歩いてきた道、辿り着いた場所。 傾:シリアス(士郎、凛、アーチャー)


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1: ナオキ (2004/03/25 00:58:08)[ejima_hkmn21121 at ybb.ne.jp]







 膝を付いている。
 剣の丘。
 辿り着いてしまった。
 幾多の年を重ね、それと同じだけの苦難を乗り越え。
 辿り着いた最後の光景。
 自分の体はすでに手遅れなほど傷ついている。
 後一時間と持たないだろう。
 あの赤い騎士と同じ最後。
 セイギノミカタを目指し、傷つき、倒れ、それでもまだ求めた。
 だが、後悔など塵の欠片もない。
 ――答えは得た。
 だが、それはあの赤い騎士と同じではない。
 そこに至る過程も、隣に居たであろう人も、最後に得たこの答えも。
 同じではない。
 だが、だからこそ。

「俺は結局英霊にはならない、か…………はは」

 皮肉だ。
 最後まで衛宮士郎はセイギノミカタで在り続けたのに、その先にあるだろう、英霊になる道は選ばなかった。
 人類の守護者として、ヒトを守る存在。
 それこそが、衛宮士郎の目指したモノではなかったか――
 だが、俺の得た答えは、その道を示してはいなかった。

「なに、笑って、るの……よ?」

 その声に顔を上げると、向こうから傷だらけの彼女が近づいてくるのが見える。
 よろよろと、しかし一歩一歩確実に地面を踏みしめて歩いている。
 そして、俺の傍へと座り込む。

「いや、ここに辿り着いたのに、英霊にはならない。だから、皮肉だなって思ってさ」
「――――っ」

 その台詞を聞いて、彼女の顔が怒ったような泣いたような顔になる。
 そして俺にぎゅっとしがみついてきた。

「凛?」
「ごめん、ね……」

 そのまま肩を震わせて泣き出してしまう。

「凛……?」

 ――しまった、泣かせるつもりじゃなかったのに。
 それに、謝るべきなのは俺の方だ。
 
 倫敦に渡って四年で俺と彼女は彼の地を離れた。
 俺は彼女が傍に居てくれたのに、結局理想を追い求めることをやめなかった。
 最初は、俺一人で離れるつもりだった。
 けど、そんな俺に凛は「一人で消えたら、探し出して、一生後悔させてあげる」なんてあかいあくま全開でのたまってくれたもんだ。
 だから、それが嬉しくて、でも巻き込んだのは俺で。
 謝らなくちゃいけないのは俺のほうだ――

「アンタと一緒に居て、自分の幸せってやつを教えてあげようと思ってたのに……結局は、木乃伊取りがミイラになっちゃった」

 そう言って彼女は、あーあと空を見上げる。
 その頬には一筋の涙。
 
 彼女は「遠坂の魔術師は自分の代で終わり」と言った。
 ……魔術師としてではなく、遠坂凛として自分と共にいてくれるのはすごく嬉しい。
 だから、そう言わせてしまったのは俺の罪。
 そして彼女は、結局は衛宮士郎の理想に付き合ってしまったことを言っているのだろう。
 だから、俺は――
 精一杯の謝罪と、感謝を彼女に。
 そっと抱き寄せる。

「ごめん。――ありがとな」
「し、ろう――?」

 そして抱き合う。
 時間など、すでに感覚にはない。
 互いの体温を感じあう。
 満足だった。
 今この最後の瞬間に、一人ではない、愛しい人が隣に居る。
 これ以上何を望むというのか。
 裏切られ、蔑まれようと。
 辿り着いたこの場所で、自分は一人ではない。

「――あ」
「凛?」

 凛が顔を上げると彼方を見つめる。
 そして俺もつられてそちらに顔を向ける。

 夜の帳に黄金色の光が差し込んでいる。
 そして見えてしまった、彼女の体にも無数の傷があるのが。
 けれど、それは分かっていたことだ。
 この剣の丘は俺の世界。
 分からないことなど無いのだから。

「綺麗……。アイツも、アーチャーも最後はこんな光景だったのかな」
「剣の丘で一人勝利に酔う、だからな。気にもしてなかったんじゃないか?」

 そういって笑いあった―――。





 そしてどのくらいの時間がたっただろうか。
 俺の目の前に一つの影が現れていた。

「――まったく、度し難いな。」

 その影が喋る。
 そして俺が視線を上げると、そこには赤い外套を纏った騎士が立っていた。

「アー、チャー?」

 何故ここにと、問おうとする。
 そんな俺の様子に奴は、皮肉げに顔を歪める。

「当然のことだろう。ヒトの守護者として、護りに来たまでの事だ」

 なるほどと思わせるその意見だが、やっぱり一つの思考にしか辿り着かない。
 ――やっぱ、コイツむかつく。

「まさか、貴様が辿り着くとはな。そのぬくもりを手にし、尚、この場所を最後に選ぶか。……愚かを通り越して間抜けだな、この阿呆が」
「――何だと?」
「し、ろう?誰か、居るの……?」

 俺が聞き捨てなら無い台詞に立ち上がろうとした時、凛の声で制止がかかる。
 ……凛はすでに眼が見えていないのだろう。
 だから俺は、そんな彼女に負担は掛けない。

「いや、なんでもない――」
「ん、そう。じゃあ……ちょっと寝る、ね」

 そう言うと彼女は少し笑って眼を閉じた。
 焦って確かめたが、まだ呼吸はしている。

「フ……」

 そんな俺達の様子の何処が可笑しいのか、奴の顔に嘲る様な笑みが浮かぶ。

「……何が可笑しい」
「いやなに、ただ可笑しいだけだ。あの遠坂凛ともあろうものがな」

 ……俺だけだったならあるいは。
 けど、コイツは言ってはいけない言葉を言ってしまった。
 凛が、悩み、苦悩し、そして俺に付いて来るという選択の意味を理解し、それでも、衛宮士郎の選んだ道に付いて来てくれた。
 ――それをコイツは笑った。
 世界の使いだろうがなんだろうが、彼女を笑うことはちょっとどころか大分許せることじゃない。
 そう、この場で一番許せないことだ。

「テメェ――」
 遠坂凛を馬鹿にする言葉。
 目の前のコイツが吐くとは思わなかった。
 だからこそ――腹が立つ。
「……衛宮士郎、怒るのも結構だが、貴様が凛をこんな目にあわせているということを忘れるなよ?」
「――」
 それは事実だ。
 だが……目の前のコイツが放った言葉だからこそ、認められない、許すことは出来ない――!!
「……分かってる、だからこそ、だ」
 だからこそ、巻き込んだからこそ、凛に判断を間違ったなんて思わせるわけにはいかない。
 ――コイツは、それを邪魔する敵だ。
「フン……ならば、最早言葉はいるまい? 衛宮士郎」
「ああ」
『I am the bone of my srowd――』

 同時に自己に掛ける暗示を詠唱する。
 そして奴に襲い掛かる数本の剣。
 デュランダル、グラム、ガラドホルグetc……。
 そして奴も同じだけの剣を『取り出して』ぶつけてくる。
 それは相殺せず、俺の剣が奴の剣を砕いて迫る。
 それを見た奴の顔が少しだけ驚きに染まる。
 だが、それも一瞬、奴は見慣れた双剣を取り出し、飛来した剣をすべて叩き落す。
 少しでも体が動けば奴に斬りつけてやるのだが、それはすでに不可能。
 ならば、この場で相応しい戦い方をするまでだ――

「貴様――」

 飛来した数十本目の剣を叩き落し、アーチャーがこちらに視線を向ける。
 俺の魔力が残っていないとでも思っていたのか、その表情は焦りに近い。

「忘れたのか、ここは『そういう場所』だ」
「……チィ」

 『固有結界』リアリティ・マーブルなど使う必要もない。
 ここは俺の心象風景の終わり、結界そのものを生み出した場所そのものなのだから。
 ――故に、この場では英霊エミヤは衛宮士郎に勝つことなど出来ない。

「そうか、そして貴様はそういう存在だったな――」

 そう、この場での衛宮士郎は、とうに英霊エミヤを超えている。
 何故なら、エミヤを下地にしている以上、エミヤを超えることなどは、前提の一つに過ぎないからだ。
 ――故に、いかに守護者としての加護を受けていようと、この場で衛宮士郎に勝つことは出来ない。

「そーゆー事。で、懺悔する気持ちにはなったか?」
「……まさか、貴様相手では馬鹿らしくて話をする気にもなれん」
「――そうか、じゃあ――」

 ――消えろ。
 そう言って放ったはずの剣は一瞬で掻き消えた。
 放つはずだった一瞬。奴の顔が見えたからだ。
 ――あんな、影のある顔されたら撃つものも撃てない。

「……どういうつもりだ、衛宮士郎」
「どうもこうも、馬鹿らしくなっただけ。考えてみりゃ、お前が心から遠坂を馬鹿になんて出来るはずもないもんな。」
「――何?」

 少し訝しげに奴がこちらを半眼で睨んで来る。
 だが、答えは簡単な事だ。
 『始まりと同じとするだけ、その程度の存在』
 俺と奴の関係。
 けど、始まりはきっと、目の前で眠る彼女に出会った頃。
 ――だったら。

「そんな事したら、怖くて夜も眠れない」
「――――違いない」

 お互いに生涯初めて、そして最後の笑みを交わした。

「――では、な。衛宮士郎。貴様は兎も角、彼女を笑ったことについては謝っておいてくれ」
「ああ、お前と話すことなんてないから、とっとといっちまえ」

 そして視線がかみ合う。

『相変わらず、気に入らない奴だ』

 ついでに台詞もかみ合ったらしい。
 そして一瞬、奴は悲しみか、憂いか、何とも言えない顔をした。

「……愚かという事は罪だ。だが、貴様が衛宮士郎である以上、彼女が遠坂凛である以上、その選択は正しかったのかもしれんな。少なくとも――」

 俺よりは、マシな最後だ――
 と、心にもない事を言い残して消えていきやがった。

「ばーか、お前も俺も、最後に未練なんて持ってやしないんだ、だから――どっちが良かったなんて、あるわけないだろ」

 理想を追い求め、セイギノミカタで最後まで在ろうとし、裏切られ、蔑まれても、守れた分の笑顔に満足して死んでいった。
 最後はどちらのエミヤも変わらない。
 自分に出来ることをし、そして叶えられなくとも、最後まで理想を追い求めた。
 だったら、優劣なんてつきっこない。

 ま、よーするに、あのおせっかい焼きの英霊は最後まで人の世話を焼いていったわけだ――――

「はぁ……。最後の最後でアイツとは。俺ってもしかして、運悪いのかな」

 ついてもしょうがないが、つきたくなる溜息というのも世には存在するのだ。
 だから、ちょっとだけ哀愁漂う溜息が出るのはしょうがないってもんだ――


 /


 そして俺は腕に抱く彼女に視線を落とす。
 ――答えは得た。
 その言葉を思い出す。
 俺はこの瞬間、一人じゃない。
 それはとても罪深いけれど、嬉しいことだ。
 そして、それが衛宮士郎が選んだ道。

 答えは――剣である俺の鞘となる道を選んでくれた、彼女だ。

 正義の味方でありながら、最後まで遠坂凛と共にある自分、それが、答え。とても傲慢だけれど、短い一生で得た、衛宮士郎だけの答え。
 だから、俺は。
 この遠坂凛という、とても愛しい彼女に最低限の礼儀を尽くそう。

「ん……」

 凛が目を覚ます。
 ――笑っていよう、最後の刻まで。
 ――微笑んでいよう、彼女の前で。
 ――共に在ろう、この剣の丘で。

「――――おはよう、凛」




   体は剣で出来ている
     
   血潮は鉄で、心は硝子
     
   幾たびの戦場を越えて不敗
     
   ただの一度も敗走はなく、
     
   ただの一度も勝利はなし 
     
   担い手はその鞘と共に
     
   剣の丘で鉄を鍛つ
     
   ならば、我が生涯に 意味は不要ず
     
   この体は、無限の剣と鞘への思いで出来ていた――  








 ――――FIN


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