思いつき短編 傾:バカSS


メッセージ一覧

1: 犬蓼 (2004/03/27 00:52:49)[jellyfish4321 at hotmail.com]


「これは一体どういう事だ?」
まず、一人の男が口を開いた。
「理解できん……が予測がつかないでもない。」
「それはつまり?」
「我々は全て同じ一人の男を原点とする別存在ということだ。」
衛宮邸の居間でテーブルにつき深刻に語り合う三人。
三人とも白髪で赤い外套を羽織っていた。











アチャ三人










「状況を整理してみよう。」
「ああ。」
「まず、私はセイバーで、先ほどそこにいる衛宮士郎に召喚された。」
「ふむ。」
正面に座るアーチャー(セイバー)がぐるぐるに縛られぽつんとテーブルに置かれた衛宮士郎少年を指差し
もう一人のアーチャーが顎に手をあてそれに答えた。
「”セイバー”か、ではそこにいるセイバーは一体どういう事だ?」
正面から左隣のアーチャーが、居間の片隅で正座しその光景を見守っていた金髪の少女を指差す。
「いえ、私はセイバーではなくライダーです。」
それを聞いた三人のアーチャーはまったく同じ動作、同じタイミングで顎に手をやり、唸った。
「ふぅむ。つまり、以前とはそれぞれクラスが違っている、という訳か。」
「ああ、そのようだ。ちなみに私が”アーチャー”だ。一番正当だという事だな。」
左隣のアーチャーが親指で自分を指す。
「誰が一番正当という事はないだろう。私はキャスターだがマスターは凛だ。マスターの正当性から言えば私が一番過去の戦争に準拠している。」
「ふむ、ところで”アーチャー”、お前は一体誰から召喚されたんだ?」
「間桐桜だ。」
「なに?桜が?」
「桜は衛宮士郎と関係のあるアイテムを所持していないだろう。何故召喚された?」
「ああ、それがどうも。」
「うむ。」
「召喚時に衛宮邸から持ってきた”おたま”を使ったらしい。」
二人のアーチャーが唸る。
「うううむ。何でよりによってそんなものを使った?」
「え、それは……。」
「なんとなく、先輩がでてきたらいいな〜って。」
言って桜は頬に手をやりポッと頬を染めて見せた。
と、
「いや、今更芝居などせずとも君はそんな初々しい人間ではないだろうに。」
ふっとアーチャーは自らのマスターを嫌味に笑ってみせる。
「っ!なんですって!?。」
「いや、何。独り言だ。気にするなマスター。」
そう言って皮肉げに含み笑いを続けるアーチャー。
「ふむ、アーチャー。お前はどうも私達の中で一番性格が歪んでいそうだな。」
「そうかもしれん。正義の味方になる為に後輩をも自らの手にかけたのだから、否定はせん。」
「興味深い話だ。聞かせてもらおう。」
「何、簡単な事だ。私はそこにいるマスター、間桐桜を自らの手で葬り、その後に英霊となった。ただそれだけの話だ。」
「ふむ。予測していたがやはりそうか?」
「どういう意味だ”セイバー”」
「ああ、私はそこにいる”ライダー”と供に聖杯を破壊した後、彼女と別れ、英霊となった。」
「と言う事は、我々は全て聖杯戦争の中で分岐した衛宮士郎という事か。」
「そうだ。」
「ところでキャスター、お前はどうなんだ?」
「と言うと?」
「どの分岐で英霊となった衛宮士郎なのかと聞いている。」
「ああ、そういう意味か。私は凛、セイバーと供に聖杯戦争に勝ち残り、時計塔に渡った後に英霊となった。」
彼のマスター、遠坂凛はそれを聞いてウーンと目を回しながら唸っている。
「それぞれが、セイバー、サクラ、リンという人間に関わり、別の”アーチャー”になった訳か。」
「そう言う事になるな。」
「嗚呼、だが一つ疑問がある。」
と、沈黙を保っていたセイバーが口を開く。
「うむ、言ってみろ。」
「この中で”二度目”の奴はいるか?」
「どういう意味だ?」
「ああ、私が以前に聖杯戦争を”衛宮士郎”として戦った時にもアーチャーが存在していた。」
「うむ。」
「その”アーチャー”がこの場にいるのではないかと思ってな。」
「ふうむ。」
「私の記憶にはないな。アーチャー、お前はどうだ?」
「ああ、私は以前にも凛とともに戦ったことはある。」
「何?」
「ふむ、つまり我々が衛宮士郎として聖杯戦争を戦った時はアーチャー、お前がアーチャーだった訳だな。」
「だが。」
「何だアーチャー?」
「問題になるのは、私はかつてアーチャーとしてアンリマユと戦い、敗れたという事実だ。」
「つまりそれは?」
「私はお前達が会ったアーチャーのどれでもない。」
「ふむ、話は振り出しに戻ったという事か。」
「いや、待て。」
「何だキャスター?」
「アーチャー、お前は衛宮士郎であった時にひょっとして自分自身に会っているのではないか?」
「どういう意味だ、キャスター?」
「ああ、話を整理すると、アーチャーは間桐桜を自らの手にかけ英霊となった。ここまではいいな?」
「うむ。」
「だが、その後にアーチャーとなり、自分自身が存在した世界に返り、アーチャーとして死んだのではないか?とこういう事だ。」
「ふむ、一理ある。だがキャスター。その論でいくとアーチャーが敗れた後、その衛宮士郎はどうなったと言うんだ?」
「それはかつてここにいるアーチャー自身だった……ふむ、そういう事か。」
と、傍観していたアーチャーが口を開いた。
「どういう意味だ?」
「つまり、お前が敗北した時点で、お前自身だった衛宮士郎は既に別の人生を歩んでいる。つまり別の並行世界だという事になる。」
「ふむ。」
「だが待て、セイバー。そもそも並行世界とは分岐が起こった時点で発生するものかなのか。それとも原初から無限に存在しているのか。それが問題になってくるぞ。」
「うん?言ってみろキャスター。」
「ああ、つまり並行世界が最初から無限に存在している場合。たとえ無限であろうともかつての自分自身に遭遇する可能性が出てくる。これは理解できるな?」
「うむ。」
「である場合。自分自身に遭遇したアーチャーははたしてどうなるのか?という事だ。」
「そうか、つまり無限ループの可能性がある。そう言いたい訳だなキャスター。」
「その通りだ。」
と、話に行き遅れたアーチャーが訊く。
「どういう事だ?」
「ああ、つまり並行世界ではなく単一世界であると考えてみろ。」
「うむ。」
「その場合。未来から過去に戻った人間はどうなる?」
「時間軸が既に決定されたものであると考えた場合、そのまま同じ部分を永久にループする、ふむ。そういう事か。」
「そうだ、並行世界の内、内に閉じてしまったものもいくつかあると考えた方が妥当だろうな。」
「ではもう一つ。我々が世界に干渉し別の意志選択することで世界が分岐する、と考えた場合。どうなる?」
「その場合は真に無限だ。私達がアーチャーとなりたとえ自分自身の世界に行ったとても、その時点でその衛宮士郎は別の存在と考えねばならない。
永久に無限に向かい発散していく世界列を考える必要がある。」
「ふうむ。」
「どちらが真であるかは確かめようが無い。我々には閉じてしまった並行世界に行くことはできないし、意思決定で世界が分岐するという証明もまた不可能なのだからな。」
「であれば、考えるだけ無駄だ。」
「ああ、その通りだ。」

集まった三人のアーチャーの議論はさらに活発になり、それを傍から見ていた遠坂、士郎、ライダー(セイバー)、桜は
それぞれぐるんぐるんと目を回しあまつさえ泡を吹き始めていた。

「結局のところ、全て考えるだけ無駄、という事だな。」
「ああ、まったくその通りだ。」
「それだけの結論を出すのに、いやに時間がかかってしまったな。」
「さて、あとはこの中の誰が衛宮士郎の首をとるかという事だが?」
「それに関して正当な権利をもっているのはアーチャーである私だろう。」
「待て、それは話が違う。最もストーリーに準拠しているのはキャスターであったとしても凛のサーヴァントたる私の筈だ。」
「だがお前は凛やセイバーと英国へ渡ったアーチャーだろう。そんな幸せモノのアーチャーがはたして”消滅権”を手にする資格などあるのか?」
「むむ。」
「ここは一番悲運な運命を辿った私に譲るのが人の道というものだろう。」
「ふむ、お前は自分で言うあたり相当に捻くれているようだな。」
「ふん、未だに女を忘れられぬお前に言われたくは無い。」
「何?私はとうに未練など無い。」
「どうかな?そこにいるライダーを見たときお前の頬が緩んでいるのを私は見たぞ?」
「ふん、だが貴様こそ桜を見てニヤニヤしているのを私も見たぞ。」
「言ってくれるなセイバー。」
「お前もな、アーチャー。」
アーチャーとアーチャー(セイバー)は激しく睨み合い、火花を散らす。
と、そこでアーチャー(キャスター)が仲裁に入った。
「待て、喧嘩をしたところで話は解決せん。最もお前らが共倒れになってくれると言うのならば、私が漁夫の利をせしめることになるが」
「ふむ」
「なるほど、確かに一番幸せ者のキャスターに獲物を持っていかれるわけにはいかん。」
「提案がある。衛宮士郎の首はその後の聖杯戦争の流れに任せてみてはどうだろうか?」
「うむ、それが妥当なところだろうな。」
「だが未だサーヴァントが全て揃っていない。全てのサーヴァントが揃わぬ限り聖杯戦争を始める訳にはいくまい」
「ふむ。」
「残りのサーヴァントは一体どいつだ?」
「アサシンだ。」
「アサシンか、私の時はキャスターが召喚したのだが。ふむ、今のキャスターではたしてそれが出来るか?」
と、アーチャー(セイバー)がアーチャー(キャスター)の方をチラリと見る。
「ああ、問題ない。私の魔術は時計塔仕込みだ。安心してもらおう。」
「では召喚してくれ。それが終了次第戦闘開始といこう。」
「うむ、よかろう。」
三人はそれきり沈黙し、キャスターが中空に魔方陣を描いていく。


そして。
さらにもう一人のアーチャーがその場に現出した。

2: 犬蓼 (2004/03/27 19:42:24)[jellyfish4321 at hotmail.com]

傾:こじつけ対談SS

――――アインツベルン城にて
「ま、そっちはそっちで自分の面倒だけみてやがれ。」
「ああ、遠坂を頼む。」
「あいよ、だがその前に一つ訊いて良いか?」
「ん?」
「ああ、訊きたい事は何だ?ランサー。」
ランサーはところで、と前置きして口を開いた。










なんでお前らの体は剣で出来てんの?







「唐突だな。ランサー。」
「うーん。」
「何故か、というのは考えた事がなかったが。しかし衛宮士郎の理想を象徴していると思えばいいのではないだろうか?」
「まぁそんなところだよなぁ。何故かって訊かれても。」
「あ、でも体から剣が生えるのは固有結界:無限剣製があるからかな。」
「うむ。桜ルートでもあったが私の左腕から侵入した無限剣製が暴走した時針千本になる訳だからな。」
「じゃつまり、その心象風景である剣の丘が重要になってくるわけだな?」
「ああ、そうだ。」
「うーん。でも剣の丘って言われても。」
「ああ、確かに漠然とし過ぎていて思いつかねぇな。」
アインツベルン城に集まった3人はそれきりうーんと唸って沈黙した。
と、
「実はそれなんですが。」
その片隅で正座をしつつノートパソコンを弄っていたセイバーが口を挟んだ。
「何だ?セイバー。」
「ええ、”剣の丘”はあくまでアーチャーの心象風景にすぎません。
しかし、アーチャーの心象風景を見ていない私のルートのDEADENDでも、
シロウは体から剣を生やして死んでいるシーンがあります。」
「あ、ライダーに蹴り落とされるやつのことか?」
「ええ、ですからむしろ剣の丘、ではなくシロウが物語開始当初から特別な感情を抱いていた”剣”について考えてみたらどうでしょうか?」
「ふむ。」
「それもちょっと、いきなりは思いつかねぇなぁ。」
「うーん。あ、でもセイバーさっきから調べ物してたよな?何か手がかりとか掴んでるんじゃないか?」
セイバーはこくんと頷き。
「ええ、心理学の観点から剣の象徴するものを調べてみたのですが。」
「うんうん。」
「男根、ですね。」
「「「……。」」」

ランサーは一度コホンと咳をして、口を開いた。

「ま、確かに。剣といったら、それだわな。」
「むむ。」
「あれか、DEADENDだと俺は体中から男根生やして死んだのか?」
「救われねぇな。」
「……。」
「ただ、補足させてもらうと、あくまで父親の男根的力の象徴が剣だという事ですね。」
「ふむ。」
「つまるところ、剣は切嗣の父性を象徴してるってわけか?」
「はい、それについても一つ興味深い論述を見つけたのですが。」
「うん?」
「以下はユング心理学についての論文から抜粋です。

極端に意志の力が弱く、怠け者で不活発なある男性の患者が以下のような夢を見た。
ある男から奇妙な古い剣――それは変わった古い暗号で装飾されていた――を与えられるが、
彼はそのことを大いに喜ぶというものである。
その夢を見たとき、彼は体の不調を悔やんで完全な絶望と不活発状態に陥って、
人生の喜びに対してまったく無関心になっていた。
その夢を還元的に解釈すれば、その患者はいわゆる父親コンプレックスをもっていて、
父親の男根的力(剣)を得ようとしていたことになる。」

「……。」
「俺、怠け者で不活発なんかじゃないぞ。うん。だよな?」
「私も健康体だ。体の不調など的外れと言わざるを得ない。」
「でも待てお前等。」
「ふむ、何だ?ランサー。」
「極端に意志の力が弱く、不活発っていうのは、一見小僧には当てはまらねぇが。」
「うん。」
「だが、小僧の本質を考えてみればどうだ?」
「というと?」
「ああ、小僧は確かに外から見れば活発的で怠け者なんかじゃ無い。だが、こう考えてみろ。
小僧自身のものっていうのは本来何も無い。空っぽだ。
不活発というのも、小僧が自分の欲望や自分からでたものを何一つもってないって事を考えるとあてはまらないとは言えねぇな。」
「さらに言えば、傍から見て何を頼まれても絶対断らない小僧は、意志の力が弱いようにしか見えねぇ。」
「むむむ。」
「つまり、自己から起こるものを考慮すると、衛宮士郎はまったく不活発だと言わざるを得ない、と?」
「ああ、同じ理屈で言えば
”完全な絶望と不活発状態に陥って、人生の喜びに対してまったく無関心になっていた。”というのも当てはまる。」
「なるほど。確かにシロウは自分自身の喜びや快楽に関してはまったく関心が無い。」
「完全な絶望というのも、自分自身の内面が空っぽになっている事を指している、と考えれば説明が付くだろ。」
「ふぅむ。」
「ううう、なんか物凄く悲しくなってくるぞ。」
と、城の玄関からそそくさと逃げようとした士郎の首根っこをセイバーが掴む
「シロウ、逃げてはいけません。現実は直視しないと。」
「では、結論部分を考えると
”衛宮士郎は切嗣に対するコンプレックスから、切嗣の父性の象徴である剣を得ようとしていた、と。」
「そう言う事になるな。もともと切嗣がなろうとしていた”正義の味方”を小僧が求めるのも、これと同じ構図だと考えられる。」
一同はふうむと唸り、沈黙した。

   ◇

「まぁ、なんだ。結局つまんねぇ結論だったな。」
「ええ、もう少し考察を深めることが出来れば、面白くなりそうですが。」
「ふぅむ。」
「ま、現段階ではこんなところで我慢するしかなかろう。」

と、
唐突に士郎が顔を青くして口を開いた。
「……なぁ、ところで遠坂は?」
「ふぅむ、随分話こんでいたからな。今頃死姦終了済みでとっくに手遅れといったところだろう。」
「っ! 馬鹿かお前ら!? 何で今まで話こんでたんだっ!?」
「……お前もちゃっかり参加してたろうに。」


         ◇


その後、とっくに白濁液まみれになっていた遠坂凛は、かけつけた一向によって保護された。

3: 犬蓼 (2004/03/29 00:14:27)[jellyfish4321 at hotmail.com]

クマプー系本格的バカSS

―――洞穴にて

「状況は私が作ります。貴方は動かず、機を逃さぬよう気を配りなさい。」
「ライダー」
「――――では、私の命は貴方に預けます、士郎」
「あ、待った。その前にライダー、訊きたい事があるんだが。」
「はぁ、今更何ですか?、士郎」
「うん、ちょっと気になったんだが……。」
暫く衛宮士郎は沈黙した後、口を開いた。















ベルレフォーンって何時発動してんのよ?







「は?」
「いや、つまりだな。」
「はい。」
「”べるれふぉーん”って発音するだろ?」
「ええ。」
「そん時、馬が出てきて敵に突っ込んでいくのは、”ベ”か”る”それとも最後の”ん”か
どのあたりなのか?ってコト。」
「はぁ……。」

と、離れたところで大剣構えていた筈の黒セイバーが近寄ってきて、口を開いた。

「その点は私のエクスカリバーも謎ですね、シロウ。」
「ああ、その通りだ。」

衛宮士郎はそう言って腕を組み重々しく頷く。
黒セイバーは顎に手をあて、ふぅむとしばし考え込んでから口を開いた。

「宝具は真名を唱えることで開放される訳ですから。」
「うん。」
「はい。」
「やはり全部発音し終わった後に発動するのではないですか?」
「うーん。」
「待ちなさいセイバー。」
「ライダー、何か?」
「それだと、貴女のエクスカリバーの場合。」
「はい。」
「エクスカリバーーー! と叫んだ後に剣を振ることになりますが。」
「……むむ。」
「なんかそれマヌケだよな? エクスカリバー!って叫んだ後、
沈黙を挟んで、聖剣が光って、剣振って、光線が放たれるンだと。」
「むむむ。」
「ええ、その通りです、士郎。」

刹那の沈黙を挟み、しばらく考え込んでいたセイバーが口を開いた。

「しかし宝具は真名を解放するコトで真の力を発揮するのですから、
マヌケとかそういう問題ではありません。」

黒セイバーは拳を腰にあて、ぶんぶんと頭を振り、言ってくる。

「うーん、しかしなぁ。」
「セイバー、それに関してですが。」
「はい。」
「ここで試してみたら如何ですか?」
「ふむ、というと?」
「ええ、全ては私と貴女で宝具をぶつけて見れば判明するコトです。」
「成る程、いいでしょうライダー。」

ライダーは後方へ大きく跳躍し、セイバーもまたそれに倣う。
お互いの距離は50メートルほど。

「二人とも、準備はいいかー?」
「ええ、士郎。」
「はい、シロウ何時でも。」

「んじゃ、いくぞ。」

セイバーは黒い大剣を握る手に力を込め、ライダーは虚空に魔方陣を展開する。
「よーい。」

「セイバーァァァアア…………!!!!!」
「――――来るか、ライダー―――――!」

刹那の合間を挟み。
「……どん。」

「―――ベルレ」
「エクス―――」

ライダーの姿は一瞬で白色に包まれ、セイバーの剣は燃え盛る黒炎となり、

「フォーン――――!!!!!」
「――――カリバー!!!!!」

空洞を染め上げる二つの光が、己以外の光は要らぬと鬩ぎ合う――――!


          ◇


「で、結局どうなん?」

ややボロボロになった二人はうーんと顎に手をあて唸っている。
「これはどうも二段階になっているようですね、セイバー。」
「はい、どうやらそのようです。」
「?どういう事?」

ええ、と前置きした後セイバーが口を開いた。

「私のエクスカリバーの場合。」
「うんうん。」
「”エクス”、と発音した時に剣が光りはじめるようです。」
「ふぅむ。」
「私も同様に”ベルレ”でペガサスの召喚をしているようですね。」
ライダーは傍らに立つ天馬の頭を撫でながら言ってきた。

「つまり、あれか。宝具の真名は二つに分かれていて、
ペガサス召喚が”ベルレ”の真名で、馬に特攻命令が”フォーン”と。」
「ええ、どうやらそのようです。」

衛宮士郎は納得した様子でうんうんと何度か頷いていたが、

「あれ?」

唐突に何かにつっかかったように、顎に手を当て悩み始めた。

「シロウ?」
「士郎、どうしました?」
「じゃ、二人とも。」
「「はい?」」
「最初の真名唱えて、次の真名言い間違えたりとかしたら、どうなるんだ?」
「……。」
「……。」
「ベルレ”ファ”−ン、とかエクス”ケ”リバーとか。」
「「…………。」」
「やってみてくれ。」
「嫌です」
「お断りします。」

「むぅ。」
「何故士郎はそんなどうでもいい事に疑問を抱くのですか?」
「ええ、私もライダーと同じ意見です、シロウ。」
「いや、だって普通気になるだろ?」
「むむむ。」

と、黒セイバーが怒った様子で腰に手をあて、士郎に顔がぶつかる程詰め寄り言い放つ。
「シロウ、真面目な戦闘で真名を言い間違えるなどという事自体が有り得ません。」
「いや、でもなぁセイバー。」
「ええ、何ですかシロウ?」
「緊迫した状況だからこそ、うっかり間違えちゃうってこと、あるだろ?」
「むむむ。」
「ふむ、確かに一見バカバカしいですが、真名を言い間違うという失敗も無いとは言えませんし、
バカバカしさに反して、その失敗を犯す可能性も低くない上、一度陥れば最悪の状況を招きますね。」
「だろう。
エクスカリバーの方が威力上でも言い間違いで発動しなかったらあっさり負けちゃうしな。」
「むむむむむ。」
「だから、二人とも。」
「はい。」
「ええ。」
「やってみてくれ。」
「「お断りします。」」


         ◇


「ふむ、二人ともどうしてもダメって言うなら、思考実験してみよう?」
「はぁ。」
「シロウ、それはどういう?」
「ああ、実際に実験できないことを頭の中で条件と操作を行って想像でするコトだ。」
「ふむ、興味深い。」
「面白そうですね。」
「じゃ、早速いくぞ。まず、セイバーが”エクス”、ライダーが”ベルレ”を言い終わる。」
「はい。」
「ええ。」
「ここで、セイバーの聖剣が燃え盛り、ライダーが光に包まれる、と。」

士郎は右手で馬の形を作り、左手の人差し指を伸ばして剣を作り、二つを向かい合わせ
一方二人はこくこくと頷き、士郎の手を注視している。

「で、次なんだがセイバーが言い間違って”ケ”、ライダーが”ファ”と言ってしまった。」
「「ふむふむ。」」
「どうなると思う?」
「……。」
「……。」
二人とも眉間に皺を寄せ顎に手をやり、ウーンと唸っている。
と、数秒考えた後、セイバーが口を開く。

「やはり、発動しないのではないですか?」
「ええ、私もそう思います。」
「ふむ。」

士郎は暫く考え込んでいたが

「じゃ、あれだ。」
「「はい?」」
「聖剣は燃え盛ってたし、ライダーは光ってるけど、コレどうなるんだ?」
「「うーん。」」

二人はまたも考え込む。

「想像ですが、それも暫くの後に収まるのではないかと思います。」
ライダーの言葉にセイバーはこくんと頷いて同意を示した。
「ふむ。」
「とすると次の疑問がわいてくるな。」
「はぁ、何ですか士郎?」
「シロウ、それは?」
「ああ、言い間違った後にすぐ言いなおすとどうなるんだろう?」
「「……。」」
「エクス”ケじゃなくてカリバー”みたいな。」
「…………。」
「…………。」
「やってみてくれと言いたいけど、やっぱ駄目か?」
「「無論です。」」
「ふぅむ……。」
「あ、でもそれは。」
「ん?セイバー何か答え見つかったか?」
「はい、想像ですがその場合”エクスカリバー”という真名ではなく
”エクスケジャナクテカリバー”という真名を解放してしまった訳ですから。」
「うんうん。」
「やはり、その時点で無効とされるのではないかと思います。」
「ふーむ。」
「ふむ、確かにそれは説得力がありますね、セイバー。」


          ◇


「じゃ、最後の質問なんだが。」
「はい。」
「ええ。」
「最初の前段階真名を解放した後、”カリバー”、”フォーン”のどのあたりで発動しているんだろう?」
「はぁ……。」
「どうも最初の疑問に戻ってきてしまったようですね、シロウ。」
「ああ、結局これが一番難題だと思う。」
「順当に考えると真名を解放した後、つまり”カリバー”の”バー”の後ですが。」
「うんうん。」
「先ほど真名が二段階に分かれていた事も考慮すると、単純に考える事は出来ませんね。」
「ふむ、というと?」
「はい、この発動真名もまた分割されている可能性があります。」
「むむむ。」
「なかなか一筋縄ではいかないようですね。」
「ええ、その通りです、ライダー。」
「ふーむ。というか俺達はどうも最初から勘違いしていた、って考える事も出来るな。」
「? シロウそれは一体?」
「ああ、発動真名もまた二段階に分かれていた場合を考えると
”カ”を発音した時点で光線の前段階が射出され、”リバー”で後発部分が射出すると考えることも出来る。」
「ふむ。」
「だが発動真名を同様に三段階、四段階、さらに無限に分割していけば、どうなるか?」
「むむむ。」
「私の宝具の場合、”フォーン”と発音している最中に次々と解放されていくイメージですね。」
「ああ、その通りだ。」
「つまり、シロウ。真名は離散量的ではなく連続量的に考えた方がいいという訳ですね?」
「うん、つまり真名が発音されていくのにあわせて、宝具もだんだんと解放されていき。」
「はい。」
「最後の一言を唱える、あるいは真名の発音のどこかで宝具の解放段階の一線を越えたとき、
宝具の力が解放される訳だ。」
「成る程。確かにその方が説得力があります。」
「ええ、確かに私も”カリバー”の最中に剣を振っていると考えた方が自然です。」
「うん、結論を言うと、真名を言い終わる、ないし真名の途中のどこかでライダーは
特攻するし、セイバーは光線を発射すると。」
「そうなりますね。」
「はい、ただ見栄えを考えると後者と考えるのが自然なのではないでしょうか?」
「ああ、セイバーの言う通りだ。
もう一度実験してどこで発動してるのかじっくり聞いて見るとハッキリすると思う。」
「ふむ。」
「では、ライダー。」
「ええ、セイバー。」

二人はまた跳び退り、お互い向き合って50メートル程の距離をとり……。

「セイバーァァァアア…………!!!!!」
「――――来るか、ライダー―――――!」


「―――ベルレ」
「エクス―――」


「フォーン――――!!!!!」
「――――カリバー!!!!!」

4: 犬蓼 (2004/03/30 06:06:29)[jellyfish4321 at hotmail.com]

傾:暴走考察、セイバー苛め

―――――聖杯戦争より五年
      時計塔に渡った俺と遠坂は指令を受け、
       東方の地に観測された第1024聖杯の調査と可能であれば
       その確保を命じられ、”その地”に赴いた。

「ひどい光景ね。」
「ああ……。」
瓦礫の山と化した町。
散乱した死骸を烏が啄ばみ、
かつて人が住んでいたであろう家屋は粉々に砕け散り
斜陽の中に浮かぶ無人の廃墟、それが一面に広がっていた。

その瓦礫の山の上にオレンジ色に染まった人影が佇んでいる。
「……あれは」
「アーチャー?」
とうにこちらに気付いていたであろうその男は振り向き、口を開いた。
「ああ、久しぶりだな、凛」
「アーチャー、何でアンタがこんなところに?」
「凛、守護者というのは大抵こういう所に呼び出されるものだ。」
「いや、お前はどうでもいいんだけど」
口を挟んだ途端、なにやら遠坂が睨んできたが……それも気にしないこととする。
「ふむ」
そう、アーチャーなぞどうでもいい。
奴が立っている瓦礫の向こう、アーチャーに向かい合う形で重甲冑を身に纏った金髪の少女がこちらを見つめている。
――――――あれは

「セイ、バー?」
見間違うことなど無い。
夕日を浴びて金色の髪が淡く輝く。
かつて別れた、そしてかつてのまま変わらぬ姿で、黄金の光の中にセイバーが立っていた。


と、セイバーは何故か怪訝な表情を浮かべ、言ってくる。
「魔術師、貴方は私の事を知っているようだが、しかし私はそのような名ではない。」
「へっ? セイバー何の冗談だよそれは?」
「はぁ……この守護者といい現代の魔術師というのは揃ってこう馴れ馴れしいものなのか?」
言うとセイバーは腰に手を当て、いかにも呆れ果てたといった風な表情を浮かべてきた。

「まぁ、そういう訳だ」
「アーチャー、それはつまり?」
「どうやら彼女は記憶喪失のようだな」














帰ってきたセイバー








瓦礫の山の上に広げられたコタツ、その上座に胡坐を組んで座るアーチャーがまず口火を開いた。
「さて、今日は16にして起業し一時は脚光を浴びさんざん甘い汁を吸ったものの最後は会社倒産で路頭に迷った挙句人生やり直してぇなどとのたまい始めた元円卓建設の社長さんにお越しいただいた訳だが」
「っ!!」
「うん」
「ええ」
アーチャーと向き合う形、つまり俺の隣に正座したセイバーが……
もはや何者も視線だけで殺せようというぐらいの魔眼でもってアーチャーを睨みつけている。
凍る時間。硬化する空気。
だが、奴はそれにはまったく構わずあっけらかんとして続けた。
「ぶっちゃけどうだろうか?」
「いや、どうって言われても。」
「ま、残酷かもしれないけど、
一時は良い思いをしてきたんだし最後が悲惨だったからといっても、現実は認めないと。」
「っ!違う、魔術師。私は自分のことはどうでもいい。ただ、私についてきてくれた人々に申し訳ないのです。もし、私以外の人間だったら、こんな最後にはならなかったのではないかと思うと。どうしても……。」
「あー、確かに。」
「うむ。今は就職冬の時代でもあるし、リストラは確かに深刻な問題だからな。」
だが、遠坂はふっとそれを冷笑する。
「それも自分の無能を見抜けなかった貴女の責任だし、貴女の無能を見抜けなかった社員の責任でもあるわ。社員もろとも路頭に迷うのが貴女達の末路に相応しいわね。”アルトリア”」
「……くっ」
「ふむ。確かに一理ある。が、凛。ここはセイバーを吊るし上げる場ではない。」
「アーチャー、どういう事?」
「今はまず、何故セイバーがここにいるのか?それが問題だ。」
言ってうんうんと満足そうにアーチャーは頷く。
ていうか
「ならあんな始め方すんなってお前。」


        ◇


「さて、まず何故彼女がここにいるのか?その上で重要なポイントは二つ、実質は一つだな。」
「それは?」
「ああ、つまりこのセイバーがはたして何者であるのか?そして君等が何者であるのか?という事だ。」
「? セイバーの事はよく分からないけど、わたしと衛宮君は時計塔の指令で来ているだけよ」
「ああ、俺は遠坂の助手で手伝いにきただけだぞ?」
「そういう事ではない。つまり、この”アルトリア”ははたしてどのセイバーなのか、そして君らは
どのルートを経てここに来たのか?という事だ。」
「あー、成る程。」
「は……???」
頷く俺に対し、隣のセイバーはまったく状況が分からないといった風に小首を傾げて中空に疑問符を浮かべている。
……これで鎧姿じゃなかったら文句のつけようもなく可愛いんだがなぁ。
「ただ、それなんだけど」
「何だ衛宮士郎?」
「うん、どうも俺達もこの空間に着てから記憶に混濁があるんだよなぁ」
「ふむ。というと?」
「ああ、結局セイバールートなのか、遠坂ルートなのか、桜ルートなのかは俺達でも分からない」
「そうね、魔術ではないようだけど、このコタツに入ってから急速に記憶が曖昧になってるわ」
「うーむ」
「その上セイバーも記憶喪失だからなぁ」
「では、仕方あるまい。一つ一つ状況を確認していこう」
「ではまず、衛宮士郎。お前が聖杯戦争でセイバーと別れたのは確かな訳だな?」
「ああ、それは確かだ」
「であればルートは三つに絞り込まれる」
「セイバー、私、桜のトゥルーね?」
「その通りだ、凛」
「なんで遠坂のグッドと桜のノーマルが外れるんだ?」
「つまりだ。凛のグッドの場合セイバーと別れる展開というものはない」
「うんうん」
「そして桜のノーマルの場合、お前は既に死んでいる」
「あー、なるほど」
「じゃ、アーチャー。結局三つの可能性に絞って考えていけばいい訳ね」
「うむ。そうなるな」


           ◇          


「ではまず、この状況がセイバールートだった場合。」
「うん。」
「ええ。」
「何故セイバーがここにいると思う?」
「難しいわね。」
「うーん。でも妥当なところだと、ベディヴィエールに看取られた後結局死んでなかったってオチじゃないか?」
「成る程、妖精郷アヴァロンでずっと寝こけていた、と。」
「……なんかそれ以外に表現はないのか?」
「では言い換えよう。此処にアーサー眠れり。かつての王、現在の王、そして未来に再び王とならん、とそういう訳だ。」
「お、今度はなんかかっこいいな。」
「ああ、男だったらな。」
「ん、それは一体どういう意味だ?アーチャー」
「なに、女の子にそんな事言われても可愛いかもしれんが盛り上がりや熱血など欠片もありはしない。ただそれだけの話だ。」
「……」
とりあえず、隣でいっそう険悪な顔をするセイバーをフォローする為、口を開く。
「いや、でも可愛ければいいだろう?」
「ふっ、お前ははたして正義の味方に成りたいのか女に囲われたいのか判別がつかんな。」
「……なんでお前はそんなに捻くれてるかな。」
「気にするな。兎に角、セイバールートだった場合、妖精郷からの帰還が妥当、という事でいいか?」
「うん。」
「アーチャー、それだとなんでセイバーが記憶喪失なのか、説明がつかないけれど?」
「ふむ、だがそれは結局彼女にとって衛宮士郎がそれだけの価値と意味しかもっていなかったと、そんなところだろう。」
「いや、俺を皮肉るのはいいけど、アーチャー。自分で言いながら涙流すのはよせ。」
「気にするな。目にゴミが入っただけだ。」


         ◇


「さて、次。凛ルートだった場合だが。」
「ええ。」
「うん。」
「……??」
相変わらずセイバーは話題に取り残されている。無理も無いか。
「さて、この場合もまた同様になる。聖杯を自らの手で破壊したセイバーは元の世界に戻り、息を引き取ると。」
「うーん。」
「待って、アーチャー。」
「うん?凛、何か質問か?」
「アーチャー。セイバーは聖杯を破壊することで契約を取り消した、って
事だけど、はたしてそれで契約はご破算になるものなのかしら?」
「ふむ、つまり?」
「ええ、つまり契約が破棄されていない場合、契約が継続、あるいは完了していてもセイバーはサーヴァントとしてこの時代に召喚される可能性もある訳じゃない?」
「ふぅむ」
「ってことは遠坂、世界との契約がどうなったのかってのが重要なんだな?」
「そういう事よ士郎」

「ではまず契約について考える前に
セイバー、ではなくアルトリアが要求した事項の確認をしておこう。」
「ふむ、何ですか。守護者?」
「アルトリア、君はまず聖杯を世界に要求した、と。それはいいな?」
「はい。」
「君が聖杯に願う事というのはつまるところあの場でカリバーンを抜かない選択だと思うのだが。」
「ええ。」
「その場合トーナメントで勝ち残った王様がより無能だった場合さっさと国は潰れている訳だ。」
「…………はい。」
「それでも一少女にすぎない俺には国が潰れようがまったく関係ネーヨと、そういう人生が君の望みな訳だな?」
「っ…………!」
唇を噛み締めて今にも泣きだしそうな顔をし、それでも尚奴を睨みつけるセイバー、じゃなくてアルトリアの肩を抱き寄せて慰めてから、奴をきっと睨みつけた。
「アーチャー、なんでお前さっきからセイバーに悪質なツッコミ入れてるんだ?」
「ふむ、私も色々彼女にツッコミたい事が溜まっていただけだ、あまり気にするな。」
「……アーチャー、さてはお前セイバールートだろう?」
「愚問だ、衛宮士郎。」
「兎も角アーチャー。重要なのは世界との契約に関してで、セイバーが何を願うかとか関係ないだろ。」
「ふむ、たまには筋が通った事を言うな。衛宮士郎。」


            ◇


「さて、契約に関してだが、契約と一口に言っても語り始めると一生を費やしかねない。」
「うーん、そうなのか?」
「ああ、簡単に口には出来るが一筋縄ではいかないものだ。だからここでは日本国民法を参考にしようと思う。」
「ふむ。」
「まずこの世界との契約は双方が義務を負う双務契約の形であることを確認しておこう。」
「ええ、あとこの場合お互いが対等の関係であるかどうかも重要ね。」
「うむ、世界側が債務不履行を起こした場合、セイバーははたして英霊となるのを拒絶できるのか否か、だ。」
「えっと、アーチャー。セイバーが英霊化の拒絶をした場合とかってどうなるんだ?」
「ふぅむ。なかなかいい質問だが、セイバーの義務というのは英霊として行使される事にあたるが
私の経験から言って一度契約が成立してしまった場合拒絶は不可能だという事にしておこう。」
「うーん。なんか怪しいけど。」
「仮定として英霊化というものを個人の自由意志だとすると、
世界から貰うものもらって英霊化を拒絶すれば一方的にお得になってしまうというわけだ。」
「ふーむ。それじゃだめなのか?」
「相手はシステムそれ自体だからな。そんな虫食いだらけの”契約”を用意するとも思えん。
これは魔術の強制と同じような効力をもったものだと考えるべきだろう。」
「うーん、それは納得するけど。逆にさ、システムそれ自体ってつまり神様ってことだよな?
契約なんて関係なくそこらへんにいる奴片っ端から英霊として行使しちゃうのも
出来ちゃったりとか、そんなのはないのか?」
「ふむ、それも有り得る。あくまで神様と対等の契約を結ぶユダヤ教に対し、キリスト教は神を万能とし
契約の代わりに神の愛で説明したのだから、あるいは何でもアリの可能性も否定できない。」
「むむむ。」
「だが、この世界には”魔術”という代物が在る。この世界契約を魔術の一つと考え等価交換の法則が
成り立つと仮定すれば、契約に関しては世界と対等だという事になるな。」
「……???」
「アーチャー、つまりわたし達が使ってる魔術ってのも世界契約の一つだと言いたいわけね?」
「うむ。システムは一定の魔術効果を発動する事を債務とし、魔術師に魔力を要求する債権を得ている。
一方魔術師は魔術効果を求める債権をもつかわりに、魔力を支払うという債務が生じる、こういう訳だ。」
「なんかややっこしいなぁ。」
「金の代わりが魔力で、品物の代わりが魔術効果と考えてもらえればいいだろう。
まぁ上記は流してくれ。兎に角、ここでは魔術と同様、どちらかの債務不履行が生じた場合契約は破棄されるものとする。」
「うん。」
「その上で、セイバーの債務不履行はありえない訳だから、問題は世界側の債務が履行されているかどうかだが……」
「うーん、でもセイバー聖杯壊しちゃっただろ。あれってどうなるんだ?」
「ふむ、だが壊れた場合でもそれを引き渡せば契約は完了する。債務者の過失であった場合損害賠償が発生するが……」
「セイバーが壊しちゃったからなぁ……」
「うむ、この場合損害賠償は発生しない。壊れた聖杯であっても”セイバーの手に渡った”と解釈された時点で契約は完了する。」
「アーチャー、それじゃあセイバーが入手していないと解釈した場合は?」
「その場合は世界が債務を未だ履行していないと捉え契約は継続されると考えればいいだろう。」
「うーん、でもセイバーは自分が求めた聖杯を自分で壊したんだろ?それで破棄って訳にはならないのか?」
「ふむ、だが契約が成立した時点でセイバーと世界双方に債権が発生する。セイバーが債権を棄却しようと世界側の債権が消える訳ではない。」
「むむむ。」
「じゃ、アーチャー。つまりセイバーが聖杯を壊そうと、壊すまいと契約が消滅する事は無いって訳?」
「ああ、そう考えるのが妥当だろう。」
「んーと、じゃ結局どういう事だ?」
「つまるところ、契約が完了したとする場合、セイバーは死後に英霊となる。
一方契約が依然継続していた場合、セイバーは聖杯戦争時と同じように聖杯の場所に召喚される可能性がある。
そして契約が破棄されたという可能性は低い。」
「つまり、ここにいるセイバーは英霊となりサーヴァントとして召喚されたか、守護者として来たか、
以前と同じように聖杯を求めてきたかのどれかって訳ね。」
「ああ、そうなるな。」


               ◇


「さて、最後に桜ルートの場合だが。」
「うん。」
「ええ。」
「この場合彼女は結局聖杯を破壊してもいないし、手に入れてもいない。つまり上記の”継続”にあたるな。
ここにいるセイバーは以前の聖杯戦争時と同じという訳だ。」
「ふむふむ。」
「だが桜ルートの場合、彼女は以前の記憶は保持している訳だから。」
「うん。」
「性格は黒くなっている公算が高い。」
「……。」
「さらに衛宮士郎、お前は既に彼女を自らの手にかけてしまったのだから、彼女の記憶が戻った途端
悲惨な展開が予想される。」
「…………。」
「私を殺した責任とってもらおうジャネーカみたいな。」
ぞく
背筋に寒気が……
隣のセイバーはきょとんとしていたが、記憶が戻った途端ひょっとすると……俺斬殺?
いや
「待てアーチャー。」
「なんだ衛宮士郎?」
「セイバーの記憶が無いことについてなんだが、ひょっとして俺達は最初から勘違いしてたんじゃないか?」
「ふむ?それはどういう意味だ衛宮士郎。」
「ああ、セイバーは記憶喪失なんじゃなくて、最初から俺達の事を知らないんじゃないかって事だ。」
「ちょっと、士郎。それはどういう事?」
「ああ、俺達はどうもセイバーは過去から時の流れに沿って召喚される、と思い込んでいた。
だけど、ここでセイバーは時間軸の方向とはまったく関係なく召喚されるとしたら、どうだろう?」
「ふむ。つまり、セイバーは過去から未来への順に召喚されていくのではなく、未来から過去、あるいは
まったくランダムに召喚されている可能性もあるという事か。」
「そうだ。セイバーが第四次の次に第五次の聖杯戦争に召喚された時点で、俺達はセイバーは
時間軸の流れに沿って召喚されると思い込みがちだが、そうではない可能性だって否定できない。」
「ふむ、となると”時間に止まった”セイバー自身はまったく別の時間が流れている、と考えなければならないな。」
「ああ、セイバーにとって”以前”の記憶ってのは俺達にとって未来である可能性もある。」
「ふぅむ。」
「でも待って、士郎。その場合わたし達が聖杯戦争で会ったセイバーはどうなるの?」
「うん、ひょっとするとここにいるセイバーにとって未来だったんじゃないかって事。」
「でも士郎、わたしたちは既にここで会ってしまった。となると以前の聖杯戦争であなた達が初対面だった事が矛盾してるわ。」
「えっと……うーん。そうなるなぁ。」
「ふむ、だが凛。その場合だと我々にとって”過去”のセイバーは既に消滅しているか、あるいは衛宮士郎が会ったのは別の並行世界のセイバーだったことになるな。」
「アーチャー、それはどういう意味?」
「ああ、まず便宜上ここはセイバーの時間の流れを今、 ”今現在”→”五年前の聖杯戦争” とする。
「その上で単一世界であると仮定した場合、生じた矛盾は一方の抹消で整理する事が考えられる。」
「ええ。」
「つまり、衛宮士郎とセイバーが”会った”という我々にとって過去のあの出来事自体が消滅する訳だ。」
「……ええ、そうね。」
「そして次に並行世界であった場合。今会ってしまった時点でセイバーにとって分岐が発生したと考える事ができる。」
「えっと……つまり?」
「うむ。聖杯戦争時に会ったセイバーとは、今現在”我々とは会っていない”という分岐を経たセイバーだという事だな。」
「うーん???」
「つまり、複数の時間軸が存在し、並行世界もまたそれに沿って交錯しているという訳だ。」
「いや、アーチャー、全然わかんないんだが。」
「まぁ簡単に言えば、並行世界を飛び交う無数のセイバーがいるとイメージすればいい。」
「…………」


             ◇


「うーん。しかしあれだけ考えたわりに結局進展なかったっぽいな。」
「うむ。毎度毎度考えるだけ無駄、といったところか。」
既に話に参加することをとうに諦めていたセイバーが、コタツの上にミカンの皮の山を築いていた。
「で、結局聖杯はどうなったの?」
「ふむ、どうも長話している間に消え去ったようだ。」
しみじみとアーチャーが頷いてくる。
「っ!しまった!?」
「いや、セイバー、今更焦っても多分というか絶対遅い。」
「……くっ」
と、今までぬくぬくとコタツの上座に入っていたアーチャーが一つ伸びをしてから立ち上がり、言ってきた。
「さて、どうやら私の仕事は消滅してしまったようだし、私はここで還るとするが。」
「……さてはお前、サボってただけだろ。」
と、
遠坂は踵をかえそうとするアーチャーを遮り、なにやら潤んだ瞳で奴を見つめ始める。
「アーチャー……」
「凛、そんな顔をするな……」
アーチャーと遠坂がなにやら固有結界を展開し始めたのを傍目に、
一つあくびをあげた。
さて、
「アルトリア、そろそろ暗くなるし俺達も家に帰ろう。」


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