Re.聖杯戦争 繊 〃后Дロスオーバー


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1: あるとす (2004/03/27 15:13:52)[zeru46 at hotmail.com]


    ――前書きっぽいの――
 この作品はFate・月姫・デモンベイン、更には筆者のオリジナルなキャラクターが暗躍するクロスオーバー作品です。
 「オリジナルキャラクターは苦手」「いや設定が勢いで矛盾してるっぽいのはちょっと」
 という方々は読まない方がいいかもしれません(マテ
 ノリと勢いでやってしまったので不具合やら無茶やらが出てくるかもしれません。
 激しくツッコミ待ちです、「ここはおかしいんでない?」と思ったらご一報いただければ幸いです。
 では、本編をご覧下さいませ。















 それを裏切りと理解するのに随分と時間がかかった気がする。

 目の前にあるのは両親の死体。キリストのように十字架に身体を張り付かされ、体中から赤い血液を撒き散らし、死んでいた。
 飼っていた犬は首と胴が離れ足元に転がっている。触り心地のよかった綺麗な毛並みは赤に塗れボサボサになり、今触ってもカサカサとした冷たい感触しか返ってこないだろう。
 私はただそれを呆然と見つめていた。
 本当なら今自分の目の前には朝食の支度をした母親がテーブルに料理を並べ、ずっと尊敬していた父がコーヒーを飲みながらそれを眺めていて、愛犬が隣の居間にあるソファーの上でぐっすりと眠っていて、父の知人で、私の師匠である”あの人”がやっと目を覚ました私のほうを見て、
「遅いじゃないか、ティア」
 だなんて、少し微笑みながら私に向かっていつも自慢の淹れたての紅茶を作ってくれるはずなのに。
 どうして、なんて言葉も口に出せずただ呆然と変わり果てた家を見つめる。

「遅いじゃないか、ティア」
「―――――っ」
 後ろから声がかかる。
 それだけは理想の通り。父の知人で私の師匠である”あの人”の声がいつもと変わらぬ声色で話しかけてくる。
 私は彫像のように動けない。
「全く、本当にお寝坊さんだなティアは、自宅でもこんななのかい」

 ――本当だぞティア、久々に帰ってきたんだからたまには早く起きなさい。

 ――いいじゃないあなた。久々なのだからゆっくり眠ったって。

 聞こえない筈の両親の声が聞こえる。
 あの人は私の肩を軽く叩いてから血塗れた部屋に入り、いまだ原型をとどめている椅子に腰を下ろす。
「しょうがないなティア、それじゃあいつもの通りとびっきりの紅茶を作ってあげようか」

 ――あらあら、――さんの紅茶を毎日飲んで目を覚ましてたなんて、羨ましいわね。

 ――そうだぞティア、――の紅茶は一級品だからな・・・舌は肥えてないよな?

 そんな事ないよパパ、師匠の紅茶は確かに美味しいけど時々すっごい渋い紅茶を淹れる時だってあるもの。

 心の中でだけそう返事をして、私は凍った視界の中で紅茶を淹れているあの人を見つめた。
 暖かい湯気を立ち上らせて紅茶はすぐに完成した。血生臭い部屋に少しだけいい香りが溢れた気がしたが、それはすぐに消えてしまった。
 あの人は、笑顔を浮かべながらその紅茶を私に差し出した。
「飲みたまえティグリア=フォートリア」
 その笑顔は、
「この紅茶は特別なんだよ」
 今まで見たことのない、
「だって――」


 君の両親の血で淹れたんだ、美味しくないわけがないだろう?


 とんでもなく嬉しそうで、無邪気で、どうしようもないほど憎たらしい笑顔だった。









 その日。私は大切なものを失った。















       ――Re.聖杯戦争
                衛宮 士郎の場合














「・・・ふぅ、あんま変わんないな」
 帰ってきた冬木の町は、過去の面影を多く残しながらそこにあった。
 俺は二年ぶりに見る町に視界を巡らせ、頬を軽く緩ませた。
「帰ってきたんだな、冬木町に」
 その言葉は自分で思っている以上に弾んでいた。


 俺、衛宮 士郎は魔術師――じゃない、半人前魔術師見習いであり、”正義の味方”を目指している魔術使いである。
 三年前、俺は”聖杯戦争”という七人の魔術師と七体のサーヴァントを用い万物の願いをかなえる”聖杯”を求める戦争に参加し、生き残った。
 その時に得たものは多く、同時に色んなものを失った。
 最高に信頼できる相棒を得た。しかし彼女は最後の戦いにて全ての力を使い、彼女の望んだものと全く違う、忌むべき”聖杯”を破壊してこの世界から姿を消した。
 理想を貫き”辿り着いた”自分を見つけ、その現実を知ってしまった。だが俺はそれを越え、辿り着いた自分とは違う”正義の味方”を目指す事を決めた。
 どちらかというと得たのモノの方が多いのかもしれないと思う。
 何故ならその戦いの中で俺は守るべき・・・その、”最愛の人”というものを見つけたのだから。
 その名を遠坂 凛という。今現在俺の師匠で、倫敦の時計台に所属する魔術師である。
 一応俺もそこの所属という事になってるが、あくまでも凛の弟子という事で通っている。
 先程言ったように俺は遠坂に愛していて、遠坂も・・・多分、俺の事を・・・えぇと、愛している・・・と、思う。要するに俺達は師弟であり、恋人でもある、という関係だ。
 で、今遠坂は倫敦にいて、俺は日本――の、冬木町にいる。



 事の起こりは四日前にさかのぼる。



『先輩・・・こっちに遊びに来ませんか?』
「へ?」
 月に一回はしている国際電話中に、桜がぽつりと呟いた。
「どうかしたのか?何かあったとか?」
『あ、いえ!そういうわけじゃないんですけど・・・あの・・・』
 桜が言い難そうに言葉を濁らす。なんとなく嫌な予感がする。
「・・・藤ねぇ?」
 もしやと思い、少々げんなりしながらその名前を呟く。
 電話口の向こうにいる桜は少し沈黙してから『はい』と非常に申し訳なさそうな声で答えた。
『実は藤村先生、また先輩の家にこもり始めて・・・』
「また!?」
 藤ねぇが俺に家にこもるのはこれが初めてではない、多分二回目である。
 一回目の時は正直目を疑ったのを、今でも鮮明に思い出せるのが不思議だ。


 遠坂と倫敦に留学して一年たったある日。遠坂がぽつりと”日本食が食べたい”と呟いた。
 その言葉がきっかけで、長期の休みを利用して早速日本へと帰国。無論日本にいる知人には全く連絡を入れていない。
『どうせならいきなり行って驚かせてあげましょう』
 という遠坂の提案があったからである。俺も驚いた皆を見るのは楽しみだな、なんて思いながら自分の家へと向かった。

 ――結論から言えば驚かされたのは自分達だった。

 確かに知人達は驚き、喜んでくれたが皆一様に気まずそうに視線をそらす。
 衛宮邸は”虎”の手により人形(言うまでもなく虎の)の館と言っていいほどに変貌していた。
 とりあえず「ごめんなさい」と連呼する桜と、泣きながら衛宮邸の掃除を始める藤ねぇ、及び藤村組の人たちが酷く印象に残っている。
 結局掃除に一週間を費やしてしまい、俺と遠坂はずっと遠坂の家に一週間滞在する事になった。それに不満はないのだが、折角なので自分の部屋で休みたかったのもある。
 ちなみに帰国前にしっかりとチェックしておいたが、特に問題はなかったと思う――多分。
 原因は藤ねぇが衛宮邸に篭り、暫く誰も立ち入らせなかった事らしい。
 ていうか藤ねぇ、一体何がしたかったんだ。


「・・・どれくらい日にちがたってる?」
『多分一昨日からです、この前見かけたときに虎の人形を山ほど抱えてました』
 酷く申し訳なさそうに話す桜。虎の人形を抱えていたのはまぁ置いておいて、とりあえず藤ねぇが篭ってから三日立つ事になる。
 前回の経験より衛宮邸が虎の館に変貌するには二週間はかかっている。
 という事は今から急いで帰ればまだ藤ねぇを止める事が出来るかもしれない、という事だ。
 幸いこちらは長期の休みに入っている。予定では遠坂と旅行する手はずになっていたのだが、やむを得まい。
「わかった、急いで帰るから桜もなんとか・・・藤ねぇと説得、いや、止めていてくれないか?」
『は、はい。頑張ります』
 とは言うものの恐らくあの虎はその程度は止まらないだろう。電話を切ってから急いで荷物をまとめ始めた。

 その後帰ってきた遠坂に理由を説明し、旅行の件を先延ばしして貰う事に決める。
 最初は憤慨していたが藤ねぇと虎の館の名を出した途端動きを止める遠坂。たっぷり二十秒ためてから大きくため息をついて、
「三日で終わらせておいて、その頃には私も多分行けるから」
 という嬉しい言葉をいってくれた。
 一緒に行きたいのは山々だが今遠坂にはやらねばならない事があるので一緒には行けない、というわけだ。
 ちなみに”やらなければいけない事”とは某きんのけものとの対決である。
 あかいあくまときんのけものは非常に似たもの同士である。故に交わらないのかなぁなんて思っていたりするが、二人とも互いの実力は認め合ってると思う――多分。



 まぁ、そんなわけで、俺は冬木の町に帰ってきた。
 表立っては”藤ねぇの凶行を止める”という目的なのだが、それ以上にこの冬木町に来ておきたいと思ったからである。
 理由は特にない、ただなんとなく”冬木町に行っておきたいな”なんて思ってたところに桜からの電話がかかってきたので、丁度いいと思っただけである。
 眺めた町はあまり変わっていなくて少し残念な反面、変わってないなぁ、なんて安堵の声を漏らしたりして。
「っと、まずは家に戻らないとな」
 地面に置いておいた荷物を抱えなおして、急ぎ足で自分の家へと戻る。
 まだ一週間、今止めればきっと二日程度で止める事が出来るはずだ。







「・・・やられた」
 外見は変わっておらず、安心した俺は中に入ってがっくりと肩を落とした。
 目の前には虎。右を見ても虎、左を見ても虎、虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎虎っ!!
「侮った・・・虎は、日々進化する・・・」
 一週間で前回と同様、否、それ以上のとんでもない内装となった元衛宮邸を眺めながら、俺はひたすらに大きな声で、
「藤ねえぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 と、あんまり効果のない無意味な雄叫びを挙げた。



 十数分後。
 頭にたんこぶを作った藤ねぇと、泣きながら大きなため息をついて”早期に止めておけばよかった”的なオーラを発しながら、藤村組の方々が衛宮邸の掃除を始めたのは周知の事実である。

 そんな様子を眺めながら衛宮 士郎は軽くため息をつき。
「ただいま」
 軽く微笑みながら、誰にも聞こえない声でそう呟いた。





       ――――聖杯戦争まで、あと三日。






2: あるとす (2004/03/27 15:14:18)[zeru46 at hotmail.com]




「なぁティア、やっぱやめるべきだと思うんだが」
 と、友人は唐突にそんな事を言ってきた。
「どうして?」
「いやどうしても何も・・・そんな事のために人生を振るう必要ねぇだろ」
 彼は荷造りをする私を見ながらため息をつく。反論しようと彼の方を向いたがその目が本当にこちらを心配してる感じがあったので、やめた。
 友人の言う事には一理ある。確かにこんな事をするよりもっと人生を楽しんだほうが自分のためにも、そして家族のためにもずっといい。
 それでも私はやらなければならないのだ。言葉にはせず視線を荷物へと向け、荷造りを再開する。
 その様子を見て友人は再びため息をついた。
「まぁその程度で止まるとは思ってないけど、まぁ聞け」
「聞いてるわ」
「OK、んじゃ話すぞ」
 恐らくいっきに話すつもりなのだろう。友人は一度、大きく息を吸った。
「お前がそれをするのに至った理由は知ってる、多分俺でもそうするわな、だからこそ言って置きたい。その先には何もねぇぞ、満足感も達成感もない、自分すら満足できない結果しかでねぇんだ。ついでいうと自分の命を散らしてまでっていうのは愚問だ。んなの誰も喜ばない。お前が死んだら俺は悲しい」
 そういって友人はこちらの反応を見る。
 私はただ淡々と荷物をまとめながら、
「わかってるわ」
 と、答えた。
「そんな事わかってる。何もないことも、喜ばない事も、全部わかってる」
 本当はわかっていない。
「でも私にはこれしかないの、満足感も達成感も何もいらない。ただこれをしなければ私の気がすまないの」
 そう、気がすまない。
「本当に全て終えたとき、私の気が晴れてるわけじゃない」
 ただ、そうしないと。
「私が、私を許せないもの」

 その言葉に友人が息を飲む気配がした。驚いてるのだろうか、飽きれているのだろうか。
 しかし友人は驚いても飽きれてもいなかった。
「・・・そうか、お前自身がお前自身を許せないなら、それしかないのかもしれないな」
 酷く優しく、共感したような言い方で友人は呟いた。
 多少それに驚いて荷造りしていた手を止め、友人の方を見る。

 友人は泣いていた。

「誰に許されるでもない、誰に救われるでもない。お前が、それをしないとお前が壊れちまうんだな。他の奴等がそう思っていなくても、お前自身が自分を”咎人”と認定しちまってんだな」
 目を瞬かせ目尻にたまった涙を落とし、服の袖で拭いながら友人は続ける。
「お前が作った咎を許せるのはお前で、でもそんなのは許せるわけじゃなくて・・・自己満足でもなんでもない、お前がそれをやらなきゃいけねぇって思っちまってんだな」
「そう、だから私は行くの」

 最後に。両親から貰った魔力の篭った髪飾りをつける。
 荷造りは終わった、友人の話も終わった、ならばもうやることは一つしかない。
「たまには連絡くれよな」
「気が向いたらね」
 そう答えて私は荷物を持つ。わかっている。私も友人も、もう会うことが出来ないと。
 だから私は振り向いて、精一杯の笑顔を浮かべる。
「それじゃあ行ってくるわ、帰ってきたらお茶でもしましょう」
 最後は少し涙声になってしまったかもしれない。私はすぐに友人から目を離し身体を反転させる。
 友人は声をかけない、言うべき事は言ったのだろう。私も、言えることは全て言ったと思ってる。

 涙はもう出ない。目指す地はただ一つ。
 日本にある冬木町。そこであの男が待っている。


 あの日、私は全てを失った。
 そして私の全てを手に入れた。














 復讐のためにこの身は在るという意味を、私は手に入れた。





















       ――Re.聖杯戦争
                遠野 志貴の場合




















 吐く息が少し白い。
 旅行と称してやってきた冬木の町は他の町に比べて少し寒い気がした。

 俺、遠野 志貴は大学の長期の休みを利用して旅行をしている。
 アルクェイドや先輩や翡翠に琥珀さん、そして秋葉を何とか説得して行っている旅行である。
 「志貴についてく〜」とか「このアーパー吸血鬼と二人きりにするわけにはいきません!」とか「志貴様は無茶しがちです。お体に気をつけないと・・・」とか「体調管理が出来ない人が旅行なんかしちゃ駄目です!」とか「旅行に行くなら皆で行けばよいじゃないですか!!」といった言葉をなんとか振り切ってやってきた旅行である。いや、本当に疲れた。
 長期の休みを一杯使って旅行する。
 それは大学に入ってから何度も思っていた事である。しかし大学に入ってからの三年間、アルクェイドや先輩、秋葉により妨害により旅行なんて事はする事が出来なかった。
 しかし四年目、いい加減最後なんだから好きにやらせてくれ、というのが効いたのか、皆何とか納得してくれた。
 それなら旅行の理由は何ですか、と聞いてくる秋葉に「たまにはぶらぶらしてみたいんだ」を貫き通した自分は偉いと思う、うん、拍手。
 本当の理由なんていったら、きっと秋葉は止めると思っていた。


「志貴、貴方長くないわよ」


 いつだったかはもう深く思い出せない。
 でも覚えているのは先生と交わした最後の会話だ。

 先生に言われてはっきりとしたのは、余命が少ないという事。いつ死んだっておかしくはないという事だ。
 自分でもなんとなくわかってはいたが、先生の一言ではっきりした。
 その生涯で悔いだけは残したくなかった。否、悔いなんて死ぬ間際になれば何個も浮き上がってくるし、正直死にたくなんてない。
 でも、この旅行だけはしておきたかった。

 荷物を抱えて再び息を吐く。白い息は一瞬舞ってからすぐに消えた。
 よし、と意気込みをいれてから俺は後ろを振り返り彼女に声をかけた。
「それじゃ行こうか、琥珀さん」
「はいっ」
 そして、俺の後ろにいた大切な人――琥珀さんの手を握り、冬木の町を歩き始めた。



 五年前。有間に預けられていた俺は、遠野家当主の入れ替わりによって元の家――要するに遠野邸へと引っ越す事となった。
 その八年前に俺は大事故に合い、生死の彷徨う状態から蘇生。しかしそのせいで身体が弱くなり、頻繁に貧血を起こすようになった俺は遠野の家から有間の家に預けられるようになった。というのが表の話である。
 実際は複雑な事情があった。俺は遠野の人間ではなく今は滅びた”七夜”という退魔の家柄の人間らしい。
 遠野の家はその七夜を滅ぼし、その時の遠野家当主が気まぐれで俺を養子にしたそうだ。その意図はいまだわからない。
 そして養子になって暫くたったある日、俺は本当の遠野の子である四季によって殺された。
 殺されたのになんで生きてるんだ、という事を説明したらキリがないのでこの際説明は省こう。
 ――そしてその日から、俺の目には世界の死が見えるようになった。
 なぞればそれは”概念”や”意味”の死を迎える。アルクェイドとかが言うには、これは直死の魔眼というトンデモない代物だそうだ。
 事故の後病院に入院していた俺は病院を抜けだした先で”先生”に出会った。
 彼女は俺に魔眼殺しの眼鏡を渡してくれた。それをつけていると世界の死が見えなくなるというもので、俺は彼女に魔法使いみたいだ、と言った。そう、彼女は魔法使いだったのだ。

 眼鏡を渡して先生は何処かに行ってしまい、再会するのはその八年後だった。



「志貴さん?」
 と、考え事をしていると前から声がかかってきた。
「・・・えと、何かな。琥珀さん」
「もう、やっぱり聞いてないじゃないですか」
 ぷりぷりと怒り始める琥珀さん。赤い髪に白のリボン、そして整った顔立ちに琥珀色の目、黒いタートルネックが異様に似合っている。
「ごめん、ちょっと考え事してた」
 謝ってから軽く息を吐いて、再び物思いに耽る。
 そんな様子を見て琥珀さんは一回呆れてから、
「でもいいです、志貴さんのその表情、私好きですから」
 なんて事を言って、最上級の笑顔を浮かべてくれた。



 屋敷に戻ってからは色々と大変な目にあった。
 忘れてはいけない彼女の事。二十七祖と呼ばれる吸血鬼と殺しあった事。秋葉の事、自分の事、翡翠、琥珀さんの事、そして四季の事。
 最後に、俺と琥珀さんの事。
 俺は琥珀さんに白いリボンを返して、彼女と生きる事を決めた。
 琥珀さんもそれに頷いてくれて、俺達は遠野の屋敷で静かに暮らしている――いや、静かではないかも。
 そんな中で琥珀さんは一旦使用人をやめ、あるものを見つけてくれた。
 ――七夜の屋敷。
 記憶の奥底にあった森。自分の部屋。幼少の頃に得た記憶。
 俺と琥珀さんはたまにこの七夜の屋敷を訪れて、二人だけで寝泊りしている。
 その家の中で琥珀さんは、俺の事を「七夜 志貴」と呼ぶ。だから俺も「七夜 琥珀」と彼女の名前を呼んでいる。
 夫婦みたいですね、と彼女は言って、夫婦になるんだろ?と俺は平然と言った。
 赤くなる琥珀さんが可愛くて、俺達はそれなりに幸せに過ごしていたりする。



 そんな中でこの旅行。俺は二人だけの思い出というものを作っておきたかった。
 琥珀さんと行く、と言うと秋葉は大反対。なんとか落ち着かせて、俺と琥珀さんは旅行に出発した。
 もう既に数箇所の町を巡っていて、今日、俺達は今冬木町へと到着した。
「今日はここで一泊かな」
「そうですね、最近移動ばっかりでちょっと疲れちゃいました」
 舌を出しながら琥珀さんは控えめに笑う。俺もそれにつられて少し笑って、席を立った。
「それじゃあ宿を探そうか」
「はい」
 その言葉に琥珀さんも立ち上がり、伝票を持ってカウンターへと歩いてく。
「俺が出すよ」
「いえ志貴さん、ここは私が・・・」
「いや、その台詞は普通男の人がするもんだと思うけど」

 お金を支払って外へ出る。
 少し風が肌寒くて、左手が寂しかったので琥珀さんの右手を握る。
 彼女はすぐにその手を握り返して、二人して冬木の町をブラブラと散策しつつホテルを探す事にした。
「安いところがいいですよね」
「旅費限られてるからね・・・秋葉もケチだよな」

 新都の方を歩いているとホテルはすぐに見つかった。部屋を一つとって荷物を置き、二人で外へと出る。
 軽く新都を歩いてから、冬木大橋を渡って深山町の方へ行ってみることにした。
 深山町は住宅街があるそうで、和・洋館が多くあるらしい。ちなみに行く理由は、
「ちょっと見てみたいですね」
 という琥珀さんの一言が決め手である。
「え?いいんですか?」
「いいのいいの、俺もここら辺あんまり知らないし、どうせなら行ってみたい場所に行くべきでしょう」

 で、深山町。
 ざっと歩いてみる。柳洞寺を参拝してから商店街を抜け、住宅街へと向かう。
「しかしマウント深山商店街・・・って、凄い名前だね」
「マウントって一体どんな意味なんでしょうね?」
「うーん・・・なんだろう」

 そして住宅街に到着した。色々と寄り道したので、空はもう茜色に染まっている。
「あんまり周れないかもね」
「でも住宅街を見る、というのも少し変ですよね」
 なんて会話をしながら二人で歩く。
 と、目の前に純和風の家が見えた。入り口を大漁の人が出入りし隣にある家に何かを運んでいる。運んでいるものは・・・黄色い、黒の模様が入った大小様々の人形である。
「・・・なんでしょう、あれ」
「・・・さあ?」
 とりあえず見なかったことにして、俺達は一旦ホテルへ戻る事にした。




「結構広かったですね〜」
「そうだね」
 夜の新都。
 人の絶えぬ町中を歩きながらホテルへと向かう。
 空には白く輝く月。その光は町を淡く照らしていた。
 ゆっくりと歩きながら琥珀さんと取り留めのない話をする。
「明日は何処まで行こうか」
「たまには一つの町で三日くらいのんびりしませんか?」
「うん?いいねそれ。それじゃあ明後日くらいまでこの町にいようか」
「あはは、志貴さん、別にここでなくてもいいですよ」
「と、そうだね」
 クスクスと二人して笑いあう。幸せだな、と自然に思える会話に頬が緩む。自分が最も好きな人と、知らない町を二人きりで話しながら歩く。
 それがどうしようもないくらい楽しくて、悲しい。
 表情に出ていたのだろうか、会話はそこからはたと止まってしまった。


「志貴さん」
 数分歩いてから琥珀さんが声をかけてきた。
 足を止めて琥珀さんの目を見る。彼女も立ち止まり、俺の目を見ている。
 その表情はとても悲しそうで、見ているのが少し辛かった。
「志貴さん」
 もう一度俺の名前を呼ぶ。
「何?琥珀さん」
 笑顔を浮かべて答える。それでも琥珀さんの表情は変わらない。
 少し間をおいてから、琥珀さんは意を決して、
「志貴さん、もしかしたら―――」
 そこで、言葉が途切れた。


「そこにいるのは、誰だ?」


 誰もいないはずの路地裏。
 そこから香る血の匂いに向かって、俺は冷たい声をかけた。




 それが、遠野 志貴を聖杯戦争へと巻き込む引き金となるという事を知らずに。




       ――――聖杯戦争まで、あと一日。







3: あるとす (2004/03/27 15:14:51)[zeru46 at hotmail.com]






「聖杯?」
「そう、聖杯。万物の願いを叶える奇跡の杯、それを聖杯という」
 私の言葉に師匠は頷きながら答える。

 ――夢を見ている、これはいつの夢だったか。

「私は聖杯が欲しい、だがこれを得るには一つの戦争を勝ち抜かなければならないのだよ」
 師匠は少し辛そうな顔で続ける。戦争、それは要するに。
「聖杯を得るための戦争?」
「その通り、それを聖杯戦争と呼ぶ」
 そういってから師匠はホワイトボードになにやら書き込み始めた。
 真ん中に聖杯と書かれた器。その下に七つの円を作り、そこに名を書き込んでいく。
 セイバー、ランサー、アーチャー、アサシン、ライダー、キャスター、バーサーカー。
 それを書いてから今度はホワイトボードの右の方に二本の縦線を書く。
「まず、聖杯戦争に参加できるのは七人の魔術師である」
 要するに聖杯の次に書いた円が魔術師なのだろう。ではその下に書かれたものはなんなのか。
「彼らは聖杯の魔力を利用しサーヴァントと呼ばれる使い魔・・・否、英霊を呼び出し、それを使役する」
「英霊・・・って、もしかして英雄のことですか?」
 コクリと頷いてから、師匠は右の縦線の間に三つの点を打ち、上から過去、現在、未来と文字を添える。
「英霊は大抵過去から呼び出される。かのアーサー王であったり、東のノブナガ・オダと呼ばれる武将であったり・・・様々な英雄が、この時聖杯という魔力を借りて肉を持ち、現界する」
 英雄を召喚し、維持する。それだけの魔力を内包する聖杯。
 成る程、確かにそれならば万物の願いを叶える事が出来るかもしれない。正しく魔法の域だ、と私は思う。
 師匠は私が頷いたのを見て、更に続ける。
「英霊を呼び出すにはまずシンボルになるものを用意するのが妥当だ。クーフーリンを呼び出すならばゲイボルクを用意、アーサー王ならばエクスカリバーの鞘、兎に角その英霊に縁のあるものが必要だ」
 また頷く。
「その中で・・・例外があるときもある。例えば・・・未来に、英雄と呼ばれるものがサーヴァントとして現界する事もある」
「え!?」
 驚いた私は大きく眼を見開いて師匠を見る。その様子を見て師匠は「私も半信半疑なんだがね」と呟いて、更に説明を続ける。
「私が思うに、英霊というのは”英雄”とあがめられたものの集まるカテゴリーのようなものに情報が保存されていて、聖杯はそこからサーヴァントを呼び出そうとしてるものが持っている縁の強い英雄をそのカテゴリーから呼び出し、現界させているのではないか・・・と、思っている」
 そういいながら師匠は三つの点から右の方に線を引き、そこに”情報”と書く。そこから更に線を延ばして聖杯へつなぎ、そこから七つの役職へと更に線を振り分ける。
「ちなみにセイバーの英霊となるには剣を使えなくては意味がない。故にアーサー王はキャスターにはなれない・・・まぁ、これくらいはわかっているよね?」
 私は大きく頷く。当たり前だ、そんな矛盾が存在するわけがない。
 それに満足したような笑みを浮かべてから、
「聖杯は全てのサーヴァントを倒し、生き残った一組の前に現れる・・・それが聖杯、万物の望みを叶える奇跡の杯だ」
 と、締めくくった。

「参加はしないんですか?」
「したいのは山々だけど、痛いのはイヤだろう?」
 そういって師匠は笑い、私も笑った。うん、痛いのは確かにイヤだ。
 師匠はホワイトボードに書いた図を消して、よし、と意気込んでから「授業を始めようか」と言った。
 私は元気に「はいっ」と答え、いつもどおりの魔術の勉強が始まる。


「師匠は、聖杯を手にしたらどうするんですか?」
 授業中。子供心から私はそう聞いた。師匠はその唐突な質問に一瞬驚いた表情を見せてから、満面の笑みを浮かべてこう答えた。

「皆が笑って暮らせるような世界を望むかな」



「―――嘘吐き」
 目が覚めた私は自分にしか聞こえないような声でそう呟いた。
 半分落ちた瞼を擦り、身体の覚醒を促す。まだ少し眠いが、窓から見た景色には地上が写っていた。
 少し息を吐いてから座席に座りなおし、シートベルトをしっかりとしめる。
 ようやく私は辿り着いた。日本。あの男がいるはずの国。そして次に目指すのは、終わった筈の聖杯戦争が再び起こる、冬木の町に。
「・・・今度は、逃がさないから」
 恐らく今も笑顔を貼り付け、そこにいるだろう。なら私は逃がさない。今度こそあの男を殺してみせる。
 奥歯を噛み締め、憎悪を滾らす。
 あの男を殺すがために、この身は在る。














 そうして、私の聖杯を求めない聖杯戦争は始まりを告げる。





















       ――Re.聖杯戦争
                大十字 九郎の場合





















「せああぁぁぁぁ!!」
 咆哮一閃。無数に湧く亡者をバルザイの偃月刀にて斬り捨てる。
 もう何十匹と斬り捨てたか、それでも亡者は尽きることなく彼――大十字 九郎へと襲い掛かる。
 繰り出される一撃をバックステップして回避、後ろから殴りかかろうとした亡者をその勢いで蹴り飛ばす。そのまま休む事無く偃月刀を振るい刃を展開、中央の輪を右手で掴み、身体全体を弓のように撓らせ――
「とうりゃあぁっ!」
 投げる。
 放られた偃月刀は弧を描きながら九郎の眼前に迫っていた亡者達を次々と両断していき、その威力は弱まる事を知らない。
 一回りして戻ってきた偃月刀を手に取り、こびりついた肉片を振るい落として再び構える。
「・・・ちっ、キリがねぇな」
 忌々しげに呟いて、未だ奥底から湧き出でる亡者を睨みつける。
 こんなものでは自分はやられない、だが数が多すぎる。それは十分な足止めになり、更に九郎をいらだたせた。
 理由は簡単、本来彼の傍らに居るべき少女が、今彼の近くにはいないからだ。
 彼女は攫われた、故に九郎は彼女を追いかけてきた。彼女を攫った奴をぶちのめし、大切な相棒を取り戻すために。
 攫った敵の名はナイアルラトホテップ、またの名を――



 無貌と呼ばれる神が在る。
 大十字 九郎という男は最強の魔導書―アル・アジフと魔を断つ剣―デモンベインと共に、その無貌の神を討つために戦っている。
 その戦いは正に次元を超えた戦いだった。
 俗に言う平行宇宙というものを彼らは行き来し、毎回違う時間軸の世界で毎回展開の違う戦いを繰り広げている。
 もう幾度と討ったか、それとも討たれたか。
 一つ世界を滅ぼされ完全な敗北を味わったときもあれば、どうしようもなくあっさりと終わったときもある。窮地に立たされる時も、身体を激しく損傷される事も何度もあった。
 それでも九郎は戦い続けた。無貌の神――ナイアルラトホテップ、それを滅ぼすために。
 否、アレに終わりなどない。あれは永遠、アレは神、あれは門の内に在る異形の中でもとりわけ異質の存在だと九郎は認識している。
 だがそれでも折れるわけには行かない。アザトースの宇宙を取り戻さんとするあれに、彼らは勝たなければならないのだから。
 幾度戦いを繰り返したかわからない。ただ九郎はアル・アジフと、デモンベインと共に戦い続けた。
 しかしその戦いは困難を極めた。理由は無貌の神の戯事もあるが、もう一つ大きな要因がある。
 平行世界――門の外における能力の制限。
 その魔力は無限にあらず、その身体は完全にあらず。力は押さえ込まれ、万全の状態で戦えるというのは極稀。その状態で、あの無貌の神と戦うのは不可能にも思えた。
 それでも彼らは戦い、勝利を収めてきた。



 そう、それでも彼等は戦い、何度も勝利を収めてきた――が、九郎は一つ失敗を犯した。
 敵を討って安心していたのかもしれない。気が緩んだその一瞬に”それ”は彼の近くにいたアルを掴み、そして門へと走った。
『なっ?!』
 九郎は己を罵倒し、そしてアル・アジフを追った。
 ”それ”はアルを抱えたまま門へと入り消失。九郎も迷うことなくその門へと飛び込んだ。
 ――それが次の失敗だった。先の戦いで傷ついた九郎の身体は休息を取らねばならぬほどに疲弊していたのだ。故にその門へと入った瞬間、門の外における能力の制限がかかり、その身体からは鮮血が迸った。
 そうして激痛に苛まれながらも九郎は立ち上がり、そしてアルの気配を探ろうとした。
 だが九郎の眼前に無数の亡者が降り立った。恐らく無貌の神の放った敵、襲い掛かるそれに九郎は一旦アルを探す事を放棄し、敵を殲滅する事に集中した。
 そして場面は先へと繋がる。



 切れそうになる息、途絶えかける魔力、溢れ出る鮮血。
 その全てに耐えながら、九郎はバルザイの偃月刀を振るい亡者を一体、また一体と片付ける。
「ほんっと・・・!キリがねぇぞちっきしょーーー!!」
 少々情けなく叫んでから後ろに大きく跳躍。狭い路地なので外にいる人にはばれてはいないが、こうも移動を繰り返していると流石に人がいぶかしんで入っていそうだ。
 手早く敵を片付けたいところだが、今九郎には魔力が足りていない。クトゥグアで敵を焼き払う事も、イタクァで氷結させる事も、アトラク=ナチャで拘束する事も何も出来ないのだ。
 今具現させているバルザイの偃月刀のみが現在九郎に使えるただ一つの武装。
 門の内ならまだ戦えたがこの世界は能力の制限が思いのほか強いようで、九郎は本来の力を存分に発揮できず、しかも元々負っていた怪我によってその力を更に激減されている。
 影から湧き出でる亡者。雑魚だとしてもその数は異常、普段ならば問題はないが、今この数で押し寄せられると危ない。
「んなろ・・・本気でまずったかもしんねぇな」
 無貌の神がアル・アジフに何をするかわからないが、もう少し落ち着いて回復してから門に入ればよかったと九郎は後悔した、今頃無貌の神――ナイアは哄笑を上げている事だろう、無様で傷つき衰弱したこの大十字 九郎を見て。
 ――笑えばいい。如何に無様で、傷ついて、衰弱していようが全く関係ない。
 今の大十字 九郎にとって重要なのはナイアルラトホテップを倒す事ではない。最高の相棒にして最愛の人、アル・アジフを救うことにある。
 一分でも早く、一秒でも早く。あの異形から救い出し、そしてぶっ潰す。
 そのためにはこの状況を打破しなくてはならない。九郎はバルザイの偃月刀を構え、頭の中をクリーンにする。
 思考せよ。今この状況を打破する方法を思考せよ、理解せよ、解読せよ、出なければ死ぬ、ただそれだけだ。
 眼を閉じる。それでも感じるのは眼前より迫り来る無数の亡者達――上等だ。腹は括った、こうなったらとことん死ぬまでやってやろうじゃないか―――!
「行くぞてめぇら!」
 バルザイの偃月刀を展開させ先ほどと同じ容量で投げる。九郎は切り刻まれる亡者から視界をはずして跳躍、今彼のいる路地裏は狭い、故に壁と壁の間隔が短い、ならば。
「せあっ!」
壁を蹴る。蹴る。蹴る。三角とびの要領で九郎は壁を伝ってドンドン上へ上へと登っていく。
 一回りして戻ってきたバルザイの偃月刀をその合間に受け取って更に上へと九郎は向かう。

「よっと」
 上りきった場所はどうやらビルの屋上のようだった。
 上空には白い月、強く吹く風は火照った身体を冷やしてくれる。
 さて、と一息ついて九郎は先ほどまで自分が居たところを見下ろした。暗くてよく見えないが瘴気は濃い、恐らく登ってこようとしているのだろう。
 そうしてから九郎ははてと首をかしげた、そういやなんで自分は上まで上ってきたのだろうか。
 なんとかは高いところが好き、というらしいが――いや、そんなはずはない、筈。
 頭を切り替えてバルザイの偃月刀を構える。上の登った理由はなんとかは高いところが好きーという理論ではなく、兎に角事態を動かさなければ始まらない、という考えによるものである。
 先ほどまで斬る、逃げる、斬る、逃げるの連続だった。こちらの体力が続く限り、恐らく朝まで繰り返されただろう。
 だがそんな体力やら魔力は九郎には残っていないし、何よりいい加減傷の手当てがしたい。
 アルを攫われて逆上していた九郎だがこの局面になってやっと落ち着いてきたらしく、乱れていた呼吸を正して下を睨む。九郎は偃月刀を握り締め、にやりと口元を歪めた。
「小休止完了――やるといったらやらせてもらうぜ!」
 魔力、体力ともに少量回復。血液、割と消耗。OK、行けると判断し、偃月刀を振りかざしてトンッと軽快に飛び降りる。
 膠着していた場を乱す。別に上に登るだけじゃない、それだけで変わるなんてもんじゃない。
 狙うは無論中央突破。群がった亡者を偃月刀で一気に切り裂きケリをつける。
 そう決意してから地面が近くなった事を確認、偃月刀を振るいとりあえず足場近くにいた亡者を五体切り落とす。
 音なく着陸、九郎は素早く偃月刀を翻して敵を見回し――
「・・・いや、多すぎだろこれ」
 異常なまでの数の亡者に、流石に舌を巻いた。









「追って来たんだねぇ、僕の九郎君?」
 闇の覆う空洞。そこで一人の女が酷く妖美に口元を歪めていた。
 胸を扇情的に開いたその服装は、若い男が見れば意識してしまうような格好である。
「全く、僕が恋しいのはわかるけどそんな傷だらけの姿で来ちゃ駄目じゃないか、もっとゆっくりくればよかったのに」
 クスクスと笑みを絶やさずに彼女は哂う。本当に可笑しそうに哂う。
 そうしてからつぃっと視線を上に上げる。
 そこには一人の少女が居た。
 白い服に紫の流れるような髪、その顔立ちは端正で、穢れのない綺麗なものである。
 だがその少女はその身体に異常なまでの魔力を内包していた。そして彼女は”人”ではない。
 今その少女を見上げている女も無論”人”ではない、その二人の魔力は膨大にて、濃密。
「アル・アジフ?君の恋人がやってきたよ、この狂った街に、意味のない戦争に巻き込まれるためにね・・・ハハハ!!本当に素晴しいよ、君の恋人、僕の想い人――大十字 九郎が!!」
 何処か壊れた機械のように女は笑う。尽きることなく、何よりも高く、狂ったように。

「ふん、何が可笑しいか、異形」

 そこに酷くしゃがれた声が響いた。女は哄笑をピタリと止め、笑顔を浮かべながら声のした方向を見やる。
 皺だらけの老人が其処に居た。
「やぁやぁ魔術師殿、間桐 臓硯!一体どうしたんだい、こんなところへ」
「どうした、ではない。聖杯の代わりとなり魔力を供給してるそれが気になったまでよ」
「ふぅむ?魔術師殿は彼女が一体何なのか、気になるのかい」
 臓硯の言葉に女はふむふむと頷く。その表情は常に笑顔。
「彼女?何を言う、あれも貴様と同様人ではないだろう」
 そういいながら臓硯は皺だらけの顔を歪に歪める。よく見るとそれは笑っている様に見えた。
 女は一瞬ピタリと止まってから、再び狂ったように笑い始めた。
「ク――ハハハハハッ!魔術師殿!君がそれを言うかい!蟲の集合体である、君が!!」
「――ふん、確かにそうじゃな、だがワシ等比べ物にならんほどに人ではない貴様が言うか」
「ははっごめんよ魔術師殿、気を悪くしないでくれたまえ・・・そうだね、教えてあげてもいいかな」
 目尻に浮かんだ涙を拭いながら女は言う。
 その姿を見て、臓硯は畏怖した。この女はおかしい、意味のわからない事で笑い、唐突に意味深な事を呟き、時には恍惚に歪んだ笑みを浮かべる。

 壊れている。
 この女は壊れている、自分と同じく――否、そうではないが、人ではないそれは臓硯にとって脅威であった。
 だが彼女は自分に初めて会った時に言った、聖杯が欲しくはないか、と。
 欲しいと思った、否、思っていた。だからこそ女の提案に乗った、聖杯を手にするために。
 女は方法は語らなかった、しかし確かに聖杯を作ろうとしている。
 理由として、彼の孫である間桐 桜はライダーの現界に成功した。条件は同じだったので全く同じサーヴァントを現界する事が出来た。
 だからこそ疑問に思った。聖杯はない。この街に満ちる魔力も足りていない、なのに何故、サーヴァントを呼ぶ事が出来たのか。

「彼女は魔導書さ、魔術師殿」
 そういって女はその口元に妖艶な笑みを浮かべる。その言葉に、臓硯はその目を大きく見開いた。
「魔導書じゃと?戯言を抜かすな。あれにこれ程の魔力が現存するか。それに、この姿は――」
 確かに、美しい少女のものである。
 うろたえる臓硯を見て女は再び哄笑を上げた。その様子を少々唖然としながら臓硯は見つめる。
「ハハ!魔術師殿、君の知っている魔導書とここにある魔導書は違う、違うのだよ」
「違う、じゃと?」
 哄笑を上げながらナイアは頷き、そして続ける。
「彼女の名はマスターオブネクロノミコン!アル・アジフ!!無論本物さ、普通の魔導書と同列に考えるのは彼女に対する侮蔑だよ魔術師殿!!」
 そういってから女は少女――アル・アジフに対して深々と頭を下げ、そして再び哄笑を上げる。
 臓硯はというと再び大きく目を見開き、そして恐怖した。
 500年生きてきたが、それでもこの女のような異形ははたして見たことがなかった。
 恍惚に歪み、高らかな声で笑い続けるそれを見ながら、臓硯は恐怖し――歓喜した。

 聖杯が手に入る。

 方法はわからない。ただ、この女は本当に聖杯を作り出すだろう。
 それがおかしい、狂っている、だがそれに歓喜している自分がいる。
 ならば自分も狂っているのだろう、と、臓硯は思い、そして呵々っと笑う。
 洞窟の中。よく通る声としゃがれた声の笑い声がいつまでも響いていた。






「ぜ・・・っは・・・・!」
 結果から言えば場を乱すという行為自体は成功した。
 群がった亡者を一刀で切り伏せでは切り伏せては――要するに先ほどの斬る、逃げるから逃げるを抜いたような事を延々十分。九郎はなんとか全ての亡者を倒しきった。
 息を吐く――
「ごふっ」
 ――事をしようとしたら肺から血が溢れた。先の戦闘で無理がたたり、更に少しずつダメージを受けていたようだ。
 流石の九郎も限界だった。不死身ではあるが不死身ではない、今九郎がいる町には魔力が充満しているので傷は少しずつ塞がり足りぬ部分を補ってはいるだろうが、それには完全な”休息”が必要だ。
 壁に背を預けてずるずると座り込みながら九郎は一人ごちた。
「誰か優しい人に拾われねーかなぁ・・・」
 しかし、現実というものは甘くはない。

「そこにいるのは、誰だ?」
「――――ッ!?」

 冷たい声。酷く冷徹で、一片の容赦もない、まるで刃物のような声色。
 その声を聞いて九郎は苦笑いを浮かべる、運はない方だと思っていたがこんなにも運が悪いとは。
 いい加減身体も限界、どうなるかわからないが兎に角この身体は休めなければなるまい。
 そう考えて、彼はその意識をゆっくりと闇に落としていった。




       ――――聖杯戦争まで、あと一日。






4: あるとす (2004/03/27 15:15:33)[zeru46 at hotmail.com]





 あぁ、なんて蒼い月。


 私は森の中から空を見上げ、黒い空の中一点輝く月を見据えながらそう思った。
 その月に向かって無意味に手を伸ばし、握る。
 やっぱり届かないな、なんて思って軽く自己嫌悪。なんだって月を掴もうと思ったんだろうか。
 それがあまりにも綺麗だから。それがあまりにも儚いから。それがあまりにも冷たいから。
 月が欲しい。月になりたい。冷たく、大きく、光を発する月が欲しい。何も考えず、ただ在るだけの月になりたい。
「なんてね・・・」
 吐く息が白い。季節的にはそんな寒くないはずなのだが、この森の中は何故か寒い。
 温度的なものもあるがそれ以上に”空間”として冷え切っている。夏に来ればいい避暑地になるのではないだろうか、肉体的にも、精神的にも。
 だがやはり避暑地にはなれないかもしれない。ここは血の気配が強すぎる、死の香りが近すぎる。
 要するに結界、森全体に充満する血の気配は酷く濃密。通常人であるなら、ここに三日居るだけで体調を崩すだろう。

 だが、それは私にとってとても好都合な結界だ。なぜなら人が寄ってこない。野宿には最適でもある。
「少し寒いのがネックだけどね・・・」
 一人旅するようになってまず増えたのは独り言。やはり一人でいるのは精神的にもよくない。寂しいと思うがそれを振り払って自分に喝を入れる。
「・・・うん、頑張ろう」
 小さく呟いてから視線を空からはずす。周囲には木々、時たまふく風に葉を揺らしざわめく。無音の静寂の中、木々の揺れる音だけが森の中に響く。
 暫しその音を聞いてから歩き始める。向かうのは森の出口。いい加減冬木の町に向かわなくてはならない。
 英蘭の情報屋から仕入れた情報から察するに、聖杯戦争が起きるまで後三日ほど猶予がある。

 それまでに冬木の町に到着し、出来ればサーヴァントを現界させる。

 私一人の実力では到底あの男には勝てない。否、不意をつきその一撃に全身全霊をかければ殺せるかもしれない、だがそれはあまりにも勝算の低い戦法だ。
 何故ならあの男の目的は聖杯だから。恐らくそれを得るためにサーヴァントを現界させ、正式な七人の魔術師の一人として聖杯戦争に参加しているだろう・・・最高の手札を用意して。
 理由は簡単、あの男は「痛いのはいやだ」と言った。嘘はない。自分が前面に出ずとも決着をつけることが可能なサーヴァントを、あの男は確実に引き当てる。無論、証拠など存在しない、存在しないが――

「それでも、あの男はセイバーかバーサーカーを確実に連れている」

 それだけは絶対。不可思議な言動、掴めない行動をとるあの男だが、これだけは絶対に予測できる。
 故に我が身一つであの男に挑むなど、無謀以外のなんでもない。
 必要な手札はサーヴァント、願わくばセイバーかバーサーカーが必要だ。あの男がセイバーならバーサーカー、バーサーカーならセイバーが。
 それで勝てるわけではない、勝てるわけではないのだが今の内に用意できるものは全てそろえておきたい。
 確実に現界させる事が可能なわけでもないが、この手元には私の祖国・英蘭の英雄の象徴すべきアイテムがある。
 然るべき魔方陣と、魔力。それさえ揃えば、セイバー、もしくはバーサーカーの英霊を呼び出せるはずだ・・・多分。おそらく。きっと。
 だから、早く冬木町に向かわなければならない。
 その二つが既に現界されていたら、勝ち目はないかもしれないのだから。
 私は背中に背負った荷物をよいしょと背負いなおして、再び歩みを再開させ――


「ですが貴方の命はここで潰えます、ティグリア=フォートリア」


 ――る前に素早く横に跳躍。迂闊、考えに没頭しすぎて敵の接近に気づかなかった。
 ゴロゴロと枯葉の地面の上を三回転してから飛び起き、走る。
 走りながら周りと状況を確認、木々の生息位置を即座に把握、傾斜から現在地を把握、脳内に叩き込んだ地図を展開、位置照会――完了。敵は恐らくサーヴァント、しかもあの男の息がかかった奴である。セイバーかバーサーカーならアウトなのだが――でも人語を話したという事は、バーサーカーではないという事だ。
「――ふ、はっ!」
 息を吐いて身体を前に倒し、加速。この程度でサーヴァントから逃げ切れるとは思えないが、それでも走る。
 現在地は森の中央近く。外に出るにはこの方向のまま三分走れば到着する――が、恐らく敵が待ってくれるのは後三秒前後。充満している死の香りに混じって殺意が追いついてくる。
 三秒でサーヴァント現界――不可能だ。ならば私が選ぶ選択肢は決まっている。

 ――生き延びる事。

「――Shift(移行)――」
 その一言は少女である私を魔術師である私に変える自己改革の言葉。
 敵が来るまで後一秒、その間に私はサーヴァントを迎え撃つ魔術を組み上げてみせる――
「っ!?」
 しかしそんなものは無意味。それに気づいたのは皮肉にも敵に追いつかれる時間と丁度。
 負け。そう、聖杯戦争が始まる前に、私は殺される。













 唯一の敗因は、私がサーヴァントというものを理解してなかったという点にある。





















       ――Re.聖杯戦争
                蒼眼の男、その名は――





















 場面は変わり冬木の町。
 聖杯戦争の三日前、間桐 臓硯は驚嘆し、そして歓喜した。
 一週間前、唐突に屋敷にやってきた女はこういった、「聖杯が欲しくはないか」と。
 無論彼は聖杯を求めた。その返答に女は酷く恍惚に歪んだ笑みを浮かべ、ならば戦争に勝利すればいいと言った。
 戦争――即ち聖杯戦争。それは確実に起こり得ない事象。三年前、聖杯は破壊され終わったのだから。
 再開するにしてはあまりにも早い。確かに魔力は充満していたが、それでも三年という月日は聖杯に至るには短すぎる。
 臓硯は女の「準備が出来たよ、サーヴァントを呼び出してみたまえ」という言葉を信じることが出来なかった。それが先日の事である。

 半信半疑に思いながら、臓硯は孫――とはいえ血は繋がってはいないが――である間桐 桜を呼び出し、前回と同じ条件下でのサーヴァントの現界を命じた。桜はその言葉に驚いていたが、それでも準備をしてサーヴァントの現界を試みた。
 今臓硯の目の前には長身、紫の長髪、そして眼帯をつけた一人の女が立っている。
 即ち。ライダーのサーヴァントを現界させることに成功したのだ。

 間桐 臓硯は驚嘆し、そして歓喜した。
 現界は成功、しかも完全な形で、である。聖杯に魔力が満ちているわけでもないのに。
 臓硯はそれを不思議に思い、近々あの女の居る大聖杯の洞窟へ様子見に行くことを決めた。
 だが、それをする前に一つやらなければいけない事が、臓硯にはあった。


「マキリの魔術師よ、僕の願い、聞いてはいただけるかな?」
 臓硯の眼前には金髪碧眼の優男が立っている。臓硯は彼に名を尋ねたが、優男は「僕に語るべき名前などありません」と答え、「不具合があるなら、仮名として”フォックス”とでも呼んでください」と言った。
 その言葉に臓硯は納得がいかないも承諾した。理由は明白。この男の掲示した”等価交換”というのが多少なりにこちらに有益に働くからである。
 フォックスは言った。
「僕の願いを聞いてくれるなら、僕は一人、サーヴァントを従えた魔術師を殺して見せよう」
 笑顔を貼り付けたまま、全く変わらぬ口調でフォックスは喋る。
 それに異質を感じた臓硯だが、それでもその提案はなかなかに面白いものだと思った。

 ――魔術師の基本は等価交換。

 サーヴァントを従えた魔術師を殺す、という事はこちらも何か大きな事をしなければならないのかと思ったが、フォックスは、
「いえいえ、私の願いは・・・そうですね、事態が変化しなければ、酷く安易なものなのですよ」
 と言う。老魔術師は暫し考え、そしてその等価交換を飲むことにした。
 その返答にフォックスは貼り付けた笑みに深みを増して、仰々しく礼をした。
 まるで道化。この男、一体何を考えているのか――
 そんな事、臓硯という名の魔術師には理解できるものではない。
 何故ならそれは―――



「では願いを。僕の願いは―――そう、一人の少女を殺して欲しいのですよ」


 ――それは、誰にも想像することの出来ぬ異形の中に在るのだから。








 死んだ、確実に死んだ。
 眼前に迫るは鉄の杭。それは私の喉元を貫かんと真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに向かってくる。
 侮っていた。サーヴァント、聖杯戦争、そしてあの男を。
 まさかこんな早くに行動を起こすとは思わなかった――というより、自分がこの場に居るという事がばれているのは何故だろうか?・・・否、考えるまでもない、別に情報網を駆使すればわからないでもない事実なのだから。

 そんな事より今考えるべきはこの眼前に迫る杭。こんなものが直撃したら私はもう死ぬしかない。
 どうする、どうする?私は考える、考えて考えて考えて考えて考えて考えて答えを導き出す。
 右手に持った魔術発動の触媒。既に詠唱は終えている、ならば――

「―――Employment start(使役 開始)――!!」

 その間、コンマ一秒に満たず。

 触媒は木の枝。無論ただの木の枝ではない。樹齢200年を越える一応長寿の部類に入る木の枝である。
 知り合いの棚から少々失敬してきたのが、早速役に立つとは思わなかった。
 魔術が発動した瞬間、触媒となった木の枝は急速に成長し、杭を絡め、拘束する。
 一秒でも動きを止められるなら上等だ、私は首を捻って再び地面を転がる。
 拘束を逃れた杭は私の喉があった部分を貫き地面へと突き刺さった。
 ・・・と、地面に突き刺さったと思った次の刹那、それは引き抜かれ木々の奥、闇の中へと紛れてしまう。
 じゃらり、じゃらりと。鎖の音が聞こえた。
「・・・全く、なんなのよ、それ」
 周囲に気を配りながら身を起こし、私は盛大なため息をついた。右肩に激痛。避けたと思ったのだが肩を少し抉っていたらしい、血が腕を伝って地面に落ちる。

 鎖鎌――ではないか、そんな武器を使い、なおかつ剣まで使う英雄なんて私は聞いたことがない。ということは敵はセイバーではない、かと言ってバーサーカーでもない。要するにあの男が手を組んだ、誰かのサーヴァントという事だ。
 クラスは不明、今のところ確認しているのはキャスターが現界していることだけ。
 つまり敵は、アーチャー、ランサー、アサシン、ライダーのどれかである。

 まずアーチャーとランサーは論外である、という事はアサシンかライダー。
 武器は鎖と杭、どちらかというとアサシンのような気がするが――そういえば、ライダーってどんな武器使うんだろ。ライダーとは騎乗兵・・・騎乗時に有効な武器は剣、槍、戦斧・・・いや、結局は使い手によるか。鎖の武器を使う騎乗兵の話はあまり聞かないが、私が無知なだけなのかもしれない。

「これが何なのか、というのは貴方が知る必要はありません――ここで、死ぬのですから」

 闇に紛れて声が聞こえる。綺麗な女の人の声。聞こえた方向を見やると、この世のものと思えない程の美女が立っていた。

 紫の長髪に高い身長、豊満なバストに引き締まったウェスト・・・あ、羨ましいかも。
 その服装は扇情的。美しい女性と言える――が、異質なのはその眼帯。
 目を覆いつくす眼帯は正直彼女の風貌に合わない様な気がしたのだが、じぃっと見てると何だか似合ってるように見えてきた。美人の特権なのか。
 右手には短剣、そしてその柄からは鎖が伸びており、鎖の先を辿ると先ほど私を襲ってきた杭がある。鎖の長さはよくわからないが、結構長い。先の様子から察するに彼女はそれを変化自在に操ることが可能なのだろう。
「もう・・・本当に厄介。何だってマスターでもない私の命なんか狙うのよ」
「私はマスターの意向に従うまでです。理由には興味がありません」
 淡々と語る美しい女性。あぁ、声まで綺麗。ちょっと妬けるなぁ・・・なんて思いながら一歩後ずさる。
 勝ち目はない。とはいえただ殺されるのも芸がないし、何よりやらなきゃいけないことがある。
「逃げるつもりですか?無意味だと思いますが」
 事実だけを語る女性。うん、確かに無意味、逃げるなんてそんなの不可能。
「逃げないわよ」
 そういいながらもう一歩後ずさり。女性はその様子を見て少々疑問に思いながらも短剣を構える。
「私の間合いから遠ざかり、隙をうかがい――逃げるのではないのですか?」
 本当に、ただ疑問に思っただけなのだろう、女性はそんな質問を投げかけてきた。

 逃げるわけじゃない、私は、逃げることをもうやめている。


「逃げないわ」


 もう一度だけ言って、足を止める。息をすって呼吸を整える。
 魔力は十分、魔方陣はないが多分――否、絶対に何とかなる。
 右手からは流血、うん、即席程度なら出来るかもしれない。
 女性は私の一挙一動を見ている。右手の短剣、左手の杭。恐らく飛んで来るのは杭。どれだけ余裕があるかはわからないが、それでも私はやるしかない。


「――私はね、生き延びるの」


 右手を振るう。右肩から流れている血が流れ、雫が宙に舞う。
 一瞬、一秒、否、それ以下でも構わない。時間、私には時間が必要だ。

「――――っ!!」
 女性が杭を放つ。速い、もう少しびっくりしてもいいんじゃないのかしら――なんて、英雄に限ってそんな事あるわけないか。

 言葉は要らない、ただ来いと、ただ来たれと願う。血の雫の舞う空間に魔力を込める、開け、開け、開け開け開け開け開け開けっ!!

 身体に紫電が走った――気がした。

 その刹那。私は語るべき言葉を口にする。





「――Summons(召喚)――Motion(発動)―」





 今杭に狙われているのは頭。貫かれたら一撃で即死、でも痛いんだろうなぁなんて思いながら襲い掛かる杭を見つめる。
 今度こそ死ぬのかな、なんて思ってしまう。何も起こらない、即席の召喚は明らかに失敗――駄目だったかな、ていうより、やっぱり無茶があったかなんて思ってしまう。
 眼前には杭、そして私の血の雫。
 綺麗だなと思う。月光に照らされて、黒い闇の中杭と私の血の雫だけがキラキラと光る。


 そんな中、見えないはずなのに、その雫に自分以外の顔が映っているのが見えた。


「――嘘」

 呟いた言葉は誰のものか・・・いや、私なんだけど。
 一瞬チラリと見えた顔は私のものでなく。かといって杭を放った女性でもなく――

 ――ボサボサな黒髪の男。赤の血の中で映えたのはその蒼い眼光。


 驚愕に目を見開く私の瞳に、それははっきりと形を持って写り始めた。
 黒髪、青い目、長身、そして――日本の民族衣装と噂に聞いた、和服。
 私の持ってきたサーヴァントに縁のあるものに引寄せられたわけじゃない、だってあれは英蘭のものだし。
 という事は目の前に現界しようとしているこの男、この場に準じた武将か何かだろうか。
 血の気配が強い、死の香りが近い。多分ここは昔戦場だったのではないか。
 それならば合点がいく、武将、一体どんな武将なのかは知らないが、多分武将。

 まず考えなければなるまい、その男の正体を。

 昔戦場であっただろうこの地にて戦った武将の名前。それはこの戦場の名から連想することが可能かもしれない。
 だが、私は知らない。

 ”七夜の森”などと言う地名で行われた戦争なんて、私は全く知り得ない。

 和服の男が形を持った。男は私の方を向いていて、襲い掛かる杭には背を向けている。
 それはもう、あと一瞬で男の背中に突き刺さる。
「あぶな―――っ!」
 叫ぼうとして。
 刃を弾く甲高い音に全てを阻まれた。

「は・・・?」
 男は一瞬の間に振り返り、襲い掛かってきた杭を叩き落した。
 左手には何やら棒――撥だろうか?――を持っていて、右手にも同じものを持っている。
 その撥を振るってから男は杭を放った女性の方を見る。女性は驚いた表情をしてこちらの様子をうかがっていた。

 睨み合い、静寂。

 私は男を現界させた事によって脱力し、その場にへたり込んでしまった。
 ふと右手に目をやると、其処にはなにやら文様が絵かがれていた。

 令呪。サーヴァントを現界させ、更に聖杯戦争に参加する資格を得た、という証。

 ちゃんと成功してよかった、と思う反面、一体なんの英雄なのか、と男の正体に不安が募る。
 だって私は七夜の森なんて知らない。そこで起こった戦争なんて史実には残っては居ない。だからこの男が一体なんの英雄なのか、皆目検討がつかない。
 セイバーではない、武器は撥だ――無論、バーサーカーでもないだろう、この男は恐らく理性を保っている。かといってアーチャーにも見えないしランサーにも見えない。という事はライダーかアサシンとなる。
 相対している女性もライダーかアサシン。どちらが暗殺者らしいか、と言えば女性の方かもしれない。
 って事はライダー?う、はずれ引いたかも・・・


 私は、確かにその時はずれを引いた、と思っていた。
 ライダーにせよアサシンにせよ、セイバーないしバーサーカーに太刀打ちできるとは思えなかったからだ。

 だが、私は認識を誤っていた。



 この男、トンデモない大当たりだと、私はその後すぐに実感したのだから。




       ――――聖杯戦争まで、あと三日。





5: あるとす (2004/03/27 15:18:54)[zeru46 at hotmail.com]




 お爺様がおかしい。
 いや、最初からあの人はおかしかったが、最近輪をかけたように狂っている。
 原因はわかっている、あの女の人だ。
 先週やってきたあの人はお爺様となにやら話していた。私がその会話の中で聞けたのは「聖杯戦争」というキーワードだけ。
 私にとってそれだけで十分だった。お爺様は聖杯戦争を起こそうとしている。また、あの戦いが起ころうとしている。
 兄さんに魔術回路はないから何か言われるわけでもないだろう。お爺様も自分でサーヴァントを一体現界させるかもしれないが、恐らく私もサーヴァントを現界させる事になるだろう。

 再び私はあの戦いに参加しなければならない。

 怖い、とても怖い。私の身体はまだお爺様に握られたまま、結局先輩にも姉さんにも話せなかった。
 助けて欲しい、でも今先輩と姉さんは倫敦だ、助けてくれるわけがない。それでも、私は助けて欲しいと切に願った。
 そんな折、藤村先生が虎の人形を抱えて先輩の家に入っていくのが見えた。
 チャンスだ。多分先生はまた先輩の家を虎の館にするつもりなのだろう、とても困るけど、チャンスだ。
 私は月に一回はしている倫敦にいる先輩との電話でその旨を話すことにした。

「先輩・・・こっちに遊びに来ませんか?」
『へ?』
 私の言葉に先輩は少々間の抜けた感じで返答する。あの人の声は三年たった今でも変わらない。何処か優しくて、暖かくなるような声。
『どうかしたのか?何かあったとか?』
 何かがあったと思ったのか、先輩は心配そうな声で私に尋ねてくる。
「あ、いえ!そういうわけじゃないんですけど・・・あの・・・」
 焦ってしまう。心配してくれるのは嬉しい。嬉しいが顔が赤面してしまう、これでは上手く喋る事が出来ないではないか。先輩は本当に罪作りな人だ。
 私が言いよどんで、言いたい事を再び整理していると先輩は、
『・・・藤ねぇ?』
 と、酷く草臥れた口調で藤村先生の名前を口にした。
 私は多少間を空けてから「はい」と答える。ずきりと胸が痛んだ。嘘ではないが、私は本当のことを隠しているのだから。
「実は藤村先生、また先輩の家にこもり始めて・・・」
『また!?』
 頭の中に用意しておいた言葉を並べる。返答してきた先輩の声を聞くたびにずきりずきりと胸が痛む。
『・・・どれくらい日にちがたってる?』
「多分一昨日からです、この前見かけたときに虎の人形を山ほど抱えてました」
 それも嘘、本当に藤村先生を見かけたのは先日。私はその日電話しようと思ったが、お爺様と女の人の監視の眼を潜り抜ける事ができなかった。
 少々時間を食ってしまったのが失敗だが、それでも電話をする事には成功した。
 前回藤村先生が先輩の家を虎の館にするには二週間かけていた。
 先輩のことだからきっとすぐ帰ってきて、虎の館化を止めようとするはず。
 確証はない、だからこそ断られたらどうしよう、と私は思う。
『わかった、急いで帰るから桜もなんとか・・・藤ねぇと説得、いや、止めていてくれないか?』
 電話口からそんな言葉が聞こえてきた。
 心臓が脈打つ、不純な動機とはいえ、先輩が帰ってきてくれることを約束した。
「は、はい。頑張ります」
 私は多少どもりながらも何とかそう返答し、二言三言会話してから受話器を置いた。

「ごめんなさい」

 受話器を置いたまま私は呟く。嘘をついた。藤村先生の件は確かに大変だ、しかし私は先輩に聖杯戦争の事を話していない。
 嘘をついた。きっとあの人はまた何も知らぬまま戦争に巻き込まれてしまう。
 否、彼は戦争の経験者だ、それでも始まりは唐突、零の状態から先輩は戦争へと巻き込まれる。
 覚悟も何もなく。自分の我侭で私は先輩を危険にさらしている。教えればなんとかなっただろうか、私も魔術師で、お爺様が聖杯戦争を起こそうとしてると言えたら、なんとかなるのだろうか。

「ごめん・・・なさい・・・っ」

 それでも、私は怖くてそんな事をいう事は出来ない。





















 ごめんなさい先輩、私は嘘をつきました。




















       ――Re.聖杯戦争
                生粋の暗殺者























 とりあえず情報を整理しよう。
 多少混乱している頭を軽く振ってから、私はとりあえず考えはじめた。
 目の前には黒髪ボサボサの和服男が胡坐をかいて座っている。あの女性――どうやらライダーだったらしい――は既にこの場から離脱している。その時の戦闘は正直眼を疑いたくなるほどのものだったのだが、それは置いておこう。
 黒髪の和服男はポリポリと頬をかきながらこちらの様子をうかがっている。
 私はというと尻餅をついた体勢のままでいた。
 理由は簡単、魔力切れと、純粋に腰が抜けてしまっているからだ。腰が抜けた理由はもっと簡単、要するに私はサーヴァント同士の戦いを甘く見ていたのだ。
「おいマスター」
 と、呆けている所に男が話しかけてきた。
 和服男・・・じゃない、さっきの女性がライダーだとすると、この男のクラスは・・・
「何?アサシン」

 アサシン――暗殺者。
 隠密行動を得意とし、音なく敵を殺す。ギリギリまで敵サーヴァントに自分の位置を知らせずに近づくことが可能である。だがその戦闘能力自体にたいした期待は出来ず、宝具もそんな威力を持たない・・・というのが、私があの男から聞いたアサシンというクラスである。
 だが――

「あんた――」
「貴方本当にアサシン?」
「――あー・・・は?」
 何か言いかけたアサシン?の言葉を一刀両断して直球を投げてみる。
 私の言葉にアサシン?は数秒静止してから、少々面倒くさそうに。
「・・・らしいな」
 と、顔を横に向けながら皮肉気に笑った。
「らしいなって・・・」
「あぁ、気にするな。生前も似たような事やってたんでな・・・というより召喚される事自体初めてだ」
 なかなか貴重な体験だった、と言いながらアサシンはしみじみと語る。
「召喚されるのが初めて?」
「あぁ」
 それはおかしい。今私の背にしょったリュックには英蘭の英雄のアイテムが入っている。
 先に行った即席の召喚もその英雄を呼び出すために使ったのだ。
 だか召喚されたのはこの男。しかもクラスはアサシン。

 考えうる理由は、セイバーもバーサーカーも既に現界している、という事である。まぁこれが一番有力。
 次に優先順位。というより召喚するにあたって必要なシンボルの重要性、だろうか。
 私の持ってきたアイテムよりも、このアサシンを召喚するに必要なシンボルの方がよりアサシンという人物に近かったから、という考えもある。

 まぁどっちにしろ、このアサシンは”アサシン”としての能力が高い。故にサーヴァントとして現界していると思ったのだが、そうでもないらしい。
「・・・アサシン、貴方聖杯戦争って知ってる?」
「知らん、だがわかっている」
 私の問いにアサシンは簡潔に答える。知らないがわかっている。これは要するに、あの男のいう”英雄”というカテゴリーに保存されたときに添付される情報のようなものだろう。
 多分このアサシンは聖杯戦争なんてものは知らない。だが聖杯により現界を命じられた時に、聖杯戦争の成り立ち、次いでその情報が植えつけられたはずだ。だから知らないけどわかっている。今自分が召喚された理由も、そしてなすべき事も。

 とはいえ、私の目的は聖杯ではない。その旨をどうやって話すかな、と考えようとしたが、その前にやることがあった。

「・・・で、マスターよ――」
「ティグリア=フォートリア」
「――・・・は?」
「私の名前よ」
 私は胸に手を置きながら少々間の抜けた顔をしているアサシンに向かって自己紹介をした。
 まぁとりあえず、自分の立場的なものから。
「英蘭で師匠を持って魔術を学んだ身よ、両親はその師匠に殺されて二人とも他界、今は友人の家に世話になってるわ。私は正式な魔術師ではなくもぐりだった師匠の弟子だから、私ももぐりの魔術師なの。ちなみに十七歳、若いからって襲わないでね」
「ガキに興味はねぇ」
 特に反応を示さなかったアサシンがその部分にだけ反応する。しかも即答で。
 なんかむかつく。しかもガキじゃない、十七歳はもう立派な大人だ――多分、恐らく、きっと。
「うっさい・・・で、属性は土、まぁ大した支援は出来ないから期待はしないでね・・・と、こんなもんかな?」
「む?一番大事な事を聞いてないのだが」
 と、私が自己紹介を終えたところでアサシンが話しかけてきた。一番大事な話って・・・あぁ。
「聖杯に何を求めてるかはパス、後で説明するわ」
「・・・・いやまて、なんでわかった」
 本当に不思議そうにアサシンは私に問い詰める。軽くため息をついてから、
「意図的に避けてたからに決まってるでしょ」
 と、答えてやった・・・あ、なんか面白い顔してる。
「――マスターよ、あんたなぁ」
「ティグリア=フォートリアって言ったでしょ」
「長い、もっと省略しろ」
「他の人からはティアって呼ばれてるけど」
「最初からそれを言え」
 なにやら不遜的な態度のアサシンだ、会話が楽しいと思うのは久々かも。
「いい?特に異常がないときはティアと呼んで、それ以外ではマスター。理由はわかってるわよね?」
「他のマスターに気取られんためだろ?」
 アサシンに言葉に私はコクリと頷いて、彼の名を呼ぼうと――
「あ」
 ・・・忘れてた、真名!

「ねぇアサシン、貴方の真名は?」

 そう、真名。それがわからなければ意味がない。この場――血の気配と死の香りが近い、この場に呼ばれて現界したアサシン。真名さえわかれば宝具や、彼に関する記述もわかるかもしれない。
「真名?」
「本当の名前よ、まさかアサシンなんて名前だったわけじゃないでしょ?」
 その言葉にアサシンはあぁ、と頷いてから面白くなさそうにその名を語った。

「俺の名前は―――」







「七夜 黄理という」
















「ん・・・むぅ・・・」
 眼が覚める。空気はひんやりとしていてまだ眠たそうにしている身体を少しずつ覚醒させていく。
 寝床の感覚が普段と違う事に気づく・・・と、当たり前か。あっちではベッドで、こっちは布団だ。
 久々の布団の感覚に喜んで、ばふばふと意味もなく叩いてみる。
 身体を起こして軽く動かしてみる、うむ、快調。いい目覚めだ。
 とりあえず朝食を作ろう。ご飯を食べて、藤ねぇに挨拶して、それから冬木の町を歩いてみよう。帰りには買い物をしておこう。晩には桜達が家に来るから、上達した料理を食わせてやりたい。それに本場の材料を使って和食を作りたいし、何より桜の上達具合や料理を習い始めた美綴の料理も食ってみたい。
 よし、と気合を入れて台所へ向かう。
 起床から台所へ向かうのは倫敦でも変わらない、衛宮 士郎の当たり前の一日の始まりなのだから。


「あぁ!しろーオハヨウ!」
「・・・・・・・・」
 と、居間につくと異様なテンションの虎がいた。
 にこにこと笑みを浮かべて俺の方を見ている。ずきずきと痛み始めた頭を軽く抑えてため息をつく。
「あれ?しろー、オハヨウは?朝の挨拶の基本は?」
 ころころと表情を変えながら虎は語りかけてくる、とても機嫌がよさそうだ・・・いや、機嫌がいいわけじゃない、テンションが高いんだ、異常に。
「・・・おはよう藤ねぇ、今日は早いんだな」
「早いわけじゃないわよぅ、ちょっと前にお掃除がひと段落ついたところなんだから」
 腰に手を当てて虎――藤ねぇはしれっと言い放った。
 掃除・・・?あ。そういえばそれが俺の帰国理由だった気がする。

 倫敦の時計台にて俺は遠坂と一緒に魔術の勉強をしていた。そこにかかってきた桜からの電話がきっかけで俺は日本に戻ってきた。理由は明白。藤ねぇが俺の家を虎の人形やらポスターで埋め尽くし、通称”虎の館”を作り上げようとしたからだ。
 昨日帰国した俺は正直いって愕然とした。虎の館になるのは今回で二度目なのだが、虎は日々進化を続ける野生の生き物だという事を理解した。家がどうなっていたかは、その言葉で判断して欲しい。
 というわけで怒った俺はライガ爺さんに直訴。二秒で有罪判決を受けた藤ねぇは罰として衛宮邸の掃除。更に藤村組の方々が「藤ねぇを止める事が出来なった」という名目で同じく有罪を受け、掃除を手伝って貰う事になる――いや、一応藤ねぇよりは罪は軽いが。
 ライガ爺さんは掃除が終わるまで部屋を貸してくれると言ったが、前回全く自分の家に入れなかったので、せめて俺の部屋だけをすぐさま片付けさせて、そこで寝ることにした。

 で。俺の部屋から居間に至るまでの掃除は終わっているようで、台所も綺麗だ。
 恐らく藤ねぇが率先してやったのだろう、そこだけは優先的に行われたみたいだ。他の部屋を見たが相変わらず黄色かった。
「ね?士郎、お疲れ様とか、ご苦労様とか、労いの言葉はない?」
 立ち上がって笑顔のまま俺に近づく藤ねぇ。
「・・・あぁ、お疲れさん。ホントこんな時間までご苦労だったね――」
 といいながら俺はすっと藤ねぇの頭の上に手をのせようとする。
 わーい、なんていいながらすっかり油断している虎。
「――なんていうと思ったかこの馬鹿虎ーっ!」
「私を虎と呼ぶなぁー!?」
 藤ねぇの無防備な頭にチョップをぶちかます。綺麗な垂直で入ったチョップの威力は凄まじいだろう。むぅ、自分が恐ろしい。
 その完璧なチョップを喰らった藤ねぇはぐぉぉーなんて唸りながらしゃがみこんで頭を抑えている。とりあえず無視して台所へ向かう。
 久々に入った台所は全く変わっていなかった。
 調理器具の配置も、食器も何も変わっていない。多分桜が度々やってきて料理を作っていたのだろう、使い込まれた感じがする。
 振舞った相手は恐らく藤ねぇ及び藤村組の方々、そして美綴やら慎二やら、弓道部の連中といった所だろう。
 倫敦へ立つ時に言った言葉を桜はちゃんと守っていてくれたようで、それが嬉しい。

『俺は暫く家を空けるけど、その間、自分の家のように気兼ねなく使ってくれ』

 それを守ってくれたことが嬉しい反面、その言葉が恐らく虎の暴走を引き起こすきっかけになっただろうが、この際無視。ともかく台所が以前のままというのは嬉しい事だ。
「士郎ー!何すんのよー!」
「む、座っててくれ藤ねぇ。眠いだろうけどご飯作るから――ああ、それとも寝てお――」
「それじゃテレビ見て待ってるから」
「――あ、うん、んじゃ三十分で用意するから」
 久々に藤ねぇを見て会話をして、なんとなく頬が緩むのを感じた。

 ――あぁ、帰ってきたんだな。

 嬉しい。もう一年は帰ってこないつもりだったが、やはり帰ってきてよかったと思っている。
 藤ねぇに料理を振舞うのは久しぶり。桜や一成は夜に来るが、ひとまず先にこの飢えた虎とご飯を食べる事にしよう。
 倫敦から持ち帰ったMyエプロンを装備し、包丁を手に持って俺の儀式は完了する。
 さて、一体どんな料理を作ってやろうか。







 随分と進歩したからといって、冬木の町はやはり冬木の町である。
 少し寒い町を歩きながら、俺はそんな事を考えていた。

 二年前に比べるとかなり様変わりしている。ビルも増えて、店も増えて、何より人が増えている。
 知らない店では安値のものが高値で売ってたり、質のいいものが安値で売っていたりとして、なかなか面白い。俺は色々な店を歩き回る。
(ウィンドウショッピングをするのが好きなわけじゃないけど――うん、やっぱ楽しいな)
 にやける口元を軽く押さえながら、俺は知っているけど知らない冬木の新都を更に歩いていく。

「――やっぱ、まだ残ってるよな」
 眼前にある白い建物を見つめながら俺は小さく呟いた。
 ――教会。冬木町に一つしかない教会であり、前回聖杯戦争にて監督者がやってきていた教会。自分の親代わりを殺した人間のいた教会。イリヤを殺したサーヴァントのマスターの、教会。十三年前、この町で起こった大火事の生き残りが、その魔力をすわれ続け、殺されず生かされていた、教会。
 この教会にいい思い出はないな、なんて考えてから、俺葉その教会の入り口へと足を向けた。
 変わらないけど変わった町の中で、その教会だけはずっと同じままだった。
 扉に手をかけて引いてみると、扉は存外にすんなりと開いた。驚いたがちょっと前に遠坂が話していたことを思い出す。そういえば別の聖職者の人がここに入ったんだっけか。
 特に話したりお祈りしたりするつもりではないが、とりあえず中へと入る。
 変わらない。何一つ変わらない教会の中で、俺は三年前の事を思い出していた。


 聖杯戦争。
 全ての願いを叶えるという奇跡の杯、聖杯を巡る七人の魔術師と七人のサーヴァントがただ一組になるまで殺しあう、戦争。
 倫敦で遠坂と調べた結果、それは第三法である「ヘブンズフィール」へ至る儀式である事がわかった。
 そうして具現した聖杯は正に人の願いを叶えるトンデモない代物。教会やら協会は監視と称して聖杯戦争に勝利するか、勝者に襲い掛かるかをして虎視眈々と成敗を狙っていたらしい。
 俺も三年前にそれに巻き込まれ、そして生き残った。
 実際に完成しかけた聖杯は聖杯なんて呼べる代物ではなく、俺のサーヴァントであったセイバーがそれを”約束された勝利の剣”(エクスカリバー)にて完全に破壊した。
 故に、この町では二度と聖杯戦争は起こりえない。
 魔力の残滓は残っているが、それは年々少なくなっているし、問題はない筈だ。

「・・・なんて、な」
 どうも三年前の事を考えてしまう。教会にはあまりいい思い出というものがないからだ。
 ため息をついてから教会から出ようとする。虎の館掃討作戦はあと二日はかかるだろうが、一成たちが入る余裕くらいは出来ているはずだ。
 ドアノブに手をかけて押して開けようとすると、ドアは勝手に開いた。
「あ?」
「え?」
 声が重なる。
 ドアを開けたのはドアの外にいた人物だったらしい、声からすると多分女の人・・・ってあれ?今ここにいるのって初老の聖職者って話じゃなかったっけか。
 お互い突然の登場に驚いていたが、先に女性の方が我に返ったらしい。
「えーと、どちら様でしょうか?」
 倒れかけていた身体を起こして女性の顔を見る。
 女性の蒼い短髪が教会に吹いてきた風にふわりと揺れる。
 顔立ちは整っていて美人の部類に入るだろう、かけている眼鏡がアクセントだ。服装はカソック服。両腕には大量の荷物――玉葱、人参、牛肉、そしてカレーのルウが見える・・・ちょっとまった、多くないか?あ、いや、そんな事は割かしどうでもいい。
「あ、えっと・・・その・・・」
 きょとん、とした表情がまた綺麗で赤面する。その顔を抑えてなんと言ったものかと言い訳を考えてみる。
 その様子を見て、青い短髪の女性はくすりと静かに笑った。
「焦らなくても大丈夫ですよ」
「え、っと・・・あ、すみません」
 女性の落ち着いた様子に中てられたのか、何故か気持ちが落ち着いてくる――あ、すげぇ。なんかほんと落ち着いた。
 とりあえず姿勢を正してから女性に向き直る。さて、一体なんと言ったものか・・・って悩む必要もないか。
「どうもすみません。この町に久々に戻ってきて、この教会はまだ残ってるのかなって思って入ったんですよ」
「あら、そうなんですか?」
「はい」
 嘘ではない。しかし三年というのは長いのか短いのか。冬木の町も大分様変わりした感じがするが本質的なところは全く変わっていなかった。
 教会もまだ残っているとは思っていた、思っていたのだがまさか補修もされていないとは思わなかった。
「成る程ー、そうだったんですか・・・あ、でも無断で入るのは駄目ですよっ」
 納得してから女性は「めっ」と注意してくる、顔は少し起こった様子だが、少し眼が笑っている。
「すみませんでした。ではこれで失礼します」
 そういって女性の横を通り抜けて外へ出る。とりあえず家に戻ろう、まだ掃除は終わってないだろうし――ていうかあれは後二日はかかるな、うん。

 と、帰ろうとしていたところに、
「折角だからお茶でもしていきませんか?」
 女性が声をかけてきた。
「え?」
「お茶ですよ。ここ人が来ないから本当に教会として機能してるのかなーと不安に思ってたんです。ですから人が来て嬉しいんですよ」
 女性は笑顔のまま俺の両手を掴んでグイグイと引っ張っていく。って待て、力強いなこの人。
「まぁ時間がなければ諦めるのですが・・・」
 嘘だ、眼が逃がさないと語っている。
「どうです?お茶しませんか?」

 まぁ別に断る必要性はない。桜達が来るまでまだ十分時間があるし、何よりやることがないから暇だ。
 何か微妙に怪しいけども、何かの縁だしお茶をご馳走になるとしよう。
「えと・・・じゃあお願いします」
「はい、わかりました」
 OKの返事を出すと女性は嬉しそうに笑って教会の聖堂の奥へと歩いていく。
 女性の後ろについて歩きながら、とりあえず俺は自己紹介をする事にした。
「名前わからないと思うんで名乗っておきます。俺、衛宮 士郎って言います」
「衛宮君ですか、いい名前ですね」
 振り返らずに女性は少し弾んだ声で答える。
 少し歩いてから客間のような部屋に通して貰った。とりあえずソファーに腰を下ろして一息つく。
 そこに女性がやってきて、テーブルの上にカップを置く。そして俺の向かい側に腰を下ろして、人懐っこそうな笑みを浮かべて名乗ってくれた。


「私の名はシエルといいます。気軽に呼んで下さいね」




       ――――聖杯戦争まで、あと二日。





 まとめて後書き。
今回書き直しがあったのでついでだから,らまで一つにまとめる事にしました。
六話はまだです、もうちょっと待って頂ければ幸いです。
感想、批評、誤字指摘などお待ちしております。
それでは。


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