう言って、男は自嘲気味に笑った。橙子はふむ、と頷き、

「聖杯戦争。彼の聖遺物を模した願望略奪か。九十年ほど前にサーヴァントを用いたものが一つあったとは聞いていたが、まさかこの目で見ることができるとはね。長生きも、してみるものだ」
「待て、九十年だと?」

 驚いたように、男は橙子へと歩みだす。

「一時期、吸血鬼をしていたものでね。若作りなのはそのせいだ。まぁ、気にすることはない。今は人間だし、たとえ吸血鬼だったとしても、お前には何の問題もあるまい」
「そりゃそうだが……なんだ、もう全部わかってる上にババァかよ」

 呆れ顔の男に向かって、橙子はパチンと指を鳴らした。すると、地面から影が立ち上がった。どこから出たかも知れぬ人形たち、その数実に五つ。

「サーヴァントは、マスターに向かってぞんざいな口の利き方をするものだったか? これでも少しは繊細な心が残っているんでね、それなりに腹も立つというものだ」
「そっちこそ、思い上がるんじゃねぇ。この程度の人形で、俺を止められると思ってんのか?」
「どうやら、お前は少し記憶力が悪いようだ。さっきの台詞を思い出してみろ。私は何と言った?」

 男がそれを考えるためにわずかに歩を緩めた瞬間に、人形たちが一斉に駆け出した。足音も立てず、静かにでこぼこの瓦礫の上を疾走する。
 だが、その向かう先は男へではない。悠然と立つ、蒼崎橙子その人だ。

「なっ……!」

 絶句したのも束の間、瞬時に判断した男が動く。その速さは影より早く、風に等しい。
 いつの間に取り出したのか、その手には禍々しき朱の長槍が握られていた。

「何しやがるっ!」

 橙子の眼前に立ち、声と共に一薙ぎ。
 影の人形たちは胴を絶ち割られ、全員出てきた場所へと戻っていった。

「もう一度言ってやろう――これは高慢ではなく、余裕というものだ。確かに私はお前を倒せないが、私を倒すことはできる。そしてお前は私がいなくてはこの地に留まれん。どうだ、何か間違いがあるか? あるなら今のうちに言っておけ。後から文句など言われても、素直に受けつける自信はないぞ」

 男は数度悔しげに歯を鳴らしたが、突如一転して天を仰ぎ、晴れやかに笑い始めた。

「っはははははははははは、こりゃあいい。放っておいても消える俺を殺すために自分を殺すだと? いいぜ、あんた。思いっきりのいい奴は、嫌いじゃない」
「気に入ってもらえたなら幸いだが、さてお前の処遇はどうしてやろうか」
「処遇、だと?」

 眼前で怪訝そうな顔をする男を鼻で笑い。橙子は瓦礫に腰を下ろした。

「当たり前だろう。人の家をこれだけ壊しておいて、ただで済むとは言わさんぞ。それ相応の代価は支払ってもらおう」
「……なぁ、あんた。さっきからやけに不機嫌だが、何か気に入らないことでもあったのか?」

 うんざりだと言わんばかりに問いかける男に、橙子は答えた。

「気に入らないことなら最初からだ。気にかける必要はない。……だが、そうだな、その服をオレンジ色に染めたらどうだ? そうすれば、少しはお前のことも気に入ってやれるかもしれん。なにぶん、私は青が嫌いでね」
「無茶言うな。これが俺の正装なんだ、少しは我慢しろ。代わりにあんたの我侭も少しは聞いてやるからよ。なんだ、ここブチ壊した代価? その支払いも込みでだ。これで文句ねぇだろうな?」

 頭をかきながら言い捨てる男に満足そうにあごを引き、橙子は立ち上がって歩き出す。

「さて、では行こうかクー・フーリン。いや、ランサーと呼んだほうがいいか。どこで聴かれているか、わかったものではないからな」

 今度こそ本当に驚いたのか、男――ランサーは微動だにせず、驚嘆しながら橙子を見た。
 彼女はオレンジ色のピアスを翻らせながら振り向き、ニヤリと笑って問うた。

「どうした? 耳がないのか、ランサー」
「何故俺が、ソレだとわかる」

 橙子が面倒臭そうに髪をかきあげ、ピアスを煌かせながら言葉を紡いだ。

「お前がただの戦闘馬鹿なのかはこの際どうでもいいが、使うものの質問に答えるのは雇用者としての義務だろうな。
 そもそもランサー、お前は自分の真名を私に教える気がなかっただろう。最初は直感、今となっては話してみた限りの予測だが、散々もったいぶった挙句にはぐらかしてしまうに違いない。ふむ、これは言いすぎかもしれんが、大体五分五分のところだったと私は見ている。
 ならばまずクラスを知るしかない。一番手っ取り早いのが武器を見ることだったからな、私の心象的実益も兼ねて、確かめさせてもらった。その結果が槍。つまりこの時点でお前がランサーとしての資格を持つ英霊だということが判明する。
 となれば、あとは簡単だ。少なくとも、根源に続く穴を開き、世界的に有名なものとなった件の聖杯戦争では、サーヴァントを選別する条件として、そのサーヴァントゆかりのものを持っている、ということが定められていた。だが、私は英霊に繋がるような物品は何も持っていない。二階に転がしてあるのも、ただの趣味の産物だ。ならば選別できないのか?
 答えはノーだ。私が持っているものの中で、お前たちに関係のあるものはただ一つ、ルーン魔術だよ。そしてルーンを使えるランサーの英霊と言えば、お前しかあるまいクー・フーリン。
 以上、証明終了だ」
「ふぅん。なるほど、やっぱりあんた、馬鹿じゃねぇな」

 何度目かになる同じ言葉を呟き、ランサーは橙子の横に並ぶ。
 瓦礫の山を避け、外に向かって進んでいく途中、彼女は同情の意がにじみ出るような声で言った。

「馬鹿じゃない馬鹿じゃないと言うが、お前は今までマスターに恵まれなかったのか。どちらかと言えば、お前は優秀なサーヴァントだと思うがね。すこぶる扱い易いし、嘘をつくほど器用にも見えん。愚昧なマスターに利用されてばかりの、苦労人に見えるぞ」
「そりゃまた、哀れまれてるのか褒められてるのか、どっちだ?」

 橙子はそのどちらともつかない笑みを浮かべ、

「さぁ、ご推察にお任せしよう。お前も、馬鹿ではないようだから」
「こりゃまた、ありがたいこった」

 首の後ろでまとめられた髪をなびかせ、青の槍兵が薄く微笑む。彼は少し進むと、また疑問を口にした。

「そういやまだ聞いてなかったが、あんたの名前は? それに、なんでそんなに戦う気満々なんだよ。台詞聞いてる限りじゃ、今回のことは知らなかったんだろ?」

 橙子はさっきより機嫌がなおったらしく、小さな破片を蹴飛ばして、軽い調子で答えた。

「私の名は蒼崎橙子。わかっていると思うが、魔術師だ。戦う理由はと言えば、これがまた実に単純でね」

 語り部独特の間を置いて、彼女は言う。

「邪魔者を叩き出したい、それだけのことさ。私が暮らすには、戦争の中は五月蝿すぎる。念のため言っておくが、聖杯などという願望機に興味はないぞ? 何も積まずに高みへ辿り着くなどというのは、私がもっとも嫌いなことだ」

 真顔で肩をすくめる橙子に、ランサーが鼻で笑う。

「了解、橙子。それじゃあ仲良く、全員ブチ殺すとするか」

 ランサーの言葉に、橙子がわずかに顔をしかめる。何か、とランサーがそれを覗き込んだ。

「どうした? 何か今の言葉に不満でもあったか?」
「いや、なんだ、そのな、どうも名前を呼び捨てにされるのには慣れていない。というよりは久しぶりだからか。おかげで年甲斐もなく、照れてしまったようだ」

 今度こそ、可笑しげにランサーは笑った。口元を押さえるが、笑いがすぐにこぼれていく。

「む、笑うなランサー」
「いやいやいや、だってあんた……いや、橙子はさっき自分が若いようなこと言ってたが、年甲斐もないと自分で言ってどうするんだよ」

 その意見にやはり橙子は顔をしかめ――彼女曰く照れ顔で――言った。

「ふん、単純なことだ。若くもないがババァでもない。そういう微妙な年頃ということだろうよ」
「なるほど、そういうことにしとこうか」

 二人が話しているうちに、外の景色が近づいてくる。明かりのない樹海の闇を見ながら、ランサーが問いかけた。

「さて橙子、まずはどうする?」

「そうだな。とりあえず、煙草を取りに行こうか。ランサー、お前も吸い方を覚えるといい」

 胸ポケットに手を入れて、槍兵のマスターは言った。

「ああ、別に構わねぇが、どうして学ぶ必要がある」

 サーヴァントの疑問に対し、彼女は夜に良く映える、酷薄な笑みを浮かべた。


「――相棒が煙草も吸えないのでは、格好つくまい?」


9: 心無鳥 (2004/03/28 11:12:36)[shina_lain at hotmail.com]http://www113.sakura.ne.jp/~the_470in/


 02/03

 最も弱いサーヴァント――そう名乗った騎士を、煉はただ呆として見つめていた。
 無理もない。私も未だに信じられないが、彼は確かにそう言った。
 サーヴァント、英霊たちは常に勝利するために存在している。彼らは元々霊長の抑止力であり、ヒトの存在を危機に晒すものが現れた場合、それを打倒するための者だ。
 例外的に存在しているのは、英霊になることを条件に聖杯戦争に特化した英霊となった私のような者か、或いは他に何か理由がある者。いずれにせよ、まっとうな英霊ではあるまい。
 こともあろうに勝つ気すらないと、目の前の騎士は言ったのだ。

「諦めろ、って。今、そう言ったの?」

 煉も、信じられないといった目で騎士を見つめる。既に彼女の体は私から離れ、己が両足で大地を踏みしめている。
 彼女の前にひざまずいたまま、白金の騎士は頷いた。

「聞き返す必要はないだろう。私は言を違えない。従って、そのような行為は無意味だ。聞くのならば、君が内で昇華されし、発展的な問いを願おう」

 流れるように彼は告げる。しかしその中身は、決して看過できるものではない。
 煉は憤慨するでもなく、ただ冷静に腕組みをして考えていたが、やがて何かに気づいたように騎士の鎧に触れた。

「……あえて言いましょうか。あなた、自分が英霊っていう自覚あるの? とりあえず立って、それから話し合いましょう。私、人を見下すのが嫌いだから、覚えておいてね」

 訂正しよう。冷静、と思ったのは私の間違いだったようだ。言い回しが必要以上に丁寧になるのは、煉が怒っている証拠に他ならない。
 騎士は立ち上がると、目を細めてマスターの足元から頭までを眺め渡した。煉は憮然とした顔で、ただ見られている。

「これはまた歯に衣着せぬマスターだが――私もあえて言おう。話し合う余地などない。やるべきことは決まっているし、それを変えるつもりもない」

 そう言い切る彼の身長は、私よりも頭二つ分は高い。だというのに全身は引き締まっており、そこから放たれる気配も威厳も、決して弱いものではなかった。
 強い。少なくとも私の目にはそう映った。その証拠に、こちらに目を向けていないにも関わらず私は彼にミられている。
 視線の見るではなく、感覚のミる。気を配るという行為の更に発展したものと言えばいいか。
 おそらく、この周囲にある木々の一揺れさえ彼には感じ取れる。

「正直なのはいいことだけど、少しは口を慎むことを覚えたらどうかしら?」
「慎んでいるとも。だが、伝えるべきことを伝え、語るべきことを語らなければなるまい。それは朝に鶏が鳴くように、ごくごく自然で当たり前のことだ」
「じゃああなたは雄鶏ね。卵も産めない鶏なら、せめて飼い主の言うことくらい聞いてちょうだい」
「誰しも譲れないものはあるものだ。それを無理に変えようとするのは、越権というものではないか? 君には令呪がある。それを使えば言うことを聞かせることはできるだろう。しかし此度の命令権はただ一つだ。それを使えば、私は消える」

 言われ、煉が左手の令呪を確認する。
 私のものと重なるようにして線が走っていた。しかし、その令呪は一画しかない。
 どうやら今回の聖杯戦争は、限りなく制限されたものらしい。
 顔をしかめる煉。本来ならサーヴァントのことは彼女に任せておくべきだが、この騎士のような例外が出てきてしまった以上、私が助ける必要がある。

「待って下さい。セイバー、あなたは勝利を諦めろと言った。では、あなたは聖杯に何を望むのですか?」
「お前、何者だ」

 煉の時とはまるで違う声色で騎士が問いかけてくる。それは九十年前のギルガメッシュのものに多少似てはいたが、しかし違っていた。
 見下げるでもなく見上げるでもなく、対等の者として相手を評価している者の声だ。

「――私はセイバー。あなたと同じく、九十年前に召喚されたサーヴァントです」

 告げると、騎士はふむ、と首をひねった。

「そのような昔に召喚され、何故今も現世に留まっている。私とお前、同じセイバーでも呼び出された戦いは違うはずだ。どこの英霊かは知らぬが、分をわきまえろ。お前が九十年前に来たはその聖杯戦争のため、此処に私がいるのはこの聖杯戦争のため。ならば場を譲り、厳かに立ち去るのが終わりし者の定めではないのか? まだその聖杯戦争が終わっていないのなら話は別だが、その場合二重の戦争という厄介なことになってしまうな」

 生真面目だが、高慢な口調で騎士は言う。
 ……彼の言っていることは正しい。きっと、煉について来たことが間違い。
 否、おそらくあの聖杯戦争が終わってから、或いは私が英霊になる以前から、間違っている。
 だが、それでも引けない理由が、私にはある。

「九十年前の聖杯戦争は公儀的には終わりました。しかしそれは、私の中ではまだ終わっていない。確かめなくてはならないことが、決めねばならないことがあるのです。それまで、私はここを離れるわけにはいかない」

 端整な顔に宿る真紅の瞳を見据えながら、告げる。
 その理由を言ってみろ、と問い返されることはわかっている。そしてそれに答えられないことも。
 だが、引き下がるわけにはいかない。あの日のシロウとアーチャー、二人に与えられた疑問に答えるまで――

「なるほど、それはしょうがない」
「え?」

 思わず間抜けな声を出してしまう。
 尊大な態度でため息をつくと、騎士は微笑みながら私の目をしっかりと見つめ返した。

「融通の利かない堅物だとでも思ったか? ならば安心するがいい。私は決して、愚昧なる者ではない。言っただろう、私は言を違えない、と。譲れないものは誰にでも在る。だがそれをないがしろにする権利は、誰にも無い。お前は己の為すべきことを為すがいい。私はそれを尊重しよう。汝が、この聖杯戦争のセイバーだ」

 一瞬、言葉に詰まる。
 この騎士は、私がここにいることを認めたのだ。自分と同じセイバーという存在であるにも関わらず、その座を譲った。
 自尊心があるようでいて、その実この男にはそんなものはない。ただ彼の言葉通り、自分のすべきことをする。ただそれだけに特化している。そんな風に、私は感じた。

「ちょっと、そんな簡単に代えられるわけないでしょう?」

 戸惑ったような煉の声に視線を下げると、彼女は腰に手を当てて、騎士を見上げていた。

「マスターである私を差し置いて、何を二人で勝手に決めているの? この聖杯戦争のセイバーはあなた。私の家族であるセイバーはあなた。どっちもどっち、その立場を投げ出すことは許さないわ」

 私と彼を交互に指差しながら、不機嫌丸出しの声で煉が言った。

「ですが煉。このサーヴァントは勝つ気がない。あまつさえ、あなたに勝利を諦めろと言った。ならば、勝利するために私がセイバーとなるのは仕方ないことではありませんか?」
「セイバー、それは違うわ」

 煉は指を振って、私の言葉を否定した。
 その彼女が、やけに楽しげに見えた。

「言ったでしょう? 私は諦めずに、あなたとこの騎士の道を歩んでいくと。なら、彼の道は曲げるべきじゃない。多分あなた、今までもずっとそうしてきたんでしょう?」

 突きつけられた指を握り、騎士が煉に顔を近づけた。

「その通りだマスター。これまで幾星霜、世界中の幾千幾万聖杯戦争を渡り歩き、勝利したことは一度も無い」

 何故か誇らしげに騎士は言う。煉が私を見、ほらね、と肩をすくめた。

「ならそれが彼の道。それを曲げることは、今までそうしてきた彼に失礼じゃない。ねぇ、セイバー。彼はあなたの道を認めた。だからあなたも、彼の道を認めてあげればいいと思うけれど、どうかしら?」

 それはまったくの正論。彼に譲歩させてばかりでは失礼だ。対等の、召喚されしサーヴァントとしての礼に反するだろう。
 頷く代わりに、溜息混じりに煉に言う。

「どうして、自分に不利な部分で聡明なんでしょうね。あなたも、凛も」
「なぁに、自分の身勝手を戒められることは大切だ。マスター、君に感謝を」
「ひゃっ」

 騎士は煉の頬に軽く口付けると、再び元のように屹立した。

「もぅ、そうやってすぐにキザったらしい真似するのは止めて。恥ずかしいでしょ」
「私も煉と同じ意見です。今はもう戦いの最中なのですから、そのような行為は自重して下さい」

 頬を赤く染める煉につい微笑みながら、私も言う。彼女の口調は、普段のものに戻っていた。
 この騎士は誠実だが、どこか軽いところがある。生きている時よほどの色男だったのか、もしくは自分に酔っているのか。
 どちらかといえば後者だろう。しかし酔っているというよりは、それがこの男の素という感じだ。

「別に構わんだろう、して減るものでもなし。それともセイバー、まさかマスターに嫉妬しているのではあるまいな? もしそうなら私の落ち度だ。君の美貌も決して、マスターに劣るものではない。慎んで口づけを交わさせてもらうが」
「結構です。そんな色恋嫉妬などするほど、私は堕落していません」

 即座に言い返す。まったく、なんてことを言うのかこの男は。おかげで少し、顔が熱くなってしまった。
 その言葉全てが本気だから、尚の事始末が悪い。

「はいはい、二人とも交友を深めるのは良いことだけど、ちゃんとこれからのことも考えてよ?」

 煉が手を叩き、私と騎士の目を向けさせる。
 すっきりとした表情で、我らのマスターは語り始めた。

「さて、これからどうするかだけど、セイバー――ええと、新しい方。コレが戦わないとなると、やっぱりあなたを頼るしかない。どう? セイバー、戦えそう?」

「コレとはまた失礼だな。これから共に戦っていく同胞なのだ。ちゃんと名前で呼んでもらいたい」

 呆れ顔で言う騎士の鎧を、煉が叩く。

「だったら最初から真名を名乗って。どうせ勝つ気がないんだから、教えてても問題ないでしょ?」

 ふ、と息を吐き出し、白金のサーヴァントがその名を口にする。

「わからん。完膚なきまでに、この身の名前は思い出せん。だが、何も問題はないだろう? 君の言った通り、私に勝つ気はない。ならば名前など、あろうとなかろうと変わるまいよ」
「……ねぇ、殴っていいかな?」
「突然の暴力宣言とは物騒だな、マスター。私はただ嘘偽りなく答えただけだ。そこに罰をうける理由などない」
「落ち着いてください、煉」

 先手を打って煉を止める。文句を言おうと口を開きかけた少女は、私の姿を見てそれをやめた。

「セイバー、その姿は」
「あなたには初めて見せますね。これが私の、戦装束です」

 私の全身をくまなくなめる視線、その全てを悠然と受け止める。二人が話している間に、私の姿は変わっていた。
 久しぶりに味わう。体の一部としての鎧。硬いガントレットの感触が懐かしく、そして心地良かった。

「流れている魔力は十分?」
「ええ、多すぎるくらいです。これなら、私の宝具も存分に使うことができる」

 その言に嘘はない。煉から供給される魔力はこの身を満たし、溢れ出さんばかりに迸っている。いかに聖杯の助けがあるとはいえ、ここまでできる魔術師はそうはいまい。だが、濫用はできない。そんなことをすれば、煉の蛇口が破裂してしまう恐れがある。
 せいぜい一つの戦いで使えるエクスカリバーは一回。連続で使用した場合、彼女の体がもつ保障はない。しかし不安はそれだけ。極大まで魔力を使用することが連続ではできないというだけで、通常戦闘時に消費できる魔力は凛のおよそ――そう、三倍から四倍に達している。

「やったぁ! それならこの戦い、もらったも同然ね」
「ええ、まだわかりませんが、おそらくは大丈夫でしょう」
「……待て、マスター」

 怪訝そうな顔で、騎士が尋ねる。

「何?」
「君はさっきから、自分から彼女に流れる魔力がわからないような言い方をしていないか?」
「うん、そうだけど?」

 目を細め、騎士が不安に満ちた声で問う。

「本当に大丈夫なのか? 流れ出ている魔力を自覚できないのは、火が熱を奪われているのに気づかないのと同じだ。そのうちに全て奪われ、枯渇してしまうぞ」
「セイバー、それは――」

 騎士に説明しようとした言葉が、途中で止まる。
 思考よりも早く反応した体が、煉を抱えて飛び退いていた。その直後、一つの激震が立っていた場所を襲った。
 戦車の爆撃にも似たそれが木の根を抉り、その下の土にまで達する。土が湿っているためか、煙は立たない。
 十メートルほど離れたところに着地し、煉を下ろす。その横に、白金の騎士も降り立った。

「……サーヴァント」

 煉が呟く。穿たれた穴の上に立っていたのは、一つの異形。
 姿形こそ人間だが、その在り様は私たちの知っているヒトのものとは著しく異なっていた。
 両手両足には指すら出ぬように呪の記された布が巻かれており、それを固定するために金属製のバンドがいくつも、指先から根元まで巻かれている。頭には仮面と呼ぶのもおごましい高速具。兜のようにも見えるが、それは外を見られるようにはできておらず、喋れるようにもできていない。
 体にも同様の、行動を極端に制限するようなものばかりが巻きつけられ、或いは刺さっている。見ているだけでも傷ましいその姿は、英雄のものとは信じがたかった。

「この距離まで悟らせないとは、貴様、アサシンのサーヴァントか」

 アサシンは答えない、おそらく、こちらの声が届いていないのだろう。ただのっそりと立ち上がると、こちらを見た。
 殺気は欠片も無い。だというのに、これから私たちを殺す気だというのが感じ取れた。殺す気のない殺気、それはいわば、事務的な処分に近い。
 なるほど、確かにこの男はアサシンだ。どこの英霊かはわからないが、職業的殺人者に違いはない。

「煉、ここから動かないで下さい。奴の相手は、この私が」
「わかった。だけど油断しないで、絶対に帰ってきてね」

 頷き、騎士にも声をかけようとする。が、彼は私のことなど見ておらず、ただアサシンだけを犂兒´瓩靴討い拭
 やれやれ、自分勝手なサーヴァントだ。これでは私が、馬鹿みたいではないか。だが――
 前方をにらみ、駆け出す。剣をこの手に、思いは熱く、敵の喉元目がけて突き進む。
 アサシンが体をこちらに向けた。それを、逆袈裟に切り上げた。


「――その馬鹿も、悪くはない!」
 






 あとがき

っというわけで、投稿させていだきました。
まだ一日目夜だというのにこの長さ、しかもこの夜終わっていません。
何かと不備があるやもしれませんが、どうぞお付き合いくだされば幸いです。
……橙子×ランサー強そうだなぁ(汗


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